シナリオ詳細
<Liar Break>Lair Black
オープニング
●
あの夢のような景色を思い出す。三角に切り取られた空色の世界――
空の青さに息を飲めば、ひりつく肺に痛みが走った。
「まだ……」
伸ばされる腕は、更なる赤を引き連れて。腹部が切り裂かれる感触を味わう。
「ま、だ……」
命の灯火が潰える瞬間に垣間見た空色、歪な三角。
美しく鳴る、色彩の――――Triangle Blue
気がつけば辺りは静かになっていた。
視線を流して。否、流そうとして眼窩に体液の詰まった水晶体が無い事を知覚する。
虚ろな闇穴がぽっかりと開いた顔面を手で覆い、見えない事に恐怖を覚えた。
――――諦めるにはまだ早いわ
母の慈愛と少女の無邪気さを内包する優しい声。それは、獣種たる兎の耳を持ってしても、何処から聞こえてくるのか捉えることが出来ない。けれど、縋ってしまいたくなる程に懐かしく優しい響きで。
「まだ……」
手を伸ばす。空を見たいと。まだ、諦められぬのだと。
伸ばして。
伸ばした、先。
僅かな温もりに触れた。
――――
――
バルツァーレク領南部の街。ラッテンの大広場は異様な情景に包まれていた。
アガットの赤が灰色の石畳に沿って側溝へ流れている。
真新しい水音が響いて流れる血が増えた。
「これは……」
よく通る少年の声が緊張の張り詰めた広場に静かに流れる。
黒いブーツが赤い水溜りにパシャリと音を立てた。ピンと立てられた兎の長い耳と目隠しの包帯。
小奇麗な衣装に身を包んだ少年は背中に楽器ケースを背負ったまま、無い瞳でそれを拾い上げる。
「違う、茶色だ」
ピンポン玉程の球体をギニュッと握りつぶして打ち捨てた。
ラッテンの大広場には沢山の人が倒れていた。武装している二十数名の自警団と十数名の一般人。
老人や子供まで、目をくりぬかれてみんな事切れて動かない。
「こっちは? あ、青だね。どれどれ」
細い指先が青年の瞳を抉り出す。目隠しの包帯を取って、ぽっかりと開いた右目の空洞に嵌めた。
数回瞬きをして、視線を空に向けた。見える景色は薄く曖昧な色合い。
「んー……、だめだ。これも違うなぁ。もっと、強さが必要なんだよ」
目玉を取り出して地面へぐちゃりと投げつける。
少年の顔面には瞳は無く。代わりに『黒い穴』が開いていた。
「ローレットを呼んだぞ! これでお前も終わりだ!」
自警団の一人であろう男が震える声で少年へ言い放つ。まだ、イレギュラーズが到着していない段階で、それを相手に伝えるという行為は浅はかな思考だといえよう。敏い者ならばその情報が入った段階で逃げに転ずるはずである。
しかし。
「イレギュラーズ……そうか。イレギュラーズだ! そうだ! そうだよ!!!」
笑い声を上げながら宝物を見つけた子供の様にはしゃぐ少年。
「イレギュラーズの目なら、三角の空色を見つけられる! だって可能性を、未来を見据える瞳だもの」
心底嬉しそうな表情で広場の銅像に飛び乗った少年は、体を揺らしながら空を見上げる。
「早く、早く。空を割らなくちゃ。三角の空にしなくちゃ」
「めちゃくちゃに、しなくちゃ……。三角の空色。イレギュラーズ、空、イレギュラーズ、目」
渇望は歪に歪み変容し。破滅に至る道筋に手を伸ばす。獣が住まう黒い眼窩で待ち望む。
「イレギュラーズ……イレギュラーズ。空、目。割らないと。めちゃくちゃにしないと」
●
春花と共に華々しい彩りでやってきた幻想楽団『シルク・ド・マントゥール』はレガド・イルシオンに混乱の種を撒き散らし、民衆の不満を増幅させ各地で武装蜂起が勃発した。
それらを解決したイレギュラーズの働きは、幻想各地の貴族を多少なりとも味方に付けることに繋がり、後のシルク・ド・マントゥールを追放する策を国王へ進言する際にも助力を得ることが出来たのだろう。
『ノーブル・レバレッジ』と呼ばれた作戦は大成功を収めた。
サーカスを気に入っていた国王フォルデルマン三世が意思を折り、公演許可を取り消したということは、今まで被害にあっていても、建前上国王の意向に沿っていた貴族たちには奮えなかった武力制圧が可能になるという事だ。
それらを察知したサーカスは王都を脱出した。
しかし、今まで被害にあった人々を間近で垣間見、時には自身の手で殺し、涙した当事者たるローレットはこれを逃す事能わず。
このまま彼らを国外に逃せば悲しむ人々や狂気に狂う人々が増えるだけである。
恩を売った各地の貴族達と共同戦線を張り、国内へと封じ込める。
狭まる包囲網はサーカスの団長ジャコビニを始め団員を追い詰めた。
時間の経過と共に命の灯火が吹き消される恐怖に焦りを見せる彼らが取った行動は、決死の反撃。
――――
――
「彼らもなりふり構っていない、です」
ローレットの新米情報屋『Vanity』ラビ(p3n000027)はイレギュラーズにこくりと頷いた。
馬車の振動にふわりとピンク髪が揺れる。ローレットに保護されて、すぐの頃より随分と血色の良さそうな顔になっていた。表情は相変わらずぼんやりしているが紡ぐ言葉は真剣そのもの。
緊張感が馬車の一室を。否、幻想国全体を覆っていた。
「サーカス団員の一人、音楽隊隊長『ラッパ吹きの』リコットの足取りを掴みました」
差し出された紙をイレギュラーズが覗き込む。血痕が滲んだシワシワの紙に書かれた文字を追えば。
「魔種……」
「はい。恐らくは魔種、です」
バルツァーレク領南部の街。ラッテンの大広場にてシルク・ド・マントゥールが一人ラッパ吹きのリコットが殺戮を繰り返している事、助けを乞う内容が走り書きされていた。
伝書鳩に括り付けられた紙を受け取ったラビはすぐさま、その場に居たイレギュラーズを連れて馬車に乗り込んだのだ。
「混乱を拡大させて、気を引きたいのか。それとも、何か目的があるのかは定かではない、です」
場所が遠方なだけに情報を集める時間も無かったわけだ。これが、色彩の魔女や黒猫なら或いは先んじて情報を集めるだけの能力はあったのかもしれない。
「でも、この紙に書かれた情報から、たった一人で何十人もの人を殺しています。それで……」
「お目々取られちゃうの?」
目を隠しながら『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)が怖がっていた。いつもの彼女なら怖がりながらも何処か楽しげであったのにだ。今回ばかりは本気で恐怖に怯えているのだろう。
ガタリと馬車が音を立てて揺れる。
魔種との戦い。それ即ち死と隣り合わせの戦いを強いられるという事だ。
心臓の音がやけに大きく聞こえる。
この場に集まった仲間と共に死戦に挑む覚悟。
「……でも、やらなきゃな」
「はい、皆さんなら大丈夫です。だって、私を助けてくれた、です」
信頼の眼差しをイレギュラーズに向けるラビ。
ぷるぷると振るえる指を握って、祈りを捧げる。
「――――必ず、帰って来て下さい、ね」
- <Liar Break>Lair BlackLv:4以上完了
- GM名もみじ
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2018年06月27日 22時05分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
サポートNPC一覧(2人)
リプレイ
●
空は青く。
聞こえる金管の音色は楽しげで。
錆びた金属。血と汗と獣と、腐敗した肉に混じる濃密な死臭。
積み重なった、散らばった、人々の惨状は度し難い程に。
そうした中で、レギュラーズは『ラッパ吹きの』小柄な少年――リコットを視認した。
「来た? 来た? 三角、三角、三角と目玉」
首の折れた銅像の肩から少年が飛び降りる。硬い地面にズタ袋叩きつけるような音。
力なく、よろよろと。少年の身体は病的に揺れ。
だが――
跳弾のように急接近する魔種に『双色の血玉髄』ヴェノム・カーネイジ(p3p000285)は視認するより早く本能で先んじた。
肌で感じ取ることの出来る程の、忌避すべき存在。
激突。血塗れのナイフと試作型決闘用単発式銃が鍔競り合う。
至近距離で交わされる金属の擦れる音――戦いの幕開けであった。
「は、はは」
どちらの喉から漏れた声だろうか。
ヴェノムの触腕が魔種の喉元へ迫る。
至近距離からの打撃は感触を得ず、血の連撃がヴェノムに襲い来る。
痛打。強打。連打。
積み重なる創痕がヴェノムの身体を走り、ブラッディストーンの飛沫が地面に散った。
これが非力な雲雀だったならば、惨たらしく羽を散らしていただろう。
反応の差で先んじたヴェノムに体力があったからこそ凌げた猛打。
しとどに濡れた服は鮮血に染まり、禍々しく蝕むように色相を変えてゆく。
目の前に居るのは人ならざる強さと引き換えに堕ちた。不倶戴天の天敵なのだ。
魔種との戦いとは『こういうこと』か。
「目が合った、の」
そう述べた『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)の膝は小刻みに震え。
血を吐くヴェノムの表情は――嗚呼。死線の欣悦に染まっていた。
●
「あは、青い目!」
ヴェノムに代わり立った『特異運命座標』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)の瞳の青に魔種が歓喜する。
「どうして目を集めるの」
アレクシアの問いに小首を傾げ。少女の手を取る少年。
「君は、もう一度見たいと願う景色にあった事はないの?」
ぞっとする程冷たい手と。ぬるりとした血の感触。
「これ以上」
だが狂っているだけの、返答にアレクシアは闘志を沸き立たせ。
「これ以上、人は殺させない!」
アレクシアは石畳を蹴り、跳び退ろうとする少年に肉薄を続ける。
黒いブーツが石畳を鳴らし、踊る様に身を翻す。その灰髪の先端を跳ねたのは『夢幻泡影』鏡・胡蝶(p3p000010)の弾丸だった。
他人の目を集める事、その意味は胡蝶には理解し難いものだろう。けれど、一つだけ疑うべくもない事実があった。
「魔種が下衆っていうのは、よーくわかったわ」
理想の視界はそうだと思った瞬間、そのものが至高なのだと。胡蝶は蔑んだ目で魔種を見据える。
彼女の前には『混紡』シーヴァ・ケララ(p3p001557)がアレクシアより早く敵の退路を塞いでいた。
「望む儘に生きている子は好きよ」
素敵で。
望みを叶えた次。その先には何を『見る』のだろうかと。魔種の最期とはどういうものなのか。
興味は尽きぬから。
紅玉の瞳は敵の動きを注視していた。
シーヴァの視界にはアレクシアは勿論、深々と帽子を被った『布合わせ』那木口・葵(p3p000514)と『髭の人』ムスティスラーフ・バイルシュタイン(p3p001619)、それに加え『輝きのシリウス・グリーン』シエラ バレスティ(p3p000604)が見える。
敵を取り囲む様にイレギュラーズは距離を詰める。
葵の視線はヴェノムに注がれる。まずは止血と毒抜きが必要だろう。手を空に掲げ魔力を依り代に天使の力を借りる。
ヴェノムの身体がぬくもりに包まれ、血が止まった。
「ヤツにはヤツの事情がありそうだが……」
広場に転がった死体を見遣り首を振る『不屈の』宗高・みつき(p3p001078)。
このままでは同じ悲劇が繰り返される事は想像に難くない。
全部。この場で全部終わりにしなければと。己に魔素の蓄積を始める。
「私達も!」
これまで戦った魔物とは比べ物にならない程のプレッシャーを感じながらシエラは声を上げた。
「強くなった……!」
生きて帰るのだ。この程度の死線に屈するものか。
己を奮い立たせ剣を掲げる。
「来てくれて有難う」
そう優しい笑顔を向ける『Calm Bringer』ルチアーノ・グレコ(p3p004260)に頷き、ヴェノムへと回復を施して行くアルエット。
足の震えは止まらない。けれどルチアーノや『GEED』佐山・勇司(p3p001514)の言葉を胸にかろうじて戦場の片隅に立っていた。
機を図りフォルゴーレ・ネロから撃ち出された死神の弾丸が虚空を滑る。
「外した、か」
アクア・グリーンの瞳を細めるルチアーノ。彼程の命中精度を持ってしても万全な状態の魔種に命中させるのは至難と感じられる。
だが予想の範囲内。至って冷静に。微笑みを絶やすこと無く。勝つための手段を構築していく。
「必ず何て言われたら」
応えない訳には行かないのだ。
『Vanity』ラビ(p3n000027)の声を思い出し勇司は前に出る。胸に秘めたるは熱き灯火。
スカーレットのマフラーが風に靡いた。
裂帛の斬撃。
下段から振り上げた剣状のエネルギーは重い唸りを上げて空を切り。突き入れた更なる一撃は血塗れのナイフに弾かれ爆ぜた。勇司は即座に間合いを取る。
「まだか」
感触を確かめるように剣柄を握り込んだ勇司。
「いや……」
ナイフで弾いたという事は『当たりそうだった』という事実。
敵の向こうルチアーノと目が合う。
これも予想内。僥倖に二人は頷く。
少なくとも『間違ってはいないのだ』と。
(出来れば魔種も救い出してあげたかったけど)
ゴーグルの奥、ネオン・ブルーの瞳でムスティスラーフは、狂気に溺れる敵を見つめていた。
敵の周りに散らばった残骸――無残にも命を奪われた人々の中には子供の姿もあって。
あの日。可能性の奇跡すら掴んだ優しい翁に去来する想い。
眼前の敵による。ただ、景色が見たいと。それだけの欲求に踏みにじられ、終わりを迎えなければならなかった彼らを思えば胸が痛んだ。優しき男は悲劇を繰り返してはならないと決意を固める。
「ここで終わらせるよ!」
緑碧の粒子が煌き。燦然たる輝きが剣に灯った。
幾合の剣風。鋼の嬌声。
じりじりとした時間の中で、けれど時計の針は一分と進んでいない。
そうした中、執着の的となったアレクシアの身体には既に数十もの傷跡が刻み込まれていた。
「ねぇ、一緒に。三角の空色を見に行こう?」
赤色が増える毎に彼女の命が削られて行く。
されど。
「――あなたに目を奪われるわけにはいかない!」
森の中に閉じこもっていた頃には知り得なかった景色。心からの感動。友人との他愛ない会話。
まだ見ぬ世界への渇望。
生きる為に可能性の箱をこじ開ける。
「それに私は、あなたには見れないものを持っている」
だから、諦めたりしない。
アレクシアがここに立つ意味。
――――私は一人じゃない。
「アレクシアさん! 交代するよ、後は任せて!」
シエラの――『仲間』の声が広場に響いた。
●
仄かな笑顔を浮かべ、ルチアーノは愛銃の黒きバレルを撫ぜる。
「人の目を奪っても『三角の空色』は見つけられないよ」
狙いすまされた弾丸は魔種の胴に命中した。
「いいや。いいやいいや! イレギュラーズの目なら、見つけられるね!」
純粋な思い。原風景に手を伸ばし渇望する様は恐ろしく。
「そうかい」
それでもルチアーノは穏やかに微笑む。
「僕たちができる事は君を夢の世界へ送り返すことだけ」
今ここで。取り乱したら、全てが終わりだから。覚悟などとうに決めている。
「まだだよ!!!」
ザラリと広場の空気が重くなる。魔種の憤怒にラビが小さく悲鳴を上げた。
ルチアーノの弾丸が中ったという事は敵の目の劣化を意味していた。
黒瞳に輝きを宿し勇司は双剣を構える。
「お前の狂気は此処で終わらせる」
――見せてやる、俺達の勇気を!
燃える闘志を剣に纏い、敵の懐に飛び込む。
その一撃はナイフをかすめ、叩き込まれたエネルギーの奔流と爆熱――魔種の身体が一気に燃え上がる。
「逃さないよ!」
ゴーグルを取り碧眼を晒していたムスティスラーフはパライバトルマリンの光を帯びた剣を浮かべ魔種に迫る。
迸るエネルギーを鋭い斬撃に変えて。舞い散る血飛沫が花となり散る。
「っ……!」
ラビの組付きに、死角からヴェノムの触腕が叩きつけられた。
「邪魔、邪魔、邪魔!」
だだをこねるように振り払おうと魔種はもがく。
憎悪の視線をルチアーノに向けたまま、魔種は金管を口元へ運んだ。
「さあ、踊ろうよ!!」
邪悪な魔力が荒れ狂う暴風となりイレギュラーズ達に叩きつけられた。
戦況。魔種を取り囲み攻撃を分散させる作戦は功を奏していると言える。
可能な限りの手を尽くし、各自の体力を鑑みたダメージコントロールは見事な手際だ。
しかし反面。
口をきつく結んだアルエットの表情は極度の疲労を物語っていた。
度重なる応戦に早くも魔力の枯渇が見え始めている。みつきは眉根を寄せた。
「私達は……! 勝つためにここに居る!」
白銀の狼が、その美しい髪を赤に染め咆哮する。
既に数人が可能性の箱をこじ開け、ラビは戦場の片隅に伏したまま浅い呼吸を繰り返していた。
「無理してる様に見える?」
「心臓の音、乱れた呼吸。どれをとってもね」
シエラの問いに目を入れ替えたばかりの魔種は冷静に応える。
しかして。
輝きの緑星は希望に満ち、心折れることなどありはしない。
「あなたの包帯の中の目は節穴だね!」
「……はは。君、面白いね。緑でも良い様な気がしてきたよ!」
刻まれるアガットの赤。
死を思わせる痛みと苦しみ。
「私は……まだ自分が何者かも分かって無い……こんな所で死ねない!」
諦めるなんて出来ないのだから。
(思った以上にダメージの蓄積が大きいわ。侮っていたわけではないけれど)
シーヴァは思案する。
一つ一つを汲み取ってみればさしたる重さも鋭さも見えない斬撃も。執拗に致命的な一撃ばかりが狙われ、連続で重なれば損傷は驚くほど重篤な傷となる。
現状のイレギュラーズ達にとって痛手となっているのはそれだけに留まらない。
敵の動きは目玉を入れ替える度、極端に動きが良くなる。人ではないのだから当然とも言えるが、それは尋常ではない。
敵が万全な状態で放ったこちらの技は、完全に魔力の無駄打ちとなってしまっている。
だが敵がかなりのダメージを負っているのも事実だ。ここから、どう立て直し、畳み込むか。
作戦の成否は未だ見えていない。
●
二名が倒れ。盾として敵前に立つ誰もがが満身創痍で血を流していた。
「シエラさん、退いて!」
アルエットが叫び、歯がゆさを噛み締めてシエラは葵と入れ替わる。
戦場で倒れた仲間を雲雀が引きずって行く。
「あそこを狙われると困っちゃう?」
無邪気な子供の様に。蟻を潰す子供の様に。残酷な笑みを葵に向ける。
危険なのは百も承知であった。
さりとて、この場、この時に使わずして切り抜ける手段は無いのだと葵は決意に満ちた瞳を上げる。
「……私は、三角の空色を見たことがありますよ」
「えっ?」
敵の纏う空気が葵に集中していくのが分かった。
相手の回避が高い内は魔力を温存した葵の判断は正しいものだっただろう。
「君の目を僕に――!!!」
開かれた百の瞳は葵の身体に深刻な傷を刻んで行く。
それでも葵のアジュール・ブルーの瞳は輝きを失わず、大地を踏みしめていた。
(死んだら目をくり抜かれる……なんて、なかなかゾッとしないわね)
胡蝶はクリムゾンの瞳でため息一つ。まるで百目鬼を相手にしているような気分だ。
この瞬間にイレギュラーズ達が負った傷は甚大なものだ。
しかして。
……無数の瞳を持つ怪物さんは、瞳の弾切れ起こしたら……次は何をしてくるのかしらね?
これで。敵にはもう、目玉がない。
「まだ、倒れません!」
浮かぶ黒き針は至近距離から敵の身体に突き刺さる。
みつきは浮かべた呪符に魔力を流し込んでいた。
片時も気を抜けない戦場に疲労が積み重なっているのが彼にははっきりと分かる。
けれど、今、この時自分に求められている事は仲間の回復によって前線を支え続ける事。
弱音など吐くことは許されない。
「ふは」
やれることをやる。打たれてもめげない挫けない。
なぜなら、彼は『不屈』の者なのだから。
「今、回復する!」
「ありがとうございます」
みつきの癒やしは葵の傷を塞いで行く。
――三角を割って。広く、どこまでも包み込むような青い空が見得たなら
シーヴァは紅玉の瞳で眼前の魔種を見つめていた。
広大な空を認識できたなら、何かが変わるのだろうか。
それを確かめる術は見つからないけれど。
「ねえねえ、知ってた?」
デモニアが嗤う。
「一対だけ残ってるんだ。おめめ」
戦慄が戦場を覆う。
●
倒せるのか。
アルエットはラビを引きずりながら恐怖に震えていた。
「怖い……」
体力魔力共に消耗しているイレギュラーズがこのまま戦い続ければ行き着く先は死地だろう。
『撤退』の文字が怖気づいたアルエットの脳裏に過る。
しかし。
しかしである。
退けない者が居る。
その生き様が退く事を是としない者が居る。
己のために他者を踏みにじる事を厭わない。渇望。欲望。その意志を『好き』だと言う声がする。
「喰い殺したいと思うほどには」
笑っている、嗤っている。
惜しむモノなど、その身には無いのだと。
ヴェノム・カーネイジは三日月の唇から尖った歯を見せて――
重なる金属音は次第に肉を穿つ音へと変じ。
二人の獣が本能の儘に吠える。
「あは、目だ。三角の空色……あぁ。あははは」
Lair Bkack(黒き巣穴)に一つ。血玉髄の瞳に指をかける。
切り取られた茜に染まる空が――
「これだ!」
目を抉られるかもしれぬ瀬戸際に。
ヴェノムはそのまま強かに額を打ち付け。
「……捕 ま え た」
ヴェノムの触腕が魔種の首に牙を突き立て、食らいついて離さない。
きっとこれが最後の好機。
胡蝶はリボルバーを構え照準を頭部に合わせる。
「いい加減に……!」
冷たい引き金に指をかけ弾丸を打ち出せば、反動で指先が跳ねた。
空気を切り裂き音速さえも超え魔種の頭部に炸裂した弾。
胡蝶の攻撃は獣種たる兎の耳を削ぎ落とす。
「あと少し」
仲間を帰るべき場所に、返す為に。
攻撃の手を選び取ったのはシーヴァだ。切っ先の広がった諸刃の大剣を握り、真横に切り裂いた。
吹き出す血潮を浴び赤黒くボロボロになったサロペット。
「さっきのお返しです!」
葵の生み出した巨大な黒い針が魔種の身体に無数に突き刺さる。
誰よりも戦場全体を見ていたみつきの判断は正しいものだった。
無尽蔵の魔力を持って的確に回復を施していたからこそ、この時まで耐えうる事が出来たのだ。
彼が居なければ戦場はとうに瓦解していただろう。
だから、次の手も最善を打つ。
接敵して呪符による魔力の奔流を叩きつけたのだ。
「あ、シエラさんダメなの!」
「……私達は、勝つ為に――!」
吠える。
アルエットの制止を振り切り白き獣が戦場を駆ける。血に染まり意識も朧気。とても立てる状態では無いはずなのに。
それでもシエラ・バレスティは敵へと牙を剥いた。
血を吐き、爪を折り、それでも。食らいつく凄絶なる闘争――生への執着。勝利の渇望。
成し遂げるためには、今ここで、例え地に伏しても切り抜けねばならぬと本能が告げた。
「まだ……守りたい、ものが、うぅ」
肩で息をしながらアレクシアは魔術書に触れる。
「アレクシアさんまで! ダメなの! 死んじゃうよ」
大気中の魔素は彼女に術式を編み上げるだけの魔力は、けれど残されておらず。唇を噛み締めて。
「お願い、だよ」
空中で霧散する煌きの中で、アルエットは彼女の手を握り。
霞む二人の視線の先。見据えた細い肩。少女はルチアーノの背に最後の癒しを施した。
「受け取った……よ!」
静寂の運び手は、もう一度。もう一度だけ愛銃を構える。
解き放たれる弾丸は空気を震わせながら一直線に飛来し、魔種の肩を吹き飛ばす。
「可能性を自ら捨てる事なんて絶対にしない!」
怒りに任せたエネルギーに貫かれながらも。
擦り切れた魔力、残り少ない体力であろうとも、最後まで足掻き続ける事こそ。
「ムスティスラーフさん!」
生存への活路が開かれるはずだと信じて。
「そうだよ。この命、この身体は息子が命を賭して守ってくれたもの」
やすやすと渡してたまるものかとムスティスラーフは声を上げる。
もう攻撃手段など両手の剣を叩きつけることしか出来ないけれど。
否、それでも。繋がなければならない。
明日は自分で勝ち取るしかないのだから。
天蒼の光を帯びた剣が揺らめき、至近距離から敵の背を穿つ。
「約束って言葉を口にした以上……」
馬車の中。戦場の片隅で横たわる幼き瞳に約束をした。
闘志を燃やし。勇気を掲げ。
勇司の心に呼応するかの如く刀身の無い剣は炎を吹き上げ。
「負ける訳にはいかねーんだよ、お前何かに!」
全身の力を振り絞り、体重を乗せて剣を心臓に突き立て。
引き裂いた――――
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
厳しい戦いお疲れ様でした。
ギリギリの死線を勝ち取りました。
MVPは葵さんへ。
作戦、特に消耗に対する意識が勝利に大きく貢献していたと思います。
またヘイトコントロールも見事でした。
アレクシアさんには称号をお送りします。
称号獲得
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630):『希望の蒼穹』
GMコメント
もみじです。必ず、無事に帰って来て下さいね。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●目的
音楽隊隊長『ラッパ吹きの』リコットの討伐
●ロケーション
バルツァーレク領南部の街。ラッテンの大広場。
昼間なので明かりの心配はいりません。
ラビの簡単な現地調査で以下の情報が追加されています。
●敵
○音楽隊隊長『ラッパ吹きの』リコット
ピンと尖った兎の耳。包帯で目隠しをしています。
小奇麗な格好をした少年です。
目(特に碧眼)に固執する性質があります。
ラッパを吹くと人が倒れたと住人が証言しています。
ナイフのような暗器と多数の『目』も所持しているようです。
超高HP、高AP、高命中、高回避の非常に厄介な敵です。
・赤棘(A)(物至単/ダメージ中、高CT/連/BS【毒・失血】)
・マーチ(A)(神遠範/ダメージ中/BS【狂気】)
・ファンファーレ(A)(神遠単/ダメージ大/BS【呪殺】)
・百の瞳(A):(神近扇/ダメージ特大/BS【停滞・不吉】) 使用時。体中に埋め込まれた『目』を大量に消費する。
・Lair Black(P):5ターンかけ命中回避が大幅低下していく。副行動で『目』を入れ替えることで命中回避が回復。
●同行NPC
PCが絡まない限り、特に描写はされません。
・『Vanity』ラビ(p3n000027)
蹴戦、組技が使えます。
・『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)
低空飛行をしています。
遠術、ライトヒールが使えます。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
死亡時、目を奪われます。
Tweet