シナリオ詳細
<Liar Break>泡沫シレーナの閉じた世界
オープニング
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わたしの涙は真珠のよう。
わたしの心は泡沫のよう。
わたしの躰は――……嘘で塗り固めた可哀そうなシレーナ。
王子様も迎えに来やしない。不幸だわ、不幸だわ、嗚呼、世界はもっと不幸にならなくっちゃ、私だけがかわいそうじゃない。
幻想楽団『シルク・ド・マントゥール』の公演以後の、動乱から転じたのは『ノーブル・レバレッジ』と呼ばれた作戦だった。
国王フォルデルマン三世はサーカスの庇護を取り消し、貴族たちの協力の元でサーカスの討伐指令が奔っている。各地での検問、サーカスを捉える檻は徐々に狭まるが……サーカスはそこで終わりではない。
決死の作戦へと転じたのだ。団長ジャコビニをはじめ、『魔種』と呼ばれる彼らは狂気を伝播させていく。狂気が広がれば各地に混乱が起き、パンデミックを発生させた隙を付いてサーカスが逃亡する。
「でも、そうなる前に『打ち切り』するのも俺らの仕事なわけっす」
『サブカルチャー』山田・雪風 (p3n000024)は真剣な表情をして特異運命座標を振り返った。
ローレットに下されるオーダーは狂気の伝播を止め、魔種をできる限り討伐する事。不俱戴天の敵とみなすに相応しい魔種たちはその狂気を伝播させることで数を増やす。雪風のような旅人には影響ないが純種であれば危険を感じる事だろう。
「マリオネット」
その名を口にするのは二回目だ。幻想楽団『シルク・ド・マントゥール』に所属する人形師『マリオネット』。
彼女は幸の薄そうなかんばせと真白の膚。襤褸を纏った不幸を体現したかのような形をしている。おとなしそうにも見えるが扇動者として立ち回り、己の不幸を嘆き幸福そうな市民を殺すことこそが大切だと謳っているのだそうだ。
「マリオネットには唯一にして無二の相手がいるんだ。それがアルルカン――気になるなら他情報屋の情報をチェックして」
コルクボード当たりでも情報収集はできるだろうと雪風は付け足して、本題に戻る。
アルルカンとマリオネットはある貴族の領地で『遊んでいる』のだそうだ。元から二人は二人の世界に生きている――ジャコビニを気にするそぶりもあまりないのが実情のようだ。
「俺が得た情報だと貴族の屋敷の西と東に分かれて狂気を伝播させる『ごっこ遊び』をしてるみたい。
人形師のマリオネットは『おもちゃの兵隊さん』を作って、道化師のアルルカンはマリオネットの遊び道具を用意してくれている」
アルルカンはマリオネットをかわいがり、彼女のしたいことを『してあげている』のだろう。
双子の貴族の嫡男を人質としており、父親や母親は屋敷には入れない状態となっている。
少年たちは両親に溺愛されていたという事もあり、その身に危害が及ぶ事なきようにと貴族からは再三言い渡されているとの事だ。
「マリオネットは西に、アルルカンは東に。そこから順々に使用人に狂気を届け手駒を増やしてるんすよ。
まあ、元から屋敷に乗り込むときに何人かのシンパを連れてたみたいなんで――本人を討伐するにも結構難があるというか」
アルルカンとマリオネットは『己たちの危険が及ぶ』と逃走する傾向を見せる。それはサーカスへの忠誠心のなさが故なのかもしれないが……。
「屋敷を制覇したら、次は領地に。まだ二人の魔種の『呼び声』から使用人たちも双子も救う事ができるはずだから」
どうか、助けてほしいと告げて雪風は思い出したように呟いた。
「そういえば、マリオネットの人質は双子の兄だけど、まだ呼び声に感染してない――みたいだな……?」
●
どうして、どうして、どうして、どうして。
どうしてなの、どうしてなの、どうしてなの。
不幸だわ、なんで、不幸だわ、わたしは、不幸だわ、ねえ、ねえ、ねえ、アルル、ねえ、どうして、ねえ。
「おねえちゃん……?」
「だまって」
倒れた燭台を投げ捨ててマリオネットは地団駄を踏む。アルルカンと双子を片割れずつ。命を分け合ったふたりってわたしたちみたいだと喜んでおもちゃにした。
アルルカンの呼び声に双子の弟はすぐに答えたのに。なんで? ――わたしの声にはまだ兄は応えてはくれない。
いつも思い通りにはいかないの。わたしだって『不幸になりたくなかった』の。わたしだって『こんな思い』抱えて居たくなかったの。
ねえ、アルルカン。幸せ? アルルカンが幸せならばそれでいいわ。わたしは不幸だけれど。
ああ、悲しい――悲しいの。ねえ、わたしの声を聴いて、聞いて、訊いて。
……みんなみんなみんなみんなみんな、幸せそうに笑ったことのあるみんな死んでしまえばいいのに。
やつあたり?
――ばかね、ばかだわ、ばかなのね。
そんな生半可なことじゃないもの。この世界にはわたしとアルルカンだけでいいの。
- <Liar Break>泡沫シレーナの閉じた世界完了
- GM名日下部あやめ
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2018年06月28日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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――せかいって、理不尽だわ。
だって、あんなにもアルルは素敵なのにみんなは彼女に憎悪するの。
可笑しいわ。可笑しいと思わない?
彼女の笑顔は太陽なの。輝かしい世界を照らしてくれる、幸福の塊なの。
わたしだって、彼女が憎らしい。わたしだって、幸せになりたい。わたしは不幸なのに。
ねぇ、ねぇ、可愛そうなわたし。
彼女に笑って貰うため、わたしは不幸にならなくっちゃいけないの。
ああけれどそれって――それって、それって、とっても理不尽だわ。
●
開けた扉は重く、高級絨毯の張られた床にぺたりと坐り込んでいた少年は、傍らでぐすぐすと泣き続けるこどもを見遣る。
不幸だと嘆き悲しむそのこどもは襤褸を纏い決して美しいとは言えなかった。貴族の子息として育てられた少年にとって彼女は『異質な存在』に見える。
遠く、少年の両眼に映り込んだのは誰ぞの姿か。『ぽやぽや竜人』ボルカノ=マルゴット(p3p001688)はマリオネットと少年をその深い翠の瞳に映しこみ拳に力を籠める。
(惨い……)
マリオネットは魔種だ。それは幻想国内で最近話題にされる存在だ。久住・舞花(p3p005056)がマリオネットを一瞥して感じたのは『確かにそれは異質な存在だ』ということだった。
「あれが、魔種」
かつては人だったかもしれない――今はもう人ではない何か。この世界への来訪者たる舞花にとっては見た事のない存在であり、為る事のない存在だ。在るだけの全てを害し、自らそう在る事を望む、不幸を伝播させる『不幸なこども』。
(私の知る妖異なる侵食者と同じような、討たねばならないモノ……)
しかし、しかしだ――ボルカノも、舞花も分かっている。今、優先すべきは人命であり、不幸の塊は捨て置かねばならぬのだと。
『寄り添う風』ミルヴィ=カーソン(p3p005047)は唇を噛み締める。
「……自分が不幸で大切な人を幸せにできるわけねェだろ子供と幸せな人達まで使って……」
その声は、マリオネットにも届く。静まり返った屋敷の中では声はよく通っていた。襤褸を身に纏ったマリオネットがくるりと少年を振り返り首を傾げる。
「駄目な事?」
「……え?」
唐突なる問い掛けに少年は口をあんぐり開けた儘、マリオネットを見詰めていた。その様子にもミルヴィは苛立ったように拳を固める。
「倒してやりてぇけど今は無理……畜生!」
「ふしぎ。だって、わたしが『しあわせになりたい』のだから、皆を相対的に不幸にすればしあわせの土俵は下がるじゃない」
やけに饒舌なマリオネットは傍らにある少年の瞳を覗き込んだ。弟と兄はそれぞれコンプレックスを抱えている。マリオネットがこの兄を選んだことには何か理由があるのだろう――疵を押してこの場に参加していた『死を呼ぶドクター』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は己が背中の向こう側、廊下のずっと先に向かった別の特異運命座標が目にしたであろう光景を想像し溜息を吐く。
「双子、か。下らなねぇ遊戯だなァ……おい」
ぞろぞろと周辺から顔を出すのは彼女の声に反応した使用人たちか。玩具の兵隊と呼ばれるそれを見遣ってから『兎身創痍』ブーケ ガルニ(p3p002361)は肩を竦めた。
「自分らのごたる仲良し兄弟で遊ぶやなんて趣味悪ぅ。不幸で可哀想な自分はさぞや可愛かろうね?」
マリオネットとアルルカン。互いが互い。ブーケは自身らの鑑写しの様な存在として双子をセレクトしたその流れを蔑む様に肩を竦めた。
「『かわいそう』なわたし……いいなあ、しあわせそうで、アルルは、いいなあ……」
ぼそそぼそ呟き、俯くマリオネットを見上げた少年はどうしたものかとマリオネットを気遣う様な仕草を見せた。
ふと、その様子が『幼い子供のなりをしているからこそ』兄という性質を持つ人質がマリオネットに恐怖心を抱かず、呼声にまだ反応しきれてないという状態であることに『落ちぶれ吸血鬼』クローネ・グラウヴォルケ(p3p002573)は気付いた。
「……人間と何ら変わらないんですね……アタシらと、外見は何も変わらない……」
けれど、それは不幸を伝播させるのだ。
しかし、少年の目にはどう映るのだろうか?
弟の為にと気丈に頑張る人質の目には操り、弟の許へと向かいましょうと遅い来た魔種と今から周囲の人間を無遠慮に倒す特異運命座標は変わりなく『バケモノ』であるのかもしれない。
「……アタシらは英雄じゃない、全員救えるなんて思っちゃいない」
けれど――それでも善悪はどちらにもある。『特異運命座標』サクラ(p3p005004)は只、声を荒げた。
「ほんっとに頭くる! なんでそうなるの。自分が不幸だから周りも不幸にするだなんて! そんなの絶対、許さないんだから!」
「みんなが不幸なら、わたしはみんなと同じだから、『不幸じゃなくなる』もの」
首を傾げ、何が不満なのかと問い掛ける様な瞳にサクラは歯噛みする。マリオネット、狂ったこども。
その性質が元からの許なのか、それとも。『黄金の牙』牙軌 颯人(p3p004994)はマリオネットを眺め首傾ぐ。嗚呼、けれど。
「……いや、それも最早栓無き事か」
●
前線へと飛び込んでサクラは声を荒げる。その刃――聖刀【禍斬・華】を手に、地面を踏み締める。
「さぁ、かかってきなさい!」
全てを巻き込む様に――一撃必殺、最初の一撃には全力を込めて彼女は周辺に立つシンパや使用人たちを呼び寄せた。
しかし、その範囲から外れる様に立っていたシンパや使用人たちはぞろぞろと動き出す。速度を武器にマリオネットへと走り寄ったミルヴィはくるりと振り返り戦乙女のマントを揺らす。
楽器をかき鳴らし、決戦に挑む夕刊成る心を奮い立たせるミルヴィと相対し、マリオネットはぱちりと瞬いた。
「じゃま」
至近距離。マリオネットは兄と手を繋いだままミルヴィを殴りつける。一撃の重さは流石は魔種と言う所か。
「っ」
「じゃましないで」
ぱちりと瞬いたこどもの声を聴きながら舞花はシンパに近づき至近距離で刃を振るう――状況に身を任せれば水面を動くが如く優美にその体は動き出す事を彼女はよく知っていた。
「――大丈夫。貴方と弟さんを助けるために、ご両親を初め多くの人が動いています。諦めないで」
「……で、でも」
少年は言う。『おねえさんたちも人殺しなの』と。
(――目の前で殺せば、同じ穴の貉ってかァ。成程なァ。俺も『双子の妹』の為ならそういう考えになるのかもしれねェが……)
魔銃・罪ト罰をくるりと回し、緋色の光を帯びた魔術式を展開させたレイチェルは少年の怯えを確かに視る。マリオネットたち前へちく事を止めるブーケは頑丈じゃないからなぁと心の中で苦笑しながら目の前の襤褸のこどもを見遣った。
「この子と俺達やったら、どっちが信じるに足るんかなぁ」
「それは……」
ブーケとミルヴィに行く手を阻害され苛立ったようにマリオネットが地団駄を踏む。ぎゅ、と握りしめられた手が痛いと涙を浮かべる少年にボルカノは大丈夫である、と大声を発した。
「我輩達はイレギュラーズ、ご両親からの依頼で助けに来たのであるよ!」
「お父様たちが『殺せ』って……?」
聡明なる兄は、ボルカノが放った攻撃が使用人たちを飲み込むのを確かに見ていた。信じて呉の言葉とは裏腹に少年の不安は募りゆく。
「大丈夫である! 君と弟は確かに我輩たちが助けるのであるよ!」
「弟も――弟も、無事なんですか」
震える声音で問い掛けた少年の頬をぱしり、と叩いたマリオネットは信じられないと唇を戦慄かせる。
「ねえ、なんで、しあわせそうなかおをしたの? わたしの狂気(こえ)はきこえないの?」
「あ、あ、……ごめんなさい」
マリオネットは、誰かに依存しなくては生きていけない存在なのだろうと颯人は認識していた。暴れまわり周囲を蹴散らし、そのうちに見遣ればマリオネットは『自身の邪魔をする人間以外は全て自分のアクセサリー』のように大切にしている。
シンパたちを犠牲にする彼女は己を護る事で人が不幸になる事を喜んでいるかのような仕草を見せるが、己を護る為ではない犠牲には怒る様なそぶりを見せている。
「ねえ」
子どもの瞳がきょろりとボルカノに向いた。
「いみもなく、ひとをころすってたのしい?」
「―――」
何を言うのだとブーケはあんぐりと口を開ける。意味もなく人を殺すのは魔種たちではないのか!
「我輩達は少年を救いに来たのである。これは意味のない殺戮では、」
「わたしだって幸せになる為にこの子といるんだもの。一緒。同類。ふふ、目的の為なら殺せるんだって。
おにいちゃんもわかるよね。もし、パパの依頼が、おにいちゃんを殺してだったら、殺されるんだよ。特異運命座標ってそういう人たちみたい」
ころころと笑ったマリオネット。それは狂気に陥れようとする策略なのだろう。耳を貸さないで、とサクラは叫ぶ。
シンパを、使用人を遠ざけ、マリオネットから人質を奪還するため――その為なら構うことはない。マリオネットが言う言葉は尤もだ、だが。
「ワガママと大義を一緒にせんで欲しいなぁ」
パダッセさまを撫でてブーケは拗ねた様に呟く。切れたナイフを武器に戦うボルカノはその言葉に大きく頷いた。
もう直ぐだ。その為には兄の信頼を、逃げる為の一手を必要としている。だから、だからこそ――レイチェルは叫ぶ。
「手負いの獣……舐めンなよ……!
こっから先は通行止め、だ。おい、其処のガキ……このまま先に進んだら絶対に後悔するぞ、俺みたいに! 早く此方に来い!」
シンパ一人一人の攻撃も確かに痛い。全てをすぐに処理するのが難しい事は知っていた。ミルヴィの回復を行うクローネは、周囲を惹きつけるサクラの体力が付き掛けてることに気付き、どうしたものかと唇を噛み締めた。
(………人を不幸にするというのは吸血鬼にもよくある話……そうした所でアタシは幸せになんざなれませんでしたが)
マリオネットは幸せになれると信じている。レイチェルの回復を受けながらもサクラは一度膝をつく。運命の加護の如く、再び立ち上がらんとするサクラの目の前でミルヴィの足元がふらついた。
「交代や」
ブーケの声を聴き、ミルヴィが一手下がる。もしも奪還時に攻撃を受ければミルヴィは一溜りもない事を気付き舞花は刃を振るう。
――けれど、もう直ぐだ。此方が倒れた人間がいるならば、それ以上に、カヴァーして人質を逃がせばいい。
クローネが前進する。マリオネットの瞳と克ち合い、その瞬時に武器を叩きこむ。
その身は、ぐん、と後退し、繋いだ手がゆっくりと、離れた。
●
「、っ」
クローネの一撃に、こどもの口から漏れたのは戸惑いだった。まって、と口がぱくぱくと動く。
走り出したミルヴィを見詰め、今までは邪魔だ邪魔だとミルヴィに攻撃を加えていたマリオネットが苛立ったように声を荒げる。
「その子、持ってかないで!」
ダメージの蓄積していたミルヴィは一度は膝をついている。しかし、ここで諦める訳にはいかない。時間はかかったがマリオネットには確かに行動阻害が出来ているのだから。
「よく頑張ったね、流石お兄ちゃんだ、弟も大丈夫、お父さん達のとこにいくよ。絶対ェ無事に帰してやるから」
「でも――」
人殺しを信じて良いの、とその瞳が語っている。嗚呼、怯んではいけない。サクラは「大丈夫だから!」と鼓舞するように声をかけミルヴィを送り出す。
走りくる。後ろから。ブロック役として立った颯人は増える使用人の姿に気付き退路を開かんと暴れる様に攻撃を放った。
「行け!」
「いや、いやいやいや、やめて、連れてかないで、だめなの、わたしは、わたしが、わたしの」
混乱したように首を振り、ミルヴィを追い縋る。手を伸ばす。攻撃の勢いが苛烈になり、マリオネットに重ねた攻撃で『己たちの不幸』が蓄積しているのだとクローネは確かに感じた。
(厄介……)
マリオネットが追い縋る。止めなくては、身を滑らせるブーケを殴りつける一撃は重たい。
振り仰いだボルカノは気付く。嗚呼、見える範囲に別動隊がいるではないか。両端からスタートすれど、進んでくるならば何時かは合流してしまう。
「いや、いかないで、いかないでェッ!」
悲痛なる声音と共に――聞こえたのは。
「みんな死ね! 死ね! 死ね! 死ね!!!!」
――声が、する。
憎悪に濡れて。嫌悪を滾らせ。感情の波は攻撃となって広がってくる。
迫ってくることに気付きクローネは息を飲む。此の儘では人質たる兄までもがアルルカンの攻撃に飲み込まれてしまうのではないか。
(マリアだけが敵ではありませんでしたか……!)
ごっこ遊びの内、いけないと颯人が手を伸ばす。サクラが、ミルヴィが少年を庇わなくてはと子供を抱きしめて。
出入口はあと少しなのに、なのに――!
「やめるである、アルルカン!」
ボルカノの声音に構う事無く広がる波動は特異運命座標を飲み込んだ。痛みがその身を引き裂くが如く。
そうか、とボルカノは頷く。『誰かが死ねば威力の上がるアルルカン』と『自身の痛みを不幸とするマリオネット』。
その両者が『この場には居たのだ』!
「死なせない――!」
舞花が息を飲む。ばたりと倒れたその視界の向こう。なぜ、どうしてだろうか。
「……ねえ、言ったでしょ。ねえ、どうして?『周りの人を不幸にしたって自分が幸せになれるわけじゃない!』って――」
ぽそぽそとこどもは呟く。緩やかに目を開いたミルヴィは信じられないと口を開いて。人質の兄を庇う様に立っていたのは己を死に物狂いで追ってきていた魔種。
「いたいわ」
ぽそり、とこどもは呟いた。嗚呼、向こうには朱い瞳を揺らすアルルカンがいる。向こう側――『アルルカンの嫌な事』をしでかしたイレギュラーズにマリオネットは僅かな感謝を抱いて。
「庇う……とは思っていたけれど」
くるり、と舞花は振り仰ぐ。そうだ、この戦場はマリオネットだけが敵ではない。同じ屋敷の廊下の向こう側にはアルルカンという魔種が立っていたのだ。
傷つくことで不幸を撒き散らすこどもの効果はイレギュラーズ達にも伝播している。嵐の如く、アルルカンより伝播したそれを受け止めてマリオネットは首傾ぐ。
「この子供はどうしてかしら、どうして、どうして、どうして、ねえ、どうしてわたしの声にこたえないの!?」
「兄ってのは強いんだよ。それこそ、自分の事よか『片割れ』が大事だって言う位に、なァ」
レイチェルは肩を竦める。アルルカンとマリオネット――そうか、この二人も『ひとつ』なのだ。幸福と不幸、鏡合わせの様な存在なのだ。
「人質を奪還したミルヴィちゃんをすごい剣幕で追いかけると思ったらそんなことに悩んでたんかぁ」
ブーケは頬を掻く。そうだ、一度突き放した瞬間にマリオネットは己が狂気を伝播させたすべてを総動員してミルヴィの行動を阻害した。
怒り狂い、それこそ獣のように声を荒げていやだいやだと駄々っ子のように涙を流し首を振りながら。
マリオネットに止めをさせるかもしれない――脳裏に過ったそれを飲み込む様に颯人は息を飲む。
(いや、『兄が呼声に飲まれていないから』こうして庇っただけか――今、マリオネットに手を出せば)
おそらくは、アルルカンが狂気を滾らせこの作戦は失敗する。兄が『応えない』内に連れ出したことが好機だったのだ。
「……引くよ」
ミルヴィの声にサクラは頷き、へたりこんだマリオネットを振り仰ぐ。
「次会った時はぜったい! ぜぇーったい! めっちゃくちゃ幸せにしてやるからね!」
長居は無用だとじりじり後退する颯人の耳に入ったのは呟く言葉。
「わたしはね、わたし達はね。『強欲』なの――ねえ、あるる」
ないものねだりは性だもの。囁く様に目を閉じて。マリオネットの瞳がきょろりと動く。アルルカンの寵愛を受け入れた後、ゆっくりと抱えられたままその場から消えた。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
ご参加ありがとうございました。情報確度はB。詰まりは『連動依頼』というのが肝です。
アルルとマリアの間にある距離は徐々に詰められていきます。同じフィールドで戦う仲間が別依頼に居るという事ですね。
こちらでの殺害がアルルカンの特異性にも追加されておりました。
しかし、皆さんの告げた声かけで少年が呼声に反応しなかったことが、成功につながったかと思います。
また、お会いできますことを。
GMコメント
菖蒲(あやめ)と申します。全体依頼ということですね。
ぬめGMとの連動以来となります。
●成功条件
人質の解放。
そのほか使用人の生死に関しては問いません。
●ある貴族の屋敷
領地は小さめですが皆、仲良く暮らしている貴族&領民となります。
屋敷は横長で西側と東側にそれぞれ少し大きめの部屋が用意されていました。
スタート地点は西の大きな部屋。中央の出入り口までおよそ40m。
中央出入り口に到達しアルルカンとマリオネットが出会った場合人質が『人質同士で殺しあい』遺骸を両親へと投げ渡して狂気を伝播させます。
●マリオネット
通称はマリア。アルルカンだけにはマリーと呼ばれています。
真白の肌に、幸の薄そうなかんばせです。外見は少女とも少年ともとれます。
魚を思わせる鱗がその身にはあります。魔種。
襤褸を身に纏い、己の不幸を嘆き、幸福そうな市民へとヘイトを抱いています。
死にたくはありません。危険があれば何人でも犠牲にします。彼女の対処は非常に難しいでしょう。
戦闘能力は高く耐久性に優れています。傷つけられることで不幸度を蓄積させ呼び声の力が強くなる傾向があります。
●マリアの呼び声
当シナリオにおいて呼び声はマリオネットの『心』を強く反映したものとなります。
マリオネットの呼び声の効果はこちら
シンパ、使用人→不幸な人とマリアが認識している為、狂気をさらに強化。通常の人間には効果範囲を広げます。
特異運命座標→幸福な人とマリアが認識している為、マリアにダメージが蓄積することで1Tごとに特異運命座標のFB値を上昇させていきます(マリアにダメージが蓄積していない場合は効果は出ません)
●『不幸せ』なシンパ×10
マリアが連れ歩く不幸せな仲間たちです。マリアを守ることに忠実です。
戦闘能力はそれなりですが、殺さずを貫けばまだ呼び声から戻ってくる可能性はあります。何故って、マリアはまだそこまで不幸じゃないので効果が薄いみたいです。
●使用人たち(3mごとに5名追加)
ぞろぞろと歩きます。特異運命座標が到着時点では10名の使用人を呼び声の効果に陥れています。
戦闘能力はそれほどありませんが、皆、狂気に侵されて言葉が通じる段階ではありません。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
どうぞ、宜しくお願いします。
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