シナリオ詳細
靴の中に六ペンスを
オープニング
●私の愛は死よりも永く
文学都市、幽霊都市、解剖学園都市。呼び方は様々あれど一番有名な側面――城郭都市として名高いエイデンの丘の裏に『それ』はある。
バロック、ゴシック、ノルマンにルネサンス。堅牢なる城を丘の上に頂いた石造りの街は様々な建築様式が混じりあっている。中世の香りを色濃く残した街並みは殺伐とした宗教的な空気とはまた別の、静謐とした風を漂わせていた。
城を背景にして、その墓地は旧市街南端にある。緑豊かで飴色の木漏れ日が射しこむ小道の脇には落ち葉が積もり、のびのびと枝を伸ばしたイチイの木の上では黒つぐみが高らかに求愛の歌を囀っていた。
一筋の風が吹き、花弁のように黒羽が落ちる。薄靄のベールが浮かび上がると、風船よりも軽いつぐみの体が赤に染まった。
「グレゴリッジ・ジェイムズヤードにおける失踪事件の調査を求む」
墓守ジェイムズ・マクグレイザーによって嘆願書が市議会に提出されるも、よくある話として処理された。墓場で逢引きする人間が消えたのならば、駆け落ち以外に考えられないという発想からである。
これがこの本(せかい)における岐路であった。
僅か数か月後、二人の死体盗掘人が内臓を失った状態で発見された。その遺体を収容しに来た解剖学科の医学生もまた犠牲となった。
突然内部から破裂したという証言を受け現場に駆け付けた警官の血飛沫によって、見えざる其れは初めて存在を認知された。
認知された時には遅かった。
喰らいに喰い、其れは存在を肥大化させていた。見事な城壁が名所であった街に裂かれた血花が咲き乱れる。殺した相手の魂を操る姿から『花嫁人形師』と名付けられた怨念はゆっくりと悲鳴を咀嚼しながら、哀願を嚥下しながら、国を喰らう。もはや誰も止める事はできなかった。
●貴方の愛は星より遠い
「ならば分岐点に栞を挟み、墓守の嘆願書を市議会ではなくイレギュラーズが受け取れば良い。旧市街に曲芸一座が訪れる日ならば、どんな人でも『仮装』で済まされるからね?」
カストルはニコリと綺麗に微笑んだ。
「依頼内容は至ってシンプルだよ。ようは墓場で悪霊花嫁を退治するのさ」
オーダーは悪霊の消滅。その世界の住人にとっては危険極まりない存在もイレギュラーズにとっては害虫レベルの相手だ。視認出来ない点は厄介だが、方法は幾らでもある。
「ただ相手の思考や感情が読めてしまうと、五月蠅いかもしれないけどね」
まるで感情を感じさせない声でカストルは言うと、紅茶を一杯飲み干した。
- 靴の中に六ペンスを完了
- NM名駒米
- 種別ライブノベル
- 難易度-
- 冒険終了日時2021年06月15日 21時55分
- 参加人数4/4人
- 相談5日
- 参加費100RC
参加者 : 4 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(4人)
リプレイ
●ジェイムズ・マクグレイザーの話
これは或る愉快な曲芸一座の話だ。
物語の主役は四人。あいつらは東からの風に乗ってグレゴリッジ・ジェイムズヤードにやってきた。
開口一番「花嫁人形師について調べている」なんて言うもんだから笑っちまったね。それこそまさにオレが今一番求めていた事だったからさ。
猛獣使いの『謡うナーサリーライム』ポシェティケト・フルートゥフル(p3p001802)は円形舞台からそのまま抜け出してきたかのような恰好で、薄気味悪い墓場に立っていた。顔色ひとつ変えやしねェで楚々と立つ姿はまるで霧の妖精だ。傍らに控えた見たこともない巨大な獣がオレを笑うように牙を剥く。その迫力に少しだけ腰が引けちまった。
「墓地に花嫁さんのお墓はありますか?」
「花嫁人形師の墓と伝えられている場所ならあるぜ。だが今は危険だ。失踪者だけじゃなくて怪我人があの辺で出ている」
「問題はありません」
きっぱりと。鉄のような断言で続けたのは、このおかしな一座の中でも一等おかしな恰好をした『激情のエラー』ボディ・ダクレ(p3p008384)だった。
「私自身は頑強ですので大抵の攻撃は耐えます」
「そ、そうか? まあ、その身体ならそうかもしれねェなぁ」
筋骨隆々とした身体の上に濁り硝子の箱を乗せ、オレみたいな墓守相手に酷く丁寧な言葉で接してくる異形頭の紳士には調子を狂わされっぱなしだ。
「どうして彼女は死んだんだ?」
洒落たグレイのフロックコートできめてきた新郎は、花嫁の話を聞きたがった。初老に片足をつっこんだ『陽気な歌が世界を回す』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)は、小路裏の酒場で一曲頼むような気軽さと年嵩に相応しい聞き上手さを併せ持つ男で、オレは結婚式当日、ろくでも無い恋人に裏切られた挙句に腹を裂かれて埋められた『M.M』という女について話した。
「七十六年前、女が埋められた場所にはイチイの木が植えられた。そして花嫁のイニシャル以外、何も残りやしなかったのさ」
そうやって話を締めくくると、突然、今まで黙りこくっていた小柄なローブが口を開いた。目元を隠したその褐色の肌は目が覚めるほど神秘的で、性別の壁を曖昧にしていた。
「……近くに幼子の霊はいないか? もしくは、そういう死者が割と最近に埋葬されてないか調べられるだろうか」
腹を裂かれた、だなんて遠回しな言い方に含まれた意味を、聡明な頭が読みとっちまったらしい。『霊魂使い』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)の憂いを秘めた樫色の落ち着きはオレたちと同類だ。つまり死者を送ることに慣れている。
俺たちは戸籍無しを埋葬する合同墓へとむかった。身元不明は勿論、堕胎や死産で取り出された赤子もここに埋葬される。オレも死んだらここに入る予定だ。墓石一つない、ただ芝が広がる寂しい場所に。
「最近はここに埋葬する予定の遺体を大学が買っていく。医学の進歩に必要だと言うが、オレは度が過ぎていると思うね」
失踪事件は大学側が解剖用の死体を買い始めたころから始まった。
失踪者の捜索。そして身元不明遺体購入の規制措置。それが議会に提出する予定の、オレの嘆願だった。
●幸せをもたらす四つのモノ
「愛や恋といった概念に誘引されるとのことですが……困りましたね、私は理論は知っていても経験という物がまったくありません」
ブラウン管の下部に指を当て、イチイの木を見上げたボディは自らの懸念を口にした。さて、見えぬ存在をどうやって誘い出したものかと考える会話に弦の旋律が雨粒のようにぽつぽつと鳴る。
「色恋沙汰なら、おれに任せとけ。ちぃと年を食っているが花婿役でもやってやるよ」
恋の曲を奏でるヤツェクの横でポシェティケトがハミングを口ずさむ。アーマデルは瞳を閉じ、じっと風の違いに耳を傾けていた。
若木が爽やかな木陰を運び、陽気が眠気を誘う午後。
感情探知を巡らせていたボディの上肢が傾いだのは、そんな時だった。
喜怒哀楽で構成された感情ではなく、膨大なデータで頭蓋骨の中を殴りつけられたかのような衝撃。突如としてオーバーフロウを起こした思考の熱処理が追いつかず、意識と五感を刈り取られたゼロ時間の中で咄嗟に獲物に手を伸ばす。舐めるように腹部を迸った熱が、鮮血を伴った柘榴の傷として発現していた。
ボディ・ダクレは死者を主軸とした存在である。機能停止した内臓器官を破損したとて行動を続行することに何の問題もない。
目には目を。斧には鉈を。ぬるりと取り出した鉈を構え、乳白色を幻視する虚にむかって迷いなく振りぬいた。
「私には貴女の怨念が何に起因するのかは知りません」
じくじくと修復される傷の生々しさとは逆に、語るボディの声は機械的に紡がれる。
「そして、例え知ったとしても結局は害ある存在だ。ならば倒す。私は、その怨みを踏み躙ってでも貴女を倒そう」
無色であった墓地の野が濁血の色を帯び始める。肉ある者を憎み焦がれるように、地から這い出た怒れる亡者がボディの言葉に群がった。
雑霊は地熱のように轟々と啼き続ける。だがある一点に静かな凪のような箇所を見つけ、アーマデルはとっさに霊魂疎通から操作に切り替えた。触れた輪郭から虚ろが侵食する。嘆きには嘆きを、復讐には復讐を、悪夢には悪夢を。
微かに揺らいだ存在に向けて墓石の影から狙いをつける。
「メアリー」
名を呼ぶのは不安定な存在を固定する儀式でもある。不可視の存在が絶叫をあげ、儀礼舞のような怨嗟の残響に耳を塞いだ。
――嫌よ、イヤ。私のジェイムズをとらないで!!
破裂するような暴風の中から、布を抱えた花嫁が姿を現した。
その中から未練の欠片を見つけたアーマデルは布越しに瞳を眇めた。見えないほど小さな欠片を拾い上げ、宥め、溶かして。そうやって迷える魂を彼岸へと送るのが彼の役目だった。
「随分と賑やかな式になってきたな」
天使の歌を奏でれば、他人を見るだなんて許さないとばかりにヤツェクの腹に衝撃が走る。避ける事も出来た筈なのに癇癪のようなソレを受け止め、身体をくの字に曲げ口からこぼれた血液の名残を拭う。
――貴方、誰?
「花婿だよ」
ようやく此方を見たかとヤツェクは不敵に笑う。弾き語る魔法に迷いはない。恨みの声にはロマンスを。嘆きの声には鎮魂歌を。喉を塞いで愛の言葉を妨げる悪い参列者を減らしてから花嫁を迎えに行こう。
「花嫁のあなた、ごきげんよう」
永遠の眠りを守護する者として、ポシェティケトは対話の手を差し伸べた。
「あなた、一番憎いヒトにだけ攻撃を絞るべきよ。ワタシもお手伝いしますから。……ああでもねえ、内臓は壊しちゃダメよう。叩くのよ、全ての力を込めて」
もっともだ、と亡霊の冷静な部分が囁いた。差し出された手を握って、八つ当たりのようにリンゴのように腐り果てた感情を流しこむ。
ポシェティケトの中にある大切な好きな記憶ヒト場所が、歪み壊され汚さ奪われる。
まあ、これって本当にイヤなことねえ。しずかなお墓の真ん中で、他人事みたいにワタシは言うの。
おかしいわ、お腹と頭がぐるぐるして。
スパーンと爽快な音と共に、柔らかなほっぺたが張り飛ばされた。目の前には勇猛ながらも心配そうな顔の精霊。つないだままの手の先を辿って、泣き崩れている花嫁にポシェティケトはにっこり笑った。
「あなたの物語、よっつほど、あるのではなくて? 鹿に教えてくださいな」
●メアリー・マクグレイザーの話
四つのものを身に着けると花嫁は幸せになれる。
それは、私の知らない、私の憧れたおとぎ話。
「すまんな。亡霊でも、花嫁には幸せに逝かせてやりたいもんなんだよ」
「弔い直しか。なら俺も賛成だ」
地獄へいく相手に「幸せに逝かせてやりたい」だなんて、おかしな人たちね。
「解決できるならば穏当な見送りに異論はありません」
「素敵な結婚式にしましょうね」
許されざる悪霊にむかってそんな提案をするなんて、怖くはないのかしら?
四人が頭を寄せ合って、私の結婚式についてあれこれ考えてくれる姿はちょっぴりおかしかった。墓地だって神様のお庭だもの。結婚式にはぴったりね。
「何事もやってみるものねえ。とってもお似合いよ」
新しいもの。真っ白な霧のベールを紡いでくれたのはブライズメイド。
ありがとう、親切なポシェティケト。最期まで手をつないでくれる素敵な友人ができて、私、幸せよ。
「幸せなご家庭より借りたものが必要、ということでしたので街頭で声をかけ平均よりも幸福値が高いと思われるご夫婦よりお借りしました」
借りたもの。バージンロードを一緒に歩いてくれた不思議なヒト。
ありがとう、親切なダクレ。貴方もいつか素敵な出会いがありますように。そう、地獄の底から呪っておくわ。
「この墓場にあなたの子は眠っていなかった」
古いもの。見届け人が一人の老人を連れて歩いてくる。
ありがとう、親切なアーマデル。私の名前を見つけてくれて。貴方のおかげで、私は死んだと思った息子にも会えたわ。
ねえ、ジェイムズ? だめな母親でごめんなさいね。
「青いものは……おれじゃあダメかね?」
はにかむように笑う色男の花婿さん。いいえ、いいえ。とても素敵。花婿のお名前が『青い花』だなんて運命的じゃない?
ありがとう、親切なヤツェク。私の王子様。
「幽霊にも足はあるんだな」
からかうように言って白い靴の中に銀貨を入れて履かせてくれた。
「偽の花婿ですまんな。だが、アンタが逝くまでは、愛の女神に誓って幸せな花嫁にする」
面倒なお願いをしてしまってごめんなさい。
「ワケアリ女の扱いは慣れているのさ」
さようならのキスは、とても温かくて。
初めて私は、幸福に死んだのです。
成否
成功
状態異常
なし
NMコメント
こんにちは、駒米と申します。怨念大好き。
今依頼のメインは戦闘を予定しておりますが、プレイング次第で変化する可能性があります。
・目標/敵
『花嫁人形師の討伐』
『グレゴリッジ・ジェイムズヤードを平穏で静かな墓場にする』
敵は花嫁姿の霊です。姿は透明であり、通常の視覚では視認することができません。意思疎通系のスキルを使うと膨大な感情嵐に巻き込まれて発狂する恐れがあります。
この世界の人間相手ならば即時に内臓破裂させる事が可能ですが、イレギュラーズ相手には時間がかかるようです。
愛や恋といった単語が地雷なようで、いちゃいちゃすると襲われるでしょう。
見た目が好みでも襲われますし、恋人がいても襲われます。
その辺を歩いていても襲われます。大体難癖つけて襲われます。
花嫁人形師を倒すまで、操られた大勢の一般霊が攻撃してきます。可能であればそちらも対応をお願いします。一般霊は視認が可能です。
・世界観
十九世紀スコットランドのエジンバラによく似た世界です。
並行世界のグレーフライアーズ・カークヤード的存在。
・NPC
ジェイムズ・マクグレイザー老
長年『グレゴリッジ・ジェイムズヤード』の墓守を務めている老人。
Tweet