PandoraPartyProject

シナリオ詳細

奪う人。奪われる人。失う人。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ――救いを求める声がする。
 流行り病に侵された、私たちの同胞の声が。
 少し前に、私たちが住まう町で広まったそれらに苦しむ私たちを救う者は居なかった。寧ろ、抗う力も無い私達から、資産を奪う盗賊まがいの者達すらいたほどで。
 病と、飢え。その両者に苦しめられて、最初に老人と子供が、次いで女が倒れていった。
 死を待ち、唯苦しみ、絶えるだけだった私たちに、救いは訪れず。
 ……嗚呼、けれど。

「あの、おじさんたち」

 その代わり、ではあるまいが。
『救いを待つための手段』だけは、訪れたのだ。

「大丈夫ですか。あと、すいませんけど……此処っていったい、どこですか?」

 ――『自身の血液を、滋養として他者に分け与えるギフト』。
 それを有する、異世界からの子供たちによって。


「……それで、その子供たちは」
「偶然からそのギフトを知った町の大人たちによって囚われ、血を搾取され続けた。
 子供たちの人数は8名。町一つ分の人間が摂取する血液を、たったその人数で賄い続ける。それが何を指すかはわかるだろう」
 情報屋から『現況』を聞き終えた『竜首狩り』エルス・ティーネ (p3p007325)は、喉を詰まらせかけながらも言葉を続けた。
「彼らは、今も無事なのですか?」
「……生きているか否かで言うならば前者だが、全員ではない。
 そして今すぐ治療を受けなければ、残る者たちも危ういだろう」
 依頼資料を提示する少女の顔は何時もと変わりない。それが取り繕ったものであるか否かは、集まった特異運命座標達には判別のつかないものであった。
「お前達にはこれから、件の町に向かってもらう。依頼の達成目標は先の子供たちを保護したのち、町の外に待機している別働の治療班に彼らを預けること。
 一応言っておくが、諸事情の為治療班はお前たちの指示では動かない。あくまで自分たちの力で状況を打破することに注力しろ」
「……打破と言うのは」
 情報屋の言葉を遮ったのは『黒狼の勇者』ベネディクト=レベンディス=マナガルム (p3p008160)である。
「町内に居る子供たちを助けた後、どのように町の外に出るか、ということか」
「正解だが、それに付随もする。
 子供たちの体力は既に限界であるため、些少の負担もかけられん。その為彼らを抱えて行動する者は、一切のスキル、アイテム使用と全力速度での移動を禁止させてもらう」
「……おい。それは」
 厳しい。というか……不可能に近い。
 ただでさえ現在の町内は子供たちを見つけるべく、住人たちが眼を光らせている状況だ。このタイミングでよそ者である冒険者たちが町に入り込めば、否応なくその注目は集まり続けるだろう。
 それは実質、監視と同義ともいえる。その状態で町の外へ離脱するというのは………………
「可能だ。但し、それを『安全に』か『リスクを呑んで』かはお前たちの覚悟次第だが」
「何を――――――」
「待った」
『金獅子』ベルフラウ・ヴァン・ローゼンイスタフ (p3p007867)が問いかけた口を、『慈悪の天秤』コルネリア=フライフォーゲル (p3p009315)が言葉を被せて閉ざした。
 それは、偽悪たる彼女であるが故に、即座に理解しえた意味。
「……『それ』は、許されるの?」
「……依頼目標はあくまで子供たちの救出だ。それ以外の被害について、触れられてはいない」
 ――要は。
「町外に出る」という依頼を妨害するファクターが存在するなら、それを潰してから行動すればいいだけの話、と言う事。
 意図を察し、息を呑んだベルフラウ。瞳を眇めた情報屋は、そうした特異運命座標を前に一つだけ歎息を吐く。
「……極論で在ることは自覚している。それに、本依頼では子供たちを保護する者以外に行動の制限はない。
 双方が互いをサポートしながら行動すれば、彼我に人的被害をもたらすことなく依頼を達成することも可能かもしれん」
 それでも。そう言葉を継いだ情報屋は、冒険者たちに視線を向けて、言うべきだと思ったのであろう言葉を口にする。
「……お前たちが仮に最善を尽くしたとして。
 それでも、恐らく救える者は1人か2人程度だろう。それは頭に入れておけ」
 求められる覚悟は、『奪う』だけでなく、『失う』ことに対してでもあるのだと。


「ごめんなさい」と、何度言葉を重ねたとて足りないだろう。
 元の世界で健やかに暮らしていたはずの彼らから、『無辜成る混沌』は確かに日常をはぎ取った。
 けれど、この子たちが「人間であること」を奪ったのは、他ならぬ私達であることに変わりはないのだ。
「……おばあ、ちゃん」

 ――喋らなくていいのよ。苦しいでしょう。

 町の人間に気づかれないように。閉じ込められていた一室から子供たちを引き連れ、荷車に載せて移動する。
 子供とは言え4人分の身体を乗せた荷車は、しかし老いた私にすら動かせるほど、ひどく軽いものであった。
 温めた毛布にくるまった彼らを、村の奥に在る洞窟へと隠し、私は彼らに語り掛ける。

 ――どうか、あと少しだけ待っていて。
 ――『ローレット』が……冒険者の人たちが、きっと、貴方達を助けに来ますからね。

 ……見張り番であった私がこの子たちと共に居なくなったことは、直ぐに住人に気づかれるだろう。
 どう嘘をついて取り繕っても、責任を問われれば私刑に遭うことは必須だ。恐らく、生きてはいられまい。
 せめて、可能な限りの撹乱だけでもと。洞窟の外に出ようとする私に、
「……私たち。何か、わるいこと、したのかな」
 子供たちは。私に向かって、そう言った。
 傷つけ、搾取し、あまつさえ一緒に居た子たちの命を奪い。
 それでも私たちを恨まず、ただ、自分たちに非が在ったのかと。

 ――いいえ。いいえ。貴方達は悪くない。
 ――悪いのは私達だから。貴方達は、きっと助けてもらえるから。

 嗚咽を堪えて。それを言うだけが精いっぱいだった。
 私はそうして洞窟から出て、住人に見つからないよう距離を取る。
 町は混乱していた。枯れ木のように痩せ細った者たちが、蹌踉とした足取りで、それでも瞳だけを爛爛と輝かせながら子供たちを探している。
 ……町の人間が求める犠牲を許容し、今に至るまで見て見ぬふりをした惰弱な私。
 その罪は、決して償われないだろう。仮にあの4人を救えたとて、それまでに失われた命は、私を含めて村の人間たちが背負わなくてはならない業となってしまった。
「……! 居たぞ、見張りの婆だ!」
 住人の声が聞こえる。それと共に私は駆け出して、人気のない場所を駆け回る。
 所詮は老婆の足だ。町の者たち同様、病によって痩せ細っても居る。追い縋る住人は、直ぐに私を捕らえて鈍器で打ち据えた。
 それでも。多くの者の手につかまりながら、私は這いずってでも可能な限り子供たちの元から距離を取る。
 どうか、どうか。ただそれだけを口にしながら。



 銀光がかすかに閃いて。
 最期に、ぐしゃりという音が響いた。

GMコメント

 GMの田辺です。この度はリクエストいただき、有難うございます。
 以下、シナリオ詳細。

●成功条件
・『子供達』の「可能な限り」の生存。

●場所
『石切場の町』
 ラサ某所。屹立する巨大な岩壁を背にして扇状に展開された村です。商業としては隣接する岩を切り出すことで成り立っていました。
 時間帯は夜。シナリオ開始時、下記『子供達』は村内の中心部にある掘削用の洞窟に隠れています。

●敵
『町人』
 上記『石切場の町』の住人たちです。数は合計100名以上。様々な武器を持つ者も一定数。
 元は更に多くが居ましたが、流行り病と盗賊たちの襲撃によってその数を大きく減らしてしまいました。
 詳細は後述しますが、シナリオ開始時の時点で彼らは参加者の皆さんと『子供達』の存在を確認し、一斉に襲い掛かってきます。
 彼らは皆が明日をも知れぬ命であるため、その行動に一切の躊躇が在りません。
 その行動を完全に止めるためには、彼らを殺害する以外の方法は無いでしょう。

●その他
『子供達』
 今回の依頼に於ける救出対象です。現在の数は4名。
 自身の血液を一定量摂取した対象に、摂取後24時間分の栄養を補給するギフト『命の水』を有しており、それゆえ飢えと病に苦しむ町人から血液を奪われ続けていました。
 それが重なり、現在は死亡寸前。この状態は回復スキル等でも改善できません。
 シナリオは参加者の皆さんが彼らを保護し、それを監視し続けていた村人が襲撃してきた状況からスタートします。
 以下、シナリオ中に於ける情報。

・『子供達』は自力での移動が出来ません。『子供達』は1PCにつき1名が抱えて行動することが可能です。
・『子供達』を抱えているPCは、その間すべてのスキルと装備を含めたアイテムの使用が出来ません。(ギフトは使用可能)
・『子供達』を抱えているPCは「全力移動」ができません。
・『子供達』は[無]属性を持たない攻撃に、ライトヒット以上で命中した場合死亡します。
・『子供達』は一定ターン以内に町の外に居る治療班に引き渡されなかった場合「死亡が確定」します。

『老女』
 今回の依頼を発注した町の住人の一人です。現在は死亡しています。
 町には関係ないウォーカーである上記『子供達』が町の住民たちに搾取され続ける状況を憂い、彼らを救うべく『ローレット』に依頼を託しました。
 老女が提示した依頼の達成条件は救いでもあり、同時に呪いでもあります。
「死亡が確定」し、最早苦しみ続けるだけの子供たちが居たとしても、参加者の皆さんは彼らを「楽にしてあげる」ことは許されません。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。



 それでは、リクエストして頂きました方々も、そうでない方々も、ご参加をお待ちしております。

  • 奪う人。奪われる人。失う人。完了
  • GM名田辺正彦
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2021年06月17日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

志屍 志(p3p000416)
密偵頭兼誓願伝達業
エルス・ティーネ(p3p007325)
祝福(グリュック)
※参加確定済み※
ベルフラウ・ヴァン・ローゼンイスタフ(p3p007867)
雷神
※参加確定済み※
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
※参加確定済み※
リディア・T・レオンハート(p3p008325)
勇往邁進
鏡(p3p008705)
コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)
慈悪の天秤
※参加確定済み※
ブライアン・ブレイズ(p3p009563)
鬼火憑き

リプレイ


 ――運が悪かった、救いの手は差し伸べられず、町は流行り病で滅んだ。
 それで終われば。少なくともありふれた不幸として、人々が悼む悲劇のまま終わっただろうに。
「だが、突如現れた旅人達の力で町はどうにか存続している」
 彼らの命を代償にして。そう呟く『黒狼の勇者』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)の瞳に光は無い。
 今に至るまで、幾重にも積み重ねられた犠牲は、すでに彼の眼から輝きを損なわせていた。それは此度も同じく。
「こんな――こんなに酷い話があるかしら……っ」
 ……依頼人が事前に伝えていた『隠し場所』へと、用意した襤褸を纏いつつ向かう特異運命座標達。
 滅びつつある町の住人が皆、奇異の視線を向ける中。何かを堪えるようにした『竜首狩り』エルス・ティーネ(p3p007325)が、臍を噛むように言葉を漏らす。
 ただ単純に町人たちを悪と裁ければよかった。それが出来ない所以を。「ただ生きたかっただけ」の町人たちの想いを理解できてしまうがゆえに、エルスの懊悩は深く、止むことも無い。
「……『子供達』の血を啜って永らえた命。
 明日も知れぬと使い捨てるくらいなら、もっと早く見切りをつければいいものを」
 指定された場所――町の中央に在る洞窟に辿り着く頃。『遺言代筆業』志屍 瑠璃(p3p000416)がぽつりとつぶやいた。
 口にする瑠璃自身理解している。それでも彼らは、明日来るかもしれない奇跡を待つために必死であったのだと。
 けれど、けれど。
「生きるためでも。……それは、悪徳に身を窶す理由にはなり得ない」
『金獅子』ベルフラウ・ヴァン・ローゼンイスタフ(p3p007867)の言葉は、凡そこの場の特異運命座標達、ほぼ全員の総意だ。
 殊に、自らの命よりも誇りを尊ぶベルフラウの言葉は重い。それに返す言葉も上がらぬまま、洞窟の先へと進んでいくと――――――
「……だ、れ」
 掠れた声が、聞こえた。
「お待たせ、来るのが遅れてごめんね」
 声の元……身動きのできぬ子供たちの元へいち早く駆け寄ったのは『勇往邁進』リディア・T・レオンハート(p3p008325)。
 自らが身に纏っていた襤褸で優しく子供たちを包み込み、少しでも彼らを安心させようと柔和な声と明るい表情を彼らへと向ける――表面上は。
「………………っ」
『慈悪の天秤』コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)が、他の面々と同様に子供たちを気遣う合間、心の中で村人たちへと毒づいた。
 空気の巡りが悪い洞窟内で、子供たちの周囲を漂っていたのは間違いなく死臭だ。それが彼らの内の一人か、或いは全員かは分からないけれど。
(使い捨て同然、か)
 子供たちの前でなければ舌打ちの一つでもしていたかもしれない。そんな忸怩たる感情を抱くコルネリアを……一人のレガシーゼロが、ちらと笑いながら見つめていた。

 ――「仕事だから」なんて言ってますけど。その割にはお辛い表情ですね?

 口ほどに物を言う。鏡(p3p008705)の視線を努めて振り切り、子供たちを保護した後の戦闘準備を整えるコルネリア。
 既に『その時』は間近に迫っている。石切り場の心臓部ともいえる洞窟へ入る特異運命座標達を町人は止めることなく、しかしそれを訝しんだ者たちが、唯一の出入り口を囲みつつあった。
 ……洞窟から出れば、入る前には無かったモノを抱えた特異運命座標達へと町人は襲い掛かるだろう。そしてそれらを傷つけずに振り払う術は、彼らには無い。
(――まったく嫌になる! 誰が悪い訳でもない! 世界は理不尽だらけだぜ!)
 だからこそ。この後自身らが行う行為を。他でもない『鬼火憑き』ブライアン・ブレイズ(p3p009563)自身が毒づいている。
 敵対するならば倒すしかない。ともすれば殺すことも。
 そんな、誰も幸福にならない依頼をブライアンは忌避した。最低限の役目を果たしてすぐに忘れ去ろうと思っていた。
 けれど。
(こんな依頼の為にマジになる、酔狂なチームだってんならよォ)
 見ず知らずの子供たちの為に、懸命になる者たち。
 ブライアンはそれを面白いと思った。そう思ったからこそ、彼自身も本気になることを決めた。

「絶対に成功させるぜ、今回の依頼はよ」

 子供たちを抱え、或いは支えた8名が、光指す方へと歩みを向ける。
 その先には、多くの痩せ細った町人が、彼らに武器を向けて待ち構えていた。


「……子供だ」
「子供がいるぞ!」
「『ローレット』のイレギュラーだ! 赤犬の女が混ざっている!」
「あの婆が依頼したんだ! クソッタレ!」
「逃がすな、逃がすんじゃない! 逃がしちまったら……」

 ――俺たちはもう、助からない。

 悲鳴のような声と共に、町人たちが襲い来る。
 ラサに於いて多大な名声を有するエルスの存在から、町人たちが彼らの所属と目的を即座に理解する。それゆえにその挙動は特異運命座標らの想定よりいくらか早く。
「……散開!」
 ――コルネリアの声なくば、一手を先んじられていた可能性が在った。
 斯くして、戦闘……否、逃走が開始される。
 洞窟で子供たちを保護して以降、彼らを抱えて移動するのはエルス、ベネディクト、リディア、ブライアンの四名。それをサポートする残りの面々は、彼らと町人たちの間に立って殿を務める。
「3m」
 りん、という音がした。
 次いで風音。いつの間に抜き、納めたのか。砂塵のように地を舞ったそれが、寸断された小石の群れであると理解するまでにわずかな時間を要する。
「3mです、それ以上近づけば斬りますぅ」
 何気ない笑みと共に呟いた鏡。
『自身が死にたくないから子供たちを犠牲にした』。そんな町人たちが、自身の命を顧みない決断など、そうそう行えるものではないだろうとの確信を込めてのそれ。
 けれども。その表情は……すぐに微かな驚きへと変化する。
「……ぁ……っ」
 一つは、彼女の忠告を聞いて尚、迷わず突き進んできた女性の住人に対して。
 そして、もう一つは。
「――――――射て!」
 幾本かの矢を放ってきた村人に対して、だ。
 思い出されるのは事前情報。村人たちの中には……『様々な武器を持つ者も居る』と。
 当然、町人たちは弓の名手ではない。距離を離されれば精度は大きく落ちようが……少なくとも、今移動を開始したばかりの彼らに対しては、外す確率は高くない。
 貫かれる襤褸の包み。けれどもそれらは、ベルフラウが事前に用意していたダミー……自分たちの服や適当な道具を包み、子供達との判別を付けづらくしたものであった。
「……未だ、浅い」
 そうでなくとも、護送班である彼らは全力移動を封じられた分の行動をカバーリングに割り当てているため、即座に子供たちが射貫かれるということはない。
 それでも、彼らにとって予期していない脅威が一つ加算されたことは事実。庇い、代わりに矢を受けたベルフラウは、しかし発した言葉ほどに泰然とした態度を漂わせてはいられなかった。
 困った表情の鏡もまた。忠告した上で接近した女性を鏡は容赦なく切り伏せたが、しかし死に際の女性は。また他の町人たちのうち幾らかは、死を恐れんとばかりに妨害班の面々を襲い、その動作を少しでも止めんとする。
「厄介な……!!」
「流行り病による死を恐れながら、何故」。そんな無粋な言葉を、瑠璃は発しない。

「死なせない……。死なせるわけにはいかないんだ、『あの子』を!」

 町人たちが恐れるのは、自らの死だけではない。
 家族を、友人を、恋人を。自らの傍らに立つ誰かの為に、どれほどの罪科を負おうと命を繋ごうとする者も、また存在する。
 鏡とコルネリアの足止めだけでは到底足りない。護送班を誘導する瑠璃が繊手を翻らせた。
 眩術紫雲。万変の色彩持つ雲が後方から追い縋る町人たちを囲み、地に伏させるが、未だ足りず。
「……生憎と、『それ』を積み重ねたテメェらのツケだよ。アタシたちはな」
 町人の……歪んだ決意を込めた言葉に対し、律義に応えたコルネリアが、『福音砲機Call:N/Aria』を振り回す。
 担う銃把を通じて、命が喰われる感覚。それがどうしたとシニカルに笑い、悪を称する修道女が弾丸の驟雨を顕現させた。
 二重の範囲攻撃を抜けて、しかし追う者の数は未だ止まない。
 ――それ故に。遅々とした逃走を強いられる仲間たちは、迫る『制限時間』に焦りを抱き始めた。


 特異運命座標らの行動経路は、町に隣接する形で聳え立つ岩壁に沿って移動することであった。
 道中襲い掛かってくる町人に対しては瑠璃が逐次エネミーサーチ、スキャンを行ってその位置と能力を把握、交戦準備を整えて一気に倒して時間のロスを極力避けるというもの。
 この点に於いて、特異運命座標達は正しく、そして同時に間違っても居た。
 何故と言って。――彼らは、百と言う人数を甘く見積もっている。
「……ん、なさい」
 リディアの言葉が、幾度も繰り返し繰り返し、担う子供に向けて落とされる。
 ……子供の息は途絶えていた。逃走開始から幾らか経過しすぎた時間によって、既にその命は取り戻せないものとなってしまっていたのだ。
 特異運命座標らの行動として、敵が襲い来る方向に制限を掛けるべく、岩壁に沿って移動するというのは確かに間違いではない。
 しかし、彼らは全員が固まって動いており、尚且つ依頼の条件上その歩みも遅い。百人という数をもってすればその位置は把握されやすく、同時に町人たちからの襲撃も幾度となく受けることになる。
 要するに、この方法は『守る』という観点ではこれ以上ない反面、『迅速に行動する』という点では今一つ欠けていた。
 襲撃から子供たちを護れるか否かのリスク、またその襲撃への対応によりどうしても生まれる時間経過のリスクを天秤に諮ったうえでの行動が、今回の依頼の重要な部分とも言えた。
「あと少しの辛抱だ。頑張れ……!」
 息も絶え絶えな少年へと、抱えるベネディクトが幾度も声をかける。その意識を繋いでくれと希って。
 少年がぱくぱくと口を開く。その意図を掴もうとして、ベネディクトは表情を歪ませた。
 ――お・い・て・に・げ・て。
「……それは、できない」
 今死のうとしている自身を、否、死のうとしているからこそ。
 他者を慮る少年に対して。ベネディクトは泣きそうな表情で首を振るった。
 そのような依頼条件だから、ではなく。
「町の人間に何と蔑まれても、どうだって良い
 俺達が今守っている命は、君には、何の罪もありはしない──それだけは間違いなんかじゃない」
 ……その言葉に、少年は、少しだけ微笑んだ。
 それが、最期だった。
「………………っ!!」
 ――特異運命座標らが固まって動くメリットには、もう一つある。
『子供たちを抱える者』はその行動に常に制限を受けるが……その制限が外れた場合、つまり『子供たちだったものを抱える者』となった場合、彼らは制限を解いて即座に他のメンバーのフォローに移行することが出来る。
 残る子供は二人。エルスと、ブライアンが抱える一組の少年少女だ。
「……何があっても、自分に酔うほど興奮はしねえ」
 救うという使命感に、失った命に対する虚脱感に。我を忘れまいとブライアンは口遊ぶ。
 内心はドライに。そう決意するブライアンへと、今なお石が、包丁が、或いは徒手が降りかかっている。
「我が旗を見よ!」
 それらすべてを一身に背負うベルフラウの存在は、『守ること』に特化した彼らの作戦に於いて、無くてはならない存在であった。
 無慈悲な町人の感情の発露。それに並々ならぬ傷を負う彼女は、しかしそれらに対して小動もせず、自らの旗槍を翻してはその想いの硬さを、輝きを町人たちにまざまざと見せつけている。
 そうしてベルフラウが耐えていくうちに、町人たちも確かに数を減らしていた。瑠璃とコルネリアの範囲攻撃と、鏡による範囲対象への攻撃誘導。三重からなる複数対象への妨害は明確な効果を発している。
 ゆえに、あと少し。そのわずかな距離を詰めていく最中。
「……ぅ、ああ」
 降りかかるのは暴力だけではない。
「子供たちを返せ」という罵声が。「俺たちを殺す気か」と言う喚声が。死にかけた町人から次々と発されている。
「しっかりして、お願い……!」
 貴方達に生きていて欲しいのだと、エルスが叫ぶ。
 恐らくは子供たちの中で一番年下であろう少女は、揺らいだ瞳を浮かべている。
 それは、自身を追い求めんとする町人たちを恐れて……では、なく。
「……で、も。
 あのひとたちが、しんじゃう」
「……!!」
 何処までも。
 何処までも、他者を思いやる。こんな年端の無い少女すら、自らの命を捨てて。
 少女を抱きしめているがために両手がふさがっていたエルスは、自らの頬を伝う涙を拭うこともせず、その足をより強く踏みしめる。
 終わりは、近い。村の外縁、砂漠地帯の少し先に見えた護送用の騎獣車を視界に捉えて、特異運命座標達は最後のスパートを――
「……いやだ」
 呟いたのは、町人の側。
「死にたくないんだ。死なせたくないんだ。
 それを邪魔しようって言うなら……お前たちが死んでくれ!」
 二十を切ったその数が、最後の攻勢を掛ける。
 特異運命座標達も、それに対応した。鏡がひきつけ、瑠璃やコルネリアが範囲攻撃を撃ち込む。それを潜り抜けた町人へと、更にベネディクトが、リディアが、同時にH・ブランディッシュを放って彼らを轢殺した。
「………………」
 最早、立っている村人は何処にもいない。
 わき目も降らず、騎獣車へ走るエルスとブライアンを再び追おうとしたリディアは、しかし。
「……え?」
 その足に、萎びた指を微かに引っかけた町人と、目が合った。
「……ぼ、うや……ぼう、や……」
 血だまりに沈んだ町人の女性の、最後の抵抗を……リディアは、震える腕で振り払った。
「……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!!」
 去り際、零した言葉は、死んだ子供の一人に向けたそれと同じものだった。


 ――町の人たちと、話をしたい、と。
 総てが終わった後、エルスは提案した。生き残った人が居るならば、彼らに『命の水』に頼らない方法を諭し、支えたいのだと。
 誰よりもラサを愛する彼女の提案に対して、頷く者が居た。そうでない者も、或いは「どうでもいい」と言う者も居た。
 それでも結局……彼らは、再び町に戻ってきた。
 自身らが殺した町人たちの亡骸をひとところに集めて、エルスたちは町に残った住人を探して呼びかける。
 そうしてその結果は、最も残酷な形で現れた。

「……おねえさんたち、だれ?」

 残っていた町人は、その全員が身動きの取れない子供か、死にかけの老人。
 情報屋が「妨害戦力足り得ない」と、リストアップした百人から除いた村人たちが、それだった。
「……それで」
 呟く鏡の言葉に、エルスがびくりと肩を震わせる。
「この子たちに、何を説いて回るんですか?」
 微かに保っていた町の生産力は、大人たちの死亡により最早無いも同然となった。
 盗賊たちに備蓄も奪われている以上、残った選択肢は餓死か病死のみ。
 他の町や村に移送することもできないだろう。子供や老人とは言え、流行り病にかかった幾名もの人間を突如として受け入れるほど態勢の整った病院は、首都レベルでもなければ存在しない。
「……ここで見捨てるか、介錯してやるか、ですか」
 本当に残念です。そう言った瑠璃の言葉に、ブライアンががしがしと頭を掻きつつ言葉を漏らす。
「……ガキ共は、全員じゃなくても救えた。
 けど、俺達は本来なら……もっと多くを救えたのかね」
 より多くを望めばキリが無いと、分かっていても。それでもブライアンが零した想いは、特異運命座標達の誰しもが抱いたものであった。
「依頼だから助ける、救われる為に死に物狂いの此奴らを手に掛けて……救われぬ者に救いの手をと言いながら、クソみてぇな事してるぜ自分もよ」
 そんな、ブライアンの言葉の一切をコルネリアは受け止める。
 自身の言葉を何処か面白がるような鏡を軽く睨みつけつつ。それでも彼女は、自らの想いを確たるものとして口にする。
「……わかってんだよアタシだって、それでも、矛盾だろうがなんだろうが、今はこのガキ共を生かしてぇんだ」
 ――その天秤に掛けた他方を、切り捨てることになっても、と。今なお死にかけた村人の残りを前にしながら。
「……迷うようなら、私が選択しよう」
 己が手で殺すか、見殺しにするか。
 震えるエルスの肩に、ベルフラウが手を乗せる。
 けれども、エルスは首を横に振った。
 その結果が、絶対的な『死』と言う変わり得ないものであっても。
 その過程に想いを乗せることが出来るのは、この選択のほかに在り得ないのだからと。
「――――――」
 呟いたエルスの言葉に、頷いた仲間たちは動き始めた。



 その日、一つの村が終わりを迎えた。
 町の住人に死をもたらした八名の冒険者たちが、其処に如何なる感情を抱いたかは定かではない。
 けれど――――――けれども。
「……おねえちゃん、おにいちゃん、みんな」
 一命を取り留めた、たった二人の子供が、それぞれ言葉を口にする。
「たすけてくれて、ありがとう」
 か細くても、小さくても。
 貴方達に救われたものは、確かにあったのだ、と。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

エルス・ティーネ(p3p007325)様に、称号「多殺少救」を付与致します。
ご参加、有難うございました。

PAGETOPPAGEBOTTOM