シナリオ詳細
『heart lost』
オープニング
●少女
もし、もしも――もしも、もういちどがあるなら。わたしは、幸せになれますか……?
あの時、彼等に問うた言葉は羞じることなき本音であった。
ファルベライズ遺跡での戦いを終え、青年アマラと共にネフェルストの郊外に小さな家を借りた。
長く伸ばした髪はばっさりと切って、しっかりと手入れしようと櫛で梳かしてくれる。生活の全てを理解出来ない子供であった『わたし』に彼はよくしてくれた。
薄汚れていても良かった盗賊としての衣服は可愛らしい流行のワンピースに据え変わった。
砂を避けるために頭を覆うフードは花の髪飾りに。ナイフばかりに慣れ親しんだ手には実用書が握らされる。
「アマラ」
青年を呼べば「どうかした?」と柔らかな声音が返された。
二人きりの人生だった。
男は盗賊団に拾われ、用心棒として只管に尽くしてきた。『わたし』の世話を命じられてから、随分と丸くなったらしい。
何もかもがなかった『わたし』がウンともスンとも言わなくとも、彼は『わたし』の側に居た。
――寧ろ、そっちの方が都合が良かったのではないかと思うことはある。
「アマラ」
「ジゼル、何か分からないところがあった? それとも……あ、ごめんね。今日は少し出掛けるんだ」
「出掛ける……?」
「そう。買い出しに。直ぐ戻ってくるから、本でも読んでいて。足りないものは?」
特には無い。首を振れば寂しそうな顔をする。その意味が変わらずに『わたし』はもう一度、書物へと眼を落とした。
●heart lost
感情なんてものがあるから、人間は厄介だ。
彼がわたしを厄介に思って居ないだろうか。彼の表情の意味は何だろうか。
そんなことばかりを考えて堂々巡りしてしまう。
家族愛を其処に培う事も出来ずに、わたしは恐ろしいと目を伏せるばかりで。
突き放したイレギュラーズは皆、希望に満ちあふれていた。
あの時は、彼等はお母さんとお父さんを殺した『傭兵』と違いないとしか思えなかったのに。
今は、あの輝きが恋しい。
わたしは、ハートロストと呼ばれた頃には感じなかった心の動きが、怖かった。
これからどうすればいいのかすらさえ、分からない。
●introduction
「こんにちは、暫く振りだね。随分とローレットは忙しそうだと聞いたけれど」
アマラがネフェルストで待っていたのは幾人かのイレギュラーズであった。
――ジゼルとアマラが今後をどうするか、選択肢を提示してやりてえな。
そうぼやいたルカ・ガンビーノ(p3p007268)に情報屋は彼等の足取りを追い、連絡を取ったらしい。
「そっちはどうだ?」
「僕らは郊外に小さな家を借りた。勿論、ジゼルも一緒だよ。……まあ、彼女はさ、どうすれば良いのかが分からないのだと思うけど」
ファルベライズ遺跡での戦いで『ハートロスト』と呼ばれていた少女は己の中に突き動かされる衝動を覚えた。
逸れでも、未だ幼い彼女にとって『両親を殺した傭兵』は許せない。正義を掲げ『ボス』を殺したイレギュラーズを是とする事が出来ずにアマラの元で身を寄せて静かに暮らしているらしい。
「けれど、僕も彼女の事はどうにかしたくて」
「どうにかって……どういうことなのかしら?」
問うゼファー(p3p007625)にアマラは「此れからの事」と言った。
少女は、大鴉盗賊団に所属していた。盗賊であった両親が傭兵に討ち取られ錆付いた心を動かせずに茫と過ごしていたのだ。
イレギュラーズとの逢瀬で心が動き出した。その歯車が音を立てたことをアマラは止めたくは無かった。
「僕と一緒に余生を――と言うには彼女は若すぎる。勿論僕だって、まだまだ若輩者だ。
だから、彼女に人生というものを教えてやってほしい。親を亡くして、戦に身を投じても、彼女はまだ、14歳になったばかりなんだ」
アマラの言葉に、リディア・T・レオンハート(p3p008325)は唇を噛んだ。
"ハートロスト"
そう呼ばれた彼女が『ただのジゼル』になったとしても、直ぐに感情が動き出す訳がない。
「彼女は、誰かを殺して略奪することで生きてきた。
勿論、僕だってそうだ。盗賊は、傭兵は、そうやって生きていく生き物だろう?
けれど――ジゼルには、そうじゃない未来を教えて遣って欲しい。彼女の一日を、君たちに渡したい」
「それで?」
ルカの問い掛けにアマラは寂しそうに肩を竦めた。
「――それで、もしも良い未来が切り開けるなら、お姫様を攫われたって構わない!」
- 『heart lost』完了
- GM名日下部あやめ
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年06月14日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
夢寐にも忘れない怒りを抱えていた筈なのに。ちっぽけな子供になって仕舞った私は迷子のように立ち竦む。
私はこんな風にして生きて来たのです。遺跡で宝玉を取り合った時も、アアルの野へ下る最中も、母の腕に抱かれたいと望んだ時も、あの輝かんばかりの光の中での戦いさえ――
彼女は敵だった。最初にそう教わった『リトルの皆は友達!』リトル・リリー(p3p000955)は辛い事があったのだろうと眦に悲哀を乗せた。彼女は大鴉盗賊団に所属した幼き魔術士であったらしい。盗賊で在った両親を傭兵に殺され、才を買われてコルボに拾われた錆びた心の少女。
「……リリーが何か、教えられれば良いんだけど……」
「……まぁ、色々と。多少は人生の先輩。少しは道を示すべきなのかねぇ」
まだ年若い少女には甘えられる両親は疾うの昔に命を落としてしまったという。子供らしい時代を過すことも出来なかった彼女には盗賊として略奪の日々を送ることしか選択肢が無かったならば。『こむ☆すめ』マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)は選択肢を示すのも『先輩』なのだろうかと頬を掻いた。
「年近いですし、友達になるのは簡単なはずですよ! ……たぶん。美少女流コミュニケーション術をお見せしましょう!」
自信満々な『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)は晴れ渡る笑顔に人懐っこい気配を乗せる。明るい彼女の声が重苦しい空気を払う。くすりと笑みを漏らした『竜首狩り』エルス・ティーネ(p3p007325)はアイオライトの輝きを宿したその眸に柔らかな気配を乗せる。
「ハートロスト……『ジゼル』さん。以前一度お会いしていたかしら、ね……」
ハートロストと名乗った彼女は、その呼び名の通り感情を錆付かせていた。幼き頃に両親を失った不安より、感情の起伏が薄かったことが由来なのだろう。本来の名を呼んで、エルスは『ラサにとっての敵』ではなく『知り合ったばかりの女の子』として彼女を認識して。
「彼女に未来を見る意思があるのなら……私はそのお手伝いをするわ!」
敵であった、というその事情も。彼女にとっての凄惨なる過去も。それらは有り触れた世界の日常であるとウルフィン ウルフ ロック(p3p009191)は認識していた。そも、ジゼルの両親は『盗賊』である。両親を傭兵によって討伐――敢て、その言葉を使うとしよう――されたのは不憫ではあるが、野放しにしていれば苦しむ者が増えたのは自明の理。
「……心も想いも、苦しみさえ理解してやることは出来ないだろうが」
「ええ。それが当たり前よ。憎んで、憎まれて。殺して、殺されて――其の輪の中に身を投じたものは、死ぬまで其処から抜け出すことは出来ない。
永遠に輪の中で踊り続ける。苦しみながら、憎んで憎まれて、最後の最後までお命を取り合い続ける。そう、私は教わったけれど」
『春疾風』ゼファー(p3p007625)にとってそれは正しきことだと認識していた。ウルフィンとてその筈だ。沈み込むような暗き世界に踏み入れれば、底なし沼は二度とは己を逃しはしない。
「それでも――」
あの時、手を伸ばしたのは間違いでは無かった。そう、信じたい。
名を呼んで、生きて欲しい、此方に来て欲しい。彼女を救いたいと乞うて願った。『勇往邁進』リディア・T・レオンハート(p3p008325)はもう一度が在ったことを喜ぶように。
「私は『ハートロスト』が『ジゼル』になれる事が、嬉しいのです」
●
二人の居所は郊外と言うには少しばかり離れた位置に存在して居た。生活必要雑貨はアマラが買い出しを行い、ジゼルのケアを行っているのだろう。
故に、訪れる者も限られていたのだろう。勿忘草色の髪に白いワンピース、戦場など知らぬといった雰囲気の嫋やかな娘。
少しばかり濁った色彩の紅色が『竜撃』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)の姿を真っ正面に見据えてから驚愕に見開かれる。
「よお」
手をひらりと上げたルカに警戒するように少女――ジゼルは立ち上がった。構えは『あの日』と同じだ。身を守る短剣すら持ち合わせていなくとも染み付いた癖は抜けないか。
「……そりゃあいきなりやりたい事を見つけろっつっても難しい話だろうな」
その様子を眺めれば、戦う事が染み付いていることが厭でも分かる。ルカの傍らで「戦わない選択肢」と呟いたマニエラは頭を悩ませた。
「なるほどね。つまり私は他人に戦わせる術を教え――」
「普通の女の子になる方法でお願いしたいかな」
「え、違う? そうじゃない? あ、ああ……元からサポートしてる……そっかー……」
ジゼルの背後から顔を出して和やかに微笑んだアマラには騎士や戦士と言った雰囲気は抜け落ちている。拍子抜けしたマニエラは頬を掻いた。
「……また、逢えましたね。あの時、貴女に『生きろ』と吠えた私なりに、今日はその責に向き合いたいと思います」
緊張した様子のリディアはアマラに促されて前へと歩み出たジゼルの手をぎゅ、と握る。握りたいと願った小さな掌。
良く見れば彼女の眸の色彩は濁った紅に変化している――色宝による変質だろうか。傷ましい傷のように感じて、声が小さく震えた。
「だからお願い――一緒に来てくれませんか、ジゼル」
共にネフェルストへと出ると決めるまでには『一悶着』も在ったが、ルカが笑い飛ばした事でジゼルは頬を染め俯き気味に同行を了承した。子供みたいに駄々を捏ねるな、と豪快に言い放った青年に「子供じゃないわ」とジゼルは思わず返したのだ。
「しにゃこです! よろしくお願いします! 握手握手! ……ハグも! 嫌ですか!? まぁ避けられても突き飛ばされても諦める気はないですけど! ってな訳でハグ――うぎゃあ!?」
『美少女流コミュニケーション』で飛び付いたしにゃこがジゼルに避けられて顔面から地面にキスを一つ。その様子に思わず笑ったジゼルの『根負け』だったわけである。
「まさか、あの『ハートロスト』がね」
傍らを見遣ったゼファーにジゼルはふん、とそっぽを向く。そんな様子さえ幼児を連れ歩いているような気がしてエルスはくすりと小さく笑った。
「今日は敵同士じゃないんですもの。スマイルの一つプレゼントしてくれたっていーのよ?」
いつも通り、軽妙に言葉を重ねるゼファーに「あなたは、随分違うのね」とジゼルは呟いた。『敵同士』じゃないから、と付け加える彼女に何処か居心地悪そうに周囲を見回して。
「ジゼルさんはリリー達から離れないでね! 今日はリリーたちが護衛だから」
尾花栗毛の牡馬――カヤに乗ったリリーの傍らには雀のスターバードと鷲が周囲の索敵を行っていた。動物たちに少し興味があるのかジゼルの視線はカヤに釘付けだ。
護衛役として前線を見据えているウルフィンは戯骸布を手に、ジゼルを護る為に立っていた。此れも仕事であるからこそだ。目的の為ならば命すら省みない彼にとって『ハートロスト』が抱えていた憎悪には理解を示すことが出来る――だが、『二回』目的を失って牙を抜かれたけだものとなった彼女はちっぽけな娘に他ならなかった。
「――来るよ」
呟いたリリーに頷いたウルフィンは強烈なる怒りと闘争心をその身に滾らせた。骸槍『狂骨』を握り、リリーが指し示したその場所へと槍を突き刺し抉る。思わず飛び出してきたワームに対してしにゃこは「早速のお出ましですか!」としにゃこラブリー・パラソルを間違った用法を見せるように構えた。
接敵を避け、戦闘を最低限にしてきたが其れだけは避けられそうに無かった相手だ。いざとなればジゼルをカバーする事も、と考えていたが――彼女は『先程の身のこなし』を見る限り強そうだ。
●
ネフェルストに辿り着いてからリリーは「んと……リリーは、こう、料理とかそういうのは出来ないけど、よくやってる事ならあるよっ」とジゼルに一番必要なことを教えたいと提案した。
「それは『よく見る事』。物も、人も。しっかりと見極める事、だねっ。
特に何か買う時はよく見ないと、変な物を掴まされたりしちゃうし……。……って言っても、今でもやってるみたいだから、大丈夫、かなっ?」
「お宝しか、わからない」
首を振ったジゼルにリリーは「少しずつ、だよ!」と微笑んだ。
ゼファーが教えるのは街のコツだ。買い物の仕方から値引きのコツ。ぼったくりには渋ること。
そんな当たり前を教えることさえも、どこか可笑しな事のようで。
「人ってのは貴女が思う様な悪い奴ばかりではないわ。
……かと言って、良い奴ばかりでもないからね。お姉さんが商売人のおっちゃん共の転がし方を教えて差し上げますわ?」
揶揄うような声音に合わせてリディアは胸を張った。
「……私も、此方に召喚を受けたばかりの頃は、生活の知恵なんて何も持っていなくて。
情けない話ですが、お店の人に教えを乞うばかりの日々でした。ですが今日は、そんな私が貴女に教えますよ。
その知識をどう活かすかは貴女次第です。まずは、このお掃除グッズですが――……」
「生活に必要な事は沢山だけれど……好きな事を増やしたりするのはどうかしら?
私は例えば……お茶が好きなの。お茶って言っても色んな種類があるのよ?
紅茶に緑茶に麦茶、ミントティー…暖かいのは勿論冷たいものもある。奥が深い飲み物なんだから!」
「そんなに?」
「ええ。趣味だから、奥深いわって面白くなるの。ジゼルさん、あなたにも深く知りたいと思える趣味が見つかったなら、きっと自然と前を向ける気がするわ。私ね、そのお手伝いなら何だってしたいと思うのよ?」
微笑んだエルスに「何か好きなもの、できるかな」とジゼルは呟く。
「勿論。あ、そうだ……これはお土産、ね? 私のお友達から持たせてもらったものだけれど……あなたも一つどう?」
ハートコロッケを食べる『ハートロスト』。心を得るように思えて、エルスは不思議な心地であった。
「どうだ、ジゼル。今日色々回ってみて興味あるもん、好きなもんはあったか?」
「エルス、さんが。お茶って教えてくれた。アマラも好きかも」
そんな彼女にルカは「アマラねえ」と小さく笑う。生きるなんて大それた目的なんてそこには無くても良い。目先だけでいいのだ。
「何でも良いから興味があったらやってみろ。やってみて違ぇなと思ったら辞めりゃ良い。
生きるっつーのはそんな堅苦しいもんじゃねえ。自分が楽しめる事をやりゃあいい」
「そんな、適当な」
「はは、いいんだよ。
何が好きか、何が良いかなんてそれが何かはお前にしかわからねえ。楽しみながら探しゃあ良い。ゆっくり世界を知っていけ」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でられてジゼルは不遜な表情をした。何処かむず痒いような、そんな表情だ。
「貴女がほんの少し前までいた世界は、殺して殺されてを繰り返して、それこそ、死ぬ以外には逃れる術なんて無い筈なのだけれど……」
――抜け出せやしない。彼女だって、あの手を振り払ったのだ。リディアの救いの手を振り払った時点で死に至るだけであった筈なのに。
幸運だった。そうとしか言い表せない。ゼファーは彼女の傍にアマラが居た事、そしてルカやリディアが気を配ったことで他の道を示せた事を噛み締めるように、言葉を紡ぐ。
「……輪を抜け出すことが出来た、其の意味に其の意義。其れを考えるにも、人生やり直すにも時間はたっぷりあるし、ゆっくり考えて行きゃ良いと思うわ」
手にしていたアイスクリームを握りしめて、ジゼルは俯いた。ウルフィンはそうしていれば普通の少女でも彼女の心に宿された復讐心は『不幸』しか産まないことを身を以て知っている。己も、復讐者(おなじ)だからだ。
「復讐者の末路なんて碌なものじゃない……我も元の世界では復讐に駆られ怒り、憎しみ、そして狩り続けた。
それが達成した瞬間どうなったか判るか? そこに残るのは『燃え尽きることのない憎悪』だ。それは我の中に今も燃え続けそして我は今も『奴』を捜している」
「その人がいるかも分からないのに?」
「ああ。我の様に狂い、憎み続けるならそれも生きる目的になる……が、貴様にその覚悟は重荷にしかならん。
何故ならまだ貴様の手を救い上げる者がいるからだ。全てを失った黒い炎は貴様にはなれん、我の様には貴様はなれんのだ……。よく見るのだ、だれが貴様を見ているかを、」
ウルフィンの言葉にジゼルはぐ、と息を飲んだ。どっち付かずの儘の己を引き上げたいと望む人。そんな人居るのかと、悩む。
「ふむ。まぁ心の持ち様なら多少は。私? 数年前の悲しみをいまだに引きずってる。吹っ切れたと思っても傷は残ってる。心の傷は治らないよ。
……と言ってもそう簡単に受け入れられるなら私も受け入れてるさね。ジゼルも、そうだろう?」
傷が、彼女の歩みを止めていたことくらい簡単に察せられる。マニエラにジゼルは唇を噛んだ。
「あぁ……私が生きている意味は、私が生きているからさ。
心は死んでいるがまだ心臓が動いてる。心臓がせっせこ血を運んでるのに先に諦めるなんて勿体無いだろう? ……ま、だから私がまともな生きる意味なんて教えることはできないよ」
「教えろと、アマラに言われたんでしょ?」
「まあね。けど、自分で見つけてくれ。目の前の選択肢は途方もなく多い、そして間違いも多い、正解は少ないし。
んー……そうだね、星を見よう。全ての星には名前がある。特に光る星達は道導になる。季節が変われば見える星も変わる……毎夜見続ければ、1年後にはまた同じ星達が見える。その時には……何か星達が教えてくれるかも知れないよ」
星なんて何時だって空にあるのに、と呟くジゼルに「何時か分かるようになるさ」とマニエラは小さく笑った。
何処か納得いかなさそうな彼女にリリーは「分からなくて良いんだよ」と笑う。直ぐに分かる教えなんて、屹度役にも立たないから。
「……皆たぶん、こうした方が良い、とかいう人も居るかもしれない、けど……あえて目的なんて無くても良いんじゃないかなっ?
……あくまで、選択肢の一つ、だけどっ……目的もなく、色々なところを旅してみるとか。
色々な人の色々な事を手伝って、色々な場所の色々な事を知って……そういうのも、良いんじゃないかなっ?」
●
「皆さんに色々教えて貰ってどうでした? もっとたくさん甘えていいと思いますよ!
しにゃもルカ先輩にお世話されてますしね! がはは! 今日みたいに色んな所に行ってたくさんの人と知り合って、学びましょう!」
しにゃこの頭を掴んだルカ。じゃれ合う彼女たちを見てジゼルは不思議そうな顔をした。ああやって『楽しげに笑い合う』事なんて――ハートロストには有り得ない事だったからだ。
「きっとそれが楽しく生きる近道です! 将来なんて難しく考えなくていいんですよ! 大人だってあやふやですしね!
またきっかけが欲しいならしにゃが付き合いますよ! 友達ですしね! ……え、友達ですよね……駄目ですか!? また遊んでくださいよー!」
「あ、遊ぶわ。……友達かは分からないけど」
「友達ですよ」
ねえ、と微笑んだしにゃこはジゼルの手をぎゅうと握った。物怖じしないからこそ。彼女は、強引に飛込んでゆくのだろう。
少したじろぐジゼルに浮かんだ笑顔は『強引』さがなければ得られないものだっただろう。
「嗚呼、お節介を一つだけ、貴女は一人じゃないんですから。此れからのことは二人で考えて、二人で見つければ良いと思うわ。
そして、もしも自分を空っぽだと思うなら、其れを埋め合わせてくれる誰かを頼れば良い」
ジゼルの眸がゼファーを見る。その言葉が何を指しているのか、いまいち分からないとでも言うような『おばかさん』
「――ま。其れが誰かなんて野暮なことは言いませんけれどね?」
揶揄うような彼女の言葉に、ジゼルはむ、と唇を尖らせた。さっさと帰るのだと歩き出した背中は『ハートロスト』であった頃など遠く。
唯の少女であるようで、リディアはくすりと笑う。ああ、こうして話して笑い合えるのがどれ程の幸福か。
「――ねぇ、ジゼル。貴女はきっと、沢山の不幸と挫折を知ったのでしょう。
けれど、そんな貴女の身を、これからを、心から案じて隣にいてくれる人が、既にいるじゃないですか。
今はそれを忘れなければ、大丈夫。貴女はきっと、幸せになれると思いますよ。さぁ、帰りましょうか、アマラさんの下へ」
アマラ、と唇に乗せて何処か暗い顔をしたジゼルにリディアはぱちりと瞬く。
「そう言やアマラの奴が笑える事を言ってたぜ。『良い未来が切り開けるなら、お姫様を攫われたって構わない』だとよ」
背を向けて帰路を急いでいたジゼルはぴたり、と足を止めた。両親すら亡くした――愛してくれる人も居なかった彼女にとって寝耳に水。
ああ、やはり。彼女は『気付いてないらしい』
「よっぽどお前の事が大切らしい」
そう告げれば、その眸に涙が滲んでゆく。馬鹿な子、とゼファーは小さく笑う。『お節介』の言葉でさえ、彼女にとってはそんな相手なんて居ないとふてくされていただけなんて。
「アイツに伝言しといてくれ」
『ジョーダンじゃねえ。お姫様を攫う悪役になるのはゴメンだ。お姫様がどんな道を選んでも、守るのが騎士サマの役目だろ』
――そんな言葉、夢にも思わない!
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
『ハートロスト』はAA(<Common Raven>待宵のこゝろ)を受けて皆さんとお会いすることになったキャラクターです。
沢山の方に接していただき、予想していない方向に彼女が向けたことはとても素敵なことだな、と感じました。
これから、普通の女の子として成長していく彼女にとっての、一区切りです。
ご参加、有難う御座いました。
MVPをこっそり、差し上げます。彼女にとって、一番想像していない出会いとなった、強烈で元気な貴女に。
GMコメント
日下部あやめです。
●目標
・『ハートロスト』ジゼルに将来を考えさせる
・一日を有意義に過ごす
●ジゼル
大鴉盗賊団 『ハートロスト』『こゝろ』と呼ばれていた少女。勿忘草色の短い髪を持っています。
盗賊であった両親は傭兵に殺され、感情が錆び付いた故にこのニックネームをコルボから授かりました。
錆付いた感情はイレギュラーズとの戦いで動き出しましたが、復讐心だけで動いていた彼女は今は空っぽです。
生活の方法さえおぼつかずアマラにお世話されてぼんやりと過ごしています。
後衛魔術士タイプ。回復及び遠距離攻撃を得意とします。魔力の媒介となっているナイフは母の形見です。
●アマラ
大鴉盗賊団に所属していた用心棒。ジゼルの騎士。物腰柔らかな保護者の青年です。
ジゼルのためにネフェルスト郊外に家を借りました。ですが、彼女にはもっと有意義に過ごして欲しいと望み、ルカの話にノったようです。
●行動:ジゼルの一日
アマラは皆さんを連れて帰り、ジゼルに一日外で冒険をしてくるように願います。
ジゼルと共に、一日を行動してください。アマラは家でお留守番しています。
ラサの砂漠は勿論モンスターの出現も予測されます。戦い、冒険を繰り返してネフェルストに辿り着き、買い物など生活の知恵を与えてあげてください。
ジゼルは『傭兵は敵』だと思っている為に、そう簡単には心を許さないでしょう。ですが、無為に攻撃をしてくることはありません。
イレギュラーズをしっかりと見定めるつもりで皆さんと接すると思われます。
・ネフェルストまでの道
少し距離があります。郊外の家にしたのはジゼルが喧噪を嫌うからだそうです。
故に、周辺にはモンスターが存在します。難易度normal相応です。
オオムカデや暴走するパカダクラを倒してネフェルストに辿り着きましょう。
・ネフェルスト
市場にて生活の知恵を与えてあげてください。ジゼルは素直ではありませんが、話は確りと聞いてくれます。
彼女は14歳の女の子、料理や生活の知識は必要でしょう。
自由に行動してあげてください。何処へだって連れて行ってもOKです。彼女の1日は皆さんの者です。
・『生きる目的』
復讐を為し遂げられず諦めてしまった。コルボが死に、ボスが居なくなったことで無為に暮らす。
そんな彼女に『これから』の選択肢を与えてあげてください。
それが嘗て『ハートロスト』と呼ばれた少女の最後のおはなしで、『ジゼル』と呼ばれる少女のはじまりになるはずです。
●ハートロスト
「<Common Raven>待宵のこゝろ」「<Raven Battlecry>私を私たらしめる唯一の」「<アアルの野>君は人間らしいから」「<Rw Nw Prt M Hrw>私はこんな風にして生きて来たのです」に登場しました。
ご存じ無くとも、普通の『ジゼル』との散策シナリオとしてご参加頂けます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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