シナリオ詳細
重い十字架を運ばねばならなかった
オープニング
●甘言
助けてあげようか。
都合の良い甘い夢だった。誰がそう言ったのかは分からない。それでも、少年にとっては『初めて』の経験であった。
だから、縋ってしまった。
そんな都合の良い甘い夢なんて、簡単に叶うわけがないのに――
産まれて直ぐに、少年は不治の病を抱えていた。
一生の付き合いになると言われていた。その一生が一年なのか、五年なのか、十年なのかさえ分からない。
外遊びは知らず、食事を運んでくる両親と二人の姉だけと過ごした幼少期は暗澹たる毎日であった。
隘路から抜け出したのは、少年が8つになった頃だった。
太陽の日を少しなら浴びても良いと言われた。調子の良い日は走り回っても良いと医者からの許可も出た。
10になった頃にはもう少し遊ぶことが出来た。
体調も回復し、病は嘘の様に形を潜めた。二人の姉は喜び、両親は外遊びを進めてくれた。幸せだった。
突然の回復に少年は「神様の声を聞いた」とだけ口にしたそうだ。
だが――「お前って変なの」
友人が揶揄い笑った事は間違いではない。少年の外見は病の所為で少しばかし他人と違っていたのだ。
陽の光に弱い肌は太陽を浴びると灰色に染まってゆく。その頻度が少なくなったといえど、未だに肌の色は変化することが多かった。
「変じゃないよ」
「変だよ。お日様を受けた瞬間にお前って、灰色になるんだもん」
「これは病気で、」
「病気? ばっちい」
少年は、激怒した。苛立ち、声を荒げて勢いの儘にその拳を叩き付けた。
――病弱で、力なんて無かったはずの幼い子供。
だが、叩き付けた力は友人の腕を簡単に折り地へとその体を叩き付けることが容易であった。
●ローレット
「ああ、良いところに来たっすね」
『パサジールルメスの少女』リヴィエール・ルメス (p3n000038)がイレギュラーズを出迎えたのは雨の降る昼下がりのことであった。
湿気た空気がじめじめと肌をなぞり、汗ばむ煩わしい天気。そんな天気のような仕事があるのだと彼女はそう言った。
幻想の片田舎に住まう『ヨハル』と言う少年がいる。
彼はある風土病に生後間もなく感染し、陽の光を浴びると肌が灰色に染まってしまうらしい。
だが、ある日を先にその病状が改善したそうだ。其れだけならば良い話で終わる。だが――ここからが本題だ。
「ヨハルさんは友人と喧嘩をして驚く力で友人に怪我をさせたっす。
病弱な男の子の何処にそんな力が合ったのか……不審に思ったお父様から調査の依頼があって――結果が、」
『反転』
それが何時であるかは分からないが、病状が安定し、外で自由に歩き回れる様になった10になった頃だろうと推測された。
少年は気紛れな魔種の気紛れな呼び声を聞き、反転してしまったのだろう。
「ヨハルさんを反転させた魔種が何処の誰かは分からないっす。けど、ヨハルさんは魔種になっていた。
……今現状は『気付かない』程度で幸福に過ごして居るっすけど、彼が何時暴れ出すかは分かりません。元から、滅びが蓄積する存在っす」
子供同士の喧嘩でも、大怪我に繋がる畏れがある。それ以上に、魔種という存在は放置できない事はイレギュラーズ達はよく知っていた。
「屹度、ヨハルさんは『病気を治したい』だけだったんすよ。
けど……魔種の手を取ってしまったなら、彼は唯の世界の敵になった。だから――彼を」
情報屋は声を潜めて、言った。
殺して下さい、と。
●『ヨハル』
ざあざあと音を立てて雨が降注いでいた。開け放った窓から入り込んでくる雨粒は何故だか心地よかった。
ヨハルは胸騒ぎを感じて、勉強机にメモを残した。
僕は可笑しくなってしまった? 僕は、元気になったはずなのに。お父さんが暗い顔をしている。
とりとめなく書き留めた。己の何が悪いのか、ヨハルには分からない。
それでも、ある日を境に、父親は暗い顔をして、母は此方を見なくなった。姉二人は毎日泣いているようだ。
僕が元気になって嬉しいんじゃ無かったの? 一緒に。此れからもずっと一緒に生きていくんじゃ無かったの?
ヨハルは自分の考えを全てノートへと書き記した。どうしても、家族の変化が理解出来ない。
ヨハルは頭を抱えてから、外に出ることにした。雨の日は、陽が出ていないから体調が良い。
『神様の声』を聞いてから、ずっとずっと、元気になった。『神様』は何処かに行ってしまったけれど。
いつか、有難うと伝えたい。
僕は、元気になってお父さんとお母さんとお姉ちゃん達と幸せに生きているんだ、と。
- 重い十字架を運ばねばならなかった完了
- GM名夏あかね
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2021年06月09日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費---RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
「イレギュラーズと魔種とはそもそも相容れぬ存在であると伺いました。
ただ世界の運命がどうなどとは敢えて言いません。共存が叶わぬ者同士であるのならお互いの存在を賭けて戦うしかありませんね」
『永久の新婚されど母』マグタレーナ・マトカ・マハロヴァ(p3p009452)は静かな声音で囁いた。さざめきが遠のき、静寂が落ちる。
イレギュラーズとは世界を救うための可能性。神様が力を与えしもの。科せられた使命そのものが『世界のため』であろうとも。
魔種とは世界を破滅に導く滅びを蓄積させる。神様に反抗するもの。命のつくりそのものが『世界の敵』であろうとも。
マグタレーナにとってはさほど興味の無い事だった。世界の命運を握る気も無ければ、世界を救う救世主になる気も無い。
『イレギュラーズが魔種を倒さねば何らない』事を知っているからこそ、己は今から人を殺すのだ。
「……その意味では子供扱いは致しません。すべて明かすなら尚の事、ただ一人の個人と個人として向き合うべきです」
その魔種は周りに不幸を囁きながらも、気付かぬ儘で暮らしているという。ただの人であれば、不幸が生み出されようとも看過できないほどの大事になるまでは気付かない。身体を碌に動かせなかった一人のこどもは外にばかり気を取られ己に起きた変化に気付いていないのだという。
「……反転に気付かず――いや、『反転という事さえ知らず』、変わってもいない魔種か。
やりにくい相手だ。しかしやらねばならぬ。いずれ訪れる悲劇を回避するために……。俺は君が一度は手放した死を誘おう」
『導く剣』レオンハルト(p3p004744)は小さく息を飲む。ああ、そうだ。『反転なんて知らない』筈だ。イレギュラーズでないならば、魔種なんて御伽噺の存在だろう。『夢語る李花』フルール プリュニエ(p3p002501)は切なく目を細める。
「ああ、可哀想に」
唇に乗せた音に『金色のいとし子』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)は唇を噛んだ。
彼は世界の敵になりました。そんな言葉を言われたとて、彼等がそれを是とする訳もない。
「何も知らないまま、殺すほうが、良いと思う、が。どうあっても死なねばならないことも、家族がそれを承諾したことも。
……何一つ救いもなく『自分が死ぬことが正しい』などと、子供に思わせるよりは。それで、なにかが変わることは、ない。それもわかっては、いるが、な」
己の感傷であるとエクスマリアは俯いた。幻想国内に住まう者ならば『サーカスの悲劇』は恐ろしい程に身に染み込んでいるのだろう。連鎖する不幸が、他者を害し続ける狂気。不治の病と呼ぶしか在るまいその事象。
「ええ、ええ。種がどんな存在かだなんて知っているつもりだったわ。
けれどきっと表紙を眺めて全て読んだ気になっていただけ……そうね、例え悲しい過去があっても、欲のままに人々を苦しめていて。犠牲を生みだしているのだから止めなくてはいけない……。
世界を知り始めた頃の私だったらきっと――悲しいと思いながらも、その正しさを信じて引き金を引いていたのだわ」
『玩具の輪舞』アシェン・ディチェット(p3p008621)にとっての転機はラサで出会ったリュシアン。魔種でありながら、共闘することとなった彼。言葉を交し、意思も疎通できた。目的が同じであれば『呼び声を出す以外』は同じ人であるようなそんな感覚。
「……魔種であれば命を奪わねばならないのでしたら、私達はあの時後ろから彼を撃つべきだったのかしら……?」
魔種にも手を差し伸べ共存を望むフルールは彼女の問いかけには応えることは出来なかった。
その答えがどちらであろうとも――此度のオーダーが『『ヨハル』の討伐』で在る事には変わりが無いのだから。
●
「世界の為と泣きそうな顔をして誰かを犠牲にする。なんて愛しく馬鹿らしいのでしょう」
人を殺してくれ、と希うギルドの者達は最終的な判断をイレギュラーズに任せることが多い。それでも鏡(p3p008705)は愛らしく馬鹿らしい響きだと感じていた。
「どうせ殺すんです。辛い顔をして殺せば上等ですか、笑いながら殺せば外道ですか。
えぇ、えぇ、結構っ! ――その通りです。アナタ達はそうして悩んでいてください。そうでなくては見てて面白くない」
全ての人間が殺す事に躊躇いの無くなった世界などカタルシスも何もない。故に、思い悩む者こそ美しいとさえ感じていた。
「久しぶりの人切りですね。魔種とはいえ相手が子供なので気が進まないはずですが……何故でしょう、凄く切り刻みたい気持ちを抑えられない、そんな衝動に駆られます」
『オールレンジ委員長』氷室 沙月(p3p006113)は己の掌をまじまじと見詰めていた。どうしてなのかは分からない。
不自由も無ければ命の危険も存在しないはずだった。そんな場所から『やってきた』彼女の中で滾る衝動は、留まることを知らぬように溢れ出す。
「遅いか早いかの違いだけで始末するのは変わらないでしょうから説得には加わりません。止めもしませんが。
素直に運命を受け入れるなら内心つまらないですが方針に従いましょう。仮に受け入れた上で死を選ぶならその時は苦しまない様に一瞬で終わらせましょう」
「……うん。そうだね。反転……そっか、魔種に、なったんだね。
きっと、そのままにしたら、何が起こるか……分からないの。だから、殺そう? 魔種は、この世界の、敵なの」
それがイレギュラーズがとるべき選択であると『闇と炎』アクア・フィーリス(p3p006784)は知っていた。
「病気を治すため……だったとしても、それは、もう……早く、行こう? 迷ってたら、何も、出来なくなるの」
その場所は少年の散歩コースなのだそうだ。人気は無く、静寂が溢れかえっている。
イレギュラーズ8人は彼を待っていた。何不自由なくなった身体を自由に動かして自然と共に進む、普通の少年を。
エクスマリアは『教える必要は無い』と考えていた。だが、それを他所に置いても仲間達がどの様に少年ヨハルに接触しようとも問題は無いと考えていた。命を諦めるように説得することもしない。埒が明かなくなったならば無理にでも明かすしかないとは考えながら。
アクアは「あれが魔種」と小さく呟く。彼だ。殺さなくてはならない少年が目の前に居る。直ぐに殺しましょうかととう沙月にレオンハルトは首を振った。少しだけ話がしたいのだと、彼等はそう決めていたのだ。
「こんにちはぁ、坊や」
鏡が手を差し伸べれば、アシェンが「待って」と鋭く呼んだ。マグタレーナも首を振る。
「……何ですかぁ? 私なら痛みも恐怖も知らない内に終わらせられます。被害者である彼に、これほど優しい事はないでしょう?
……まぁ……いいですよ、どうぞぉ。お好きなように、正しさを説いて下さいなぁ」
鏡は大凡エクスマリアと同じ考えだったのだろう。マグタレーナは世界を犠牲にしても家族と共にありたい気持ちを否定することは出来なかった。
誰も彼も皆、自身の身に降り掛かれば世界のためだと死することは出来ない。だからこそ、見ているだけだ。
「お前がヨハルだな。俺たちは君が免れた死だ」
レオンハルトはヨハルを前に真っ直ぐそう言った。飾ることもない、言の葉から滲むのは真実だけである。
少年は余所余所しくなった家族の様子から、自身が死なねばならぬ事を『レオンハルトと出会った』事で知ったのだろうか。
「どうして」と囁く。「どうして、僕は死ななくちゃいけないの?」と幼い子供の罪が無知であるかのように。
「君は魔種……その生来の病と引き換えに人ではなくなってしまったんだ」
「魔種……?」
魔種。その言葉を知らずに口にしているのだろう。レオンハルトの傍らからフルールはゆっくりと歩み出た。
「知らず知らずのうちに魔種になってしまったのね……ヨハル、ヨハル。あなたは魔種になってしまったの。世界の滅びを助長する存在に」
「魔種……」
フルールは語りかける。彼がどうしても幸福にはなれなかったのかも知れないと、分かりながらも『選択』させてあげたかった。
「あなたが神様と呼ぶ人は、同じ魔種。魔種って聞いたことある? 魔種はね、世界を滅ぼす存在なんですって。あなたも、きっとそうなるでしょう。
一緒に遊んでた子を怪我させたでしょう? それよりもきっと多くの不幸が周囲に訪れる。
まぁ、ヨハルが魔種になってしまったことが、家族にとっての不幸でしょうけれど」
その言葉を聞きながら、アクアは唇を噛んだ。
「まだ何も悪い事しようだなんてしてないのではないかしら……」
アシェンの疑問は降って湧いた。怪我をさせたのだって自分の子とが分からないから? 理性で抑える事も出来るのでは――そう考えるアシェンにアクアは首を振る。魔種になった以上、『いつかは呼び声が不幸を呼ぶ』と。彼が理性的であれど、その性質は悪に寄っている。何の罪悪感も無く、殺す可能性だってある。
「私達は、魔種になってしまったヨハルを殺せと言われて来たわ。だから、殺さなきゃいけない。
私達にも色々思惑はあるでしょうけれど、概ねあなたを殺すつもり。私はヨハルを助けたい。助けたいけど、そうはいかない事情もある。
だから、選んで。『家族や周囲の人間をこれ以上不幸にしないためにもここで殺される』か、『家族を呼び声で同じにする』か」
フルールの言葉に、アシェンの動きが止った。もしかして、があるのかもしれない。自分の気持ちさえ分からなくなる。魔種は悪意に流される――人だって、同じ事。そう思えば、殺す事を厭うてしまう気がして。
「皆が、不幸になるの?」
「ええ。なりますよぉ」
鏡の笑顔にヨハルは不安げにマグタレーナを見遣った。
「貴方が私の子であるならば母を退け世界に抗いそれでも生きる意志を見せなさいとでもいう場面ですが……それは失言の部類でしょうか。
せめて幸せを願い家族を想う心を忘れぬまま滅ぶのならば、それは人として最期を迎えたと言えるのでしょうか。どう、でしょう」
全ての手札を明かした。彼が選ぶべきを選ばせる。
「このままではやがて君の親姉弟が大怪我を負う。君がお友達にしたようにな……。
君の家族は君を深く愛している。だが愛だけでは君の力を受け止められない。君を鎮める力は得られない」
処刑剣を鞘から抜いたレオンハルトは、彼に『選んで欲しい』と願う様に言った――「だからここで、死を友として死んでほしい」
少年にそれを選ぶことは出来ない。彼は幼すぎた。そして、もしも『逃げたい』と願ったら、それは殺すべき相手が増えるだけで在る事をエクスマリアは知っている。
「平行線のままなら、ここまで、だ。期限が定められている、わけではない、が。どの道、手を下さねばならないことは、変わらない」
エクスマリアの言葉に、フルールは息を飲んだ。
助かって欲しい。助かって。そう求めるのが、ローレットから科せられた仕事に反するとしても――そう、願わずには居られなかった。
(殺さないと、いけないのに……何で手が止まるの? わたしがしているのは、何?
何も知らないのにいきなり命を狙われて……そうだ、あの子の立場は、わたしなの。じゃあ、ここで手を出したらわたしは、わたしは……)
惑いが、アクアの指先から力を奪って往く。ああ、けれど。其れだけでは駄目だ。「まだ」と縋るアシェンの声から逃れる様に、エクスマリアは「行くぞ」と地を蹴った。
「戦闘に不慣れとはいえ、魔種というだけで、十分な脅威となる。
油断も、容赦も、しない。ヨハルが諦めたとしても、足掻くとしても。確実に、殺さなければ、ならない」
「け、けど――!」
懇願する声さえ、遠い。彼は倒さねばならない存在なのだから。
「わ、わたしは悪くない! 魔種だから! 何も知らせずに殺したって、わたしたちに何も罪はない!
だってそうだよ! これは依頼なの! 殺さなきゃいけないから殺すだけで! 事情も私情も関係ない! 迷う必要はない! 殺す、殺す殺す!」
――殺したくない、なんて。
そんな感情が溢れ出したら止らない。アシェンが唇を噛んだ傍らで頭を抱えたアクアが武器を握る。
怯える少年の眼前へと鏡が滑り込む。何も知らないまま『殺してやる』のが優しさだったろうに。
「暴れるなら散らせてあげるね。そう! 美しく打ち上げた花火のように! アハハ!」
唇に笑みを灯して。沙月は狙い穿つ――相手が人間であることを意識すればするほどに心は躍り出す。『地球』での事を思い返させたのは、肉を断つ感覚か。
「地球でも悪い事をした人達をいろんな方法で始末したっけ。ふふ、ようやく思い出しましたよ。
地球での私はこうだったって。アハハ! アハハハハ!」
狂ったように笑い続ける。沙月の傍らで『人を殺す』事だけを意識した鏡は鋭く動いた。
躊躇してはならない。マグタレーナは退路を防ぎ目を伏せる。せめて、彼が良き場所へと誘われるように――そう願わずには居られない。
「ああ、どうして」
アシェンにフルールは「どうしてかしら」と小さく返す。救えるなら、手を差し伸べたかった。彼等が笑っていられるだけで良かったのに。
命は儚くて。
魔種になったら助かりません。
そう告げる情報屋にどうしてという問いかけを幾度繰り返しても、まだ、叶わない。
「死はいつだって友人だ。彼らに代わり語ろう。行きたかった外はどうだった?
元気な身体は素敵だったか? もっと遊びたかったろう? 家族とピクニックには行ったかい?」
レオンハルトは微笑んだ。もっと、もっとと乞う声が、力となって己を傷付けようとも。
「――無力の罪は俺が背負おう」
救えなかった己達。それが、人の命を奪うと言うことだと己に刻みつけながら。
●
「ただただ幸せを求めた結果がこれって、残酷な運命よね。……私は殺したくなかった」
フルールは小さく呟いた。彼は夢を見たはずだった。愛しい家族との未来を、此れから溢れる幸福ばかりの人生を。
其れを望んだばかりに、殺さねばならなかった。魔種だからと引き金に指を掛けねばならなかった。
「……大丈夫か? 無理はするな。感情は……吐き出さないと疵になる」
レオンハルトの気遣う声に、フルールは小さく頷いた。
ヨハルの家族の元へと行こうと提案したのは誰であったか。
『弟』を差し出した彼等の元へ、せめて遺体だけでもと届ければ、彼等は簡単に応じてくれた。
ありがとうございますと暗い声音でそう言って、帰ってきた『子』の後始末を淡々と行う背中に鏡はふと、声を掛ける。
「……ね? どっちです? 世界の為と、皆の為と、自分を欺きましたか?
『可愛い弟』の命を犠牲にする事を、それとも『変わった』と知って怖くなりましたか。『愛する息子』を誰か早く駆除してくれと」
鏡は首を傾げてからりと笑う。唇が三日月を形作って愉快だと嘲笑うような響きをヨハルの家族へと浴びせた。
エクスマリアがヨハルが最後に手にしていた『日記帳』を眺めてぼろぼろと涙を流していた母親を庇う様に父は鏡を睨め付ける。
「答えてくださいよ、賢い『大人』じゃ駄目ですかぁ? ……じゃあお姉ちゃん、あなたはどうです」
ヨハルの二人の姉は涙を流しながら、鏡を凝視した。何を求められているのか、と不安げな瞳が四つ、鏡へと注がれる。
「仕事は終わりました、私達が殺しました。もうここに居るのはただの仇のはずです。このままじゃ私達帰っちゃいますよぉ?
いいんですか? ほらぁ、考えてくださいっ! 私達が手にかけたのは、何ですかっ! ――アナタの家族かそれとも化け物か!?」
「化物!」
少女は声を張り上げた。息子を亡くしたばかりの父と母を庇う様に。弟を差し出したのは己だというように姉の一人は立ち上がる。
「貴方達が殺したのは化物だった! 此れから何が起こるかも分からない。私達を殺すかもしれない、けだものと同じだった!」
「……私達は仇ですよぉ?」
鏡に向けて、少女は言った。唇を噛み締めて、悍ましい者を見るような目をして。
「戦いたいなら他所を当たって。私達は、ただの一般人で。貴女が気紛れに簡単に殺してしまう、唯の人間なの。
……私達の選択に、これからなんて存在して居ない。もういいでしょ? 簡単に人を殺してしまう――貴女だって、化物だわ」
それっきり、彼女は何も言わなかった。帰ってくれとその身体にクッションを投げ付けて、黙りこくる。
マグタレーナは彼等の様子を唯、見詰めていた。恨みを晴らすならば、生きてゆかねばならない。時の流れが傷を癒してくれれば。
慈悲であれ怨恨であれ、未来を向いてくれるようにと、切に願うだけ。
――貴女だって、化物だわ。
ああ、きっと。その通りなのだ。アシェンは唇を噛んだ。
人も魔種も、変わりなかった。狂気へと誘う声が響き渡る。人とて、堕ちて往けば同じ。それが破滅を呼び寄せるか否かだけで、こうも容易く人を殺す。
嗚呼、一体……私は、『頁』をどこまで読み進められているのかしら。
エクスマリアはどんな言葉だって甘んじて受入れると決めていた。
世界を救うため。そんな大義名分を掲げて、たった一つの小さな世界を殺した。その事実は、何時まで経っても変わることはないから。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
リクエスト有難う御座いました。
お疲れ様でした。
GMコメント
リクエスト有難うございます。
●成功条件
『ヨハル』の討伐
当シナリオは魔種が登場しますが、彼は魔種になりたてであり、戦闘には不向きである事から難易度はnormalに相応します。
●『ヨハル』
産まれてから不治の病に冒されていた少年。外見に変化を及ぼす事から悪口を言われて友人に怪我をさせました。
部屋で何処かから遠く、聞こえた魔種の『気紛れ』に手を伸ばし、反転しました。強欲の魔種と化しました。
彼を反転させた魔種は行方知れずです。足取りもヒントもありませんので、追うことはできません。
その願いは両親達と幸せに過ごしてゆきたい。ただ、それだけでした。
戦闘は体が追い付かないのか、不向きです。
それ以上に、魔種という存在を彼は知りません。何故、自身が殺されるかすら分からないままイレギュラーズと出会うことになります。
病が治って、幸せに過ごすことは悪いことだと、言われているような……。
彼にとっては『救いのない状況』が訪れようとしています。
●シチュエーション
ヨハルの自宅近くの雑木林。ヨハルの散歩コース。人気はなく、静かです。
彼の両親や家族はローレットから『魔種であること』『討伐しなくては他の人の命が危ないこと』を聞いて討伐に同意しています。
両親は余所余所しくなり、姉二人は常に泣いていますが、これも仕方が無いことなのです。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
それでは、行ってらっしゃいませ。
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