シナリオ詳細
令嬢は悲哀に嗤う
オープニング
●彼らは何処に消えた
希望ヶ浜では、学生たちが出掛けたまま帰らない不可解な事件が発生し、メディアはこれを『集団誘拐事件』だの『大規模拉致事件』だのと報じていた。
「もうかれこれ3日……スマホは繋がりません、チャットに既読も付きません……たった一人の娘なんです、一体何処に……」
メディアの取材に応える母親は憔悴しきった様子でテレビに映し出されている。
「ちょうど3日前ですね、今まで当塾を無断欠席した事はなかったですし、日頃の授業態度も真面目でした」
また別の記者には、進学塾の講師が行方不明になった塾生についてインタビューに応じていた。
連日連夜報道されるこの『事件』は希望ヶ浜の住人の不安を煽り立てたが、混沌世界の外の出来事に関知しない彼らには知る由もない……『佐伯製作所』のフィールドワークを請け負う希望ヶ浜の学生たちがR.O.Oにログインし、発生したエラーによって『ネクスト』に閉じ込められたままになっているなど。
●闇に燃ゆる令嬢
ここは『伝承』、ネクストにあるエリアのひとつで、混沌世界で言うところの『幻想』だ。
都市郊外の長閑な森の中に、大きな館が一軒、ひっそりと建っている。
この館の主はコー男爵家の一人娘・アマンダ。すらりと背が高く、燃えるような長い赤髪はつやつやと輝き、エメラルドの瞳は見る者を魅了する、誰が見ても言葉を失う程の美貌の持ち主だ。
しかし、彼女の心は深く深く奈落の闇に沈んでいた。
沈んで、沈んで、いつしか彼女は『闇』に染まってしまった。
そして、彼女の『闇』は長閑な森の鄙びた村を丸ごと呑み込んだ……。
アマンダの館の書斎に、その場に少々不釣り合いな出で立ちの者が四人いた。
全員、ネクストのアバターと化している希望ヶ浜の学生だ。
ゲームに興じているうちに家に帰れなくなり、さまよい歩いてこの館に辿り着いた彼らは、玄関から入った途端暗闇に呑まれ、気付いたら書斎らしき部屋の中に転がっていたのだ。
「何? 何なの? 入った途端何か食らった?」
「今のところ大したダメージは受けてないけど……玄関に転移系のトラップでもあったのかな」
「でもこのゲームヤバみだよね? ほら、本棚の本とかリアルに手に取れるよ」
「外の景色もマジリアルだよな! モンスターとかその辺歩いてそうじゃね?」
ログアウトつまり帰還出来ない事に多少の混乱こそあれど、この状況を「かなりリアルで高精度なVRMMO」といった調子に理解している彼らは、さっさとこの館を出てゲームを終了させればいいくらいにしか考えていない。
学生たちが書斎を出ようとすると、彼らの前でドアが開く。
開け放たれた書斎の入口に立っているのは鮮やかな緑のドレスに身を包んだアマンダだ……が。
「ねぇ、私知ってるのよ? あなたたちが私のカミルを殺したってこと」
アマンダは唐突にそう言って口の端を上げる。微笑んでいるようでいて、エメラルドの瞳は決して笑っていない。
突然の言いがかりとただならぬアマンダの雰囲気に、学生たちの混乱はいよいよ多少どころではなくなる。
「何の事かさっぱり分からないんだけど!」
「僕たちはあなたとは初対面ですし、カミルという人の事も知りませんよ」
「ていうかあんた誰!?」
「喧嘩売ってんのか? あぁ!?」
めいめい喚く学生たちに、アマンダは冷たく言い放つ。
「そう……あくまでシラを切るのね。この村の孤児たちを慈しみ育てていた牧師のカミル、私の愛しい人。身分違いの許されない恋だって分かっていたわ。でも、教会ごと彼と孤児たちを焼き殺すなんてあんまりじゃない。父様も、父様に従った村の者たちも……私は許さない。みんな、みんなカミルと同じ目に遭えばいいわ」
直後、書斎は火に包まれた。学生たちは絶叫しながらアマンダを押しのけ書斎を飛び出す。
「ふふ、ふふふ……あははははっ! 私の館から逃げられると思って?」
不敵な笑いと共にアマンダは悠然と歩を進め、学生たちを追う。
学生たちは階段を上り下りしたり廊下を行ったり来たりして出口を探した。部屋は幾つもあり、各部屋のドアは開くというのになぜか外に通じるドアらしきものが見当たらない。
「くそっ!」
学生のひとりが空き部屋で椅子を担いで窓に投げつけた。窓ガラスを割って脱出しようと考えたのだろう。
しかし……。
「嘘だろ……?」
窓が割れるどころか、椅子が砕け散る。窓ガラスには掠り傷すら付いていない……そう、この館はアマンダの尋常ならざる闇の力で歪められた脱出不可能な空間だったのだ。
そして、ネクストに飛び込み『伝承』を訪れたあなたは、館の前に立っている。
館の外観が不自然に歪んで見えるのはきっと何者かの力によるものだ。そして、その「何者か」を排除しなければ、この館の歪みは戻らない……そんなあなたの直感は、きっと正しい。
玄関の扉を開けたらクエストの始まりだ。
現実世界に戻れずにいる学生たちを、どうか救ってほしい。
- 令嬢は悲哀に嗤う完了
- GM名北織 翼
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2021年05月29日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●序
奈落の闇に歪んだ館……玄関の重厚な扉を開けた瞬間、壮絶なクエストが幕を開ける。
希望ヶ浜の学生たちを救出すべく駆けつけたイレギュラーズたちは、館の中に一歩足を踏み入れた途端一気に暗闇に呑まれた。
しかし、それはほんの一瞬のことで、気付けば全員狭い客室のような部屋に放り投げられていた。
「フハハハハ! なるほど、これはまた奇怪な空間だな!」
『煉獄の覇者』✝漆黒の竜皇✝ブラッド(p3x008325)は立ち上がるなり高笑いするが、その思考はいたって冷静に現状を把握している。
「空間は奇怪だがするべきことは分かりやすい。ならば手早く済ませるとしよう! ……助けねばならぬ者がいるのだからな」
「ええ、そうですね……ところで、ここは最上階でしょうか」
窓から背の高い木々のてっぺんが見えることから『Doe』ドウ(p3x000172)はそう推測し、仲間たちとともに部屋の外に出た。
ドウが自身と仲間たちの音を一定範囲外に洩れないようにして進む傍らで、どこかで学生たちが立てる物音や彼らの声がしないかと注意していた『朝霧に舞う花』レインリリィ(p3x002101)は皆に止まるよう合図する。
「下の部屋から音がするよ」
レインリリィが指したのは館二階の中ほどで、『絶対妹黙示録』ルージュ(p3x009532)はそこを目指し全力で駆け出した。
こうしている今も、敵はどこかの部屋で学生たちを追い詰めているかもしれない。一刻の猶予もならないのだ。
ルージュが駆けつけると、二階の書斎が激しく燃えていた。
ルージュに追い付き火の粉を払いながら書斎を覗いた『怪盗見習い』神谷マリア(p3x001254)は眉をしかめる。
(あーあ、思い切り燃えちゃってるにゃ……お宝見つけるには絶好のシチュなんだけどにゃあ……)
「……とはいえお仕事にゃ。さて……ここには誰もいなそうにゃ」
神谷マリアがそう言った傍から、今度は書斎の数室隣から微かな物音がした。
「向こうに誰かいるぜ!」
「ねぇ、誰かそこにいるよね? 助けに来たよ」
ルージュがその部屋のドアの前に立ち周囲を警戒している間に、聞く者に安心感を与えるレインリリィの声が学生たちにドアを開けさせる。
恐る恐る開けた学生たちはレインリリィの姿を確認すると、皆顔面蒼白のまま安堵の息を漏らした。
簡単な状況を聞けば、彼らは書斎を燃やされた後、階段を上り下りし様々な部屋を転々としながらアマンダを撒いてきたという。
「もう安泰だ。そう、神が来た」
『R.O.Oの』神様(p3x000808)が神々しさを漂わせながら学生たちを落ち着かせ、続いてレインリリィが
「どこか安全な所に避難してくれるかい?」
と告げた時。
「足音が近付いています!」
周囲の音を警戒していた『陽光のような焔』梨尾(p3x000561)が声を上げた。
「アンタらは今のうちに他の階の部屋に身を隠してろ」
「左様。我々が解決するまでの間、離れた場所でおとなしくしていると良い。無論、帰るために」
✝漆黒の竜皇✝ブラッドが部屋を出て階段を上る学生たちを背に隠し、学生たちは神様の言葉に頷き駆け去っていく。
「下界平定の第一歩、果たして学徒たちの安寧を取り戻すしかあるまい」
神様は他のイレギュラーズたちとともに梨尾が指した方向に構えた。
●
やがて姿を現した緑のドレス姿の女性――アマンダはイレギュラーズたちを見るなり酷薄に微笑む。
「まだいたのね、カミルを殺した罪人どもが」
言うなり放たれる強烈な闇の塊。
「そっちの気持ちも分かるけど知らない恨みで死ぬのはごめんだにゃ! だから、悪いけどそっちに倒れてもらうにゃよ!」
吹き飛ばされながらも神谷マリアは獰猛な本能そのままの凄まじい乱舞でアマンダの頬や二の腕に紅を走らせる。
アマンダの細い眉がぴくりと上がると、梨尾が炎の錨を投げつけながら、
「こっちですよお姉さん。牧師のカ……カメルさんが好きだから亀のように遅いんですか? お似合いですね!」
とまさに「火に油を注ぐ」ような挑発を仕掛けた。
イレギュラーズの目的は、戦いやすい一階ダンスホールまでアマンダを誘き寄せること。その役割を買って出たのが梨尾だ。
「カミル愚弄するなんて……許さないわ!」
アマンダは梨尾との距離を一気に詰め、闇の楔を突き刺す。
ぐらりと後退した梨尾を見て、『霞草』花糸撫子(p3x000645)が声を発した。
「甘い甘い、愛の歌。聞き惚れぬよう気をつけて?」
花糸撫子の甘い旋律がアマンダに絡みつく。
「うるさいわっ、黙ってちょうだい!」
アマンダは怒りに任せて一帯に闇をばらまこうとしたが、体が上手く動かない。
そこに神谷マリアの乱舞をまたも受け、後退した梨尾が更に
「俺を殺したければどこまでも追いかけてくるといいですよ、亀さん」
と錨を引っ掛ける。
すると、アマンダのドレスが突如鮮やかな黄色に変わった。
「あなたたちには、カミル以上の苦しみを味わわせてあげる」
アマンダの声が低く響いた直後、イレギュラーズたちは幾筋もの闇の刃に切り刻まれる。
「ドレスの色が変わった途端威力が上がったか。何とも奇怪な奴だ!」
✝漆黒の竜皇✝ブラッドは滴る血を拭いながらも不敵に微笑んだ。
どうやらアマンダのドレスは彼女の生命力を表すバロメーターのような役割をしており、彼女自身は追い込まれる度に強くなるタイプのようだ。
(謎の闇が謎に強い謎パワー……ならこっちも謎パワーっぽく妹パワーで大雑把に吹き飛ばしていくぜ!)
ルージュの武器が謎の光を放ち、光は一直線にアマンダを狙う。
アマンダの闇が光を呑み込み掻き消すが、消しきれず漏れた光はアマンダの鮮紅の髪をひと房斬り飛ばした。
一方、アマンダを挑発し他のイレギュラーズたちよりも彼女に接近していた梨尾の負傷は大きい。
(ダンスホールまであと少し……私が引き付けるわ)
床に膝を着き痛みに耐える梨尾を見て花糸撫子が一歩出た。
「歌はお好きかしら? 聞いてくれると嬉しいわ」
囁くような歌声だというのに、その一言はどれほど澄んだ空気よりも淀みなく、はっきりとアマンダの耳に届く。
アマンダの視線が歌声の主である花糸撫子に向いた。
「……貴女は、カミルという人が大好きなのね」
花糸撫子の歌声はヴェールのように揺らめき、花糸撫子自身を包む。
「ええ、そうよ。だから許せないの」
広がる闇が幾本もの矢を形成し花糸撫子を貫いたが、花糸撫子は歌い続けた。
「その恨みが私たちに向くことで果たされるなら、それで貴女が『幸福』になれるのなら、私は止めないわ」
「幸福……?」
花糸撫子の「歌詞」に、アマンダは僅かに表情を変える。
その一瞬の隙を突くように神谷マリアの鉤爪から放たれた十文字の斬撃がアマンダのドレスを裂き、鮮血を散らした。
●
歌う花糸撫子と蹌踉めきながらダンスホールに足を踏み入れる梨尾に怒りを露わに迫りつつ、アマンダはいよいよダンスホールに入った。
直後、ダンスホールは瞬時に炎に包まれる。
「炎を使うか……全てを奪った炎を」
(今まで神が隠れていたためにこの世の秩序が乱れてしまった……この娘に起こった何事も察するに余りある痛ましい話だが、コレもバグだと言うのだろうか……)
神様はアマンダの心を慮りながらも
「御覧じよう。コレが神の奇跡である」
とホールに繋がる廊下から彼女に炎をぶつけた。
更に、苛烈な熱に顔を歪ませるアマンダに畳み掛けるようにドウの斬撃が飛ぶと、✝漆黒の竜皇✝ブラッドの漆黒の両翼が荘厳にはためく。
「フハハハハ! 我が暗黒の力をその身で味わうが良い!」
無数の黒槍と化した魔力が翼の羽ばたきとともにアマンダを刺し、避けきれず小さく呻くアマンダに神様はまたも炎を繰り出した。
「よくよく考えよ……カミルを、孤児たちを、教会を焼いたのは、果たして貴君の父や村の者たちだっただろうか」
「そうよ! 父様が村の者たちに命じて焼かせたのよ!」
神様の炎にドレスを焼かれながらアマンダは叫び、ふつふつと闇を沸騰させる。
だが、神様は
「そして……誰が、誰と同じ目に遭わせようと言うのかね」
と雷を落とした。
雷に痺れ思うように動けないながらも、アマンダは闇を拡散させ反撃を止めない。
その間も梨尾はどうにか持ちこたえるものの、花糸撫子は急激にダメージを負い彼女の意識はどんどん遠のく。
アマンダは花糸撫子の息の根を止めようと今度は灼熱の闇を放ったが、花糸撫子の危機的状況に神様が駆けた。
「神の不手際で……世情を乱してしまったようだな。しかし、ソレも全てゆるすよ」
神様は灼熱の闇を全身で受けると、
「極力死なない方が良い。死は忌避すべき事……たとえ死ねないとしてもだ」
と花糸撫子に告げ、アマンダにも
「いつも……見ているよ」
と言い残して消える。
(こうなったら、死ぬまで敵視をとり続けるわ!)
花糸撫子は神様のログアウトを無駄にすまいとアマンダに歩み寄り、残る全ての力でアマンダを抱きしめた。
「貴女が最後にはまたカミルと一緒になれるように私は願うわ。でも、ひとつだけ……怖い顔はいけないわ。手を頬に当てて確かめてみて? カミルが愛した貴女は、本当はどんな顔をする子なの?」
「カミル……!」
アマンダは己の頬を両手で包み、唇を震わせる。
「いい? 女の子は最後まで、ううん最後こそ、とびきり可愛い笑顔にならなくちゃ」
花糸撫子はそこまで言うと、アマンダの背後に回り込み彼女を羽交い締めにした。
「私も最後まで貴女に付き合うわ。もう……独りぼっちじゃないわよ」
花糸撫子が作り出した好機に、レインリリィが光を纏う剣を投擲した。
剣はアマンダの肩に刺さり、刺し口からは血が流れ出る。
「何事もなければキミの心の傷が癒える日を待つことも出来たけど、ボクらはこの館に囚われた彼らを助けなきゃならない。加えてボクはキミを止めるだけの言葉を持っていない。剣でしかキミを止められないんだ……だからゴメン、ここで終わりにするよ」
「まだよ、まだカミルと私の恨みを晴らしていないわ!」
アマンダは痛みに耐えながらレインリリィに返すと、かっと目を見開き全身から強烈な闇を噴出させた。
花糸撫子の体がアマンダから引き剥がされ、空中で消える。
だが、花糸撫子が最後に見せた表情は笑顔だった。
「なぜ、笑っていたの……?」
独りごちたアマンダを、花糸撫子の声が何かの残り香のように掠める。
「……単純に、独りぼっちの貴女を抱きしめてあげたかったの、なんてね」
●
花糸撫子がログアウトした直後、立ち尽くすアマンダに梨尾の炎が纏わり付いた。
アマンダは梨尾の炎によって己が放った闇の炎にまで煽られ、それを払った彼女の手をドウの長射程斬撃が切り付けると、ルージュの光がアマンダの脇腹を抉るように突っ込む。
黄色いドレスに鮮血の花が咲き、アマンダは獣の如き咆哮を上げ大量の闇の塊を投げつけた。
闇塊はホール内のみならずホール外にも多数飛び、離れて攻撃しているイレギュラーズたちを徹底的に痛めつける。
花糸撫子がログアウトした今、ホール内で踏ん張っているのは梨尾だけだ。
レインリリィは意を決して燃え盛るホールに入ると、アマンダの前に立った。
「行かせない! キミはここで止める!」
横に逸れることも飛び越えることも許さぬレインリリィの気迫に圧されアマンダは一歩下がり、彼女はこれまでよりも威力を増した闇を発生させレインリリィを包み込もうとするが……。
「なぁ、ねーちゃんはアマンダって言ったか?」
ダンスホールの外でルージュの武器から光が迸った。
「たしかにねーちゃんのとーちゃんたちがやったことは酷いことだぜ。けどな――」
放たれた光はアマンダの胸元に飛び込む。
「――ねーちゃんの復讐はもう終わってるんだ!」
胸にルージュの光が激突しアマンダは炎の中に一度倒れたが、復讐心を燃やしながら立ち上がった。
ドレスは純白に色を変え、彼女の攻撃が一際凄まじいものになるであろうことを予感させる。
それでもレインリリィは頑としてそこから動かない。
「復讐に囚われたキミを理解出来るなんて言うつもりはないよ。でも……今のキミは哀れだ」
「哀れなものか! 哀れな――」
レインリリィの言葉が深く心を穿ったのか、アマンダはむきになって反論したもののほんの一瞬だけ寂しそうな微笑みを過ぎらせた。
「――引き返す術を忘れた私は、哀れかしら……」
直後、アマンダはまたも闇を矢の形に変えて全方向に飛ばす。
「あとは……任せるよ!」
全身を闇の矢に貫かれたレインリリィは、残る仲間たちに後を託してログアウトした。
レインリリィがログアウトすると、すかさずドウがホールの中に飛び込んだ。
炎の中で不利な状況に置かれながらも
「この剣の力、存分にお見せします!」
と斬撃を飛ばし、耐える梨尾を援護する。
「長期戦は不利になる一方です、一気に片を付けましょう!」
心強い援護を得た梨尾は、
「俺がサンドバッグになりますよ。だから、その復讐心は俺に発散して下さい。その顔も雰囲気も怖いので」
とアマンダの心に炎の錨を投げて挑発を繰り返した。
「追い込まれるほど強くなり、終わりかけが一番凶暴とは……何とも厄介だな。その往生際の悪さ、まさにボスキャラといったところか! こうなれば多少のリスクはやむを得まい――でなくば盾役の者どもに悪いというものよ」
「ドデカい反撃喰らう前に一気に削りきるにゃ!」
✝漆黒の竜皇✝ブラッドと神谷マリアも炎に包まれるダンスホール内に駆け込み勝負に出る。
「独りぼっちは、置いて逝かれるのは辛いですよね……俺は置いて逝った方ですが共感します。最愛の人がいない世界で狂気や復讐心に支配されたままじゃ、アマンダさんはカミルさんに会えず永遠に独りぼっちです。だから、俺たちが死ぬ気でカミルさんの元へ逝かせます」
梨尾が身を削り渾身の力で繰り出した炎は、まるで深淵から這い出た焔の幻影。
アマンダには、その幻影がかつて炎に包まれ息絶えたカミルの姿に見えた。
「カミル、待って……」
焔の幻影に囚われ動けずにいるアマンダに、ルージュが武器を掲げる。
「終わった復讐にがんじがらめにされてるってんなら、それを壊しておれがあんたを送り届けるぜ。怪物になったあんたを人に戻して、あの世でもう一度、あんたの大切だった人に出会えるようにな!!」
アマンダはルージュの光を一度は闇の防護壁を展開して凌ぐが、その矢先に同じ光がアマンダの胴正面に直撃、エメラルドの瞳からは涙が、麗しい唇からは鮮血が零れ落ちた。
(致し方あるまい、我が究極奥義をトドメにくれてやろう!)
「アマンダよ!」
✝漆黒の竜皇✝ブラッドも続く。
「オレ様は貴様を救ってやれる言葉を持たん! 故に、せめて送ってやろう――愛する者の下へ!!」
邪眼の力を解放し全力で抜かれた魔力の刃は、アマンダを深く袈裟斬りにした。
アマンダは悲鳴を上げながら幻の世界から我に返り、ギロリと✝漆黒の竜皇✝ブラッドを睨むと噴き出す己の血を泥黒の闇に変えて彼に叩きつける。
無数の棘を有する巨大な刃と化した闇は容赦なく✝漆黒の竜皇✝ブラッドを抉り、彼の姿をこの空間から消し去った。
●
✝漆黒の竜皇✝ブラッドはログアウトしたものの、彼が放った一撃とその後彼に禍々しい刃を繰り出したアマンダはひどく消耗しており、もはや立っているのがやっとの状態だ。
身に纏うドレスは闇と見紛う黒――死を想起させる色――に染まっている。
(愛しいヒトを失った悲しみ……とても、とても辛かったのでしょう)
所詮推測でしかないとはいえ、闇色に染まったドレスを見たドウの胸は軋んだ。
(ですが、私たちは学生さんたちを早急に現実世界に帰してあげないといけません……!)
ここまで炎に焼かれて動きを封じられ激しく消耗してきた神谷マリアは、残る力を振り絞り鉤爪を構える。
彼女の双眸は妖艶に光り、豊満な肢体がアマンダとの距離を詰めた。
「おにゃーさんのためにわざわざアレンジした必殺技にゃ、とっとと喰らって好きな人の待ってるあの世にでも行くんだにゃあ!」
縦一閃、鉤爪の斬撃がアマンダの急所を走る。
「これで、やっと……会え、る……わ……」
炎に覆われる天井をぼんやりと見つめながら、アマンダは最期の最期に微笑んだ。
●終
やがてダンスホールの炎は消え、残ったイレギュラーズたちは学生たちを連れて館の玄関まで下りる。
(お宝探し、したかったにゃあ……)
玄関に向かう途中、神谷マリアは後ろ髪を引かれる心地で何度も振り返った。
(ちゃんとログアウト出来るでしょうか……)
ドウは拭いきれない不安を抱えながら玄関の扉を押す。
扉は思いの外簡単に開き、イレギュラーズたちは保護した学生たちとともに光に包まれた。
次の瞬間には見覚えのある拠点ポイントに立っており、無事にログアウト出来たことを確認した学生たちは歓喜と安堵の混ざった声を上げる。
(良かった……これでクエストクリアです! アマンダさんの基になった人物がどういうヒトなのかは気になるところですが、ネクストはあくまで仮想世界ですからね……とはいえ、調べる機会があれば調べてみたいものですね)
炎の中で力尽きたアマンダに、ドウは静かに思いを馳せた。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
マスターの北織です。
この度はシナリオ「令嬢は悲哀に嗤う」にご参加頂き、ありがとうございました。
少しでもお楽しみ頂けていれば幸いです。
今回は、えげつない炎の中で最後まで頑張ったあなたをMVPに選ばせて頂きました。そして、アマンダをごっそり削ってログアウトしたあなたに称号をプレゼントさせて頂きます。
改めまして皆様に感謝しますとともに、皆様とまたのご縁に恵まれますこと、心よりお祈りしております。
GMコメント
マスターの北織です。
この度はオープニングをご覧になって頂き、ありがとうございます。
以下、シナリオの補足情報ですので、プレイング作成の参考になさって下さい。
●成功条件
戦闘クエストのクリア(アマンダを倒す)
※アマンダを倒すことで、館の歪みはなくなり皆様も学生たちも脱出出来るようになります。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
現時点で判明している情報に嘘はありませんが、不確実な要素や不明点が幾つか存在します。
●周辺環境
現実混沌の『幻想』と酷似したロケーションです。
自然豊かな森の中で、鄙びた村の一角にアマンダの屋敷はあります。
周囲に建物はなく、人も家畜もうろついていません。
●戦闘場所
コー男爵という貴族の邸宅ですが、男爵本人はおらず、いるのは娘のアマンダだけです。
地上三階建ての大きな木造家屋で、地下はありません。
一階は主に食堂やダンスホールといった床面積の広い部屋で占められています。
二階及び三階には、客室や寝室、書斎などの小規模な部屋が多く並んでいます。
現在二階の書斎が燃えていますが、他に延焼する気配はありません。
上下階の移動は階段のみです。
外に通じるドアなどはありません。
玄関はありますが、館の中から玄関ドアを開けて外に逃げることは出来ず、更に外部から一度入ると二度と出られない仕様になっています。
学生たちが体験した内容から、どうやら玄関から館の中に入るとまずはどこかの部屋に転移させられてしまうようです。
●敵について ※一部PL情報です。
今回のクエストの敵はアマンダという女性のみです。
たった一人ではありますが、現実の混沌世界に住む人間ではあり得ないような凄まじい力を持っています。
これといった武器は所持しておらず、魔法的なもので攻撃と防御をします。
攻撃も防御も、「何かオーラとか波動とかそんな感じのものを様々なパターンで飛ばしたり展開したりする」といったものを想定して頂けるとイメージしやすいかと思われます……が。
攻撃は単体・範囲双方可能で、何よりアマンダの攻撃が持つバッドステータスが規格外です。
アマンダの攻撃を食らうと、【炎獄】【苦鳴】【暗闇】【呪い】【呪縛】といったバッドステータスを受ける可能性が高いばかりでなく、攻撃そのものには【復讐500】が付与されており、彼女はダメージが蓄積すればするほど攻撃力を増してきます。
ちなみに、炎は瞬時にダンスホールレベルの部屋をまるまる呑み込んでしまうほどの威力があり、延焼こそしないものの暫くの間その場で燃え続けます。
この炎に包囲されると、炎そのものから受けるダメージに加えて前記バッドステータスの全てを毎ターン食らいます。
なお、学生たちに語った内容から、アマンダはかつて同じ村に住む牧師と恋愛関係にあったものの悲惨な結末を迎え成就しなかったらしいことが伺え、
心を完全に復讐心に支配されている彼女は如何なる説得にも応じることはありません。
●R.O.Oとは
練達三塔主の『Project:IDEA』の産物で、練達ネットワーク上に構築された疑似世界を指します。
練達の悲願を達成するため、混沌世界の『法則』を研究すべく作られた仮想環境ではありますが、原因不明のエラーにより暴走。
情報の自己増殖が発生し、まるでゲームのような世界を構築しています。
更に、暴走の結果ログイン中の『プレイヤー』がこの世界内に閉じ込められるという深刻な状況が発生しています。
R.O.O内の造りは現実の混沌に似ていますが、旅人たちの世界の風景や人物、既に亡き人物が存在するなど、世界のルールを部分的に外れた事象も観測されているようです。
ローレット・イレギュラーズの皆様はログイン装置を介してこの世界に介入し、、閉じ込められた人々の救出や『ゲームクリア』を目指して活動します。
※重要な備考
R.O.Oシナリオにおいては『死亡』判定が容易に行われます。
『死亡』した場合もキャラクターはロストせず、アバターのステータスシートに『デスカウント』が追加される形となります。
現時点においてアバターではないキャラクターに影響はありません。
それでは、皆様のご参加心よりお待ち申し上げております。
Tweet