シナリオ詳細
浮き飴の空
完了
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オープニング
●初夏の訪れ
其の日は稚気な空の天つ神が砂糖菓子を求めるのだと云う。
理由はともあれ、スクロース結合が質量を失うのは確かだ。
丘の上では子供たちが駆け回り、焼き醤油の煙が線香のように漂っている。
硝子のような朱色の金魚。
簪のような藤房に艶やかな石楠花。昼光の色に似た空木の花。
見上げた街の空には硝子細工に似た精巧な造りの飴が風に揺れている。
浮き飴の祭りはおよそ二百年前から続いているのだと、賑わいの中から由来を拾った。
「お前さん、もしや外つ国の旅人かね?」
下街の問屋街をぶらついていた所で全身が白い女性に声をかけられた。
長い煙管を指で回す姿は、遊び人にも気品ある姫のようにも見える。
白髪の女性が仕立ての良い着物の上にへのへのもへじのお面をつけている姿は奇妙だったが、周囲は気にした様子もない。なのでそういう物かと流す。
「はっはっは、これは僥倖だ。突然ですまないがお前さん、ちょいと私に付き合っちゃくれないかね?」
古風な喋りの中に僅かに花の匂いがした。
「見えるか? 齢二百を超える飴細工職人の蜘蛛。近所の子には綿菓子爺、と呼ばれている」
だからと言って、子供のように人様の庭の垣根に隠れる羽目になるとは誰が思うだろうか。剪定されているとは言えツツジの生垣だ。多少はチクチクするし花を目当てに飛んできた蜜蜂が邪魔そうな音をたてている。
「毎年見事な飴細工を仕立てては奉ずるというのに今年は無い。近くの人間に話を聞いてみれば、このところは毎日のように臥せっているという。……寿命だろうね、自然の摂理とは言え何とも惜しいことだ。実を言うとね、私はあの者に贈り物をしたいのさ」
面の裏側でくっくと喉で笑う声がする。
「とは言え眠っている者を起こすのは忍びないだろう? という訳で目についたお前さんに品を選ぶのを手伝って欲しいんだよ。どうだい?」
微睡む蜘蛛は幼い頃の夢を見た。
――ねえ、お姉さん。飴は好き?
――僕は好き。だって甘くて綺麗で幸せになれるもの。
――これ、あげる。だから泣き止んで。ね?
●
「お祭りの日に、空から天つ神と奉納銭が消えたんだって」
本を閉じたカストルは飴のような瞳を微笑みの形にゆるめた。
「事件性が無いか調べて欲しいという依頼が来ているよ」
そして、冒頭に戻る。
- 浮き飴の空完了
- NM名駒米
- 種別ラリー(LN)
- 難易度-
- 冒険終了日時2021年05月16日 21時10分
- 章数1章
- 総採用数5人
- 参加費50RC
第1章
第1章 第1節
「おねーさんの好みはどんなの?」
淡麗辛口? 優しい甘酒?
喉越し爽やかなビール? 木樽の香り漂う洋酒?
麻の葉が刻まれた緋色硝子の御猪口にひたひたと水を満たして、秋宮・史之(p3p002233)は問いかけた。
丘から見下ろす街の景色は小さく、人の流れがよく見える。
「どれでもいいしなんでもいってよ。俺、人を甘やかしたがる癖があるみたいなんだ」
「この私まで甘やかそうと言うのかい? 善哉善哉。何とも豪気な事よ。ならばヨウシュとやらを貰おうかね」
女は御猪口を受け取ると琥珀色の蒸留酒を舐めるように口にした。燻された中に仄かに林檎の甘味。仮面の下で美味いと呟いた一気飲みを、史之は嬉し気に見守っている。
「しかし、何故林檎飴を選んだ? 相手は綿菓子爺だよ」
女の視線は史之の手首に巻き付いた朱紐の先、浮かんだ真っ赤な林檎飴に向いている。これを探して随分街を歩き回った。
「うん、綿菓子も好きだけれど、林檎飴は文字通り中に林檎が入っているでしょう? だから滋養もついていいかなと思ったんだ」
「滋養。そいつは盲点だったね。そうか、滋養……」
感心するように女は呟き、はたと史之の瞳を覗き込むように首を傾げた。
「お前さん、もしかして林檎の精霊かね?」
「え?」
きょとんと赤の瞳を瞬かせ、空になった硝子杯を見下ろして、言われた意味を咀嚼して。
女の勘違いを理解した史之は青東風のようにくすくすと笑った。
成否
成功
第1章 第2節
「探し物のお手伝いね、お任せをくださいな。あのね、でも、ひとつだけ。へのへののあなた、贈り物のお願い事を聞いてもいい?」
「お願い事?」
事情を聞いたポシェティケト・フルートゥフル(p3p001802)は白紫蘭のように問いかけた。声の柔らかさは金平糖に似て、思考は水面のように透明だ。
「そう。蜘蛛おじいさんに元気になって欲しい? それとも、今までありがとう、かしら。教えてもらえたら、きっともっと腕がなるのよ、ワタシ」
「願いなぞ、考えた事もなかったな」
街の中を白が歩く。暫く沈黙した女は詠うように空を仰いだ。
「私の願いは――」
「これは愛らしい」
「ニュー!」
「ふふ。ちっちゃい風船を持っているみたいで可愛い」
きらり、きら。小さな星飴を持ったクララシュシュルカ・ポッケはうふりと小さな両手で口元を押さえた。
「浮飴のお祭り、うきうきして、いいにおいがして、素敵ねえ」
祭りの甘い香りを堪能していた鹿は、そうだわと弾けるように灰真珠の瞳を開いた。
「贈り物、いいにおいのものは、どうかしら。蜘蛛のおじいさんのお好きなにおいは分からないから、あなたがお好きな香り」
どう? と首を傾げたポシェティケトは揺れた空気で女が笑んだ事を知った。
「良い案だね、鹿の子。しかし私の好きな香か。うむ……すまないが、しばし店廻りに付き合っておくれ」
「ふふふ、見つかるといいわね」
私の願いは、あの子に笑ってほしい、だな。
成否
成功
第1章 第3節
「浮き飴の祭りは?」
「お砂糖のにおい」
「砂の妖精は?」
「とろける蜂蜜かしら」
「私は?」
「へのへののあなたは、お花のにおいがするわ」
「愉快愉快! お前さんはさしずめ森だな。森の護りと謡う雪の香だ」
ポシェティケトが芍薬の花弁を萼から外せば、サボンの泡のようにふわり、空へと昇っていく。お月さま色の妖精が宙に浮かんだ淡桃色を口の中に入れると、舌の上でほろりと雪のようにほどけた。
大輪の砂糖花を一輪手にしたポシェティケトは唇に触れた花びらを五月の若芽を摘むようにそっと食む。
「お願い事が『笑って欲しいから』って素敵ねえ」
「そうかい?」
「へのへののあなた、蜘蛛のおじいさんのこと、大好きだったのね」
「内緒だよ、誰にも言わないでおくれ」
「ええ。ワタシたちだけの、秘密ね」
人差し指を唇に当て貝のように口をつぐんで微笑む。
探しているのは、笑ってもらえる笑顔のにおい。
「しかし、見つからぬなぁ」
「きっときっと、見つかるわ」
そうだわ、とポシェティケトは言った。
「においや香りは『聞く』っていうのですってね。音とおんなじ。不思議よねえ」
「溢れるほどに咲いた花を『匂う』と言ったりな。現世の者は時に変わった物の言い方をする……おや、此れは」
蝋を売る屋台の前で女は足を止めた。紅入れ用の貝に薬草や蜜で香りをつけた蝋が入っている。
雨に飴。雲に蜘蛛。匂い空木に天女。台の上には蒔絵貝と香り蝋が華やかに咲いていた。
成否
成功
第1章 第4節
女から付き添いを提案され、ルブラット・メルクライン(p3p009557)は寸秒の時間、思量に耽った。
異変調査の依頼を受けてやって来たものの、世界は平穏そのものだ。異変のいの字も感じない。
これだけ長閑に祭りをやっているのならば事件性があったとしても然程問題は無いだろうと、判定の秤は了承の意に傾きつつある。視認範囲の外で異教の神の身に何が降りかかろうとも、ルブラットのあずかり知る所ではない。
「さて、贈り物の話だったな。貴方と彼との、何か思い出深い品でも渡したらいいのではないかな。彼とは一朝一夕の付き合いではないのだろう?」
「如何して分かった」
「貴方があの者のことを語る声音が、随分と優しく感じたから」
驚く相手の沈黙を幸いと、ルブラットは言葉を続けた。
「死を迎える間際に、友人との穏やかな思い出に浸れるのなら、それに勝るものはないだろう……些か他人任せな答えだったかな?」
「いや、いや。お陰で少しばかり思い出した」
「では一緒に店を見て回ろうか」
己とは別種の、異国の白と共にルブラットは大通りを逍遥した。並ぶ嗜好品の多さに何とも豊かな国だと感想を抱く。
硝子のびいどろに入った蜜柑色のあめんどろ、浮舟最中に入ったの蜜豆。
「私は蜂蜜を使った菓子が欲しいな。貴方も好きに選ぶといい」
「ふはっ! 分かった。それにしてもお前様、そんな顔もするのだな」
不可解そうに揺れた仮面を見て女は笑った。
成否
成功
第1章 第5節
「お姉さん、飴作る、してみれば?」
「つくる?」
カルウェット コーラス(p3p008549)は大きな角をゆっくりと傾げて言葉を紡いだ。
「ボクも、一緒作る、するから」
不安げな女を見上げた桃色の瞳は宝石星のように輝いている。
「物を作るなど開闢以来だが……飴を作れそうな場所には心当たりがある」
そうと決まれば善は急げ。賑わいの中でカルウェットは手を差し出す。
「ほら、お姉さん、はやく、楽しいはあっという間だぞ」
乳白色の棒飴を伸ばして、切って、浮かぶ前にガラス瓶の中に閉じ込めて。蜘蛛を屋号にした店先で披露された職人の手つきにカルウェットと女は「おぉー」と声をあげた。
「そんなに見つめられると照れちまいまさァ」
熱心な観客に若い飴職人は思わずはにかむ。
「お前さんは職人が好きなのかい?」
「ん。ボク、職人さん、好き、する」
こくりと幼子のようにカルウェットは頷いた。
「ものつくる人、すごい、かっこいい。職人さんの手、大きい、あったかい、する」
「うむ、分かる」
「……ひっひー、きっとその綿菓子爺も、優しくて、あったかい手、してるんだな」
綿菓子のようにカルウェットは笑って、さあと切り分けられた飴の欠片を両手に取った。
「お姉さん好きなの、綿菓子爺好きなの、両方作るの! きっと素敵、するぞ」
不恰好な花と蜘蛛、それから紫色の大きな宝石飴。努力の結晶を前にしてカルウェットと女は顔を見合わせ、両手を合わせた。
成否
成功
第1章 第6節
初夏の陽射しのような、きゃらきゃらとした眩しい子供の笑い声が聞こえた。
縁側から吹き抜けた爽やかな薫風が飴と花の香を運び、綿菓子爺と呼ばれている蜘蛛は濁った目を開く。
「おや、起きたかね。雲吉」
縁側に白藤のような髪が座っている。起き上がろうとする蜘蛛を女は留めた。
「申し訳ありませぬ、天つ神様。今年は飴を奉納できませなんだ。どうぞお怒りはこの老骨の命で御収め下さいませ」
「おいおい。飴を納めなかったくらいで怒るほど、私は狭量じゃあないよ」
こほん、と女は咳払いをすると枕の傍へと寄ってきた。着物の裾からパラパラと、林檎飴が、香蝋が、空木の花が、不格好な飴細工が畳の上へと転がり落ちる。
「これは?」
「その辺を歩いていた外つ国の旅人に話を聞いてな。共に選んだり、作ったりした」
「天つ神様ご自身で?」
「おいおい、私だって人らしくできるのだぞ」
ふくれた白面に蜘蛛はくすくすと細やかに笑う。
「もう、大丈夫そうですな」
「うむ。故に今年は、私からお前に贈り物をしよう。二百年に渡る孤独な神への慰め、大儀であった」
「有難き幸せ」
浮くことのない飴。天に座す神の気まぐれは、今に始まったことではない。
「ところで雲吉。先ほど言った、外つ国の旅人たちを此処へ連れてきているんだ。愉快な連中だよ、見ていて実に飽きない。それに私とお前の話が聞きたいという変わり者ばかりだ。付き合ってくれるね?」
長煙管をくるりと回して楽し気に天つ神は笑った。
「勿論ですとも。今宵は賑やかな夜になりそうですな」
それを見て、雲吉もまた小さく笑った。
NMコメント
こんにちは、駒米と申します。
一章完結型のNPC交流兼探し物型ラリーノベルです。
どなたかと共に行動する場合は、冒頭にお名前をお書きください。
NPCと別れて贈り物を探す場合は二行目に「NPC不要」とお書きください。
7日ほどで終了する予定です。
●舞台
豊穣によく似た雰囲気を持つ白壁の町。
妖怪じみた姿の何かが普通に生活しておりイレギュラーズの存在も旅人として受け入れます。
今日はお祭りという事で人や店が多く出ているようです。
飴や砂糖菓子が多く販売されており、風船や虫篭、花の蕾に入れる形で販売されています。
小さな社が建てられた丘の上では、天に飴を奉じる儀式がされています。
●目的
謎の女性と一緒に浮飴の祭りを探索して、綿菓子爺へ渡す品を探します。
本来の依頼は『天つ神の捜索』ですが何故かそちらは既に解決したそうです。
飴や砂糖菓子のたぐいは浮かんでしまうので、買ったら紐で括られます。
手を離さないように、またはすぐに口の中に入れるなど十分にお気をつけください。
●NPC情報
謎の女性。白い着物にへのへのもへじの仮面をつけた飴より酒が好きな女性。
綿菓子爺。1mくらいの灰色の蜘蛛。芸術品のような飴細工を生み出すので人気があった。空木の花が好きらしい。
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