シナリオ詳細
墓穴2つ。或いは、たった1つの冴えたやり方…。
オープニング
●暗い暗い懺悔室
きぃ、と軋んだ音が鳴る。
古い教会。
その片隅にある懺悔室に、何者かが立ち入ったのだ。
シルエットから察するに、線の細い女性であろうか。
その腰元には、刀が下げられているのが分かる。
「で、獲物は?」
紫煙の煙に満ちた小部屋に、ポツリと零れた女の声。
懺悔室の小窓の向こうに座る女ともなれば、シスターと相場は決まっているが、それにしては纏う空気が剣呑だった。
「この小村の地主の妻ですよぉ。名前はサトゥって言うらしいですねぇ」
「へぇ? 地主の方は来る途中にチラと見たが、ありゃ相当に“美味い汁”を啜った顔をしてやがったのだわ」
ガチャ、と。
小窓の向こうで、金属質な音が鳴る。
拳銃のスライドを引いた音のようにも思えた。
「ははぁ? もう接触したんですかぁ?」
「いや。偶然、見かけただけさ。視察だか何だかで、手下どもを引き連れて街を練り歩いてやがった」
「それはそれは……不用心ですねぇ。肉の壁が何枚あっても、死ぬときは死ぬっていうのにねぇ」
「はっ、この村には、怖い辻斬りも来てるらしいしな?」
「おぉ、それはそれは……恐ろしい話ですねぇ」
「まったくだ」
なんて、言って。
声を殺して、2人は笑う。
ひとしきり笑いあった後、刀を下げた人影は告げた。
「依頼人は村に住むとある青年。一体何をやらかしたのか、地主の指示で父親を殺されたようですよぉ?」
「はぁん? 人狩り(マンハント)の真似事か、それとも娯楽の類かね? ま、どちらにせよ、よくある話さ」
「えぇ、その通り。運の無い誰かが、権力者によって殺された。それだけのお話ですものねぇ」
暗くて狭い懺悔室。
小窓の向こうで、マッチを擦る音がした。
ふぅ、と。
新しい煙草に火を着けて、女は紫煙を吸ったのだろう。
数瞬の沈黙。
それから、女は思い出したように言う。
「ってか、地主本人じゃなくてその妻を殺れってのか?」
「そうみたいですよぉ。過程で何人斬ってもいいそうですが、地主だけは殺してくれるな、ときつく言い含められています」
「あー……なるほどな。家族を失う辛さを味わわせてやろうって腹か」
「さぁ、どうでもいいです。興味ありませんのでぇ」
「ま、そりゃそうだな。依頼人の思惑なんざ、探るだけ野暮ってもんさ」
撃って、斬って、言われた誰かを確実に仕留めればいい。
それだけの話。
簡単な依頼だ。
「……ところでぇ、口調が崩れてますよぉ?」
なんて、言って。
刀を下げた影は笑う。
●Do you like tragedy?
「はぁい、ようこそお集りくださいましたぁ」
薄暗い廃教会。
その一室で鏡 (p3p008705)は仄暗い笑顔を浮かべて、そう言った。
胸の前で両手の指を合わせて手を組み、にぃと口角を吊り上げる。
「皆さん、準備はいいですかぁ? 得物の手入れはバッチリですか? 命を奪う覚悟はOK? おやつは300円までですよぉ?」
なんて、冗談めかして笑う鏡の隣では、コルネリア=フライフォーゲル (p3p009315)が手にした地図に視線を落とす。
街の見取り図であろう。
正確に言うのなら、街の一角にある地主の屋敷周辺の地図だ。
「獲物は地主の妻。必ず仕留めることが条件なのだわ」
依頼人は、地主に父親を殺害されたこの村に住む若い男だ。
家族を失った苦しみを、地主に味わわせてやるために彼はターゲットを“地主の妻”と定めた。
「地主の屋敷は3階建て。屋敷の前面にはグラウンドほどの広い庭が備えられているのだわ」
庭にあるのは武器庫と、そして地主の所有する食料、備品を納めた倉庫。
それから、雇われの傭兵たちが暮らす宿舎だ。
また、表の通りから屋敷の様子を伺えないよう、庭には竹が植えられている。
出入り口は正面にしか存在しないうえ、屋敷の後方には断崖がそびえている。
一応、地下下水道は繋がっているようだが、抜けた先が屋敷のどこに出るかは不明。
よほどに疑い深い男なのだろう。
彼の私兵は、どいつも村の外から雇い入れられた者たちばかりだ。
金で雇われただけの傭兵どもなら、万が一村の住人を手にかけることになっても罪悪感なんて感じない。
容赦なく、自分の手を汚さずに不都合な人間を始末するためには、流れの傭兵の方が何かと都合がいいのだろう。
「傭兵の数は10人……と聞いていますねぇ。皆、十字の槍と刀の扱いを得意とする者たちばかり、とのことですが……」
想像していたよりも敵の数は少ない。
傭兵を雇い入れるための費用をケチったのか、それとも腕利きだけを選りすぐったのか。
それは、実際に刃を交えてみれば分かることだろう。
「刺されたり斬られたりすれば【流血】や【体制不利】は避けられそうにないのだわ」
「それにぃ……すこぉしだけ、厄介そうな者もいますねぇ」
傭兵たちの情報に目を通していた鏡は、にぃと口角を吊り上げ愉悦の滲んだ笑みを浮かべた。
「サイゾウ君ですかぁ。彼が傭兵たちのリーダー格とみて、間違いないでしょうねぇ」
村の住人たちから得た情報によれば、件のサイゾウという男は背に大量の竹槍を背負った男のようだ。
また抜き身の十字槍を下げており、それを得物として扱うらしい。
「サイゾウに手打ちにされたって者の遺体を見て来たのだわ。【失血】【ブレイク】【体制不利】を伴う【必殺】の一撃ってところかしら」
一撃。
おそらく、刺突によりその者は首を落とされていた。
コルネリアの見立てでは、かなりの速度と威力を伴う鋭い刺突のようだという。
「まぁ、邪魔をするなら斬ればいいだけの話ですよねぇ。斬って、斬って、屋敷のどこかに監禁されているという地主の妻も斬り捨てて」
それで依頼は達成です。
なんて、言って。
鏡は肩を震わせ笑う。
- 墓穴2つ。或いは、たった1つの冴えたやり方…。完了
- GM名病み月
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2021年05月23日 22時05分
- 参加人数6/6人
- 相談8日
- 参加費150RC
参加者 : 6 人
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参加者一覧(6人)
リプレイ
●悪禍騒乱
キィ、と鼠がひと声鳴いた。
暗闇。
ぴちょん、と滴る水の音。
腐った何かの放つ異臭と、じっとりと湿った空気。
闇夜の中を疾駆する鼠が、見えない何かにぶつかりこけた。
否、それは闇に溶け込むほどにまで気配を消した女であった。
「屋敷の中に出てくれりゃイイんだが、さってどうなっかなー」
口元を覆うマスクに手をあてて『悪しき魔女』極楽院 ことほぎ(p3p002087)はそう呟く。壁に当てた手の平に伝う、どろりとした不快な感触に顔を顰めずにはいられない。
「可愛く綺麗なフォウリーちゃんの初仕事なのに暗ーい臭ーい道から潜入なんてー汚いし臭いが付いちゃうじゃない」
「……あんた、よくこんな場所でキャンディなんて舐めてられるわね?」
くるくると。
手の平の中で拳銃を回し『Disaster girl』フォウリー(p3p009811)はぶつぶつ文句を垂れる。暗がりの中、呆れた視線をフォウリーへ向けて、ことほぎは深いため息を零した。
目的地である地主の屋敷へ侵入するためとはいえど、長い時間を臭くて暗い下水道で過ごす趣味はことほぎにだってありはしない。
実のところ、フォウリーの文句にも強い共感を抱くものである。
かくして、処刑人たちは地下を抜けて地上へ至る。
『胡乱な渡り鳥』東雲・リヒト・斑鳩(p3p001144)の放った【ファミリアー】の鼠が1匹、通路の奥へ駆けていく。
それを見送り、斑鳩は周囲の様子をぐるりと見まわした。
「いやぁこれはまた、恨みのある当人ではなくその周りを害そうだなんて随分と陰湿な……」
「えぇ、えぇ。とはいえ、よくある話ですよね。こういう類のものって。誰かによって誰かの親しい人が殺められるなんて」
斑鳩の言葉に同意を示すモノトーンの麗人、『《Seven of Cups》』ノワール・G・白鷺(p3p009316)は、仄暗い笑みを浮かべて告げる。
「ああ、よくある話だね。それに、仕事なんだし別に気に入らないとかではないとも。ただまあ、随分とまた……手緩いねぇ」
眼鏡を押し上げ、薄く微笑む斑鳩は鼠を追って歩み始めた。
その後に続く処刑人たちの背を眺め、ノワールは肩を竦めてみせる。
「故に。別に一つ二つ似た様な悲劇が増えても、誰も特に何も思いませんよね? よくある話ですから」
なんて、言って。
音もたてずに1歩を踏み出すその足元で、彼女の影が不気味に踊るのであった。
屋敷1階。
地下水道は、食堂と浴室の間に配置されたボイラー室らしき場所へと通じていたらしい。
そっと、気配を消して通路へ顔を覗かせたのはことほぎだった。
視線の先には、斑鳩の放った鼠の姿。
「人の姿は見えねぇけど」
「いや。通りの角から1人、兵士らしき男が来るね」
どうする? と、斑鳩は問うた。
斑鳩とことほぎの視線を受けて『慈悪の天秤』コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)は愛用のガトリングを持ち上げた。
身に纏うシスター服。似つかわしくない凶悪な笑み。
取り出した煙草を唇に挟み、彼女は告げる。
「さっさと探して処理してぇとこだが戦闘は避けられそうにないわねぇ……しゃあない、敵の惹き付けは此方に任して貰おうか」
どちらにせよ、ターゲットである地主の妻を捜索する過程で、接敵は避けられないだろう。
ならば、ここで派手に好戦し見張りを引き付ける方が良いと、コルネリアはそう判断したのだ。
確認のためにと視線を鏡(p3p008705)へ向けたところ、頷きが1つ返ってきた。
「では、ここからは2手に分かれるということで……ぁそうだ、依頼人の名前って言いましたっけ? 彼の名前はぁ、ルーベンスくんですよぉ」
どうでもいい情報ですが、と。
それだけ言って、鏡は廊下へ踏み出した。
ギぃ、と床板の軋む音。
薄暗がりの中、奔る白銀の一閃が、壁にかかった燭台の火を掻き消した。
●助災招悪
暗い廊下に轟く銃声。
夜闇を切り裂く、爆ぜた火薬の橙の華。
轟音と闇に身を潜ませて、廊下を疾駆する影が3つ。
「前衛やれる面子が少ねェんだよな今回……とっとと殺してちゃっちゃと退散してェトコ」
「鏡さんとコルネリアさん、あとフォウリーさんだっけ? 戦闘は彼女たちに任せとけばまぁ何とかなるでしょ」
「ですねぇ。っていうか、そもそも私、肉体労働派の戦闘要員じゃあないですからねぇ」
軽薄な笑みを浮かべたことほぎ、斑鳩、ノワールの3人は急ぎ足でその場を去った。
銃声や悲鳴を聞きつけて、じきに警備の兵隊たちが1階へ集まって来るだろう。そうなれば、右も左も分からぬ混戦となることは必至。
その前に、2階へと移動する心算である。
けれど、何事もそう都合よくは進まないもの。階段に足をかけたところで、2階から降りてくる2人の兵士の姿が見えた。
銃声を聞きつけ、様子を見るために降りて来たのだ。
今更後退するわけにもいかず、ノワールは重たいため息を零す。
「ですから私、肉体労働派の戦闘要員じゃあないんですってば」
兵士たちが槍を構えた。
うち1人は進路を塞ぐよう踊り場に残り、もう1人は槍を構えて一足飛びに階段を駆け下りて来た。互いに短く言葉を交わしただけで、それぞれの行動を決定したのだ。同じ部隊に所属しているだけあって、それなりに連携は取れているらしい。
「っ……速」
駆ける勢いそのままに、兵が槍を突き出した。
十字の槍がノワールの脇腹を抉る。一方、ノワールは腕を素早く一閃させると、白い波動を兵の顔面へとぶつける。
一瞬、暗い景色が白に染まった。
光の当たった顔面には、びっしりと霜が張り付いている。視界を塞がれ、身体は凍り、動けなくなった兵士の肩を斑鳩が掴んだ。
その隙に、とことほぎは踊り場へ向け駆けていく。
「そっちはお願いしますねぇ」
「了解。いやぁ私の仕事少なくていいね万歳。一才万事、常に全てがこういう感じならいいのにねぇ」
斑鳩は兵士の身体を後方へ向けて放り投げた。
後方では今もコルネリアやフォウリーが銃弾をばらまいている。その中に身動きの出来ない兵を投げ込めば……結果がどうなるかは明白であった。
短い悲鳴と濁った水音。
重たい何かが倒れた音。
「2階から降りてくる兵はもういないみたいだよ」
ファミリアーにて得た情報を短く伝える斑鳩へ、ことほぎが1つ頷きを返す。
片手にゆるく握った煙管の吸い口へ唇を寄せ、すぅと紫煙を吸い込んだ。
吐息と共に吐き出す煙に魔力が宿る。
形成された煙の魔弾。
放たれたそれを弾き飛ばすべく、兵は腰の刀を抜く。狭い階段の踊り場では十全に槍を振るえないと判断したのだ。
しかし、遅い。
魔弾はまっすぐ兵士の喉を撃ち抜くと、刹那のうちにその思考をじくりと侵した。
「あ……ま、魔女」
「ご名答。そら、下に行っときな。お前らとやりあってたら、命が幾つあっても足りねェんだよ!」
ことほぎは兵士の身体を階段から突き落とすと、もはやそちらを一瞥さえせず2階へ向けて駆けていく。
銃声。
暗闇の中で火花が散った。
血と硝煙の臭いに満ちた廊下には、焦げた匂いが充満している。
「さぁ派手に行こうか! 身体に穴空けたくなきゃすっこんでなぁ!」
穴だらけの壁、床、砕けた窓。
惨状を作り上げたのは、ガトリングを腰に構えたシスターだった。
「やった♪ 楽しいバレットタイムの始まりね☆」
通路の角から顔を覗かす兵士へ向けて、フォウリーは銃口を差し向ける。その紫の瞳に映る男の額へしっかりと狙いを定めると、トリガーをそっと引き絞った。
フォウリーの華奢な腕がへし折れるのではないかと思われるほどに、大きな音が鳴り響く。大口径の鉛弾が撃ち出されれば、立ち込める埃に円形の穴を開けて空を疾駆した。
狙い違わず、弾丸は兵の額を穿つ。
その、はずだった。
「あれ?」
カキン、と高い音がして、暗闇の中を十字の槍が一閃する。
フォウリーの弾丸を払いのけたのは、竹槍を背負った男であった。
「どうして家族が幸せに暮らせなかったのか。とても興味深いですが、そんな気の多い事言ってられませんよねぇ……サイゾウくん、貴方がいるなら」
「ん? あのボスっぽいのは鏡ちゃん欲しい?」
「えぇ、えぇ。私、勝ち逃げされるの嫌いなんですよぉ」
「そっか。良いよー行ってらっしゃーい☆」
1歩、2歩と廊下を進むサイゾウの前に、鏡はその姿を晒した。
サイゾウは、鏡の姿を視認すると歩を止め、視線を窓の外へと僅かに揺らす。
言葉は不要、ということか。
廊下から、庭へと出ていく2人の姿を見送ってコルネリアはくっくと肩を揺らして笑う。
「あっちもこっちもごたついてるねぇ。げに恐ろしきは人の業……まぁアタシにゃ関係無い、飯と酒の為に今日も撃つだけね」
「そうね。私とコルネリアちゃんは、あっちのおにーさん達と遊ぼうね♪」
庭へ出て行った鏡やサイゾウと入れ替わるように、そちらからも数名の兵士が廊下へと姿を現した。
先行した仲間たちが、少しでも仕事をしやすくなれば幸いと、コルネリアは空になった弾帯を装填しなおした。
弾幕が失せた隙を突くべく、1人の兵が廊下へ駆けだす。
構えた槍の切っ先に、月の光が反射した。
一瞬、光を浴びて暗闇に浮かぶ男の顔へ、フォウリーは躊躇いなく銃口を向ける。
銃声は1つ。
撃ち出された弾丸は、男の額を撃ち抜いて、その後頭部を砕き散らした。
ゆらり、と。
空気が揺らぐ。
頬を撫でる柔らかな風。
咄嗟に身を傾げたサイゾウの頬を、見えない何かが斬り裂いた。
否、それは目にも止まらぬ速さで放たれた居合。
チャキ、と鍔が揺れる音。
顔から首を血で濡らしたサイゾウは、油断なく槍を構えなおす。
見れば、鏡の胸元にも深い裂傷が刻まれていた。
刹那の攻防は痛み分けに終わったようだ。
「今日はもう、あなただけに集中します、浮気はしません」
「いいのか? お仲間は今頃、俺の部下たちに討たれているかもしれんぞ。あいつらも、歴戦の傭兵だからな」
「あぁ、問題ありませんよぉ。私、コルネリアちゃん達の事信用してるんでぇ」
細い指を刀の柄に添え、鏡は口角を吊り上げた。
サイゾウもまた、背負った竹槍をその場に落とし槍を握る手を内へと捻る。
一陣。
風が吹き抜ける。
鏡の首にチリチリとした痛みが走った。それは明確な死の気配。長く戦場に身を置いていれば、時々そういう感覚を覚える時がある。
ある種の未来予知と言ってもいいだろうか。
次の瞬間、自身の命を奪う何かが迫り来る気配。
●悪因悪禍
身体中を鉛弾に射貫かれながら、その男はフォウリーの眼前にまで辿り着いた。
槍はへし折れ、鎧は砕け、しかし血に濡れた手に握った刀だけは離さない。
「え、やば」
構えた銃の引き金を引けば、ガチと弾の詰まった感触。
頬を引き攣らせたフォウリーの胸部を刀が斬り裂く。飛び散った鮮血が、金の髪を朱に濡らした。
「ちょ、やばっ……」
血だまりの中に倒れ込んだフォウリーは、這うようにしてコルネリアの背後へと逃げた。
顔を血で濡らした兵が、刀を振り上げその後を追う。
「ちっ、フォウリー! さっさとリロードを終わらせな!!」
ガトリングを体の前に掲げることで、コルネリアは振り下ろされた刀の一撃を受け止めた。ギシ、と銃身の軋む音。否応なしに弾幕が止まったその隙に、通路の先から兵士たちが駆けてくる。
「うー、コルネリアちゃん盾にしてごめーんネ♪」
「何でもいいから撃って!」
リロードを終えたフォウリーは、兵の胸部へ向けて発砲。
倒れた兵のその影から、突き出された槍が銃を握ったフォウリーの手首から肩にかけてを斬り裂いた。先行した兵の影に隠れるように、別の兵がすぐそこにまで迫っていたのだ。
「っ……結構強いよ、おにーさん達。鏡ちゃん、やばいんじゃないの?」
「いや、鏡の方は問題ねぇよ」
「んん? 即答? まるで見て来たように言うのね?」
「見なくても分かる。アタシはあいつのことをよぉく“知ってる”のさ」
兵の振るった槍で頭部を殴られながら、コルネリアはその腹へ向け前蹴りを叩き込んで無理矢理に距離を引き離す。
兵が姿勢を立て直すより一瞬早く、その顔面へガトリングの銃口を押し付けた。
屋敷3階の1室で、その男は待っていた。
広い部屋の中央に置かれた重厚なデスク。腰かけるのは、グレーの髪に、痩せた頬、神経質そうな鋭い眼光の細い男だ。
彼がこの屋敷の主にして、辺り一帯を治める地主だ。
「やあ、どうも初めましてだねぇご当主。突然ですが我ら一同、奥方のお命頂戴しに参りました」
地主の眼前に立っているのは、銀の髪をした痩身の男だ。
手にした薬瓶を顔の高さでちゃぷんと揺らし、うっすらとした笑みを浮かべて地主を見つめるその立ち振る舞いは、酷く場違いな印象さえもを醸している。
階下から聞こえる怒声や銃声。
血と硝煙の臭いが燻る中でさえ、まるで平時のような態度で、世間話でもするかのような調子でもって斑鳩は地主へ語り掛けるのだ。
「それが目的か? 私の屋敷で馬鹿騒ぎを起こしてくれたな。まったく、迷惑な話だ」
「おや? 冷静だね。奥方を殺すと言っているのに、感想はそれだけかい?」
「……辞めてくれと頼めば、辞めてくれるのか?」
「いいや。それは無理だねぇ。こっちも仕事なんだ。あぁ、依頼人を知りたいかい?」
「どうでもいいことだな。両手の指では足りないほどに恨みを買っている自覚はある」
椅子の背もたれに背を預け、地主の男は天井を仰ぐ。
暫しの沈黙の後、吐き出すように男は言った。
「私も殺すのか?」
「まさか。些か手緩いとは思うのだけどねぇ……貴方を殺すことはしないよ」
なんて、答えを返して斑鳩は部屋の扉に背を預けた。
3階。
最奥の部屋が地主の妻、サトゥの自室だ。
彼女は軟禁状態にあったらしく、部屋の扉には大きな錠が幾つもかけられていた。
もっとも、その鍵も今は壊され床に転がっているのだが。
鍵を壊し、部屋へと踏み込んだことほぎとノワールは、そこで痩せた女に出会う。
長く伸びた金の髪。
透き通るような白い肌。
どこか憂いを孕んだ眼差し。
仕立ての良い寝巻に身を包んだ彼女は、侵入者である2人へと胡乱な視線を向けている。
「誰? あの人が雇った傭兵さんかしら?」
「残念ながら、私たちは“殺し屋”……ですかね。貴女の旦那さんは、どうやら誰かの恨みを買ったようですよ?」
「……そう」
「おや? 驚いたり、騒いだりしないんですか?」
「いつかこんな日が来るとは思っていたわ。それに、あの人に恨みを抱いているというのなら、私だって……」
ノワールの問いに応えを返すサトゥの視線は、自身の足元へ向いていた。
胸から下げたロケットをきつくその手で握りしめ、彼女は肩を震わせている。
「まぁ、どういう事情があるのかは知らねぇが……遺言ぐらい聞いてやってもいいぜ?」
煙管を口に付けながら、ことほぎはそう言葉を投げる。
燻る紫煙を吐息でそっと掻き消して、冷たい視線をサトゥへ向けた。
暫しの間、黙り込んでいたサトゥは、意を決したように語り始めた。
「子供を昔、捨てました。愛した人との周囲から望まれぬ子を。愛せぬ人との周囲から望まれた婚姻の為に」
サトゥの身体に紫煙が巻き付く。サトゥは首からロケットを外すと、それを放った。受け取ったノワールは、ロケットを開き納められた写真を見やる。
「もし、あの子にあったら伝えてほしいわ。母は貴方を愛していたと」
「……お子さんの名前は?」
「……ルーベンス」
腰を落とし、刀の柄に手を添える。
槍が脇を貫いた。
問題ない。
呼吸を深くし、心を鋭く研ぎ澄ます。
旋回する十字の槍が胸部を裂いた。
問題ない。
踏み込みと同時に突き出された槍を、紙一重で回避する。
回避しきれず、肩を裂かれた。
問題ない。
1歩、鏡は前へ踏み込む。
サイゾウとの距離が縮まった。
サイゾウは槍を手放すと、腰の刀へ手を伸ばす。
問題ない。
肉薄してしまえば、鏡の居合の方が速い。
チリ、と微かな音が鳴る。
鞘の内を、刃が擦った音だった。
これでいい。
速い方が命を奪う。
サイゾウと鏡、2人の身体が交差した。
静寂。
鏡の腰から血が噴いた。
血だまりの中に膝を突いた鏡の背後で、サイゾウの身体が崩れ落ちる。ゴトン、と重たい音を立てて、その首は地面に転がった。
「ふぅ……さて、他の皆さんは」
頬に付いた血もそのままに、鏡は屋敷の方を見やった。
直後、屋敷の窓を砕いてコルネリアとフォウリーが飛び出してくる。ぐったりとしたフォウリーを、コルネリアが引きずっていた。
「鏡っ! 撤退よ! さっさとずらかるわよ!」
「はぁ……いやー、逃げるのも疲れますね中々」
追いかけてくる兵たちへ、足止めを仕掛けながらノワール、ことほぎ、斑鳩が続く。
残る兵は4人程度とごく少数だが、任務を達成した以上無理に交戦する必要はない。
「仕事は終わりましたか?」
「もちろん。証拠もこっちに」
ノワールの手にはロケットが握られていた。
サトゥの遺品、ということになるだろうか。
逃げ去っていくイレギュラーズの後ろ姿を、地主の男は自室の窓から見下ろしていた。
暗い部屋で、彼が今、どんな表情を浮かべているかは分からない。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
ターゲットの殺害は無事になされました。
無事に依頼は成功です。
この度は、シナリオリクエストありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●注意事項
この依頼は『悪属性依頼』です。
成功した場合、『幻想』における名声がマイナスされます。
又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。
●ミッション
地主の妻の殺害
●ターゲット
・地主の妻、サトゥ×1
屋敷のどこかに監禁状態にある地主の妻。
街の住人の話では、線が細く、いつも暗い顔をしていたという。
また、地主の屋敷に出入りする商人曰く、ここしばらくは特に体調が優れないようだ。
彼女を殺害することが、今回の依頼の目的となる。
・サイゾウ×1
軽鎧に身を包んだ槍使い。
地主が外部から雇った歴戦の傭兵らしい。
背に負った無数の竹槍と、手にした十字槍を武器として扱うなど、接近戦を得意とする。
一刺必殺:物単近に特大ダメージ、失血、ブレイク、必殺
サイゾウ渾身の槍術。
サイゾウ流・竹槍の檻:物中範に中ダメージ、体制不利
背負った竹槍を無数にバラまく。
・槍兵部隊×9
地主に雇われた流浪の傭兵部隊。
胸や脚、額などを覆う革鎧に腰に下げた刀。
そして十字の槍を得物として扱う。
傭兵にしては珍しく、連携よりも個々の武技を強みとしているようだ。
傭兵の武技:物近単に大ダメージ、流血、体勢不利
槍で突く、刀で斬る、脚で蹴るなど、急所を狙った何でもありの猛攻。
・地主の男
初老の男性。
村を治める地主である。
眼鏡をかけた痩身の男。
どこか暗い瞳が特徴。
●フィールド
地主の屋敷。
正面入り口をくぐると竹林が広がっている。
抜けた先には前庭。
庭の左右には武器庫、食糧庫、傭兵宿舎が建てられている。
また、庭の各所にも竹が植えられているが、身を隠すには足りない程度の本数。
屋敷は3階建て。屋敷の後方は断崖となっている。
地下下水道が存在するが、屋敷のどこに抜けられるかは不明。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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