PandoraPartyProject

シナリオ詳細

ゴブリンの王

完了

参加者 : 9 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

⚫︎悲運だった事
 それは、酷い偶然から起こった運命だった。
 〝彼〟は生まれを知らなかったが、山奥に住む老夫婦の下で育てられた。
 老夫婦は〝彼〟を我が子のように育て、愛情を注ぎ、〝彼〟はそれに応えるかのように立派に育つ事が出来た。
 老爺はかつてゼシュテル鉄帝国で兵士をしていたとよく話し、やがて逞しく育った〝彼〟に剣を教えた。
 老女はかつて森の民であったのだと夜毎に枕元で伝え話し、やがて聡明に育った〝彼〟に魔法を教えた。
 全ては彼等老夫婦が、何らかの過去から深い愛情を〝彼〟に注いだ事で始まり、決して有り得ない筈だった運命の歯車を動かしてしまう。
 悲運だったとしか言いようが無いのは、誰も悪くなかったという事だけである。

⚫︎歯車の残酷な名
 ある雨の日。〝彼〟の愛する老爺がその天命を全うした。
 信じ難い現実に〝彼〟は涙を流すしかなく、そしてその日は偶然にも家である山小屋に物資が届く日だった。
 月に一度の行商から卸される物資は生活に必要な用品が殆どである。
 それまで老爺が山の麓まで取りに降りていたのを、〝彼〟が行う事になったのだ。
 老女は〝彼〟にどうか頼むと伝え、雨の中駆ける愛息子の為に緋色のマントを被せた。
 かつての夫を思い出して涙を流す彼女に〝彼〟は優しく慰め、山を降りて行った。
 そうして半日経ち、〝彼〟が物資を背に山小屋に戻って来た時。雨は更に激しさを増していた。
 
 ───激しい雨にも関わらず、濃い血の臭いに〝彼〟は気付いてしまった。

 『馬鹿な、この山奥に手負いの獣が?』そう思う〝彼〟の手は思わず震えた。
 何故だか分かっていたのだ、知っているのだ。
 どれだけ頭の中で否定しようと知っている。初めて嗅いだ血の臭いが、どんな生き物が流す物なのか。
 〝彼〟は壊された小屋の扉を避けて、中へと入って行った。
 大切にしていた老爺の植木鉢が粉々に割れ、三人で囲んでいた食卓が壊されている。
 そして、声ならぬ声を〝彼〟は聴いた。
 老女は〝彼〟と同じ肌と、同じ濁った瞳を持った小人達に殺されていた。狂犬に振り回され壊された人形のような姿で。
 嗚呼。しかしそれは些末な事だった。
 重要なのは〝彼〟が己の正体を知ってしまい、そして〝彼〟は余りにも老夫婦の愛情を受けて優しさと正義感に満ちていた事だった。
 悲運の歯車は〝彼〟に名を与えた。幼い日に一度は疑問に思った、『正体』という名。
 老女を殺した周りの緑肌の小鬼達は下卑た笑い声を上げながら、敬服と畏怖、或いは焦燥と安堵の意を含んだ言葉を紡いだ。

───「GOOBBBLOOOORDDDD!! (お迎えに上がりました、我等がロードよ!!)」

⚫︎ゴブリンの王
 さて、と。卓を囲むイレギュラーズ達に『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)が地図を広げて見せた。
「ゴブリン退治なのですよ! 依頼者は山奥に住むゼファー・クリステンさん、
 この方は山奥に鉄騎種の旦那さんと住む老夫妻でして、山の麓を通る行商人の方も覚えがある方です。
 そこで、今回皆さんに討伐して頂くのはゴブリン達の住処へ侵入し、殲滅して貰いたいのです!」
 ユリーカによればゴブリン達の規模はここ数ヶ月で約三十を越える物になっているらしく、統率が取れ非常に厄介な集団となっているのだという。
 これまでの被害としては街を四つに犠牲者が八千人……と言ったところでユリーカにイレギュラーズの一人が首を傾げた。
「……なにかのジョークか?」
「依頼人は恐らく大真面目に嘘をついてるのです」
 ユリーカはトン、と卓に手紙の封筒を置いた。差出人の名は依頼者と同じ名だった。
「罠の可能性を思い、実は今回ショウさんやプルーさん達に情報を集めて貰ったのです。
 被害に関する事は完全な嘘でしたが、ゴブリン達の住処の位置と周辺の状況、またゴブリン達の生態に至るまで全て情報精度Aクラスの裏が取れたのです」
 そして、と。ユリーカは続けた。
「本来の依頼人である、ゼファーさんが亡くなっている事も判明しました。数ヶ月前に。
 ですが前金まで添えての依頼なのです、ゴブリンの住処に関して言えるのは中に入らなければ分からないという事だけなのです……
 ……気をつけて下さい皆さん。恐らくこのゴブリン討伐依頼には何かあるのです。多分!」
 真剣な表情のユリーカは手紙の封筒の中から数枚の折り畳まれた紙を出した。
「ここにゴブリン達の情報が記されているのです。確認もできている個体から未確認の個体、ゴブリンロードについても記されているのです」
 ゴブリンロード。
 その名が意味するのは君主、王か。まさかゴブリンの王が現れたとでも言うのか。
「今回の討伐対象となるゴブリンは装備がとても揃えられた、これまでとは少し注意が必要な相手なのです。
 特に依頼人の話にあるゴブリンロードは基礎格闘から応用技、魔法を幾つか使える強敵。気をつけて下さいなのです!」

GMコメント

⚫︎情報精度B
 謎の依頼人から送られたデータは全て間違い無く、
 ゴブリン達の生態という細かな内容からして以下情報の通りであると情報屋一同の判断がされています。
 しかし不明な点が多いのも事実なのでBとなっています。

⚫︎依頼達成条件
 ゴブリン達の掃討、全滅。
 囚われている人間の救助。

⚫︎依頼内容・ロケーション
 情報を基に、近隣の山から集まったゴブリン達の掃討を依頼されています。
 ロケーションとなる場所はバルツァーレク領側にある辺境郊外、元は鉱山だったと思われる山の内部に作られたゴブリン達の巣です。
 ゴブリン達は日中は必ず山の北側と南側の2ヶ所ある出入口に4体ずつ見張りを立てているようです。
 しかし夜間なら見張りや巡回はありません。
 山の内部はどちらの入り口から入っても中央部にある地下坑道へ繋がっている一本道の為、不意打ちに警戒は要らないでしょう。
 定期巡回のゴブリンや、時間帯によっては見張りの交代に来るゴブリンが現れる可能性があります。(夜間は無し)
 そして中央部の地下坑道にはゴブリン達が三つの空間を作っており、いずれも多数のゴブリンが居ます。
 
 手前に【牢屋】、後部に【寝床】、最奥部に【玉座】となります。
 【牢屋】内には複数の人間種の女性が囚われている為、これを救助して下さい。彼女達の周りには非武装のゴブリンが10体ほどいるでしょうが後衛職でも殴り勝てる相手です。
 【寝床】では無防備なゴブリン達が昼間ならば眠っています、恐らく忍び足に該当するスキルや能力、行動によって気付かれずに10体以上のゴブリンを屠れるでしょう。
 夜間の場合は全員起きているので狭い坑道内で正面から集団戦となります。
 【玉座】にはゴブリンロードなる特殊個体が昼夜問わず10体前後のゴブリンと共に待ち構えているようです。
 ゴブリンロードだろうと、ゴブリンならば全てこれを鏖殺して下さい。

⚫︎ゴブリン
 緑肌のハーモニアに似た尖った長耳、下卑た鳴き声と小柄な種族で知られる『モンスター』の類。強い光に弱い事で知られる影の魔物。
 その数は37体、いずれも【牢屋】で非武装のゴブリンを除けば全員短剣やレザーアーマーを着た統率が取れた個体です。
 恐らくはゴブリンロードの存在が関係するのでしょうが、未確認の個体による影響を考察しても結論は出ないでしょう。総て撃破して下さい。

⚫︎ゴブリンロード
 未確認の個体ですが依頼人からの情報を鵜呑みにするならば巨躯(3m)の隆々とした体格の異常個体のゴブリンです。
 相手は決死の覚悟でイレギュラーズに戦いを挑むようです、一切の容赦無く倒して下さい。依頼人はそれを望んでいるのは確かなようです。
 体格を活かした『格闘』『組み技』、また剣術の心得もあるのか『一刀両断』『絢爛舞刀』といった技に並び、『ライトヒール』『戦闘続行』といった魔法も扱えるとの事です。
 総合して見ればイレギュラーズに匹敵する敵ですが、ゴブリンとして考えるならホブゴブリンやゴブリンリーダーといった個体と同系統と思われます。
 強敵ですが倒せる相手の筈です、ゴブリンですから。
 装備は二刀のロングソードに簡素な鎧、多少の炎耐性を持ったマントを有しています。

※ プレイングにアドリブ可の記述があるか、ステータスシートの通信欄にてアドリブ可の記載があるとリプレイ時の描写が広がります。

 以上情報

 ちくわブです。
 宜しくお願いします。
 今回のオープニングで何回ゴブリンという単語が出たか数えてみましょう。

 それでは健闘を祈りますイレギュラーズの皆様。

  • ゴブリンの王完了
  • GM名ちくわブレード(休止中)
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2018年07月01日 21時05分
  • 参加人数9/9人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 9 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(9人)

ラノール・メルカノワ(p3p000045)
夜のとなり
Suvia=Westbury(p3p000114)
子連れ紅茶マイスター
巡理 リイン(p3p000831)
円環の導手
刀根・白盾・灰(p3p001260)
煙草二十本男
コゼット(p3p002755)
ひだまりうさぎ
秋空 輪廻(p3p004212)
かっこ(´・ω・`)いい
ノブマサ・サナダ(p3p004279)
赤備
シュリエ(p3p004298)
リグレットドール
星影 霧玄(p3p004883)
二重旋律

リプレイ

●夜明けから逃れる者達
「ごーぶごぶごぶ。ごぶぶごぶ。……暇で寝そうにゃ」
「寝ては駄目ですぞ……?」
 『屑鉄卿』刀根・白盾・灰(p3p001260)が猫耳を伏せて眠そうにしていた『リグレットドール』シュリエ(p3p004298)の肩をポンポンする。
「夜通しの待ち伏せだったからな、眠気を覚えるのも無理はない」
「うん、わかる。俺も眠いもん」
 『砂狼の傭兵』ラノール・メルカノワ(p3p000045)と『二重旋律』星影 霧玄(p3p004883)はそれぞれ声を潜めている。
 ラノール達が身を潜める位置から直ぐ近くに、放棄されて久しい縄梯子と地下へ続く穴が一つ。籠った臭いはかつて炭鉱夫達が流した汗か、それとも坑道が崩れる事を防ぐ為に使用されていた薬品の物か。
「それにしても、既に亡くなられていた方名義の依頼だなんて。実際にローレットに討伐依頼をした、とことんゴブリンに詳しい依頼主さんって、一体……?」
「なんか、情報が多すぎて、怪しい、ね。これ、巣のゴブリンが、裏切ったの、かな」
  薄氷のナイフに着いていた血を落とそうと足元で静かに刀身を砕きながら『孤兎』コゼット(p3p002755)は小首を傾げる。
 彼女の背後にいる『円環の導手』巡理 リイン(p3p000831)も同じく、自身の鎌を刃に付着した血を拭っていた。
 彼女達はラノール達と同じく、既に四体のゴブリンを仕留めていたのだ。夜中から待ち伏せ、夜明け間近に見張りとして来た者を一斉に襲い、その後鉱山反対側の入り口にやって来たゴブリン達を倒したのである。
 謎の依頼人が出した情報は概ね間違いない。となれば当初の計画通り進めるだけだ、見張りが夜明け前ならば恐らく定期巡回と交代役は夜明け後に来るのが『人間のセオリー』である。
「わたしは茶葉代金が手に入ればいいので、依頼に裏があるとかその辺は気にいたしません。要するにゴブリンの巣を大掃除すればいいのですよね」
 暇なのか、或いは彼女なりの懸念からか、『年中ティータイム』Suvia=Westbury(p3p000114)はゴブリンの死体を外へ片付けて来ていた。
 その様子にコゼットは「ありがとう」と短く伝えて、頭の黒兎耳がぴん、と立った。
「来た、みたい」
 対岸のラノールも気が付いたらしい。一同に微かに緊張が走る。
────「GOBB……」
 眠気眼のゴブリンが三体。
「シ……ッ!」
「GUAッ……~~!!」
 瞬間、梯子を上って来たばかりのゴブリンに音も無く踏み込み、喉元めがけ振り抜かれる戦斧。
 反射的に背後の穴へ落ちないように踏ん張ってしまったそれは容易く刃を受け入れ、鮮やかな血潮を撒いてその場に崩れ落ちた。
「!!」
 隣で欠伸をしていたゴブリンが懐から何かを出そうとしながら息を吸い込む。しかし彼等もまた結末は等しく、 『赤備』ノブマサ・サナダ(p3p004279)の脇を駆け抜けたコゼットの振るう鎌に頭を割られる。
 返り血に片目を瞑りながらコゼットが見上げた先では秋空 輪廻(p3p004212)に喉を踏まれシュリエの掌を打ち込まれたゴブリンが大量に吐血したまま絶命していた。
「これで。後は暫くして来る見張りの交代役だけかしら?」
 輪廻の言葉に全員が肯定の意を示す。
「なら、行くか」
 地下坑道へと続く穴の周囲にそれぞれが集まると、最小限の灯りと共に降りて行く。
 外では遂に夜明けを迎えて日差しが射し込んで来たのか、彼等の最後尾を行く者はその背中に陽の温かさを感じながらも闇の中へ向かう行為に不思議な気持ちとなっただろう。
 まるで、夜明けから逃げているようだ……と。

●ゴブリンの巣
 地下坑道を掘っていたのは何処かの貴族だったのか、あちこちに紋章の入った鶴嘴や看板が捨て置かれたままになっていた。
「これは……どこかで見た様な気がしますな、故郷で一度見たような……」
 道中のそれを覗き込んだ灰がそんな事を言う。
 依頼人が渡して来た情報は、知り得ない物を知っている域の代物。もっと内部の詳細が描かれていなかったのはつまり。
「ここに来たばかりなのかな」
「……」
「大丈夫ですか? コゼットさん」
「ちょっと、雑音がひどいだけ……」
 コゼットの『ギフト:ノイズ』は自身や味方への悪意を雑音として聴き取る事が出来る。最大でも聞き取りに大きな障害は無いが、それでも雑音。耳障りには変わらない。
(これは、一人や二人から発されてる音じゃない。全体が私達に悪意を、ゴブリンが?)
「皆さん、これを」
 地上の光が届かない暗闇を最小限の光量で進む彼等が、途中で道が二手に分かれている事に冒険の心得を持ったノブマサが気付けたのは幸運だった。
「一本道じゃないのは幸いだな。こっちの道からは近くで生臭い匂いと……香水の香り、女だな。微かだがそれらしい声も聞こえる」
 ラノールも耳を忙しなく動かしながら、自身の嗅覚でその先が暗に情報にあった【牢屋】であると告げた。
「では私の出番ですかな」
 ゆっくりと通路の奥にいる者達に悟られぬように、灰が先に出て行った。

 生臭い。牢の中で怯える少女はただひたすらにそう思った。
(おかしい……ゴブリンってこんなに凶悪なの? 怖いよぉ……っ)
「GORBRRR」
 肉を貪り食いながら牢の少女を眺めてニンマリと笑うゴブリン。その姿はまるで品定めでもしているかの様で、何より手に持つ動物の足がより恐怖を煽った。
 まさかゴブリンが人を食うのだろうか? そんな事を連想してしまった彼女は足の震えも止まらずにただ蹲る事しか出来なかった。
「コンコンコーン、パーティ会場はこっちでしたかな? おっと、良いの食べてる。俺にも霜降りのステーキとか欲しいですぜ、ところで飛び入り参加はありですかな?」
 壁際に肘着いてニヒルな笑みを浮かべる彼に、狭い牢屋内でくっちゃくっちゃと生肉を貪りながら牢を囲んでいたゴブリン達が一斉に青筋を浮かべた。
 手に持った骨や生肉を放り捨てて彼に殺到していく。
「GOBBBRE!!」
「それではまとめてお掃除してしまいましょう」
 灰を追いかけて角を曲がったゴブリン達を迎えたのは、Suviaとコゼットの二人が放った魔法。
 狭い通路を魔弾による弾幕と毒の霧が埋め尽くし、瞬く間に範囲内にいたゴブリン達が滑るように転がり倒れていった。
 しかしそれでも仕留めきれなかった者はいる。それを追撃しにリインとシュリエが駆け抜ける。
「ゴブリンパーンチッ! ゴブは死ぬ!」
「シュリエさん、静かにっ、静かにですよーっ」
「げべらァッ!?」
 リインが鎌を一閃させ、シュリエが掌底を打ち込むとゴブリン達が勢いよく血飛沫上げて吹き飛んで行った。
 見れば、牢屋にいたゴブリンは全滅した様子であった。
「十九」
 ノブマサが静かに数えた。
 上で見張りと定期巡回に来た者を十一、ここで八体。基となった情報が確かならばこれで後は十八体ということになる。
 戦力的にもかなり温存できたと言っていいだろう。
「もう大丈夫だよ、ゴブリンはやっつけたから」
 霧玄が牢の中に囚われた少女達数人に近付くと、明かりを灯した。
 少女達は互いに顔を見合わせてから牢の奥からその姿を見せる。
「貴女方はどこで攫われたんですの?」
「……私は、この鉱山の近くにある村で……畑仕事をしていたら」
「あたしは王都で仕事帰りに……」
「えっと、申し訳ございません。私は言えません……貴方達はローレットの方々ですね?」
 一人だけ身綺麗な格好をしていた少女が服装を正しながら現れる。どうやら特異運命座標を知る人間の様だった。
「幸運です。あのゴブリン、彼等を討伐されるならここで私達は牢の中で待ちましょう。先日は『女達にはまだ手を出すな』と言っていましたが今後の保証はありませんしね」
「え……どうして?」
「恐らく今は彼等ゴブリンの活動休止時間です、彼等ローレットは一気に攻めたいはずです。私達が居ては足手まといでしょう」
「……同感。あたしも、そう思う」
 コゼットが同意を示した。
「それではお待ちしていますね。……お気をつけて、ローレットの皆様」
 暗闇に再び包まれた牢の中で、身綺麗な少女は胸元の薔薇のブローチを弄びながら見送った。

●ゴブリン・ロード

────天秤はどちらに傾くのか〝彼〟は待ち続けていた。
 客人はいつ来るのか。来たとしてその時は何が起きているか、情報は既に手に渡っている事だろう。
 なら『今のゴブリン』の眠気が強まる昼間を狙うだろう。
 見張りのゴブリンを始末するなら遠距離攻撃か待ち伏せか、定期巡回をさせているゴブリン達は笛を持たせたが、あれはやはりもう少し反応が良い者にやらせるべきだったか。
 やりすぎたか。
 これでもし客人がゴブリンに殺されでもしたら、その時は────
「GOBB……(王、少しお休みになられては……)」
「……気にしなくていい。お前達は引き続き時を待て」
 配下として忠誠をあの日の夜から、〝彼〟に忠義を尽くす事を誓ったダガーナイフを腰に差したゴブリンが前に出て来る。
 〝彼〟は既に例の手紙を出してから数日、眠っていない。
 だが不思議な事に疲労は無く、他のゴブリンや人間と違い眠気を感じなかった。それを見た配下のゴブリン達は更に熱狂的に……狂信的に、〝彼〟を崇め称えた。
 その、静寂さと冷たさの漂う玉座の間にゴブリンの下卑た笑い声が響き渡った時。突如何の前触れもなく扉が開かれた。
「GAAA!?」
「鎮まれ、お前達。……来たか。血の匂いが薄いな、やはりセオリー通りに寝首を掻いて来たか」
 狼狽えるゴブリンの配下達の前に灯りを照らされる。しかし何かの骨で組まれた玉座から立ち上がった、〝彼〟が緋色のマントを翻して配下を鎮める。
 闇に浮かび上がったその瞳は血を連想させる濁った赤。客人の揺らす炎を目に映した姿は明らかに、他のゴブリンとは違う。
「ほほぅ。見た目はゴブだけど……目はなかなかイケメンじゃないかにゃ?」
 扉を蹴り開けた者、猫耳を揺らして胸を張っているシュリエが最初に〝彼〟と視線を交差させた。
 彼……『ゴブリンの王』と。
「時は来た。彼等がお前達の運命を決める者達、特異運命座標だ。
 私は今日までにお前達子鬼共に教えられるだけの事は教えた……この先は、今から決まる。全ては天秤の意思に預けろ、欲望を叶えたいなら退けて見せろ」
 その身に纏う装備は決して性能が高いわけでも、豪奢で禍々しいわけでも、特別な曰く付きの品というわけでも無い。
 簡素な革鎧に鉄の胸当て、緋色のマント、両腰に提げた長剣も手入れこそされていても古びた骨董品である。
 にも関わらずその身から放つ気配……或いはオーラとでも言える物は何らかの能力(スキル)を有している事を物語っていた。
(これは……ゴブリンの王とは初耳ですが、話を以上の強敵のようですね。これも得難い経験となるでしょう)
 隊列を組み終えたゴブリンと対峙するイレギュラーズ。
 直後に彼等はゴブリンロードがマントを勢いよく振り石礫が撒かれ、戦闘を開始した。

●天秤が傾いた者達
 予想外の展開に舌を巻いたのはコゼットだった。
「まさか……この動き、あたし達を逆に、ブロックしてる……?」
「GBBBURRE!!」
 最初こそ好機と捉えて毒霧を噴き付けてダメージを与えていた。しかし、目の前のゴブリンはマークして離れない。
 引き剥がせない敵に、もう一度毒霧を撃とうとして聞こえて来たのがリインの悲鳴だった。
「……っ、!?」
 開戦直後、ゴブリンロードがマントを振り払って飛ばして来た石礫を一人だけ避けられなかった事で狙われていたのか。少なくともその読みは的中していた。
 正面から突進してきたゴブリンにブロックされ、そこへ駆け付けたゴブリンが彼女に全力で短剣が振り下ろされ、鮮血を散らした。傷は深くないが、彼女の眼前に迫った巨躯の影が呼吸を止めた。
「フンッ……!」
「あっ、くぅ!?」
 舞う様な二刀の剣撃をギリギリ防ぎ切る。だがそれも避け切れなくなっている証でもあった。
「むぅぅう! リインに何するにゃー!!」
 シュリエは目の前に立ち塞がるゴブリンを掌底……【獣破掌】を打ち込み、破壊術式を起動して体内を痛めつける。
 だがそれでも防御に専念していたゴブリンを一撃で倒す事は叶わず。他の仲間も同じ思いで焦燥に駆られる。
「リインさん、お怪我は大丈夫ですの!」
「うっ、わっ! ……まだ大丈夫、だけど……!」
「皆さん今一度下がって下さい、取り巻きを倒す事に集中するよりも今は全員で逃げた方が得策ですぞ!」
「逃げっ……!? それってルールに反してるんじゃ、うわっ!」
「今の我々は各個撃破されようとしているのです、しくじったとは思いたくないですがね。リイン殿がやられても責任取れないですぜ!」
「くッ……ここは下がりましょう、こいつらを倒しに来たのに誰かやられたら本末転倒だものね」
 そこで、不意に声が走ったのは灰だった。
 戦略までは情報に無かったとはいえ、今まさに想定外の状況に失敗の予感を悟った彼は、後退することで体勢を整える事を提案したのだ。
「機動力は我々と互角。ロードに追い付かれるか……殿は私が、リインさん含め皆さんは先に行って下さい」
「付き合おう」
「有り難い」
 ゴブリンのマークを振り切って一同が灰に続いて玉座の間を飛び出す中、ラノールとノブマサが後方から一気に追い付いて来たゴブリンロードに振り向いた。
 刹那、追い付いたと同時にロードの手から振り撒かれた砂塵を二人が避ける。
「……そちらかッ」
「……!」
 僅かに回避に差がある事を見抜いた追跡者はその手の二刀を火花を散らす勢いで振り被り、鋭い踏み込みに合わせて戦斧ごとノブマサを両断せんとする一撃が襲った。
 瞬間、ロングソードが二本弾かれる。
「強きゴブリンの王。名を聞きましょう」
 後続のゴブリン達の怒号が追い縋って来る。その、最中。
「私は────『ノアゼウス・ゼファー・クリステイン』」
「────真田赤備衆、『ノブマサ・サナダ』。いざ、参ります」
 応えた。
 通路へ後退しながらもラノールとノブマサの刃が次々と迫って来る凶刃と打ち合い、時折踏み込んで来るゴブリンロードの舞刀がノブマサに傷を付ける。
 しかし。そこへ体勢を立て直す事に成功したSuviaとコゼットの援護が飛来して剣を、そして動きを止める。
 天秤が傾く。
 振り抜かれた戦斧がゴブリン一体を沈め、六尺超のマトックがそれを飛び越えたゴブリンを殴り飛ばす。
 手傷を負ったゴブリンが手遅れになる前に下がった所にロードがヒールを行使するが、そこへコゼットが毒霧を撃ち込んでトドメを刺した。
 カリスマが崩れる。
 攻めきれない事に業を煮やしたゴブリンが隣の仲間と勝手に突っ込んだ結果、リインと輪廻が立て続けに仕掛ける。好機と見た灰と霧玄がそちらへ加勢して二体仕留めた。
 この期に及んでも、ロードが悪意も敵意も向けていない事にコゼットは気付いていた。だがそれに文字通り耳を貸す暇が無い。ノブマサが突如ゴブリンロードに組み付かれ、薙ぎ倒された姿が視界に入った。
「そこ、にゃ……!」
 シュリエから投げ撃たれた呪符がロードに貼り付き、風が舞う中で一時的にその動きと才覚が失われる。
「それでも動きが……え!?」
「GOBBBR!!」
 霧玄が接近した間際。ゴブリンロードと彼の間に武器を捨てて庇いに入ったゴブリンがその逆再生なる神秘によって、小柄な体躯を細かな傷を起点にバラバラに崩壊した。
 その姿に息を飲んだ彼に太い腕が伸びた。
「お、オオオオァッ!!」
「~~!?」
 見れば脇に輪廻の叩き付けた漆黒の大剣を挟み込んで、ゴブリンロードが霧玄の襟首を掴んで宙へ持ち上げた。
「ハーァッ、ハァ、はァ……ッ」
「……君は死にたいの?」
「はァ……ッ、ハアァッ!」
「うぐッ……! どうして、そんな事を……?」
 ギシリと締め上げられた霧玄が問いかけるも、その問いに応えは無かった。
 至近に踏み込んで来たコゼットがその手の薄氷の刃を一閃させたのだ。肉薄して来たその一撃は霧玄を解放してゴブリンロードは地に膝を着いた。
「……私は、なんだ……」
 濁った赤い瞳が掠れた声を漏らす。
「その問いを、この天秤に賭けた……なるほど。私に自分の子の名をつけた……『かあさん』達は、私の運命をこちらに傾けたかったのか」
 剣を、取り落とした。致命的な一撃が入っていたのだ。
「私は恐らく彼等ゴブリンにとっての魔種なのだろう……ようやく、分かった……君達と戦って、ようやく私は決められた。私はゴブリンのままで、ゴブリンとしてここで死ぬ……」
 ノブマサを、ゴブリンロードは手招きした。
 ふと気づけば配下のゴブリン達は通路に倒れ伏せていた。
「……私が勝てばこの地域周辺から集めたゴブリンを更に増やして、彼等と共に国を作るつもりだった。だが……負けた。やはり私はゴブリン達すら弄ぶ邪悪な存在なのだ……だから、こうして敗北した」
「素晴らしい力、素晴らしい技の冴えでした。貴方の名を心に刻みたい」
 称賛と共にノブマサが戦斧を構えた。
「──私は、ゴブリンロードなる種は君達の前に形を変えて現れるだろう。もしまた会ってもその時は……」
 『倒せよ』。その一言を遺して彼は逝った。

「……どうしてそうまでしてゴブリンの為に……?」

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 <後日>
 その後の調査で、騒動の発端であるゴブリンロードは幻想内で最も村や町で人を襲っていたゴブリン達を集めていた事が判明した。
 そして同時に。彼が捕まえて来た少女達が『貴族や騎士団内部の血縁者』である事も発覚、一体イレギュラーズを返り討ちにした後、何をしようとしていたのかは……誰にも分からない。

 彼を育てたクリステイン夫妻は数十年前に傭兵団長だった息子を亡くしていた。
 彼等は日記に『あのゴブリンの子には息子と同じく人の上に立てる者として育てたい』と記していたが、生来のスキルを持ったゴブリンロードと関係しているのかは不明である。
 尚、ゴブリンロードの遺体は現在ローレットからの希望によりクリステイン夫妻と共に埋葬されている。

 お疲れ様でしたイレギュラーズの皆様。
 今後も似たゴブリンが現れるかもしれませんが、それらは全て今回の『彼』とは違いとても凶悪な敵として登場するでしょう。
 もしその時が来たら、皆様が『彼』に代わって倒してください。
 それではまたの機会をお待ちしております。

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