シナリオ詳細
始世界エネルケア
オープニング
●始まる想い
空白の少女は生まれる前に名を貰った。
『エネルケア』
誰かがそう呼んだ。記憶にはないけれど、どこか暖かくて優しい声に。
そうして生まれて、未熟な世界に命が宿った。
そして、何もない景色にたくさんの色が溢れた。
その色の中にいくつもの生命が育まれた。
生命は形を作り、それぞれの生きる場所へと散らばっていった。
空を泳ぐ白いクジラ、海をたゆたう島の亀、綿毛は風に舞い、森の人は緑溢れる土地で歩き、人間は知性を得て国を作る。
産まれて増えて、育まれて消えていく。そんなサイクルが遥かな時間で繰り返されて。
それを『天使の塔』で眺めていた空白の少女は、また近くで見てみたいと思った。誰かがこの世界に生命を生んでくれた時のように。
あの時のように、傍で触れてみたいと願って。
そっと手を伸ばした。
●散りゆくもの
空白の少女は地上に降り立って、生命達に触れた。
空を飛んで、海を泳いで、風を感じて、緑に抱かれて眠り、人と共に学んだ。
そんな中で、よく一緒にいる生命達がいた。彼らとの交流は『天使の塔』から見るものより多くの知識と好奇心と不確かな感情をもたらした。
そして季節がいくつも巡り、その時は訪れる。
生命が生命であるがゆえに避けられない事象。いつかは全てに訪れる最後の刻。
死。
かつてこの地を訪れたものによりもたらされた生命という恩恵。そして生命であるがゆえの別れの呪い。
一緒に木の実を食べて、空で一緒に笑った空クジラがいなくなった。
一緒に海を泳いで、海底の花を摘んで笑い合った亀がいなくなった。
一緒に風を感じて原っぱを駆け回った白綿がいなくなった。
一緒に木々に囲まれた場所で踊った森の人がいなくなった。
一緒に言葉を交わし、友と呼んでくれた人間がいなくなった。
皆、死んだのだと人間の言葉でそう言われた。
「死んだらどうなるの?」
少女は問うた。
死はこの世界で幾度となく繰り返された。
それが営みだったから。
しかし、慣れ親しんだものの死を少女は知らなかった。
空白の少女は知らない感情に戸惑った。
胸にぽっかりと隙間が空いたようで、腹の下がきゅっと絞まっていくようで。
「いたい……」
頬に落ちる雫の意味を、空白の少女はまだ知らない。
身体をぎゅっと抱いて、少女は空を見た。
●その心に手を伸ばす
「…………」
その光景を見た真白の少女は悲しそうに微笑んだ。
「これは『エネルケア』という世界の転機なのでしょう」
すべてのものには終わりが必ず訪れる。
永遠というものは存在しない。存在したとしても、誰がそれを証明できようか。
この世界もまた、世界の中で始まりと終わりが存在している。
「終わりに間近で触れたらどうなるか。無垢な彼女はどう感じたのか、それは私にはわかりません」
それは彼女の問題だから、と。目を伏せて言葉を紡ぐ。
それでも。
「彼女の心に寄り添ってください。知らない感情に名前をつけてあげてください。できればその感情の出し方も」
そして。
「エネルケアに『終わりの意味』と『終わりの先』をあなた達の言葉で教えてあげてください」
今にも泣きそうな顔で、デュナはそっと頭を下げた。
- 始世界エネルケア完了
- NM名灯火
- 種別ライブノベル
- 難易度-
- 冒険終了日時2021年05月07日 22時05分
- 参加人数4/4人
- 相談5日
- 参加費100RC
参加者 : 4 人
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参加者一覧(4人)
リプレイ
●もしも会えるなら
『天使の塔』の片隅で、二人は邂逅して。
真面目な話ほど苦手なことはないんだけどな、と前置きをして語り出すのは黒髪の青年。
「エネルケアが感じた感情の名前や理由。あいにく俺は超絶ドライな人間なんでその感情を推し量ることはできないが、一般的に言うならばおそらく悲しみの類だろう」
人は親しい者が死んだ時に、二度と会えないことを嘆いて涙を流すものだと。
「わたしは、悲しいの?」
「そうだと思うぞ?」
そう言う世界も、他人の感情を推測することはできないが。
長く共にいたものの死に涙を流すのなら、十中八九悲しみの感情だろうと思う。
「生命が終わる意味とその先のことについてだが、基本的に俺は生きている意味なんて存在しないと考えてるから、終わりについても同じような意見しか持っていないが、あえて意味を見出だすならソイツの役目が終わったってことなんだろう」
「役目が終わった……?」
そうだ、と彼は頷いて。
「そして、死んだ後については諸説あるな」
世界がよく聞くものだと、星になるとか生まれ変わるだとか。生前の行いによって向かう場所も違うのだとか。
首を傾げて彼の顔を窺う空白の少女に笑って。
「実際に死んでみるまで正解なんてわからないんだし、自分の信じたいように信じれば良いと思うぜ」
そう言って。軽く少女の頭に手を置いた。
少女は少しだけ、何かを考えるように顔を伏せて。
「例えば俺だったら、この世界の場合は別の何かに生まれ変わるんじゃないかと思うね」
何せこの世界自体が前の世界の想いを受け継いでできたのだから。
「生まれ変わったら、また会える?」
そんな少女に、彼はエネルケアが見付けてあげればな、と笑んだ。
●巡る生命
人間の住む大きな街には飲食店も勿論あった。
賑やかな食堂の一角で。不死の少女と空白の少女は並んで椅子に座り、共に食事をしている。
エネルケアは人間の食べ物をほとんど知らなかったため、アオゾラが色々と教えながら。
「モグモグ……美味しデス」
食べながら、じっとアオゾラのお肉を見ているエネルケアにフォークで刺した自分のお肉を目の前に出した。
それをパクリと一口で。
「美味しい」
エネルケアはアオゾラの真似をするように。口許は少しだけ綻んでいて。
それを見て満足そうに頷いたアオゾラは。
空白の少女に自分の言葉を紡いで。
「貴方様が感じた痛みはきっと『寂しい』だと思うのデス」
いなくなった者との思い出があればあるほど、これからの時間をその者と過ごせなくなることを寂しく感じる。
「でも、このお肉も元は生き物なのデス」
アオゾラはお肉を食み。モグモグ、ゴックン。
「でも、こうやって食べて他の生き物の一部になってまた食べられて一部になってを繰り返して世界は回っていくのデス」
「みんな、食べられちゃうの?」
世の生あるものの循環をエネルケアはまだよくわかっていなくて。首を傾げる。
「それなら、本を書いてみるのはどうでショウ?」
いなくなった者との思い出を形にして残すことで、他の皆と思い出が共有できる。
共有した思い出が他の人の心の片隅にあれば、思い出は受け継がれていくのだと。
「それでもまだ心が晴れないなら、またワタシとご飯を食べまショウ」
「?」
「ワタシは呪いで簡単には死ねないから、またいつか今度は友達として会いたいデス」
貴方様さえ良ければ、というか細い声に。
「……うん」
空白の少女は笑顔で応えた。
●廻る魂
遥か彼方が見渡せる孤島の丘で。
褐色の少年と空白の少女は静かに佇んで。
空と海の境界線で、鮮やかな夕焼けが今まさに消えゆこうとしていて。
「俺の故郷は殆どの神霊が滅びてしまった。だから、『死』を経験せず生き続けているものは我が神だけだ……多分な」
そういう意味では、アーマデルの世界の神は永遠だと言えた。 しかし、まだ滅びてないだけで永遠を実証しているわけではないし、定義により永遠の存在も揺らぐから。
「その世界では、天国も地獄も無かった。死者は須く平等に、死出の旅路のうちに業を削ぎ落とし、新たな肉体に収まり、生まれ変わる」
それは、魂の循環。これもひとつの永遠なのではないか、と彼は言う。
「この世界がどのような理に従って巡っているのか、俺は知らない。だが、『死』が理に組み込まれている以上、何らかの……生まれ変わりや継承が行われ、死者が無為に無に帰すことはないと思う」
「みんな、別の何かになって生きてるの?」
そういうこともあるかもしれない、とアーマデルはほんの微かに口許を上げて。
この世界には、エネルケアと共に過ごしたもの達の痕跡、足跡、彼らが遺したもの、受け継がれたものがあるはずで。
そういったものが彼らが生きていた証として、そして思い出として存在している。
「涙が流れるならば、枯れ果てるまで泣けば良い」
そうして少しずつ、流した涙の分だけ、今あるものを掬えば良い。
「覚えている者がいる限り、思い出の中で生き続ける」
言葉にするのは簡単だけれど、彼の中ではとても重く感じられる言葉で。
言われるがままにぽろぽろと涙を流す少女をそっと抱き寄せた。
●うつし鏡
お久しぶりと挨拶をした白鹿が覚えているかを聞く前に、空白の少女は抱きついて。
そして、いつか共に過ごした原っぱと森へ。
「仲良しさんのこと、聞いたわ。寂しい気持ちに、なったのでしょう」
問いにこくんと頷いて。
種から木へ、木から森へ。始まりから終わりへ。生命が輪のように巡るものだとわかっていても、聞いていたことと実際に遭うことは、かなり違うものだ、と。
「実はね、ワタシも大切な人がいなくなるってこと、よくわからないの」
だから、その気持ちをわかり合うことはできないけれど。今は寄り添うことで励ましになるのなら、と。
話をして、思い出を辿って並べてみる。そうすることでわかってくるものもあるかもしれない。
「この世界に生まれた白綿と森の人はね、ワタシの大切な人達を想いながら考えたのよ?」
白綿は砂妖精のクララクルシュカ。
森の人は白鹿を育ててくれた魔女達。
いずれも彼女の大切な存在で。それを象られて白綿と森の人は生まれたのだと言う。
「あなたにとって仲良しさんは、みなさんどんな方だった?」
教えてちょうだいませと促して。
それに応えるように。
「白綿は群れからはぐれてたのを見つけて、一緒に遊びながら群れに返したの。森の人は森の中でお花畑に案内してくれた」
それから、と思い出を語り尽くすように。思い出したことを次々と付け足して。
気付けばエネルケアの双眸からぽろぽろと涙が流れていて。
「エネルケア、みなさんはあなたの思い出の中にいらっしゃるの。それってあなただけの大切、ねぇ」
「わたしだけの大切?」
嗚咽混じりの声に、ポシェティケトは優しく。母が子に言い聞かせるように。
「みなさんは、あなたとずっと一緒にいるんだわ」
●その旅路の終わりは
世界は巡る。そういう風にできている。
朝から昼へ、そして夜になる。
春が来て夏になり秋を過ぎて冬を越えて。ずっと巡っていく。
時季が過ぎれば移ろい変わり行く世界では、新たな生と変化のための死があった。
しかし、死の先はこの世界そのものである空白の少女にもわからなかった。
傍で見て、触れて、笑い合ったから。そこに『失くしたくない』という願望が生まれて、それが失くなったから『寂しい』という空虚な感情が生まれた。
その日、集まったイレギュラーズに空白の少女は。
涙の浮かんだ目を、それでも笑みの形にして。優しく微笑んでいた。
「わたしに、たくさんのことを教えてくれてありがとうございます」
終わりは悲しい。
特に残される者には、例えようもない寂寥が襲い来るかもしれない。エネルケアがそうであったように。
それでも。
朽ちた身体は世界を巡ると知った。
身体を離れた魂はいずこかでまた新たな身体を得て生まれることを知った。
その身体も魂も、『次』ではきっと少女のことを覚えてはいないだろうけど。
彼らが残したものは、少女にとって宝物だから。
「寂しいという気持ちはずっと持っています。初めて、この世界で大切だと思ったもの達だから」
きっとこれからも同じような寂しさを堪えていくのだろう。
「それでも、わたしは大切な思い出を大事に抱えていきます」
そして、一人一人へ。
「世界、わたしは生まれ変わりを信じてみます」
そうしたら、もしかしたらまた出会えるかもしれないから。
「おう」
黒髪の青年はそれに笑って応じる。
「アオゾラ。わたし、本を書いてみます」
そうしたら、誰かが自分の気持ちをわかってくれそうな気がするから。
「楽しみデス」
不死の少女はまた友人として会える日を願って。
「アーマデル、わたしは大切な人のことを忘れません」
記憶の中で生き続ける彼らを、触れられなくても見守りたいと思うから。
「……うん」
褐色の少年は少女の頭を撫でて。
「ポシェティケト、たくさんありがとう」
たくさんの暖かさをくれた白鹿へ。白鹿の思い出の一部が、この世界で芽生えたことが嬉しくて。
「ええ、ええ。こちらこそ、ありがとうなのだわ」
白鹿も同じように笑んで。
空白の少女は、もう大丈夫だからと。
ありがとうともう一度言葉を重ねて、礼をする。
そして上げた顔はどこか大人びていて。いつかの誰かのようで。
「また、会えるかな」
呟いた声は虚空に溶けて。
その視界には、すでにイレギュラーズの姿はなかった。
すべてを見ていた少女は、きっとまたいつかと口だけを動かして言葉を紡ぐ。
またいつか、皆に会えますよ、と。
私も、あなたの成長を楽しみにしています。
成否
成功
状態異常
なし
NMコメント
皆様、お久しぶりです。お初にお目にかかる方は初めまして。灯火(とうか)です。
『未世界エネルケア』の続編となっております。
●シチュエーション
『エネルケア』という世界のどこか。エネルケアは『天使の塔』の頂上にいますが、どこにでも連れ出して構いません。
空の雲の上、海の底、草原、森、人間の住居などがあります。
時間帯も自由です。朝、昼、夕、夜いつでもできます。
●出来ること
エネルケアと話したり、連れ出すこと。
話をして、彼女が感じる感情の名前や感情の理由、生命が終わる意味とその先のことについて、皆さんの言葉で教えてあげてください。
●皆様へ
とても久しぶりになるLNです。
皆様の心に残るような物語を紡いでいけたらと思いますので、どうかよろしくお願いいたします。
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