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シナリオ詳細

有り金全部置いてきな! ~盗賊のお頭流オアシス宿のおもてなし~

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●ケズの計画
「よう。今日も千客万来みてえじゃねえか」
「いよっ、流石っすお頭っ!」
「この調子でどんどんやっちまいましょうぜ!」
 ケズ・ベンネルとその配下たちはご機嫌だった。ここ最近新たに始めた仕事が、随分と調子よく進んでいるのだ。
 そんな時、そのご褒美を自分たちに与えたくなるのは誰しも当然のことだろう。
「どうっすか!? ここらでひとつ、俺たちもパーッとやっちまうのは!」
 上機嫌の配下Aは口元に手を当てて、くいっと一杯の仕種をしてみせる。それには配下Bも賛同し、溢れる笑みを抑えきれないといった表情をする。
 ……が。
「生憎だが、そいつは認められねえなぁ?」
「なんでっすかお頭!?」
「これじゃあ生殺しってヤツですぜ!!」
 配下たちの悲鳴にもかかわらず、ケズは首を縦には振らなかった。その理由は……きっと配下たちにとっても良い話であるのだろう、お頭の口の片側が、不敵に吊り上がったことに配下たちも気付く。
「連絡役が言うことにゃ、もうじき『ラサ傭兵商会連合』の商人アリーッディーンのキャラバンがこの辺りを通るって話だ」
 ケズは持ち前の卑屈な笑みを浮かべて、この意味が解るだろ、と配下たちに訊く。
「アリーッディーンって言やあ、あの『赤犬』とも交流があるっていう大商人じゃねえか!」
「そりゃあ遊んでる暇なんてねえ! こいつは……デカい仕事になりそうだぜぇ……?」
 俄然やる気を出した配下たちの様子を見て、ケズはゆっくりと頷いた。こいつは存分に有り金を落として貰わなくちゃ困る。
「おいっ、お前らぁ! とっととおもてなしの準備に取りかかりやがれ!」
「「あいあいお頭!」」
「俺ぁお嬢を出迎える準備にかかるぜ。ご到着なさったら俺の所まで通せ!」
「「あいあいお頭!!」」

 かくして彼らはアリーッディーンにこの上ないおもてなしをするため、慌ただしく砂漠の国を駆け巡るのだ……全てはケズの恩人である『竜首狩り』エルス・ティーネ(p3p007325)のこの国を豊かにしたいという願いと、彼女の恋を応援するために。

●おもてなし
「わわっ、私の領地にディルク様のお知り合いの方が!?」
 このようにエルスが慌てる時は、大方 『赤犬』ディルク・レイス・エッフェンベルグ(p3n000071)の関連であろうというのは今や知る者は知る事実。何を隠そう、この度彼女は治めるマジア地区の区長で元盗賊のケズから、領地にディルクの知己の商人が訪れることになったという報告を受け取ったのだ。
 すーはーすーはー。
 幾度か深呼吸を繰り返し、自らの心を落ち着けたエルスは一転、何事もなかったかのように語ってみせる。
「マジア地区は砂漠の国ラサでは珍しく豊かな水に恵まれていて、中でも温泉は領民たちにとって大切な場所なの。マジアは農業地区だから、一日中働いて泥だらけになった人々をねぎらうために、区長のケズたちが立派な宿屋も用意してくれているわけ……もちろん、地区を訪れた旅の人に一休みして貰うための場にもなっているわ」
 ケズから届いた報告によると、この度、大商人アリーッディーンがそんな憩いのスポットを訪れるという。数多の富を築いたこの老人は、物事に厳しい目を持つ一方で、彼が価値あると認めたものに対しては気前よく支払うことでも知られている。彼を満足させるもてなしができたなら、その噂はディルクにも伝わってきっとエルスのことを褒めてくれ……もとい、マジア地区は彼の落とした財貨を原資に、一層の発展を遂げるに違いない。

 さあ……おもてなしの準備だ。

GMコメント

 つまりはマジア地区の観光案内シナリオをご所望ということでよろしゅうございますな?
 そんなわけでラサのティーネ領マジア地区には今、大いなる危機が迫っています……もしもここで大商人アリーッディーンに満足のゆくおもてなしをできなかった場合、ディルクを失望させてしまうかもしれないのです!!
 ……もっとも、そう心配しているのは約一名だけかもしれませんが。

 本シナリオでは、為すべきことは幾つもあります。

 まずは、大所帯であるアリーッディーンのキャラバンのために、農場で農作物の収穫を手伝うこと。
 もちろんこれらの作物を調理できる方がいれば、アリーッディーンをより満足させられるでしょう。
 ディナーの際には給仕やショーの出演など仕事も多数あり、その時のアリーッディーンの満足度が本シナリオの成功度に大きく影響します。

 とはいえ、マジア地区の売りである温泉に関しても忘れてはなりません。
 いくら水に恵まれているとはいえマジア地区は砂漠の只中。湯船に砂が飛び込んでくることなど珍しくはなく、常に掃除役を必要としています。
 また、入浴中の、垢擦りなどの世話役がいても良いかもしれません……アリーッディーンは豊満な美女や筋肉質の男が好みだとか。

 他にも、観光案内役、キャラバンとの交易、大人数を受け入れるに当たっての警備計画、ケズの各種手配のお手伝いや打ち合わせ、念のための周囲のサンドワームや大サソリの駆除……仕事は枚挙に暇がありませんので、各自でできることを探してみてください。
 もっとも同じ人がいろいろなことに手を出しすぎると、仕事が中途半端になってしまいかねません。そうでなくとも、目聡いアリーッディーンが同じ人を何度も違う役割で見かければ、この領地は人手不足にもかかわらず分不相応な仕事に手を出していると見做し、逆に心象を悪化させてしまう恐れさえあります。各自1つか、せいぜい2つくらいの仕事までとしておいたほうが良いでしょう。
 仮に皆様が選ばない仕事があっても大丈夫です……足りない部分はケズが盗賊時代の伝手も頼って、可もなく不可もない仕事のできる人員を確保してくれています。

 無事にキャラバンが領地を出発した後は、皆様自身もティーネ領で羽を休めてもいいかもしれません。
 エルス様には「仕事をしろ」とは言いません……プレイングにはティーネ領の施設案内や見所紹介をたくさん書いておいてください。

  • 有り金全部置いてきな! ~盗賊のお頭流オアシス宿のおもてなし~完了
  • GM名るう
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2021年05月03日 22時10分
  • 参加人数10/10人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ヒィロ=エヒト(p3p002503)
瑠璃の刃
美咲・マクスウェル(p3p005192)
玻璃の瞳
ハンナ・シャロン(p3p007137)
風のテルメンディル
回言 世界(p3p007315)
狂言回し
エルス・ティーネ(p3p007325)
祝福(グリュック)
※参加確定済み※
ジョージ・キングマン(p3p007332)
絶海
ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)
私の航海誌
モカ・ビアンキーニ(p3p007999)
Pantera Nera
紅迅 斬華(p3p008460)
首神(首刈りお姉さん)
サルヴェナーズ・ザラスシュティ(p3p009720)
砂漠の蛇

リプレイ

●隊列
 地平線の彼方より現れ出た点列は、砂丘の形に沿った曲線を描きながら伸びてきた。まるで蟻のように連なったそれは淡々と、しかし途切れることなく近づいてくる。
 その行進が確かなものであったことには、自分たちの仕事も貢献したのだろうか?
 腸などを抜いて綺麗に解体した大サソリの肉を担ぎながら、『首神(首刈りお姉さん)』紅迅 斬華(p3p008460)は同じく見張り台代わりの岩の上から隊商の様子を眺める、『貧乏籤』回言 世界(p3p007315)の横顔に目を遣った。

 世界が今隊商のいる辺りを歩き回っていたのは、ほんの数刻前のこと。砂の下に潜むかもしれないサンドワームらをあらかじめ駆除しておくためだった。
「こうして足音を立ててやったなら、辛抱堪らず食べたくなるだろう」
 以前も来た時に出会った砂の精霊(ジン)たちと一緒に大地を揺らす。すると、ほら……大地の奥底から轟くような響き。誘き出せて本当によかった。そうでなければ現れた複数のサンドワームたちが、隊商――貴重なコネクションの相手の足跡を聞いて、そちらに襲いかかっただろうから!
「厄介なのはあのデカいのだけだな。残りは俺だけでも何とかできる」
 世界は陣を虚空に描いて白蛇を実体化させると、ワームらに向けてけしかけた。刺されたことも悟らせぬ鋭い牙。苦痛すら灼いて麻痺させる猛毒。であれば視力を持たぬワームらは、大半が自身こそが獲物だとも気づかぬまま終える。
 ……が、塔ほどの大きさを持つ女王だけは別だった。
「これほどの大きさだと流石に辛いな。まあ、耐える手段ならあるし、攻撃は領地の自警団に任せてもいいんだが……」

 そう世界が独りごちた時……“塔”の上部が、唐突にズレた。
「大サソリもサンドワームも、首♪」
 やけに上機嫌そうな口調で大太刀を振り下ろした斬華は、丁寧に頭と尻尾の針と足先の爪――言い方を変えれば首・鎌首・足首か――を落とした大サソリを背負い。そしてたった今新たな首――サンドワームの頭部を落としたばかりだ。

 ……そして今。
 十分に首刈り分を摂取した斬華は近づきつつある隊商を遠目に見ながら、軽やかにマジア地区に向けて踵を返すのだ。
「ふふ~ん♪ これでエルスちゃんの領地もとい恋を応援できたことになりますかね♪」
 この先は戦い以外の戦いをできる者たちが、そして他ならぬ『竜首狩り』エルス・ティーネ(p3p007325)自身が、道を繋げてくれることを信じて。

●案内
 大商人アリーッディーンの数百騎にも及ぼうという規模の隊商はマジアの人々を驚かせたが、隊商の人々もマジア地区に驚かされたのは間違いなかっただろう。
 一面に広がる緑の草地。重く湿り気を帯びた黒い畑土。極めつけは岩山の頂上から惜しげもなく流れ落ちている滝から生まれる七色の虹だ。
「ようこそいらっしゃいました」
 その夢のごとき光景を作ったのがこの眼の前の娘であることを、アリーッディーンは知っていた。若々しい見た目に反してとんでもない長寿者で、一方で生娘のように『赤犬』ディルクに恋する乙女。
 解らぬ。しかし、確かなことがある。
「ティーネ領は苦しむラサの民を一人でも減らすべく、水と衛生、食糧に力を入れた街になります」
 どれだけ恋にうつつを抜かしていても、エルスのその言葉は真実そのもの。多くの水や食料がこの街からラサ各地に出荷されていることは、アリーッディーンも商人として承知している。
 ……が。
「この辺り、以前はあの岩山くらいしかなかったかと思うが」
 それをどうしてここまでの農業地区に発展させたのか、それが彼には解らぬのだった。けれども他ならぬエルス自身が、その疑問に答えてくれるのだ。
「練達からヒントを得、豊富な地下水を利用しました」
 彼女は大商人を連れて畦道を往きながらかく語る。
「こちらは長粒米、あちらは紅茶の原料となる茶畑――砂地に合わせた品種改良もしています」

 ふたりが瓜畑に差しかかった時、大粒の瓜の間から、ひとつのつば広の麦わら帽がこちらを向いた。
「ほう」
 大商人の感嘆の溜息は、帽子の主、『武の幻想種』ハンナ・シャロン(p3p007137)の耳に注がれたもの。草木の乏しいこの国において、森の幻想種がいたなら大方は奴隷であったろう……だがハンナの表情を見ればすぐに違うと判る。広大な農地を駆け抜けながら、植物たちと囁きあいながら果実の熟し具合を見定めてゆく彼女の様子は、エルスと領民たちが築き上げたこの傭兵の土地を、心から愛しんでいるからだ。
「あっ、エルス様とアリーッディーン様が!」
 ハンナが驚きの声を上げたなら、収穫中のモヒカンたちの歓迎の声も唱和した。面食らったような表情を浮かべたアリーッディーン。けれどもその視線の先は真面目に働く元盗賊たちよりも、むしろ深々と一礼をした『私の航海誌』ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)の背にこそ向けられている……何故なら彼女の背中には、大小の瓜の詰まった、大きな籠が負われているからだ。
 しかも、彼女は中でも大きいものを、惜しげもなくその場で切って差し出してくれた。
「よろしければ、お味見いただけますか?」
 うむ……瑞々しく甘い! しかもウィズィの言によればこの瓜が、今宵の晩餐にもなるそうではないか。
「存分に期待しておこう」
 大商人もそう答え、しかし首を傾げてこうも問う。
「……が、晩餐では、食事の他にも楽しませてくれるのだろう?」

 大商人がそう考えた理由は、農地の傍らに設えられたテントにあった。
 柔らかな牧草の茂る一帯の上に、訪問者のため急遽用意されたらしい休息地。辺りの甘い瓜の香の中にテントから漂い来るのは、対照的に爽やかな柑橘の香り。
「休憩所とはありがたい。一面の農地という目を瞠る光景の前に、どうやら暑さも忘れてしまったようでな……」
 テントの入口を潜り、涼やかな香で胸を満たしたアリーッディーンは、テントの主である『砂漠の蛇』サルヴェナーズ・ザラスシュティ(p3p009720)に会釈した。
「どうぞ、ごゆるりと」
 妖艶な笑みで応えたサルヴェナーズ。その微笑は彼女の神秘性――どこか超越した精霊種らしさでアリーッディーンを射抜く。
 疲労と緊張を掻き消すベルガモットの精油の香。ここでは遣り手の大商人をも、一個の人間に戻してしまう。
「即席のテントでさえこの気の配りよう。肝心の温泉宿とやらは如何様になるものぞ」
 先程、食事の他にも、とは期待したものの、もしかしたら食事でさえ想像を超えたものになるのかもしれないな、などとアリーッディーンは夢想した。この街はラサの常識を超えるような街だ。通り一遍は体験をしたつもりの贅沢とはまた違う、新たな喜びが待っているのやもしれぬ。
 自ず、口許が綻びを帯びる。するとサルヴェナーズも再び微笑んで。
「ではお客様。逆に、お客様は当地の宿に、何をお望みでいらっしゃるのです……?」

●準備
 ざばぁ、と『絶海武闘』ジョージ・キングマン(p3p007332)が水面に顔を出した時、岸では熱烈な歓声が彼へと向けられていた。
「いよっ、海賊王!」
「オアシスの主をこうもあっさりと倒しちまうだなんて、海種ってのはすげえなぁ!」
 目を輝かせるクレシェンテの人々に目を遣って、それから傍らにぷっかり浮かぶ巨大魚を見る。
 ――いや、俺は海種じゃないんだが。
 だが彼が水の中も自由自在で、このクレシェンテ地区のオアシスを脅かしていた大怪魚を倒したことに違いはない。
「アンタ、夜に祝いの宴を開くから来ないかい!?」
「有り難いが今日はよしとこう。俺はただ、コイツを“仕入れ”に来ただけなんでな。ああ、ケズはいい噂を教えてくれた……大商人アリーッディーン。今夜はコイツで度肝を抜いてやるぜ」

 無論、彼が大魚を漁ってきたのは、今宵のディナーショーの準備のためだ。だがそれは決して今宵の全てではなく、マジア地区ではさらなる準備が進められているところだった。
「米や野菜はもちろんのこと、香辛料もふんだんにある」
 多種多様な食材を前にして、『Meteora Barista』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)は頭を捻る。
 農作物があるのは当然のこと、大サソリやパカダクラ肉といった動物性の食材も新鮮なものが取り揃えられている今、舌の肥えた大商人を納得させうる料理を作れるのは当然のことだ。
「だとすれば……あとはどこまで伸ばせるのかが腕の見せどころだな。相手が相手だけに、名を上げるチャンスとしてはまたとない」
 よし決めた。メインディッシュのパカダクラステーキは、敢えて胡椒と岩塩だけで。その代わりに前菜等は、たっぷりと手をかけて味付けしてみよう。
「そっちの方は任せてもいい?」
 モカが訊けば居ても立ってもといった様子で、勢いよく『ぷろふぇっしょなる!』ヒィロ=エヒト(p3p002503)が返事した。
「もちろん! 相手は魔種以上の“強敵”の予感……ボクたちの本気、見せてあげるよ! ねえ美咲さん! ……美咲さん?」
「……え? ああ、心配しないで。ちょっと考え事をしてただけだから」
 最初は反応の遅れた『あの虹を見よ』美咲・マクスウェル(p3p005192)だったが、ひとたび料理人モードに入れば早い。
(自分の領地へ来た客を自らもてなす……私自身は考えたこともなかったけれど、言葉にすれば普通のことだものね)
 野生のサンドワームやら大サソリやらを出してもいいものなのかは判らなかったが、潤沢な農作物をふんだんに使えば喜ばれることだけは確実。ラム肉は地産の野菜と果物を濃厚に使った薫り高いソテー、マジアの豊富な水で養殖された川魚は幾つものハーブを調合して合わせ、爽やかなムニエルにしてみせよう。

「ここから先は火加減が勝負よ」
「サポートは任せて!」
 まるで美咲の分身のように動くヒィロによって、刻一刻と変わってゆく厨房という戦場が少しずつ食材たちへの包囲網を狭めていった。
「うわぁー、とってもとってもおいしそう!」
 これが……美咲の描いた完成形……思わずヒィロの腹の虫もぐうと鳴る。だが、手だけは止まらない……1℃1秒、載せる食器にまで至る温度調整の先に広がる、美咲の目指す究極の食の高みを掴むまで……!

●温泉
 そんな激しい戦いも、岩山の上に設えられた温泉地には無縁の喧騒だった。
 サルヴェナーズの選んだ香りが、ここでも脱衣所の時点で訪問客を出迎えてくれる。その香は、訪れた時にはこれからの入浴に向けて体を解すもの。けれども湯上がりに同じ香りを嗅げば、湯で火照った体を整えてくれるものでもあったことを知るだろう。
 それはまさしく、無言の奉仕。が……それで十分なのだ。そもそもサルヴェナーズは口八丁で彼を喜ばせる術を知らないし、そんな術などなくともできることをした結果がこれなのだから。

 もっとも当のアリーッディーン自身は、静寂よりも賑わいを好むほうではあるのだが。
 ゆえに、風呂場の中は随分とやかましい。彼を取り巻くのは部下や従者たち。さらに宿から幾人も呼んで、温泉は裸の付き合いをするサロンであるかのようだ。
「ふむ? 君は畑でも見かけたな」
「はいっ! ここを気に入っていただくためですから!」
 ハンナは緊張した面持ちで答え、それからアリーッディーンの世話を申し出た。こうしたもてなしは初めてだとはいえ、最後に物申すのは結局は誠意。
「ふむ。良いマッサージだ」
 非力なほうとは言え剣を振るう身の筋肉だ。十分な力が出ぬわけもない。大商人がいつしかうたた寝を始めた理由は、その気持ちよさのせいか、それともサルヴェナーズが差し入れたナツメヤシ酒のせいか。

 だが今はまだ、寝るわけにはゆかない。何故なら肝心の晩餐を、まだ味わっておらぬからだ。
「さて、そちらも存分に楽しませて貰おうか」
 大商人は立ち上がる。このラサの食料庫の真価を、自らの舌で確かめるために。

●興行
 今宵を楽しませるコース料理は、美咲とヒィロのムニエルから始まった。辺りには、耳心地の良い器楽。広間に集った隊商幹部らの談笑に上るのは、果たしてマジアの成功を、自分たちも採り入れられるかどうかという議題。
 もっとも……。
「ふむ……君も畑にいたな」
「我々が収穫したものをどのように召し上がっていただけるのか、それを間近で拝見するのが私の趣味ですので」
 踊り子装束のウィズィが給仕の際にそう答えたならば、マジアの真似も容易くないことを知る。そんな人材がそうそういるものか。エルスの話によれば区長のケズ自身も、使命感に燃える人物だそうじゃないか。その上で、彼は使命感を正しく利益に変えている……ウィズィだって趣味と言いながらあの引き締まった肉体美、存分にチップを支払うに値する。動機と利潤を両立させるのは、通り一遍の真似事ではできるまい。

 だが、舌を巻くのはそれらばかりではなかった。続いて始まるのはディナーショー。巨大魚をディスプレイする台車とともに現れたジョージと益荒男たちは、一礼すると刀をぎらり。大魚相手の派手な剣の舞は、怪物を次々と新鮮な切り身へと変えてゆく。
「身は軽く湯に潜らせた後、お好みの味付けでご賞味下さい」
 再び一礼して袖に戻ったジョージらを、歓声と拍手が見送った。だとすれば益荒男たち――マジアの料理人たちに即席で教え込んだ大魚解体術も、ひとまず形になったと言えるのだろう。
(これでエルス嬢の印象が向上すれば言うことなしだが)
 ジョージは思案する。だが、ショーはまだまだ終わっていない。次の美咲とヒィロの踊りは、どれほど客人たちを楽しませるのだろうか?

 コース料理も次々進み、残りの料理はモカに任せるだけだった。食卓のパカダクラのステーキもメインディッシュなら、ショーもメインディッシュでなければならない。前座のダンサーたちが雰囲気を盛り上げて、ついに出番はヒィロと美咲。
 鍛え上げた、それでいて豊満な肉体を見せつけて、ヒィロが歌うのは『熱砂の恋心』だった。
 だが、それは客人たちが見聞きした物語にはあらず。否、物語こそよく知るものなれど、その表現が見たこともない。
 ヒィロが歌、美咲が優雅なダンスを担当し。……と思いきや両者が触れ合えば、二人が一つの輪と変わって。
 互いが互いの上を取り、下を取り。アクロバティックな振り付けと同時に、まるで掛け合いのように両者は互い違いに歌を紡ぐ。
 今度は……美咲が歌を披露したと思えば、ヒィロが雄々しい踊りを繰り広げてみせた。そして再び一つになって……観客のみならず演者自身も恍惚に融け、美咲の瞳は金色の光を帯びる。

 歌舞は、クライマックスに差し掛かっていた。悲恋で終わるこの恋物語を、ヒィロはまるで我がことのように振り絞る。
 あるいは……その悲恋に自身を重ねていたか? 歌の一節、踊りの一投足が、美咲を求め、そして散る。美咲もそれに応じるように、寄り添い、そして届かない。
 迫真の演技にアリーッディーンも部下たちも、誰もが固唾を飲んでいた。あっという間に全ては終わり、演者たちは揃って一礼すると舞台を後にする。
 観客たちも呪縛から解けて、ようやく拍手することを思い出すまでには、しばしの時間が必要だった。完璧だ……観客たちは知らないが、二人の一糸乱れぬコンビネーションは、料理の時のものの主従を逆に変えたもの。
 調和が生んだ余韻はあたかも永遠であり、いつ崩せば良いのかは楽団たちにも判らない。もっとも、いつまでも余韻に浸ってばかりはいられない……広間を現実へと引き戻すのは、モカの供する紅茶(シャーイ)の一口だ。
「何かご要望などがあればお聞きしますが」
 モカがアリーッディーンに尋ねてみれば、彼はとんでもない、十分満足だと首を振った。
「が……そうだな。折角なので此度のコースのコンセプトについて解説願おうか」

「今宵のコースのコンセプト。それは何といってもティーネ領の食材を知ってもらうことでございます」
 モカが手掛けたのはパカダクラのステーキとシャーイの他にも、大サソリの唐揚げやパカダクラ乳酒まで。無論、美咲とヒィロのものもそれは同じだ。
 いずれも採れたての食材を、最高の料理にしてみせる……それも見栄えではなく健康的な満腹感を得られる形で。
 それを説明すると大商人も頷いて、それで良い、と独りごちた。
「わしほどにもなるとこうした歓待を受けることは多い。そうすれば良い取引ができるとでも思っているのだろう。
 確かに、その通りだ。良い商品さえ提供して貰えるのであれば、打算は承知で受け取るのがわしだ。
 が……世の中、自身の提供するものの価値さえ知らぬ輩のどれほど多いことか? しかしこの宿はそうではないようだ。今後とも、是非とも良い関係を築きたいものだ……」

●出発
 これだけ立派な隊商が立ち寄るとあれば、どこでも不届き者が何かしらのトラブルを起こすものだろう。
 けれども、ここマジアではそれがなかった。それは衣食足りて礼節を知るからか、はたまた区長をはじめとした元盗賊たちが、揃って二度と罪など犯すまいと誓っているからか……もしかしたら単に何かしでかそうとした連中が、ことごとく警備中の斬華に「首♪」を宣告されて土下座で無条件降伏してただけかもしれないが。

「またお越しいただけるのを心待ちにしております」
 各種の商談を纏めて数日後、心身を奮い立たせるサルヴェナーズの香りに見送られ、隊商はマジアを後にする。その道中は……少なくともマジアの近くでは安全だろう。安全を脅かすものは一通り、やはり斬華が「首♪」にし尽くしてしまった。彼らの逗留中の食材確保を兼ねて。

「いいコネができたんじゃないの? ……さて、俺も存分に寛がせて貰うとするか」
 離れたところから見守っていた世界を斬華が見つけて、さーてゆっくり♪、と温泉に引きずっていった。
「だが、その前に……俺たちナシで同じことができるかどうか確認しなくちゃいけないな」
 とはジョージ。どんなに見事なもてなしも、特異運命座標なしでは立ち行かなければ本末転倒だ。

 だが、そんな心配も必要なさそうだ。モカは余り物の食材で賄い飯を作れればいいと言ったのに、料理人たちはケズまで連れてきて最高のものを出すから食べてくれと懇願していった。
 じゃあ……ご馳走されようか。風呂上がりの宴会の様子を想像しながら、モカは口許まで湯に浸かる。隣では……ハンナがとっくの昔に、蕩けてお湯と一体化している。
「疲れが溶けていきます……本当に良いお湯ですね……エルス様も皆様も、こうなるまでどれほど頑張ったことでしょう……」

 湯船の別の一角では、ヒィロと美咲も身を寄せ合っていた。それもこれも、おもてなしが上手くいったからこそ得られる至福の時だ。
 だからエルスも湯船に浮かべた酒を、そっとウィズィに差し出した。
「ありがとう……とっても助かったわ!」
「だって、エルスのためだもの! これだけばっちり宣伝すれば、きっと“あの方”にも伝わると思うよ。ふふふふ!」
「え、ええ……“あの方”も褒めて下さったら、なんて……」
 幸せそうに破顔した、湯加減のせいか別の何かのせいか真っ赤になったエルスは、それを誤魔化すかのように盃を高く月へと向けた。

「「おもてなしの成功に……乾杯!」」

成否

成功

MVP

美咲・マクスウェル(p3p005192)
玻璃の瞳

状態異常

なし

あとがき

 皆様がマジア地区にもたらしたおもてなしの心、これからも受け継がれてゆくことでしょう。
 マジア地区の、それからお手伝い下さった皆様の今後の健勝と発展を祈って……乾杯!

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