シナリオ詳細
<フィンブルの春>碧瞳は希望に満ちて
オープニング
●
サンセット・オレンジの夕陽が四角い窓から差し込んで来る。
この時間は何もかもが濃い影とオレンジ色に包まれるのだ。
双色のコントラストは何処か物悲しい。
板張りの床を軋ませて、『双翼の碧』アンジェロ・ラフィリアは自室のベッドに座り込む。
部屋を見渡せば、簡素なベッドと机と椅子が二つずつ、他にもクローゼットが見えた。
ミーミルンド男爵家の屋敷の中では『使用人が使う部屋』で簡素な物という事だったのだが、それでも、双子の兄と暮らしていたスラムの家とは雲泥の差だった。
アンジェロは長い溜息を吐きながらシーツの上に転がる。
向かいのベッドに居る筈の、片割れが居ない。それだけで泣きそうになるぐらい不安に駆られるのだ。
ギストールの街での騒乱に巻き込まれた兄弟は離ればなれになってしまった。
生きているのかも分からない片割れ。だが、奴隷の身分である自分が探しに行くことは困難だろう。
この、ミーミルンド男爵家では、奴隷は比較的自由を許されている。
決して牢屋に閉じ込めるなんてことは無い。衣食住を与えられ、奴隷とは思えない待遇で迎え入れられる。されど、遠く離れたギストールの街まで一人で行くことは難しいだろう。歩いて行くには遠いし、馬を借りるお金も無い。
「痛……」
アンジェロは手首の痣を擦る。
ギストールの街での混乱に乗じて運悪く奴隷商に捕まり、取り付けられた手枷の跡が痛んだのだ。
はぁ、と溜息が漏れ出る。
ふと聞こえてきた靴音に耳を澄ませた。規則正しく靴音は廊下を歩いて行く。この辺りは奴隷達の部屋しかないそんな風に綺麗な足音を立てて歩いて行くのは一人しか居なかった。
「リル? どこか行ってたの……?」
「アンジェロさん」
灰色狼のブルーブラッド『リル・ランパート』が部屋のドアから覗いたアンジェロに振り返る。
そして、リルの顔に大きな痣が出来ているのに気付きアンジェロは目を見開いた。
「リル!? どうしたの、それ!」
「えっと……クローディス様にご教示を受けました。私が任務に失敗してしまったから」
リルは腫れ上がった頬を抑えながら視線を落とす。
彼女はクローディス・ド・バランツの命令で幻想にあるカルセイン領に攻め入ったのだという。
アンジェロはリルを部屋に引き込んでベッドに座らせる。部屋にある救急箱から打撲に効く薬草を取り出してリルの頬へ宛がった。
「どうしてあいつの言うこと聞くの? 君はミーミルンドの家に仕えているんだろ?」
「でも、クローディス様が最低な場所から救い出してくれなければ、今、私は此処に居なかったのです」
思い詰めたように白いエプロンをぎゅっと握りしめるリル。
「そんなの関係ないじゃないか。アイツの言うことを聞く必要は無いよ」
リルはアンジェロの言葉に緩く首を振る。助けられた恩は忘れてはいけないのだと自分を戒めている。
「でもさアイツの言うことを聞いているのに、どうしてリルはそんなに辛そうな顔をしているの? 叱られたからだけじゃないよね?」
顔を上げたリルの空色の瞳に薄らと涙が浮かんだ。
「私は……優しくしてくれた人を、傷つけて……」
ぽろりとリルの瞳から涙が零れ落ちる。ぽたり、ぽたりと白いエプロンに染みが作られていく。
リルの中には優しい笑顔を向けてくれるシャルティエ・F・クラリウス(p3p006902)を裏切ったという自責の念が渦巻いていた。
「リルは優しいんだね」
「そんなこと、無いです……私は、シャルティエ様達を傷つけてしまいました」
だから、クローディスに殴られても蹴られても自業自得だとしか思えなかったのだとリルは告げる。
アンジェロは慈愛に満ちて真っ直ぐなリルを純粋に凄いと思った。
片割れ以外に興味の無かった自分とは大違いだ。
リルの瞳から零れる涙を止めるにはどうしたらいいだろう。
自分に力があれば、彼女を守る事ができるのだろうか。
居なくなってしまった片割れを探す事が出来るのだろうか。
力があれば――
幸いなことにミーミルンド男爵家は比較的奴隷に自由が与えられている。
今、噂になっている勇者選挙に参加して名を上げれば、優秀な奴隷として認めて貰えて、お金を貯めることも可能になるかもしれない。身請けの代金を支払えば晴れて自由の身になれるだろう。
「僕、勇者になる」
「え? どういうことですか?」
「きっとベルナール様なら聞き入れてくれる」
ミーミルンド男爵家の当主ベルナール・フォン・ミーミルンドなら聞き入れてくれるだろう。
「だから、リルも一緒に行こう。勇者になれば奴隷から解放されるかもしれない」
「でも、私はお役に立てるかどうか……」
「いいんだ。僕が守ってみせるよ。僕はアイツに振り回されるリルを見たくない」
アンジェロはリルの手を取り立ち上がる。リルを守る為、片割れを探すため。
「安心してよ。だって僕は――本物の『勇者の末裔』なんだから!」
誰にも言ってなかったアンジェロの秘密。
両親から教わった『尊き血族』の力は半信半疑だったけれど。
ミーミルンド男爵に連れられて古廟スラン・ロウの封印をアンジェロが解いた時に確信へと変わった。
古き伝承では古廟スラン・ロウは王家の血を引く者にしか開けることが出来ないのだと記されている。
それを開くことが出来た自分はアイオンの血を引く『勇者の末裔』だと信じるには十分だった。
只のスラム育ちの奴隷じゃない。自分は特別な存在なのだと嬉しくなったのだ。
「リルだけに教えるから。秘密だよ」
アンジェロは口元に人差し指を当てて悪戯な笑みを零した。
●
「……っ、リル! リル!! しっかりして! 目を開けてよ!」
「大丈夫です。少し、気を失っていました」
アンジェロとリルは木々が覆い茂る森の中で息を潜めていた。
勇者総選挙のルールに乗っ取り、魔物討伐から始めたアンジェロとリルは、想定よりも遙かに多い魔物の群れに襲われたのだ。
何処からともなく現われた魔物の群れ。リルの魔獣を使ったとしても防ぎきるのがやっとの事で。
木の洞の中へ入り、倒されてしまった魔獣を入り口に積み上げ匂いを消した。
「どうしよう」
「そうですね。比較的簡単な狩り場だと思ったのですが……」
リルはアンジェロに付いた血をハンカチで拭き取りながら状況を整理する。
此処はレガド・イルシオン南部、旧メイフィス男爵領に位置するロファドの森だ。
二人は戦いに慣れるため、比較的安全な狩り場を選んでいたのだ。けれど、リルの魔獣で防ぎきるのが精一杯なほど強い魔物が現われたのだ。
「魔物が来る前、人の声が聞こえたんだ。『行け』ってけしかけるみたいに」
「ええ、私も聞きました。恐らく偽勇者と呼ばれる人達かもしれません」
強い魔物を引き回して集め、弱い冒険者に擦り付けるという悪逆非道をする輩の存在は聞いた事がある。
耳を澄ませば、魔物が歩くのとは別に人間の靴音が聞こえて来た。
このままでは何れこの木の洞も探り当てられ、メダルの為に殺されてしまう可能性もある。
アンジェロとリルは心を落ち着かせるように深呼吸をした。
だが、解決する手立ては一向に見つからない。
時間は容赦無く過ぎて行く。
「あちゃー、これは大変だ。アーリアに知らせないと」
上空にツバメの翼を持った少女がキッチュ・コリンズ飛んでいた。
リルの動向を追っていたキッチュは彼女がミーミルンド男爵家の奴隷である事を突き止めた。
それがここ数日、同じ奴隷仲間のアンジェロと街の外へ出かけては魔物退治をするようになったのだ。
勇者総選挙の為のメダル集めをしているのだろう。二人は着実にメダルを獲得していた。
大量の魔物を討伐した者にブレイブメダリオンを与え、勇者にするというフォルデルマン三世の思いつきから始まったブレイブメダリオン・ランキング。
本来ローレットだけで行われるはずだったメダリオンランキングに、勇者になりたいと憧れを持った者達が集い参入し始めたのだ。
フォルデルマン三世はこれに喜び、貴族が擁立したのならばローレットのイレギュラーズ以外の勇者候補生にもメダリオン・ランキングへの参入を認めるというおふれを出した。
一方で古廟スラン・ロウと神翼庭園ウィツィロのそれぞれより出現した古代獣たちは依然として幻想各地を襲撃し続けている。
この降りかかる火の粉を払った者が新世代の勇者となると貴族達は目しているようだ。
中には不正に擁立した勇者候補生もどきへ不正にメダルを供与するため、悪行を働く輩もいるらしい。
キッチュは地上で起こった一連の出来事を全て見守っていた。
他の勇者候補(偽勇者)に魔物の群れをけしかけられ、窮地に追い込まれていたのだ。
キッチュは眉を寄せ、踵を返し、全速力で空を駆ける。
――――
――
「アーリア! 大変大変! この前言ってたリルって子が大変なんだって!」
「え? キッチュ? リルちゃんが大変ってどういうこと?」
ギルド・ローレットのドアを壊れんばかりの勢いで開けたキッチュはテーブルに座っていたアーリア・スピリッツ(p3p004400)の前に飛び込んだ。
目を白黒させるアーリア。その隣にはシャルティエとリースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)の姿もあった。
「リルって、リル・ランパートの事?」
「そうです! そうです! そのリルちゃんが大変なんです! ロファドの森で魔物に襲われてて絶体絶命のピンチなんですよ!」
「ロファドの森というのは、旧メイフィス男爵領にある森でしょうか」
「そうです!」
リースリットの問いかけにキッチュは大きく頷いた。
「成程……しかし、あそこは子供が狩りを学ぶような安全な所」
「知ってるですか?」
「ええ、あの森で私も遊びましたから」
「でも魔物の群れを引き連れた悪党がいて、危険なんです。だから、早く助けてあげて!」
キッチュの言葉にその場に居たイレギュラーズは直ぐさま立ち上がる。
「魔物の群れは『偽勇者』と呼ばれる悪党が連れて来たと思うんです。それでそいつらはリルちゃんとアンジェロ君を殺してメダルを奪い取ろうとしてるんだと思います」
「ちょっと待って、アンジェロ君って……」
「リルちゃんと同じく『ミーミルンド男爵家』に仕える奴隷アンジェロ・ラフィリア君です」
キッチュの言葉にアーリアは目を見開く。
リルだけではなく、古廟スラン・ロウで助けたアンジェロも窮地に陥っているのだ。
何と言う因果なのだろう。アーリアはシャルティエに頷く。
「必ず助けないとね」
「ああ、絶対に二人とも助ける!」
アーリア達はキッチュの案内の元、ロファドの森へと駆けて行った。
- <フィンブルの春>碧瞳は希望に満ちて完了
- GM名もみじ
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2021年04月30日 22時10分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
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ディープグリーン色濃い森の中。木々の隙間に見える空。
リル・ランパートと『双翼の碧』アンジェロ・ラフィリアは息を潜め辺りの様子を伺っていた。
幸い木の洞はまだ偽勇者や魔物達に見つかっていない。
されど、発見されるのも時間の問題であろう。じりじりと焦りが募る。
――――
――
「まさかリルちゃんとアンジェロくんがこうして繋がるなんて……ああもう!」
キッチュ・コリンズの先導を見上げ『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)は首を大きく振った。カルセイン領のメイドとして雇われたリルが襲撃してきた事件にアーリアも関わっていたのだ。
そして、自身がスラン・ロウで助けたアンジェロが同じ奴隷仲間だったとキッチュに聞かされたアーリアは数奇な因果に唸り声を上げる。
「二人とも、きっととっても優しい子で。だから逃げ出すんじゃなく、勇者になる道を選んだのね」
「あの時リルは『あの方を裏切れない』って言ってたんだ」
アーリアに応えるように『不退転』シャルティエ・F・クラリウス(p3p006902)が頷く。
「理由までは分からないけど」
「リルさんが命を受けてカルセインに潜入していたという事は、奴隷を工作員として派遣していたという事なのでしょうね」
シャルティエの疑問に『春告げの』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)が推察を述べた。
「ミーミルンドの奴隷……家族として遇し、そして各地に身請けさせていると聞いたけれど。彼女もそうであるのなら、『埋伏の毒』は彼女だけの筈もない」
「なるほど……いずれにしたって。もしかしたら、僕が彼女を助けに行くのは間違いなのかもしれない。そう思わずにはいられないけど、でも。
リルを、殺させる訳にはいかない。だから、皆力を貸してほしい!」
「ええ。二人の綺麗な碧を、曇らせるわけにはいかないわぁ。
アンジェロくんに『自由に飛べるようにする』って約束したもの!」
シャルティエとアーリアは前へ前へと突き進む。キッチュの情報では偽勇者はアンジェロ達を探し回っているらしい。今にも見つかってしまうかもしれない。
「誰だって未来に希望を抱いて生きていけたらいい」
辛い日常の中で擦切れて何も考えられない。ただ生きているだけの屍となるよりも。希望を抱き目を輝かせて乗り越えて行く方がいいのだと『優光紡ぐ』タイム(p3p007854)はぎゅっと手を握った。
「あの子達が勇者を目指すのだってきっとそういうこと。なのに!
メダル欲しさに人を、子供を殺すなんて、そんなのは、違う」
眉を寄せ、悔しさを噛みしめるタイム。心細い思いをしているだろうと思えばこそ、その辛さに胸が押しつぶされそうになる。早く辿り着かねばと焦る気持ち。タイムの思いを解すように『八百屋の息子』コラバポス 夏子(p3p000808)はのんびりとした言葉を放つ。
「まぁー、ホント感心しちゃうよね。こういう手合いが必ず出る」
「そうよ。とっても腹立たしいわ」
「真面目に参加すりゃ問題無いのに。悪さしてまで達成しようって……根本的にモラルが無いぜ」
タイムの進行方向の邪魔な枝を払い、夏子は大げさに肩を落とす。
「そりゃ本物に排除されちゃうでしょ。この祭り『勇者』決定戦だもの」
夏子の軽妙な言葉繰りに『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)は岩を飛び越えて首を傾げる。
「勇者ってメダル奪うのアリなんです? それはもはや偽勇者とかじゃなくてただの蛮族じゃないです?」
「まぁ、入手方法は譲渡もありという事ですし」
リースリットは赤いスカートをはためかせ、足を取ろうとする蔦を難なく躱した。
「もうすぐ、ロファドの森に入るよ!」
上空からキッチュが叫ぶのを合図にイレギュラーズは手筈通り散開する。
「アーリアさん、シャルティエさん二人をどうかお願いします」
「任せてタイムちゃん」
「必ず二人を助けてみせるよ!」
差し出された手に指を乗せて、必ず成功させると三人は誓った。
――――
――
木々の葉っぱがカサカサと風揺れる音が『魔法騎士』セララ(p3p000273)の耳に届く。
普段よりも多くの音を拾うセララの耳。己の息を潜め注意深く森の音を聞き分けた。
セララが左前方の足音に視線を向けるとしにゃこ(p3p008456)の姿がある。
イレギュラーズはある程度散開しながら偽勇者を探していた。
偽勇者を見つけた時にすぐに集まれるよう離れすぎないようにしているのだ。
相手に気取られぬようゆっくりと風のそよぐ音に合わせ。されど進軍の歩は緩めずに進んで行く。
セララとしにゃこの右後方を『シュピーゲル』DexM001型 7810番機 SpiegelⅡ(p3p001649)が歩いて居た。彼女の周りには少女型の霊子妖精が浮いている。仲間との距離が離れすぎないように知らせる役割を担っているのだろう。
単独行動は敵に囲まれたり罠にはまったりするリスクがある。
されど、広い森の中を探索するにはこの方法は有効だとリースリットは耳をそばだてた。
前方から複数の足音が聞こえてくる。セララへと視線を向ければ彼女は既に把握しているようだった。
リースリットとしにゃこの元へゆっくりと近づいて来るセララ。
「見つけた」
「ええ」
三人は顔を見合わせタイムと夏子へと合図を送る。
タイムはフードを深々と被り、偽勇者に己を知覚させる為に走った。
危険な賭ではあるけれど、『子供に見える』背格好のタイムが囮になりアンジェロ達の救出に向かった仲間を援護するのだ。
タイムに反応して数体のバラジアスが吠え出す。
「だめ! こっちは危ない逃げなきゃ! はやくこっち!」
わざと『誰かもう一人に話しかけいる』ようにタイムは叫んだ。偽勇者は二人の子供を追っている。タイムの他にもう一人居るように思わせる為だ。
「おい! 見つけたぞ! こっちに居やがった」
「ったく、手間かけさせやがって。さっさとメダルを奪っちまおうぜ。こんな辺鄙な森の中じゃ殺したって誰も来やしねぇだろ」
「違いない……さっさとやるぞ」
偽勇者達はタイムを追いかけて集まってくる。
タイムは足下の木の根に躓いた振りをして地面に倒れ込んだ。
「うら! 大人しくしやがれ」
「やめて、メダルは渡すから! お願い……殺さないで……!」
ぶるぶると震え、カバンの中をごそごそと漁る素振りをみせるタイム。
弱々しく見える彼女に偽勇者達は口の端をあげた。これなら、簡単にメダルが奪えそうだと。
其処へ聞こえてくるのは、爆竹の如き破裂音と。
「お~れ~は夏子~ 勇者候補~♪」
槍の石突きを岩にぶつけ激しい音を打ち鳴らす夏子の姿があった。
「メ~ダルあっつめ~にっ魔物処理~♪」
「な、何だてめぇ!? 変な歌うたいやがって! メダルが目当てか!?」
「あ~、成程ぉ! あんたがたも? 俺もモテたくてね 結構集めてんだ~」
槍を肩に立てかけ偽勇者に笑顔を見せる夏子。
偽勇者はタイムを一早く掴み上げる。
「こいつらのメダルは渡さねぇぞ。俺達が先に見つけたんだ」
「あ~ん、あんたら、その子は一人に見えるんだけども? 『こいつら』ってどちらさん?」
「なに……を」
偽勇者はタイムを見遣り、傍に居るはずのもう一人を探す。
されど、そのもう一人は何処にも見当たらない。
タイムと夏子は一瞬だけ視線を交し――同時に偽勇者へと攻撃を仕掛けた。
一瞬の隙を狙われタイムを掴んでいた手を離した偽勇者。
「きゃっ」
勢い余って蹌踉けるタイムが地面に衝突するのを夏子が寸前の所で掬い上げる。
「っと、ギリギリセーフ」
はらりとフードが落ちて、タイムの美しい金髪が広がったのに偽勇者は目を見開いた。
先ほどまで追いかけていた子供は灰色の髪だったはず。
偽勇者は状況が読み込めず夏子とタイムを睨み付ける。
「てめぇら!? な、どういう事だ!?」
「いやいや~、状況の把握がおっそい、そんなんじゃ何時か命を落とすんじゃないかなぁ?」
夏子が口の端を上げた瞬間、取り囲むようにイレギュラーズが現われた。
「此処は私――リースリット・エウリア・ファーレルが拝領した領地です。勇者を僭称しての我が領での振る舞い、看過できません」
リースリットが手を広げ赤い瞳で偽勇者を睨み付ける。
「は!?」
「目的達成の為に清濁併せ呑む気質は、勇者として間違ったものでは無いがの。しかしこれは、些かつまらぬやり方であったな。どうせならばポイントランカーを直接狙うくらいの気概が欲しいところじゃ」
豪奢な着物が薄暗い森の中に翻る。『殿』一条 夢心地(p3p008344)は刀を抜き偽勇者へと構えた。
イレギュラーズは偽勇者の目的を知っている。されど、相手はイレギュラーズが何を目的に動いているかなぞ知る由も無い。思考はここから始まり、次にどう動くのかを仲間内で相談する隙が生まれる。
短絡的に不測の敵(イレギュラーズ)に対して斬りかかってくるなら良し。そうで無ければ混乱の隙を突くチャンスが訪れると夢心地は読んだのだ。
「メダル目当てなら私達を狙った方が実入りがよいのでは? ほら、ご覧なさい」
「――勇者ランキング上位、魔法勇者セララ参上!」
セララは稼いだメダリオンを天に掲げた。ちょうど木漏れ日がスポットライトの様に少女を照らす。
「君達が森に魔獣を放っている悪党だね。この森の平和を取り戻すため、成敗だよ!」
「この方を誰と心得る! あの勇者ランキング上位のセララ様であらせられるぞ!
貴方達なんか指先一つでけちょんけちょんですよ!」
セララの名乗りにしにゃこが合いの手を入れた。――偽勇者の怒りのボルテージが上がっていく!
「んだこの野郎ッ――!!!! ふざけてんのか!」
怒りで顔を真っ赤にした偽勇者の剣士が剣を構えた。
其処へ夢心地の太刀から放たれる灼熱の炎が吹き込む。
「なーーーーっはっはっは! 燃えて燃えて燃え盛れ――!!」
「ほいっと!」
丁度セララを巻き込む位置で攻撃を放った夢心地。されど、彼女の身軽さであれば易々と回避出来るであろうと踏んでのこと。赤き焔は偽勇者と魔獣のみを包み込んだ。
「ちぃ!」
「ボクを倒せばいっぱいメダリオン入手できるよー!」
「くそ! バラジアス行け!」
次々とセララへと襲いかかる魔獣の群れ。
赤いマントを翻しセララはバラジアスの爪を幾度となく躱した。
シュピーゲルはその様子をじっと見つめていた。
機会をうかがい、最高のタイミングで攻めようと待機していたのだ。
されど、彼女の周りを浮遊する霊子妖精が警告を発する。
「運が良いですね」
シュピーゲルの後ろには『聖なる』ジャジメントが一体潜んでいたのだ。
されど、彼女は冷静沈着に言葉を繰る。
「恐らく現状。シュピが最弱です。ゆえ、ゆえ。足掻かせて戴きます。お付き合い願いたく――」
――装甲、展開(スクリプト、オーバーライド)。
電子音が鳴り響き、シュピーゲルの身体が光に包まれた。
――戦闘機動構築開始(システムセットアップ)。
――動作正常(ステータスグリーン)。
「いくよSpiegel」
『Jawohl(了解)』
ジャッジメントはシュピーゲルの装甲を貫かんと閃光を放つ。
されど、直前に張られた破邪の結界によってシュピーゲルの身体を傷つける事叶わず。
その背後から迫るは『旅人自称者』ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)だ。
「子飼いの魔物でマッチポンプに飽き足らず。アーリアさんの知り合いを襲っているとは……
偽勇者とはなんとも度し難い方々ですね。そのやりたい放題の報いは、受けて頂きませうか」
ヘイゼルはステルスと気配遮断で身を潜めていたのだ。
完全なる奇襲。
一気にジャッジメントへと接敵したヘイゼルは蜘蛛が獲物を絡めとる様な赤き糸を展開する。
「さて、明らかにヤバそうなのは此方の方ですが……ヤバそうだった、で終わらせてあげるのです」
続けざまに振り向いたジャッジメントの閃光を飛び上がって避けるヘイゼル。
糸を引きずり仲間が居る場所までおびき寄せる作戦だ。
●
アーリアとシャルティエは戦闘の始まった音を遠くで聞いていた。
「絶対見つけて、守り抜きましょうね」
「はいっ、必ず。……急ぎましょう!」
キッチュから大体の場所は効いているからとアーリアは意識を集中させる。
アーリアは感情探知を色で識別するのだ。
仲間が戦っている方では偽勇者達が放つ怒りの赤が見える。
心を研ぎ澄ませ、木の隙間に見える恐怖の紫を強く意識した。
戦闘場所以外にも魔獣が潜んでいるかもしれないとシャルティエは耳を澄ませ注意深く探る。
リルも心配だが、アンジェロもスラン・ロウで一緒に助けた。既に縁は繋がりシャルティエとてあの少年を助けたいと思うようになったのだ。
程なくして、アンジェロとリルが潜んでいる大きな木の洞へと辿り着く。
「アンジェロくん、リルちゃん?」
「……」
アーリアの呼びかけに警戒するように息を潜める二人。
「もう、大丈夫だよ。リル。助けに来たよ」
「……シャルティエ様? どうして」
魔獣の死体を崩して、リルとアンジェロが姿を見せる。
「もう大丈夫、よく頑張ったわねぇ」
安心させるように二人の頭を撫でたアーリアは聖なる癒やしを二人に施した。
「リル……望まない形かもしれないけど、お願い。……今は、助けさせてほしい」
シャルティエの真摯な眼差しにリルは戸惑いながらも頷く。
子供達を挟み込むように駆け出したアーリアとシャルティエ。
仲間が戦っている戦場を迂回し、森の出口へと進んで行く。
されど、徘徊している魔物との遭遇に緊張が走った。数は一体。偽勇者達に感づかれる前に仕留めようとアーリアはシャルティエに頷く。
「アンジェロくんはリルちゃんを守ってあげてね。行くわよシャルティエくん!」
「はい!」
「二人だからって侮られちゃ困るわぁ」
アーリアの魔法が森の中に弾け、シャルティエの剣檄が木々のざわめきに木霊した。
――――
――
魔獣使いとヒーラーは気絶し地面へと転がっていた。故に魔獣の数は減り続け残り二体。主を失った魔獣はただ目の前の敵を闇雲に攻撃する玩具に成り下がる。
ジャッジメントはヘイゼルに対して攻撃を仕掛け続けているが、一対一で彼女の回避能力に敵う者は並大抵ではない。当たらない攻撃に更に怒りを増幅させていくジャッジメント。
ヘイゼルが強敵であるジャッジメントを上手く抑えたお陰でイレギュラーズ側の被害は最小限に食い止められていた。
「さすが、ヘイゼルさんだね! でもボクも負けてないんだからっ!」
「ええ、セララさんも大量の魔獣を抑えたのです。素晴らしい功績です」
何だか照れくさくてセララは剣を構える。
「じゃあ、魔物を蹴散らしてしまおう! ――全力全壊! ギガセララブレイク」
呼び寄せた黒い雲から轟音が鳴り響く。剣に宿した雷光が魔獣へと叩きつけられ閃光が瞬いた。
リースリットのスカーレットの瞳が残された魔物を捉える。
透明なクリスタルの刀身は炎を帯びて赤く燃え上がっていた。
セララが呼び出した黒き雲からの落雷はリースリットの剣にも宿る。
荒れ狂う連環の雷が戦場を走った――
「勇者ってセコい手使うんだ モテなさそう」
「なにが勇者候補よ、魔物まで使って……あなた達はただの卑怯者だわ」
憤慨するタイムの手を引いてジャッジメントの範囲攻撃から彼女を守る夏子。
一瞬の間。引き延ばされた時間の間に偽勇者は己へと向かってくる二つの攻撃に驚愕する。
夢心地が放つ太刀筋にしにゃこの弾丸がレールの様に走る。
「ギャアアア!?」
同時に訪れた刃と弾丸に雄叫びをあげる偽勇者。
いつの間にか仲間も全員倒れ、残るはタンクの偽勇者のみ。
ごくりと喉を鳴らす男。
「嘘だろ……何て強さなんだ」
「どうじゃ? 大人しく捕まりメダルを渡せば命までは取らない」
夢心地は剣先を偽勇者に向け、次刃の用意があることを見せる。
「見事な連携じゃったよ。じゃが、麿達の方が遙かに上手だったということじゃ」
砂を踏みにじり寄る夢心地。
「オーバーザリミット発動。音声入力。コード:VOB(ヴァンガードオーバーブレイド)」
シュピーゲルから警告音が戦場に鳴り響いた。
『Warnung(警告)。Unbekannt Einheit(不明ユニット)の接続を確認。
ナノユニットの異常放出発生。機体維持に深刻な障害。直ちに使用を停止シテクダサイ』
「撃鉄は上がりました。死にたくなければ手を引く事を推奨」
高出力のエネルギーが収縮していくのが肌で分かる。
「いまのうちですよ! しにゃこたちは本気ですから! このしにゃこラブリー・パラソルをぶっ放しても構わないんですよ?」
可愛らしい傘へと改造したライフルを構え、しにゃこはにやりと笑った。
「一応言っとくけど、投降がオススメ。魔物おとなしくさせる?
このまま全滅が良い? 負け方は選べるよ」
夏子の言葉に偽勇者はがくりと首を落とした。
●
雌雄は決した――
イレギュラーズの優れた連携と圧倒的武力によって偽勇者は白旗を上げ降伏する。
自分達の最強戦力であるジャッチメントをヘイゼルによって封じ込められてしまうなんて思ってもみなかっただろう。偽勇者達の綿密な連携よりもイレギュラーズの戦略が上回ったのだ。
脱力してその場に座り込む偽勇者に縄を掛ける夏子と夢心地。
彼等はメダル欲しさにアンジェロとリルに目を付けたのだろう。
狙った理由は弱そうだったからとお粗末なものだった。
イレギュラーズは安全な場所に避難させていたアンジェロとリルの元へ駆けつける。
二人をしっかりと見守っていてくれたキッチュに手を振ったアーリア。
「ありがとうキッチュちゃん。大丈夫だった? 魔物とかは来なかった?」
「うん。大丈夫。二人も大人しく待っててくれたし」
「そう良かったわぁ」
アーリアはアンジェロとリルを優しい眼差しで見つめしっかりと抱きしめた。
「ふたりともよく頑張ったわね。本当に間に合って良かったわぁ」
ぎゅうぎゅうとアーリアのあたたかさに包み込まれる二人は安心したように肩の力を抜く。
落ち着いた所で、リースリットが話しを切り出した。
「リルさん、カルセイン襲撃は誰の意思です。ミーミルンド男爵ですか、それとも」
シャルティエはリースリットの言葉に視線を上げる。核心的すぎる切り込みに心臓が跳ねたのだろう。
けれど、知りたい情報だ。
以前、カルセイン領が襲われた時には聞き出す事が出来なかったもの。
出来る事ならリルの口から聞きたいと思っていた。
直接繋がる要素はまだ見えないけれど、浮上している名をリースリットは反芻する。
身請け先、派閥の一員、或いは――
「――例えば。大奴隷市を主導し奴隷を食い物にしていたミーミルンド派貴族『クローディス・ド・バランツ』ですか?」
リースリットの口から出てきた名前にリルは驚愕の瞳を返した。
瞳孔は絞られ、彷徨う視線がリースリットから地面へと落とされる。
「ぁ……」
その名前に対して頷く事は奴隷としてあってはならない。主人の不利益になるような事は出来ない。
けれど、リースリット達は命の恩人だ。
リルは動揺しエプロンをぎゅっと握り込む。
思い詰めた様子にリースリットは小さく息を吐いた。早急すぎただろうかと。否、そうではない。誰にも聞かれていないであろうこの場所でさえ言葉を返せない程に恐怖がリルを支配しているのだ。
リースリットはシャルティエに場所を譲り一歩後ろへ下がる。
木の幹に寄りかかり情報を読み解いていく。
ミーミルンド男爵は知らない筈もないのにバランツの好きにさせていると取れた。
導き出される答えはミーミルンド男爵は何かを企んでいるのだろう。『この時期』にだ。
カルセイン襲撃、スラン・ロウと巨人……ギストールを滅ぼした巨人と人間の兵。
リースリットの思考の海は止め処なく流れて行く。
「ピースが足りない」
呟かれた言葉にシュピーゲルが振り向いた。
「――けれど一斉に起きたそれらの裏には男爵の影が見える、とは飛躍し過ぎでしょうか?」
「うーん、シュピには難しいなぁ」
シュピーゲルのゆったりとした声にリースリットは目を瞬く。考えに集中しすぎていたかもしれない。
深呼吸をして、今度はリルたちの気持ちに寄り添うように言葉を選んでいく。
「リルさん、アンジェロさん彼らは貴方達を利用している――何か良からぬ事の為に。
私達は貴方達を全力で護ります。そして力を貸して欲しいのです」
「力……」
リースリットの声にアンジェロは手の平に視線を落とした。
『力があれば』と己の無力に嘆いているのだろうとヘイゼルはアンジェロへと向き直る。
リルの動揺ぶりから察するにクローディス・ド・バランツとの繋がりは明白だろう。
では何の為カルセイン領へ襲撃を掛けたのかヘイゼルは二人の奴隷を見据えた。
「リルは悪くないよ。全部あいつが悪いんだ。クローディスがリルに命令した。だから、リルは悪く無い」
「アンジェロさんやめて下さい」
首を振ってリルはアンジェロの腕を掴む。
「だって、本当はリルを捕まえに来たんでしょ? リルが領地を攻撃したから」
アンジェロの瞳には怯えが浮かんでいた。アーリアやシャルティエに巨人から助けて貰った事はあるけれどリルを捕まえようとしているかもしれないと怯えているのだ。
「僕達は奴隷だから。お金も無いし、助けてくれたって何も返せないよ」
見返りや対価なんて持っていないのだと睨み付けてくる。
「ねえ、聞いて。アンジェロ君」
「……」
アーリアはアンジェロと視線を合わせ諭すように語りかける。
「私達はリルちゃんを捕まえたい訳じゃ無いわ」
「カルセイン領の被害も無かったし、俺やリオンも怒ってないよ」
シャルティエも同じようにアンジェロとリルに視線を合わせた。
「でも……」
アンジェロはアーリアやシャルティエの言葉をまだ信じられないでいた。彼は簡単に他人を信じられるような環境で育ってこなかったのだ。無償の愛なんて片割れにしか貰った事がない。自分が其れを注いでも良いと思えたのはリルが初めてだった。だから、アンジェロはリルを自分の手で守りたいと思っている。子供の執着と言えるのかもしれない。自分が守りたいという純粋な欲求だ。
「ねえ、二人とも元の場所に戻りたい? 命を落とした事にして匿う事もできるよ。でも無理強いはしたくないからね。二人の意志で選んで欲しい」
シャルティエの声にリルが青い瞳を上げる。期待と不安が入り交じった視線。
「逃げたいなら、私達が全力で匿うわ。安心してねぇ。もちろん戻ってきちんと手順を踏み自由になりたいならこのまま屋敷まで送り届けるわ。大丈夫よ、どちらでも構わないわ」
「リルには二回目になっちゃうね。裏切れない人がいるなら、意思は変わらないかもしれないけど……」
アーリアの微笑みにシャルティエが言葉を重ねる。
「……君が、本当に居たい場所に居て欲しい。幸せになれる場所に。僕やリオンの場所じゃないなら、それでも。勿論それでも、何かあった時はまた駆け付けるけどさ!」
真摯な眼差しでシャルティエはリルを見つめる。リルはアンジェロに視線を流し、彼の顔に迷いがあることを感じ取る。
「私はね、アンジェロさんには不自然な殺意が付き纏っているし出来ればこのまま帰したくないって思ってるの。もう、ただの勘、なんだけど」
アンジェロとリルにタイムの温和な声が降り注ぐ。
「それって、心配ってこと? 何で? 関係無いじゃん」
与えられる優しさにアンジェロは戸惑った。心配される道理も理由も見当たらなかったからだ。
自分達を連れていき、助けた恩をひけらかし、再び奴隷の労働力として酷使したいというならば話しは分かりやすい。けれど、タイムやアーリア、シャルティエ、リースリットからはそんな嫌な空気は感じられなかった。それがアンジェロには理解出来なかったのだ。そんな美味い話しがあるものかと首を振る。
だって、スラムに居た頃と同じように飛びつけば騙されて蹴られて薄汚い路上に捨てられてしまうのだ。
そんな風にしか生きて来なかった。
「……アンジェロさんは賢いのね。子供なら無邪気に楽な方に飛びついてもいいのに」
豊穣に居る少年も決して楽な方に飛びついたりはしないだろうけど。目の前の少年も別のベクトルであたたかさに飛び込めない。
きっとタイムが持っている勇者メダルを渡しても受け取ってくれないのだろう。受け取れる性格であれば先ほどのシャルティエの言葉に素直に頷くはずだ。
「今回は勇者メダルっていう見える形で勇気が試されているけれど」
タイムはアンジェロの胸元へ手を当てる。
「でも本当の勇気はここにあってあなたはそれを持っているわ。でも、覚えておいて。道は一つじゃない。あなたが手を伸ばしてくれれば私達はいつでもその手を取るわ」
優しく微笑んだタイムを真っ直ぐに見つめ、アンジェロは頷いた。
「僕はリルを守りたい。少しずつでもいいから自分の力で守りたいんだ。
それにご主人様は悪い人じゃない。綺麗な部屋と清潔なベッド、温かいご飯も勉強だって与えてくれる。
奴隷としては良すぎる程の待遇なんだ。悪いのは全部クローディスだから。でもさ、クローディスがリルに暴力を振るってさ、僕や君達が仕返ししたとして。今度はまた鬱憤晴らしにリルが殴られるでしょ。それじゃ意味が無いんだ。君達が言ってくれたようにリルを隠したとしても、見つかった時に殴られる」
クローディスは執念深い男だ。何故、リルに執着するのかは分からないが、彼女が逃げたと知れば見つけて折檻しようとするだろう。
「だから、僕達は帰るよ。ね、リル」
「……はい」
アンジェロの言葉にリルはシャルティエを見つめる。
「この度はありがとうございました。お気持ち嬉しかったです。このご恩は忘れません。いつか、自由の身になれたらお礼にお伺い致します」
深々とイレギュラーズにお辞儀をしたリル。それをアンジェロは複雑な心境で眺めていた。
僕に力があれば――
誰かに助けて貰わなくても、リルを守れたのに。
悔しい。悔しい。悔しい。
いつもそうだ。僕は守られてばかりで、何の役にも立てやしない。
でも、それでも、僕のこの身には『尊き血族』の力があるはずなのに。
力さえあれば。こんな貧相か身体じゃなくて。もっと強い力があれば。
強くて、誰にも負けない、僕だけの強い力。
力を欲する者に手を伸ばすのは。
彼方よりの――『声』だ。
少年を『器』とせしめん何者かの囁きだ。
アンジェロはそれを『尊き血族』からの声だと思っただろう。
自分がリルを助ける事の出来る強さを手に入れる。
開いた手の平に力が漲るように感じた。
これでリルをクローディスから救う事が出来る。
誰にも頼らなくて良い。自分の力だけでリルを守れる。
この力があれば。
少年の碧瞳は希望に満ち溢れていた――
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
二人とも無事に助け出す事ができました。
一歩核心へと迫った方へMVPを。
ご参加ありがとうございました。
GMコメント
もみじです。魔物の群れに襲われたアンジェロとリルを助けて下さい。
●目的
・魔物の討伐
・リルとアンジェロの救出
・偽勇者の撃退
●ロケーション
レガド・イルシオン南部、旧メイフィス男爵領に位置するロファドの森。
普段は子供が狩りを習うような比較的安全な場所です。
しかし、現在は偽勇者が放った魔物が彷徨いているようです。
●敵
○『幽玄なる』バラジアス×10
獰猛な四足歩行の魔物です。偽勇者に使役されている魔物です。
俊敏な動き、鋭い爪や牙を持ち、鼓膜を揺さぶる音波を出して精神を蝕みます。
そこそこの強さです。
○『聖なる』ジャジメント×1
偽勇者に使役されている精霊です。
近~遠距離攻撃、回復等を行います。
かなりの強敵です。
○偽勇者×5
悪徳貴族に擁立された偽勇者パーティ。
リルとアンジェロに敵をけしかけ殺してメダルを奪おうとしています。
剣士、タンク、精霊使い、魔獣使い、ヒーラーが居ます。
よく連携をします。そこそこの強さです。
勇者たちは自分達が危ないと魔物を使って庇わせます。
魔物が全滅したら一目散に逃げて行きます。
●救出対象
○リル・ランパート
カルセイン家に最近雇われたメイドでしたが、実はクローディス・ド・バランツの命令で潜入と襲撃の任務を行うスパイでした。
イレギュラーズの活躍によりカルセイン領は無事に守る事ができましたが、リルは任務を失敗しクローディスに暴行されています。
とても心優しく、裏切ってしまう事になったシャルティエに自責の念を抱えています。
魔獣を操れますが酷く消耗していて怪我も負っているので、戦力にはなりません。
○『双翼の碧』アンジェロ・ラフィリア
古廟スラン・ロウでイレギュラーズに助けられミーミルンド男爵家に戻ってくることが出来きました。
リルを守る為、片割れを探す為、力を欲し、勇者になることを決意しました。
両親から聞かされた『尊き血族』だということ、自身が実際に古廟スラン・ロウの封印を解いたことによりアイオンの血を引く『勇者の末裔』だと信じています。
戦う事は出来ますが、消耗し怪我をしています。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●ブレイブメダリオン
このシナリオ成功時参加者全員にブレイブメダリオンが配られます。
ゴールド、ミスリル、アダマンタイトとメダルごとにランクがあり、
それぞれゴールド=1p、ミスリル=2p、アダマンタイト=5pとして扱われブレイブメダリオンランキングにて総ポイント数が掲示されます。
このメダルはPC間で譲渡可能です。
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