PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<フィンブルの春>デモリッシュスレイヴ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●百鬼夜行

 ――身体が痛く、重い。

 彼女が気がついたとき、すでにその身には何も残っていなかった。
 家も、家族も、キラキラした綺麗なアクセサリーも、お気に入りの服も、そして名前すらも。
 あるのは、ただ”奴隷”としての存在価値のみ。
 首と足に嵌められた奴隷としての証だけが、彼女の存在を認めるかのようだった。

 彼女を奴隷に陥れた奴隷商人の男は、事あるごとに彼女を殴り蹴った。
 奴隷商人の中でも格下、正真正銘のクズであった。
 男の商品である奴隷達は、男によって殺されることも少なくなかった。
 彼女も最初はそのことに怯えていたときもあった。
 でも、いつからだろうか。
 彼女は奴隷商人を下等な生物と見下し始めた。
 そう、頭の中で聞き覚えのない声が聞こえ始めた頃から、彼女は変質していった。

 ――クズのような人間ばかり……この世界は、腐りきっている。

 ゆっくりと内部から変質した名前のない少女。
 いつしか身体の痛みは消え、身体は羽のように軽くなっていた。
 彼女は、自分が変わったことには気づかない。ただ、周りが変わっていったのだと気づいた。
 そして、殺されていった同じ奴隷達が、いつしか鬼のような存在となって自分に付いて来てくれることを知った。

 ――みんなと、一緒に、こんな腐った世界……壊してやる。

 彼女を殴りつけた奴隷商人の男は、肉片をばらまきながら裏路地の赤いシミとなった。
 彼女が殴られているのを見て見ぬふりした、近くの露天商も同じように赤いシミとなった。
 彼女達が奴隷だということを知っていた街の人間達は、全員赤いシミになった。

 気づけば、彼女の周囲には百を超える幽鬼がいた。

 奴隷だった彼女は、鬼の面をつけて、百鬼と共に夜を往く。
 この腐りきった世界を自分の手で壊してやるのだと、ただそれだけを考えて――。

●勇者候補生のおじさん
「ここ最近の幻想はなにかと不穏な影が感じられますね」
 ある日の夜、ローレットより戻った『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)が自身の領地を視察しながら、誰にいうでもなく呟く。
 奴隷市の問題やレガリアの盗難、イレギュラーズの領地を始めとして魔物も大量に発生している。
 なにか策謀のようなものを感じるのは、ドラマの気のせいではあるまい。
 それにイレギュラーズの中で話題になっている勇者総選挙のこともある。
 幻想の王であるフォルデルマンの思いつきのようではあるが、イレギュラーズのみならず貴族や一般市民にも注目されている話だ。
 イレギュラーズである時点で英雄と見られるようにはなってきたが、その中のトップを決めるような話でもあるし、興味がないといえば嘘になるだろう。
 誰が勇者として選ばれるのか、気になるところではあるが最近また別の噂も耳にした。
 幻想国内の勇者ブームの到来に合わせて、勇者に憧れた者や、志す者、新世代の勇者を主張する者たちが、このブレイブメダリオン争奪戦に参入したという。
 もちろん後ろ盾が必要となる話なのだが、どうにも勇者ブームを喜んだフォルデルマンが有力貴族が擁立した者ならば認めるというおふれをだしたとか。
 特異存在であるイレギュラーズが優位なのは間違い無いが、このさきメダル争奪戦が激化するのは間違い無いだろう。
「まあ私はまだ4ポイントなので、いまから追いかけるのは中々大変そうではありますが……」
 と、ぼやきながら領地の中央を走る真っ直ぐな道を歩いていると、四人組の中年に話しかけられた。
「もしかして! この地の領主にしてイレギュラーズのドラマ・ゲツク様ではないですか!?」
「え、あ、はい。そのドラマ・ゲツクで合っていますが……貴方達は?」
 ゴツい体つきと精悍な顔つきに似つかない、人の良さそうな笑顔を向ける中年のおじさんは少年のような目を輝かせて馬鹿でかい手を差し出し名乗った。
「申し遅れました、私はゼガン。このたび勇者候補生として名乗りを上げさせて頂いた冒険者……みたいなものです。それでこっちが――」
 ゼガンと名乗ったおじさんが、自分の仲間を紹介する。
 魔術に長けニヒルな笑みを浮かべるおじさん、マキャベリー。
 千里を通す弓矢の使い手(自称)おじさん、フォーサイト。
 天義で神父として修行を積んでいた癒やし手おじさん、クライフ。
 そして、騎士であり冒険者でもある不壊の盾おじさん、ゼガン。
「つまり、その四人で勇者を目指すということですか?」
「ええ、まあ、そういうことになりますな」
 鼻下に指をあて照れるように笑う四人のおじさん。
「我々は子供の頃から英雄に憧れていたんですが、まあこの歳まで経験を積んだものの、そう上手くはいきませんで。そんな中、ここ数年のイレギュラーズの皆々様の活躍には胸をワクワクさせたものです」
 憧れを語るように、ゼガンはイレギュラーズへの熱い想いを語る。
 面と向かってそう言われると恥ずかしいものだと、ドラマは長い耳を気づかれないように動かす、
「そんな折りのこの勇者ブームでしょう。我々も夢を諦めたわけではなかったのです。いまこの歳でどこまでやれるか。試したくなったのです」
「なるほど、そういうことだったんですね」
「我々を擁立する貴族様はこの近くに領地をもっておられるのですが、イレギュラーズであるドラマ様がここに領地を持ってると聞いて、近くでありますし挨拶に、と思っていたところなのですよ」
「ああ、そうでしたか。そういうことなら折良く出会えてよかったです。不在の時も多いですからね」
「どうです、これから食事でも……」
 おじさん達と食事か、どうしようかと考えた時、歓楽街――その外から悲鳴が上がった。
「何事ですか!?」
「ドラマ様、我々も向かいます。ローレットにも連絡をとって急いで向かいましょう」
 ドラマは頷き、四人のおじさんと共に歓楽街へと走った。


 壊す、殺す、壊す、殺す。
 この腐りきった世界の全てを、私が――鬼たる私がすべて壊して平らにする。

 奴隷だった少女が、足についた鎖を引き摺り、歓楽街『パイディア』へと侵入した。

GMコメント

 こんにちは。澤見夜行(さわみ・やこう)です。
 ドラマさんの領地内に百鬼夜行が現れました。
 領地を守る為、これを撃退してください。

●ブレイブメダリオンについて
 このシナリオ成功時参加者全員にブレイブメダリオンが配られます。
 ゴールド、ミスリル、アダマンタイトとメダルごとにランクがあり、
 それぞれゴールド=1p、ミスリル=2p、アダマンタイト=5pとして扱われブレイブメダリオンランキングにて総ポイント数が掲示されます。
 このメダルはPC間で譲渡可能です。
 
●依頼達成条件
 幽鬼の群れ四十体以上を倒す。

●情報確度
 このシナリオの情報精度はBです。
 情報は正確ですが、情報外の出来事も発生します。

●奴隷少女について
 鬼の仮面をつけて、ゆらりゆらりと歩く少女。
 ある程度力あるものが見ればすぐにわかるでしょう、彼女が魔種であることに。
 その力については一切不明。しかしながら本人が自ら攻撃を仕掛けてくる様子はなさそうです。
 周囲は幽鬼に囲まれているため接近は困難。範囲攻撃であれば巻き込めるかもしれませんが、その結果どのような反撃が待っているかは予想できません。
 周囲の幽鬼が減れば撤退します。

●幽鬼について
 奴隷少女を守るように周囲を固め、視界に映る全てのものを殺し、破壊します。
 その数、百以上。
 能力的にはそう強いモンスターではありませんが、数の暴力が厄介です。
 また物理攻撃に対して耐性が強めです(効かないわけではありません)
 一体の攻撃に合わせて近場の二体までが手番を飛ばして連携攻撃してきます。
 半数以上は奴隷少女の周囲から動くことはありません(近接距離まで近づかないと攻撃してきません)

●NPC
 ゼガン、マキャベリー、フォーサイト、クライフの四名と、歓楽街に設置された騎士学舎より15名の騎士が戦いに参加します。
 おじさん四名の戦闘力はイレギュラーズに及ばないものの、高い連携力と戦術でイレギュラーズをサポートしてくれます。
 騎士達は周辺建物を襲う幽鬼達の相手をしてくれますが、足止めが限界で放っておけば死んでしまうでしょう。

●戦闘地域
 フィッツバルディ領歓楽街『パイディア』の中央街道が戦場となります。
 百鬼夜行は数にものを言わせて周辺施設を破壊しながら西へと真っ直ぐ街道を進みます。
 障害物はあるものの、自由な戦闘が可能でしょう。
 
 そのほか、有用そうなスキルやアイテムには色々なボーナスがつきます。

 皆様の素晴らしいプレイングをお待ちしています。
 宜しくお願いいたします。

  • <フィンブルの春>デモリッシュスレイヴ完了
  • GM名澤見夜行
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年04月28日 22時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ワルツ・アストリア(p3p000042)
†死を穿つ†
ドラマ・ゲツク(p3p000172)
蒼剣の弟子
アルテミア・フィルティス(p3p001981)
銀青の戦乙女
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
ネーヴェ(p3p007199)
星に想いを
エル・エ・ルーエ(p3p008216)
小さな願い
ハンス・キングスレー(p3p008418)
運命射手
蛇蛇 双弥(p3p008441)
医神の双蛇

リプレイ

●鬼の少女
 歓楽街の中央を走る街道は騒然としていた。
 突如現れた幽鬼の群れ――その数百以上。
「こんな場所にあれだけの数の魔物が……。
 と、とにかく防衛線を構築します! 領民の皆さんはすぐに避難して下さい!」
 領主たる『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)の声に、すぐさま領民達が悲鳴を上げて逃げていく。
 だが、その最中次々と幽鬼に一般人達が襲われていく。警備騎士達が助けようと必死に抵抗した。
「目に付くものを破壊、殺害しようとするのもそうだけれど、数がここまで多いと厄介極まりないわねっ」
「闇雲に突撃っていうのも不味そうね。私達でもあの数に飲まれたら一溜まりもないわよ」
 『プロメテウスの恋焔』アルテミア・フィルティス(p3p001981)と『紅の弾丸』ワルツ・アストリア(p3p000042)が近寄る幽鬼を払いながら、状況を確認する。
 二人の言うように、幽鬼の数が多すぎる。街道を埋め尽くし団子状態になった幽鬼たちは、つかず離れずで周辺の店を破壊し、逃げ遅れた人々に襲いかかっていた。
「これだけの幽鬼が、街中に現れるのは、少々不自然ですね……なにか原因が――あれは?」
 『うさぎのながみみ』ネーヴェ(p3p007199)が幽鬼達の中心に不自然な鬼の面を見た。
 幽鬼達と同様に鬼の顔を浮かべているが、それは実体をもったお面だ。
 お面なのだが、それがただ浮かんでるわけではない。
 鬼の面をつけた――ボロボロの奴隷服を身につけた少女がいた。
 その場にいたイレギュラーズは瞬時に理解する。
 その気配、その禍々しさは、それだけで死を予感させる。
「あの子……魔種だ」
 『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)の呟きはイレギュラーズ全員の耳に入り、同意せざるを得なかった。
「あわわわ。
 街の中で、たくさん幽鬼さん、魔種さんも、大変だって、エルは思いました」
「大変、なんてもんじゃねえかもなあ。蛇に睨まれたカエルはこういう肌のひりつきを感じるのかねえ。
 まあ、だからって引く理由にはならねえ、仲間の領地を我が物顔で歩く連中だけは放って置けねえから潰す」
 慌てふためく『ふゆのこころ』エル・エ・ルーエ(p3p008216)と不安定な精神を表にださず語る『蛇に睨まれた男』蛇蛇 双弥(p3p008441)が魔種たる少女に視線を送る。
「……壊す……殺す……」
 鬼の面の底からおよそ少女のものとは思えない低く怨嗟の籠もった呟きが漏れる。
 その言葉に合わせて幽鬼達の動きも活発になっていく。
「なるほど。
 ――君たちは確かに、己が欲の為に可能性を掴み取ったんだろう」
 『虚刃流直弟』ハンス・キングスレー(p3p008418)が鬼の面の少女が反転に至ったことを思う。
「その欲を僕は肯定する。するだけ、だけどね――」
 だが、どれだけ絶望したとして、その可能性だけは掴んではいけなかったのだろう。
 ――今日という日の花を摘め。
 呟くようにハンスが口にしたその言葉が、魔種との遭遇戦の始まりを告げた。

●迎撃
「あれが、魔種か……!」
 勇者候補であるゼガン達が息を飲む。
 貴族に擁されているとはいえ、一介の冒険者に過ぎないゼガン達は、魔種という存在は耳にしたことはあっても遭遇するのは初めての経験だ。
 肌で感じる危機感に、思わず足が震えそうになる。
「いや、だが、ここで出会ったのも何かの導きか! 我々とて勇者候補、この難局乗り切って見せようさ!」
 リーダーゼガンの言葉に奮起する仲間達を見て、イレギュラーズは彼ら四人が良いチームであることを再確認した。
「では、おじさん達は周辺を襲って群れからはぐれてる幽鬼達の対応をお願いします!
 ウチの警備騎士達では荷が重い相手でしょうから」
「心得た!」
 ドラマの指示に従いゼガン達が動き出す。
「私も騎士さん達の援護に回るよ! 私がいる限り、絶対に犠牲は出させないからね!」
「なら私も手伝うわ。正面切って戦うにはちょっと分が悪そうだからね。援護に回らさせてもらうわ」
 アレクシアとアルテミアはすぐに行動に移る。
 アレクシアは攻守バランスに優れ幽鬼の相手も十分に可能だ。そこにアルテミアのサポートが加われば、劣勢にある騎士達を守り抜くことも可能だろう。
「それじゃあ、エルは、みんなの、目になるね」
 エルは夜目の利く白い小鳥を二羽喚びだすと、自分達の頭上と、幽鬼達の群がる中心、魔種の頭上を旋回させる。視覚共有を用いて、敵の位置を正確に把握することができるようになった。
「僕も援護に回ろう。この状況じゃ混乱して逃げ遅れる領民もいるだろうからね」
「なら、俺は直接数を減らしていこう。まとめてやるのは得意だ」
 ハンスと双弥が同時に低空飛行に入る。友人である二人は息を合わせたようにそれぞれの行動を開始した。
「私もそろそろ仕掛けようか! そんなに群がってるんじゃ良い的ね!」
「フォローします。兎の攻撃はあまり通らないかもしれませんが、命中精度は上げれるはずです」
「助かるよ! それじゃ行こうか!」
 ワルツが愛用のスナイパーライフル”Cauterize”に魔力(ひ)を入れる。
 装填された魔力弾を即座に発射すれば、連なる紫電が幽鬼達の身体を焼ききっていく。
 そしてそこを、ネーヴェが機動の慣性を切れ味に変えて突撃する。
 突如現れるネーヴェに幽鬼達の切り裂きを伴う連係攻撃が襲いかかる、それを素早い身のこなしで回避するネーヴェ。
「それは追わせないよ――!」
 追いすがる幽鬼が神聖なる光に焼き払われる。ハンスの放った神気だ。
「上ばっか見てると足下救われるかもな――!」
 地上で上を見上げ待機する幽鬼達に、双弥の放つ魔砲が突き刺さる。多くを巻き込み幽鬼達の隊列がやや崩れ始めた。
「とにかく、まずは数を減らしましょう! ネーヴェさんに釘付けになっている今がチャンスです」
 ドラマもまた魔力を迸らせ、チェインライトニングを放つ。
 街道の地面に落雷させながら進む蒼白い雷光。感電をもたらすことで抵抗力を弱めていった。
「う、うわぁ――!」
 警備騎士が幽鬼のかぎ爪によって吹き飛ばされる。絶命の危機に怯える騎士だったが、そこに立ちふさがるのはアレクシアだ。
「破邪の光よ! 不浄なる者を焼き払え!」
 放たれる神気が幽鬼を滅する。
「大丈夫? すぐ傷は癒やすからっ」
 癒やしの福音が騎士を癒やす。騎士は礼を言って、今一度武器を手に取った。
「ふ――ッ!」
 息を吐いて、アルテミアが跳躍する。幽鬼達に囲まれた騎士へと救援に入るためだ。
 物理攻撃が通りにくい相手に、アルテミアはよく善戦している。特に騎士達を統率し、余分な被害を出さないように的確な指示をだしていた。
「編隊(エレメント)を維持して一体一は避けて戦いなさい! 一人が注意を引いて、他のもので隙を狙っていくのよ!」
 こうしたアルテミアの活躍によって、周辺被害も抑えられたと言っていいだろう。
「幽鬼さん達が、ばらけ始めました。少しずつ、数が、減ってきてますね」
 エルの状況把握も十二分に役立っていた。アルテミアやアレクシアが窮地に陥った騎士達を救い出せるのも、こうしたエルの役割があってこそだ。
 またエルの”冬のおとぎ話”と呼ばれる武器での攻撃が、呪殺を伴うことで、ジワジワと幽鬼達にダメージを蓄積させてたのも大きい。
 迎撃に徹していたイレギュラーズは、次第に幽鬼達の穴を作り上げていき、攻勢のチャンスを得ようとしていた。
 しかし、その視線の先にいる鬼の面を付けた少女は、ただブツブツと何するわけでもなく呟いているだけだった――。

●激情の羅刹
 戦いが始まってから数分。
 幽鬼の数を少しずつ減らしていってはいるが、鬼の面を付けた少女の周囲にはまだ倒した数の数倍は残っている。
 だが、数が減り幽鬼の隊列が変わってきたことで、少女の姿がよく見えるようになっていた。
「……あの姿を見るに、この奴隷騒ぎに巻き込まれた少女、なのでしょう」
「そう、だね……その可能性は高そうだね」
 少女の身に何が起きたかはわからない。が、魔種として反転した以上、相応の”何か”があったはずだ。
 その上で、魔種となった以上、命を失うことでしか救いはほぼないはずだ。
「怒りしかないわね……」
 奴隷というものに、思うところのあるアルテミアは強く拳を握りしめた。
「意味のないことかもしれないけれど……それでも、私はあの子のことを知りたい……!
 この感情の強さは普通じゃないから――」
「わたくしも、無駄かもしれませんが、問うてみたいことがあります」
 アレクシアとネーヴェが魔種との対話を望む。
 無駄なことはわかっていても、悲劇の果てに少女が生まれたのならば、それを知っておきたいのだ。
「……なら、気張って道を開けようじゃないの! 高火力なら私にお任せってね」
 スナイパーライフルを構えたワルツが二人にウインクし、仲間達も仕方なしと笑みを浮かべた。
 そうして、魔種である少女との対話が試みられた。
「右側に、幽鬼さん達の、薄い箇所が、あります!」
「了解!」
 エルの指示に従い、ワルツが魔弾を発射する。高威力の紫電が幽鬼たちを焼き払い一筋の道を作り出した。
 離れていた幽鬼たちが、道を塞ごうと動き出す――!
「お前達の相手はこっちだよ」
 それを双弥の魔砲が阻み、開けた道へとアレクシアとネーヴェが駆け込んだ。
 虚ろに正面を向いていた少女が、初めて首を動かした。
「何があったの……? あなたの身に何があったのか――悲劇があったのなら、それが起きないようにしたい。だから教えてよ、あなたが何者なのか!」
 アレクシアの言葉に、ぴくりと少女の身体が震えた。
「何者……何者でもない……私は何もない……」
 呟くような少女にアレクシアが声をあげた。
「何もないことなんてない! あなたは、こんなに傷ついて……!」
 奴隷服から覗く少女の身体は、傷と痣だらけだ。
 魔種にでもなろうものなら、身体ごと綺麗になりそうなものだが、少女はそうではなかった。
「傷……そう、この世界はおかしい……この世界は私を、私達を傷つけるばかりだ……」
 少女の声色が、今一度怨嗟に包まれ出したことをアレクシアは察した。
「あいつも……あの露天のやつも……あの街の人間達も……!
 全員クズだ! ゴミ以下の存在だ! この世界は何もかも汚物に塗れてる!!
 だから、全部……壊す! 殺す! 壊す! 殺す!」
 考えられないほどの怨嗟を前に、アレクシアは言葉を失う。
 どれほどの悲劇を味わえば、人はこのようになってしまうというのか。
 ヒーローでありたいと願うアレクシアは、救うことの出来なかった少女を前に、己の無力さに心を痛めた。
「そうして、何もかも壊し、殺す、その破壊行動が、貴女の願いであるならば――」
 その先に一体、何を望むのか。
 ネーヴェの問いかけに、少女はスーッと意気を消して。
「……何もない……全てを壊し、殺したら……私も死んで、おわり……」
「そんな……」
 少女にとっての希望は何もない。
 奴隷商に捕まったあの日から、もう少女には――少女達にはなにもなかったのだ。

 ――家も、家族も、キラキラした綺麗なアクセサリーも、お気に入りの服も、そして名前すらも。
 
 残ったのはただ一つ。
 この世界全てに対する、怒りのみだ。
「……あなたたちも、私を救ってくれなかった……下等な生物よ……!」
 知ることもできなかったイレギュラーズに、無茶なことを言っているが、少女にとってそれだけが価値のあることだった。
「殺す……壊す……殺す……壊す……!!」
 少女の怒気が膨れあがり激情を灯すかのように鬼の面に火がついた。
「二人とも下がって下さい! もう斃す以外に道はありません!!」
 ドラマが叫び、援護するようにアルテミアが二人の退路を繋ぐ。
 少女がアレクシアを掴もうと伸ばした手が空を切る。
 そこに、ハンスが飛びかかった。
「やあ、お姫様。……このまま、高みの見物で終われるとでも思った?」
 魔種である少女の能力は未知数だが、ハンスはあらゆる阻害を無効化する能力をもつ。故に、他の誰よりも多くの情報を得られる確率は高い。
「君がどうして、どういう思いでそう至ったかは知らないけどさ――それは、真に世界を敵に回す選択だ」
「その通りよ! 世界は敵! すべて破壊するもの!!」
 少女の周囲を固める幽鬼たちが一斉にハンスに襲いかかる。その襲撃を受け流し、躱しながらハンスが活路を拓く突破口を生み出す。
「汝みずからを知れ――」
 離れた距離からの瞬間移動、そして生み出された”虚刃流皆伝【空踏】”。虚光の槍が少女を撃ち貫いた。
「ついでにこれも上げるわ!!」
 ハンスが飛び退くと同時にワルツの放つ紅の穿光が少女の身体を紅く染め上げる。
 魔種といえば強靱無比な身体を持つイメージだったが、少女に与えた手応えは、確かなものだった。
 これで倒せると言うことはないとは思うが、僅かにイレギュラーズに魔種討伐のイメージが膨らんだ。
「……痛い……痛い……痛い……」
 血を垂らしながら少女が呻く。
 そうして膝をついて泣きはらすように嗚咽をもらしたかと思うと――瞬間、イレギュラーズの視界が赤く染まった。
 イレギュラーズだけではない、その場にいる魔種と幽鬼以外の全て――建築物も含めて――鮮血に染まった。
「う、ぐあぁ!?」
 ゼガンが苦痛の呻きをあげた。
 ゼガンだけではない、ゼガンの仲間達も騎士達も、そしてイレギュラーズもまた全身に切り傷が産まれ悲鳴をあげそうになる。
 目をやれば赤く染まった建築物にも無数の切り傷や打撲の後がついていた。
「痛い……痛い……痛い……!!」
「!?」
 そのとき、ワルツとハンスは何が起こったのか理解するのに時間がかかった。
 ワルツの目には見慣れた紅の穿光が自分に向かって走ってくるのが見えた。
 ハンスの目には、幽鬼のような影が自分の身体を通り抜けたかと思うと、虚光の槍が目の前に出現し、自身の身体を打ち貫いたのが見えた。
 ありえない光景だが、二人が倒れたことが、それが事実であることを告げていた。
「――ッ!? アレクシアさんすぐに回復を!」
 ドラマが声を上げて、アレクシアとともに全員の傷を回復させようと試みる。
 幸いだったのは、その時、双弥とエルによって群れの外の幽鬼が倒されて、幽鬼たちは半数程まで減っていた。そして残った幽鬼たちは全員が少女を囲むように動かなかったことだ。
「……あれは!?」
 アルテミアは目を見張る。
 幽鬼に囲まれ呻く少女。その少女に幽鬼が一体寄り添うと溶け込むように消えて行った。
 そして、まるで何事もなかったかのように、傷の癒えた少女が立ち上がった。
「ま、まだ、立ち上がる、ですか? もう、帰ってもらっても、大丈夫、ですよ?」
 エルが霊魂操作をもちいながらお願いするように声をだす。
 それが聞いたかは定かではないが――、
「……きらい……あなた達も……私達の敵よ……次は、絶対に殺す……壊す……」
 ぼやくように呟いて、少女が街の外へと消えて行く。
「なんとか、なったの……?」
 魔種たる力の片鱗を味わったドラマは、力なくそう呟くのだった。


 戦い終わって。
 ドラマの号令で街の復旧作業は恙なく進むようだった。
 傷の手当てを終えたイレギュラーズはドラマの勧めで食事をとっていた。
「あれが、魔種ですか……尋常成らざる力を持つのは理解できました」
 ゼガンが重苦しそうにいう。自身の力では太刀打ちできないことを痛感しているようだった。
「どのような攻撃だったのか定かではないけれど、戦闘範囲全域に不可視の斬撃……いえ、打突もありそうな感じだったわね」
 アルテミアの分析にエルが頷く。
「エル、見てました、ワルツさんと、ハンスさんに、飛んでく攻撃。あれ、お二人の、技のようでした」
 その言葉にワルツとハンスは頷き合った。
「間違いないわね。私のはVermillionとほぼ同質のものだったわ」
「僕も自身の技と認識できるレベルのものでした」
「技を盗んだとは、思えません……。あの時、あの魔種の少女は、俯いて呻いていただけですから」
 ネーヴェの推察に、アレクシアが頷く。
「考えられるのは……反射かな? それも私達が知るようなものじゃなくて、受けた攻撃をそのまま返すみたいな」
「それは……ちょっと脅威ですね……」
 それ以外にも、幽鬼を取り込み回復する手段も持っているようだった。
 あの魔種の少女がどれほどの耐久値をもっているか不明だが、もし倒そうと考えるのならば、こちらの被害は想定以上のものになるはずだ。
「まあ、何にしても皆さんのおかげで私達も騎士の方々も生き残れました。さすが勇者に近い英雄の方々だ。感服致しました」
「なに、おっさん達が勇者になるのも面白えだろうさ。実現するかは別問題としてもな。人を守れるならアリだ。その力は今回の戦いでよくわかったよ」
「お恥ずかしい限りですが、そう言ってもらえると私達もまだまだ皆さんに追いつきたくなるものですな!」
「ゼガンさん……いえ、そうですね。今は難局を乗り越えたことを喜びましょう。
 さあ、皆さん食べて下さい、今日は私のおごりです」
 空気を変えてくれたゼガンに乗っかり、ドラマが景気よくグラスを掲げた。
 イレギュラーズ達も皆それにならいグラスを掲げる。

 アルテミアは思う。
 魔種たる少女を生み出した原因は、一連の騒動で問題となっている闇奴隷市に違いないと。
 ――絶対に根元を断ってみせる。
 そう固く誓う。
 ワルツもまた、奴隷の恐ろしさをよく知っていた。
 奴隷のフリをするのだけでも恐ろしかったのだ、悲劇に見舞われたあの少女がどれほどの苦痛を受け、世界を恨むようになったのか……想像は難しい。
 できることは、ただ早く楽にしてあげることだと、そう思った――。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

澤見です。

魔種との遭遇戦お疲れ様でした。
ひとまずドラマさんの領地は守られました。

縁があれば魔種との再戦もありえるでしょう。
依頼参加ありがとうございました。

PAGETOPPAGEBOTTOM