シナリオ詳細
Blue,Blue sadness
オープニング
●Side A
許されないことだとはわかっていた。しかし、そうしなければいられなかった。
娘……ケイスが死の淵に瀕したのは、先月の事だった。それは、私にとってまさに青天のへきれきであり、それまで目立った病など罹った事の無かったケイスが、突然に患った難病であった。
理由はわかっている。ケイスが、『うみがみさま』の祠に入り込んだのだ。『うみがみさま』は、祟りをもたらすとして封じられ、奉られたことによりこの街に恩恵をもたらしてきた『祟り神』の一柱である。その祠は禁足地であり、如何に子供と言えど、そこに立ち入る事は許されない。
そこに……ケイスは入ってしまったのだ。瞬く間に、ケイスは祟られた……あとは死を待つだけであったが、ひとつだけ、助かる方法があった。
……うみがみさまの祠にある、『大きな魚の鱗』を奪い取るのだ。うみがみさまの力の象徴であるその鱗があれば、祟りの力を中和して、少なくとも、ケイスは……助けることができる。
わたしは魚の鱗をブローチのように加工して、ケイスに手渡した。
……目論見は成功した。ケイスの死人のようだった肌は温かみを取り戻し、やがて起き上がり、話せるようになっていった。
助かったのだ……ケイスは。これで……。
●Side B
許されない事が起きていた。街の守護神ともいえる『うみがみさま』の祠が荒らされたのだ。そして、中にあった御神体である『大きな魚の鱗』が奪い取られた。
その結果がこれだ。近海の海に、巨大な怪物が徘徊するようになった……おそらくは、うみがみさまの化身か、そのものなのだろう。巨大な怪物は、海を荒らし始めた……漁に出る船を襲い、漁師を喰らった。海の魚を喰らい、生態系を荒らした。港や町を襲撃し、損害をもたらした。正常に祀られている状況ならば。うみがみさまは近隣の海とこの街に豊作をもたらし、静かに眠っているだけだったのだ……これも、奉るべきうみがみさまの祠を荒らした、何者かの仕業なのだ……。
何者か、と言ったが、そのものの正体はつかめていた。この街でも有数の金持ちである、シトロッド家の人間の仕業だ。
シトロッドの娘、ケイスが、祠に立ち入り祟られたことは、街の中でも噂になっていた……すぐに呪い殺されるだろう、と誰もが噂していた。しかし、ケイスは生きている。ひと月も、呪い殺されることなく……。誰かが噂した。あいつが命惜しさに、鱗を盗んだのだと!
シトロッドの主、デルチャイは、それを否定した……だが、証明のために邸内に立ち入ろうとする者たちを、雇った傭兵により武力で追い払った。もはや関係性は明白だった。シトロッド家に、御神体はある。取り戻さなければならない。だが、あの厳重に配置された傭兵たちを、私達一介の町人が、どうやって、突破すればいいというのだ……?
●Side A+B
シトロッドの屋敷の前には、今日も多くの住人たちが詰めかけていた。泥棒。反逆者。お前のせいだ。様々な罵声が飛び交い、それを傭兵たちが抑えている。
屋敷の二階から見える海の景色は、今日も荒れに荒れていた。波はうねり、波が港湾設備を破壊する。湾内に見えるのは、巨大な『ウツボのような生き物』であった。アレが『うみがみさま』なのだろう。御神体である『大きな魚の鱗』を奪われたうみがみさまは、怒れる精神をそのまま発露し、この街の住人に罰を与えようとしている。
「おとう、さん」
窓から外を眺めていたデルチャイ、彼に声がかけられた。寝巻に身を包んだ、9歳ほどの少女である。
「ケイス」
デルチャイが唸った。
「寝て居なさい。まだ体調が万全では」
「私のせい、なんだよね」
どこか達観したようにケイスが言うのへ、デルチャイは頭を振った。
「違う。これは……お前のせいじゃない。あの怪物は、お前とは関係ない」
「うそ。おとうさん、嘘をつくとき、眉を凄く曲げるの……わかってる。私が死ねば、全部解決するんだって」
「違う、違うんだ、ケイス……」
デルチャイは、ケイスを強く抱きしめた。涙をしとどに流す。何がいけなかったのだろう。ケイスの無邪気な好奇心か。それとも信仰への無知か。だが、その大小はあまりにも不釣り合いだと、デルチャイは思った。
「大丈夫だ。お前は何も心配しなくていい……先日、ローレットに依頼を送ったんだ。あの化け物を退治してくれってね。それで、全部終わるさ……」
それは自分への慰めにも近かった。デルチャイはケイスを強く、強く抱きしめると、ケイスと、そして己を安心させるように、優しくケイスの頭を撫でた。
「シトロッド! お前ももうすぐ終わりだ!」
一方で、門扉の前には、群衆たちが詰め寄っていた。
「ローレットに依頼を出した! もうすぐ、この館の傭兵どもを蹴散らして、御神体を取り返してくださる――!」
●選択
「まったく同じタイミングで、まったく正反対の依頼ですね」
ふむん、と、テーブルに並べた依頼書を見つめながら、 『小さな守銭奴』ファーリナ(p3n000013)が呟いた。
ローレットに届いた二つの依頼書は、海洋のとある港町、メルリダから届いたものだった。
片方。街を脅かす怪物を倒して欲しい、と言うもの。
片方。街を脅かす盗人から、御神体を回収してほしいと言うもの。
ファーリナが調査をしてみれば、その立場は相反するものであった。前者は『自分たちが生き延びるために、『うみがみさま』を倒してほしい』と言うものであり、後者は『町が生き延びるために、前述の依頼主から『御神体』を回収してほしい』と言うものである。
「ハイ・ルール上、両方の依頼を受諾して、イレギュラーズ同士を衝突させるわけにはいきません。しかし、私達情報屋がどちらかの依頼を選択するのも、角が立つ気がしますねー」
むむ、と唸りつつ、ファーリナは呟く。
「ここは……選んでもらいますか。依頼を受ける、イレギュラーズの皆さんご自身に」
さっそく、ファーリナは仕事を探していたイレギュラーズ達へと、声をかけた。
皆さん自身の意思で、何方に味方するかを決め、片方の依頼を遂行してください、と。
- Blue,Blue sadness完了
- GM名洗井落雲
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年04月15日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●神鎮め・前
「ありがとうございます……ですが……」
よいのですか、という言葉を、デルチャイは飲み込んだ。依頼を行ったのは自分だ……シトロッドの二人(じぶんたち)を救うために、『うみがみさま』と戦う事を依頼したのは。そして、イレギュラーズ達はそれを選んだ。
「正直な事を言う。どっちにもつきたくねぇってのが本音だが」
『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)は口元に手をやりながら、言った。
「だが、『海神(うみがみ)』さまってのは、この街の手に余ると思ってる。今後同じことが起こって、また街が対立したらそれこそ、だろう? だから、火種を完全に潰す。それが俺(ワダツミ)の流儀でね」
「これは荒ぶる神を鎮めるだけじゃ」
『海淵の祭司』クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)がぎこちなく微笑んで、言った。
「故に……お主らが気に病むことはない。起こるべくして起きた事じゃ。重ねて言う。気に病むな」
クレマァダの視線は、シトロッドの娘、ケイスへと注がれている。不安げにうつむくケイス。その胸に輝く、おおきなうろこのブローチ。
『闘技戦姫』ミルヴィ=カーソン(p3p005047)は、ケイスに近寄ると、優しく抱きしめた。
「大丈夫。きっとうまくいくから。必ず、助けるよ」
優しく、ケイスの頭をなでる。それから、ブローチに触れると、
「このブローチ、少しだけ、預からせてもらってもいい?」
「はい」
逡巡する様子もなく、ケイスは頷いた。
「ありがとう」
ミルヴィは頷く。手渡されたブローチを見つめ、
「それじゃあ、行ってきます。街の人達も騒がしいと思いますけど、出来るだけ刺激しないで。それから、助かったら、今回のケア、お願いします」
ミルヴィが言うのへ、デルチャイは頷いた。一行は部屋を後にし、傭兵に案内されるまま裏口へと移動する。正面から移動し、町民たちに囲まれないようにとの理由だったが、やはり裏口にも少なくない町民たちがいて、疑惑の目をこちらに向けていた。
「海も荒れてるし人心も荒れてるし、不穏だよなあ」
町民たちの視線を背に受けながら、『若木』秋宮・史之(p3p002233)が言う。
「繁栄(かね)と命か。そう言ったら命を選ぶのが普通じゃないのか」
「究極的に言えば、所詮は自分の命ではありません故に」
『特異運命座標』饗世 日澄(p3p009571)は、ギフトによる頭痛に耐えながら、そう言った。
「町民たちの心配もごもっとも。金が無ければ、より多くの父と娘が飢えて死ぬやもしれませぬ。
なれば多を救うため、小さな家庭が破滅しても、ああ、それもまた正義で御座いましょう。
ああ、ああ! しかし素敵ですね! 情を推して正義を創って神鎮めだなんて、なんて綺麗な救いの手!
全力でその指の一本、爪一枚を演じましょう! さすればわが身を苛む悪の痛み、少しは偽善に癒されるやもしれません!」
「大げさだね。でも、確かに。俺がイレギュラーズじゃなかったら、きっとあの一家から御神体を取り返して、それで穏便に済ませてたと思う」
『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)が苦笑しつつ、言った。しかしその笑みが消えれば、その眼に浮かぶのは決意の瞳。
「だけど、俺は今はイレギュラーズだ。この力をどう使いたかと言われれば……うみがみさまに立ち向かう事を選ぶ。それは、力持つゆえの傲慢なのかもしれない。町民たちからしたら、唾棄すべき思い上がりなのかもしれない。けれど、それでも」
「みんな、複雑に考えすぎだよ」
『いわしを食べるな』アンジュ・サルディーネ(p3p006960)が、ふむん、と唸りながら、言った。
「うみがみさまが近隣の魚を食べてるって事は……いわしの事も食べてるって事だよ? つまりシンプルに悪い奴だよ? いわしにひどいことするのなら、アンジュは神様だろうが許さないよ。絶対つぶす」
ぐっ、と拳を握るアンジュに、くすくすと笑ったのは『カーマインの抱擁』鶫 四音(p3p000375)である。
「アンジュさんはブレませんねぇ。しかし、それでいいのかもしれません。
私としては、どちらの結末が生み出す物語でも良いのですが、より長く楽しめると考えれば、人の手に余る様なものは取り上げておいた方がよいかと。
繰り返す同じ物語を紡がれても、面白くはありませんからね」
四音がにっこりと笑う。
一同にそれぞれの思いの違いはあれど、うみがみさまを討伐……いや、鎮める、という点では一致していた。
港へと向かう。海は荒れており、遠くには巨大な、ウツボのような怪物が見えた。それはうみがみさまの化身か、あるいはそのものであり、これを鎮めることが、イレギュラーズ達の目的であった。
一行は、用意していた船に乗り込む。停留している状態でも、船の揺れは激しい。
「行くのかい、あんたら」
港に居た、年老いた漁師が、イレギュラーズ達に声をかけた。
「気をつけてな。勘違いしないでもらいたいんだが、街のモン全員が、子供を殺してでも、なんて考えてるわけじゃないよ。
ただ……変わらぬはずだった未来を、変えられちまう気がしてな。皆怖いのさ」
「ふむ。安心を奪われたようなものですからね。
ページをめくっていたら、いきなり物語が白紙になったようなものです。それはストレスでしょう」
四音が言う。漁師は雨の中、煙草をふかしながら、言った。
「そうじゃな。じゃが、やはりあれはわしらの手には余るかもしれんな。
これはいいタイミングだったのかもしれん……親離れするべきなんじゃよ、ワシらは」
「そうじゃな。
神に仕える為に人があるのではない。人の為に神があるのではない。
全ては天然自然の流れなのじゃ。
ご老人、風邪をひくぞ。家に戻って暖かくしておるとよい」
クレマァダがそう言うのへ、漁師は頷いた。
「よーし、では出航と参りましょう!
船尾良し! 前後左右視界良好! 舵中央敵影確認!
さあ、安全面に配慮してアクセル全開で参りましょう!」
日澄がそう言って、イズマの小型船の舵をとる。高々と張られた帆が、嵐の中において風を受けて進みだした。
随伴する、『私船『蒼海龍王』』。ウィーディーシードラゴンを模した船首が、嵐の中において神をにらむ。
「さて、神鎮めと行くか。落ちるなよ!」
縁が声をあげ、船を操る。かくしてイレギュラーズ達の船が、嵐の港へと漕ぎ出した。
●神鎮め・行い
荒れる海を、イレギュラーズ達を乗せた船が行く。波打つ海面。死した魚の臭い。神が暴れし海とは、こうも腐るものなのか。イレギュラーズ達は、自らが行う神鎮めの困難さを改めて実感する。
イレギュラーズ達が近づいてい来るのを、ウツボも察知したらしい。鎌首をもたげるように海面から顔をのぞかせ、警告するように激しく吐息(ブレス)を吐き出した。空気がびりびりと振動する。それが物理的な衝撃となって、イレギュラーズ達の肌を叩く。
「奴さん、相当腹を立ててるようだね。ああ、こわいこわい。なんてね」
史之が手に刀を抜き放ちつつ言う。
「おじさん! もっと船近づけて!」
同船しているアンジュが声をあげるのへ、
「あいよ、振り落とされんなよ!」
ギフトの効果により心に響く声を無視しながら、縁が言う。舵を回し、船を滑らせた。接近してくるイレギュラーズの船に、ウツボは牙をむき出しにして、再びブレスを吐く。物理的な衝撃も、しかしイレギュラーズ達の歩みを止めるには足りない。
「行ってくるよ! 戻って来るまで沈まないでね?」
アンジュが言って、荒れる海を見つめる。
「誰にものを言ってる? 沈むものか、この船がな」
縁が片手を軽く振ってこたえる。
「援護頼むよ! あの牙をへし折ってくる!」
史之が言って、アンジュと共に荒れた海へと飛び込んだ。泡で視界が歪む水中。食い荒らされた魚の食べ残しが無残に浮かび、アンジュはその眉を怒らせた。
「ゆるっせない! いわしの裁きだ!」
アンジュが水中で手をかざすと、その指先から迸る雷が、さながらいわしのような形をとりつつ海上を走った。いわしの雷が空気と海水を蒸発させて臭いを散らし、ウツボの身体を強かに撃ち付ける。ウツボが痛みに身を反らせた。刹那、海中から飛び出してきた史之が、ウツボの身体の上を走る。
「神様だか精霊様だか知らないが、ウツボの見た目してるなら、弱点だってウツボだろっ!」
手にした忠節の打刀に雷を纏わせ、ウツボの身体を蹴りとんだ。顔面迄一息に飛ぶと、その目をめがけて刃を振るう。斬。ばちり、と雷が走る音共に、剣閃がウツボの左目を切り裂いた。赤い血が噴き出し、雷がその傷口を焼く。ごう、と吠えたウツボが、反撃とばかりに頭突きを繰り出す。頭突きと言えば可愛らしいが、巨大な壁が迫るようなものだ。史之はとっさに腕を突き出してガードを試みたが、叩きつけられた勢いのまま、海中に撃ち落とされる。
ややあって、海面から史之が顔を出す。ぷは、と息を吐き。痛みに痺れる身体を確認する。
「やあ、お帰りなさい。傷の手当てをしましょう」
落着したのは、四音の船の近くだったようだ。船の上から声をかけた四音は、賦活の力を史之へと注ぎ込む。
「ありがとう!」
「いえ、皆さんの命を癒し守るのが私の使命。安心して戦ってくださいね」
にこにこと笑む四音。それを背に受けて、史之は再び海中を泳ぐ。一方四音は、自身の小型船を戦場近くへと移動、仲間達の位置取りを確認する。
「さて、皆さんの戦い、物語……ぜひとも見届けさせてもらいますよ」
回復術式を編み上げ、解放する。放たれた賦活の力がイレギュラーズ達に注がれ、傷と体力を癒していくのを感じる。
しかし、ウツボの攻撃も激しいものだ。吐き出された水流、その飛沫すら礫の如き硬さで、イレギュラーズ達を迎撃する。礫の中る激痛を受けながらも、しかしイレギュラーズ達は攻撃を続行した。此処で折れるわけにはいかない。選んだ道、その責任を果たすためにも。
「荒ぶる神よ、畏み申す。
弓引く無礼を咎め給うな。
凡てはいづれ海に還るのだから」
クレマァダは詠うように唱える。その金の眼が鮮やかに輝くや、同時にその右手を振るった。途端、荒れる海に巨大な波がたちおこり、ウツボに向けてなだれ込む。激しい海嘯が、ウツボを叩き据えた。その巨大な体が、圧力に倒れ込む。ごう、と海面が揺れた。
「今だ、首を狙う!」
「了解了解、イズマさまの後押し、サポート、背中をお押ししましょう!」
日澄が手にしたライフルを構える。己の精神力を弾丸と変え、船の船首にて構えるや、一気に打ち放つ。荒らしを駆け抜ける弾丸が、身体を引き起こそうとしているウツボにつきささった。直撃したウツボが身体を震わせる。同時に、イズマの振るう刃が、首筋を切り裂いた。だが、浅い。首を飛ばすには至らなかったが、一撃に再び体勢を崩す。次の攻撃は痛烈な打撃となるだろう。
「続いてくれ! このまま抑える!」
イズマの言葉に、頷いたのはアンジュだ。
「一匹一匹は弱くても、みんなで力を合わせれば大きな魚だって倒せるんだ。
リヴァイアサンはもっと強くて、神々しかった。
見てきたから分かる。おまえに神性は無いよ。ただ呪いをばらまくだけの魚。
いわし(みんな)の恨み、思い知れ!」
アンジュが再び、その手を振るった。放たれる、いわしの雷撃! 体勢を崩し、己の弱点をさらけ出したウツボに、その雷撃は強く叩きつけられた。ぶすぶすと体中から煙があがり、ウツボが怒りの雄たけびをあげる。
「黙るんだな、神様!」
「これは人間の我儘だが……それでも!」
史之とイズマ、二人の斬撃が、ウツボの顔面へと迫る。左右より放たれた斬撃が、ウツボの牙を切り裂き、斬り落とした。巨大な牙が、水面に落着して水しぶきをあげる。
口から血を流したまま、再びウツボが水流を吐き出した。もはやビームのようなそれが海を裂き、縁の『蒼海龍王』を狙う。
「仮にも神に喧嘩を売るってのは生きた心地がしねぇが……祟るなら俺にしておくんだぜ。他のやつらと間違えなさんなよ」
縁は『蒼海龍王』を見事に操舵すると、その一撃を最小限の被害で乗り越えた。縁は甲板を走り、船首から跳躍すると、ウツボに肉薄する。反撃とばかりに放たれた掌底の一撃が、打点を軸にウツボの身体を激しくのけぞらせた。
「ミルヴィ、やるなら今だ! だが、失敗したならば……」
「分かってる!」
縁の言葉に、ミルヴィは頷いた。
「さて、クライマックスですね。では、その背中、後押ししましょう」
四音が賦活の力を編み上げ、ミルヴィに送り込む。体に湧き上がる力と共に、ミルヴィは水中を泳いだ。ウツボはミルヴィから距離をとろうとしたのか、身じろぎをする。だが、それを妨害するように放たれたのは、日澄の魔弾だった。
「おっと、お客様。上映中にはお席をお立ちにならぬよう!」
同時、ミルヴィが、刃を振るった。ファル・カマル。イシュラーク。二振りの刃。
「これで――」
斬撃が、ウツボを切り裂く――同時に! 海中が激しく揺れ動いて……ミルヴィの周囲を、暗闇が支配した。
たかきものよ ちにおちよ
ふかきものよ みをさらせ
うみの まにまに たゆたうものの
たけりを ここに うつしだせ♪
――歌が聞こえる。
『コン・モスカの歌であるか』
と。
それはミルヴィに言った。
『強欲なる人の子よ。コン・モスカの娘よ。汝らの唄に応え、一たびの言葉を残すものである』
それは、言った。
『我は人に豊穣を/災禍をもたらすものなり。これは我の成り立ち。人の力でどうあるものではない。
しかし人の子よ、汝の勇に、我は応えん。
我は失せよう。今一たびの水底にて眠ろう。
されど豊穣は失われるものなり。これは我の最後の災禍と心得よ。
我が再び人の前に姿を現すことは無し。自らを由として生きよ。それが汝らの罰なり』
「――うみがみさま……!」
ミルヴィが手を伸ばす――刹那、視界がぐるぐると回った。ミルヴィは、もがきながら足をばたつかせた。光のある方へ。光のある方へ。やがてその光に到達したとき、ミルヴィは海面に顔を出していた。はあ、と息を吐く。荒れていた海は凪を取り戻し、空は太陽が差していた。
「やあ、おかえりなさい」
四音は笑って、船の上から浮き輪を投げてよこした。ミルヴィがそれにつかまる。
「どうやら、神鎮めはなったようですね。これにて物語は終わる。ええ、ええ。お疲れさまでした」
ミルヴィが、辺りを見渡した。荒れていた海も、死の臭いも、今はしない。
気づけば、手に握っていたブローチも、何処かへ消えていた。
そして、神聖な何かも、この海から失せているように感じていた――。
●神鎮め・後
舞台は再び、シトロッド邸へと移る。戻った時、親子は確かに、己の呪いが消えていることを実感していた。そして、この街から加護が消えたことも、親子はもちろん、すべての町民たちが、本能的に理解していた。
シトロッド邸前で、縁は町民たちを前に立っていた。
「今回の件は、誰が悪いってわけじゃない。いつか起こるべき事件が、今起きたと考えるべきだ」
だから、と縁は言う。
「シトロッドに危害を加えるのはやめてくれ。お前達が手を汚すべきことじゃない。ただ、今回の件からの復興には、シトロッドの援助を行うように、俺からも説得する……」
「それに、祟り神の祠を厳重に封鎖してなかったのも、今回の事件の原因の一つだよ」
アンジュがそう言う。
「あんなのに頼らずとも大丈夫だよ。もう祟りにおびえる事は無いんだから。
だからさ、手を取り合って、仲良く暮らそうよ。いわしの群れのように! 」
「今後については、俺も一緒に考えるよ」
史之が言った。
「今までうみがみさまに頼って怠けてきたツケが回ってきたんだと思えばいいよ。豊作は人の手でもなせるんだからさ。まずは農地や漁業の取れ高を確認して、そこから売り方も考える。俺も手伝うよ」
「うみがみさまは鎮まった。過去の繁栄は戻らなくても、人間の力で復興していけるだろう」
イスカが、町民たちに告げる。
「生きて、協力して、新たな繁栄を築くんだ」
町民たちがざわつく。怒りがすぐ収まるわけではないが、しかしこれからの事は考えなければならない。複雑な感情が、彼らを支配していることに、イレギュラーズ達は気づいていた。
そんな町民たちを窓から眺めながら、ケイスの部屋で、クレマァダは言った。
「……この街に居づらいならば、モスカがお主等を預かろう。
海がお主らを生かすのならば、生きるじゃろう」
「亡命するのでしたら、お手伝いは致しますよ?」
日澄の言葉に、ケイス、デルチャイは頭を振った。
「いいえ。此処で生きていきます。街の人の援助もしなければ。それが、私達の贖罪なのだと思います」
「そっか」
ミルヴィは言った。
「……元気でね。どうか、思い詰めないで」
「はい。ありがとう、ミルヴィお姉さん」
ケイスが儚げに笑った。
これからこの街が、この家族がどうなるかはわからない。
すべてが正しく、元通りになる道はない。
変化は常に訪れるものだ。
「……ですが。その物語の行き先が、どのように着地するか――ふふふ。たのしみですね」
四音のいう通りに。
これから紡がれる物語は、未だ誰にもわからなかった。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
ご参加ありがとうございました。
皆様の活躍により、祟り神はこの地を去り、シトロッドの家族は救われました。
加護を失った町は、これ派までよりは確実に、衰退するのでしょう。
それを食い止めるために、皆さんの手伝いが必要になるのかもしれません。
いずれにせよ、今語られるべき物語はここまでとなります。
GMコメント
お世話になっております。洗井落雲です。
青は悲しみに満ちて、而して最良は選べず。
●成功条件
以下ルートAとBのうち、どちらかを選択して遂行すること。
ルートA、『うみがみさま』を撃破する。
ルートB、『大きな魚の鱗』を回収する。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●状況
海洋のとある港町、メルリダに、『うみがみさま』と呼ばれる怪物が現れました。
うみがみさまは漁に出た船を襲い、近隣の魚を喰らい、街を破壊し、怒りのままに暴れ狂っています。
こうなった原因は、街の資産家、シトロッド家の令嬢、ケイスがうみがみさまの祠に侵入し呪われ、その治療のために御神体『大きな魚の鱗』を盗み去ったためでした。
うみがみさまは祟り神のような存在で、適切に祀れば、街に加護をもたらし、その加護によって、街は反映してきた歴史があります。
……そんななか、対立する二つの陣営から、皆さんに依頼が送られてきました。
皆さんが選択できるのは、二つの一つ。
『シトロッド家に味方し、うみがみさまを滅ぼし、ケイスの命と引き換えに、うみがみさまの加護と今までの街の繁栄を捨て去るか』
『町民たちに味方して大きな魚の鱗を回収。うみがみさまの加護と街の繁栄と引き換えに、ケイスという幼い命を捨て去るか』
どちらかしか選べません。
どちらか一方にしか味方できません。
何方を選び、何方を捨てるかを、あなたの意思で選んでください。
プレイングには、『ルートA』と、『ルートB』の、何方を遂行するかをご記入ください。
仮に複数の選択肢が選ばれていた場合は多数決で、同数の場合は『どっちがより覚悟を決めているか』で決めます。
●ルートA
シトロッドの依頼を受諾し、『うみがみさま』を滅ぼします。
このルートでは、ケイス、そしてデルチャイが生存することでしょう。しかし、街には甚大な被害が残り、うみがみさまの加護と繁栄は失われます。
加護と繁栄を失った町がどうなるかはわかりませんが、これまでよりいい事にはならないでしょう。しかし、人の命には代えられないのではないでしょうか。
ルートAでの作戦決行タイミングは昼。フィールドは荒れ狂う港湾内、海の上になります。
乗り物や水中行動等を用意しておくと、有利に戦えるはずです。
●ルートA エネミーデータ
うみがみさま ×1
メルリダの街で奉られていた『祟り神』です。巨大なウツボのような外見。その正体は不明ですが、おそらく精霊のようなものです。
巨体であり、マーク・ブロックには三名以上(ハイ・ウォールは二名として換算)必要になります。
EXAが非常に高く、1ターンに複数回行動は確実にしてくるでしょう。
また、『乱れ』系統のBSや、『窒息』系統のBSを使ってくる事が有ります。
基本的に物理属性での攻撃が多いですが、射程距離は至近から遠まで、揃えてあります。
●ルートB
町民たちの依頼を受諾し、シトロッド家へと強襲。傭兵たちを蹴散らし、『大きな魚の鱗』を回収します。
このルートでは、大きな魚の鱗を回収し、それを町民たちが祠へと返すことで、うみがみさまを鎮めます。正常に祀られたうみがみさまは再び眠りにつき、街には加護と繁栄が約束されます。
その結果として、デルチャイとケイスは死ぬでしょう。しかし、街の人々の生活を考えれば、仕方のない犠牲であるはずです。
ルートBの作戦決行時刻は昼。フィールドはシトロッド家の屋敷です。
屋敷には門番が、内部にも多数の傭兵がおり、乱戦、連続戦闘は避けられないでしょう。なお、屋敷は町民たちに包囲されているため、デルチャイとケイスが屋敷から脱出することはありません。
●ルートB エネミーデータ
傭兵たち ×25
一般的な海洋の傭兵たちです。剣で武装した者、銃で武装した者、それらを支えるヒーラーなどで構成されています。
一度に全員と遭遇するわけではありませんが、しかし数は多いです。くれぐれも油断されぬよう。
傭兵たちの攻撃は、それぞれ所持する武器によって属性、レンジが変わります。
剣・銃もちの繰り出す『出血』系統のBSや、ヒーラーの使う『痺れ』系統のBSに注意してください。
デルチャイ・シトロッド ×1
ケイスの部屋で待ち構えています。シトロッド家の主人です。自身も呪いに冒されていますが、今のところは『大きな魚の鱗』の影響で生きています。
戦闘能力は一般人程度ですが、ケイスを守るために、剣を持って必死に攻撃してくるでしょう。
別に生死は問いませんが、大きな魚の鱗がなくなれば程なく呪いによって死にます。
ケイス・シトロッド ×1
ケイスの部屋に居ます。シトロッド家の一人娘。九歳。好奇心旺盛な女の子で、礼儀正しく、街でも人気の少女でした。かつては。
戦闘能力はありませんが、彼女が『大きな魚の鱗』を持っています。
彼女はすべてを理解しているため、抵抗することもありません。イレギュラーズ達が迫れば、魚の鱗を渡してくれるでしょう。
わざわざ殺す必要はありませんが、大きな魚の鱗がなくなれば、程なく呪いによって死にます。
●おまけ
このシナリオでは、通常通り『海洋の名声』が取得できます。
が、もしあなたが、己の行為を悪として心に刻みたいなら、『悪名』とプレイングにご記載ください。
名声は悪名へと転じ、あなたの心には、悪を成したという傷痕が刻まれます。
以上となります。
それでは、皆様のご参加とプレイングをお待ちしております。
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