PandoraPartyProject

シナリオ詳細

ブルー・サイレンス

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●孤児たちの庭
 吐いた息は白く凍り付いた。
 外の気温は、寝泊まりするにはまだ肌寒い。
 手をすり合わせるけれども、そこにあたたかさはない。
「っ、邪魔だ、ガキ!」
 すすけた孤児を、通行人が蹴っ飛ばした。それをとがめるものは誰もいない。
 孤児の方も慣れっこだ。じっと黙っているだけで、足音が過ぎ去ってからようやく顔をあげた。
……片手に財布を手にしている。先ほどの男からスリとったものだ。中身を抜き取って、気が付かれないように路地裏に捨てた。
 絶え間なく、ゲホゲホと咳をする老人の声が響き渡っている。
 ここは貧民街。光の届かない場所だ。

 貧困と不潔。
 幻想王都――きらびやかな世界であればあるほど、影もまた色濃く忍び寄る。
 孤児たちは身を寄せ合い、通気口の上で暖を取っている。
「……なんか、景気悪いよな?」
「残りもんもなんか少なくなったし、……野良犬も減ったよな」
「……」
 幻想が随分騒がしい。
 いつも、犠牲になるのは末端のものたちばかりだ。立場の弱い孤児たちだからこそ、見えるものがあった。
……すべての孤児たちが、そうとはいかないが……。
 孤児の中で、慎重に様子をうかがっている孤児がいた。捨てられた財布を拾い上げて、小さな名刺を抜き取っていた。
「おい、触るなって。しょっぴかれるぞ」
 きょとんとして見返す。
 この孤児は知っていた。「情報」のほうが、「目先の金貨」よりもずっとずっと重い価値があるということを。読みかたなら、仕事のために教えてもらった。文字列を頭に入れ、もとにもどす。あの男のものではないだろう、誰かの名刺。
「おい、あっちで、炊き出しやってるんだってさ。いかないか?」
「炊き出し?」
「なんでも、好きなだけ寝泊まりして、いくらでもお代わりしていいんだって。えーっと、なんてったっけな。俺、字が書けないから……とわ、とわ……これ」
 トワイライトポーションズ、だ。
 ……慎重な孤児は、じっとその様子を見ている。
「行く?」
 頷いた。何かわかるかもしれない。

●欠けた報告
「……」
 トラスト商会の現会長、エリザベス=トラストは難しい顔で報告をまとめていた。
 幻想王都を本拠に持つトラスト商会は、各国の上流階級向けに高級品や希少品を取り扱う大きな商会である。
 そして、その情報網は幅広い。表からは見えないいくつもの顔を持っていた。
――貧困層の孤児達を使った、独特な情報網の管理者というのもそのひとつである。
 大人ではどうしても届かない場所の情報が、緊急事態を察知させることもある。
(1人、足りないわね?)
 今日も? あぁ、こんなことは稀であるべきなのに。
 その日エリザベスに届いた定期報告は、1人分足りなかった。
 彼女の『子供たち』は優秀だ。
 怠惰に過ごすことはないし、退き際を誤ることもない。
 つまり――。

「何かあった」のだ。

●ギルド『ローレット』
「分かったことは、2点」
 エージェントが淡々と告げる。 
 スラム街で『トワイライトポーションズ』という製薬会社が人を集めていて、何か悪事を働いている様子であるという事。
「そして、もう一つ……王都で流通している、ドラッグ『サイレント・ブルー』についてです」
 ”透明なヤク”、と言われているそれは、依存性のある薬物の一種だ。聞いたことがあるものもいるかもしれない。
「これを飲んだ人間は幸福感を得、一時的に異様な力を獲得するそうです。
 素手で人を絞め殺したり、あるいは馬車を倒したり、だとか、そういった事例が報告されています」
 気になるのは”犯行の現場が極端に目撃されていない”ということだった。
 無論、事件が深夜だったということもあるだろう。霧が深かったというのもあるだろう。けれども、もっと何か別の理由がある。
「我々は、情報を集めました。得られたのが、こちらのネズミです」
 エージェントは、かごに入ったネズミを見せる。しっぽの先だけが透き通ったネズミだ。
「ええ。その研究所近くで見つかったネズミです。……『トワイライトポーション』は、人々を被検体にして、『サイレント・ブルー』を作っている。そして、その効果は……人々を狂暴化させ、一時的にか、体を透明にするものであること」
『サイレント・ブルーを摂取すると、適性のあるものは、極端に周りからの視認率を下げる』、つまり、周りから見えづらくなるのだろうとエージェントは言う。無論、実用化の段階まで進んでいないという事は、何か致命的な欠点でもあるのだろう、というのが依頼人の推測だった。
「製薬会社を告発するには、証拠が足りない。けれども、指をくわえてみているわけにはいかない。だからこそ、あなた方にお願いしたいのです」

●透明になる
「ふーん。透明になっちゃう薬かあ。……美咲さんが透明になるなんて、いやだなあ」
 ヒィロ=エヒト(p3p002503)は両肘をついて、美咲・マクスウェル(p3p005192)の瞳を眺める。
「だって、もったいないよ。ずっと見ていたいのに」
「私も、ヒィロが見えないのは嫌だな」
 美咲は柔らかく微笑んだ。
「透明になったら何がしたい、なんて、よくある思考実験だけれど――寂しいよね」
「だからその、お薬? だっけ。ぜんぶなくしちゃっても困らないよね」

GMコメント

布川です。
お待たせしました!
不完全な沈黙の青を、叩き割ってやってください。

●目標
『トワイライトポーションズ』研究所に侵入し、悪行の証拠をつかむ。

●敵
被検体×3名
『サイレント・ブルー』を投与された被検体です。
 薬の効果で視界では捕らえづらく、人としては異様な筋力を持ちます。
 通常、攻撃が当てづらく、回避が面倒ですが、嗅覚やその他の工夫で大幅に軽減することが可能です。

 廃人となっているものが2名で、1名はまだ助けられるかもしれません(失踪した孤児です)。

一般研究員×10名
 ただの研究員です。武装していますが、戦いには不慣れです。

●場所
『トワイライトポーションズ』研究所
 幻想にある製薬会社です。「人びとに、あまねく奉仕する」というキャッチコピーのもと、慈善活動を行っています。孤児や身寄りのないものを集めては食事と寝場所を提供しています。
 ……それは表向きの話であり、エサでつって、「サイレント・ブルー」の適合者を探しては被験者にしています。

 銃で武装した見張りがいたり、かなりきな臭い場所です。
 とはいえ、イレギュラーズであれば問題なく侵入することができるでしょう。
 研究員か被検体に扮するか、わざと捕らえられるか、こっそり忍び込むかといったところでしょうか。
 やばい資料のある深部に行くほど権限の高いカードキーが必要です。
 ほどよく偉そうな研究員をのして先に進むか、扉を破壊したり、何らかの方法で不正に解除したりしましょう。それっぽければなんでもアリです。
 あまりおおっぴらにやると見張りに見つかるかもしれません。証拠を処分されないようにだけ注意しましょう。

『サイレント・ブルー』
 出来損ないのドラッグです。
・一時的に透過率を極端にあげ、視認されにくくなります。
・身体能力を極端に引き上げ、理性を失います。
・(使用の副作用※戦闘後)虚脱します。身体能力はもとよりも低下し、身動きが取れなくなります。なんにせよロクなことはありません。
 暗殺者や兵士を作成するために研究されていた薬のようですが、効力は短く、また、保存に適さないようで、実用性はほぼありません。外に出しても、せいぜいが一般のドラッグと同じというところのようです。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • ブルー・サイレンス完了
  • GM名布川
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2021年04月06日 22時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ヒィロ=エヒト(p3p002503)
瑠璃の刃
※参加確定済み※
美咲・マクスウェル(p3p005192)
玻璃の瞳
※参加確定済み※
カンナ(p3p006830)
彷徨人
ドゥー・ウーヤー(p3p007913)
海を越えて
霧裂 魁真(p3p008124)
陽炎なる暗殺者
イスナーン(p3p008498)
不可視の
花榮・しきみ(p3p008719)
お姉様の鮫
シャオ・ハナ・ハカセ(p3p009730)
花吐かせ

リプレイ

●静かなる青
「ドラッグですか……。このようなものが流れるなどとても見過ごせませんね」
『彷徨人』カンナ(p3p006830)はただ、「彷徨人」と名乗る。
「混沌に喚ばれたのもきっと神のお導き。特異点として職務、全うしましょう」
『花吐かせ』シャオ・ハナ・ハカセ(p3p009730)は静かに百合の花を揺らした。
「悪しき毒に蝕まれるのは悍ましきことです」
 凜とした芳しい香りに、『お姉様の為』花榮・しきみ(p3p008719)は僅かに唇をほころばせた。けれども、その表情は陰謀を思い、すぐに煙った。
「恋のような優しい物でないならば、それは得てはいけない快楽に程近いのでせう」
 カンナは柄だけの剣を手にして、前へと進む。
「さぁ、悪意を打ち砕かせてもらうとしましょう」

「困っている人を助けるふりをして、もっと困る人が増えるようなことをする……
そんな悪行許せないよ」
『海を越えて』ドゥー・ウーヤー(p3p007913)は痛ましげに目を伏せた。お腹がすくのは、つらいことだ。生き延びるために、罠にかかってしまう気持ちも理解できた。
「透明に成れる薬ですか、実用出来れば色々と悪用出来そうですが、体だけ透明になっても道具を持ち込めないのでは私としては欠陥と言わざるを得ないですね」
『夜に溶け込む』イスナーン(p3p008498)首を傾げた。イスナーンはカメレオンのブルーブラッドである。そのような半端な薬品に頼らなくても、その髪はゆっくりと空色に透ける。
「……ん? つまり服用者は全……いえ、詮無いことですね」
「人様にもお天道様にも見せられないようなことしたいから、見えないようになりたいんでしょ

『ハイパー特攻隊長!』ヒィロ=エヒト(p3p002503)は溌剌と頷く。太陽に向かってぐいと背伸びをして、笑顔で隣を振り返った。
「だから、うん、やっぱりそんなの全ー部、薬も人も組織もまとめて消え去ってもらわないとだよね!」
(やる方も調べる方も、白黒混ざって透明には程遠い)
『あの虹を見よ』美咲・マクスウェル(p3p005192)は思案する。
「あっ、お望み通り見えなくなれるかもね? 物理的に! あはっ」
「そうだね、ヒィロ。社会の闇に『あの子たち』が呑み込まれるのは、気に入らないしね」
 美咲が静かに怒っているわけは、失踪した孤児に、ヒィロを重ねているからだ。
(今回の子がヒィロだった可能性も、0じゃないんだ)
 そうだったら――耐えられない。

「それでね! その炊き出しっていうのがさ……」
『影殺し』霧裂 魁真(p3p008124)はいち早く、路地裏の人間に紛れ込んでいた。
 潜入捜査はお手の物。顔の知れたものばかりの閉鎖的な空間に難なく溶け込み、情報を集めている。いくつもある姿の一つ。いくつもある名前の一つを操って、出会ってすぐに大親友とすら思わせる。
「うーん、危ないんじゃないかな?」
「そんなことねぇって! 一度行ってみればわかるよ」
「そう? それじゃあ、……紹介してくれる?」
「抜け駆けする気かぁ?」
「まさか、そんなことしないよ。でも、そんなうまい話がそうそうあるわけないし。別の場所も見つけておかないとね」
「そういうものかあ」、と、孤児は頷いた。
 死んだら終わりだ。

「ってわけだよ。これが失踪した孤児が使ってた毛布。……ぼろきれみたいなものだけど」
 魁真から渡された布を、イスナーンは受け取る。
 イスナーンであればその匂いを追うことができるだろう。
「気をつけてくださいね」
 シャオが手を差し伸べると、腕を伝って小さなネズミがヒィロと美咲のもとへと向かった。
「ありがとう。よろしくね」
「うん、行ってくるね! シャオさん!」
「私も、お手伝いいただくとしませう」
 しきみの遣わせる小さな白ネズミが、配給所の周囲を探る。
 シャオは、百合を切り落とす。
「……その花は、良いのでせうか?」
「元々生え替わります、ご心配なく。ありがとうございます」

●撒かれた種
 孤児たちが押し込められた、ぎゅうぎゅうの小屋。
 一人、静かに配給の器に、食事を満たしていく影があった。
 衣装が汚れるのもいとわずに膝をついた。
 聖職者か。
「あなたは……」
「慈善活動の話を聞きました」
 その影は、ゆっくりと立ち上がる。金の髪が揺れ、清涼な匂いが立ち上った。
「自身も“身寄りがない”ので、放っておけないのです。協力させていただけないでしょうか?」
「ええと……少々お待ちください」
「せめて、お手伝いだけでも」
 後ろ暗いことの多い研究所だ。部外者を入れることはありえない。
 けれどもシャオには不思議な魅力がある。見つめられると、なんだってやりたいという気持ちにもなる。
 そこにいるだけで、安心してしまうのだ。
「どうする?」
「……いいじゃないか、好きにさせれば。何も本部にいれるわけじゃ無いだろう? それに……」
 無害そうに、少なくともそう「見えた」。いざとなればねじ伏せられるだろうと。

 施しに付き従い、孤児から、研究員から、少しずつ情報を集めていった。
「集めた方々は一体どうしたのです?」
「それは……新しい場所に移っていただいております」
「そうですか……」
 ならば、まだ薬を与えられていない救助対象もいるかもしれない。

●幾多もの分岐の枝
「あれが研究所だね、美咲さん……」
「思ったよりちっぽけね?」
 互いに、同じ事を思った。
 これは景色の邪魔だ、と。
 この場所は無機質で、二人で過ごす光景には似つかわしくない。美咲は深くパーカーのフードをかぶった。フードの中には、シャオから預かったネズミがいた。
「じっとしてて、ヒィロ」
「うん」
 新月の香水が、ちゃぷんと音を立てた。込められた魔力を感じた。
 言われるがままに手首を差し出す。
 香りのない香水だ。けれど、きっと、体温を思った。

 研究所の一角で、ぱっと明かりがついた。
 或いは不自然に静かだ。
 騒ぎになっている様子はない。
「みんなは、順調みたいね」
 あちらこちらで、撒かれた種が芽吹こうとしている。
(誰かが目的を果たせば良い。かわりに情報共有や多人数連携はできないけど、全員で選んだベターを信じよう)
 こぼれ落ちる全てを。「今」を取り戻せば、未来があるはずだった。
「行こう、美咲さん」
「うん。二人でなら、どこまでも」

●ひび割れ
 研究員は苦悩していた。
「悩みが、あるのですね」
 シャオが頷き、話す様に促した。
 思うように成果がでていないのだ、と言う。
 研究にはカネが必要だ。だが、この成果では。……資金が足りないのだ。カネが足りない。……スポンサーは、いくらでも欲しいところだった。
「どうでしょうか……」
「そうだね。俺がみるに、あの透明なネズミを逃がしたのは彼だ。崩すなら、あそこからがいいと思う」
 魁真が頷いた。
 ここからは、交渉術のみせどころだ。

「ご機嫌よう」
「!」
 誰もいないところから、声が聞こえた。思わず天井を見上げるが、そこには誰もいない。床をきょろきょろと見渡すと、しゅるりと尻尾が縮こまり、天井にとりついていた男が姿を現す。
「あれ、被検体か? 上手くいったのか?」
「いったい、どうやって。いや、でも、正気がありすぎるし、それに」
「いえ、その一件とは別ですよ」
 髪の色はゆるりと、壁と一体化して姿を変えた。
 変色体質だ。
 イスナーンは、ゆっくりと姿を現した。
「改めまして。まだ団の名前は教えられませんが、傭兵のイスナーンと申します」
「! 傭兵……?」
 イスナーンは礼儀正しく武器をしまい、敵意がないことを示して見せる。
「我が団では貴方様方の素晴らしい研究について情報を掴みこうして接触した次第でございます。……お話しを聞かせていただけますか?」
 どこから漏れたのか、心当たりがあった。あのネズミだ。けれども、今、選択を迫られる。
 イスナーンの提示した交渉材料は自身の血液と数本の髪の毛。喉から手が出るほどほしいものだった。
 これがあれば、同僚を出し抜いてでも……。

(なんて考えてるころだろうか)
「……そいつは」
「ああ、新しい被検体だよ」
 魁真はしきみを連れ、堂々と研究所を歩いている。二人組の研究員は、見慣れない研究員だな、とは思った。けれども全員の顔など把握していなかったし、まず部外者はここにはこれない。
 カードキーは、裏手からこっそりと忍び込んでいたカンナが渡したものだったが。
 薄い壁は、カンナであれば通り抜けることが出来る。忍び足で警備兵の目を逃れ。暗がりから、研究員に暗黒剣の一撃を見舞った。
 カードキーを奪い去り、魁真へと投げ渡した。しきみはそっと拾い上げ、そういうわけで、問題なく潜入できたのだ。
「ここ、すごいところね」
 しきみは、ぱっと微笑んだ。
「あの機械はなんにつかうものかしら?」
「ああ、それは……」
 僅かに感じた違和感は、表面に登ってくる前に意識の外に沈んでいく。
「名刺を拾ったの、どんな場所なのか全く以て知らない」
 それよりも、被検体にしては可愛らしい少女だ、と思った。
――もったいない。ここで死ぬだなんて。
 疑惑はあるけれども表に出すほどではないでせうね、と、しきみは判断する。いろ患い。透明に漂白しようとしてもにじみ出るものがある。
 それは、押し殺すほどに匂い立つ。
「あら、あの暗がりはなんでせうか」
 それが合図。
「なっ!」
 偉そうな研究員を、魁真が打ちのめす。キャタラクトBS。暗がりからの一撃によって。
 黒綺羅星は、よく獲物をしとめた。
(あんたが気絶するまで俺は殴るのを止めない)
 より重いセキュリティキーを拝借し、奥の方へ進んだ。
 ファミリアーの五感が、気配をとらえた。しきみは動きを止める。
「透明になった敵が居る」。まだ、遭遇しなくてもよい。
「研究員さん。少々、寄り道してもよろしいでせうか?」
 恐怖を、助けを叫ぶような声を――しきみは聞いた。研究員たちはとっくに避けている。
「ローレットです、助けに来ました。少し時間を頂いても?」
 例の、まだ犠牲になっていない被験者たちだ。
(私は非戦の術を持たない。だからこそ、場外戦術なのです)

(あれが……被検体)
 今は迂回する。
(……騙された方は特に、無事に開放するのがきっと善いでしょう)
 連れてこられたばかりの人間に、そっと逃げ道を案内する。
 よく声が聞こえる。物音。人たちの声。
 ドゥーは身を潜め、いったんやりすごす。何かの作業をしていた研究員は、とべない烏を気にかけることはない。
 スプリング・ノートを開き、不意打ちをすると、服で腕を縛った。武器になりそうな武装は取り上げておく。
(ごめんね)
 威嚇術だ。命を奪う気はなかった。カードキーをとりあげていると、ちょうどしきみと出会う。
(逃げてもらおう)
 カードキーを渡して、外へ逃げるように促した。ルートの安全は確保している。

●持出禁止資料
(方針は、深く手早く見付からず! ……だよね、美咲さん!)
 ヒィロは壁をよじ登り、美咲に手を差し出した。腕に、美咲が飛び込んでくる。疑うことなく。
「うん。警備員の位置、覚えた」
「さすが、美咲さんだね」
 草原に転がるかのように無邪気に天井を抜ける。……。シャオの示したファミリアがここだと言った。
 壁という壁、扉という扉、天井という天井は意味を成さない。
 仲間たちの陽動に乗って、最奥へ。
 ずっと平常心だ。
「余所のせいにできない、クリティカルなやつ見つけないとね」
 霊魂疎通が、がしゃんと廊下の花瓶を落とした。その様子をドゥーが見て、二人の仕業だろうとわかった。頷く。
「ねね、大きな金庫があるよ」
「そうね、でも……」
 入口にイスナーンが見えた。
「研究の進捗が見たい、ですか……ごもっともですが、しかし」
「これ以上の資料の提供も可能です」
 ここからはハッタリだった。
「研究資料と一番新しい検体を見せて欲しいのです」
「……一体、だけでしたら」
 ちょうどよく場を離れてくれた。
 複雑怪奇に隠された暗号の山をひとにらみ。解析し、秘めたものを引きずり出す。空っぽの金庫を守っているのだから、おかしい。
 魔眼で、残った研究員に催眠をかける。
「だいぶ集まったね、美咲さん」
「そうね、そろそろいいかしら」
「それじゃあ、せーので」
 星夜ボンバーが瞬いた。
「! あっちでは、もう回収したんだね」
 幸い、そちらに惹かれて研究員たちが去って行く。ドゥーはそのすきに乗じて資料をあさった。
「あった……」
 そして、同じように星夜ボンバーを放った。
「な、なんだ!?」
 目指すは中央部。大きな音が集合していく。

●VS被検体
「あちら、ですね」
 シャオはネズミをたどった。仲間の元へ。被検体が何やら暴れたらしい。傷ついた研究員を、少し迷って救助する。
 ヒールオーダーが、傷口をいやした。
 とどめを刺す必要は無い。……そう振る舞っている。これで、情報が得られるだろう。
 建物が揺れた。
「いったい、これは……!?」
「侵入者のようですね。……お手伝いしましょう。ほかにも敵がいるようです」
 イスナーンはしれっと言ってのける。
「待ってください、研究資料が……!」
 慌てて資料を撮りに行く研究員を、イスナーンがぶちのめした。
「真っ先にとりに行った資料。重要でしょうね。足しになるといいのですが」
 後ろから、透明な何かが迫る。
 だが、イスナーンは聞いていた。
 ぴちゃりという水音を。
「姿が見えなくても……方法はいくらでもあるものですよ」
 皮水筒の水をばら撒いておいた。水を踏む音と、匂い。イスナーンには敵がよく見えている。
 アクセルビートがリズムを刻む。リキッドペインが敵を捕らえた。敵の攻撃はもがくように空を切った。
「あ、そっちだよ!」
 ぺたぺたと奇妙な足跡がついている。
 ドゥーの投げたカラーボールだ。
「ええ。見えねども”見える様に”してしまえば話は別かと」
 カンナも、下投げでボールを破裂させた。
 真っ赤な花が散った。
 影が分かれる。片方は薄い。
「当たったけど、直撃は外しちゃったみたいだ。もう一個、投げるね」
(そもそもあてずらいってのもあるよね)
 けれども、生き物だ。
 身体が透明になるだけなら生きている限り体温は消せない。
「俺の至近距離にいるよ、俺に当てないでね。洗濯大変になっちゃうから」
「わかった、避けてね」
 魁真の言葉に、ドゥーが頷いた。
 寸前で退いた。
「やった!」
(廃人の方はもう助けられないな、殺してあげる方が救いになるかもね)
 魁真の黒綺羅星が空気を切り裂く。スニークヘルが、敵の急所に突き刺さった。
「ありがとう! それで」
「! この子は……」
「はい。匂いがします」
 イスナーンが答えた。失踪した孤児だ。
 ヒィロたちが合流する。
 ヒィロは完璧に背を向けていたはずだった。けれども、青き血の本能が奇襲を殺した。
 スラム育ちの直感は――よく似た動きを察知する。純粋な経験は、ヒィロの方が多い。
 目を閉じる。
 超聴力が、空気を切る音が知らせる。
 一手、常に先を。
 被検体は後退する。だから?
(大体そこら辺にいるってわかれば範囲攻撃に巻込むだけだもん)
 闘志。迸る勇気は、よりいっそう燃え広がる。
 温度。
 絶蒼。
 虹の魔眼が一一。敵を正しく見据える。
「ごきげんやう」
 しきみが、蜜杯を溢れさせるかのごとく笑った。
 恋ひ恋ふ、その心に引きずられて、狂ったような感情が噴出する。
 音もなく。
 カンナの剣魔双撃が、不意に背後から降り注いだ。それから、距離をとり、カンナはスピーカーボムを鳴らした。

●耐久試験
 カンナの大毒霧が、敵を覆いつくしていった。
 被検体の二体が動かなくなっている。
 シャオのヒールオーダーが、この場を保たせる。イスナーンが回復を受けて、スニーク&ヘルでまた一撃を与えた。たとえ薬があるにしろ、回避は、イスナーンが上だ。
 神気閃光がまたたいた。
 しきみがすうと手を差し伸べる。
「私はその様な薬に頼ったことはありませんけれど、人間で遊ぶのはさぞ、楽しかったでしょうね」
 ベリアルインパクト。四方より迫る土壁が、被検体を閉じ込める。
「ドゥーさん、この被検体は」
「うん……!」
 武器をひっこめ、イスナーンは蹴戦に切り替えた。
 シャオは瞑想し、ディスペアー・ブルーを捧げる。
 カンナが選ぶは、威嚇術。
(無駄に命を奪う必要はないでしょう)
 そうして、意識を失わせた。

●鳴り響くサイレン
「うわあ!」
 逃げていく研究員を、魁真の一撃が打ちのめした。
「誰が逃げていいって言ったよ」
 非人道的なことしたんだから殺されても文句言えない、と、魁真は思う。
「こっちにおいで。大丈夫」
 残った被害者たちを、ドゥーが先導する。
 シャオが崩れ落ちた被検体に、百合を落とす。
 その身を覆う盾にして、その身を飾る供花だ。
 しきみはそっと手を合わせる。
 美咲は、おそらく孤児であろう人物を抱えている。もし、ヒィロだったなら。絶対助け出すって決めてた。
「静寂の青なんて、私の目くらい静かにやってから言うべきね」
 一瞬だけ、光景を振り返る。
「街を、騒がせすぎよ」
「このお薬、幸福感と依存性があるんだっけ? ボクにとっての美咲さんだね!」
 ヒィロは、ためらいもなく瓶を砕いた。
「そう考えると、溺れちゃうのも無理はないかなぁ。
ね、美咲さん!」
 ただただ、ぎゅうと抱きついた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

透明というにはお粗末な研究でした。
無事に製薬会社の悪行は日の元にさらされ、この研究が進むことはないでしょう。
お疲れ様でした!

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