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シナリオ詳細

<瘴気世界>常闇の喪失

完了

参加者 : 4 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●気高き火焔の最期
「イグニス、おい! しっかりしろ!」
 リュミエールの手痛い反撃を喰らったイグニスヴールは既に満身創痍だった。
 イグニスヴールが放った拳は炎を乗せた強力無比な一撃だったことに間違いなかったが、その拳が届く寸前でリュミエールは本来の力を取り戻してしまい、結果的に彼女が作り出したフラガラッハに貫かれてしまう。
「すまねぇ、油断しちまった……」
 精霊体を維持できなくなったイグニスヴールの身体は半壊し、崩れ落ちた。
 もともと精霊力が不完全で、余力があまり残っていなかったイグニスヴールが絶対的な力を持つリュミエールの攻撃に耐えられる訳が無いのだ。
「今すぐボクの精霊力を分ける、だからもう少し持ちこたえてくれ!!」
 オプスキュティオは必死な思いでイグニスヴールに精霊力を分け与えようとするが、そんな彼女のイグニスヴールは掴むと、何も言わずに首を横に振った。
「待ってよ……ねえ。このままじゃキミは……」
「最後の最後まで迷惑かけちまってわりぃな。だがここでテメェに力を分けて貰ったら、リュミの奴に勝てる可能性が消えちまうのだって、テメェが一番理解してるだろ」
「……っっ!!」
 強大な精霊力を保持するリュミエールを前に、精霊力を回復させる手段の乏しいオプスキュティオが力を分散させる訳に行かなかったのは本当の話だ。そうでなければ、イレギュラーズに冒険者を殺させる必要なんてなかったからだ。
 だが、それは即ちイグニスヴールの消滅を意味していた。
「やっぱりダメだ、炎を司るキミが居なくなったら、誰が炎の核を作るんだ!」
「……答えは出てんだろ? 俺様が居なくなっても、お前はそれをすればいい」
 イグニスヴールの身体、精霊力が崩れ、空気中に溶け始める。
 オプスキュティオは今まで浮かべたことのない、情けない表情を浮かべていた。灰で構築された瞳から涙は流さずとも、トモダチの死に初めて嗚咽を漏らした。
「あらあら……あの程度の一撃で消滅してしまうなんて、なんて脆弱なのかしら? 吸収する価値も無かったわね」
 背後から聞こえる憎い声に、オプスキュティオは歯を食いしばる。
「もう残るは貴女だけね。降伏するなら、吸収するだけで済ませてあげるけれど」
 ここで立ち向かっても敵わないことは、オプスキュティオも重々理解していた。
 だから、オプスキュティオは全力で飛翔した。こんなところで死ぬわけにも、吸収されるわけにもいかなかった彼女は、全力で塔の外を目指す。
「そう、残念ね……」
 リュミエールが残忍な笑みを浮かべながら放った強大な光弾は、逃げるオプスキュティオに直撃し、彼女は煙を上げながら地上へ落下した。

●闇に消えた記憶
「――……!!」
 漆黒の異色肌を持つ少女は、何処か見知らぬベッドの上で目を覚ました。
 全身が軋むような痛みを我慢しながら身体を起こせば、寝室と思わしき一室で自分が寝かされていたことが分かり、隣の部屋からは何かの物音が聞こえてくる。
「ここは……?」
 少女はどうして自分がこんなところに居るのか思い出そうとした。
 しかし、直後に彼女はもっと大切なものが抜け落ちてしまっていることに気付く。
「ボクはどうして……ううん、そもそもボクって」
 思い出せないのは前後の記憶だけではなかったのだ。名前や過去、その全ての記憶が漆黒の中に消えてしまい、自分がどんな存在であったかさえ思い出すことができない。
「おや、目を覚ましていましたか」
 少女が不安な表情を浮かべていると、部屋に一人の女性が入ってくる。
 服装はビキニアーマーにカラフルなドレス、不思議な色の髪色をした女性。背中に大きなハルバードを背負っていることから、冒険者だろうか。
「……」
「地上で倒れている貴女を発見した時は肝を冷やしました。何があったか聞いても?」
 女性は自分の素性を知っている口ぶりでそう言った。
 思い出そうとしても目の前の女性が誰なのか、名前すら思い出すことができない少女は俯きながら「分からない」と答えるしかできない。
「ふむ、ではイグニスヴールの行方は分かりますか?」
 女性が何のことを言っているのか、少女にはさっぱりわからない。
 黙ったまま何も話さない少女の様子が少しおかしく感じられたのか、女性は怪訝な表情を浮かべて「具合が優れないのです?」と聞いてくる。
「……」
 少女は再び首を横に振ると、女性はますますわからないといった表情を浮かべた。
 だが、あまりにも少女の様子がおかしいと感じた女性は、遂にその言葉を口にする。
「貴女――自分の名前はわかりますか?」

●常闇の行方
「あー……うん、ええとだな?」
 集まったイレギュラーズたちの前で、『元冒険者』ラナードが気まずそうに話すのはこれで何度目だろうか。
「なんか、度々迷惑かけちまって本当にわりぃな」
 以前、リュミエールに連れ去られてしまったラナードは、イレギュラーズたちの救出により無事に境界図書館へ帰還した。その際にイレギュラーズたちを攻撃してしまったのは、リュミエールの洗脳によるものが後に判明したが、それでも頭が上がらないことに変わりはない。
 常闇の塔で何が起きたのか聞いてみれば、ラナードはぶっきらぼうに説明してくれた。
「お前らがちょうど魔獣退治に行ってる間、リュミエールの襲撃があったんだ。奴の計画はオプスキュティオの身の回りを手薄にいつつ、オプスキュティオとイグニスヴールを吸収して確実にお前らを討つことだったらしい」
 結果的にイレギュラーズたちを魔獣へ誘導させるまでは上手くいっていたが、誤算は襲撃時に起きた。
 それは吸収という最悪の事態を恐れたオプスキュティオが、間一髪で地上に逃亡したのだという。
「で、襲撃の直後に俺が行っちまったもんで、奴は俺を撒き餌にしようとしたらしい」
 常闇の塔にいた二人の精霊について聞いてみれば、ラナードは少し頭を抱えながら話を続けた。
「イグニスヴールは行方不明……だそうだ。辛うじてオプスキュティオはイヴの奴が見つけたんだが、どうも面倒なことになってるらしくてな?
 アイルベーン王国で一緒に身を潜めてるらしいから、会いに行ってやってくれないか?」

NMコメント

 牡丹雪と申します。
 <瘴気世界>に動きがあったそうです。
 世界の詳細は牡丹雪の自己紹介ページや、過去作をご覧いただければ幸いです。


●目的【『闇の精霊』オプスキュティオの記憶を取り戻す】
 リュミエールの吸収を逃れたオプスキュティオは地上に逃げ延びたそうです。
 ラナードの話によると後にイヴが地上で発見したようですが、記憶が抜け落ち自分が何者だったかさえ思い出せないらしく……。
 記憶を戻す手段は不明ですが、『一緒にアイルベーンを歩いて回ったり、過去の話をして記憶を刺激してあげる』と元の記憶を取り戻すかもしれません。

●場所『聖水の国 アイルベーン王国』
 『疾風の国 ウィンドトゥール王国』と同じ大陸に存在する国。
 住人の核の色は青色で、周辺で取れる核の色も青色をしている。
 主に水属性の能力を持つ人間が生まれ、魔獣の核も水の加護が込められている。
 他の国に比べて常に気温が低く、混沌世界でいう冬が一年中続いている。
 人口や冒険者は他の国より低く、来訪者が多い国。その理由は温泉街が存在し、全国から温泉に入りに来る冒険者が多いからである。
 特産物も温泉の核だったりと、水にまつわるものが多く出回っている。疑似太陽の色は青っぽい。

 ※瘴気世界には美味しい食べ物の概念が存在しない為、飲食を予定している人は持ち込みください

▽▽▽主な観光名所▽▽▽

①温泉街
 名前の通り、温泉が沢山存在する街です。
 男女分かれている温泉が殆どですが、最近混浴も設置されたそうです。
 温泉の効能は『癒し効果』で、沢山の冒険者が訪れています。

②冒険者ギルド
 アイルベーン王国にも冒険者ギルドは存在します。
 冒険者が運び込んだ核の流通や灰の販売も殆どここで行われているそうです。
 掲示板には沢山の依頼書が張り出されています。

③景色の良い高台
 夜になると疑似太陽の力が弱まり、疑似満月に変わります。
 また、壁に埋め込まれた核が共鳴し、綺麗な星空を映しだすそうです。
 温泉でも眺めることができますが、この高台が一番綺麗に眺めることができます。

△△△△△△△△△△△△

●同行可能NPCの情報
・『闇の精霊』オプスキュティオ
 かつて瘴気世界の均衡を保っていた六大精霊の一人で、漆黒の異色肌に可愛らしい幼女の姿をしています。
 人々に信仰されなかった為、一連の事件が起きる前は塔に引き籠って過ごしていました。
 行方不明の後はボロボロの状態を地上で発見されましたが、ダメージやショックにより全ての記憶をロストしています。
 おてんばで腹黒かった性格は少女らしい性格に変わってしまいましたが、甘いものが好きだったり好奇心旺盛なのは過去のままです。

・『境界案内人』イヴ=マリアンヌ
 アイルベーン王国にオプスキュティオと滞在していましたが、プレイングに記載のない場合は同行しません。
 NPCとしての情報はNMページにあるものを参照ください。

・『元冒険者』ラナード
 デフォルトでは同行しませんが、一応同行させることができます。
 原住民の為、イヴよりも詳しいことがある他、アイルベーン王国には知り合いもいるらしいです。
 NPCとしての情報はNMページにあるものを参照ください。
 

●世界観のおさらい
 かつて世界の均衡を保っていた6人の精霊たちはあまりの退屈さに人類を生み出し、それを繁栄させた。だが、人類を生み出す過程の中で邪悪な力を持つ魔獣も生み出してしまい、やがて史に残る大戦争が起きてしまう。瘴気により荒廃してしまった跡地から逃れるべく人類は地底へと生活圏を移動した。
 そう願った精霊が導いてくれた際に偉人が受け取ったとされる高純度の精霊石を用いた5つの疑似太陽により、まるで地上にいるような生活を送っている。のちにその疑似太陽に惹かれるように人々は巨大なコロニーを築き、5つの国が出来上がった。
 人類は精霊に最初に生み出された種族であるため、精霊石の魔力を浴びつつ魔獣の灰を食べながら生きている。

●前回までのあらすじ
 大型魔獣を討伐したことによりイレギュラーズはA級の冒険者として扱われております。
 この世界を統べている精霊の一人、【闇の精霊】オプスキュティオと交流を行ったり様々な調査を行った上で、イレギュラーズは『火焔の国 イグニスヴール』を襲った【火焔の精霊】イグニスヴールを取り押さえました。
 しかし、イグニスヴールの証言により三精霊が【光輝の精霊】リュミエールに取り込まれてしまった事実が判明しました。
 現在はオプスキュティオがイレギュラーズを利用してリュミエールの悪事を止めようと動いています。

 イレギュラーズはリュミエールの生み出した強力な魔獣の討伐を行いました。
 討伐は成功しましたが、討伐中にオプスキュティオが在する常闇の塔へリュミエールの襲撃が入り……。
 ――また、イレギュラーズはリュミエール王国より罪人として扱われています。

●関連シナリオについて
 当シナリオは以下の連続シナリオと関連しています。
 よろしければ参考にしていただけたらと思います。

・『<瘴気世界>災害獣』
 https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/4978

・『<瘴気世界>消えた元冒険者』
 https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/5270

●アドリブについて
 本シナリオではアドリブが多めに含まれることがあります。
 アドリブがNGの場合、通信欄かプレイングに一言ご記載いただければ幸いです。

  • <瘴気世界>常闇の喪失完了
  • NM名牡丹雪
  • 種別ライブノベル
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2021年03月27日 22時05分
  • 参加人数4/4人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 4 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(4人)

ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)
月夜の蒼
回言 世界(p3p007315)
狂言回し
メリー・フローラ・アベル(p3p007440)
虚無堕ち魔法少女
白夜 希(p3p009099)
死生の魔女

リプレイ

●喪失少女は夢を見ない
「正直お手上げですね。本当に何も覚えていないみたいでして、ええ」
 アイルベーン王国の温泉街。その一角に存在する旅館で、イヴ=マリアンヌはちょこんと座るオプスキュティオを眺めながら苦悩な表情を浮かべた。
「おう、確かに随分静かだな。このままの方が静かで良いんじゃないのかね?」
「大きな問題が無きゃそれでも良いだろうよ。だが、状況的にそういう訳にもな」
 多分ジョークを言っているだろう『貧乏籤』回言 世界(p3p007315)の言葉に、ここまで連れてこられたラナードは意外にも半分肯定といった具合だった。ここまで瘴気世界の問題を抱え込み、ずっと向き合ってきた精霊という存在。記憶を無くしてしまえばただの無邪気な少女なわけで、世界の存亡を抱え込ませるのは酷な話でもあるのだ。
「頭に衝撃与えたら治るんじゃない?」
 いつの間にオプスキュティオの背後へ移動していた『汚い魔法少女』メリー・フローラ・アベル(p3p007440)は無防備なオプスキュティオの後頭部目掛けて鋭いフルスイングを放ったが、その一撃は空を斬る。
「お姉ちゃん、そんなもの振り回したら危ないよ……?」
 後ろに目でも付いているのかと疑う程の反応を見せたオプスキュティオは逆にメリーの背後に移動しており、服を軽く引っ張りながら無邪気な眼差しを向けた。
 記憶が無くなっても身体の勘は覚えているというやつだろう。オプスキュティオの戦闘能力はイレギュラーズから見ても高水準であり、万全の状態で一対一の勝負をするのならオプスキュティオに分があると言っても過言ではない。
「記憶喪失ねえ。さくっと思い出してくれればやりようもあるんだけどねぇ」
 まじかる★ないないを振り回すメリーと戯れるオプスキュティオを見て『月夜の蒼』ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)は悩まし気に呟いた。何があったのか、詳しい話を聞き出すには何とかして記憶喪失を直さなければならない。
「何はともあれ少し休めってことだね。こういう時無理しても良いことは無い」
「恐らく疲弊はしているでしょう。少しの休暇と一緒に、あの子の記憶を少し刺激してあげてくれませんか?」
 『グラ・フレイシス司書』白夜 希(p3p009099)の言葉にイヴは頷きながらそう言うと、イレギュラーズたちはそれぞれ行動を始めるのだった。

●常闇の眷属?
「で、何で俺がこんな場所に連れてこられてるんだ?」
「付き合えラナードくん。今はとりあえず楽しいことをしておく方が良い」
 最近、温泉街の温泉に混浴が設置されたらしい。
 半ば引きずられてここまで誘拐されたラナードは文句言いたげ、既に言っていた。
「……――」
 オプスキュティオは既に湯船に肩まで浸かっており、目を細めて気持ちよさそうな表情を浮かべている。いつも憎まれ口なのに、恐ろしいくらい静かだ。
「ったく、少ししたら俺はさっさと出るからな」
 文句を言っていたラナードも湯船に。彼にとっても久しぶりの休暇で、ここまでこき使われたり死にかけたりしたものだから、少しくらい休んでもバチは当たらないだろうと思うことにしたらしい。
「ティオ、身体を見せて?」
「からだ……?」
 大きな傷でも残っていたりしないか心配した希は、湯船に浸かりながらオプスキュティオの身体を確認した。色白な希とは真反対な黒の異色肌、傷という傷は無い。
 そんなことをしつつ暫く湯船に浸かっていると、突然オプスキュティオが立ち上がった。少し熱くなってきたらしい。身体を冷まそうとしている彼女に希は、ラナードを指差しながら言った。
「逆上せたの? ならティオはお兄ちゃん洗ってあげて。すみずみまで」
「いや、身体くらい一人で洗えるんだが?」
 言うことが二人とも違うものだから、オプスキュティオはどうすれば良いかわからず困った表情を浮かべた。そんな様子を見て、希はラナードを睨み付ける。
「あーあ、ラナードお兄ちゃんのせいでティオが困っちゃった」
「テメェまじで後で本当に覚えてろよ?!」
 仕方なくラナードはオプスキュティオを連れて浴場の方へ。
 ラナードの頭をわしゃわしゃするオプスキュティオを希は縁に寄りかかりながら眺めていたが、後に妙なことに気付く。混浴だから全員水着を着ているのは勿論のことだが、上裸のラナードは胸元に存在する核は露出している。その色が……
「金と、黒……?」
「おーい、俺は先出てるからなー!」
 もっとよく確認しようと目を凝らしたが、直後に頭からお湯を流したラナードは希にそう言った後にさっさと出て行ってしまった。ひょっとすると見間違いかもしれない。
 考えるより先にオプスキュティオが戻ってきて隣に座ったのを横目に、見えたものについてはとりあえず後回しにすることにした。
「さて、最低限のことは教えておかないとね……」
「……??」
 そして少し間を開けて、希は記憶喪失の少女が知るべきことを教えるべく、静かに語りかけるのだった。

●変わってしまったやり取り
「やれやれ、白衣のお兄さんも困ってしまって泣きたくなるぜ」
「……ごめんなさい」
 所変わって、風呂から上がったオプスキュティオと世界は温泉街を散歩していた。
 世界が言葉の通り困っているのは本当のことだが、それはいつもなら憎まれ口を返してくるはずのオプスキュティオが全くそんな様子を見せないからである。
「とりあえずやっと目を覚ました君の為にまずは名前を教えないとな!」
 このままでは全く会話が繋がらないと、世界はわざとらしい声を出しながら後に続く。
「君の名前はミズハ! 大丈夫、思い出せる。ミズハ、ミズハ、ミズハ!」
「……ボクの名前は、ミズハ?」
 オプスキュティオは首を傾げながら、必死にそれを覚えようと復唱し始めた。
 なんということだろうか、既にイヴや希からオプスキュティオという名前を聞かされているにも関わらず世界のそれを信じ、書き替えようとしているではないか。
「そうだ、ミズハだ! ……いや違う、大嘘だ、他の人からもう聞いただろ」
「……オプスキュティオ?」
 この反応には流石の世界も慌てる。今のオプスキュティオには猜疑心の欠片すら存在せず、言うこと為すこと全て信じる純粋無垢な少女なのだ。
 そしてその純粋さは、時として牙を剥くことも少なくない。
「そうだよ、その調子だと俺の名前もさっぱり忘れてそうだな?」
「かいげん……せかい?」
「おう、覚えてんじゃねーか」
「ボクの運命の人」
 突拍子もない台詞に世界は思わず吹き出しそうになってしまった。
 記憶が無くなる前も後もそんな言葉は一言も出てこなかった筈だ。いったい誰が何を思ってそんなことを吹き込んだのか、それは問い質す前に答えは出た。
「って、のぞみがいってた」
「おう、それは大嘘だから気にしなくていいぞ」
「みんな嘘つき……」
 オプスキュティオは眉を顰めて、しょんぼりしながら呟いた。
 いくら純粋無垢であるといえ、流石に疑いの一つや二つ覚えてくる。何が本当で何が嘘なのかわからないといった様子で、頭を抱えてしまった。
「ご覧ミズ……オプスキュティオ、お前の大好きだったねこじゃらしだよ。お前はいつも暇な時はこれで遊んでいたよね」
「それもきっと、嘘……」
「おう、鋭いじゃねーか。嘘だ」
「…………」
 暫くそんなやり取りが続いたが、オプスキュティオは一度も記憶喪失前の様子を見せることはなかった。
 あるいは別の意味で、更に黒くなってしまったかもしれない。

●暇つぶしだったひと時
「ふぅむ、それで落ち込んでる訳ねぇ」
 辺りは既に暗くなり始め、疑似太陽が疑似満月へ変化する時刻。すっかりしょぼくれてしまったオプスキュティオはルーキスと眺めの良い高台へ訪れていた。
「何も思い出せないのに、みんな嘘ばっかり言うんだもん……」
「まあまあ、以前のキミなら平然と跳ね除けてただろうからねぇ?」
 前を知るルーキスから見ても、今のオプスキュティオはまるで別人だ。温度差にズレが生じてしまうのも半ば仕方のない話と言えるだろう。
「……それも嘘だったりするの?」
「あっはっは、これは本当。すっかりしおらしくなっちゃってまあ」
 話を聞いてむくれるオプスキュティオと、それを見て笑うルーキス。
 少しでも記憶を取り戻すきっかけになれば良いと、ルーキスは何かの下ごしらえをしながら淡々とオプスキュティオに語り掛ける。
「塔の中じゃあんまりに暇だからって、よくだらけてたよねぇ」
「ボクってそんなに怠け者だったの……?」
「そうとも。この世界じゃ食事らしい食事もないっていうから他のメンバーがまともな料理を食べさせようって計画して、甘いもの出したらあっという間に嵌っちゃったりね?」
 疑似太陽が更に光力を失い、辺りはますます暗くなってくる。コロニーの天井や壁に埋め込まれた細かな核がそれに共鳴し、地上で見るのと変わりない綺麗な星空を映し出す。
「あとは召喚勝負もしたかな。キミのフライング勝ちだったけれど――」
「ボクってもしかして、凄くロクデナシだったの……?」
「確かに難しいところはあったかもしれないけど、そればかりじゃないさ」
 強いバターと甘い香り。ルーキスが用意したフレンチトーストがオプスキュティオの前に出される。シュガーとシナモンのきいた、子供向けの甘ったるいやつだ。
「という訳で、新しいおやつだぞー。五感って意外と覚えてたりするしね?」
 オプスキュティオは出されたフレンチトーストに迷わず食いついた。ルーキスの話す思い出話を静かに聞きながら、沢山頬張って水を流した。どうしてそれが流れたか本人はわからなかったが、頬を伝った水は止めることができなかった。

 気が付けばオプスキュティオは、ルーキスの膝の上で寝てしまっていた。
「寝てしまったか。……難儀なもんだねぇ」
 ルーキスは少女のままの彼女を優しく撫でてあげながら、そう呟くのだった。

成否

成功

状態異常

なし

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