シナリオ詳細
愛の結末
オープニング
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「屋敷を燃やしてほしいの」
それが、少女の第一声だった。
「でもね、住んでいる人を殺したい訳ではないの」
ぼろきれとも捉えられるケープを羽織り、深くフードを被って目元を隠した少女は静かな声で続けた。元は綺麗だったのであろう声はやや枯れて、けほと小さく咳き込んだ。
咳き込んだ拍子にケープのボタンが外れる。そうして覗いたドレスは、みすぼらしい外套には見合わぬ豪奢なものだった。
少女は不機嫌そうに眉をひそめると、ぼろきれの端を摘まんでドレスを隠す。
「あなたたちは、なんでもするのでしょう。それなら、簡単な依頼の筈だわ」
どこか見透かしたような物言いで少女は情報屋に言い寄った。見せた瞳に宿るのは、決して退かぬ決意。
困ったように肩を竦めた情報屋の青年は、ただ一言イエスを返した。
●
夜の酒場に現れたのは、季節に見合わぬ厚着をした青年だった。
長い銀髪を背に流し、悠然とテーブルの間を抜けていく。じろじろと無遠慮に見やる視線と出会えばきょとりと瞬き、可笑しそうに肩を揺らした。
「見ない顔だと思ってる?」
実際、見たことはないかもしれない。線の細い、中性的な容姿の情報屋、『勿忘草』雨(p3n000030)は軽く会釈した。
「初めましては初めまして。お仕事の時間だよ」
この酒場でお仕事と言えば、イレギュラーズ達なら思い当たるものがあるだろう。情報屋だと察するには充分だ。
ユィと名乗った青年がもたらした依頼は、至極簡潔だった。
「とある屋敷を燃やしてほしい。ただし、条件付きでね」
差し出されたのは屋敷の図面と周囲の地図だ。
比較的大きな屋敷だが、天井を高くした造りにしてあるのか、2階建てになっている。周りは庭に囲まれており、南側に森が広がっている。他の方面は開けており、北はその領地随一の街に繋がる道が続いているようだ。
屋敷は、北向きの玄関を入ってすぐに吹き抜けの広いロビーがあり、正面に2階へのぼる為の階段が見える。
ロビーの左右には奥まで一直線に伸びる通路がある。入って左手側の通路に食堂やキッチン、使用人の控室が繋がっており、右手側の通路に屋敷に住まう家族が集まる団欒スペースが繋がっているようだ。
通路の奥にはそれぞれ非常用の玄関が設置されており、普段は施錠されている。鍵は団欒スペースと使用人の控室にそれぞれ置いてあるらしい。
2階にあがる階段は踊り場を経て左右に分かれている。2階は角ばったU型の通路になっており、中央はロビーの吹き抜けの為に開かれているようだ。
左手側の階段を登れば、正面に屋敷の一人娘の部屋が、右手側の階段を登れば、正面に屋敷の夫妻の部屋が見える。
他にも4つほど部屋があるようだが、使用人の休憩用に充てられた部屋だったり、趣味の楽器を置くための部屋だったりと、様々だ。
2階から外へ通じる道はなく、一般人が飛び降りるには高すぎて危険だろう。
あらかた屋敷の構造の説明を終えた雨は顔をあげ、イレギュラーズ達の様子を窺った。続きを促されているようだと判断すれば軽く頷いて、言うべき項目を述べていく。
「条件はふたつ。ひとつは、屋敷の住人を一人も殺さない事」
指定された日は来客もなく、使用人の数も少ない日らしい。
日中であれば、屋敷に住まう家族3名と使用人が10名。夜であれば使用人の数が5名になる代わりに、庭を警備の人間が2名巡回しているようだ。
また、屋敷の主である男の妻は身体が弱く、逃がす場合には何かしらの補助が必要だろう。
以上、屋敷にいる全員を無事に外に逃がしてほしいのだという。
「もうひとつ、屋敷の主の一人娘は、ご両親とは別のルートで逃がして、ご両親には『死んだ』と伝える事」
もう一枚、雨は写真を取り出す。優しそうな男と、肩にブランケットをかけ椅子に座る女と、その隣で微笑む長い金髪の少女。
この少女をひとり別方向に逃がして、両親と引き離してほしいのだそうだ。
誰がどこにいるのかは当日になってみなければ分からないが、この少女だけは2階左手側にある少女の部屋にいることが確実に分かっている。
誰かに見つかると追及される可能性もある。考慮の内に入れるべき案件だろう。
「少女について深くは聞いていないけれど、問いかけには答えるんじゃないかな」
雨は眉を下げて笑うと、依頼の話はこれだけと切り上げた。
資料は揃っている。後の事は、自分の仕事ではない。
「この依頼、正義の味方とは言えない。それでも、やってくれるね?」
冒険者たちにすべてを託すと、雨は軽く手を振ってその場を去った。
- 愛の結末完了
- GM名祈雨
- 種別通常(悪)
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2018年06月12日 21時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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とある日の、昼下がり。天候は生憎の曇りだが、雨が降っていないだけ僥倖というものだろう。
一堂に会したイレギュラーズ達は屋敷の見える位置で互いのすべきことを確認したのち、散り散りに移動を開始した。
救助班3名、襲撃班5名。
救助班たる『寄り添う風』ミルヴィ=カーソン(p3p005047)は晴れぬ表情のまま屋敷を見上げた。
立派な屋敷だ。建設されてからしばらくたっているのであろう事は見て取れる。それはそのままこの領地が安寧に包まれ、領主が変わらずに代々治めている事にも繋がる。
ミルヴィの視線は更に上へとあがり、依頼主の少女がいるであろう部屋へと向けられた。
「色々残念だけど、思いやるだけがイイって訳じゃない、か……」
少女の境遇は風の噂で聞いている。
依頼としては単純だった。鬼の討伐。――それが、少女に愛された鬼でなければ起こらなかった悲劇。
ミルヴィの胸にちくりと棘が刺さる。思い出した過去は、今なお心を縛る枷だ。この苦しさを、知っている。
首を振り、過去の残影を振り払う。自分のせいだと泣いているのかもしれない少女を前に、やるべきことは決まっているのだ。
屋敷の側面へと回った『宿主』サングィス・スペルヴィア(p3p001291)は非常玄関を視界に捉える。
予め屋敷の図面を渡されていたとはいえ、直に見て確認しておくことは大事だ。襲撃班の逃走ルートを脳内で予測しながら、最終的な避難場所を算出する。
「……ふぅん。なるほど頑張ろうかしらね」
『たまにはこういう暗い喜びもいいだろう』
宿主スペルヴィアの声に、呪具サングィスの声が返る。合図が来るまでは待機だ。
「とても楽しみだわ」
救出班、などと銘打ってはいるが、襲撃をかける面子とグルなのだから同罪のようなもの。襲撃班からの合図を今か今かと待ちわびる。
隣には『アイのミカエラ』ナーガ(p3p000225)の姿もあった。
ナーガにとって、依頼主の少女の『愛』は理解の異なるものだろう。ナーガの『アイ』とは、即ち生を手放し永久に眠ることに繋がる。呼吸を止め、生の始発点へと還すことが、ナーガにとってアイすることなのだ。
「このコのアイと、ナーちゃんのアイはすこしチガウみたいだけど……」
それでも、『アイ』がステキなものであることに変わりはない。
その手伝いとなるのならば、立派に依頼をこなしてみせるだろう。
襲撃の時は、近い。
●
穏やかな日だった。いつもと変わらぬ日常だった。
忍びよる不穏な影は、変わらぬはずの日常を壊し、悲劇を起こす人間たちだ。
ガンッと鈍い音がなる。力任せに重厚な扉を蹴り開け、一介の女子学生に見える少女がスゥっと大きく息を吸った。
「こーんにーちわー!」
軽快な挨拶をあげ、扉をくぐる『戦神』御幣島 戦神 奏(p3p000216)。
「金目の物をいただきに来ました盗賊団です!」
まるで子供がはしゃいで盗賊団ごっこをしているような錯覚にも陥るが、奏が携える刀がままごとではないのだと訴える。
ロビーには掃除中だったのであろう使用人が二人。突然の来訪に手を止めてぽかんと闖入者を見つめていた。
そうして、少し。ようやく事態を呑みこめたのか、一人の使用人が布巾を落として息を吸う。
叫び声をあげる――その、前に。
「失礼します」
『幻想乙女は因果交流幻燈を夢見る』アイリス・ジギタリス・アストランティア(p3p000892)が使用人の口を塞いだ。
見るからに怪しいローブに仮面は、たとい知人が見ても首を傾げるいでたちだろう。お前は誰だ、と。
奏の名乗り上げで既に気付かれている可能性はあるが、手早く使用人を拘束する。
戦闘訓練などは行っていないのだろう。拘束された使用人はされるがまま、アイリスたちへ怯えた表情を見せた。
同僚が抑え込まれ、はっと我に返りもう一人が後退る。
それを『金獅子』マスダード=プーリン(p3p001133)がジロリと睨みつければ、忽ち蛇に睨まれた蛙のように動きが止まった。無理もない、こんな経験など生きていく上で遭遇する確率の方が低いのだから。
マスダードは大仰に溜息を吐く。その動作だけで使用人は身を竦めて震えているのだが、当の本人にとってそんなことはどうでも良かった。
殺してはいけない。
それが、依頼人である少女の言葉であり、成功には絶対だ。
「んだよ、久し振りにわる~い仕事だと思ったのによォ……」
不殺を言い渡されれば不機嫌にもなるというもの。ガシガシと無造作に頭を掻き、またひとつ溜息を吐く。それらの言動にそぐわぬ、女性の体で。
ストレスによりギフトが発動されたままのマスダードは、自身よりも身長の高い使用人の手首を掴み、『特異運命座標』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)に引き渡した。
まずは二人。他にいるであろう使用人を探し、拘束しておかなければ後々が面倒だ。その中でもアレクシアは別働にあたる。この作戦の鍵とも言える事だ。
「復讐、だとしても……」
アレクシアの視線は二階へと向けられる。ぽつりと零した言葉から察せられる事実を、恐慌に陥った使用人には推し量ることなど出来やしなかった。
彼女の役割は、二階で待つ依頼人の少女と入れ替わり、両親とは別に逃がす手伝いをする事だ。
万が一のこともある。顔を見られてはいけないと、フードを深く被りなおし階段へと駆けだした。
後に続く『撃墜王(エース)』リノ・ガルシア(p3p000675) はその途中、くるりと振り返れば人差し指を唇に当てて気紛れに笑む。
「大丈夫よ、ちょっとお小遣いが欲しいだけなの」
あまりにも震えて可哀想な二人へと、気遣いにもならぬ言葉を投げかけた。
少女の部屋へと向かうアレクシア、両親の部屋へと向かうアイリスの後ろ姿を見やり、少し悩んだ後にリノはアイリスの後に続いて隣室を選んだ。
必ずしも夫妻が自室にいるとは限らない。早めにこの二人を抑えておかねば厄介となるであろうことは目に見えている。
ノックもなしに開けたその部屋は、大き目のキャンバスが置かれた誰ぞの趣味の部屋だった。
「尋ねもなしに……、誰だ!」
不躾なメイドでも来たかと眉を顰め振り返った男は、見慣れぬ女を前にして声をあげる。使用人とは違った豪奢な服、立派な宝石の嵌められた指輪、そしてなにより、その顔は事前に渡された写真の男そのままだった。
「はァい、大人しくしててくださる?」
男がリノの姿を確認できたのは一瞬。次の瞬間には、手を背後に回され床にたたきつけられていた。一般人である彼にとっては、まさしく瞬間移動でもしたかという速さだろう。
「ひどいこと、されたくないでしょう?」
苦しそうに顔をしかめた男は、諦念の表情を見せるとアイリスが訪れた部屋側へと心配そうに目を向けた。
一方で。
「あなたが今回の請負人かしら」
屋敷の娘の部屋へと向かったアレクシアは、依頼人と見受けられる金髪の少女と対面していた。
「ええ、そうよ。君が今回の依頼人ね」
少女は問いかけに頷くと、ドレスの裾を摘まみ優雅にお辞儀をしてみせた。
彼女の依頼を果たすべく、アレクシアはイレギュラーズ達が立てた計画をかいつまんで話すと素早くローブと仮面を脱いだ。
背丈は同じくらいだろうか。ふわりと流れた長い金髪に、依頼人の少女は目を細めた。
動きやすい恰好に着替えるわとドレスの留め具に手を掛けた少女を前に、アレクシアは逡巡する。
「ねえ」
会話には応じてくれるだろうか。そんな懸念も今は振り払って、言葉を続ける。
「君は、誰も殺すなと依頼した。それは、君にとっても、この家の人達が大事だからじゃない?」
大事なものを失う辛さは、アレクシアには判らない。それでも、助けになりたいと願う気持ちは嘘じゃない。
返答までは時間があった。少女の着替える手は止まらないまま、無言の時間が過ぎていく。
そうして、振り返った少女は。
「あなたたちの計画は分かったわ。早くそれを貸して頂戴」
たおやかに微笑を浮かべると、アレクシアへと手を差しだした。否定は、なかった。
●
木がひしゃげる音がする。長い時間をかけて建てられた屋敷が崩壊していく。
「オラオラァ! ケガしたくなかったら大人しくしてな!」
マスダードは蝶番を無視して扉を壁から引きはがせば、無造作に廊下に投げ捨てた。すでにこの部屋には押し入った目印になりつつ、適度にフラストレーションが晴らせる手法だ。最も、前者はオマケ程度だが。
一階の団欒スペースには使用人が数人、それを適当にこなれた様子で追い立てながら廊下へとポイする。後でロビーに運ぶ算段である。
殺さぬよう手加減してはいるが、一般人にとっては致命的だ。あっという間に気を失っていた。
「おっと……? へへ、こりゃいい。どうせ燃やしちまうんだからいいだろ?」
誰に許可を乞うでもなく、自己肯定すればマスダードは目についた首飾りを手に取った。ダイヤがあしらわれ、左右に天へ上るように散りばめられたサファイアとルビー。天の川のネックレスはさぞ値打ち物だろう。
金目のものを物色しに、金獅子は次の部屋へと赴いた。
反対側の控室ではきらきらと十字の瞳を輝かせ、奏が使用人を追いかけていた。
「ふははは! 逃げるのを嬲るのが、私は大好きなんだよォ!」
邪魔な物はたたっ斬り、遮る物は叩き潰し、奏は好き放題に屋敷を壊す。それでも、使用人に怪我をさせるつもりはないらしく、攻撃する対象は周りの置物ばかりだ。
逃げ道を壁に阻まれ怯えた使用人に追いつくと、にんまりと楽しそうな笑みを隠すでもなく口の端に浮かべ、奏は得物を振りかぶる。
鈍い音がした。
長年屋敷を支えてきた幹に鞘付の刀が突き刺さり、ミシミシと不気味な音を立てる。そこに加えられた力など、知りたくもないものだろう。
顔の真横に刀を突き立てられた瞬間、使用人は泡を吹いて気絶したのであった。
「あは、たーのしー」
動かなくなった使用人を窓から外へと投げ捨てれば、奏は踵を返して次の獲物を探しに行った。片手間に、目についた物を壊しながら。
「そちらも捕らえられたようね」
「はい」
目隠しを施され、恐る恐る階段を下りる奥方に付き添うのはアイリスだ。夫婦の部屋には一人、当主の妻が滞在しており、こうして捕縛したのだった。
気絶している人、怯えて身を縮こまらせている人、そしてリノにナイフを突きつけられてぐったりしている男。
妻である女が連れてこられたのを見れば、一瞬安堵の表情を浮かべたものの、事態は好転していない。時折聞こえる破壊音を、為すすべもなく耳にするばかりだ。
少女の方はどうなったのだろう。
アイリスはアレクシアが向かった先を見上げる。
この依頼がどんな意図をもって齎されたのか。彼女は、彼女なりの推測をいくつか立てていた。墓守として、その短い生を全うするつもりなのではないのかと。
「(個人的には、違う道を示したいものですね)」
それがどんな道なのかは分からないが。愛に逝くよりは、生きてすべきことがあるのだと思える。
その時、アイリスの思考を遮るように高い笛の音が鳴った。入れ替わりが完了した合図だ。
まるで図ったかのようなタイミングで玄関扉が開かれる。しかし、それを気にしている余裕は人質たる彼らにはなかった。
「投降しなさい、すぐに増援もくるわよ!」
「エイヘイさんにはすでにレンラクしたよ!」
堂々たる立ち振る舞いでサングィスとナーガが現れる。それを見たアイリスたちはアイコンタクトで頷いた。予定通りだ。
「やぁねぇ、水を差されたわ」
カツカツとヒールを鳴らしながらリノはひらりと手を翻し、フロアにあった燭台に手を掛ける。金属製の豪奢なそれを、リノは優雅になぞりあげ、ほんの少し力を加えた。
ただ、それだけ。
前へ傾き、重力に従って倒れる燭台の行方など、誰もが想像に易いものだった。
カンと高い音が鳴る。円を描くような軌跡を残した赤い炎は、瞬く間に絨毯へ燃え移った。無造作に、確実に、広がりゆく炎。
「やぁだ、手が滑っちゃったわ」
まるで偶然の出来事だと言うように台詞を謳いあげれば我先にと身を翻すリノ。
その後を追うようにアイリスも続き、遅れて二階から降りてきた黒フードも外へと向かった。
追いかけようと思えば追いかけられただろう。最後の一人は特に、動きもどこか鈍重でイレギュラーズの敵ではなかった。
それでも、サングィスは拘束された使用人と夫妻の安全確保を優先し、ナーガは気絶した使用人を担いで来た道を戻る。
これもすべて、予定調和。
見えない角でリノに手を取られた少女は、襲撃班に混じり外へと飛び出した。
燭台の炎は、ただのトリガーだ。
屋敷のあちらこちらで火の手が上がる。奏やアイリスが持ち込んだ火種だろう。
ふぁいあーと楽しそうに声をあげる奏。少しずつ燃え広がっていく様を眺め、踊り狂う炎に心躍らせるマスダード。
様々に胸中思うなか、外へ足を踏み出した少女が一度振り返り、燃え盛る我が家を仮面越しに見つめていた。
「ここにいたか」
屋敷のお嬢様の救出にと備えていたミルヴィが合流する。逃げる先は森の中だ。 けものみちに辿り着き、その先の道中はリノに代わってミルヴィが付き添う。
「さて、これからどうするのかしら?」
ミルヴィに少女を受け渡したリノは一人その背を眺めていた。
●
救出にあたる二人は、玄関ロビーに集めてもらった人質たちを外へと逃がした後、再び屋敷前に戻ってきていた。
サングィスの身体を低くしてとの指示も功を奏し、自力で動ける人間は自力で外へと這い出て行けた。ナーガの明るさは彼らに僅かながらも正気を取り戻させた。 救助が必要な人間の補佐に携われる時間が増えたのだ。
しかし、避難場所へとたどり着いた彼らに襲うのは、とある問題だ。
使用人の数が足りない。
全員がロビーにいたわけではなかったのだ。外に放り出した人間がいた事など知り得ない彼らは、依頼の達成を目的に屋敷を巡る。それに、万が一ということもあるだろう。襲撃に気付いた使用人がどこかに隠れた可能性もある。
燃え盛る中へと踏み入ろうと足を進め、――そこで、後ろから追いかける足音に気が付いた。
振り返れば当主の姿がある。非常に焦った様子だった。
「娘が、娘がいないんだ!」
声を荒げ、そのまま屋敷へと踏み入ろうと足を速める。それを抑えるのはサングィスだ。
「すみませんが、この状況の館に戻す訳にはいきません」
「だが!」
「誰かの犠牲の上救われても喜ぶ人ではないのでしょう? 同僚が救助に行くわ。落ち着いて」
目を白黒させて屋敷とサングィス、そしてナーガを見た男がぐっと息を詰まらせた。
「ダイジョウブ、探してくるよ!」
持前の明るさを発揮してナーガはにかっと笑みを見せる。言ってる内容は完璧な嘘だ。先ほど襲撃班に扮した少女が外へ逃げていくのをしかとこの目で見ているのだから。
そして、もう一つの嘘もある。
彼には、どうあがいても、ここで少女の死を告げられるのだから。
それよりも今は、当主が無理をして屋敷に戻り、死んでしまう事態になる事を防ぎたい。パニックになるような事は口にせず、ナーガは胸を張って任せてと言う。
へたり込んだ男をサングィスが保護し、ナーガへと向き直る。頷いたナーガは、火の勢いが増す屋敷の中へ、自らを顧みずに踏み入った。
――結果として、多少時間はかかったものの、全員の無事を確認する事となる。
「あなたも強情な人ね。わたくしは構わないのだけれど」
逃げる先は森なのだと、最初から確信していたのだろう。
けもの道を往く少女は、ギフトを使用してまで寄り添うミルヴィに肩を竦めて対応した。
「大きなお世話だろうけど、力になりてェ」
会話することがキーとなり、ふたりは荒れた道を進んでいく。目指す先が見える頃、自身と入れ替わったアレクシアの姿も見えた。様子見していた彼女には二人が 向かってくるのが見えただろう。軽く会釈をして出迎える。
少女は、少し拓けた場所で立ち止まる。膝を折り、祈るようなしぐさをする。
隣へミルヴィが並べば、墓へと手を伸ばし――
「いいの」
それは、否定の言葉だった。
「いいの。それよりも、魂がここにあるのなら、そらへ還してあげて」
何を悟ったか、少女は真っ直ぐにミルヴィを見つめてそう告げた。
これが必要でしょう、と差し出したのは少女のブレスレット。それは、談話室に飾ってあったネックレスとペアのもの。
立ち上がった少女にアレクシアが向き直る。望みを、断ち切らないために。
「君の傷が癒せるなら、私はそれこそ"なんだって"するよ。この先また何かあれば頼って。そしていつか、ご両親と――」
「ありがとう。でも、」
言葉を被せるように少女は笑う。続く言葉はなくとも、アレクシアにはその先に付け加えられるであろう言葉を察する事が出来た。
でも、そんな日は来ない、と。
少女が見せた瞳には、揺るがぬ決意が窺える。何を言われようとも、轟轟と燃え盛る屋敷を背にした彼女は振り返らない。
「あたしはリリー。帰る場所は、もうないのよ。優しいお姉さま」
金髪を風に揺らし、リリーと名乗り上げた少女は、それはそれはとても綺麗に微笑んだ。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
プレイングお疲れさまでした。
少女の生末はきっと、彼女だけのものでしょう。
例えのたれ死んだとしても、そこに悔いはないはずです。
悪になりきらない悪依頼でしたが、次は少し冒険してみたい気持ちです。
ご参加ありがとうございました。
GMコメント
大事な物を失う辛さを、あなたは知っていますか?
●成功条件
・屋敷の全焼
・死亡者0名かつ、少女と両親を引き離す事
以上ふたつを満たす必要があります。
●場所
とある領地。大きな屋敷が中心にあり、周囲に整備された庭があり、南側に森があります。森には一本、けものみちが伸びているぐらいで整備されていません。
屋敷の内部はオープニング通りです。
1階:部屋は4つ(食堂、キッチン、使用人控室、団欒スペース)
2階:部屋は6つ(両親の部屋、娘の部屋、他)
●避難人数
日中:家族3名、使用人10名の計13名
夜 :家族3名、使用人5名、警備員2名の計10名
※プレイングに時間の記載がない場合は日中になります。
※記載の時間帯がばらついている場合、多数決となります。
●注意事項
この依頼は『悪属性依頼』です。
成功した場合、『幻想』における名声がマイナスされます。
又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。
●補足
屋敷の少女
名は名乗っていません。十代半ばの少女。髪を切ったのか、短い金髪になっています。
身長は150cmほどで、可愛らしい顔つきをしていますが、近頃はうつむきがちです。
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