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シナリオ詳細

<ヴァーリの裁決>アクアーリオの逃走

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●アクアーリオの逃走
 地が揺れた。脳をも揺らがすその衝撃を受けて少女は息を飲む。
 高価な物ではないが盗賊団の者達が揶揄うようにして渡してくれたワンピースに跳ねた泥を気にする余裕など無かった。
 スラム害の中を縦横無尽に駆けた。積み上げた廃材の隙間を縫って息を潜める。

「あーーーああああ、どこだ、どこだ、どこだ!」

 心臓が嫌になるくらい主張する。喉の奥から飛び出してきてしまいそうだと少女は感じていた。
 こうして何かから姿を隠すことには随分と慣れた気がする。
 少女――シェリーは二度目であった。
 一度目はスラム街のリーダーの殺害容疑で命を狙われ、二度目は謎の巨人に追いかけ回される。
 周囲に居た男達には目もくれずに一目散に若い女ばかりを狙っていた。男に撓垂れ掛かって柳のように甘えていた女が投げ捨てられたのを見たときにシェリーは逃げようと心に決め走り出したのだ。
 探している音がする。「セリアを呼んできてやる」と告げた盗賊を信じなくては、泣き出してしまいそうだ。

 ああ、助けて。
 此の儘、わたしが諦めたら家も、みんなも、全部、こわれちゃう。
 だから、わたしが逃げるから。
 けど……どうして――どうして、こんな目に合うのだろう。たすけて。

●introduction
 梅腐しが如く、水滴が広がり続ける。伽藍に襤褸を積み上げて作り上げられたスラムは泥の匂いがしていた。
 少女が好みそうな物なども何もない。日々を営むことに躍起になる者達が静かに暮らすだけの――そんな場所。
 盗賊や破落戸達のアジトとなっていたこの場所は王都メフ=メフィート郊外のスラムである。
 イレギュラーズの少女、セリア=ファンベル(p3p004040)が領主として管理したこの場所は『平和なスラム』として噂されていた。
 盗賊達のアジトの地下に存在した洞穴は気付いた頃には騎士育成や採掘なども行われ、スラムの皮を被った安心安全なる領地経営が行われている。
 今日も洞穴の中で昼寝をして――とローレットでぼんやりと考えていたセリアを呼び止めた情報屋は「ちょっと聞いて」と忙しない様子でそう言った。

 つい先日までラサを賑わせていたファルベライズ遺跡群の一件、そのあおりを受けて幻想王国で大規模な奴隷販売が行われたことは記憶に新しい。
 その話題に塗り重ねるように、レガリアの盗難、神翼庭園への侵入――そして、ギストールの町の壊滅。
 そんなトピックスだらけの毎日に、イレギュラーズの領地がモンスターに蹂躙されるという事件が付け加えられ、フォルデルマン王の宣言も重なってローレットは大騒ぎである。
「セリアさんのスラム街にモンスターが出たって、盗賊さんからSOSが来たので呼び止めたんすけど」
「はあ!?」
 予想だにしなかった事態にセリアはあんぐりと口を開いたまま、傍らで頬を掻く『サブカルチャー』山田・雪風 (p3n000024)を見遣った。
「マジです。それで、水を纏った巨人なので盗賊の間ではムッシュ・メルクリウスと渾名をつけたみたいでね。
 ムッシュは若い女ばかり狙って攻撃してくるみたいなんだ。どうやら女が嫌いみたいで……」
 盗賊の呼んでいた若い娘が一人地に投げ付けられて犠牲になったことを付け加える。散り散りに逃げた盗賊達はアジトの下の洞穴に逃げた者が多く大半は無事のようだが――
「シェリーちゃん。幻想のスラムでセリアさんが保護した女の子、居るでしょ? 金色の髪と青い瞳の、可愛い子。
 あの子が現在ムッシュに追いかけ回されてる。逆に言えば、シェリーちゃんが逃げてる間は他の人は無事」
 つまり、現在はイレギュラーズの加勢を信じて囮になっているらしい。自身が標的である間はスラムを破壊されることもなければ不用意に誰かが死ぬ事も無い。
 それでもまだまだ15にも満たない少女だ。スラムで生まれ育った経験と、イレギュラーズに救われたという信頼が彼女をそんな行動に駆り立てたのかも知れないが。
「きっと、怖いよ。意味不明なモンスターが襲ってくるんだから。
 だから、助けてあげてほしいんだ。それにさ、領地が荒らされるのも困るし……」
 雪風はそういうわけで宜しくお願いします、と頭を下げた。彼の背後で「頼みます~」と白々しい態度をとった盗賊はさっさと何処かに姿を消して。

GMコメント

日下部あやめと申します。どうぞ、宜しくお願い致します

●成功条件
 ムッシュ・メルクリウスの討伐

●セリア=ファンベル領
 王都メフ・メフィート郊外に存在するスラム街。セリア=ファンベルさんの領地です。
 幻想スラムは治安の悪い襤褸屋が乱立したちぐはぐな街並みです。賊達は危機を察知して姿を隠して居るようです。
 ムッシュ・メルクリウスはその様子を眺めながら品定めをしていました。現在はシェリーを追いかけています。

●ムッシュ・メルクリウス
 古廟スラン・ロウより現われたモンスター。流れる美しい水をその身に纏った巨人であり、勇者王等を心の底から嫌悪しているようです。
 年若い娘は人を惑わせるとし嫌悪しており根絶やしにしようとしてきます。目に付いた幼児シェリーを追いかけ回しているようです。
 攻撃範囲は遠距離であると予測されます。水を使用しての魔術士タイプのようです。巨人であるために動きは鈍重な印象を受けます。

●ムッシュの臣下 *10
 ムッシュ・メルクリウスの傍に存在する狼人間型のモンスター。二足歩行の狼達です。
 ムッシュの影響を受けて凶暴化し、騎士のように立ち向かってきます。魔獣らしい魔獣です。

●シェリー
 拙作『万有引力は逃避行を赦さない』にてセリアさんに保護された女の子です。
 孤児。金の髪、鮮やかな青い瞳。見目麗しい、けれど、幸の薄い。女の子。
 戦闘能力は火事場の馬鹿力程度しか持って居らず、役に立つのはその土地勘だけです。
 ムッシュ・メルクリウスの標的となって逃げ回っています。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●ブレイブメダリオン
 このシナリオ成功時参加者全員にブレイブメダリオンが配られます。
 ゴールド、ミスリル、アダマンタイトとメダルごとにランクがあり、
 それぞれゴールド=1p、ミスリル=2p、アダマンタイト=5pとして扱われブレイブメダリオンランキングにて総ポイント数が掲示されます。
 このメダルはPC間で譲渡可能です。

 それでは、行ってらっしゃいませ。

  • <ヴァーリの裁決>アクアーリオの逃走完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年03月30日 22時06分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

志屍 志(p3p000416)
密偵頭兼誓願伝達業
ヨハン=レーム(p3p001117)
おチビの理解者
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
セリア=ファンベル(p3p004040)
初日吊り候補
セレマ オード クロウリー(p3p007790)
性別:美少年
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
オウェード=ランドマスター(p3p009184)
黒鉄守護
ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)
微笑みに悪を忍ばせ

リプレイ


 ずずん、と音を立てる。地を揺らがす衝撃。襤褸を積み上げたその地へと滴り落ちる水滴は雨の如く留まることを知らない。流れ落ちた其れが川になる前に、瓦礫の影に隠れた少女の傍へと幾つかの影が落ちた。
「ろくでなし男のせいで殺されるところだったお嬢さんを助けられたと思ったらこの調子ですか」
 聞き馴染みのある声だとシェリーは顔を上げた。一朶の花を見つけたような、そんな胸の高まりを少女は憶える。
「シェリー、よく頑張ったね」
 もしも、正義の味方が居るなら、こんな風なのだろうかとシェリーは感じていた。
 見上げた先には『遺言代筆業』志屍 瑠璃(p3p000416)と『初日吊り候補』セリア=ファンベル(p3p004040)が立っている。
 先程まで自身を追いかけ回していた巨人は何処へ行ったのかと不安を周囲を見回した。成程と小さな頷きと共に空より舞い降りたのは『春告げの』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)。
「此方を見なさい、巨人。これ以上の狼藉は赦しません」
 風精の如く。舞踊る淑女の傍で赫々たる緋色の焔を宿す魔水晶の煌めきに次いで、同じ色彩の細剣がムッシュ・メリクリウスへと振り下ろされる。
 水を纏う巨人へと叩き込まれたのは焔の魔法剣。
 幻想貴族ファーレル家の娘は各地で一斉に活動が活発化しているモンスターの一種で観測されている巨人とはこの様な存在であるのかと瞬いた。伝承で語られし巨人や異世界の旅人ではない――『モンスター』と呼ばれた存在。
「モンスターであろうとも、伝承は人によって作られる。さて、生きてるうちに伝承の巨人と相まみえるとはね。
 会話が通じるなら是非とも契約を結びたいね。……話が通じないなら通じるまで痛めつければいい。そういうのも不得意ではない」
 美しいかんばせに笑みを湛えた『性別:美少年』セレマ オード クロウリー(p3p007790)は鮮やかな光を放つ。
 己のその身から発された光。巨人が瞠る瞳を勢いよく伏せったのは其の光が余りに痛烈であったからか。
「女性を追い回す巨人? 何それ、えぇ……それが、あれ……? 世の中には色んな変た……いや生物がいるんですね」
 危険生物じゃないですか、とムッシュを指さした『散華閃刀』ルーキス・ファウン(p3p008870)のげんなりとした表情は常の凜とした気配を忘れたかのように。
 各地に出没するモンスターを放置すれば地が荒らされる事は確定的に明らかだ。故に、倒さねばならぬかと刀構えたルーキスの傍らで片手斧を担ぎ上げた『身体を張った囮役』オウェード=ランドマスター(p3p009184)は髭を撫でる。
「女嫌いの巨人じゃと ?フム……女好きじゃなくて……まあ硬派な知り合いが似たような事を考えてるからには気持ちは分からなくは無いがのう……」
 女が嫌いと言われれば、真っ先に情報屋が浮かんだ。彼の場合は追いかけ回す所でなく逃げ出しそうだが――さて。
「じゃが領土を荒らす以上、巨人は討伐される運命じゃな。特にシェリー殿はワシが必ず助けるワイ!」
 ちら、とオウェードは背後を見た。傷だらけの手足を庇いながら眩い太陽を見遣るように目を細めた美貌の娘。
 シェリーと呼ばれた彼女は領主であるセリアに「ごめんなさい」と震えた声をやっとの事で紡いでいた。
「でも、後で言いたいことあるから……後は流れ弾とか当たらないように全力で自分自身を最優先で守りなさい。領主命令よ」
 囁くセリアにシェリーは小さく頷いた。「気をつけて」と静かな声音で忠告した『宵闇の調べ』ヨハン=レーム(p3p001117)は如何することも出来なければ盾になる覚悟は出来ていた。
「よくもまあ次から次へと。大忙しです。モンスターだったら手加減はしませんからね。
 セリアさんの所が荒らされるのも嫌ですからきちんと『前準備』は済ませましたよ」
「……こんな場所だけど、私の家なの……守って、くれるの?」
 シェリーとセリアが苦い笑いを溢した。スラムであろうとも、気に入ってくれているのは有り難い。
 どのような場所であれど、こうして民が犠牲になる事件が各地で起こっている。『悪徳貴族』ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)は僅かに肩を竦めた。
「……やれやれ、幻想の一貴族としては頭の痛い問題です……ふふっ、この混乱に乗じて、どう利益を得るか頭を捻らねばなりませんからねぇ……。
 とは言えローレットの一員となった以上、この仕事は完遂しますよ、ええ」
 誰に言うわけでもなく防御主体の拳術流派を身に宿したウィルドは真っ直ぐに巨人を見上げていた。
「邪魔立てするか! 何だ貴様等!」
 叫ぶ、巨人の声を受けてヨハンは雄弁なる絶対者――書に刻まれた弁論魔術を指先ななぞり高々と宣言した。
「イオニアスデイブレイク! さぁ始めようかムッシュ・メルクリウス! 闘争、闘争を!
 女性だろうが男性だろうが犠牲者を出したお前はもう救えない! 正義の裁きを受けるときだ!」
 暁と黄昏の境界線を越え――栄光へと目指すもの。高みへと歩を進めるが為に。


「……せっかく助けた方がこんなに早く倒れてしまっては助けた甲斐も薄れます。
 シェリーさんにおかれましては、私の身勝手に巻き込まれたと思って、今回も助けられて頂ければ幸いです」
 眼鏡の位置を正した瑠璃は宝石剣をゆっくりと構えた。水の巨人、それは美しく荘厳たる存在感ではあるが個人的な嫌悪で地が害されるのは納得しようもない。
 スラムの廃材の影、ルーキスが纏め上げて行く狼人らを視認する。虹を模して煌めいた雲は巨人と狼人を巻き込み、蝕みの術として流れ出でた。
 ヨハンは前衛が雪崩れ込んで状況が好転するその隙間を探さねばならないとシェリーを保護するセリアの時間を稼ぐように支援を行い続ける。
「……敵の数は多いですが、後方支援があれば十分押し切れるでしょう。頼りにしていますよ、ヨハンさん」
 ルーキスは彼に応えるようにと瑠璃雛菊に魔性を纏わせる。その切っ先へと乗せられた変幻の魔。
 怯むことなく振り上げれば、随うモンスター達が反撃の遠鳴きを響かせた。
「それにしても、うちの領地の賊もこの非常時に敵のあだ名考えるとかどうかしてるけど。
 ちっさな女の子にしか興奮しないモンスターもかなりやばいね、シェリー。退避できる? アイツの目の届かない場所に逃げて欲しいの」
「け、けど、それじゃあ、領主さま、が」
「……いいのよ。私の魅力が分からずにアイツが鼻で笑ったならそれはそれで殺す事になるし」
 揶揄うようなセリアの声音にシェリーはこくりと頷いた。自身の夢の如き美しさに翻弄せよと姿を見せて興味がないと巨人が笑ったならば居ても立っても居られぬと堂々と巨人を睨め付ける。
「そもそも、だ。美しいものとはそこにいるだけで祝福されるはずだ。分かるね?
 性別など関係なく、若い女史を狙うというのは些か『美少年』を蔑ろにしているかのようだ」
 ある種、それは納得できないものではあるとセレマは呟いた。狼人達へと微笑みを浮かべれば、狂おしい笑みは高揚感と相成ってその視線全てを奪う。
 セレマにとって周囲の人間など興味はなかった。美しいかんばせに傷が付いたならば文句の一つも出ようもの。知ったことではないが仕事は完璧である方が美しい。美しいは美少年に相応しい。
「やれやれ、こういった戦闘は専門外なのですがねぇ……」
 溜息を一つ吐き出してウィルドは全身の力をその右腕へと乗せた。異界の客人より学んだ武術理論を活かした拳は雪崩の如く痛烈な一撃を爆裂させる。
「邪魔だ、邪魔だ――!」
 余りにも短慮なモンスターであるとウィルドは考えていた。策を巡らせるのではない。
 唯、若い女と見ただけで苛立ちの余り襲い掛かり幼い少女との児戯を嗜む様に何処も褒める要素は在りやしない。
 だからこそ、『モンスター』と分類されるのかも知れないが。
「おやおや、大層な見た目にも依らず幼子を追い回すとは……やれやれ、品性のないモンスターですねぇ」
 溜息と共に吐き出した挑発にムッシュ・メルクリウスと渾名された巨人は「何だとぉ」と喉奥から声を吐く。
「馬鹿にしたな! お前、殺す殺す!!」
「……言葉も品がない」
 肩を竦めたウィルドの傍で「な、なんとも……」とオウェードは溜息を吐いた。セリアに拳を振り上げたかと思えば、ウィルドの言葉に憤慨する。
 コロコロと表情を変える巨人の知能指数は随分と低いようにも感じられた。
 斧振り上げて、狼たちを相手取りオウェードが筋力を活かして叩き付ける。腕へと噛み付くその牙を退けるのは連環の雷。
 風火の理。荒れ狂い、紫電の牙が光鎖の蒼蛇を産み出し怒りを讃える。
 焔の刻印を攫う風精の術式が生み出す雷に灼かれる狼たちの身体が地へと叩き付けられのたうち回る。
「貴方……名は。何者です、巨人の術士」
「名前ェ?」
 ぎょろりと巨人の目がリースリットへと向いた。品定めをするその視線にリースリットは怯むことなく向き直る。
 ムッシュ・メルクリウスはセリアの領内の盗賊達が揶揄い付けた名であるそうだ。言語を解し、知性を有す。
 コミュニケーションが真っ当に疎通するか保証はない。今、確かに『名前』という言葉を理解しただけでも収穫――だろうか。
「知らねええ」
 間延びした声と共に振り下ろされた腕。地を蹴って飛ぶように避けたリースリットを追い縋るのは水。
(――そも操っている水は魔術の類か。本当に『巨人』という種族なのね。
 ……そんな種族が今も生き残っているなんて聞いた事もないけれど、勇者王、建国の祖アイオンの事を知っているのなら、この巨人はまさか……そういえば、確か……勇者王の物語に巨人の話があった……かしら?)
 熟考する。其れ等の時代の遺物であるなら。
 そう思えども彼が其れを理解しているわけがない。苛立ちと、怒りに支配されるように魔術を放つだけである。
「メルクリウス……魔術師と存じてますが。その技量はいかに?
 どちらが真の魔術師か決めましょうか。女性を嫌悪して攻撃する、大いに結構。
 感情のままに動くようでは三流もいいところ、勝つ為にあらゆる策を講じ、どこまでも冷静に魔術を行使するのが一流だ」
 静かな声音でヨハンはそう言った。大賢者はイリーガルにも通用するべき。仲間を支えるために、戦闘用のスーツに身を包んだ少年は口角を上げ笑った。
「――来な、小僧。大賢者というものを教えてやるよ」


 それは黒き棺を思わせた。死の気配を内包した痛みの檻。指先で描いた陰陽結界を使用しながら瑠璃は「余所見ばかりですね」と巨人へと言った。
 彼の引き連れてきた取り巻きは既に大部分が失われている。
「ボクが直接手を下さずともこの身に受けた全ての傷が彼ら自身の負債として取り立てられる。
 一方で美しい存在は儚く脆いが死ぬことでしか傷つくことは許されない。つまり君たちはどうしようもなく詰みだ」
 余力もないであろうと目映い光を放ったセレマは指先を飾った契約の指環と剣に魔力を通わせた。一方は苦痛を遠ざけ、笑みを讃え。網一歩は身を引き裂かれた苛立ちの如く瘴気の騎士が光を放ち飛び込んでゆく。
 盲目的に追いかけ回すことのみを行っていた巨人の一撃を受けたセリアは「酷い目に合った」と小さく呟く。
「ええ。けれどシェリーさんは逃れましたか」
「ま、ウチの賊が皆揃って保護位してくれるんじゃないかしら? してくれなかったら殴りつけるけど」
 小さく笑みを零して。セリアが気合いを滲ませる。合図は「さあ、反撃!」の一声。狼煙を上げるが如くヨハンの強烈な支援を受けて前線へと飛び込んだのはルーキス。
「女性を追い回すのはその辺にして、こちらの相手もして頂けますか、ムッシュ?」
 神経毒の興奮作用。巨人の身体を蝕み、風巻の如く地をのた打つ。
「くそ、くそ、くそ! こんな国、滅んじまえ!」
 巨人の喉奥から飛び出した紛れもない本音。彼の見る国が何時のものであるかを誰も知らない。
 リースリットは勇者王――建国王を嫌悪する彼が何を見ているのかが気になると細い指先を顎にやった。
「おっと、我らが国祖を侮辱しました? いけませんねえ、そういうのは……国家の忠臣としては見逃せませんよ? くくく……」
 笑みを噛み殺したウィルド。対して扁桃のない巨人へと、挑発と共に防御技術を反転させて一気に放つ。
 水滴が周囲を躍り斧を振り上げたオウェードの身体を瓦礫へと叩き付けた。
「まだまだ! ワシを倒すなど百年早いわ!」
 跳ねるように起き上がり勢いよく巨人へと斧を叩き付ける。脳が掻き混ぜられるように巨人の瞳がぐるりと上を向いた。
「痛い痛い痛い痛ェ―――!」
 叫ぶ、その声を聞く。巨人の苛立ちを感じ取りながらルーキスは「それは可哀想に」とわざとらしく肩を竦めた。
 巨人が女を嫌いな理由は何だろうか。痴情の縺れ? 失恋の逆恨み? そう考えれば幾許か同情の余地があるような――そんな気さえしてくる。
「経緯はともかく、女性を追い回すのはどうかと思います。そういうのはモテないですよ」
 囁いて。呆れの溜息と共に飛び出したその言葉に小さく笑ったのはセレマであった。
「確かに」
「ええ、そうね」
「モテないでしょう」
 重ねるセリアと瑠璃に巨人は馬鹿にされていると感じたのだろうか飛び上がって叫ぶ。五月蠅いと。ニュアンスだけが通じたのだろうか、水泡が周囲へと降注ぐ。
 本領の発揮。
 リースリットはそう感じた。それでも、周囲へと苛烈な程に強烈な支援を施すヨハンは怯むことはない。賢者は最適解を知っているとでも言うように小さく笑う。
「と、言うか。不法侵入なのよね。此処ってうちの領地だし。ちっさな女の子ばっかり追いかけ回すし。
 人が下敷きになってなければ建物くらい壊れてもいいけれど、こっちが後々の復興を行わなくっちゃいけないのよ?」
 生命力さえ奪うように。セレアは巨人を睨め付けた。
 ムッシュ・メルクリウスと小洒落た渾名を据え付けられようとも不法侵入は不法侵入。モンスターはモンスター。
 其処に違いはありはしない。
「修繕するバイタリティがあったとしても、無為に破壊されれば苛立つというものですよ。さっさと屠らねば。時間は有限ですから」
 切れ長の瞳を細めて、紅の気配を僅かに纏う。封印を施すように指先から飛び出す魔力に付いて飛び込んだのは金の髪。
 淡く光を帯びた風の気配と共に、焔を宿した水晶が魔力を炸裂させる。
 地を蹴って躍る様に。春を告げる精霊の如く――娘は囁いた。
「貴方が何処から来て、どのような存在か。知りたくもありましたが答えないのならば致し方がありません――それでは、良き旅路を」


 倒れ伏せた巨人の遺骸を見下ろして「こりゃでけぇ」「すごいもんだなあ」と盗賊達が小さく笑う。
 国家の為を思えばメダルを頂戴しておかねばとウィルドは周囲の喧噪に一仕事終えたことを実感していた。
「あ、の」と盗賊の背より顔を覗かせたのは保護対象としてイレギュラーズ達が守った一人の少女、シェリーであった。
「シェリー、無事でしたか」
「うん、その……」
 もじもじと、言葉を飲み込んだ少女に瑠璃は「良かったですね」と安堵したように破顔する。
「ししし……シェリー殿は……だだだ……大丈夫かね?」
「大丈夫。心配掛けて、ごめんなさい」
 頭を下げた少女に緊張しながらもオウェードはぽんぽん、と頭を撫でる。その掌が僅かに強張ったのはシェリーの勝ち気な瞳とかち合ったから。
「あなたの方が、傷だらけじゃない」
「い、いやあ……」
 何とも言えないままにオウェードがそろそろと後退してゆく。ぞろぞろと出てきた住民達の手伝いでムッシュの破壊した場所をある程度元に戻そうと考えたからだ。
「シェリー、悪いクセが抜けてないよ」
 ぴしゃりとそう言ったセリアにシェリーが怯えたような表情でリースリットの背へと隠れた。苦い笑いを浮かべたリースリットはそっとシェリーの背に手をやって話を聞くようにと促した。
「……他の人も大事だけど、シェリー自身になにかあったらどうするのよ。
 少しはあの馬鹿ども見習って、自分が幸せになれるように頑張りなさい。……まあ、ちょっと練習がいるね。
 うちのスラムで売ってるものなら一つだけなんでも買ってあげる。なにをもらえれば自分が一番嬉しくなるか、しっかり考えなさい」
「え、け、けど」
「けどはなし。ちゃんと考えたら教えて?」
 セリアのその言葉にシェリーはしおらしい表情を見せてからイレギュラーズに「迷惑掛けて、ごめんなさい」と呟いた。
 お荷物であったとセレマは特に云う事は無い。いざとなれば庇うと決めていたヨハンも「無事で何よりです」と頷くだけだ。
「……よく頑張ったね。ありがとう」
 セリアが小さく笑ったその言葉に、シェリーはぽろりと小さく涙をこぼした。
 本当は怖かったの、と。囁いて。
 国を揺らがす沢山の事件の、その一つ。小さな少女は恐ろしい事は山ほど在る事を知ったと唯、小さく泣いた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 この度はご参加有難う御座いました。
 領地と、そしてシェリーを護って下さり有難う御座いました。

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