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シナリオ詳細

<希譚>あなたのことは覚えている<呪仔>

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●忘れてしまったもの
 希望ヶ浜、石神地区。
 希望ヶ浜の外れであるこの場所には活気は少ない。
 高い建物はほぼ無いといってもよく、こまでも田畑が広がっている。
 真っ赤な夕焼けだけがあたりを染めていた。
 廃線となった線路は、もうどこにもつながってはいない。けれども、時折耳を澄ませばカンカンカンと奇妙な音が鳴り響いている……そんな錯覚を覚えるような気がする。
 降りている踏切の遮断機は、もう二度と上がらないのだけれど。
 古びた駅の近く……幼い兄弟が遊んでいた。兄の方は石をひっくり返しては形の良いモノを集めて、弟の方は、チョークを使って地面に線路を描き、おもちゃの電車を走らせていた。
 大切なおもちゃには、しっかりと名前が付いている。
 ふうと、通り過ぎる風が少年の前髪を揺らす。
 不意に、影が差した。
『ねえ、覚えている? その電車のおもちゃ、前は木だったね。もう、飽きてしまったの?』
「?」
「どうした?」
「……? ううん、なんでもない」
 振り返っても、誰も居なかった。
 少年は思い出すことはないだろう。かつて与えられた木のおもちゃのことを。
 大切だった人形のことを。大好きだったおもちゃのことを。
「そろそろ帰るぞ、ヒロト」
「?」
「? どうしたんだ?」
「ヒロトって、ぼくのなまえ?」
「え?」
 不意に、認識が消えた。少年は再び遊びに戻っていく。
 兄の方は、首を傾げる。
 そういえば、誰だっただろうか?
「……早く帰らなきゃ」
 電車が通り過ぎるたびに。
 また一人、消えていく。

●『希望ヶ浜 怪異譚』
『石神地区のシンメイ駅には決して記名の持ち物を持ち込むべからず』
 たった一行。
『希望ヶ浜 怪異譚』にはそう記されていた。
 それを怠ったモノは、告げ口をされて、ヒダル神の眷属により”近く”なるのだという。
 しかしそれ以上の記述はない。インターネットには、行方をくらまし、帰れなくなるだとか……どうも『伝聞、推定、仮定』ばかりが多いような、付け加えられた解説はもともとあまりあてになるものではなかったが、今、この状況を考えてみれば、すなわち『阿僧祇の作り出した元・人間であった怪異』――ゾンビになるということだろうと、今は分かる。
 古い文献にあたったひよのは、さらにこういった記述を見つけた。
『懐かしきモノ、触るべからず。名を駅員に見せるべからず。しかし自分の名を忘れてもならず。護符に記せよ、自らがなんであるのか……』

●名前を記せよ
「はい。これを持っていればきっと大丈夫なはずですね。……守りを込めたものです。それがあれば、……持ち物の名前が見られることはなくなるでしょうね」
 音呂木 ひよの(p3n000167)は、筆を置いた。8枚の半紙が、洗濯ばさみに挟まれて乾かされている。それは、イレギュラーズたちの名前を書にしたためたものだった。……もしかすると通名であるものもいるかもしれない。
 ともかく、それは自分自身を証明するモノであればよいのだとひよのは言う。
「石神地区の廃線になった線路と駅の周辺で、名前を奪われてしまう事件が起こっています」
 乾いたものから小さく折りたたみ、お守りのようにして差し出した。
「壊れかけたもの、捨て去ったもの。記憶の海に沈んでしまったもの……そういうモノたちが、人を呼んでいるようです。……廃線になった線路をたどって、無人駅に行って、壇に、この人形をお供えしてきてください」
 手渡されたのは、小さなひな人形だ。壱、弐、参と番号が刻まれている。
「懐かしいモノが見えるかもしれませんが、拾わないように。気をとられないように」

GMコメント

●目標
石神地区のシンメイ駅に行って、ひな人形を供えてくる。

※気をつけること※
・互いの名前を呼ばないように(称号や、イニシャル。通名などで呼び合うといいでしょう)
・懐かしいモノがありますが、あまり触れないように(触らなければ大丈夫でしょう)

●敵
「駅員」×20
 線路の上に点々と配置された、駅員、の役目を任されたゾンビたち。ただし服装は消防士や、警察官や、農民などといったような駅員とはおよそ関係の無いようなモノに見える。
「失礼ですが、お名前を頂戴してもよろしいですか?」
 無線で連絡を取り合っているような仕草をしている。

ヒダル神「車掌」×1
 猿のようなシルエットであり、意思疎通の出来ないモンスター。無線で連絡を受けて、追いかけてくる。

●場所
 石神地区のシンメイ駅跡地。線路がずっと続いています。時折踏切の音がして、何かが通り抜けるような気配があります。かと思えば、駅員が現れます。
 ※演出上のモノであり、この気配自体に危険はありません。敵が出現する状況という感じです。

 時折、なつかしいと思えるモノが転がっていたり、懐かしい人物が遠くで手を振っていたりします。見ても構いませんが、返事をしたり、触ったりするとダメージを食らいます。

・駅最奥
 無人となった駅の構内に、祭壇のようなものがあります。ひな人形の最上段の部分に思えます。
 ひよのから預かった人形を供えましょう。
 ひな人形をそなえると、駅員たちは崩れ落ちていきます。
 ヒダル神だけは残ります。倒しても倒さなくてもいいです。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <希譚>あなたのことは覚えている<呪仔>完了
  • GM名布川
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年03月15日 22時02分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
同一奇譚
武器商人(p3p001107)
闇之雲
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りと誓いと
天之空・ミーナ(p3p005003)
貴女達の為に
楊枝 茄子子(p3p008356)
虚飾
フリークライ(p3p008595)
水月花の墓守
ニーヴ・ニーヴ(p3p008903)
孤独のニーヴ
レべリオ(p3p009385)
特異運命座標

リプレイ

●それぞれの名
『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)から、小さな小鳥が飛び立っていく。
 ここから先は、石神地区。
 小さな鳥は大地の香りを慈しむようにくるくるとあたりを回っていたが、名残惜しそうに一度鳴いて、枝へと移る。
「フリック 否 訂正 墓守 戻ル」
 戻ってこなくては、と、決意を新たにするのだが、うっかり名前が出てしまいそうで、内心わたわたしていた。
『同一奇譚』オラボナ=ヒールド=テゴス(p3p000569)は、Shhhh...と、……この世界の観測者に向かって人差し指を向ける。
 オラボナを固定する名前というものは、果たして存在しうるだろうか?
 けれども、それがこの世界のなりたちだと言うのなら、従ってやってもいい。
「『同一奇譚』或いは、そう……『芸術家』と……」
 オラボナは本を持っていた。
『――木を隠すなら森の中。頁を隠すなら、頁の中――』
 回想は、ひどいノイズに紛れる。
 一般人『N』。
(何度も貴様を頼るのは『よくない』事だが仕方がない)
「本を見せ給えよ。代償は常の如く『私の破滅的な』までの物語(そんざい)だ。帰れない可能性とも解せる」
 ひどく不鮮明な回想は、”了承”を返したと解せる。

 お互いの名前を決して呼び合わない。
 それが、このシンメイ駅での約束だ。

「ン。機体偽装名称“墓守”」
「雛人形……ねぇ。祓いをするには納得できるカタチだが、「妙なモノ」まで吸わねばいいがね。ヒヒヒヒ……」
『闇之雲』武器商人(p3p001107)は……この呼び名で構わない。
 元よりも通称、このシンメイ駅が想定し得なかった異質。……通り名や、本名を明かさないものも多いのだ。
 特別な因子を持つイレギュラーズたちの介入でなければ、この事態は解決しえないということだろう。
「名前が、奪われたら。
わたしはわたしでなくなってしまうの、でしょう、か」
『あたたかい笑顔』メイメイ・ルー(p3p004460)は、かすかに駅の水たまりに映った自分を見つめる。
「ここからは、わたしの名前は……「羊」」
「ああ、それがいいね、羊飼いの娘」
「羊 羊 登録 完了」
「皆さまを呼ぶ時も、本当の名は呼ばないようにします。
どんな、ことがあっても」
 メイメイはぎゅうと胸元を握りしめた。
 仲間がケガをしないだろうか、そういうことが気がかりだった。
「壊れかけたもの、捨て去ったもの、記憶の海に沈んでしまったもの、ねぇ」
『忘れ物チュウイ』、と書いてある看板を『羽衣教会会長』楊枝 茄子子(p3p008356)は何の気もなしに素通りする。
「いやぁ、怖いね!ㅤ会長怖いの嫌いだし忘れられるのも嫌いだよ!
早く依頼達成して帰ろうね! 皆、名前なににする?」
「偽名は『サロ』とでもしておこうか」
「ジョンと」
『孤独のニーヴ』ニーヴ・ニーヴ(p3p008903)と『ジョン』レべリオ(p3p009385)は仮の名前を名乗った。……偽りの名前を告げるのも慣れたものだ、とレベリオは思う。
「おっけー。会長のことはそのまま“会長”と呼んでくれたまえ!ㅤそしてあわよくば羽衣教会に入信して!ㅤしない?ㅤあそう。みんなとちゃんと打ち合わせして、呼ばれたい名前で呼んであげるよ!」
「ああ、よろしく頼む、会長」
「どういう仕組で懐かしいものを呼び出すのだろう?
記憶でも覗かれているのかな。
この土地には不思議なことがいっぱいあるんだね」
 サロはこの世界を不思議そうに見つめている。
「死神、と」
 ミーナは短く名乗って、優雅に礼をした。
「名前ってのはな、ソレがソレであったことを示す大切な物なんだ。
それを奪うのは例え極悪人から奪うのだってご法度だ。ましてや神だからと言って奪う事もしちゃいけねぇ」
『黒花の希望』天之空・ミーナ(p3p005003)は、鋭い視線で線路を見つめていた。
「……ま、『死神』の私に言わせれば、だけどな」
 名前を失った人々が、哀れでならなかった。

●お忘れ物のなきように
 このシンメイ駅に方向というようなものは見当たらなかった。
 揺らぎ、まっすぐに見えても、まるで断片が寄り集まったような世界だ。
 手がかりは感覚と意思といったような曖昧なものとなる。
 聞こえる。
 死神には。……幾多もの静止したものたち。駅員たちの音が。
「……まだ、遠い。進んでいって問題ない」
 紅い色がゆっくりとたなびく。ヴァルキリードレスの色彩は、淡い世界に浸食されない、はっきりとした輪郭だ。
「コッチだね」
 そして、武器商人は迷いなく、薄い霧のかかった道を指し示す。この世界の法則を捉えて、知っている。
 武器商人は、一同を静止するような仕草をした。踏切の音は遠くにある。しばらくすると、どうぞと道を空けた。
(これは、……)
 不意に、柔らかい夏の気配がした。
 ぎゅう、と手のひらを握りしめる。
 メイメイは立ち止まる。振り返りはしないけれども、それを知っている。
 機織りの音。……このくらいかしら、とメイメイに布を合わせるような仕草を覚えている。複雑な織り模様はまるで魔法のようで、手仕事の音は安心できるもの。
(わたしの、懐かしい……故郷)
『――』
 名前を呼ばれた気がしたけれど、それは自分の名前ではない。
「『羊』、大丈夫かい」
 ミーナが呼んだ。側においでと手招きする。
 メイメイはうなずき、短く礼を言った。
 駅員がやってきていた。
 物陰に身を潜めながら、やり過ごす。
 駅員はファミリアーのネズミに気をとられ、向かい側に行った。
(我慢、我慢です。
それはわたしの中にあるものです、から)
 だから、ここから拾おうとしなくてなんていいのだ。

 少しずつ進んでいく。
 あたりは水を打ったような静けさに戻る。
(デキルダケ  見ツカラナイヨウ)
 墓守は慎重に歩みを進める。
 大きな身体は、歩みを進めるたびに小さな軋みを上げる。
 遠くに、駅員がいた。
 懐中電灯がこちらを向いた。……幸い、戦闘にはならなかった。
 透かすような瞳。
 だが、その感覚は、おぞましい何かによって強制的にシャットアウトされる。
 オラボナのStar Vampireが、干渉を奪い去り、不自然な空白を作った。
 単純なパターンしか持たない駅員にとっては、その理由を考えることはない。
 しかし、それは幸いだったろう。理解してしまうほどの器はない。
「墓守 感謝」
 もしも交戦になれば……ためらうつもりはなかった。けれどもなるべく戦いたくはないものだ。
(抜き足差し足忍び足っと!)
 会長はゆっくりと歩みを進めていく。呼ぶ声も。自分のものではない名前が聞こえた気がしても、振り返ることはなかった。
 一度たりとも。
 だから、きっと仲間はそれが会長の懐かしいものだと分からなかっただろう。それほどまでにさっぱりとしていた態度で、まっすぐに進んでいくから。
(……きっと見たくないものだから)

 つん、と焼け焦げたような匂いが鼻をついた。
 武器商人の歩む道に落ちているのは、焼け焦げたロザリオだった。
 一瞥をくれることもなく、武器商人は歩みを進める。
 白薔薇の花冠が柵にかかっていた。
 けれども、振り返ることはない。
 ガラスの靴が、片方投げ出されている。
……横笛の音。
 どれも、武器商人には必要ない。
(それらは全て、我(アタシ)が覚えているモノだから触れなくても大丈夫)
 落としましたよ、と似つかない声で、海老茶色の髪の、赤いスーツの男が言った。
「……、……」
 何か言いたくはなったが、構う必要は無い。
 白い鯨がこちらを見ている。しっし、と追い払うようなしぐさをすると、ぽしゃんと世界に潜って消えた。

(ン。トモスレバ墓守 壊レタ 捨テラレタ 異ナレド ソチラ側カモ
遺サレタモノ)
 だからこそだろうか。
 ここにある欠片たちは、どこか自分と似ているようで、墓守は踏みしめて歩く気にはなれない。誰かの大切なものであったかもしれない、ということもあるけれど、なんだか似ていたから。
「……」
 これは、ニーヴ、いや『サロ』のものだろうか?
 電光掲示板のような古びた機械に映し出されているのは、単調なプログラムたちの集合だ。
 浮遊するカラフルなモザイクは、どこか一定の規則性を持って波打っているようにも見える。
 歯車の覗いた物体が揺れた。
 それは、サロの電脳世界にあったものだ。
 懐かしい、という感情が、サロの心を揺らす。
(機械ノ 音)
 似たようなものを持っているのかも知れないと、墓守はサロを見つめる。
「うん」
 サロモまた嬉しそうに、見返してくる。
 人と話すのは、楽しいことだ。
 作られたものたち。作った人々。
……ここで思い出話をするわけにはいかない。けれども、元の場所に戻ったならば、聞いてみてもいいかもしれない。
 髪の長い女性が、目の前を横切った。
 そのときだけ、サロは立ち止まる。
「……ここに彼女がいる訳ないのは、分かっているんだけどね」
 なんとなく大切な、少なくとも重要な人物であろうと察せられるのだ。
 サロは自嘲気味に笑い、それを振り切り進んでいった。
「サロ、」
 フリックは、と続けそうになった気がする。
「大丈夫、ありがとう。『墓守』君」
 作ったもの、作られたもの。大切なもの……。
(墓守が、見エルトスルナラバ……)
 不意に声がした。
(主ハモウイナイモノ。
キット コンナ 想イスラ 取リ込マレル 危険ナノダロウ)
 不思議と悲しくもなかった。不愉快でもなかった。
(感傷スラ許サナイ モッタイナイ)
 手を振る彼女を置き去って、そのまま歩いて行く。
 自分は、墓守だ。……今、ここに居る名前がそうでもあるが、それ以上に。
(埋葬シタノ墓守
墓守 死 護ル
墓荒ラシ サセナイ モウ呼バレナイ 名前)
『――』
(モウ呼ブコトノナイ 名前
ソレデイイ)
 心の中の変数を確かめれば、色あせずにそこにある。
(墓守 覚エテル 互イ 名前
ナラ ソレデイイ)
「行こう、『墓守』君。……ここにあったとしても所詮偽物だろうしね」
 懐かしい音。
 軽やかな風も、静かな駆動音も置いて、先に進む。

 ぴたりと、オラボナは歩みを止めた。
「Nyahahahahahahahaha!!!」
 オラボナの行く手に現れるのは、幾多もの物語の筋。……それは非常に曖昧で、不定形な文脈の渦。意味のない断章。
『怪奇小説』『恐怖』『神話』。
……そして、『人間』。
(魅力的な時代旧れだが、持ち帰る事は在り得ない)
 見つめるそれらの参照が、主語が、述語が置き換わる。塗りつぶされていく。不条理な物語が、懐かしいものを破綻させ、ガラガラと崩壊させていく。
 湧き出す水も、浮かび上がる炎も……。
「取り合えずは全員無事に帰ろうじゃないか」
 ジョンは、何にも触れない。ただ、歩いて行く。
 感情は封じた。とすれば、ただの作業だ。誰かがそれらしく名前を呼んでも。それはただの現象だ。
 電球がはじけ飛んだ。
 力があるのをなんとなく察する。
 無限に湧き出すかのような力は、今は存在しないもの。

●交戦
「……ここからは、影になってないね」
 サロが建物を見上げる。
「んー、これはちょっと危なそうだよねぇ」
 会長が首を傾げる。
 遮蔽物のない開けた通路になった。
「踏切の音がする。……戦闘の準備をしておいた方が良さそうだ」
 死神が言うやいなや、遠くから駅員がやってくる。
『……お客様』
 駅員だ。
「さっさと倒しちゃおうぜ!ㅤ会長はなんにも出来ないからみんな任せたよ!!」
 きりっと構えて後方の安全な位置を確保する会長。
「そうだね、早く倒さないと……」
 サロは襲いかかってくる駅員を見据える。
(割リ切リ 大事)
 墓守のレヴィアン・ガーヴが、振るわれたツルハシを弾き飛ばした。無線に手を伸ばすが、それはさせない。
 死神の隠した劫火絢爛は、ゆるりと死神の表情を隠した。
 魔哭剣『虚』。虚無の剣が、敵を切り裂いた。
「大丈夫かい?」
 サロのライトヒールが、仲間を癒やした。
 踏切の音は続いている。
 ジョンは手甲を振り下ろし、駅員にブロッキングバッシュを食らわせた。
「仮面の旦那、加勢するよ」
 武器商人の破滅の呼び声が、どうしようもなく駅員の注意を引いた。殺意をたっぷりと引きつけておいてから、マギ・ペンタグラムを編んだ。
 惑星環が幾重にも重なる。
「ありがとう」
 希望の剣【束】は、死神の手によって輝きを増す。青の刀身が、色の乏しいこの世界においてはっきりとした色彩だ。
「ゾンビ、だったよね」
「きっとそうだねェ、最新の精霊」
 サロが小さく唱えて、聖光を見舞う。駅員は光に焼かれて、ボロボロと崩れ落ちていった。
「哀れではあるが……」
 死神がため息をついた。
「悪いが、通させて貰うぜ。我が名は死神、邪魔する者にはすべからず死を与える!」
 ディスペアー・ブルー。美しく凜とした声が、あたりを揺らした。
 踏切は鳴り続いている。
 しかし、もう少しで、終点である。
 ジョンが名乗りを上げ、駅員たちを引きつける。
「こうも数が多いと怖さよりも先に鬱陶しくなるな」
 体力を失ったと同時に、イモータリティがそれを補う。
 サロの柔らかな癒やしの光が仲間を照らした。シェルピアだ。
 懐かしいヤギの鳴き声。
 故郷の匂い。
 メイメイは前を向く。
「わたしは、ふりかえらない、です」
 ブラックドッグ。ファミリアーの鳥は振り下ろすべき位置を告げていた。鋭い牙が、駅員に襲いかかる。無線を取り落とした駅員は、それ以上なにもできない。
「よっと」
 会長は、無線機に触れてみる。雑音に混じって声が聞こえる。
【■■、■■――】
「うわ、怖い」
 ぴょいと草むらに放り投げた。……駅員のいくらかは無線に気をとられ、しかし見つけられずに右往左往しはじめた。

 オラボナは、本を開く。
 駅員の内心をぱらりとめくる。
 こちらが読まれているのであれば、あちらも読まれると知るべきだ。塗りつぶされた名簿、失われた名前……。
 オラボナの物語が、それらを飲み込んでいく。
「同一奇譚の一部に成り給えよ、貴様の如き怪異は!」

●奉納
 十分に時間はかせげていた。
 早すぎるくらいだ。
 オラボナは駅員の群れに立ち塞がった。
 メイドインメイド。その準備の良さたるやすでに何もかも知り尽くしているかのようだ。あるいは全てに変化するような可能性がそう見せるのか。
「本当に失礼な連中だな。名乗りも何も我等『同一奇譚』に一定などない。貴様等が此方に成るべきだ。如何様にも『倣れる』筈よ」
 オラボナは振り返った。
「此処は芸術家に任せて先を急ぎ給えよ」
「今のうちに、行こう」
 死神が口笛を吹くと、それに答えて大地の雄がやってきた。ぱちん、と指を鳴らすと、武器商人のアハ・イシュケの長が併走する。人形を手に、前へ、前へと。
「サポートする」
 サロの聖なる光が、立ち塞がる駅員を撃ち抜いた。
 駅員の群れには……。
「此方だ」
 オラボナは割り込む。固いわけでもない。けれども、輪郭はぼやけており、その姿を揺らがせることはできない。
「会長のためにがんばれー!」
 免罪符を振りかざし、会長がクェーサーアナライズを走らせる。途切れることのない力。代償を踏み倒すような完全勝利だ。
「させません」
 メイメイのファントムレイザーは、追いすがる駅員をなぎ倒す。
「ああ……こいつか。こんなとこにコレがあるってのも変に目立つから間違いないだろ」
 死神が祭壇にたどり着いた。
 罠ではないだろうか。
 ジョンは、ありとあらゆる可能性を考える。これで収まるだろうか。……車掌の様子も、気にしなくてはならない。
 あたりを警戒しながら、素早く安全を確認する。
「大丈夫そうだ」
 奉納を終えた。
『―― 忘 れ 物 は 、 ご ざ い ま せ ん か?』

●終幕
 不意に、駅員が崩れ落ちていった。上手くいったのだろう。
「よーし回復するよー!!ㅤそっちはよろしく!!」
 できた隙を使って、一気に体勢を立て直す。
「ふうむ……」
 崩れ去るだろう駅員を眺めながら『車掌』を倒すか否か。オラボナは思案する。
「現状が『異常や悪化』を見せなければ放置するのも好いだろうが。
皆の意見は如何に」
「うん、変わりない……」
 サロはじ、と観察する。
 ヒダル神はずいぶんと遠くで咆哮を上げた。ケラケラとはね、笑い声を上げていた。……この世界に異常は見られない。
「……撤退しましょう」
 メイメイが頷いた。
 いずれにせよ、この場は、きっと長く居てはいけない。
「御意に」
「うんうん。会長も歩きすぎて疲れてきたよ! さっさと帰ろう! ちゃんと家に帰って布団で寝るまでが依頼だからね!」
『最終列車、到着です――』
「どうやら、近いようだね?」
 帰り道は驚くほどに短かった。本物ではないと決めたから。思い出は薄く、めまぐるしく駆け抜けていく。
 メイメイは前だけを見ている。ファミリアーを飛ばす。
 ミリアドハーモニクスが、仲間を治療した。
「人形は供えてきた、問題ないだろう」
「撤退……ですね」
「うんうん! 同一奇譚くんとか墓守くんとかがきっと何とかしてくれるでしょ!!ㅤ多分!」
 支えを失って、世界が、崩壊して行く。しかしそれはゆっくりとしたものだ。……すがりつこうと、しないのならば。
 イレギュラーズたちは正しく気を払って、この世界にとどまることはない。
「こっちだ!」
 ジョンの一撃が、追いすがる車掌を突き飛ばす。
 ヒダル神に、墓守と同一奇譚が立ち塞がった。別方向に向きを変えようとしたが、ルーンシールドを身にまとわせる、武器商人もまた。
 武器商人の、飢え無き羅生門がヒダル神を襲う。「純粋な力の顕現」と評されるソレが、怒濤の如くにたたき付けられる。
 好ましい混沌だ。
「同一奇譚」
 無窮にして無敵。笑い続ける。
 墓守はがちん、と噛みつかれたかに思われたが、奪い取られたのは草だけだ。咀嚼している。
 鳥の家は、残してやりたい。二撃目はオラボナが防いだ。
 感傷を拾わなければ。振り返らないのであれば、ここから先はたやすい。
「先へ 墓守 大丈夫」
 ミリアドハーモニクスは、墓守の身体を修復していく。
 天使ノ歌が響き渡る。それには、誰かのハミングが混じっている。
 ……誰かの。
 返事はしない、と墓守は決意している。けれども音階をあわせるくらいなら、害はないはずだ。手を振るように、行ってらっしゃいというように。
 殴りつけたヒダル神の一撃は――まるでホイップクリームのようなふわりとした感触に阻まれる。
 形がないものをどうして攻撃できるだろうか?
 壁の中の鼠。そびえ立つ壁がヒダル神を阻む。
「会長のおうえんのお代わりだよ~!」
 ホイップクリーム~秘密の呪文~をひとすくい。代償は、ふむ。会長が支払ってくれている。ならば後は、この世界を閉じるだけで良い。
 踏切の音が大きくなっていく。
「どうやら物語は紡がれるようだ――」
 駅を出た。

成否

成功

MVP

ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
同一奇譚

状態異常

なし

あとがき

無事のご帰還、お疲れ様でした!
懐かしいモノとの邂逅、いかがでしたでしょうか。
またご縁がありましたら、思い出してあげてください。

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