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シナリオ詳細

<リーグルの唄>ミエドの告解

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●ミエドの告解
 幼い頃から赦されないことばかりでした。
 ナイフやフォークを握る方法も碌に教わらず、テーブルマナーなんてものを知らなかった。
 食事の方法は犬某と同じ。皿に注がれたミルクを舐めとり煤と埃に塗れた床に額を合わせ続ける。
 嗄れた声で叱り付ける母に許しを乞うために幾度となく額を擦付け続けた。

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい――

 優れた妹は私の姿を見て可笑しな者を見たようにせせら笑った。
 桜唇に乗せられた深い笑みは私を見て憤慨する母の怒りを取り除いたようだった。

 お母様、ミエドを売り払いましょう。奴隷とするのです。
 ミエド、良かったわね。奴隷となれば貴女を必要としてくれる誰かに出会えるわ。

●ミエドの慈雨
 金銀財宝は雨のようだった。其れを奪い取ってくればご主人様は赦してくれると行った。
 私は学ぶ事もせず満足な文字も書けなかった故に、汚れた仕事ばかりを行っていた。
 人を殺せと言われたときに容易くそうした。
 どうして――? 私だって沢山痛い思いをした。人を殺す事が悪い事なんて思わなかった。ただ、痛そうだなあと思った。
 物を盗めと言われたときに容易くそうした。
 どうして――? ご主人様がそうするように言った。生きる為にはそうした生活の仕方を学んだ方が良いと教わったからだ。
 時々、失敗しては私は髪を捕まれて硬い地面に顔面から叩き付けられることもあった。
 それでもご主人様はお皿に残飯を盛ってくれる。
 うれしい、うれしい、だから、次もお仕事をしよう――

●introduction
「ミエド、という名前の奴隷がいるんだけど……彼女がアーベントロート派の貴族の屋敷に盗みに入ったらしいんだ。
 まあ、彼女がそうする事は割と良く在ることで……彼女自身其れを悪いことだと認識してないのがタチが悪い処」
 そう口を開いたのは『サブカルチャー』山田・雪風 (p3n000024)であった。
「貧民が金銭目当てにそうしてるんだろうと言われていたけど、実際は違ったんだ。
 調査をすればミエドはある貴族の奴隷で、その指示を聞いて命令に従ってるだけだったらしい。
 ……丁度、盗まれた品を持ってミエドは屋敷に戻ったらしいから、其処に乗り込んで取り戻して欲しいんだ」
 雪風曰く幻想貴族は用意周到である。自身の領地の郊外に位置した屋敷――それも本邸ではない――でミエドを飼っている。自身の本邸に彼女が帰ってくれば窃盗や殺人の罪が主人である貴族にのし掛かるからだ。
「ミエドが盗んだのはバイヒテーの王冠。アーベントロート派のお貴族様にとっては大切にしてきたアイテムなんだって。
 ……まあ、それをミエドに簡単に盗まれるなんてって話だけど。今回は度重なる窃盗と殺人事件の尻尾を掴むために敢て盗ませたらしい」
 そして、貴族の尻尾を掴んだからこそ、ローレットには対処をお願いしたいという事だろう。
「幻想貴族の男へと何か仕掛けるのも顔色が悪い話だけど、今回はアーベントロート派の貴族の方が一枚上手。
 彼の方が『立場が上』だからこそ、こちらが罪に問われる事は無いよ」
 故に――今回は、堂々とミエドの保護や対処を含めて幻想貴族の別邸へと乗り込めるというわけだ。
「バイヒテーの王冠を取り戻してくれれば其れでOK。まあ、幻想貴族の男を捕縛すれば、『依頼人』様がさ、ほら……罪に問うてくれるだろうけど」
 同じ事を繰り返させないというならばそれもいいだろうと雪風は行った。

「けど、問題はミエドだね。貴族の男を捕まえて、残された彼女はあとは野垂れ死ぬだけだ。
 どうにか生かすなら、何ら対処してやらないと行けないし……野垂れ死ぬを待つのも可哀想じゃん……?
 だから、彼女の事もどうにかしてやって欲しいな、ってのは俺の我儘。
 ……どうして、生まれて持ったもので運命ってこうも変わっちゃうんだろうね。
 ミエドの妹が優秀で、比べられた彼女は奴隷にならなくちゃいけなかった、なんて――ううん、これは蛇足だ。ごめんね、気をつけていってきて」

GMコメント

日下部あやめです。どうぞ、宜しくお願いします。

●成功条件
 『バイヒテーの王冠』の奪還

●『幻想貴族』
 ある貴族の男です。小さな領地で生活し、奴隷としてミエドを都合の良いように使用しているようです。
 戦闘能力はありませんが、何かあったときのようにと傭兵を雇っています。
 ミエドを別邸で『飼って』おり、自身が罪に問われる事無きように、何か在った際はミエドを切り捨てる気であるようです。
 彼は捕縛することで罪に問うことが出来ます。この依頼を出したのはアーベントロート派の貴族だからです。

●ミエド
 奴隷の少女。幼い頃から碌な躾けもされなかった元貴族。才に溢れた有能な妹ばかりが可愛がられ使用人以下の生活をしてきました。
 実の妹に厄介払いとして売り払われ、幻想貴族に飼われています。学もなければ常識も倫理も無い。そんな少女です。
 盗みも殺人も彼女は何が悪いのかは分かりません。主人のためにと『僅かな優しさ』に依存しています。
 彼女の処遇についてはお任せします。生家に戻ることは出来ませんが野放しにしては倫理観のなさが危険ですので殺害するか、何処か(孤児院や修道院に依頼など)で保護を行ってください。

●用心棒の男 *3名
 用心棒の男です。何れも巨漢であり、力自慢です。
 幻想貴族を護る為に立ち回りますが彼等はあくまで雇われただけです。また、ミエドは盾に使っても良いと言われています。
 ミエドを放置していれば人質に取られる可能性も存在します。

●現場情報
 幻想貴族の屋敷である別邸。余り広くはありません。煤と埃に塗れたワンフロアには皿に盛られた残飯と首輪の少女が座っています。
 その奥の豪奢な椅子に貴族は腰掛け用心棒の男達と共に盗まれたバイヒテーの王冠と共に位置しています。

●バイヒテーの王冠
 貴族がミエドに盗ませたアイテムです。依頼者であるアーベントロート派貴族の所有物でした。
 豪華な宝石類が美しく、見る者の目を惹きつけます。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

  • <リーグルの唄>ミエドの告解完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年03月11日 22時20分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

マルク・シリング(p3p001309)
軍師
ガーベラ・キルロード(p3p006172)
noblesse oblige
雪村 沙月(p3p007273)
月下美人
ソニア・ウェスタ(p3p008193)
いつかの歌声
眞田(p3p008414)
輝く赤き星
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
ユイユ・アペティート(p3p009040)
多言数窮の積雪
トリフェニア・ジュエラー(p3p009335)
深き森の冒険者

リプレイ


 幼い頃から、得たいと願っていた愛情は莫迦みたいな大人が餌のように吊り下げるだけだった――

 深く静まり返った世界だった。周囲は閑散としており、手入れのされていない木々が伸び伸びと息をして居る。そんな場所に貴族がいると言われれば『noblesse oblige』ガーベラ・キルロード(p3p006172)は首を傾げることだろう。
 情報屋の話をなぞる。元貴族令嬢の奴隷、犯罪に使用される奴隷、蜥蜴の尾を切るようにいとも容易く失われるであろういのち。
「――アーベントロート派の貴族としてこの依頼、見過ごせる訳にはいかなくてよ!」
 ガーベラは堂々と言った。何よりもミエドと名付けられた娘は貴族社会の負で運命を捩じ曲げられて居たから。それは叔父の叛乱で有り得たかも知れない己の未来をなぞる様で――
「ええ、そんな子を見捨てるなど出来ませんわ! 『貴族』の誇りに掛けて!」
 ノブレス・オブリージュは冠のように頂かれる物だった。実情が貴族の権力闘争であれど、ミエドという少女が厄介払いされた良く在る事情あれども、奴隷へと洗脳教育を施し悪事を代行させる。そんな悪意的な所業を赦してなる物かとマルク・シリング(p3p001309)は唇を噛み締めた。
「……貴族への狼藉なんて汚名くらい、喜んで引き受けるよ」
「ええ。ですが今回は『上位の貴族からの正式なご依頼』――貴族同士の諍いを利用すれば私達は正義になれる。
 奴隷を都合の良いように使い、不都合があったら簡単に切り捨てる。そのような非道な行いを許す訳には行かないという私達には好機でもある。――然るべき所にて罰を受けて頂くとしましょう」
 その澄ましたかんばせには暗い色彩を灯して。『月下美人』雪村 沙月(p3p007273)はそう囁いた。非道、それでも『この国では当たり前のように存在して居る』――それが氷山の一角でしかない事を『散華閃刀』ルーキス・ファウン(p3p008870)は察していた。
「『こう言う類いの事例』は数多くあるのでしょう。
 だからと言って、生まれや運命という言葉で切り捨ててしまうのは余りにも悲しい……ならばせめて、今自分に出来ることをしたいと思います」
 それは孤児であった己のように。故郷の獄人のように。昏く悲しい運命は、人の手で紡がれるというならば。その糸の解れを直すのも人であるはずだと――
「うう~ん……」
 ああ、それでもむず痒い。『はらぺこ嘘吐き』ユイユ・アペティート(p3p009040)は『イレギュラーズ』としての活動に何処かむずがゆさを感じずには居られなかった。人助けを依頼される、貴族へと介入する、そして『初めての仕事をする』――それは助けたいという思い以上に複雑な何かを感じずには居られない。その感情の名前だって、まだ無かった。
 心に沸き立った其れに名付けられない自身の曖昧な感情を嘘で塗り固めるように「まぁ、別に、どうなっても知らないけど〜」と唇で奏でれば、からん、とポケットの中に甘い甘い氷砂糖が転がった。嘘は甘く、そして、重たく。
「それが愛される事だと、思って居たのでしょうか」
 妹令嬢は愛された。才に溢れ、美に優れ、全てを姉の上を行く両親の望んだ子。故に、妹に厄介払いを進言されて奴隷となった。
『いつかの歌声』ソニア・ウェスタ(p3p008193)は苦しげに呟く。凡庸な自分、優れた姉。幸福な家庭。それは自身の境遇が恵まれていたからに過ぎないのか――世の中にはそんなにも愛のなき世界が存在して居るのか、と。
「……やれって言った奴も同罪、むしろそっちの方が重いこともあるかも……ってのが俺のいたところのルールだったかな。この世界ではどうだか知らないけど」
 犯罪行為への幇助。それが罪に問われるかどうか、それも『貴族』であるなら。そんなことを考えても詮無いかと『Adam』眞田(p3p008414)は鬱蒼と茂った木々の間から見えた別邸を見遣った。生活感のない襤褸。それがその地に受ける印象だった。
「さて、潜入するべき屋敷はあそこね? ……どうしたものかしらね。なるべく静かに潜入したいけれど――」
 悩ましげに、トリフェニア・ジュエラー(p3p009335)は美しく冴えた黄金蜜の双眸を細めた。長い黒髪を揺らがせて、しかと見据える。
 しじまを進む。落ちた木の枝一つ踏みならすことなく、死神の鎌を首にかけるように密やかに。


 タイミングを合わせて、貴族の別邸へと飛び込んだ。ぎい、と重苦しい音と共に開かれた扉の向こう側は埃に塗れ、掃除をされたことのない廃屋にぽつりと一人少女が座り込んでいた。
 平皿にべちゃべちゃと盛られた残飯を犬のように食べ続ける小汚い娘。それがミエドである事は誰の目で見ても明らかであった。
「う、」
 小さな声を漏らして顔を上げたミエド――そして、その向こう側で用心棒の男達が武具を構え睥睨する。この場所には似合わぬふかふかとしたクッションに深く腰掛けていた男は「何者だ」と言い放った後、奴隷の娘を睨め付けた。
「お前か?」
 低く、地を這うような声音にミエドの背が凍る。ひ、と喉を鳴らして頭を抱えた少女が『言いつけ』を護れなかったのだろう。故に、あのように刺客がやってきたか。仮にも貴族の端くれである男は幻想ではその名も知られるマルクやガーベラを見て畜生を呻いた。

 畜生、畜生、お前の所為だ、言いつけも護れぬ莫迦者めが――!

 幼児のように地団駄を踏んで。男が呻き叫ぶ声を鎮めるようにマルクは握る杖に魔力を宿す。『死を遠ざける』様に――編み込んだ護符は赫灼たる色彩を宿す。
「ミエドさんは此方で頂きましょう」
 汚れた地面を蹴った沙月は予備動作を感じさせず靱やかに進む。一寸遅れ、反応を示した用心棒達を前にしてガーベラは高潔の盾を構えて見せた。それは『なべのふた』と兼用される彼女にとっては手によく馴染む防具でアル。
「オーホッホッホ! 私はアーベントロート派キルロード男爵家が長女、ガーベラ・キルロード……さあ、悪党。盗んだ王冠を返してもらおうかしら?」
 王冠――バイヒテーの王冠と呼ばれたマジックアイテムはアーベントロート派貴族にとっては大切な物であったらしい。高価な仕立てで有ることは見るかに明らかである。
(……あの様子、堂々とバイヒテーの王冠の返還と窃盗犯のミエドさんの身柄の引き渡しに応じることは無いでしょうね。
 私達を見て厄介な邪魔が入った位に考えているでしょうし……手荒な歓迎は免れない……)
 ソニアは薄氷を思わせる清く澄み渡った刀身へと魔力を通わせた。真摯な祈りを込めた其れは人死にを厭うように鮮やかで。
「犯罪の幇助って言うらしいけど、俺もそんなのどうでもいいしなあ……。
 あなた達がしたこと、いいことか悪いことかを決めるのも俺じゃないし。神様に祈るなり謝るなりしてね。
 それより遊んでよ! 捕まえるから頑張ってね。ミエドさんは参加しなくていいけど……ま、ごまめで」
 眞田の声音は跳ねる。楽しげに、まるでゲームを行うかのように声は笑い――静かに黒い影が伸び上がる。
 ごまめ(ハンディ)だと指されたミエドは頭を抱えてイレギュラーズを見遣る。剣呑なる空気を肌で感じて怯えているのだろう。
「――子供だし、できることなら別の人生を歩んで欲しいし。こんな、動物みたいな生き方じゃなくてね。じゃ、そういうことで」
 ひらりと手を振った眞田の言葉に継ぐようにマルクの放った光の嚆矢は用心棒の男達に武器を振り下ろさせる事が容易であった。
 トリフェニアが吐いた溜息は事前準備として屋敷周辺をぐるりと回った疲労による物か、それとも、理解も共感も出来ぬ存在との対話を行うが故であろうか。
「お金持ちの考える事って良く分からないけど、宝石が好きって所だけは分かる気がするわね。
 でも、趣味の悪さには全然共感できない。そもそも、こんな所で男に囲まれて威張り散らしてるって……もしかして」
「ミエドを飼い慣らすのに丁度良い場所であった! 其れの何が悪いか!」
 唾棄すべき行いを、正当化している。貴族であるからと堂々と『飼っている』と宣言することに虫唾が走ると影より飛び出したトリフェニアが放った奇襲を用心棒が受け止める。
「――良い悪いではなくて、理解が出来ないの」
 冴え冴えと、言葉が降る。それは一つだけではない。保護結界が広がった邸内を捜索するユイユは攻撃から逃げ惑うように、『目当て』を探し続ける。お宝は貴族の傍にあるだろうか。其れでも近寄るには遠い。
 ガーベラの元へと飛び込んでゆく用心棒達。倒れ伏せたミエドが昏睡している事を確かめて眞田は「傭兵と遊ぶかぁ」と囁いた。
「ええ。……彼女を軽率に殺されても寝覚めが悪いですから」
 沙月はミエドの体をそっと抱き上げて、後方へと避難させた。広々としたワンフロア、昏睡した少女を抱えた沙月を追う者は居ない。
 貴族の男の目の前にはルーキスが立っていた。昏く重苦しい気配を宿した青年は二刀を握り息を吐く。
「―――話なら、後ほどゆっくりと聞きましょう……峰打御免!」
 大金叩いて雇った用心棒達がガーベラの元へと集い、眞田とマルクに丸め込まれる現状に貴族は呻いた。いざというときの盾であったミエドは早々に無力化され保護されて居る。『お宝』を探し求めるユイユが走り回り、サポートに徹するソニアとミエドを保護し終えた後に戦線に加わった沙月。
 自身を護る物が何もない。ルーキスの刀の煌めきを見上げ、男は叫んだ。
「私はこの国の貴族だぞ! 私が何者か知らずにその様な真似を為たわけではないだろう!?」
「ええ」
 頷き、ルーキスは男の言葉を待つ。
「そ、その様な私に手を上げるなど――!」
 ルーキスが眉を顰め、その背後でマルクは首を振った。狼藉だと言う汚名ぐらい負う覚悟は出来ている――と。元より、これは『貴族の階級制度』で言えば上位の物からの依頼。罪にさえ問われぬ行いであると言うならば、彼はどのような表情を見せるであろうか。
「もちろん長く苦しむだけかもしれませんが……それはそれ、自らの行いのせいとしか言えません。逃げられるとは思って居ないでしょう?」
 沙月の声音は低く苛立ちに濡れていた。ガーベラの元へと集う用心棒達に「此方へ戻れ」と叫ぶその声を遮るように、静かに放たれた蹴撃は男の体を簡単に地へと伏せる。
「ソニアさーん! ココだよ〜〜!!」
 ユイユが手をひらりと振る。その仕草に気付いたソニアが駆け出し、続くトリフェニアが用心棒の行く手を遮る。
 ユイユが手にしていたのは豪華な宝飾類が宛がわれた王冠であった。それこそ、アーベントロート派貴族が特異運命座標を派遣するに至ったバイヒテーの王冠――ミエドが盗んだ品である。
 気を失い転げた貴族を蹴り飛ばすように、眞田は用心棒の元へと飛び込んだ。
 黒き影が躍る。圧倒的な眼力が華麗にして優美なる暗殺術を駆使する黒衣の傍らで沙月が舞うように用心棒達の下へと飛び込んだ。
「雇われていただけ、盾もなくなりました――が、これ以上戦いますか?」
「クソ――!」
 呻くその声音は、報酬を得ることが出来なくなったと悟ってのものだろう。貴族もミエドも一緒だ。所詮は契約の上で成り立っていただけなのだとマルクは何処かもの悲しい者を見るように目を細めた。
 王冠を保護したと宣言するソニアに頷いたトリフェニアは「さて、悲しいわね」と肩を竦める。
「どうにも、賞金なんかが出れば嬉しいけれど……所詮は雇われ用心棒だものね。貴族だって、『仕事の報酬』以外はないでしょうし」
 奇襲を仕掛ければ一人の男が音を立て倒れる。立った埃の海を抜けるようにユイユは至近距離へと詰めた。
「死んだって関係ないからね~」
 からん、と。音を立てて甘ったるい氷砂糖がポケットの中で揺らぐ。男達は命までは奪われないだろうと楽観し、特異運命座標の実力を過小に評価しているようにも思えた。
「雇い主がこの状態では、報酬も期待出来ないでしょう。投降するなら見逃しますよ。忠義も情も無いのなら、これ以上戦う理由は無いのでは?」
 ルーキスの問い掛けに用心棒の男が頭を抱える。だが、投降したわけではない。そうしたと見せかけて手にした武器を突き立てようとしたのだ。
「――莫迦だなあ」
 囁くように、声が降る。黒い、影。人間の形をした、なにか。
 奏でるように、遊ぶように、ゲームのように。眞田の攻撃が降る。
「……此処で投降することは恥ずかしい事ではありませんよ」
 眞田の言葉を続けるようにソニアは静かに微笑んだ。歌声とは別の威嚇、マルクの放った光の波紋に乗るように、殺さないという意志が淡く輪を描く。
 恥ずかしい事ではないけれど――『ミエド』の心に残された罪は消えない傷跡のように刻みつけられる。
 そうルーキスが噛み締めた言葉は、貴族の男には届くことはないだろう。


 目が覚めれば、人が居た。
 こわい、こわい。さっきの人だ――

 がばりと体を起して僅かに後退る。脚は震えて力が入らなかった。唇が震え、歯が音を立て続ける。
「な――は、え、だ、だれ」
 言葉にならなかった。彼女は貴族としての教育を満足に受けない奴隷。故に、特異運命座標のことも何も知らないのだろう。
 今の特異運命座標は『恐ろしい人』に見えているのだろうとトリフェニアは同情の視線をそっと向け「大丈夫ですよ」と囁く。
 泥と垢で固まった髪は元々は艶やかな黒檀であったのだろう。生気を感じさせぬ藍色の瞳は怯えるように特異運命座標を見詰めている。
「ミエドさん、で宜しいですか?」
 沙月の問い掛けに、重苦しく名付いた少女は彼女の差し出すおにぎりと味噌汁に気づき涎をだらりと垂らした。まるで躾のなっていない幼児だ。貴族の教育の一欠片も知らぬ動物の様な彼女に「ゆっくりお食べなさい」と優しく声を掛ける。
「治療をしても良いでしょうか?」
 穏やかに微笑んだソニアは優しい拘束を受け、食事に夢中になって居るミエドの手当を買って出た。幼い犬が怯えるように身を縮める。そんな印象を受けると眞田はまじまじと見遣る。
「まだ、お腹は空いていますか?」
 そっとマントを掛けたルーキスも塩むすびを差し出した。彼女の飼い主はロープで縛られ地に横たわったまま動かない。
「食料です、好きな時に食べて下さい」
「え――け、ど、」
 辿々しく言葉を紡ぐ。沙月とルーキスの二人が差し出した食料は微々たる物、それも一食分でしかないと言うのに少女は驚愕に目を瞠り、不安げに特異運命座標の顔をまじまじと見遣るのだ。
「食べて良いですよ。……何故こんなことをするのか? それは、貴女が『心配』だからです。
 世の中には色々な人間がいますが……貴女の味方となる存在がいることも、どうか忘れないで欲しい」
「みか、た」
 掠れた声に「ミエド」とユイユは笑みを零した。ポケットを探れば嘘の塊が転がっている。甘い、氷砂糖。蓄積されるユイユの言葉。
「さっきはゴメンね〜……お詫びにこれあげる!」
 差し出された其れは少女には宝石のように映ったのだろう。美しい、暗がりに光を灯したようなそんな甘いかおり。
 王冠を手にしていたトリフェニアは「食べても大丈夫よ」と柔らかな声音で告げながら貴族を逃さぬようにと目を光らせ続けていた。
「……ミエドさん。こちら、キルロード印の野菜スープですわ。私、キルロード男爵家のガーベラと申しますの。貴女さえ良ければ我が家のメイドになりませんこと?」
 ミエドの双眸が見開かれる。自身は罪人だと、そう告げるように首を振る。マルクは彼女の意志を感じ取り唇を噛み締めた。
「貴族に飼われていた君には自由意志はなかった。君に責任の所在はないよ。それは、誰にだって言おう。
 君自身が君自身の意志で仕出かしたことじゃない。今後はキルロード領が君の引受先になる。其処でも、君は同じ事をするかい?」
 ミエドは静かに首を振った。「いいえ」とはくはくと唇を動かして。溢れる涙が地と泥塗れのスカートを濡らしてゆく。
「ああ、ほら……そんな手で拭っては顔が泥だらけになって仕舞いますわ。
 貴族として貴女が無知ゆえに犯した罪を償わせ、人としての常識を学べるように……。
 何より貴女が幸せになれる様に……私が守り育てましょう。だから奴隷を止めて私のメイドになっていただけますか? ミエド」
 幸せになって欲しい。ガーベラの告げた言葉に眞田も頷いた。自身が彼女を養うには金銭的な余裕もない。ならば男爵家が彼女を雇い慈しんでくれることで愛に触れることが屹度出来るはず――心の底から笑って、楽しいと。幸せだと云えるような未来が待っているはずだとそう願う。
(屹度、学んでいく内に彼女は今までの罪に直面する。正常な倫理観で彼女が苦しむ日が来たとしても――挫けないで欲しい)
 ルーキスは見詰めた。ガーベラの白い指先にその手を重ねるミエドを。キルロード領で新しい一生を過ごすことになるだろう彼女を。
「誰かを幸せにして自身も幸せになるような、そんな生き方がきっとあるから」
 だから、ひとつひとつを積み重ねて学んで欲しい。マルクのその願いにミエドは小さく頷いた。
「ありがとう」と囁いて。誰かに愛して貰う事が、何時か自分を愛することに繋がると――その罪を抱きながら。

成否

成功

MVP

マルク・シリング(p3p001309)
軍師

状態異常

なし

あとがき

 この度はご参加有難う御座いました。
 ミエドを保護して頂き、有難うございます。彼女が幸せに、笑っていてくれることを切に願っております。
 MVPはミエドへの気遣いを含め、様々な事に対処して下さった貴方へ。

 またご縁がありますように。有難う御座いました。

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