シナリオ詳細
<希譚>視る女。或いは、箱の中身は何だろな…<呪仔>
オープニング
●忌まわしき眼の女
希望ヶ浜の石神地区。
昨今の社会情勢ゆえか、空き家も多いさびれた土地だ。
希望ヶ浜に古くより伝わる都市伝説『石神地区の真性怪異』の舞台となる土地である。
しかし、単なる噂や都市伝説と侮るなかれ。
事実として現在、石神地区では突如として人が消えるなどの異変が多発しているのだから。
練達。
再現性東京に住まう霊媒師"夜鳴夜子"は、咥え煙草で頭を抱えた。
ダッフルコートにカーゴパンツ。
長身痩躯に、腕や首元にはタトゥーが刻まれているという一見しただけで彼女を霊媒師と判断できる者は非常にまれであろう。
けれど、これまで多くの霊障を解決に導いたとしてその筋では、一定の評価と名声を得ていることも事実。
そんな彼女が、何故頭を抱えているのか。
その原因は、手元にある1冊の日記帳にある。
表紙に書かれた持ち主の名前こそ掠れて読めはしないけれど、それは夜子の祖母が残した日記であった。
「石神地区に異変が起きたら、山上ダム付近の旧トンネルへ行け……って、マジかよ」
明らかに厄ネタだ、と。
掠れた声でそう呟いて、彼女は紫煙を深く吸い込んだ。
「旧トンネル内の祠に"箱"を置いてくるように……なぁ」
生きて帰れる気がしねぇ、と。
空を仰いだ夜子の口元、咥えた煙草の先端に溜まった灰がポトリとこぼれた。
曰く、祠に封じられているのは嘗てその地で命を落とした"呪われた目"を持つ女性の霊だということだ。
名前も無いその女性は、生まれた時から人を狂わせ、死に至らせる不吉な目を持っていたという。
彼女が成長すると共に、目の力も次第に強くなっていった。
彼女が成人するころには、とうとうそれまで彼女を庇い続けていた母親までもを死に至らしめたのだという。
そうして天涯孤独となった彼女を、近隣の住人たちはひどく恐れた。
彼女のまなざしが、自分に向くことを恐れた。
彼女の母は、息絶えるまで顔面を石に打ち付け続けていたという。
顔面がつぶれたその死体を見た者たちが、彼女の目を忌避するようになるのも当然だろう。
そしてとうとう、彼女は住人たちによって殺された。
家の中にいた彼女を、猟銃で撃ち殺したのだ。
「それで、その女が目を見開いたまま死んでたせいで誰も死体に近づけなくなった、と。ばあさんが呼ばれたのはその後か」
どのような手段を用いてか、夜子の祖母は名もなき彼女の死体を処理してみせたのだろう。
そうして悪霊と化した彼女を、その地に縛り付けたのだ。
けれど、それもこの度の異変によって破綻する可能性がある。
彼女がどこかへ行ってしまわないように、箱を祠に収める必要があるらしい。
「と、なるとこの箱の中身は……」
夜子がポケットから取り出したのは、手のひらに収まるサイズの木箱であった。
振ってみれば、何やらカラコロと音がする。
音から判断するに、小石サイズの何かが2つ、箱の中にはあるようだ。
箱の中身は、彼女が執着するであろう"何か"だろう。
「悪霊になったその女は、きっとこいつを探して彷徨ってんだろうな」
箱を祠に収めた後に、何が残るかはわからない。
ともすると、道中や祠に到着した後、彼女に襲われることになるかもしれない。
「まぁ、可能なら送ってやるのが一番なんだろうが。アタシ1人じゃ荷が重いな」
なんて、そう呟いて夜子は煙草の火を消した。
●旧トンネル調査隊
音呂木・ひよの(p3n000167)に呼び集められた一行は、簡素な地図を渡された。
それは石神地区、山上ダム付近の古い地図だ。
ダムから山を下った位置に赤いペンで丸印が記されている。
「お分かりかと思いますが、印のある位置に旧トンネルがあります。ですが、地図が古く正確性に難がありますし、災害によってトンネルの入り口付近は地形も変わってしまっています」
トンネルの出口は崩落によって塞がっている。
ともすると、トンネル内部にも土砂や瓦礫が積もっている可能性もあるとのことだ。
「彼女……便宜上"ナナシ"と呼びますが……ナナシはトンネル付近を彷徨っているとのこと。現在に至るまで彼女の姿を視認した者はいませんが、何かの視線を感じることはあるそうです」
視線を感じた先を振り向いた直後、様子がおかしくなってしまった者がいる。
そういった記録は多く残されていた。
夜子やひよりの読みでは、視線の主こそが"ナナシ"で間違いないだろう、とのことである。
「ナナシは、自分を"視た"者を追いかけてくるとのことです。彼女に見つめられた者は【狂気】や【呪い】【怒り】の状態異常を受けているようですね」
依頼としては、ナナシから逃げ回りながら"箱"を祠に収めて逃げる、というものになるだろうか。
ナナシはどうやら、祠に触れることはできず、また祠に箱を収めた時点で祠から離れられなくなるらしい。
ある程度の自由を得ていたナナシを、再びその地に縛り付けることが夜子に課せられた役目であるとのことだった。
「ともすれば、祠に箱を収めればナナシの姿を視認することも可能となるかもしれませんね。あぁ、おそらくナナシに物理攻撃は効きませんので悪しからず御了承ください」
また、少数ではあるが付近には"ゾンビ"の姿も確認されたという情報もある。
「ゾンビたちは神様の狂気に触れてそう変じた存在です。或いは、ナナシもまた神様の狂気に触れて力を増しているのかもしれませんね」
警戒すべき対象は、ナナシだけではないということだろう。
- <希譚>視る女。或いは、箱の中身は何だろな…<呪仔>完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年02月28日 22時20分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●旧トンネルへ
希望ヶ浜の石神地区。
山上ダム付近の旧トンネルへと向かう山道に、駆ける影が1つある。
オレンジ色の空。
地面に伸びる長い影。
ひゅおん、と舞い踊る無数の剣が枯れ木の枝を斬って落とした。
「死んでまで恨みや狂気に染まるなんて……」
憂いを蓄えた眼差しで『闘技戦姫』ミルヴィ=カーソン(p3p005047)は縦横に剣を走らせる。
木々の間から跳び出して来たゾンビの胸部を抉りながら、彼女は素早く後ろへ跳んだ。
直後、一瞬前までミルヴィの立っていた位置を、横合いから跳び出して来たゾンビの拳が通過した。
「トンネルまでまだ距離はあるが、さて……ゾンビの数も増えて来たな。1度集めるか?」
なんて呟きながら前に出たのは『破戒僧』インベルゲイン・浄院・義実(p3p009353)だ。僧服に身を包んだ彼は、手にした鈴をリィンと鳴らし、顔の前で手を立てた。
死者の冥福を祈る僧侶の姿勢。
けれど、静かに眠るべき死者たちはその音に反応し義実の方へと一斉に視線を向けたのである。
「……来るぞ」
「分かってるよ。出来るだけゾンビの首や脚を狙っていくぞ」
黒衣の男『誰かの為の墓守』グリム・クロウ・ルインズ(p3p008578)と一見して美男子と見紛う痩身の女『半人半鬼の神隠し』三上 華(p3p006388)はそれぞれの得物を手に前へ。
そんな2人の背後では、義実とミルヴィが左右へ警戒を向けていた。
4人に庇われるように、箱を抱えた霊媒師、夜咲夜子とマルク・シリング(p3p001309)が旧トンネルへ向け駆けていく。
彼女、夜咲夜子を旧トンネル内の祠へ送り届け、その手に持った“箱”を納めることが今回の任務の内容だ。
「箱の中は小石大の何かが2つ……想像は付くけど、開けないのが信仰に対する礼儀だよね」
「”見てはいけない”と言われたものほど、視たくなってしまうのは人間の性……とはいえナナシとやらは小生が思うに視たところで期待を大きく上回る存在ではなさそうなので、今回は好奇心には蓋をして大人しく皆様の治療に専念することにしましょう」
マルクの言葉に、くっくと肩を揺らして笑い返しつつ『殺した数>生かした数』藪蛇 華魂(p3p009350)は、どこかねっとりとした視線をゾンビの群れへと向けている。
華魂の視線に気づいたのか、ゾンビの1体が夜子一行へ顔を向けた。
即座にゾンビと夜子の間に割って入った小さな影が、ゾンビから夜子たちを隠して見せる。彼の名は『ヒーロー見習い』羽田 アオイ(p3p009423)。
「大丈夫だよ! 夜子さんだけは絶対に守るから!」
恐怖は勇気で覆い隠して、夜子を庇うべくアオイは両手の手甲を掲げる。
アオイのカバーを受けながら、夜子、マルク、華魂は先行。その後を追う『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)の耳が、直後不審な物音を捉えた。
「左、変な音がしてるから気を付けて!!」
【超聴力】を持つアレクシアの耳があれば、暗がりに潜むゾンビの強襲も対策できる。
「うぉ、っと!」
跳び出して来たゾンビの拳を、マルクの掲げた杖がしかと受け止めた。
●呪われた目を持つ者
土砂や倒木を踏み越えて、一行は旧トンネルへと辿り着いた。
背後から迫るゾンビの群れを視界に捉え、華魂はにぃと不気味な笑みを浮かべた。
「歩く死体は新鮮とお聞きしましたので、被検体として腕の一本でも持ち帰りたいところですが……」
ちら、とその淀んだ瞳が夜子へと向く。
くっくと肩を揺らし、華魂は懐に伸ばし掛けた手を止めた。
「流石に依頼主様の目の前での解剖は自重しておきましょう。ンフフ……」
死体の腑分けは医師として避けて通れぬ道だ。
加えて、動く死体ともなれば気になる点も多いのだろう。心臓が鼓動を止めているのに、筋肉は時間経過と共に硬直していくというのに、どうして彼らはあぁも迅速に動けているのか。
解体したいという好奇心に胸がざわつくが、華魂はそれを押し留めて見せた。
名残惜し気に、ゾンビへと視線を向けて……。
「ぅ……ぉ?」
直後、その背筋に悪寒が走る不快な感覚。
手足の先から凍り付くかのような違和感。そして、注がれる何かの“視線”。
視線の主は、今回のメインターゲットである“ナナシ”という名の悪霊だろう。
華魂の意志に反し、彼は1歩前へと進んだ。
姿の見えないナナシの元へ、胸の奥より湧き上がる狂気と怒り。頭の中がぐちゃぐちゃだ。
手にしたメスを自身の胸に突き刺して、口の端から血を零し、けれど彼は笑っていた。
「ひぃ! え、何? ナナシ? 絶対見ないから! 追いかけられたくはないよ!」
最初に華魂の異変に気付いたのはアオイであった。
ゾンビとナナシの元へ向かう華魂を引き止めながら、彼は前へと駆けていく。
襲い掛かるゾンビの腕を手甲でいなし、反撃とばかりにその胸部へ拳を叩き込んだ。
膝を突き、倒れたゾンビ。
けれど、まだ停止していない。伸ばされた手がアオイの足首を掴んだ。地面に引き倒されたアオイの元へ、ゾンビたちが集まっていく。
アオイを救うべく、グリムが駆けた。
その手に持つは“鋼花闘装アサルトブーケ”。それを振り回し、アオイの足を掴んだゾンビの頭部を殴打し、生きの根を止める。
しかし、数が多い。
グリムの肩へゾンビが喰らい付く。血が溢れる。
姿勢を崩したその眼前に、何かが迫った。それはきっとナナシだろう。直後感じる悪寒。グリムの瞳が虚ろに歪む。
「み、皆! ナナシがいるよ! で、でもゾンビが多くて場所が……もう、できる限り見ないってことで!」
ゾンビたちに飲み込まれながら、アオイが叫ぶ。
その声に反応し、マルクは夜子の背を押した。
「作戦通り、まずは祠への箱の奉納を急ぐ! すまないがここは任せたぞ!」
「あ、おい、ちょっと!?」
「いいから急いでくれ。先制を許したせいで、予定が崩れた」
おそらく、グリムとアオイは今の交戦で深い傷を負っただろう。
華魂に関しては咄嗟に義実が抑えたことで、今は大人しくしているが状態異常が解けるまで、傍に寄るのは不安が残る。
「僧侶として皆に一つ言っておきたいことがある……悪霊は専門ではないので任せたぞ! 拙僧は物理で解決することが得意な破戒僧であるからな!」
襲い来るゾンビを掌打によってなぎ倒しつつ、義実は叫ぶ。
言葉の内容はともかくとして、その声から感じる余裕の無さはまさしく本物だ。何しろ義実にはナナシに対して有効となる攻撃手段が無いのだから。
姿も見えない脅威を相手に、人がその身1つでとれる手段など、存外に少ないものなのだ。
暗いトンネルを進みつつ、華はふと考える。
呪われた目を持って生まれ、実の母をその目で死に至らしめ、村の仲間の手により命を奪われたというナナシの人生、そして死に方に同情の念を抱かないわけではない。
自身が望んでいない力のせいで全てが狂わされてしまったという不幸。
ナナシの人生は、きっと彼女にとって辛いものであったことは確かだろう。
けれどしかし、それはそれ、これはこれ。
死んでしまった後に関係の無い人にまで迷惑をかけているのならば、縛られるか、討伐されるしか道はない。生前にどのような目にあったとはいえ、今のナナシはまさしく人類にとっての脅威であるからだ。
せめて、死後この世に留まることなく、成仏していれば……。
「……まあ、もう遅い事だし、オレが考えても仕方がない」
一閃。
暗がりの中、振り抜いた刀が追いすがるゾンビを斬り裂いた。
静かな歌声。
日の暮れた森に染み渡るその声は、ミルヴィの紡ぐ鎮魂歌であった。
次いで、絶え間なく鳴る斬撃の音。
ゾンビたちの呻きを掻き消し、その喉を、胸を切り裂く曲刀。
疾風のように。
或いは、慈悲なく振るわれる殺人鬼の剣は、ゾンビたちにとってある種の救いであるだろうか。
もはや生前の自我など残ってはいない。けれど、ゾンビたちは元人間である。
ならば、死後、望まないまま己の身体が生者を喰らうなどという蛮行を、良しとする者はきっといないはず。
「せめて鎮魂の歌だけでも……1人1人、丁重な葬儀をしてあげる余裕はないから」
一刻も早く、ゾンビたちを全滅させる必要がある。
ちら、と視線を向けた先には1人でナナシの注意を集めるアレクシアの姿があった。
立ち止まり、まっすぐに暗がりを見やるアレクシア。
その視線の先には、姿こそ見えないもののきっとナナシがいるのだろう。
「私はあなたの視線を受けても平気だから、受け止めてあげる。少しの時間だけだとは思うけれど……」
自身に状態異常の無効を付与したアレクシアは、こうして“視る”ことでナナシの動きを制止していた。
そうしている間にも、じわじわと体力が失われていく。
自身に回復術を行使することで持ち堪えているが、手足の先が次第に冷たくなっていく不快感に、思わず悲鳴をあげそうだ。
けれど、その身に感じる悪寒を無理やり押し殺し、アレクシアは小さく笑んだ。
「ねえ、あなたはなんて名前なの? ナナシ、なんて寂しいじゃない」
彼女の声がナナシの耳に届くとは限らない。
けれど、そう問いかけずにはいられなかった。
罪深いほどの慈愛でもって、告げるその胸に激痛が走ったのはその直後であった。
ゾンビの歯が義実の腕に食い込んだ。
肩を掴むその指が、肉に食い込み骨を軋ませる。
「ぬぅっ!! こ、これはきついが……自身が気張るほかあるまい」
ゾンビの頭部を掌打で打ち砕きつつ、義実はギリと歯を食いしばる。
そんな彼の背後には、意識を失うグリムと【パンドラ】を消費し立ち上がるアオイがいた。
仲間たちをゾンビから庇う義実。
そんな彼の眼前に、ふらりと立ち寄る人影がある。
「ぬ……医者殿か」
警戒心も顕わにした義実は、不測の事態に備え拳を掲げた。
しかし、華魂は「あ、いや、待った」と、慌てた様子でそれを制止する。
「皆様、ゾンビ化して小生の被検体になりたくなければ大人しく治療を受けて下さい」
どうやら彼の身を侵していた状態異常は、既に解けているらしい。
最後のゾンビを斬り伏せて、ミルヴィはアレクシアの元へと走った。
「引きつけ役、交代するよ!」
「う、ううん。それより先へ……視線を逸らした隙に、もうどこかへ行っちゃった」
膝を突き、荒い呼吸を繰り返すアレクシア。
痛みに顔を伏せた拍子に視線が外れたことが原因か。それとも遠ざかっていく“箱”の存在に気が付いたのか。
姿の見えないナナシは既に、トンネルの中へと進んだらしい。
その言葉を聞き、ミルヴィはナナシの後を追いかける。
さらに、その後に続いて華魂、アオイも駆け出した。
悪寒を感じ、華はその身を震わせた。
「ちっ……来たぜ!」
刀を構え、トンネルの入り口方向へと身体を向ける。視線を僅かに下へ下げ、ナナシを“視ない”よう意識しながら、1歩下がった。
「マジか。おい、祠までもうちょっと距離があるぞ?」
火を着けた煙草を通路へ吐き捨てながら、夜子は叫ぶ。
そんな彼女を先へと走らせながら、マルクは体を背後へ向けた。
「それにしても、霊を封じる祠とか……街並みの雰囲気は違っても、信仰に関する考え方は混沌世界全般と似通っているところもあるんだね」
「あぁ、そして今回の鍵は夜子さんだ。ここで食い止めよう」
幸いにして周囲にゾンビの姿はない。
狭い通路を追って来るなら、姿は見えずともナナシに攻撃をあてることも可能であろうか。
およその位置に辺りをつけて、マルクは杖を掲げて振った。
一瞬、暗いトンネルを閃光が照らす。
熱を孕んだ眩い光が地面や壁を這う。
そして、辺りは真白の光に飲み込まれた。
●名前のない怪物
息を乱し、夜子は駆ける。
その手の中には、小さな木箱。からんころん、と小石のような“何か”が転がる音がした。
目の無い悪霊“ナナシ”。
そんな彼女にとって、大切な“何か”が収まる木箱。
となれば、木箱の中身にはおよそ予想が付いている。
「婆さんも、苦肉の策だったんだろうな」
ナナシをこの地に封印したのは夜子の祖母である。
封印が弱まり始めたことで、ナナシの活動が活発化した。だからこそ、今度こそしっかりとナナシをこの地に縛り付けるため、彼女は今日、イレギュラーズの力を借りてこの地に訪れたのだから。
「あぁ、くそ……いてぇ」
どしゃり、と。
夜子の身体が地に伏した。湿った土に塗れ、肌が汚れる。擦りむいた腕から血が滲む。
視線を足元へと向ければ、夜子の足首はすっかり腫れていた。
足場の悪いトンネル内を駆ける最中、足首を挫いてしまったのだ。
けれど、夜子は立ち上がった。
背後で瞬く閃光と、そして剣撃の音。
自身を先へと進ませるべく、イレギュラーズは今もナナシと戦闘中だ。
「大怪我した奴もいる。怖い中、震えながらアタシを庇ってくれた奴もいる」
ならば、こそ。
らしくない、とそんな想いは明後日の方向へと投げ捨てて夜子は再び走りだす。
箱を祠へ納めると言う役割程度、脚を駄目にしてでも見事こなして見せようと。
マルクの掲げた杖の先から、淡い燐光が飛び散った。
降り注ぐそれは【狂気】に侵された華を癒す。
姿の見えないナナシに対し、マルクも華も上手く攻勢に出られないでいる。
追いついてきたミルヴィやアレクシアの援護があっても、それは同様であった。
華魂とアオイ、義実は既に先へと進んで行っていた。夜子に万が一のことがあれば、庇う者や癒す者が必要だからだ。
「……終わった後はちゃんと供養してあげたいね」
と、そう告げたアレクシアへ、ミルヴィとマルクは笑みを返す。
「もう二度とこんな悲しい事が起きないように、ね」
「あぁ、もし生まれ変わって、また困ったことが起きたら……今度は僕たちに、ローレットに相談してほしいな。ローレットなら、今度は命を奪うことなく、助ける方法をきっと見つけてみせるよ」
姿の見えないナナシへ向けて、マルクは告げる。
そんな彼の隣では、華が周囲へ素早く注意を巡らせた。
「とはいえ、姿が見えないし、声も聞こえないと来るとな……夜子さんは大丈夫なのか?」
なんて、彼女が告げた、その直後。
『ぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』
耳を劈く雄叫びが、トンネル内部に響き渡った。
血と泥に濡れた黒い衣。
乱れ、荒れた黒い髪。
病的なほどに白い肌の女。虚ろな眼窩に、歯の抜けた口。
雄たけびを上げ、トンネルの奥へと引き寄せられていく半透明のその姿。
彼女こそがナナシであろう。
「ひぃ!! な、何なになに!?」
「ナナシ、か? おそろしいな、拙僧達の手にあまるものやも知れん。怪異に引きずり込まれることがないように引き際を見極めねばな」
「ンフフ。とはいえ、どうやら木箱は無事に納められたよう。さて……にゃる・しゅたん!にゃる・がしゃんな! にゃる・しゅたん! にゃる・がしゃんな!」
アオイ、義実が言葉を交わし、華魂は供養のためか祝詞を唱えた。
お経だろうか?
否、何やらよくないものが出てきそうな気がする響きだ。恐怖に歪んだアオイの視線と、胡乱な義実の視線を受けながらも、華魂はどこか愉しそうでさえある。
「う、おぉぉぉ!! な、何だコイツ‼ こいつ、ナナシか⁉ いや、無理だこれ。鎮魂は無理だ」
悲鳴混じりの怒声をあげて、通路の奥から脚を引き摺り夜子が姿を現した。
「まったくもって同意します! 全力ダッシュで帰りたいよね! 帰りの道のり結構長いなぁ!」
怪我をしている夜子に肩を貸しながら、アオイも激しく同意を示した。
すっかりと日が暮れていた。
闇の中、トンネルへと視線を向けてミルヴィは呟く。
「ねぇ……貴方達の名前を知りたかったな」
なんて、彼女の零したその声は闇に溶けて、どこかへ消えた。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。
無事にナナシは再封印。
ゾンビたちの殲滅も完了しました。
依頼は成功となります。
ナナシは旧トンネルに封印され、出てくることは出来ないでしょう。
誰かが余計なことをしなければ……。
人間は得てして余計なことばかりする生き物です。
縁があれば、またどこか、別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
旧トンネル内の祠に"箱"をおさめる。
●ターゲット
・ナナシ(悪霊?)×1
石神地区、旧トンネル付近に縛られていた女性の霊。
姿を視認することはできない。
彼女を"視た"者を積極的に追ってくる性質を持つ。
物理攻撃が効かず、姿を見ることはできないが、彼女は確かにそこにいる。
彼女に"視られた"ことは、きっと誰にでもわかるだろう。
夜子の持つ"箱"に執着しているようだ。
邪視:神遠段に大ダメージ、狂気、呪い、怒り
・ゾンビ×15
元々は普通の人間でしたが神様と接触して気が触れてしまった人達。
年齢、性別も異なるが共通して生者に襲い掛かる性質を持つ。
比較的フレッシュな死体であるためか、それなりに動作は機敏。
・夜鳴夜子
霊媒師の女性。
20代半ばほど。
陰鬱な雰囲気を纏った長身痩躯の女性。
霊媒師には見えないラフな服装をしている。
喫煙者である。
祖母の残した日記の記述に従って、石神地区へ向かうこととなる。
彼女の所持する"箱"を祠におさめることが今回の任務の目的となる。
●フィールド
時刻は夕方から夜にかけて。
旧トンネル及び、その周辺の山道。
自然災害により荒れ果てた山道。
特にトンネルの入り口付近は崩落や土砂崩れによる影響が大きく、足場が悪い。
トンネルを入ってしばらく進んだ位置に、目的地である祠があるだろう。
祠に"箱"をおさめることが目的となる。
ナナシは祠に触れることが出来ない。
祠付近でならナナシを視認することも可能となるだろう。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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