シナリオ詳細
神使捕物帳、火火野にて
オープニング
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キン、キン。
もう夜更けだというのに、老人は鎚を打っていた。
青い炎で焼かれ赤く燃える鉄を鎚で打つ度、澄んだ音が工房内に響いていた。
老齢の鍛冶職人たる男は汗まみれになりながら、しかし眼だけは炎や鉄よりもなお熱い意思を宿してひと際眩しい光を放っていた。
キン、キン。
炎の中に戻して、再び鋼を鍛える。
やがて繰り返していた作業もひと段落して、今日はこの辺でしまいにしようかと放り出していた手拭いで汗を拭った時だった。
「親方ぁー!」
「うるせぇ! 神聖な鍛冶場なに騒いでやがる!」
「ひぃ、す、すんません! ですがまた『奴ら』が出やがったんですよぅ」
弟子の男は親方の怒声に身を縮こまらせながら、縋りつくような目で訴えた。
「また盗人にやられたのか! ったく、ここにいるのは腑抜けた野郎ばっかじゃねぇか」
「そんなこと言ったって、俺たちは鍛冶ですぜ。お侍や兵でもありゃしやせん。戦えって言ったってへっぴり腰で刀を振るだけじゃ、やられておっ死んじまうのが関の山でさぁ」
「はぁ……もうちっとマシに仕込んでやりゃあなぁ」
白髪頭を腹立たし気に搔きまわし、親方は工房をでた。
「お、親方……? 一体どこに」
「お前ェらで何とか出来ねぇんなら、他に頼むしかねぇだろ!」
「親方ぁ~」
どかどかと足音をまき散らす親方を追いかけて、弟子は頼りない叫び声をあげていた。
●
豊穣、カムイグラ。再建の道を歩むこの国で、一件の依頼が舞い込んだ。
「何だぁ、『鍛冶屋 茅野 五郎左』?」
依頼人の名前を読み上げたバシル・ハーフィズが怪訝そうにすると――彼がカムイグラの名前に慣れていないだけであるが、依頼状を持ち込んだ男が「ヒィッ!」と悲鳴を上げて床に伏せた。
「……ああ、いや」
「お、お、お願ぇいたしやす! ここに来れば何とかしてくだするだろうと、おや、親方が!」
「……おう。つまり、刀を盗む盗人を捕えてほしいと」
「へえ!!」
床に額をこすりつけて返事をした男、依頼書によると『使いに出した不甲斐ない弟子』を一瞥して、バシルは依頼書に視線を戻す。
「場所は鍛冶集団が集まった村、火火野(ひびの)村だ。腕のいい職人が集まるんだが、どうやら打ち直しや製作を依頼された刀を盗んでいくやつらがいるから、そいつらを捕まえてほしいとのことだな。
八人ほどで、鈍を振るう……刀を持った集団だな。中には身軽で飛刀を使うやつもいると」
「へえ、その通りで!」
「飛刀には毒が塗られているから注意が必要だな。刀持ちはそこそこ手練れで、村の護衛をしていた奴らも奇襲やらを受けて負傷したため今はやりたい放題やっている」
「手も足も出やせんでした!」
「……だ、そうだ」
「近くの山に根城にしている場所があるそうだ。昼間から堂々と火の気があるあたり、居所を隠すつもりもない堂々とした連中だが周囲を警戒しているだろうな。
ちょうど弟子が俺たちを連れて戻ってくるあたりに何本かが仕上がる、そのタイミングで襲ってくるだろうとのことだ」
襲撃があるのは決まって夜、日没あたりの時刻だという。
村も音の鳴る罠や堀を巡らせる、明かりを早くから炊くなどして対策を施しているものの、一時的には有効だが解除されたり突破されることも増えてきた。
「夜になると明かりがないと厳しいな。到着は昼間になる予定だから、村で松明や篝火を用意するなどはできるだろう。
何かしらの道具で光源を確保した方がよさそうだ」
「へぇ! 何もねぇと暗ぇです! 薄暗くて見辛ぇです!」
「……まあ、彼もこの通りだから、受けてくれると助かる」
「お願ぇいたしやす、神使さまああぁ!」
わあわあと声を上げる弟子の大音声に、周囲から視線が刺さる。
「まあ、水でも飲んで落ち着けよ」
「へえ! ありがとうごぜえやす!」
居た堪れなくなったバシルが一杯の水を差し出すと、彼はそれを頭から被ったのだった。
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「いやあ、今回もいい値で売れましたねぇ」
火火野村から刀剣をせしめた男はそれを銭に変え、ずっしりと重たくなった革袋を嬉しそうに手のひらで撫でた。
「正規ルートじゃ手に入らない奴なんか法外な金を積んででも手に入れたいから、こっちは儲かりたい放題だ」
「うまい話があるもんだなぁ!」
揺らすたびにちゃりちゃりと小気味いい音が、下卑た笑い声のなかでかすかに響く。
「次はいつぐらいにしますかぃ?」
「そうだなぁ……、月が消えた頃合いだな」
- 神使捕物帳、火火野にて完了
- GM名水平彼方
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年03月03日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談5日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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生い茂る木々の合間から陽光が差し込み目を焼いた。
赤く色が変わり始めた光を見上げた弟子の男が、前方の開けた方角を指さした。
「ここを抜けれ火火野村はすぐでさぁ」
にこにこと笑う男のいう通り、一町(約100メートル)ほど離れた場所には堀と簡易的な塀に囲まれた村があった。そこかしこから煙が立ち上り、澄んだ金属音が風に乗って神使達の耳に届いた。
『ファイアフォックス』胡桃・ツァンフオ(p3p008299)は鼻先をかすめた匂いに思わず鼻を鳴らして胸いっぱいに吸い込んだ。
「コャー、なるほど鍛冶の村 。鉄、油、そして炎の匂いがするの、懐かしいわ」
記憶や感覚があの頃に引き戻されるような、懐かしい時間旅行を暫し楽しんだ。
「刀鍛冶の刀を盗む盗人ねぇ。本来なら殺す方がええんやろうけどなぁ、殺さずに捕縛は面倒やわぁ」
「刀を盗む賊連中とか誅していいんじゃないか?」
「親方は『盗人をとっ捕まえて面ぁ拝むまでは死んでも死にきれねぇ』って毎日カンカンでさぁ……」
『魔剣鍛冶師』天目 錬(p3p008364)は依頼人である刀匠の言葉に、少し残念そうに苦笑した。
「そうか……。何はともあれ、同じ鍛冶屋として全力を尽くさなくてはな。なに、任せてくれ。戦える鍛冶屋もここにいるからな」
「武器であると同時に工芸品で芸術品で村の財産を盗もうとしてるの、きっちりと捕まえるのよ」
「まぁ、依頼やしやるだけやってみるとするかねぇ」
『呪刀持ちの唄歌い』紅楼夢・紫月(p3p007611)はそう答えて、戦場となる村の周囲を見回るため一行から離れた。
「おぞいもんじゃの、盗賊とは。安心しときんさい。わしらがパパっと片付けちゃるけえ。こう見えても、多少戦い慣れとりますからの」
「ああ、ありがとうごぜぇやす!」
『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)の安心させるように穏やかな声音が、気弱な男の心をよく慰めた。
「いくつか聞きてぇんだけどよ」
「へ、へぇ! 何でしょう」
『金剛不壊の華』型破 命(p3p009483)の声に、男は弾かれたように振り返る。
「この火火野村はどんな職人がどれくらいいるんだ?」
「そう……だな、刀鍛冶は大きく分けて四つつ衆に分かれていやす」
ここ火火野では、鍛冶、研ぎ、拵えといった作業ごとに職人が組を作り、それぞれ一カ所ずつに集中して工房を構えている。
刀鍛冶ら『鎚(つち)衆』、鞘や拵えを作る『錺(かざり)衆』、研ぎを行う『鏡(かがみ)衆』。
そしてタタラ場を任される『火目(ひのめ)衆』。
「俺は鎚衆で、五郎左親方が鎚衆一の刀鍛冶にして頭目になりやす。親方達は喧嘩も多いけど、とびきり良い刀を拵える事に関してはいつも満場一致で面白いところでさぁ」
「成程。村に入りやすい場所や、突破された罠、夜の間に変わったことは無かったか?」
「あと、どの方向から来やすいッスか?」
『Heavy arms』耀 英司(p3p009524)と『琥珀の約束』鹿ノ子(p3p007279)の問いに弟子は記憶を探るように視線を空に巡らせた。
「確か、火を焚いていても消えてる事があったみたいで。丁度門番役の少し脇の方だって聞きやした」
そう言って指さしたのは、近くまで木が迫る場所だった。
「ありがとよ」
「他にも何かあったら言ってくだせえ。では、あっしは親方に報告してきやす。何かあれば奥の工房に来てくだせえ」
英司が礼を言うと弟子はそう言って、駆け足で去って行った。
ここに来るまでに村が設置した罠を見たが、見えやすい位置に張られていることが多い。
弟子の話を聞いた錬が木行荊符を使い茨のバリケードで堀を補強した所に、見えにくいように張り巡らせた。
それを踏まえて支佐手が出入り口に落とし穴を仕掛け、鳴子の数を増やしていく。
「わしは高台に陣取って警戒しちょるけえ、何かあったらこん子が敵の方向いて鎌首をもたげて合図しますさかい」
支佐手はサイバーゴーグルを装着すると、ファミリアーの黒蛇を仲間に託して高台へと陣取るためにその場を後にした。
胡桃は村人の手を借りつつ光源となる篝火を設置して回り、日没を待った。
遠くで鋼を打つ鎚の音が鳴る。
今宵は朔、月の昇らぬ夜が始まろうとしていた。
●
山稜の向こう側へと赤々と煮えるような夕日が沈み、空は橙色から紺へ黒へと染まっていく。
視界が徐々に暗さを増す中、支佐手はゴーグル越しの景色に目を凝らす。
「ん?」
木立が不自然に揺れたのを察知して身を乗り出した。
光を吸い込むような暗い布で身を覆った頭がそろりと顔を出した。
「おったおった」
ファミリアーへと合図を送ると敵を見下ろすように首をもたげた。
合図だ。
神使達の間に緊張が走る。それを知らずか察したか、ひゅんと風を切る音が聞こえたかと思うと近くにあった篝火に飛刀が刺さる。
ハイセンスで研ぎ澄まされた鹿ノ子の耳は土を踏みしめる音を聞き逃さない。
「二時の方向ッス」
罠を解除するために刀を抜いた数名が姿を現した、次の瞬間。
「人間万事、塞翁が馬! しかして福はこちらにありッス! おとなしくお縄につくッスよ!」
鹿ノ子は名乗りを上げて飛び出した。
「誰だ!」
牽制するように地面に突き立った飛刀を見て、『特異運命座標』レべリオ(p3p009385)は飛刀使いの位置を割り出すと走り出した。
「腕っぷしに自信があるのなら護衛として自分たちを売り込めばいいものを……」
「それだけでおまんまが食えるんならね!」
レベリオの言葉に腹を立てたが女が、慣れた動作で飛刀を放つ。
腕を掠め裂けた肌を見て、これが村人の誰かだったのならと思考する。
今のところ死者は出ていないようだが、これから死者が出ないとも限らない。素早く盗人を片付け、上手くやればねぐらに残った刀が返ってくるかもしれない。
ぱっと蒼い炎に照らされて、傷をつけた敵が不敵に笑う顔がよく見えた。
「コャー! お縄につくの」
炎狐招来で周囲を照らした胡桃は飛刀使いから離れ刀使いに接近し、こやんぱんちで引っ掻いた。
傷を受けながら身を引いた盗人目掛けて、紫月の飛刃六短が追い打ちをかける。
「堅気にちょっかいかけるなんざ、ダッセェなぁ」
火をつけた松明を地面にさして光源を確保すると、英司は地面を勢いよく踏み出し身を捻りながら横っ腹を蹴り飛ばす。
「うるせぇ! どこのどいつだか知らねぇが邪魔するならたたっ切るだけだ!」
歯を食いしばって耐えた男は、仕返しとばかりに英司を切りつけた。
傷口から滴る血を指先でぐいと拭うと、仮面の内で心底楽しそうに唇の端をつり上げる。
「だが、見どころがある。常識に囚われず、手前の頭で何が楽しいかを考えられる。そんで、力を持て余している奴ら。チャチな盗みじゃねぇ。もっと面白い事をしようじゃねぇか」
「おお、おぞい……ではなく、パパッとやっちゃるけえ」
支佐手はファントムチェイサーで相手の気勢を削ぐと、命は素早い身のこなしで戦場を駆け上がると握りしめた拳を撃ちだした。
圧倒的な眼力で戦場のあらゆる死角を見定める錬の目が、隠れている飛刀使いの居所を暴き出す。
懐から式符を取り出すと炎の大砲を鍛造すると、狙いを定めて込めた火弾を発射した。
轟音に続いて笛の音のような尾を引く音が続いて伸びていく。再びの轟音とともに鮮やかな光の花が咲き、暗闇を彩った。
「クソがあ!」
暗闇をよく見通す目を用意した神使達には、吠えた盗人達の顔がよく見えた。彼らは手近な『敵』目掛けて刀を振り上げると、手近な獲物目掛けて射場を振るった。
「よそ見は禁物ッス! 折角なんで僕のとびきりかわいい姿を目に焼き付けて欲しいッス!」
離れようとした男の前に立ちはだかると、目にもとまらぬ早さで黒蝶を振るい連撃を叩き込む。
傷口に再び刃を滑らせる。耐えられると思って油断したが最後、開いた肉の隙間から染み込み浸食する狂気に精神を冒される。
「まるで月に魅入られたウサギのように、さぁ、踊り狂え!」
手本を示すように軽やかにステップを踏み、側面から切り込んだ男の一撃を躱す鹿ノ子。
「盗人猛々しいとはこのことですかの」
支佐手は忌々しげに表情をしかめると、呪言を唱え水銀の女神を喚んだ。支佐手が『脆い』と踏んだ盗人が広がる真紅の沼に足を踏み入れると、亜硫酸ガスと水銀蒸気が発生し、触れた粘膜が腐食し息苦しさに喉を掻いた。
動きが止まった隙をみて、赤い沼が消えた跡を胡桃がぴょんと飛び跳ねた。
AKAで自身を強化し、もふもふの鋭い爪のついたグローブでがりりと引き裂いた。
こやんぱんちは呪殺力。引っ掻き傷に似合わぬ痛みにうめき声を上げて傷ついた足を押さえた。
「痛そうやねぇ、捕縛するにしても痛めつけんとあかんしぃ」
のんびりとした口調ながら、紫月から発せられる殺気は本物だった。
紅蓮時雨を握る手が空をすべらせたかと思えば、遅れて腕がざっくりと斬られていた。
「見とれるんはまだ早いわぁ、もう一つおまけやでぇ」
後の先から先を撃つ練達の技を受け、とうとう一人が膝をついた。
「まずは一人目貰っちまうぜ――ぉらあっ」
英司の蹴りがこめかみを強かに打ち据える。白目をむいて倒れた男を一瞥すると、次の獲物を見定めるため戦況を観察した。
はじめに攻撃を集中させた男を、命の視線が追う。よろめきながら刃先を突き出し、そえが命の原に深々と突き刺さった。
「ぐ、うっ……!」
歯がみしてこらえながら、カウンターで応戦する命。傷を負った命を狙って、飛刀が風を切る音を残して飛来した。
肩口に刺さった場所が痛むのをこらえて引き抜くと、無造作に投げ捨てる。まだ興奮のさなかにあるためか、不思議と痛みは遠い。
早めにけりをつけなければならない。
全員が攻撃に回り、畳みかけることで早期にけりをつける。苛烈さとは裏腹に、危うさと表裏一体の状態だ。
錬が式符・氷薙を握ると、たちまち氷の薙刀が手の中に現れた。
周囲一帯をなぎ払い敵の様子をうかがう。徐々に数を減らしはじめ、手傷を負い始めている。
只管に戦うしか無い。
よそ見をした飛刀使いの男に、レベリオは漣のナイフで彼の腕を強かに切りつける。
互いに消耗し、どちらが先に倒れるのか。
勝負の行方は混迷の最中にありながら、一つの流れに沿って決着へと向かっていった。
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先に動いたのは飛刀使いの方だった。
身軽なものの耐久力に乏しい彼らは、レベリオと錬の攻撃に徐々に追い詰められていった。
錬が削り、レベリオがノーギルティで沈める。
二人のコンビネーションによって、また一人冷たい地面の上に倒れ伏す。
「あと一人。さて、鍛冶屋を舐められちゃ堪らないからな。俺は手加減するつもりはないから死にたくなかったら早々に白旗でも上げろよ?」
錬の氷の薙刀が、篝火の光を受けて幻想的に浮かび上がる。鋭く振るえばレベリオに向かって我武者羅に投擲を繰り返していた女へと吸い込まれるように当たる。
肩で息をしていた女は痛みにうめいて、ぎこちなく体を強張らせた。瞳に満ち満ちた怒りを滾らせて、忌々しげに眼前の敵を睨めつける。
動けない一瞬を突いて、レベリオの慈悲を帯びた一撃が女の意識を刈り取った。
足下に倒れた数を数える。――三人、数は合う。
「こちらは片付いたな」
「残りをさっさと片付けるか」
二人は激しい剣劇音が響く方へと、明かりを頼りに走り出した。
鋼と鋼のぶつかり合う音は未だ激しい。
軽やかに。艶やかに。 華のように。蝶のように。嵐のように。
黒蝶の羽ばたきが人目を奪うように、鹿ノ子の花の型「胡蝶嵐」が仄暗い夜の中で閃いた。
「やっと二人ッス」
敵視を一身に受けていた鹿ノ子の傷は深い。神使達の消耗も激しいが、盗人達も深手を負った者が多い。
「余力がありそうやねぇ」
比較的傷の浅い盗人を見た紫月は落首山茶花で惑わせたあと首を狙う。喉元を狙った切っ先が、薄い肌を切った。
「コャー!」
恍惚が入ったのをみて、胡桃とAKAで強化した力を体中に漲らせ、渾身の力でこやんぱんちをお見舞いする。
左に大きくかしいだ体を、英司が右から容赦なく蹴撃する。
「三人!」
残りは二名。形勢不利を悟ってか、じりじりと後退し逃げ出す隙を窺っている。
「逃がさないの!」
「行かせない!」
胡桃と錬はすぐさま回り込み道を塞ぐ。
「退け!」
なりふり構わず刀を振り上げ、小さな胡桃へと襲いかかる。それでも胡桃はまだ余力があった。耐えられると踏んでその場にとどまる。
「小さい子に刀をあげるとは」
呆れてため息を吐いた支佐手がドゥームウィスパーで気勢を削ぐ
「敵に背を向けるとは無謀だな」
「人の風上にも置けないッス! 盗人という時点で置けないッスけど!」
錬の薙刀が、鹿ノ子の花の型「胡蝶嵐」が。雪月花の如く美しく苛烈に咲く。
一人が倒れ、仲間だった者達を置き去りに最後の一人が包囲網を抜けようとした。
「ここまでだな」
だが一歩及ばず。
命の一撃が肉を撃つ確かな手応えとともに、盗人はうめき声を残して暗闇に沈んだ。
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切った張ったの大立ち回りを終え、紫月は派手に立ち回った跡を検分した。
「落とし穴は埋めた方がいいかねぇ、村人が落ちたら大変だ。堀や塀が崩れた場所も直した方が良いかもしれないわぁ」
一方お縄についた盗人達はごろごろとその辺りをのたうち回りながら、ささやかな抵抗の意思を見せていた。
「こんなもんですかの? ほれ、おんしらを生かしとけと言うて下さった依頼人さんに、感謝しときんさいよ」
「さてさて、依頼が捕縛なのは親方様の意向なのかしら? まあ盗まれた刀の行方を追うなら生かしておいた方がいいと思うの」
レベリオはじっと俯いていた飛刀使いの男の前に跪くと「そこの男」と声をかけた。
「盗んだ刀の中に、装飾の美しい一振りが無かったか」
「ああ? まあ上等そうなやつは良い金になったんじゃねえか」
「盗んだ刀に偉い人の物が紛れていて随分とご立腹なんだ。だけど、盗んだ刀が帰ってくるなら気を鎮めてくれるかもしれない」
それを聞いた男はさっと顔を青くする。
「ほ、欲しい奴はいくらでもいるもんさ。それこそ、地方じゃ治安が悪い場所なんて掘り返せばでてくる。俺らがやろうとやらまいと、武器や力が欲しい奴はごろごろいる」
それ以上は黙秘しようと口をつぐんでは居るものの手応えはありそうだ。
「ご苦労さん、お前らが神使様か」
嗄れた声に振り向けば、村まで案内した弟子の男がおろおろとした表情で老人を「親方ぁ」と呼んだあと、惨状を見てその場で目を回して倒れ込んだ。
「あなたが茅野五郎左翁ですか」
「そうだが。まあ、こいつらについては村で思うところがあってな。まどろっこしいがとっ捕まえてくれって依頼をさせて貰ったのよ」
顎でしゃくり地面に転がる盗人を刀のような視線で見下ろした五郎座の表情は、地獄の閻魔大王のようにも見える。
竦み上がった盗人達が静まりかえると、五郎左は神使達へと向き直った。
「こいつらの始末については、今回は俺たちに任せて欲しい。その次があったんなら知らねぇが、ひとまず預からしてくれ」
依頼人がそう言うなら、と盗人達の身柄は火火野村へと引き渡された。
「全く、心得のない奴らが盗むなんてな。こんなに刃毀れさせやがって……」
転がった刀を拾い上げると、乱暴に扱われた刃毀れが酷くまともに扱える状態では無い。
「五郎左翁、研ぎ直しを手伝わせていただいても?」
「……ほう、お前さん腕に覚えがあるようだな。いいぜ、俺の工房を貸してやる。おい、いつまで寝てやがる! 起きて回収したヤツを工房まで運べ!」
「へ、へぇっ!!」
弟子は跳ね起きると、そそくさと刃物を集めると抱えて走り出した。
「どうなるかは分からんが、更生する機会がありゃええですのそんならまた、どこかで」
支佐手はそう言い残して、村に用意された宿と戻っていった。
人がある程度はけたあと、英司は盗人達のそばで口を開いた。
「俺は正義の味方なんかじゃねぇ、暴力を暴力で解決するクズだ。
日向と影、俺たちの居場所はどっちだ。言うまでもねぇよな」
日陰者は一生お天道様の下ではまともで居られない。
「豚箱明けに付いて来い。闇の頂点に連れてってやる。
俺らは同類だ。同胞を下し、纏め、力を示す。そして世界に俺たちの楽園を築くんだ」
「そんな事をしたって金になる当てはあるのかい」
吐き捨てられた言葉に、英司は肩をふるわせた。徐々に抑えきれなくなったのか、含み笑いが夜の静寂に不気味に響く。
「気に入らなきゃ殴りに来い。ボコボコにして、また手を差し伸べてやるよ。待ってるぜ、同志諸君」
そのときを楽しみにしている、と愉悦を滲ませた声を残して英司は去って行った。
表情どころか顔もわからぬ男の底の知れなさに、嫌な汗が流れ落ちるのを感じた。
そして無事捕物を終えた八人を、村人達は歓喜でもって迎えた。
――神使殿、見事なり。と。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした!
盗人は捕らえられ、沙汰は追って五郎左をはじめとした村のトップが下すようです。
MVPは鍛冶ならではの行動と戦闘でのいぶし銀な活躍をした天目錬さんへ送ります。
GMコメント
水平彼方です。
カムイグラにある鍛冶師の村から盗人捕縛の依頼が入りました。
●目標
すべての盗人の捕縛
盗人は不殺スキルを使用し倒すことで、捕縛したとみなします。
●ロケーション
鍛冶師の村『火火野(ひびの)村』。
多くの工房と職人が集まる村落で、この地域では「火火野の刀に切れぬものなし」とうたわれる名品です。
山間の村で、現在は周囲を柵と浅いながらも堀を巡らせてあります。
これ以外にも鈴やカタカタとなる木片をつけた感知用の罠があります。
夕方ごろから篝火を焚き始めますが、それだけでは光源として不十分です。
日没を過ぎると襲撃されます。暗闇で視界は不良、何らかの対策が必要です。
●敵
盗人が8人。内訳は刀使いが5、飛刀使いが3です。
・刀使い×5
盗んだ刀を振るうあらくれもの。
我流で振り回しているだけで剣術の心得はありませんが、タフで頑丈、単純に力が強いです。
周囲を切り払い、防御無視の突きが強力です。通常攻撃にも出血が伴います。
・飛刀使い×3
毒を塗った飛刀を扱う身軽な使い手です。
回避・命中に優れています。
毒・麻痺のBSを付与してきます。
●弟子
茅野 五郎左の弟子。鍛冶場にいるせいか声が大きい。
返事はいいものの臆病で争いごとには向いていない。
何かあればすぐに隠れてしまいます。戦闘面では役に立ちません。
村までの道案内は彼が行います。優しい人柄で村の事情には詳しいです。
村のことで聞きたいことがあれば、答えてくれるでしょう。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、親方にどやされ慌てて出てきたため、若干記憶が曖昧かつ挙動不審なため不明点もあります。
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