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シナリオ詳細

満帆にて征く船に

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●憧憬を手にする旅路
 ラサの港町から一隻の商船が出立する。
 往復三か月を予定する船旅だ。穏やかな水面を割って進む船の側面には大鷲とヤシの木のマークがあった。大きく広げられた鷲の両翼を繋ぐように『デジェルト商会』の字が典雅に描かれている。
 ラサの貿易商、デジェルト商会の商船だ。
 船員は船長から雑用係まであわせて二十名。積荷はラサの特産品。現地の支社にこの荷物を渡し、代わりに海洋の特産品を積んで帰ってくるというのがこの船の使命だった。

 そこにラット・アザラは乗船している。
 もちろん客ではない。忍びこんだわけでもない。
 下っ端の下っ端。雑用係の雑用係。そんな立場で――初めての航海に出ている。
「うぐ……っ、う、うぅ……っ」
 港に着いた直後からえぐえぐと感涙にむせびながら。
 甲板の手すりを片手で握りしめ、崩れ落ちないのが不思議なくらい泣きじゃくる彼に、船員たちはあえて声をかけない。温かな視線と苦笑を浮かべるばかりだ。
 船員の大半はラサの、海のない地域の出だった。つまり彼らもまた、一面の海を見たときの感動を知っている。残りの者たちもこうして感動する『新人』の扱いを心得ていた。
「うみ、うみだぁ……ずごぉ……」
 新品の下級船員服の袖で乱暴に涙を拭い、ラットは海を見る。

 銀貨のようにきらめく海面。
 船が進む音。
 砂漠とはまるで異なる日差し。
 冬の潮風は剥き出しの指の感覚を奪う冷たさ。
 まだ嗅ぎ慣れない、なのにこれほどにも胸の奥に火をつける海の匂い。

「うぅぅううう」
 目に焼きつけたいのに、五感に刻みたいのに、涙がとまらない。
 甲板掃除もままならないラットの様子を、船員のひとりが仕方なしに船長に報告しに行く。
 彼の事情を知る船長は肩を竦め、「しばらくそっとしておくように」と指示を出した。
「ま、こういう奴ほど船に残るから」
「船酔いしてないんだろ? 一日目なんてそれだけで十分だ」
 と船員たちも軽い気持ちで見守ることにする。

 ラット・アザラは罪を犯した。
 ラサのとある町で、ほんの数か月前に酒場で出会ったばかりの仲間たちとともに盗みを働き、ついには色宝に手を出そうとした。
 地を這うトカゲでなく、天を征く大鴉になりたくて。
 結論から言えば道半ばで大蜥蜴に襲われて死にかけ――イレギュラーズに助けられた。
 そこでラットは『海』を知ったのだ。
 その後、ラットと仲間たちは町に引き渡され、奉仕活動を行うことになった。
 あるとき彼はその日の監視役についていた男たちに海の話をした。
 海に行くのが夢なのだと。
「海に行きたい?」
「確かデジェルト商会が下働き募集してなかったか?」
 ちょうど翌日、デジェルト商会の者が町にくることになっていた。町の特産品である、磨いた貴石を買い取るためだ。
 ラットはデジェルト商会の者に頼みこみ、船に乗ることを許された――とだけ記せばとんとん拍子の話だったように思えるが。
 本当は仲間たちが町の人たちに頼みこんでラットとデジェルト商会の者を引きあわせてくれたのだ。
 誰もなにも言わないまま適当に送り出してくれたが、ラットはそれを承知している。
 海の美しさ、壮大さ。
 そして町に残った仲間たちを想うと、ラットは。
「うぁああぁあああ」 
 ますます泣けてくるのだ。

 ラットが落ち着いたのは、それたから四時間も経ってからだった。
 太陽は真ん中を過ぎている。昼食の時間も終わっていたものの、気を利かせた船員が彼の側にワインと塩漬け肉をパンで挟んだ食事を置いていた。
 それらで腹を満たし、改めて海を見る。
「すっげー」
 ただでさえ語彙力がないラットから出るのは、感動をそのまま音にしただけの声だった。
 頭上では白くて大きな海鳥たちが鳴いている。
「多分ここがてんご……あ?」
 上下に忙しなく顔を動かしながら天国を満喫していたラットが、視界になにか捕らえた。
 海だ。なにかいた。魚だろうか。泳いでいる魚なんて初めて見る。
 わくわくしながらラットは目を凝らし、身を乗り出す。
「あっれー、絶対いたぞ」
 おかしいな。深いところに行ったのか。もう一回姿を――
「あ」
 盛大な水しぶきが上がった。
「ラットが落ちた!」
「あのバカ!」
 甲板を磨いていた船員たちが絶叫し、モップを放り出して手すりに駆け寄る。
 船が急停止した。
「たずっ、だずげでっ! なんがいる! およげなっ、ごぼっ」
 掲げられたラットの手に、ねとねとした半透明のなにかがついている。
 船員たちが一歩引いた。

●通りすがりの救助者たち
「おいなんか落ちたぞ!」
ラサの港町を目指す船の甲板で潮風を受けていた『桜花絢爛』藤野 蛍(p3p003861)と『半透明の人魚』ノリア・ソーリア(p3p000062)は、見張りが叫びきるより早く、水しぶきの発生源に目を凝らしていた。
「待って今ラットって聞こえた?」
「まさか……ラットさん、ですの!?」
「そういえばラサの貿易商が引きとったって聞いたわ。ええと、確か」
「デジェルト、商会……」
「まさにデジェルト商会じゃないあの船!」
 もうじゃあたぶんそういうことじゃないのかと蛍は頭を抱える。ノリアは青ざめていた。
 砂漠で生まれて育った青年が、泳げるはずがない。
「早く、助けないとですの!」
「この船も急行しているようだけど、そもそもどうして誰も助けないのよ」
 眉根を寄せた蛍と、祈るように両手をあわせたノリアの側に船内にいたイレギュラーズたちも集まってくる。
 徐々に状況が視認できるようになってきた。
「なにあの半透明なの!?」
「カエルのようで……っ、きゃあっ!?」
 突如、船が大きく揺れる。
 海に落ちないよう慌てて各々が近くのものにしがみつき、こらえた。すぐに揺れは収まり、それぞれが原因を探す。
「なによあれ……」
 右手に、巨大なタコが出現していた。
 商船の船員たちも悲鳴を上げている。かろうじて溺れていないラットも悲鳴を上げていた。
 半透明のカエルにまみれながら。

GMコメント

 初めまして、あるいはお久しぶりです。あいきとうかと申します。
 奉仕活動の名目で初めての海に臨んだ彼の運命やいかに!

●目標
・敵の殲滅
・ラットの救助

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

●ロケーション
 船上での戦闘です。
 海蛙たちは続々と商船に上がってきます。巨大タコも商船を飲みこもうとしています。
 このままでは積荷も船員も危ういでしょう。

 皆様は練達発ラサ行きの小型貨物船に乗っています。
 今回の依頼は小型貨物船の護衛――のはずでした。
(名声はラサにのみ入ります)

●敵
・『海蛙』×30
 半透明の蛙。べたべたする。
 商船の積荷(主に食糧)を狙っている様子。
 船には一定数ずつ上がってくる。海の中にたくさんいる。

 近接物理攻撃メイン。
 命中と回避高め。

・粘液補充(P):海に入ると徐々に体力を回復する
・危ないかえる(P):通常攻撃【毒】【麻痺】

・『大タコ』×1
 巨大なタコ。商船くらいなら巻きとって呑みこむ。
 うねうねと動いている。主に船にダメージを与える。
 
 中距離・遠距離の物理攻撃メイン。
 体力と防御技術と特殊抵抗高め。
 回避と反応低め。

・たこあし(P):足が二本以上あるとき、通常攻撃【連】
・墨吐き(P):3ターンに一回、ターン開始時に戦場全域に【暗闇】【不吉】
・危ないたこ(P):海水に体の一部が触れているとき、物理攻撃力を少し上昇

●NPC
・『船員』
 デジェルト商会の船員20名、皆様が乗っている船の船員20名。
 全員非戦闘員です。

・『商船』『小型貨物船』
 商船はほぼ動かせない状態ですが、貨物船は皆様の指示に従い動きます。
 ただし攻撃装備はないです。
 商船には積荷(商品)がたくさん積まれている状態です。

・『ラット』
 以前イレギュラーズに助けられた青年。
 小悪党でしたが『海』を知ったことで夢を見つけ、改心しました。
 全く泳げず、溺れています。

●他
 この依頼は『<Common Raven>トカゲの願望』のアフターアクションです。ご指名ありがとうございます。
 該当の依頼を知らなくても大丈夫です。

 皆様のご参加お待ちしています!

  • 満帆にて征く船に完了
  • GM名あいきとうか
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年02月02日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ノリア・ソーリア(p3p000062)
半透明の人魚
ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
ポテト=アークライト(p3p000294)
優心の恩寵
ゴリョウ・クートン(p3p002081)
黒豚系オーク
藤野 蛍(p3p003861)
比翼連理・護
桜咲 珠緒(p3p004426)
比翼連理・攻
シエル・アントレポ(p3p009009)
運び屋
トスト・クェント(p3p009132)
星灯る水面へ

リプレイ


 即座に海に飛びこもうとした『半透明の人魚』ノリア・ソーリア(p3p000062)を厚みのある手が静止する。
「大丈夫だ」
 にっと笑って見せた『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)が細い背中を優しく叩いて聖骸闘衣を与えた。
 ノリアは大きく頷き、冷たい海に身を投じる。
「ラダさん、ボクを商船まで運んでもらえるかな?」
 船縁を掴む『桜花絢爛』藤野 蛍(p3p003861)は横目で隣を確認する。正面の商船の状態から長く目を離すことはできなかった。
「請け負った」
 短く『剣砕きの』ラダ・ジグリ(p3p000271)は返し、蛍が乗りやすいよう姿勢を少し変える。
「ありがとう。……珠緒さん」
「参りましょう」
 差し伸べられた蛍の手を『桜花爛漫』桜咲 珠緒(p3p004426)はそっととった。冷えた海風にさらされ、二人の指先も凍えている。それでも確かな温もりを感じた。
 力強くラダが跳ねる。手すりを蹴ってさらに高く、飛翔する。珠緒も衣服と長い髪を躍らせながら飛ぶ。蛍は落ちないように気をつけながら、眼下に目を凝らしていた。
「ラットさん!」
 波にもまれ蛙にまみれつつも蛍の声は届いたのか、溺れる男の頭がなにかを探すように忙しなく動く。
「今すぐ心強い仲間が駆けつけるから、もう少しだけ足搔いて! せっかく毒蜥蜴の迷宮で拾った命を、諦めないで!」
 励ました蛍の手に少しからがこもる。タコに見咎められない進路を往くラダが小さく頷いた。
「助かります」
 心配ないと珠緒は言外にこめて蛍を勇気づける。黒髪をなびかせながら、彼女は強く首肯した。
「貨物船! ちょっと離れるけどごめんよ、巻きこまないから勘弁して」
 進行を中断している船の中に『よく食べる』トスト・クェント(p3p009132)が呼びかけたのは、ラダたちが飛び立った直後のことだった。
 返事を待たずにトストも船から飛び降り、即座に変化を解除する。杖先は前方、全速力で泳ぐノリアの先。蛍の呼びかけの声が聞こえる。
「蛙のくせに海で生きるなんてね」
 まぁおれも平気だけど、とオオサンショウウオの下半身で水を掻きながらトストは全力で術を発動する。
 青色の衝撃波が疾走、溺れかけているラットを頭から沈めようとしていた半透明の蛙を吹き飛ばした。他の蛙が寄りつこうとするのをさらに吹き飛ばす。
「もう、大丈夫、ですの!」
 たどり着いたノリアがラットの手を握った。
「ぅば……っ」
 あの日、地下遺跡でラットたちを包みこんだわだつみの寵愛が今再び使われる。海の匂いはこの場でこそ珍しくはなかったけれど。
「おぉぉお泳げてる!? 俺泳げるようになってる!? ノリア嬢ちゃん!? さっき蛍嬢ちゃんと珠緒嬢ちゃん、飛んでなかったか!? っていうかなんでここにそもそもこれなに!?」
 海神の加護を得てぷかぷかと海に浮くことに成功したラットは体にまとわりつく蛙を引き剥がして海に投げる。ノリアも杖で手伝った。
「説明はあと、ですの。お怪我は……」
「あちこち痛いけど平気平気」
「そりゃあよかった」
 陽の光を遮る影にラットが顔を上げるより早く、その襟首が掴まれ、引き上げられる。
「おぉぅっ!?」
「蛙まみれになりたくねぇなら大人しくしてろよ。落ちるぞ」
 羽ばたく『運び屋』シエル・アントレポ(p3p009009)が口の端を上げた。ラットは情けない声を上げながら爪先を海面から離す。
「シエルさん、あとは頼みました、ですの」
「おう。そっちもほどほどにな」
 一度大きく翼を動かし、シエルは小型貨物船に向かって、海面と体を小さくしているラットが辛うじて触れあわない高さを全速力で飛んでく。
「お前も泳げないなら少しは気をつけろ。命がいくらあっても足りねぇぞ?」
「な」
「ああ、舌を噛みたくなかったら黙っとけ。ついでに奥歯噛み締めろ、ちょっとばかし痛いぞ」
 言い終えるが早いか、シエルの手がラットから離れる。反射的に彼女の指示に従った男の尻に衝撃。
「あとで合流させてやるから、しばらく大人しくしてろ」
 手すりに両足をつけたシエルは後転してタコに向かっていく。
「生きてたか!」
 練達の船員たちがタオルや着替えを手に、尻の痛みに耐えているラットを囲んだ。
 その、少し前。
「よっしゃ、やるか!」
 拳を打ち鳴らしたゴリョウの体を青の鎧が包む。
「ところで蛙って海水でも生きて行けるのか……? いや、今は気にするところはそこじゃないが」
 首を傾けながら『優心の恩寵』ポテト=アークライト(p3p000294)が一歩を踏み出す。柔らかな潮風が刹那、彼女の足元で渦を巻いた。
 二歩目でポテトの足が地を離れる。不可視の精霊により、その身体が商船に向かって運ばれていく。樹精たる彼女はこの世界の精霊とも相性がいい。
 それを見送ることもなく、ゴリョウは海に飛びこんでいた。頭まで沈んでから浮き上がり、ぶはぁっと息を吐き――高速で泳ぎ出す。
 目指すは大タコ。ただし商船を襲う怪物の正面ではなく、大回りして背後に回りこむ作戦だ。

 商船にラダと珠緒が足をつける。蛍もすぐに降り、ラダに礼を言ってから積荷を背にして声を張り上げた。
「ボクたちは、ラットさんと旧知のローレットの者よ! ラットさんは仲間が、この船はボクたちが守るから、この場は任せて船内に避難してちょうだい!」
 早くも甲板に上がってきている蛙たちに右往左往していた船員たちが、その一言で進路を決める。
「落ち着いて行動してください」
 蛙に飛びかかられかけていた船員の腕を引いて回避させ、モップを手にへたりこんでいた船員を背後に追いやりつつ、珠緒は恐慌状態を収めていく。
「私たちが退避の援護をします。責任者の方は何処ですか?」
「私です!」
「船内での皆さんの指示、精神的かつ肉体的な治療はお任せします。重傷者は?」
「現状いません。かしこまりました!」
 集まってきた船員たちを船長が順に船内に入れていく。珠緒もまだ動けない船員の回収に走った。
「ひぃぃっ」
 足に蛙をまとわりつかせた青年が泡を吹く。銃声が響いた。
「落ち着け」
 蛙にだけ弾をあてたラダが銃を構える。蛙は青年から離れて威嚇するように口を開けた。青年は転げそうになりながらもラダの後ろに走ってくる。
「皆は自分の身と船を守れ、間違っても海に引き摺りこまれるなよ!」
「焦らず、仲間の指示を聞いてください。大丈夫、ラットも皆さんも必ず助けます。みんな揃ってこの海を抜けましょう!」
 甲板に到着したポテトも、動けないでいる船員を船内の方へと案内した。
「ここから先は一歩も通さない」
 決意を胸に蛍は蛙が最も密集している場所を見極め、突撃する。
「かかってきなさい! これ以上、誰も傷つけさせないわ!」
 叫びとともに炎熱の桜吹雪が少女の周辺で舞い踊った。さらに船員を襲おうとする蛙の真上に桜花が満開となり、刹那で散って吹雪く。
 真冬の海に爛漫にして狂乱の春の光景が繰り広げられていた。
 その中心にいる蛍に蛙たちが引き寄せられる。不気味な鳴き声を上げながら一斉に飛びかかろうとして。
「グギャオッ!」
 蛍を避けるように鋼の雨と激しく瞬く神聖な光が降り注ぐ。ダメージを受けた蛙が苦痛を訴えた。
「多少、船が揺れているからといって外すものか」
 銃を構えるラダはすでに次弾の用意を整えている。
「お待たせしました。みなさんご無事です」
「ラットの救助も終わったようだ。大タコ組、海中組も奮戦中と見た」
 ほのかに珠緒が頬を緩め、すぐに気を引き締めた。さらにラダの端的な状況報告を受け、蛍は安堵の息をつく。
 それと、と珠緒は声を潜める。
「やはり一緒に行動するのが落ち着きますね」
 ちょっと恥じらうように視線を逸らされ、蛍もはにかむ。
「うん。珠緒さんがいるといっそう心強いよ」
 聖骸闘衣を付与したのは、照れ隠しも兼ねてか。
「頼りにしてるよ!」
 声を張り、蛍は戦場に桜花を咲かせる。鋼の驟雨と神聖な光がそれに混じった。

 つるんとしたゼラチン質のしっぽが大きくなる。
「どう、でしょう! おいしそうだと、思いますの!」
 海の力を身にまとったノリアがゆらゆらとしっぽを振った。商船を襲う蛙は空腹なのか、海中にいる半透明の魔物たちが反応するのが分かる。
 蛙がノリアのしっぽに食いつこうとした瞬間、痛みを感じて思わず離れた。
「簡単には、食べられませんの」
 目先の欲に忠実な蛙たちは諦めずにノリアのしっぽを食べようと大口を開ける。
「そーれ」
 少し離れた位置にいるのんびりとしたトストの声の後、真冬の海に似つかわしい冷然とした歌声のような、風鳴りのような音が響く。
 途端に複数の蛙が濁った声を上げた。中には蛙同士で長い舌を振りあい、殴りあうものもいる。
「確かにおいしそうだよねぇ。いや、褒め言葉として」
「お役に立つなら、なによりですの」
 ちょっと遠い目をしたノリアは気を取り直し、しっぽを動かした。トストも引き続き蛙の駆除にあたる。
「これで船側がちょっとでも楽になってくれたらいいけど……、っと!」
 貨物船に貼りつき、登ろうとしていた蛙を衝撃の青で吹き飛ばす。
 商船の船縁よりも高い位置に身を投げることになった蛙を、ラダの銃弾が立て続けに撃ち抜いた。海に戻された蛙が水しぶきを上げる。
「おおー」
「数が、ちょっと、増えてきましたの……!」
「待って待って」
 船上の蛙が鳴き、海中の蛙が呼応した。
 それで数匹は離れるがまだノリアはしつこい蛙に群がられている。トストは慌てて援護を再開した。
 無茶はしないと最初から決めていたノリアは、大タコの方をちらりと見る。いざとなればあそこに、ゴリョウの元に。

 太いタコ足に突きあげられ、ゴリョウの体が海面から出て虚空に放り出される。
 すぐさま他の足が伸びてきた。ゴリョウの体が掴まれ、締め上げられようとしたときにはタコ足は空を握っているだけだ。
 即座に鎧ごとシュッと細くなってタコ足から逃れたゴリョウが海に落ちる。元の太さに戻って豪快に笑った。
「ぶははははっ! 甘い甘い!」
 怒れる大タコは複数の足で海面を打って暴れる。ゴリョウは冷静に足の動きを読み、防いでく。
 頭上から鉄槌の如くタコ足が振り下ろされる。しかしゴリョウに直撃する寸前に軌道を変えた。
「助かるぜ!」
「なに、ちょっとばかし嫌がらせをしただけだ」
 横から攻撃することでタコ足に回避をさせたシエルは、上空に逃れながら気にするなと肩をすくめる。
 なにせこれだけの巨体だ。反撃の気がなくとも、少し動くだけで巻き添えにされる可能性がある。攪乱役の運び屋は慎重かつ大胆にゴリョウを援護する。
「他の連中はどうだ?」
 巨大生物を相手にして他を気にかけている場合かと、返しかけたのをシエルはやめた。
 このオーク、声がでかくて情が深い。
「ラットは無事だ。大きな怪我はない。毒を受けていたがノリアが治した。今ごろ貨物船の連中があっためてるさ」
「商船の船員たちも全員、無事に船内に避難した。ラダ、蛍、珠緒が奮戦中。ノリアとトストも海中で蛙と戦っている」
「間にあったか」
 低空を飛行するポテトが戦況を告げる。二人の報告にゴリョウは満足そうな鼻息を吐いた。
「よぉし! こっちもやってやろうぜ!」
「ああ!」
 金の目でゴリョウは大タコを見据える。タコが動いた拍子に商船を掠めかけた足先を、ポテトが盾で弾いた。
 上空から商船の様子も観察しているシエルの目には、タコと蛙に対する怒りと不快感があった。
「この船の積荷でいくらになると思ってんだ。タコと蛙が邪魔するんじゃねぇよ」
 攻撃しようとしたタイミングでシエルに視界を遮られ、タコの足がゴリョウの真横を叩く。
「美味そうな足しやがって! きっちり料理してやるからな!」
 引き戻されかけたタコ足をゴリョウが脇に挟むように掴んでひねった。タコ足が後退する、と見せかけて振るわれるが、無理な動きのせいで力が乗っていない攻撃などゴリョウが容易く籠手で捌く。

 最後の蛙がラダに撃ち抜かれ、他の蛙と同じく甲板を汚す半透明で粘性のある液体に変わる。
 タコが暴れるたびに飛沫を浴びるせいですっかり冷えた指を握り、開いてラダは巨大生物に照準を据えた。
「まったく、この手の敵は夏場に相手するに限る。飛沫だけでも随分体が冷える!」
 狙うは船に近いタコ足複数。銃弾の雨にタコが声にならない音を上げて頭を振る。
「蛍さん」
「大丈夫、まだやれるわ」
 よろめいた蛍を珠緒が支えた。次の敵を凛と見据える愛しい人に、珠緒はこみ上げた感情を堪えて背筋を伸ばす。
「早く終わらせて、火にあたりましょう」
「そうね、とても寒いもの」
 首を縮めて笑った蛍が走り出す。舳先で桜を舞わせた。
「待たせたわね!」
「全員生きているな?」
 冗談交じりのラダの確認に、海中と天空から返事がくる。ノリアとトストも海中のゴリョウに合流していた。
「一気に畳みかけましょう」
 剣を軽く振った珠緒が細く息を吐き、姿勢を低くする。
 攻性血威稼働――花霞最大放出確認。
「いざ!」
 疾風となって駆ける珠緒は、蛙の死骸に足をとられることなく蛍の傍らに到達。光の速度で一閃する。千切れ飛んだタコ足が後方の甲板で跳ね、力なく静止した。
 さらにもう一本、ラダが必殺のゴム弾で無力化する。
「この……っ!」
 苦痛と憤怒でさらに暴れる大タコの攻撃は蛍が引き受けていた。ゴリョウの傷をポテトが癒し、蛍の負傷を珠緒が治す。
「さっさとくたばれ、タコ野郎」
 ずぶ濡れになった翼が上空では余計に寒く、不機嫌が頂点に達しているシエルが大タコの周囲を飛び回る。振り上げられた足にトストのロベリアの花が咲いた。
「あともう少しだ! 最後まで気を抜かずに行こう!」
 ポテトの声が海面を打つ音を抜けて響く。
 一本、また一本とタコの足が無力化されていった。


 ラサの商船と小型の貨物船が事故を起こさないよう気を遣いながら近づいていく。
「次はもうこんなヘマすんなよ?」
「落ちねぇようにします……」
 どうしてもとせがむラットを先に商船に運び、シエルはポケットを探った。ラットは甲板で蛙の死骸を掃き捨てていた船員たちにやや手荒に迎えられている。
「……げ」
 とり出した煙草は完全に湿気っていた。
 一抹の希望をもって先端をあぶってみるが、一向に火がつく気配がない。
「チッ。とんだ災難だぜ」
 あーあーとシエルは手すりに背中を預け、天を仰ぎ見る。
 戦闘なんてなかったかのように、澄んだ青空だった。飛んでいく海鳥の白が眩しい。
 限界まで接近した二隻の船が錨を下ろして完全に停止する。間に木の板が渡され、貨物船の船員たちが大急ぎで渡ってきた。船長同士の挨拶が交わされる。
「ぶはははっ! 全員、無事そうでよかったぜ!」
 念のため海中を警戒していたゴリョウが真っ先に上がってきて、笑声の尾をひきながらどこかに向かう。
 ついで人型で引き上げられたトストが手で顔の水気を拭った。
「顔がしょっぱい。水が飲みたい……」
 淡水の方がやはり好きだと、しょんぼりする。
「あの、よかったら」
「おー、ありがとうねぇ。ってラットくんか」
「助かりました。ありがとうございます」
 頭を下げたラットからトストは水とタオルを受けとる。数人分持っていることから、イレギュラーズに礼を言って回る気持ちが伝わってきた。
「海水、飲んだでしょ。嫌いになった?」
「全然っす。しょっぱかったけど」
「だよねぇ」
 あはは、と穏やかにトストは笑う。
「ラットさん」
「あ、嬢ちゃんたち!」
「お久しぶりです。奇遇ですね」
 珠緒が浅く一礼し、蛍は迷うように死線をさまよわせてから、
「あのね、ラットさん。命の危機に何度あっても、命拾いしてるんですもの。きっとラットさんは幸運の星の元に生まれたのよ」
 少し刺激が強すぎるかもしれないけど、と蛍は小さくつけ足す。
「違いねぇ」
 前回と今回を想い、ラットは苦笑する。
「海を、嫌いにならないで欲しいですの」
 ぽつりとノリアがこぼした。
「確かに、危険もたくさん、ありますの。でも……」
「それ以上に綺麗だ」
 はっきりと、ラットは断言する。
「俺は海が好きだ。これからも、船に乗っていたいよ」
「いい覚悟だ」
 周囲の船員たちも胸を撫でおろす中、商人に囲まれながら舳先を目指していたラダが言う。
「泳ぎの方は暖かくなってから練習すればいいさ」
「ッス!」
 元気よくラットが返したところで、大音声が響いた。
「たこ焼きの準備ができたぞー!」
 舳先に料理人を集めてなにかしていたゴリョウだ。
「ゴリョウさんの、たこ焼きですの!」
「たこ焼き?」
「美味しくて温まるわよ」
「説明するより食べた方が早いかと」
 ノリアと蛍、珠緒に連れられてラットも向かう。
「おれも食べたいでーす!」
 トストが挙手して走り、シエルも手すりから背を離した。商談しつつラダはたこ焼きを受けとる。
「精霊たち」
 潮風に弄ばれる髪を抑え、ポテトは囁いた。
「この船は練達で点検のために停泊するらしい。できるだけ早く着くように、手伝ってもらえないか?」
 皆、平気そうに振舞ってはいるが怖い思いをしたのだ。ラットも。
 一度陸に上がって憩う時間が必要だろう。
 了承の意を伝えるように、商船の帆が風に撫でられた。
「頼んだ」
 言いおいて、ポテトもあつあつのたこ焼きの輪に加わる。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れさまでした、イレギュラーズ。

たこ焼きパーティいいですね。おいしそうです。
それはそれとして両船はこのあと、無事に目的地にたどり着いたようです。
ラットは今も先輩たちにしごかれつつ船に乗っているのだとか。
泳ぎはまだまだのようです。

ご参加ありがとうございました!!

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