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シナリオ詳細

翠迅の騎士

完了

参加者 : 8 人

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オープニング


 アッシュグレイの空から寒雷の轟きが聞こえてくる。
 分厚い皮を着込んでいても、指先から這い上がってくる凍てつく寒さが骨に染みた。
 不用意に肺へと息を吸い込んではならない。直ぐさま温度差で毛細血管をやられてしまうからだ。
「……」
 僅かな吐息が白い霧となって霧散する。
「何処へ行ったんだ」
 よく通る声が溜息と共に雪の街道に聞こえてきた。
 深いエメラルドの瞳が白い雪の森を彷徨う。
「くそ。俺のせいだ。まだあの子は自分で判断出来る年齢では無かった」
 悔しさを滲ませるハイエスタの青年『翠迅の騎士』ギルバート・フォーサイス(p3n000195)は腰に吊した剣柄を握りしめた。
 ゼシュテル鉄帝国北東部『ヴィーザル』は貧しい大森林地帯だ。
 極寒の冬の森で迷ってしまえば、小さな子供の命なんて簡単に消えてしまう。
 魔物狩りに着いて来たいと言われた時に断れば良かったとギルバートは眉を寄せる。
 ルイス・シェパードに『騎士(見習いだが)として強くなりたい』と懇願されると、どうしても自分の子供の頃を思い出し甘やかしてしまう癖がギルバートにはあった。
 少々危険ではあるが、ルイスの気概があれば魔物との戦いにも臆すること無く立ち向かうだろうと高をくくっていた。
 されど、ルイスは本物の魔物を前に怖じ気づいてしまった。
 剣裁きも精彩に欠け、覇気も無い。魔物はそういった弱い心に敏感だ。
 一体の魔物がルイスへと襲いかかり、少年は肩に怪我を負ってしまった。
 それが引き金になったのだろう。怯え逃げ惑うルイスは戦場を離れて走り去る。
 辛うじてルイスを追いかける魔物の注意を引きつける事はできたのだが。
 ギルバートが魔物を倒し終わる頃には少年の姿は近くに無かったのだ。

「何処へ……」


 小型船の形をした乗り物が雪原の街道を走っている。
 蒸気と精霊の力で推進力を得て、雪の上を滑るそれは首都スチールグラートからの商船(キャラバン)だった。
 資源や食料の乏しいヴィーザル地方の村々にとって彼等は有り難い存在である。それと同時に少なく無い金銭を奪っていく強欲者と映る事もあった。
「まあ、こんないつ襲われるか分からない危険な場所まで来てやってんだ。ちょっとは多めに貰っても罰は当たらないと思うがね」
 悪態を吐きつつも、商船のボス『雪原の商人』と呼ばれるジェフ・ジョーンズはこの雪原の航路を何十年も続けていた。
 噂によるとジェフもヴィーザル地方の出身らしい。戦う事を捨てて一族の安寧を外から支えると決めた覚悟の重さは計り知れないだろう。

「それにしてもお客さん達珍しいね。この先はヴィーザルの大森林だ。何か用事でもあるのかい?」
 何も無い所なのにとジェフは自嘲気味に笑う。
 イレギュラーズはジェフが走らせる商船に乗り合わせたのだ。
「この先の村から救援要請が届いているんだ。ここの所、魔物の動きが活発になっていて助けて欲しいっていうものなんだけど……」
「ふむ。この先ってとヘルムスデリーか。確かにあの辺りは最近魔物の量が増えて来てたな」
 雪原の街道を進んで行くキャラバンは森林地帯に入っていく。
「……慎重に進め。精霊がざわついてる」
 ジェフは操舵手へ手短に指示を飛ばした。イレギュラーズは窓の外を見るが変わった様子は無い。
「分かるのか?」
「ああ、俺はハイエスタの騎士とドルイドの魔女の間に生まれた子供でな。剣より精霊の声を聞く方が上手かったんだよ。子供の頃はそりゃあ兄弟達に馬鹿にされたよ。それでも誉れ有るハイエスタの騎士かってな」
「辛かったんだな」
「よせやい。昔の事だ。……おい、止めろ! 船を止めろ――!!!!」
 ジェフは只ならぬ形相で船を止めさせ、雪原に飛び出した。
 イレギュラーズも其れに習い警戒しながら外へ出て行く。

「おい! しっかりしろ! お前さんシェパードの所のルイスだろ!? おい!」
 街道を逸れた所で木々に寄りかかる様にして血を流している少年を揺するジェフ。
「あ、ジェフおじさん。助けて……ギルバート兄ちゃん、を助けて。俺、俺……魔物がいっぱいで怖くて、逃げ出して」
「そうかギルバートと一緒に来たのか。分かった。ヤツは俺達が必ず助けてやる。だから、安心しろ。よくここまで頑張ったな。偉いぞ」
 ジェフはルイスを抱きかかえて商船へ戻ってくる。
「すまん。あんたらも手伝ってくれるか。なあに、心配は要らない。元々あんたらが向かう予定だったヘルムスデリーのヤツなんだよ。ギルバートは」
「ああ、そういうことなら任せろ!」
「話が早くて助かるよ。道案内は俺がするから心配するな。精霊が導いてくれる。……さ、ルイスは船で待ってるんだぞ」
 大人しく頷いたルイスの頭を撫でてから、ジェフはイレギュラーズに向き直った。
 その手には剣が握られている。お飾りではない『使い古された』剣だ。
「ま、自衛ぐらいは出来るからな。足手まといにはならないさ」
 針葉樹林が聳え立つヴィーザルの大森林で、これ以上の頼もしい男は居ないだろう。
 ジェフの先導でイレギュラーズは雪原の森に足を踏み入れた。


「はぁ……はぁ……、キリが無いな」
 ギルバートは肩で息をしながらクレイモアを魔物から引き抜く。
『翠迅』を賜った百戦錬磨の騎士たるギルバートであっても、単身で魔物の群れと相対するのは命の危険があった。精霊の声を頼りにルイスの足取りを追っては居るものの、魔物に邪魔をされて思うように進まない。
「――我が守護神ファーガスよ。今一度、大いなる力をこの身に授けたまえ」
 その身にファーガスの加護を宿し、魔物を切り裂いていくギルバート。
 されど、積み重なる疲労は限界まで達し。
 魔物の群れの中で、アガットの赤に染まりながら膝を着いた――

GMコメント

 もみじです。寒いですね。
 ヴィーザル地方ハイエスタの青年を助けて下さい。

●目的
・魔物の討伐
・ギルバートの救助

●ロケーション
 雪が積もっている森の中での戦闘です。日中ですので明かりは問題ありません。
 足下は滑りやすく、針葉樹林が生えていますがフレーバーです。

●敵
○ブリーズライカン
 ハイエスタの村ヘルムスデリー近郊に出没する魔物の群れのボスです。
 こいつを倒せば当初の目的である村からの救援依頼を達成したことになります。
 大きな牙と爪を持ち、二足歩行でとても俊敏です。獰猛で人間の血肉を喰らう魔物です。
 強力な個体です。
・氷刃(A):物近範、凍結、流血、ダメージ大
・ライジングジェイル(A):物遠単、移、感電、ダメージ極大
 他スキル等は不明。
 高い統率力と、高HP、高EXAを持ちます。

○ガルムス×10体
 そこそこの強さの魔物です。野蛮な獣です。
 大きな牙と爪を持ち攻撃を仕掛けてきます。そこそこ俊敏です。
 ブリーズライカンの指示の元、複数で一人を集中攻撃してきます。

●味方NPC
○『翠迅の騎士』ギルバート・フォーサイス(p3n000195)
 ハイエスタの村ヘルムスデリーの騎士。
 正義感が強く周りにも好かれている好青年。
 魔物の群れと一人で交戦中です。疲弊しており今にも力尽きて倒れそうです。
 回復すれば再び戦う事ができるでしょう。
 ローレットの救援に素直に感謝する事でしょう。

○『雪原の商人』ジェフ・ジョーンズ
 ヴィーザル地方出身で現在はヴィーザル地方を巡回するジョーンズ商会のボス。
 ハイエスタの騎士とドルイドの魔女の間に生まれ、剣より精霊の声を聞く方に適正があった。
 その為、剣士として戦う事を諦め商人として外からヴィーザル地方を支える覚悟をした。
 ヴィーザル大森林を精霊の声を聞き道案内してくれる。
 剣の腕は『自衛できて、足手まといにはならない』程度。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 翠迅の騎士完了
  • GM名もみじ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年01月15日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

リゲル=アークライト(p3p000442)
白獅子剛剣
ジェイク・夜乃(p3p001103)
『幻狼』灰色狼
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
黒撃
コゼット(p3p002755)
ひだまりうさぎ
エステル(p3p007981)
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華
藪蛇 華魂(p3p009350)
殺した数>生かした数

リプレイ


 一面の白銀の世界。否、雪の中の水分は光を反射して碧色を映し出す。
 幻想的な雪原を遮るようにヴィーザルの大森林は姿を現すのだ。
「まあ、状況は分かった」
 怪我を負ったルイス・シェパードの涙ながらの懇願に『『幻狼』灰色狼』ジェイク・夜乃(p3p001103)は頷いた。
 魔物との戦いでは大切な事がある。自分の力量と相手の実力を比べ、適切な判断を下せるか。
 まだ子供であるルイスは仕方が無いだろう。初陣ともなれば怖じ気づくのも無理は無い。
 しかし、騎士であるというのにギルバート・フォーサイスという男は適切な判断を下すことが出来なかったのだろうとジェイクは眉を寄せる。
「兎に角今はギルバートの救出だ。色々と言いたい事はあるが、まずは此奴を助けないとな」
 ジェイクはジェフ・ジョーンズに続くように森の奥に視線を上げた。
「戦う事は、とっても勇気のいる事。ルイス君の言ってること、花丸ちゃんもわかるよ」
 にっこりとルイスに笑みを浮かべる『人為遂行』笹木 花丸(p3p008689)。
「逃げたとしても、こうして花丸ちゃん達に助けを呼ぶことが出来た。
 だったら、花丸ちゃん達の為すべき事はその頑張りを無駄にしない事……そうだよね?」
「ああ、そうだな」
 花丸の言葉に『白獅子剛剣』リゲル=アークライト(p3p000442)がしっかりと頷く。
「急ぎましょう。あまり時間がかかると、間に合わなくなるかも知れませんわ」
『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)は振り返り、ファミリアーで鷹を呼び寄せる。不安げに自分達を見つめるルイスの頭を撫で言葉を紡ぐ。
「安心して頂戴、ルイス。貴方のお兄さん、絶対に助けて戻って来ますからね!」
「もう大丈夫っ! 此処から先は花丸ちゃん達にマルっとお任せっ!ってね!
 務めて自信に満ちあふれた感情を表に出すヴァレーリヤと花丸。ルイスは自分のせいでギルバートが窮地に陥っていると思っている。だから、不安に押しつぶされそうなルイスを安心させる為二人は声を上げた。
 その様子を見ていたエステル(p3p007981)もヴァレーリヤに習って少年の頭を撫でる。
「初陣でモンスターの群れ……やっぱり怖いですよね?」
 心配そうな瞳を揺らすエステル。この場ではきっと『そうすることが正しい』だろうから。
 仲間と同じように人の温かさを真似る事で、エステルに蓄積される心があるのだ。

 上空にヴァレーリヤの鷹が舞い上がる。
「じゃあ、大人しく待って居るんだぞ。大丈夫、俺達が必ずギルバートを助けてくる」
 自信に満ちあふれた凜々しいリゲルの姿。
 白銀に照らされる雪原で。青いマントを翻したリゲルの背にルイスは目を輝かせる程の憧れを抱いた。
 自分も彼(リゲル)やギルバートのように強くなりたい。
 それは少年にとっての『始まりの情景』だった。

 ――――
 ――

「気をつけろ。雪に覆われているだけで崖になっている所もあるからな。落ちたら大変だぞ」
 ジェフの言葉に『ひだまりうさぎ』コゼット(p3p002755)は視線を地面に落とす。
 彼が歩いた足跡以外の場所を踏めば、危ないということなのだろう。
 大きな靴跡の上を半ば飛ぶようにコゼットは歩いた。
「さむいね、とってもさむい……はやく助けて村行って、あったかいスープとかもらおうよ。
 ギルバートさんも、きっとさむがってるよ」
 ぷるぷると身体を震わせて、悴む手に息を吹きかけるコゼット。
 白い息は横に流れていく。
「イノチ懸けで子供を守ろうなんて好漢を捨て置いちゃオトコが廃るからね! 気合い入れて行くよ!」
『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)はウォーミングアップと言わんばかりに拳の連打を虚空に放つ。項あたりから立ち上がる湯気が活動量を物語っていた。
「元気なこった。それだけ力が溢れてりゃ、暴れたくもなるだろうさ」
 かかっと笑い声を上げるジェフ。
「ギルバートさんみつけたら、ルイスくんは無事だよ、安心してって伝えるよ、きっと心配してるもんね」
「ええ。ええ。心配ですよねぇ」
 人当たりの良さそうな笑顔で『殺した数>生かした数』藪蛇 華魂(p3p009350)は頷いた。
 背中に薬箪笥を背負った彼をコゼットの瞳が追う。耳を澄ませば薬箪笥の中からこそこそと何かが聞こえて来た。気のせいだろうかと小首を傾げるコゼット。
「どうかしましたか?」
「ううん。何でも無い」
 華魂の問いかけにコゼットは首をぶんぶんと振る。
「其れにしても獣、ですか……厄介ですねぇ。彼らは時にして疫病をばら撒きます。医者として黙って見ているわけには参りませんねぇ。治療が必要な方がいらっしゃる様ですし、ちょっくら診察に行きましょうか」
「そろそろ近いぞ。気を付けろ」
 ジェフの声にイレギュラーズは武器を抜き去る。
 木々の間に。血溜まりの中に膝を着くギルバートが見え――


 戦場を走るは銀の魔弾。
 ギルバートに牙を剥いたブリーズライカンの鼻先にジェイクの放った銃弾が中たる。
 一瞬怯んだボスは乱入してきたイレギュラーズに向き直った。
 敵意を露わに眼光が赤く染まる。

「ギルバート! ルイスは無事だ! 君も継戦に努めてくれ!」
 血に濡れ、今にも膝を着かんとするギルバートにリゲルが叫んだ。
「君達は……」
 突然の救援にギルバートは目を瞠る。その中に見知ったジェフの顔を見つけ敵では無い事を悟った。
 ギルバートは正義感溢れる騎士なのだろう。仲間を見捨てず魔物が彷徨く森の中を探し回るほどに。
 だから、リゲルは何としても彼を救いたかった。人々の為、混沌世界の未来の為。
 銀閃の騎士は光の翼を広げボスの前に立ちはだかる。
「ナンだァ! ゴチャゴチャ、湧いてきやがって」
「……」
 身を捻ったリゲルのマントが彼の身体を隠す。そこから、光翼の瞬きと共に抜かれる剣の冴え。
 命を蝕む黒輝一閃。ボスの注意を引くには十分すぎる光。

「どおおおりゃああああ、貴方達の相手は私達でしてよ!」
 ヴァレーリヤの叫びが大森林に響き渡る。
 イグナートがギルバートの元へ駆けつけられるように。ガルムスの鼓膜を揺さぶる大音量。
 振るわれるメイスはガルムスの側頭部を捉え、鈍い音と共に小さくうめき声を上げた敵が雪の上に転がる。「どっからでも掛かって来なさい! この雑魚ども!」
 走り込んでくる敵の攻撃をメイスで受け止め、腹に蹴りを叩き込むヴァレーリヤ。
 鈍い音が木々に反響する。
「はいはーい、獲物はこっちだよー、あたしの方がおいしいよ、こっちにおいでー」
 ぴょんぴょんと飛び回るコゼットにガルムスの視線が集まった。
 突進してくるガルムスをくるりと避けて、避けて。さながら雪の妖精の様に敵を翻弄する。
「あーあ。こんなに美味しいのになぁ。もったいないなぁ」
 うさ耳を手でぺこぺこと動かし、更に挑発を続けるコゼット。
 襲い来る鋭い爪も。大きな牙も。コゼットを捉える事なんて出来はしない。
「雪ガード……!」
 ガルムスの連携技も蜃気楼の如く雪に隠れてしまうコゼットの前に為す術も無いのだ。
「よーし! 花丸ちゃんもいっくよー! どっかーん!」
 派手なかけ声と共に身体をいっぱいに広げる花丸。
 ガルムスの頭上をアクロバティックに飛び回り翻弄する。
「ふふーん! 花丸ちゃんのすーぱーイケてる装備はなんと靴に羽根の魔法が掛かってるすぐれもの!
 これで、ぷいぷいお空も飛べちゃうからねっ!」
 花丸の攻撃を物ともしない明るい声は敵の注意を引きつけるのに効果的だった。
 雄叫びを上げ、襲いかかってくる敵を、渾身の一撃で殴りつける花丸。
「まだまだぁ! 花丸ちゃんの拳は止まらないぃ!」
 ヴァレーリヤ、コゼット、花丸が敵の注意を引いている今がチャンス。
 イグナートとエステルは戦場に走り出した。目指すは、ギルバート。
 敵の爪を蹴りで弾き、進んで行く。
「もうちょっと!」
「リスクは承知の上……人命の優先度はリスクを上回るものです……」
 仲間が敵の注意を引きつけていてくれる。だから安心してイグナートとエステルはギルバートの元へ向かえるのだ。
 ギルバートの背後に迫る敵の攻撃。イグナートはそれを飛びついて庇う。
 ごろごろと二人一緒になって雪の上を転がれば、その跡に血が着いてきた。
「君……背中に傷が!」
「大丈夫だよ。これぐらい。お礼なら仕事が終わった後にイッパイ奢ってくれればオッケーだからね!」
 深い傷なのに。イグナートは物ともせず笑う。
「大丈夫。私がついています。救援に来ました。無理はなさらず。少年も保護済みです」
 エステルは回復をまずはギルバートに施す。この戦場で最も傷が深いのはギルバートなのだ。
「ええ。こっちも……回復を」
 華魂の背に背負った薬箪笥から何かが飛び出す。小さなそれはギルバートの元へ飛んで行き彼の傷口へ張り付いた。其れ等が消え去る頃には表面の傷は消えている。
「すまない。君達」
「いえいえ。あくまで医者ですからね、医療現場に向かうに当たって事前準備は怠りませんよ。
 ンフ……フフフ」
 輸血パックに入った血液を飲んでいるのは華魂だ。
 その目の前をジェイクの弾丸が突抜ける。
「わわ!」
 弾丸が飛んでいった方へ視線を向けると、頭を打ち抜かれたガルムスが見えた。
「俺が打ち抜いてやるから、回復に集中しな」
「フフ、頼もしいですねぇ」
 ジェイクの言葉に頷く華魂。エステルと華魂の回復に、ギルバートが剣を取り立ち上がった。
「ありがとう。君達。この恩は決して忘れない!」
「その様子ならもう大丈夫みたいだね。だったら、ここからは皆で一気に仕掛けるよっ!」
 花丸のかけ声と共に、イレギュラーズが攻勢に転じる――


「簡単に食べられるとは思わないでくださいね?」
 エステルが魔力回路を起動させる。
 白い肌にガーネットの閃光が走れば、纏う魔力が電子を帯びた。
 身体の内側で増幅した魔力を掌に集める。
 収束した赤い光はエステルから解き放たれ、雪原を蛇のように走った。
 ガルムスを巻き込みながら、ブリーズライカンへと届いた連雷。
 エステルへと敵意をむき出しにしたボスだが、リゲルの剣は仲間へ近づけさせようとはしない。
「仲間は俺が守る! ギルバート! 君はジェフさんと一緒に攻撃を!」
「ああ。任せろ!」
「おうおう。若い奴ばっかりに痛い思いさせられねえからなぁ」
 リゲルの合図でギルバートとジェフが一気に剣を振るった。

「さあさあ皆様、死んでいる場合ではございません。新しい血液です、お受け取りなさい。皆様の死を天が許そうとも小生が許しません」
 華魂はボスの攻撃を抑えるリゲルへと回復を施す。
 少し独特な回復方法だが、効果は凄まじいもので。パーティの支えになっていた。
「おやぁ? 施術の妨害は立派な罪ですよ? いけませんねぇ……手が滑って医療事故が起きたらどう責任を取るおつもりで?」
 敵の爪が華魂の目の前で止まる。その腕を掴んでいるのは花丸だ。
「させないよ! 華魂さんはパーティの要だからね! コゼットちゃん!」
 花丸は華魂に攻撃を仕掛けたガルムスをコゼットへと投げ飛ばす。
「さむいし。早く終わらせて、あたたかいスープ飲むんだから。じゃま!」
 コゼットの回し蹴りが最後のガルムスを切り裂いた。
「おお、ヤルなぁ! さすがハナマルとコゼット! オレもガンバルよ!」
 イグナートはライカンの前に駆け込み、拳を叩き込む。
 右腹部を殴打されたライカンは雪の上に血を吐いた。

「さあ、これでも喰らいなさい!」
 イグナートが生み出したチャンスをヴァレーリヤが繋ぐ。
 天使の翼を象ったメイスがルビーの炎を纏った。それは何処か『彼女』を思わせる赤で。
 義手に嵌る橙色が太陽の如く輝く。それはヴァレーリヤを護る優しい陽光。
「どっせええええ――い!!!」
 ライカンの胴を叩き潰す暴力が振り下ろされた。
 僅か、残る体力で逃げようとするブリーズライカン。
 されど。それを許さぬ眼光がある。
 大経口のバレルに雪光が反射した。
「狩る側から狩られる側になった者の恐怖を思い知るがいい!」
 撃ち出される魔弾。狼の牙が。狼を喰らう。
 生き残るのは、より力のあるもの。この世は弱肉強食。
「お前は弱かった。ただ、其れだけだ」
 白き雪原に、エンバーラストの赤が散った――


 イレギュラーズはギルバート達の村ヘルムスデリーに降り立つ。
 帰りが遅いギルバート達を心配して村は騒然となっていた。
「二人が帰ってきたぞ!」
「ローレットの人達も一緒だ」
「何!? 魔物の群れを倒しただと!?」
「そりゃすげえ!」
 イレギュラーズは村人に大いに歓迎される。

「ギルバート、ルイス……!? どうしたんだこんな大怪我をして。大丈夫なのかい?」
 心配そうに駆け寄ってくるのはギルバートの親友ディムナ・グレスターだ。
「ああ、俺は大丈夫だ。それよりもルイスを頼む。セシリアに診せてやってほしい」
 セシリア・リンデルンは村で誰よりも回復魔法が使える少女だった。
「どれ、小生も手伝いましょう。これでも医者ですから」
「私も医療の心得があるわ。少しでも役に立つと思うの」
 華魂とエステルの言葉にギルバートとディムナは感謝を示す。
「すまない。何から何まで……」
「大丈夫ですわ。その為に私達はここに来たんですもの」
 申し訳なさそうに瞳を伏せるギルバートの肩を優しく叩くのはヴァレーリヤだ。
「そうそう! もともと、この村の周りのマモノを倒せっていうイライだったんだよ!」
「ヴァレーリヤ、イグナート……ありがとう」
 ギルバートはほっと安堵の表情を浮かべた。
 しかし、ジェイクは敢えて厳しい口調でギルバートへ言葉を投げる。
「分かっているとは思うが、お前にルイスを責める資格はないぜ。今回の件はお前のせいだ。お前はぶん殴ってでもルイスを止めるべきだった。騎士の癖に甘ちゃんなんだよ。情に絆されやがって」
「ああ、ジェイクの言うとおりだ。すまないルイス」
 ジェイクの厳しい言葉はギルバートに突き刺さる。甘い判断でルイスを危険に晒した責任。
 それを教える為に叱責を選ぶのは、ジェイクの心根が優しいからだ。
 ギルバートに前へ進んで欲しいと願うからこそ嫌な役を引き受けた。
 ともすれば嫌われてしまうような言葉だろう。
 だが、騎士で在る限りその一瞬の甘さが命取りになる。戦場とはそういうものなのだから。
 ギルバートへの叱咤にルイスもしょんぼりと肩を落とす。彼への言葉は自分が原因なのだ。
「逃げた自分を責めてはいけません。あなたは、憧れの先にある現実を知ったのですから」
 泣きそうなルイスをエステルがそっと撫でる。
「常にあの恐怖にも立ち向かい、村を守る。ギルバート様がよりかっこよく見えるでしょう?」
 ルイスが怖じ気づいて逃げてしまった魔物に勇敢に立ち向かうギルバートやイレギュラーズにも、初めての戦いがあり。それを積み重ねてここまで来た。その一歩をしっかりと踏みしめながら研鑽を積んだのだ。
 だから、自分を責める事は無いのだとエステルは微笑む。
「それにな、背伸びをするのもいいが、自分の力量を見極める事が強くなるコツだ」
 エステルが言うように強さは一日で得られるものではない。自分の弱さを自覚し補い修練する。
 それが、少年が行うべきことなのだろう。
 ジェイクはルイスの頭をわしわしと撫でて頑張れと笑った。

「君に出会えて心強く思うよ」
 リゲルはギルバートの前に手を差し出す。
 手負いとはいえ、共に戦ったギルバートの実力は確かなものだったから。
 ルイスを危険に晒してしまった判断を糧に、きっと成長していく器なのだと思うから。
 それは、かつての自分を、そしていつかの自分を見るようで。
 悩み足掻き、前に進んで行く強い瞳に。リゲルは親近感と友情を覚えた。
「願わくば、鉄帝と天義の架け橋となれたら嬉しい」
「ああ。これからもよろしくな」
 人々を守ろうとする強い意思、正義の心は宝なのだとリゲルは思う。
「また何かあれば力になると誓おう」
「頼もしいな。じゃあ今度……」
「ねえ。美味しいスープ飲めるところ、どこ?」
 ギルバートのマントを引っ張るのはコゼットだ。
 こてりと首を傾げるコゼットの姿に場の空気が和む。
「ふふ、では僕が案内してあげよう。お嬢さん」
 ルイスをセシリアの元へ送り届けたディムナがコゼットの前に手を差し出した。
「なんか名物とかもあるかな?」
「そうだなぁ。美味しいのはヤギのシチューだけど。女の子的にはおまじないを施したアミュレットとかはどうだろう? 首につけるトルクもあるよ」
「……シチュー」
「花丸ちゃんもあったかいシチュー食べたい!」
 アクセサリーより食べ物だというコゼットと花丸にディムナは優しく微笑んだ。
「うんうん。元気にいっぱい食べる子は良いね。じゃあついておいで」
「わーい! コゼットちゃん行こう!」
「うん……」
「あ、ちょっと。お酒はありますの? もちろん有りますわよね? 無いとは言わせませんわ!」
 花丸とコゼットにヴァレーリヤも加わって。
 はしゃぎながら駆けて行く少女達にギルバートは翠色の瞳を細めたのだ。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
 連携も素晴らしく無事にギルバートも助ける事ができました。
 ご参加ありがとうございました。

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