PandoraPartyProject

シナリオ詳細

ありふれた不幸。或いは、愛を取り戻せ…。

完了

参加者 : 5 人

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オープニング

●ありふれた不幸
 ところは豊穣。
 人里離れたとある山村。 

 それはそれは美しく心優しい娘がおりました。
 貧しいけれど家族、村の皆と支えあい愛する人とのささやかな幸せに包まれた生活。
 彼女の人生は、平凡であり、そして幸福なものでした。
 けれどしかし、ある日突然に、その幸福は失われてしまいます。
 悲劇とは、誰の身にもある日突然に、そして平等に降りかかるものなのです。
 
 悲劇の元凶は、ある1人の貴族でした。
 鷹狩りに出かけた先で、その貴族……アヤマロは、山菜を積んでいた娘と出会いました。
 美しい娘を一目見て気に入ったアヤマロは、彼女を無理やりに自身の屋敷へと連れ帰ろうとします。
 抵抗する娘に向け、アヤマロは言いました。
「私がその気になれば、この村を一夜にして滅ぼすこともできる。家族と共に炎に焼かれて息絶えるか? それとも私の妻となり、家族を生かすか? 選ばせてやろう」
 その話を聞いた娘は、家族を救うためアヤマロについていくことに決めました。
 そのことを知った彼女の夫は、アヤマロの元へ乗り込みます。
 自分はどうなってもいいから、妻を開放してほしい。
 涙を流し訴える夫へ、アヤマロは告げます。
「その願いは聞けぬ。そうだ、式が終わるまでは貴様には大人しくしていてもらおう。あの娘が心変わりをせんようにな」
 連れて行け、とアヤマロが告げると傍に控えていた2人の侍が動き出します。
 侍たちの名はウキョウとサキョウ。
 アヤマロに雇われている用心棒です。
 2人の侍によって、彼は屋敷の牢に捕らわれてしまいます。
 そのことを知って娘は涙を流しましたが、しかしか弱い彼女では夫を助けることも出来ません。
 愛しい夫を救うためにも、彼女にはもう式の日を待つ以外に術はありませんでした。

 彼が屋敷を逃げ出したのはその翌日、夜も遅い時間のことでした。
 偶然にもウキョウやサキョウといった手練れが留守にしていたことは、彼にとって幸運だったと言えるでしょう。
 見張りの兵士たちに襲われ、傷つきながらも彼は屋敷を逃げ出し……。

●カチコミ開始
「どうか……どうか妻を救ってほしい」
 殴られ、腫れあがった顔。
 背中には深い切傷。
 逃走の際に負ったものか、彼の右足は骨が折れているようだった。
 そんな有様になりながら、彼は川を泳いで逃げた。
 意識を失い、川を流れていく彼を発見したのはラクロス・サン・アントワーヌ (p3p009067)である。
 豊穣の地には似合わぬ洋装。
 煌めく金の髪を結わえた、見目麗しき男装の麗人である。
「一目ぼれは会ってもいいけどい王子様と幸せに暮らしていたお姫様を攫っちゃだめだろう!!」
 絵本に描かれるような、素敵な出会いとラブロマンスに憧れた。
 そんな彼女にとって、傷つき、それでも妻を救わんとする目の前の男はまさに主人公のような存在だ。
 しかし、志も半ばに彼は力尽き、倒れた。
 けれど、彼の想いはアントワーヌの胸に届いた。
 震える手の感触を、零した涙の熱さを知ってしまった。
「バッドエンドは認めない」
 しばらく待っていてほしい、と。
 男に告げて、アントワーヌは歩き始める。
 屋敷へと向かう細い道。
 そんな彼女に声をかけた旅人が1人。
「よぉ、悪いけど話は聞かせてもらった。俺も連れて行ってくれよ」
 深く被った笠を持ち上げそう告げたのは伏見 行人 (p3p000858)。ちゃり、と腰に差した刀が鳴る。
 アントワーヌと行人は、一路屋敷へと向かう。
 そんな2人の目の前に、現れたのは1人の武士。
 黒い長髪を後ろで括ったその武士は、1人の男を引き摺っていた。
「君……その男は?」
「拙者を雇おうとしていた雑兵にござる。どこぞの貴族の屋敷から、逃げた男を始末して来い……などと抜かしてな。聞けばその男、貴族に攫われた娘を取り返しに来た夫だと言うではないか。拙者に悪事の片棒を担げなどとは誠に腹立たしい限り」
 頭に来てぶちのめしてしまったわ、と。
 武士……咲々宮 幻介 (p3p001387)は呵々と笑った。
「屋敷には手練れの用心棒がいるとか。【必殺】【失血】何するものぞ。ここは1つ、正義の味方の真似事でもと思ってな」
「なるほど。そういうことなら、私たちと目的は同じだ」
「そんじゃ、さっさと件の屋敷へ向かおうや」
 幻介を仲間へ加え一行は進む。
 そして屋敷が見え始めた頃……3人の前に1人の黒騎士と、軍服を纏った青年が立ちはだかる。
 黒騎士の名はウォリア (p3p001789)。
 そして軍服を纏った青年は日車・迅 (p3p007500)であった。
 村の者から「攫われた夫婦を助けてほしい」と依頼を受けて、2人は屋敷へやって来ていた。
 そこで、怒りも顕わに屋敷へ迫るアントワーヌ一行を見かけ声をかけたというわけだ。
「なるほど……許せませんね。僭越ながら僕にも協力させてください!」
 拳を握り迅は吠えた。
 そんな彼の肩に手を置き、ウォリアは告げる。
「真正面から突入するのか……? 屋敷の正門には見張りが数名。手練れの侍もいるという」
 広大な敷地を誇る屋敷である。
 正門を抜けた先には庭と邸宅。
 その後ろには人工の池が作られているという話だ。
 池を超えた先の宴会場にて、結婚式は開かれる。
 どうやらアヤマロが個人的な趣味で作った教会のような会場らしい。
 池には橋などかけられておらず、船を使うか泳ぐかするほか、渡る術は存在しない。
「これほどの屋敷だ……秘密の脱出路の1つ2つ、あっても不思議ではないだろう」
「現状、娘がどこに幽閉されているかもわからないし……決行は式当日を待った方がいいだろうか?」
 式の当日ともなれば、見張りの兵も増えるだろう。
 しかし、娘を連れて逃げられたり、隠されたりすることを思えば、娘を救うにはそれが一番確実だろうか。
「こちらの人数は5人。多勢に無勢は間違いないな」
「うむ、作戦か……役割分担を決めるべきでござろう」
「持ち込むアイテムの選定も必要ですね!」
 短く言葉を交わした5人は、作戦を立て直すべく一時、その場を立ち去った。

GMコメント

●ミッション
捕らわれの娘を救出する


●ターゲット
・百合亜
 貴族に捕らわれた娘。
 小さな村に住む見目麗しい女性。
 夫と共に貧しいながらも幸せに暮らしていたが、貴族に見初められ誘拐される。
 夫や村人たちの命を盾に、望まぬ結婚を迫られている。


・アヤマロ
 百合亜を誘拐した貴族の男性。
 鷹狩りを趣味とする程度には弓の腕に優れている。
 強欲かつ好色ではあるが、それなりに腕は立つようだ。

徒弓:物遠単に大ダメージ、弱点
 移動しながら矢を射る技法。


・ウキョウ&サキョウ
 アヤマロに雇われている腕利きの用心棒。
 ウキョウは金の籠手を、サキョウは銀の具足を付けている。
 
戦陣闘法:物近単に特大ダメージ、失血、必殺
 太刀を用いた攻撃。
 斬るだけでなく、柄や鞘で殴打したり、首や腕を折りにかかることも……。

・雑兵×40
 雑兵。
 アヤマロの私兵。
 錬度が低いのか、さほどの強さは持っていないが数が多い。


●フィールド
 アヤマロの屋敷。
 池の向こうにある、教会風の宴会場。
 どこかに隠し通路があるようだ。
 正門から宴会場まではおよそ400メートルほど。
 池の幅は50メートルほど。
 おおまかな位置関係は下記のようになっている。

   宴会場


    池
 
 アヤマロの屋敷
    庭

 ―――正門――― 


●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
  

  • ありふれた不幸。或いは、愛を取り戻せ…。完了
  • GM名病み月
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2021年01月09日 22時05分
  • 参加人数5/5人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 5 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(5人)

伏見 行人(p3p000858)
北辰の道標
※参加確定済み※
咲々宮 幻介(p3p001387)
刀身不屈
※参加確定済み※
ウォリア(p3p001789)
生命に焦がれて
※参加確定済み※
日車・迅(p3p007500)
疾風迅狼
※参加確定済み※
ラクロス・サン・アントワーヌ(p3p009067)
ワルツと共に
※参加確定済み※

リプレイ

●第一幕・討ち入り
 さても悠々と歩き始めた1人の女性と4人の男。
 乾いた風に吹かれながらも、ただ前へ。
 空は快晴。太陽の光は煌々として、けれど空気は骨の髄まで染み込むほどにシンと冷えきる。ただ前へ前へ。5人ともに、澄ました顔で。けれどもしかし、その身より迸る怒りや憤りといった感情が、まるで景色を陽炎のように揺らがせる。
 遠目に彼らの姿を目にした、屋敷の門番2人は武器に手をやった。
 その日、門番の役割を担ったことが彼らにとっての不幸であろう。冷や汗が頬を伝う。震える声で、門番の1人は声を張り上げ誰何を告げる。
 怒声のようだ。
 咆哮のようだ。
 叫ばなければ、今にもその場から逃げ出したくなるほどの弱気の虫が腹の内で蠢いている。
「何用だ。ここをアヤマロ様の屋敷と知らんのか。貴様らのような下賤の者が、近づいて良い場所ではないのだ!」
 その言葉を受け、5名は揃って足を止める。
「ウォリア君、頼めるかな」
 と、そう告げたのは『貴方の為の王子様』ラクロス・サン・アントワーヌ(p3p009067)。男装に身を包んだ、金の髪の女性であった。
 アントワーヌの言葉に「うむ」とうなずき、鎧姿の巨躯が1歩前に出る。
「請け負った___いざ呵責無く」
 溶岩を溶かして固めたかのような、漆黒の鎧を纏ったその騎士はいかにも重厚な大剣を肩に担いで1歩、1歩と門へと迫る。
 騎士……『終縁の騎士』ウォリア(p3p001789)を迎え撃つべく、2人の門番は槍を構えた。けれど、ぽとりと彼らの手にした槍は次の瞬間、その足元に転がっていた。
「あ……へぇ?」
 何が起きたのか、分からないと言う顔をしている。それもそのはず。彼らは槍を確かに構えた。
 けれど、身体が、本能が、ウォリアに歯向かうことを良しとはしなかったのだ。
 震える手は、彼らの意思に反して槍を地面に捨てた。
「華々しきまでの「正義」、「勧善懲悪」……それも時にはある、と世に示してみるとしようか」
 鎧の騎士がそう呟いて、大上段から剣を落とした。
 轟音。
 粉砕された扉が砕け、門番たちは気を失う。
 そうして開いた屋敷の門を、5人は悠々と、さも友人宅を訪れるかのような気安さで潜り抜けたのだった。

 門が壊れた音を聞きつけ、兵士たちが武器を手に取り飛び出して来た。
 屋敷の庭に有象無象が集い、喚く。
 蟲の群れの合唱にも似て、思わず『精霊の旅人』伏見 行人(p3p000858)は小さな笑みを零していた。
「雑兵どもがわらわらと……ここは俺をウォリアに任せて、3人は精霊に付いて行くといい」
 チャリ、と鍔の鳴る音がした。
 刀を抜いた行人は、悠然とした足取りで雑兵たちへと向かっていった。
「それじゃあ、やろうか」
 その呟きは風に乗り、雑兵たちの耳朶を擽る。

 アヤマロの屋敷を抜けた先、広い池が視界に映った。
 池の手前には着流し姿の武士が1人。その手に付けた金の籠手と、腰から下げた刀といった特徴を見るに、アヤマロの雇った用心棒の片割れ……ウキョウであろう。
「侵入者か。なるほど、なかなかやるようだ。兵士たちでは手に余るだろうが……足止めさえもまともにできぬとは嘆かわしいな」
 刀を引き抜きウキョウは告げる。
「恋路を邪魔する者は馬に蹴られるそうですが……仲睦まじい夫婦の仲を無理矢理引き裂こうとは言語道断!」
 拳を強く握りしめ『狼拳連覇』日車・迅(p3p007500)が前に出た。怒りに燃える瞳を受け止め、ウキョウは呆れたように溜め息を零した。
「雇い主の事情だ。俺が知るものか」
 なるほど確かに、ウキョウの言うことはもっともだ。
 彼は金でアヤマロに雇われているに過ぎない。
 屋敷の主であるアヤマロがいかに悪行を働こうと、いかに人道に悖る人格をしていようと、彼はただアヤマロの命に従い、彼の指示のままに人を斬れば良いのだろう。
「邪魔する者あれば馬より強烈に蹴散らして、奥様を取り返してみせましょう!」
「邪魔をするのが仕事なのでな。そうやすやすとここを通すわけにはいかん」
 低く刀を構えたウキョウは待ちの姿勢を崩さない。
 彼の役目は侵入者の迎撃だ。侵入者に池を渡らせなければ良いのだから、自分から攻めに出る必要は無いのである。
「ふむ……宴会場で暴れに来たのだが、道を阻むというのなら手足の一本や二本は覚悟してもらおうか」
『血道は決意とありて』咲々宮 幻介(p3p001387)はチラと視線をアントワーヌへと向けた。
そうして彼は走り出す。その手には刀。
 一閃。
 力強い踏み込みと共に放たれた斬撃を、ウキョウは最小限の動作で弾く。
 ウキョウの姿勢が崩れた隙に、迅がその懐に潜り込む。握った拳による殴打はしかし、ウキョウの脇を掠めただけに終わった。
 直後、迅の脇を駆け抜けてアントワーヌが池に飛び込む。
 アントワーヌへウキョウの注意が向いた隙に、幻介はくるりと踵を返す。逃走……などではなく、向かう先は池の端。
 池を渡るアントワーヌ。
 池を迂回し式場へ向かう幻介。
 そして、眼前で拳を構える迅。
 別々の行動を取る3人の誰に対処するべきか。ほんの僅かな逡巡が、ウキョウの次に取る行動を鈍らせる。

●第二幕・愛を取り戻せ
 着飾り、並ぶ貴族たち。
 各々に配された豪華な膳と酒。
 式場の外には、貴族たちの護衛のために兵士が少数。それを指揮するは、アヤマロの雇った用心棒の片割れ、サキョウであった。
 参列者たちより一段高い位置に座った2人の男女。式の主役である新郎新婦だ。
 紋付袴姿の男の名はアヤマロ。
 白無垢を纏った女性は百合亜といった。
 百合亜は虚ろな瞳で、ただそこに座っているばかり。
(アヤマロ様も無体なことなさるものだな)
 俺には関係ないことだが、なんて式場を一瞥したサキョウは思う。
「……仕事の時間か」
 池を渡る小舟が一層。
 豊穣の地では見慣れる衣装に身を包んだ麗人が1人、こちらへ迫って来るのを視認し、サキョウは腰の刀を抜いた。

「私はね、互いに想いあって結ばれて幸せに暮らすお姫様と王子様の話が好きなんだ。そんな二人を引き裂いてあろう事か脅して無理やり結婚しようだなんて……」
 池の畔に降りた女性は、そんなことを呟いた。
 女性……アントワーヌの周囲を囲む無数の兵士を睥睨し、彼女は告げる。
「今とても私は怒っているよ」
 
 迫る兵士の脚を蹴る。
 倒れた兵士の顔面を踏みつけて、アントワーヌは高くへ跳んだ。
 雑兵程度の攻撃であれど、その身には数度の斬撃を受けた。肩に、背に、脚に負った傷からは血が流れ、白いシャツが朱に染まる。
 しかし、彼女は前進を止めることはしない。
 前へ、前へ。
 ただ、前へ。
「待っていてね、プリンセス。絶対に君を王子様の元へ戻してみせるから」
 頬を濡らす血を拭い、そう呟いた彼女の背後にサキョウが迫る。
 音もなく振り下ろされる凶刃。
 狙うはアントワーヌの白く細い首筋であった。
 一寸のぶれもなく振り下ろされるその刀は、アントワーヌの首を正しく切断するはずだった。
 それほどの技量。それほどの殺意がその斬撃には秘められていたのだ。
 けれど、しかし……。
「夫婦の仲を引き裂き、あまつさえ手籠めにしようとは……醜悪と言っても過言では御座らぬな。なぁ、お主もそうは思わぬか?」
 横合いから差し込まれた刀により、サキョウの斬撃は防がれる。

 走り去っていくアントワーヌをサキョウは黙って見送った。
 彼女を追うべく眼前の男に背を向ければ、刹那に胴を切断されると悟ったからだ。
「此度の拙者は、些か機嫌が悪い……無事でいられるとは思わぬ事だ」
 正眼に構えた切っ先が揺れる。
 腰を低くしたサキョウは中断に刀を掲げて見せた。
 静寂。
 周囲を囲む兵士たちの中には、2人の放つ殺意にあてられ気を失う者さえ出る始末。
「…………参る」
 静寂の終わりは、サキョウの放ったその一言。
 滑るように駆けたサキョウの掬い上げるような斬撃を、幻介は刀で抑え込む。しなやかにして強靭……折れず、曲がらず、まっすぐに。
 幻介の喉に刃が届かぬとみて取るや、サキョウは腕の力を抜いた。
 上半身は脱力し、しかしてその両脚は強く地面を蹴りつける。弾丸のような急加速。幻介の脇をすり抜け、サキョウはその背後へと回り込んだ。
 不安定な体勢からの、鋭い斬撃。
 力こそ乗ってはいないが、その速度はかなりのものだ。並みの剣士であれば、その一撃で首を落とされたかもしれない。
 そう、並みの剣士であれば……。
「随分と勝負を急くではないか。そんなに拙者が恐ろしいか? 安心せよ、殺しはせぬ……ただし、死んだ方がマシだとは思うやもしれぬで御座るがな」
 脇から背後へ腕を回した幻介は、振り返らぬままサキョウの刀を受け止めた。

 突然の乱入者に、式場はまさに大混乱
 逃げ惑う客に、蹴散らされる料理と酒。
 迫るアントワーヌを一瞥し、アヤマロは静かに弓を手にした。
「やあ、ごきげんよう。悪いけれど彼女には既に王子様がいるんだ。君の出る幕は無いよ」
 その言葉を耳にするなり、百合亜の瞳に光が灯った。
 そんな彼女に向け、アントワーヌはウィンクを投げる。美しい金の髪は血に濡れて、頬には殴られた痕さえ見える。そんな有様でありながら、アントワーヌは美しい。
 衣服や肌がいかに汚れていようとも、その内面の気高さには一寸の陰りさえないからだ。
 百合亜の目には、彼女の姿が輝いてさえ見えたのである。
 着飾り、外見をきれいに整えているだけのアヤマロには無い光。
 彼女こそが救世主。
 失意の底に沈んだ百合亜に、最後に齎された一条の光。
「お願い。私をここから、連れ出して」
 思わず、百合亜は手を伸ばし……。
「ふざけるな!」
 しかしその手はアヤマロによって掴まれる。
 百合亜を引き摺るようにして、式場の奥へと逃げるアヤマロ。アントワーヌは、急ぎその背を追いかける。

 斬られた傷は塞がった。
 罅の入った骨も既に繋がっている。
 その身は不滅。
 行人の意志が折れぬ限り、彼はきっと戦い続ける。
「花嫁が欲しいといって奪う風習が無い訳じゃあないけれども、今回は脅しだからなあ。筋が通らない」
 義理と侠。
 それを欠くことを行人は良しとはしなかった。
 混沌としたこの世界において、それは一等、美しい。
 ズタボロになってまで、百合亜を救おうとした男がいた。
 それに応じて、死地に飛び込む仲間がいる。
 で、あるならば……。
「ここでやらなきゃ、筋が通らんよな」
 行人の腹部を槍が貫く。
 その肩に刀が深く食い込む。
 四方を兵士に囲まれて、その身を斬り刻まれながら、行人はくっと肩を揺らして笑ってみせた。
 至近距離こそ、彼の領域。
 血を零しながら、刀を振るう。
 まるで、嵐の如き連撃が数人の兵士を斬り刻む。
「伏見行人、推して参る」
 血の雨に身を打たれながら、名乗りを上げた彼の元へ兵士たちが駆け寄った。

 無数の矢を浴びながら、ウォリアは兵士の元へと迫った。
 彼の行く先を舞う一陣の風。
それは行人の頼みを聞いて、案内役を買って出た風の精霊である。
 ウォリアの腕が兵士を掴み、その身を高く吊り上げる。喉を締め上げられた兵士の手から矢が落ちた。
 意識を失った兵士を屋敷へ投げ込んで、ウォリアは精霊の姿を探す。
 精霊がいたのは屋敷の縁側。厠へと続く薄暗い通りの一角だった。そこに何かあるのか、と視線を凝らしてみたところ、どうにも一部、壁の色見が違って見える。
「……魂も食えぬし、我ながら似合わぬ仕事ではあるがな」
 試しとばかりに、武器を一閃。
 壁を砕いてみたところ、現れたのは地下へと繋がる狭い階段。どうやら屋敷の秘密通路というものらしい。
「頼みの綱の用心棒も、数に任せた兵達も、貴様の屋敷も……一夜にして滅ぼしてくれよう」
 その蓋を殴りへし曲げて、ウォリアは屋敷に背を向ける。
 そうして彼の向かった先には、無数の敵を誘い集めた行人の姿。
「おう! そっちが片付いたんなら、俺ごとこいつらやっちまいな!」
「あぁ……加減はナシだ」
 掲げた腕に魔力が宿る。
 ごう、と火炎を巻き上げる。
 さながらそれは破壊の権化。
 兵士たちがウォリアの脅威に気づいた時にはすでに手遅れ。
「今宵の凶日に存分に恨むがいい」
 地面へ向けて叩きつけられた剛腕。
 衝撃。轟音。
 兵士たちと行人は、業火の渦の最中へ消えた。

 腹部から零れ落ちた血が、迅の足下に血だまりを作った。
 額から流れる脂汗が、頬を伝って血だまりに波紋を描く。
「ぐ……あぁ、存外に手間を取らされたな」
 池の畔。相対するウキョウも、全身に無数の痣を浮かべた状態だった。
 ふらり、と身体を左右に揺らすウキョウの腕から金の籠手が砕けて落ちた。
 トドメを刺すべくウキョウは刀を掲げたが、何を思ったかすぐに構えを解除した。
 直後、ウキョウの眼前で迅の身体がふらりとよろめく。
 白目を剝いて、血を吐いて……瀕死の重傷を負ったことは誰の目からも明白だ。
 意識の途切れた相手に対し、トドメの一撃を見舞う必要などないと、ウキョウは刀を鞘に納める動作へ移った。
 けれど…。
「まだ……終わってはいませんよ」
「何!?」
 【パンドラ】を消費し、意識を繋いだ迅は血だまりの中に膝を付く。
 その口からは滂沱と血を流しているが、瞳に燃える戦意は今だに消えず。
 手負いの獣。
 今の迅は、まさしくそれだ。
 だとすれば、地面に四肢を付いたその姿勢は獲物に飛びかかる寸前のタメであろうか。
 そのことにウキョウは気づき、刀を構え直したが……その判断は些か遅い。
 刹那。地面に足跡を刻み、弾丸のごとき速度で駆ける迅の拳がウキョウの顔面に突き刺さった。
 鼻の骨と前歯が砕け、白目を剝いたサキョウの身体は宙に浮き、盛大な水しぶきと共に池の中へと落下した。

●終幕
 倒れたサキョウを見下ろして、幻介は鮮血混じりに咳込んだ。
 その胸もとには一閃の傷跡。
 サキョウの一撃は、彼の骨を断ち内臓を抉るには至らなかった。
「雇い主もじきに捕まるであろう。主従ともども、刑部省の沙汰を震えながら待つがいい」
 さて、と刀を構えなおして幻介は周囲に視線を巡らせた。残党たちが、武器を手に手に集まって来る。手負いの幻介であれば下せると判断したのだろう。
 そういった意味では、サキョウの奮戦も無意味ではなかった。
 だが、しかし……。
「お前の咎を運んで来たぞ」
 地響きが一つ。
 池を超えて、上陸したのは黒鎧の騎士。
「お出ましか。行人殿はどうした?」
「怪我が酷かったのでな。迅と共に正門の護りを任せて来た……さて、兵どもよ。唯々諾々と従うしかない運命も、欲の儘に振舞う事を忠義と見誤る蒙昧も、オレが叩き潰してくれよう」
 残る敵はあと僅か。
 ウォリアと幻介を相手に、彼らが抵抗を止めるのにそう長い時間はかからなかった。

 ひゅおん、と風を切り裂く音が耳に届いた。
 回避のためにアントワーヌは身をひねる。けれど、そんな彼女の動きを読んでいたかのように、矢は弧を描きその膝に深く突き刺さった。
 それほどに精密な発射の連打。
 百合亜を盾に取られたことによる、行動の制限。
 狭い地下通路という、射手にとって絶好の戦場。
 幾つかの条件が重なった結果、アントワーヌは劣勢に立たされていた。
 けれど、しかし彼女は口元に笑みを浮かべて「大丈夫。安心して、目を閉じていて」と掠れた声でそう告げた。
「口だけは達者なようだな。だが、我が愛を阻んだ罰だ。せいぜい苦しんで冥土へ落ちろ」
 まったく同じ軌道で射られた3本の矢が、続けざまにアントワーヌの身に迫る。1本は腕を犠牲にして防いだ。1本は蹴り退けることに成功した。最後の1本だけが、その腹部を撃ち抜いた。
 地面に膝を突くアントワーヌは、けれどすぐに走り出す。
 あまりにも遅い。
 その隙に、秘密通路の最奥に辿り着いたアヤマロは百合亜の手を引き出口を塞ぐ蓋を押した。
「このような狭くて暗い場所、俺には似合わぬ。さぁ、来い娘。早々にここを出て……あ?」
 言葉を途切れさせたアヤマロは、困惑の感情を顔に浮かべた。
 本来であれば、容易に開閉するはずの蓋が開かないのだ。
「どうやら、私の仲間が出口を封鎖してくれたらしいね」
 狭い通路。出口は塞がれたアヤマロはつまり、逃走していたはずが追い詰められた袋の鼠となっていた。
 手には弓。けれど、肝心の矢は残り1本。
 その1本も、決死の覚悟で腕を伸ばした百合亜によってへし折られた。
「なっ……小娘が! 大人しくしておれば良いものを!」
 アヤマロの手が百合亜の喉を締め上げる。
 その、瞬間……。
「残念だけど、君と踊るのは彼女じゃない。黄金の薔薇だ!」
 アヤマロの身に突き刺さる無数の茨。
 咲き誇る黄色い薔薇が紫電を散らす。
 暗い地下室を、白に染め上げる閃光。
 意識を失ったアヤマロはしかし、茨によって壁に縫い付けられたまま倒れることも出来ないでいた。

「百合亜殿を無事に取り戻せたようですね」
「あぁ、これで大手を振って旦那さんのところに帰れるな」
 言葉を交わす迅と行人の足元には、捕縛された兵士たちが無数に転がっていた。
 半壊した屋敷の向こう、池を渡って戻って来るアントワーヌたちの姿が見えた。
 誰も彼もが傷だらけ。
 けれど、無事に生き延びた。
 その結果を確認し、行人は晴れ晴れとした笑みを浮かべるのだった。

成否

成功

MVP

ラクロス・サン・アントワーヌ(p3p009067)
ワルツと共に

状態異常

伏見 行人(p3p000858)[重傷]
北辰の道標
ラクロス・サン・アントワーヌ(p3p009067)[重傷]
ワルツと共に

あとがき

百合亜は無事に救出され、アヤマロたちは捕縛されました。
依頼は成功となります。

この度はリクエスト、ありがとうございました。
リプレイ遅くなってしまい申し訳ありません。
また、縁があれば別の依頼でお会いしましょう。

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