シナリオ詳細
千の貌を持つ男。或いは、其は果たして何者か…。
オープニング
●千面相
人の一生とは、なんと短いものだろう。
幼き日、名もなき孤児は友人の遺体を前にそんなことを考えた。
昨日は、自分たちの面倒を見てくれた老婆が死んだ。
その前の日には、貧民街に迷い込んできた女性が死んだ。
明日死ぬのは誰だろう。
それはともすると、自分かもしれない。
名前も無いままに一笑を終える。
そんなのは嫌だ。
けれど、しかし……。
「死なない……なんてことは絶対にありえない」
死なないために、自分は何をするべきか。
その日から彼は、死なないための方法を探しはじめたのだった。
ある時は街の長として。
ある時は貴族お抱えの占い師。
ある時は船乗り。
ある時は数多の戦場を渡り歩く軍師。
ある時は深き知恵を授ける賢者。
名もなき孤児であった彼は、数百年の長きに渡り歴史の影を、或いは日向を生き続ける。
死なないための方法を探し始めて、数十年が経過したころ、手に入れたある魔道具によるものだ。
のっぺりとした白い面の形をしたそれの名は“千貌”。
持ち主に1000の人格と、1000人分の寿命を与えるというものだった。
1000の貌と人格を持つ彼に名前は無い。
彼は自身の名を求め、数百年を生きた後にも終ぞそれは得られなかった。
それこそが“千貌”を持つ者の支払う代償である。
何者でもないままに長くを生きる。
やがて彼は疲れ果て……幻想沿岸部に孤立した小島、通称『監獄島』に収監されることとなる。
●名もなき囚人
「通称“千貌”と呼ばれる男が脱走した。どうやら近くを通りかかった旅船に乗り込んだようだが……まったく、収監直前に逃げだされるなど、油断が過ぎるな」
そう告げたレイガルテ・フォン・フィッツバルディは、詰まらなそうに吐息を零す。
監獄島へと向かう途中で、“千貌”は護送船から逃げ出した。
それを捕らえることが、イレギュラーズに課せられた任務となる。
「せめて魔道具を先に取り上げればよかったのだろうが、それもなかなか難しくてな。なにしろ千貌は既に、その者の顔に張り付き同化しているのだ」
1000人分の人生を生きるその者は、いかなる皮肉か既に“自分自身”を喪失しているのである。
誰かに成りすまさないことには、彼はもはや人生を謳歌することも出来ない。
「彼が求めているのは、劇的な死だ。歴史に名を残し、そして死ぬこと。千貌の名ではなく、彼自身の名を……」
とはいえ、千貌を手に入れたことでそれはもはや叶わない。
彼はもう、彼自身の名を得ることは出来ない。
「場所は船上。15名の船員の他、6人の男女が乗船している」
千貌はおそらく、その6名の誰かだろうとレイガルテは語る。
候補として絞られたのは以下の6名。
刀を得物とする旅の武芸者、キヨシロー。
双子の女旅芸人アン・バゼット&メアリー・バゼット。
放浪の画家、ゲルニカ。
強欲な旅商人、パンタローネ。
流れの医者、シップマン。
「千の貌……と言うが、成りすませるのは同じ時代に生きている誰かに限られる。あぁ、成りすませるのは何も外見だけでない。記憶もだな」
それぞれが一癖も二癖もある者ばかり。
“歴史に名を残す”ために、千貌はそういった人物に成り代わることを好むのである。
「加えて千貌は護送船より【致死毒】薬を持ち去った。十分に注意をしてほしい」
海上を進む旅の船。
乗り合わせるは6名の男女に、混沌戦士。
毒薬を持つ千貌が成り代わっているのは誰か。
「千貌を殺して、面を回収して来るように……何、そのためならば、何をしても構わない。まぁ、船ごと沈めたり、皆殺しにしたりなどされては、流石に庇いきれなくなるがね……」
と、そう言って。
レイガルテは、くっくと肩を揺らして笑う。
- 千の貌を持つ男。或いは、其は果たして何者か…。完了
- GM名病み月
- 種別通常(悪)
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年12月30日 22時01分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●其は誰でもあり、何者でもなし
海上を進む客船の甲板。
潮風を浴び、ウミネコの鳴き声に耳を傾ける男が1人。彼の名は『座右の銘は下克上』袋小路・窮鼠(p3p009397)。ツンツンとした頭髪と、鋭い目つきが特徴的なスリ師であった。
そんな彼の視線の先では、甲板の端に立ち瞑目する武士風の男、キヨシロー。
横目でチラとキヨシローの様子を伺った……次の瞬間、彼はギロリと窮鼠を睨む。
「おっと、剣呑剣呑。若いころに死ぬほどやったんだ、今更スリヲミスりゃしねぇが、タイミングってもんがあらぁなぁ」
慌てて視線を逸らした窮鼠は、そんな風にうそぶいた。
「予定通り、わざとぶつかり因縁をつけるか。俺は先にキヨシローの部屋を覗いてこよう」
窮鼠の背後。
扉の向こうから『探究の冒険者』サジタリウス・パール・カッパー(p3p008636)がそう告げる。数秒の後、足音もなくサジタリウスの気配が消えた。
船内を進む『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)に、見回りの水夫が視線を向けた。
「お嬢さん、きょろきょろして何かお探しですか?」
「あぁ、水夫さん。実は、この船には高名な画家の方が乗り合わせていらっしゃるとか。ぜひ絵を見せて欲しいと思って……」
「ははぁ? 確かに高名な画家の先生ではありますがね。悪名だって、なかなかのものですよ?」
「悪名?」
「えぇ。何でもね、彼の絵を買ったお偉いさんが何人も亡くなったって話でさぁ。巷じゃ、ゲルニカの呪いの絵、なんて噂されて……っと、いや、忘れてくだせぇ」
へへ、と誤魔化すような愛想笑いを浮かべ、水夫は立ち去っていく。一瞬、通りの最奥を指さしたのは、そこにゲルニカの客室があると教えてくれたのだろう。
「さて、ゲルニカさんが千貌か……」
「千人分の寿命と人格を持つなんて心が壊れてしまいそうなの」
どろり、と。
ドラマの隣、壁をすり抜け1人の少女が現れた。彼女の名は『溶融する普遍的な愛』Melting・Emma・Love(p3p006309)。桃色の粘液状の身体を持った旅人だ。
ドラマに先行し、Meltingは通路を進む。
すぅ、と景色に溶け込むようにあっという間にその姿は消えて見えなくなった。
貨物室の前では、2人の女性と船員が何やら口論を重ねていた。
「困りますって。お客さん。貨物室ん中にゃ、港に着くまでネズミ1匹入れられない規則なんですから。高価なもんだって積んでるんだしさ」
「だからさぁ、荷物を置きに行きたいだけなんだってば」
「融通の利かない人ですね。何? 賄賂でも欲しいわけ?」
「それか力づくでもいいんだが? あぁ、色仕掛けの方がお好みかい?」
女性たちの名はアン・バゼット&メアリー・バゼット。カウガール風の装束に身を包んだ旅芸人だが、船員を脅す様はどうにも一介の芸人風情には見えない。
「よぉ、いい得物を持ってるな。それに、わざわざ貨物室に置かなきゃならねぇほどの大荷を持ってる風には見えないが?」
そんな2人に声をかけるは巨躯の狼男。『揺るがぬ炎』ウェール=ナイトボート(p3p000561)の鋭い双眼に見据えられ、船員は頬を引き攣らせる。
一方、旅芸人2人はあからさまに苛立った表情を浮かべ、腰の銃に手を伸ばした。
「鉛弾に興味あんのか?」
一種即発といった空気が張り詰める。
「……ふむ」
なるほどな、と。
そう呟いたウェールの眼には、アン・バゼットが懐に隠した小さな小瓶が映っていた。
「その薬、どこで手に入れた?」
よっ、と一声。
船室の鍵を無理やり壊した『奏でる記憶』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)は、素早く客室の中に身を潜らせた。
客室といっても秋奈が借りているものではない。船の乗客の1人であるパンタローネという老商人の部屋である。
「毒薬の容器を持ち歩いていないと見たからね、泊ってる部屋に行ってみるのが一番よね」
薄暗い客室の中には、いかにも商人らしい大きなリュックや葉巻のケース、酒の瓶などが置かれている。どうやらそれらは売り物のようだ。
煙草や酒の類は、船の乗員たちにも売れるのだろう。
「毒薬って感じはしないねぇ」
秋奈の備えた【捜索】スキルでは、それらが目的の物であるかどうかは分からない。
きょろきょろと視線を巡らす秋奈の足元を、1匹のネズミが駆け抜けた。
「秋奈の方は順調か。さて、では私もお仕事お仕事っと。愉しみだねぇ」
食堂の片隅で茶をすすりつつ『胡乱な渡り鳥』東雲・リヒト・斑鳩(p3p001144)はそう呟いた。そんな彼の隣に座る顎髭の老人・パンタローネがチラと彼に視線を向ける。
どこか胡乱な……しかして、紳士的な雰囲気を纏う斑鳩に興味を抱いたのか。ともすると、斑鳩に商品でも売ろうと考えたのかもしれない。
「失礼。盗み聞きをするつもりはなかったのだが……そちらも仕事かな?」
「えぇ、少々面倒な仕事でね。大事にならないうちに納めてしまいたいのだけれど」
「はは。予定調和とはなかなかいかないものだ。あぁ、申し遅れた。儂はパンタローネ。旅の商人なのだがね。そちらは……薬師か何かかね? それにしては、物騒な物を持っているようだが」
と、そう言ってパンタローネは斑鳩の左脇へと視線を向けた。
その身に纏う薬物の臭いと、服の下に隠した銃を素早く見て取ったのだろう。
「そんなところさ。ご老人は旅の商人なのか。長くやっているのかな? どこの国も荒れているから、トラブルに巻き込まれることも多いのでは?」
「まぁ、そうさな。傭兵や盗賊を護衛に雇うこともあるが……今回は偶々時間が無くてな。こうした1人旅の途中で、不逞の輩にでも襲われないかとひやひやしているよ」
「ははは。なぁにこういう場所じゃあ往々にして”不幸な事故”なんてものが起きるものだからね。その気持ちは私にも良くわかるとも」
なんて、言葉を交わす2人の様子は一見して穏やかな風にも見えた。
その実、会話を通して相手の内面を見透かそうとする狸同士の化かし合いであるけれど。
『黒武護』ムスティスラーフ・バイルシュタイン(p3p001619)は、たるんだ腹をふるんと揺らしシップマンの部屋を訪ねる。
船内を一周した彼は、既に医者・シップマンとゲルニカ以外を【エネミースキャン】で観察し終えた後だった。予想通り、バゼット姉妹やキヨシローの戦力は高く、また隙も少ない。
パンタローネもなかなかに用心深い性質のようだと見て取れた。
「……なかなか重いお仕事だ、できる限り外したくはないね」
「ほう? 何を外したくないと?」
「……おや?」
通路の影からかけられた声。
直後、ムスティスラーフの喉元に突き付けられた刃の冷たい感触と、肌を裂く僅かな痛み。
それを成したのはキヨシローだ。
「先ほどからこそこそと、何をしているのやら。某を覗き見ていたな?」
淡々と。
それは尋問であった。
ムスティスラーフは答えない。仮に戦闘になったとしても、周囲には人の気配は無いため誰かに見とがめられる心配もない。
イレギュラーズのターゲットである千貌は、他人に成りすましているという。もしもキヨシローがそうだとしたら……遅かれ早かれ、始末して魔道具を奪いとることになる。
もっとも、出来る限り無駄な犠牲は出したくないので、時期尚早ではあるのだが……。
退くか、攻めるか。
ムスティスラーフが思案した、その直後。
「おう、俺のダチに何してくれてんだ? ただ、見てただけだろに、いちゃもん付けやがって。あぁ? 何か言えよ。何も言う事がねぇのか?」
何者かがキヨシローの背後から、ぬっと姿を現した。
刀を素手で握りしめ、そう問うたのはサジタリウスだ。
2人を交互に見やった末に、キヨシローは刀を引く。
「……騒ぎを起こしたいわけではない。少々、事情があって人に追われておるものでな。過敏になっていたようだ。許されよ」
チン、と鞘に刃の収まる音が通路に響く。
颯爽と歩き去っていくキヨシローの向いから、飄々とした足取りで窮鼠がこちらへやって来た。
●暗殺開始
カリカリと、木炭がカンバスを擦る音だけが響く。
薄暗い船室の中、椅子に腰かけたドラマの正面。集中した面持ちでカンバスにその姿を描くゲルニカがいた。
「あの、ゲルニカさんはどうして絵を描くようになったのですか? 私の場合は、長い一生の暇つぶしというのが主なのですが」
「…………」
ドラマの問いに返答はない。
ゲルニカの意識は、ただカンバスにだけ向いていた。その背後にMeltingが姿を現すが、しかしゲルニカは気づかない。
よほどに集中しているのだろう。
Meltingは静かに首を横に振る。
物質透過や自身のスキルを使い、Meltingは部屋中を調べていたが千貌が持つという【猛毒】薬は見つけられなかったらしい。
(なるほど……ゲルニカさんは白で間違いなさそうですね)
「絵の具の成分は毒が含まれている事があるけど……」
ぼそり、とそう呟いたMeltingは、そっと壁を透過して部屋を抜け出していった。
丸薬の詰まった印籠を手に、窮鼠は果てと小首を傾げた。
中に納まっているのは、どうやら痛み止めの薬のようだ。
「キヨシローはシロだな。次は、とりあえず毒薬持ってても違和感なそうな医者を狙おうかね」
「実力は高いが歴史に名を遺す器じゃなさそうだな。俺と同類だ……さて、次は医者の部屋か。一度護送戦から逃げ出した経歴もある。細心の注意を払う必要があるな」
「それじゃあ、僕が行こうかな。僕は腰をよく痛めるから」
「「……」」
診察してもらおう、と腰をさするムスティスラーフを、窮鼠とサジタリウスは何とも言い難い表情で見つめていた。
医者・シップマンの部屋へ向け3人が歩き始めた、その時だ。
ぱぁん、と。
貨物室の方向で1発の銃声が鳴り響いた。
「貨物室の方から音がしなかったか?」
銃声を耳にするなり、パンタローネが立ち上がる。
駆け出した彼を斑鳩が追った。パンタローネの持ち込んだ商品の多くは貨物室に積まれているのだ。
通路を駆けていくのは、何もパンタローネと斑鳩だけではない。銃声を聞きつけたキヨシローもまた貨物室へ向かっていた。
果たして、貨物室の扉の前では血を流すウェールと昏倒した水夫。銃を手にしたバゼット姉妹の姿があった。
「ぐっ……空気を吸い込むな!」
口元を押さえ、ウェールが叫ぶ。
咄嗟に立ち止まり、口元を押さえた斑鳩はともかくとして、先行していたキヨシロー、そしてパンタローネは意識を失いその場に倒れる。
「ちっ……人が集まってきやがった」
「構わないでしょ。さっさと目的のブツを盗んで逃げましょ」
都合4つの銃口がウェールへ向いた。
銃声。
そして血が飛び散る。
咄嗟に回避したウェールだが、いくらかのダメージを負っている。ウェールを援護するように、斑鳩は銃を取り出し発砲。
「どっちが千貌か知らないけど……まぁ万が一違ったとしても運がなかったということで諦めてもらうとしようか。ごめんねぇ」
薬品の詰まった弾丸が、アンの腕を撃ち抜いた。
よろけたアンを庇うようにメアリーが前へ。貨物室の扉を開けて、2人は中へと逃げ込んだ。
騒音を聞いて集まって来る水夫たち。
その中には秋奈やドラマ、窮鼠、ムスティスラーフの姿もある。
Meltingやサジタリウスの姿は見えないが、おそらく壁を透過し貨物室へ向かったのだろう。
数名の水夫が口元を押さえてよろけたのを見て、全員が貨物室から距離を取っていた。
そんな中、歩み出るのは1人の男。
灰色のコートに身を包んだ医師・シップマンだ。
彼は倒れていた水夫に近づくと、その手を取って暫し沈黙。ポケットから取り出した注射器を静脈に突き刺した。
「……強力な麻痺毒のようだな。命に別条はない」
診察と治療を終えたシップマンはそう告げる。
キヨシローやパンタローネの2人にも同様の治療を施すと、シップマンは貨物室の方へと向けて歩き始めた。
「……先の2人は私が追おう。幸い、薬物が効きづらい体質なのでな」
君たちは近寄らない方がいい、と。
そう言い残して去っていくシップマンに「待って」と声をかけたのは秋奈であった。
ゆっくりとこちらを振り向くシップマン。
秋奈はチラと、視線を窮鼠へと向けた。
「ねぇ、仲間が撃たれているんだよね。武器に毒とか塗ってあるかもしれないし、診てもらえない?」
「……ふむ?」
シップマンの視線が、血を流すウェールへと向いた。
その一瞬の隙を突き、窮鼠は彼に歩み寄る。
一方そのころ、倉庫内ではバゼット姉妹とMelting&サジタリウスが交戦していた。
とはいえ、物質を透過し移動する2人に対し、暗い貨物室の中ではバゼット姉妹の拳銃は聊か相性が悪すぎる。
身を隠していた木箱の中から伸びた拳が、アンの顔面を殴打した。
「っと、拘束させてもらうぜ」
サジタリウスだ。
アンの顔面を掴んだ彼は、腕を引いて木箱にアンの頭部を打ち付ける。意識を失ったアンを助けるべく、メアリーが駆けるが……。
「今まで疲れたと思うの。ゆっくり休むのがいいと思うの」
Meltingの囁く声と、メアリーの足元に広がる月光にも似た不気味な光。
苦悶するメアリーの腕を掴んだMeltingは、その顔面に手をかけて……。
「劇的な死を与えられるかは兎も角、優しく愛(殺)してあげるの」
「し、死!? な、冗談じゃないわ。どうして、私たちの邪魔をするのよ!? ここにある宝石はあんたらの荷ってわけじゃないでしょ?」
メアリーの言葉から、2人の狙いが積荷の強奪であることを知った。
どうやら彼女たちは、パンタローネが積み込んだ宝石を盗むつもりで行動を起こしたようである。
つまり、彼女は千貌ではないということだ。で、あるならば……。
「まぁ、活きのいい若造も居る事だ。向こうは任せておきゃいいか」
と、そう呟いてサジタリウスはアンとメアリーを捕縛する。
シップマンの懐から、窮鼠は1つの薬瓶を抜き取った。秋奈の【捜査】スキルは、シップマンを“怪しい”と捉えたようだ。
瞬間、窮鼠の手首を何かが切り裂く。
それはシップマンが手にしたメスだった。取り落とした薬瓶が割れ、赤黒い液体が床に散った。
「う……ぐ」
メスで斬られた窮鼠が吐血し膝を突く。どうやらメスには毒が塗布されていたらしい。
「毒!? 皆さん、避難してください!」
ドラマの指示を受け、船員たちが避難していく。意識を失った水夫やパンタローネたちを庇うように、ドラマは前へ。
「何者にも成れなかった彼等の物語に、終わりを与えましょう」
「彼が千貌で確定だね。シップマンを始末するよ」
ムスティスラーフを中心に、展開される淡い燐光がウェールと窮鼠の傷を癒した。
「びゅーんってやっから!」
メスを構えたシップマンへ、身を低くして秋奈が駆け寄る。その手には2本の刀が握られていた。
斬撃を回避し、メスで受け流しつつ、シップマンが後退していく。
「囚人の殺害と回収か……普段なら気が乗らないが」
依頼の成功条件は、千貌の殺害と魔道具の回収。
であれば遠慮する必要はないと、ウェールは火炎を纏った刀を抜き、シップマンへと斬りかかる。
秋奈とウェールの攻撃を回避しながら、シップマンはポケットに片手を入れた。取り出されたのは香水瓶。
中身はおそらく【猛毒】薬であろう。
小分けにしていたそれを地面に向けて放った、その瞬間……。
「っと。はっはっは! とんでもねぇ代物にとんでもねぇ奴ら、この世界退屈しなそうじゃねぇか」
するりと近寄った窮鼠が、その手から香水瓶を掠め取った。
シップマンの視線が窮鼠を捉える。
メスを逆手に握りしめ、窮鼠の腹部目掛けて突き出す。
直後、その手が血に濡れた。シップマンの腕に纏わりついたのは、ドラマの呼んだ怨霊だ。
「そりゃ私ちゃんだってなりたいもの沢山あるよ。でもね、好きなことばっかできないなら、そんなのぜーんぶ意味がない気がするんだなーっ」
一閃。
秋奈の刀が、シップマンの右腕を切り落とす。
「数百年も生きてさぞ疲れただろうねぇ。君という『存在』がいたことくらいは覚えといてあげるから諦めて死にたまえ……まぁ嘘なんだけどね」
銃声が鳴り、シップマンが血を吐いた。斑鳩の弾丸が、その脇腹を撃ち抜いたのだ。
よろけたシップマンに、焔の獣が襲い掛かる。
それを放ったウェールへと、シップマンは怒りの籠った視線を向けて……。
「まぁ、これで彼を満足させられるお仕事になったでしょ」
その胸部を、蒼い剣が貫いた。
●名も顔もなく屍を晒す
医師として多くの命を救うこと。
善人、悪人を問わずに命を救い、行く先々でトラブルを解決して回る。
そんな生き方が出来るのならば、それはまさしく英雄の所業。
シップマン……千貌が目指したのは、それだった。
だが……。
「長命である幻想種の私では、その魔道具に縋る気持ちを正しく理解するコトは出来ませんが……」
貴方はきっと間違えた。
面を剥がされた男の遺体には、目も鼻も口も存在しない。それらはすべて、千貌という魔道具に奪われてしまっているのであった。
ぴくりとも動かぬ遺体へ向けて、ドラマが告げたその言葉は、死人の耳に決して届かず、そして何ら意味のないものだ。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れさまでした。
千貌の殺害と“千貌”の回収に成功しました。
軽症者3名、逮捕者2名、死者1名といった結果です。
証拠品は実際に奪って確認するのが一番ですね。
この度はご参加、ありがとうございました。
お楽しみいただけましたでしょうか。
また、別の依頼でお会いできれば幸いです。
GMコメント
●注意事項
この依頼は『悪属性依頼』です。
成功した場合、『幻想』における名声がマイナスされます。
又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。
●ミッション
千貌の殺害&魔道具“千貌”の回収
●ターゲット
・千貌を持つ男×1
名もなき男。
魔道具“千貌”の持ち主であり、男女問わず何者にでも成りすませる。
1000人分の名と寿命を持つが、殺せば死ぬ。
監獄島の毒薬:神近単に大ダメージ、致死毒
武器に塗布したり、飲食物に混ぜたりして使う毒薬。
・キヨシロー
着流し姿の剣士。
得物は大太刀。
武者の太刀:物至単に大ダメージ、失血
大上段から振り下ろされる斬撃。
・アン・バゼット&メアリー・バゼット
性悪の旅芸人。
カウガール風の格好をした双子の姉妹。
両手に持った拳銃による曲撃ちを得意としている。
曲撃ち:物中範に中ダメージ
リズミカルな連続射撃。狙いが非常に正確。
・ゲルニカ
旅の画家。
長い髪を後ろでひとつに括っている。中性的な見た目をしており、性別不詳。
彼の扱う絵具には対象に【不運】を付与する効果がある。
・パンタローネ
砂漠を拠点とする旅の商人。
顎引けを生やした長身痩躯の老人。
老齢であるが、鋭い観察眼と商才を持つ。
護身用に拳銃を持っているが、荒事は得意ではないようだ。
・シップマン
コートを着込んだ医者。
背丈は低く、身体は細い。
非常に無口ではあるが、腕は確かな模様。
状態異常の回復を得意としている。
●フィールド
旅船。
全部で20の客室と、20の船員部屋。
大きな貨物室。
食堂。
操舵室。
といった設備がある。
貨物室、操舵室、船員部屋以外の場所は自由に通行可能。
上気3室の前には見張りが立っている。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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