シナリオ詳細
アニーちゃん。或いは、夢見る機械…。
オープニング
●夢見る機械
白い世界。
濃霧に包まれた街並み。
人の気配はどこにもない。
霧に遮られているせいで、視界もせいぜい5メートル程度しか通らない。
霧の中には蠢く巨影。
細い体に、細い脚。
頭部から伸びた触覚に、鎌のように曲がった前肢。
そのシルエットはカマキリに似ていた。
否、カマキリだけではない。
霧の中にいる巨大生物……巨大昆虫の数は膨大。
それらはゆっくり、こちらに近寄り……。
「っと、なるほどなるほど。これはひどいな」
ところは練達。
郊外に建設された研究所にて、1人の女性が首を傾げる。
白い髪をした彼女の名は“ドクター・ストレガ”。
魔女の装いに身を包んだ発明家であった。
「どうにも様子がおかしいねぇ? 設計では、もっとこう……ハッピーな夢が見られるはずだったのに」
そう呟いた彼女の手には1枚のシャーレが置かれていた。
シャーレの中では、体長2~3センチほどの、まるで糸のような蟲が蠢いている。
否、それは蟲ではなく小型の機械だ。
ストレガが開発した安眠導入装置……開発ネーム“アニーちゃん”。
睡眠時に、人の脳に干渉し幸福かつ安らかな夢を見させる発明品であった。
睡眠障害や悪夢に悩む者の助けになればと思い造ったものだが、実験の結果、ある欠点が見つかった。
それは、アニーちゃんによって見せられる夢の内容が、ひどく不気味で、おぞましいものであるということだ。
「濃い霧に、霧の中を蠢く怪物……設定を初期化しようにも、外部からの干渉は遮られている……と」
困ったねぇ、と。
そう呟いて、ストレガは手にしたシャーレを机に置いた。
アニーちゃんは、すべての個体で夢を共有する性質を持つ。
アニーちゃんは学習する。
アニーちゃんは生きている機械だ。
だからこそ、設計外のエラーが起きることもある。
霧に覆われた街や、そこに蠢く昆虫たちはサンプリングしたストレガの夢が元になっている。
アニーちゃんが、何者かに悪用されることが無いように……そう考えて仕込んだ防衛機能である。
悪夢の原因は、つまりその防衛機能の暴走である。
「……こうなると、一旦、アニーちゃんをリセットするしかないわけだけど」
そのためには、夢に入って防衛機能……つまり、霧に包まれた街と巨大昆虫の群れを駆除する必要がある。
けれど、残念ながらストレガにはそれを成すだけの力がなかった。
「こりゃ、人を雇うしかないか。あ、そうだわ。ついでに幸せな夢のサンプルも集めちゃおうかしら!」
なんて、それが名案であるかのようにテンション高くストレガは言う。
早速とばかりに依頼書の文面を考え始めた彼女の背後。
アニーちゃんがシャーレの中で、ぐにゃりぐにゃりと蠢いていた。
●夢の世界
脳とは実に不思議なものだ。
一説によると、人の脳は普段10%かそれ以下の割合しか使われていないとも言われている。
また、思い込みによって普段以上の力が発揮されるケースも確かにあった。
たとえば催眠術。
或いは、暗示。
それは時として“火事場の馬鹿力”などと呼ばれることもある。
「事故に逢う夢を見てショック死した……なんて話を聞いたこともあるわ。今回の任務においてもそれは同様。所詮は夢の中での出来事、なんて油断をしない方がいいわね」
集まったイレギュラーズに視線を向けて『色彩の魔女』プルー・ビビットカラー(p3n000004)はそう言った。
つまり、夢の中で大怪我を終えた、現実で眠っている本体にも悪影響が及ぼされるということだ。
「今回、貴方たちに向かってもらう先は夢の中よ」
場所はストレガの研究所。
ベッドの並んだ広い部屋が作戦本部ということになる。
「アニーちゃんを身に付けて眠れば、ストレガが皆の夢を繋げてくれるのですって」
そうして夢の中……濃霧に覆われた首都セフィロトで合流し、街に蔓延る巨大昆虫を駆除する。
それが任務の内容だ。
昆虫たちの数は膨大。
霧の中から無限に湧いて来るそれを、駆除し続けることでアニーちゃんの防衛機能は低下する。
それに伴い霧も薄くなるだろう……と、プルーはイレギュラーズへ告げた。
「30体ほど駆除すればいい、とストレガは言っていたわね」
霧がすっかり晴れてしまえば任務は成功。
アニーちゃんの記録をリセットできるはず、とプルーは告げる。
「あぁ、それとね。ストレガからの伝言だけど……」
『よければ君たちの夢をサンプリングさせてほしい。何、やってもらうことは簡単。各々が幸せに感じることや情景を強く思い描いてくれればそれでいいのさ』
「……ですって。ともすると霧の中に貴方たちの夢が反映されることもあるらしいけど……まぁ、問題はないでしょう?」
何しろそれは、きっと幸福な夢なのだから、と。
そんな風にプルーは呟く。
「夢の中の昆虫たちはどれも巨大なものばかり。【狂気】や【呪い】、【猛毒】、【失血】といった状態異常には注意してね」
カマキリの巨大な鎌に、切り裂かれることもあるだろう。
ムカデや蜂の持つ毒に、苦しめられることもある。
カブト虫の怪力に、人は拮抗できるのだろうか。
バッタの動きに翻弄されることは容易に予想がついた。
「とはいえ、貴方たちなら大丈夫でしょう」
どうぞ皆さん、良い夢を。
なんて、冗談めかしてそう言って。
プルーはくすりと微笑んだ。
- アニーちゃん。或いは、夢見る機械…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年12月26日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●アニーちゃん
黒いドレスにウィッチハット。
顔色の悪い妙齢の女科学者が、イレギュラーズに笑顔を向けた。
「やぁ、よく来てくれた。君たちが私の実験を手伝ってくれるのかな?」
「えぇ、そうよ。ストレガお姉さんったら、また楽しそうな機械を作ったのね!」
所は練達。
科学者ストレガの移動研究所“ソシエール”の一室である。『玩具の輪舞』アシェン・ディチェット(p3p008621)は白く無機質な部屋をぐるりと興味深げに眺めて回った。
そんな彼女の様子を見守るストレガの表情は、眠たげで、そしてどこか嬉し気だった。ストレガ自慢の研究所に興味を抱いてもらえることに喜びを感じているのだろうか。
「えぇ、とても素敵で楽しい発明品なのよ。今は少しエラーが出てしまっているけれどね」
と、そう言ってストレガは手元のスイッチを操作する。
途端に部屋の明かりが消えて、代わりに部屋の壁にパっと映像が映った。どうやらこの部屋、壁一面がモニターらしい。
部屋の奥には8つのベッド。
そこに眠る者の夢をモニターで観測する仕組みとなっているようだ。
「説明はもう聞いている? 夢の中で蟲退治をしてもらうってだけの簡単なお仕事なんだがね。そうすれば、この“アニーちゃん”をリセットして、正常な状態に修復できる」
なんて、言って。
ストレガはローテーブルの上に置かれたシャーレをそっと取り上げた。
「あの……それどうする気?」
「また虫だー!ㅤやだもー!ㅤゴキブリだけじゃなくなってるしー!ㅤていうかアニーちゃんがもうやだ。虫じゃん!」
元より白い顔色を『白い死神』白夜 希(p3p009099)はより一層に白くして、シャーレの中を凝視した。
瞳に涙をうるっと溜めて『羽衣教会会長』楊枝 茄子子(p3p008356)は悲鳴を上げる。茄子子に比べ、希は幾分冷静に見えるが、或いはショックで言葉が出ないだけかもしれない。
シャーレの中には2、3センチほどの白い線蟲……線蟲型の機械がうぞうぞと蠢いていた。ストレガはそれを“アニーちゃん”と呼称したが、どこからどう見てもアニサキス。魚類に寄生することで知られる寄生虫である。
「あぁ、扱いには気を付けてほしいなぁ。極低温や加熱に弱いんだよ、アニーちゃんは」
やはりそれは、アニサキス。
「あの、コレ、本当に付けないといけないの?」
シャーレの中身を指さして『貧乏籤』回言 世界(p3p007315)はそう問うた。世界の頬は引き攣っている。きっと世界は理解している。アニーちゃんの使い方というものを。
「こめかみ辺りに乗せればいいよ。後は勝手に脳の近くまで侵入して、脳波に干渉……夢を見せてくれるから」
世に人はそれを“寄生”と呼ぶのだ。
「それでまぁ、今回は君らの夢をリンクさせる。集団幻覚ってあるでしょ? あれの夢バージョンみたいなものだよ」
「……マジか」
と、肩を落とした世界を押しのけて『艶武神楽』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)はシャーレの中からアニーちゃんを摘まみ取る。
「昔から虫もそこまで嫌いではない性質でな。さぁ、害虫駆除と行こう」
颯爽と肩で風を切りながら、ブレンダは一路ベッドへ向かう。白いシーツの敷かれたベッドに横たわり、躊躇いもなくアニーちゃんを耳の上に置いた。
うぞうぞと蠢くアニーちゃんが、ブレンダの耳の上から皮膚の下へと潜り込む。その際、皮膚に小さな穴が空いたが、しかし僅かの痛みは無いようだ。
目を閉じてほんの数秒後、アニーちゃんがブレンダの脳に干渉を開始。すぅ、と静かな寝息を立てて、彼女は夢の世界に旅立った。
信じられないものを見る目で、希と茄子子、世界の3名はブレンダの穏やかな寝顔を凝視している。怖いもの知らずもここま来ると、一周回ってその精神性こそが何より一等恐ろしい。
ところ変わって夢の中。
咥え煙草で紫煙を燻らせ『『幻狼』灰色狼』ジェイク・夜乃(p3p001103)は、愛銃のマガジンを確かめる。
「現実ってのは辛いことばかりだ。せめて夢の中だけでも、ハッピーな気分を味わいたいと思うのは誰だってそうだろ……俺だってそうさ」
自嘲するかのように零した薄い笑み。
視線の先には濃い霧と、その中で蠢く巨大昆虫の姿があった。
「ハッピー云々はともかくとして、興味深いのは確かですね。折角の機会です。夢の中で暴れるのも一興でしょう」
張り付けたような微笑みを浮かべ『新たな可能性』ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)が前に出た。一見すればスーツ姿の優男。しかしてその歩法は武芸をたしなむ者特有のそれである。
「ほぉ?」
と、感嘆の声を零したのはブレンダだ。
ウィルドの正体が、見かけ通りの優男ではないと気付いたのだろう。
「な、何でもいいから、さっさと終わらせて帰りましょう。し、質の良いオカルトとか、と、都市伝説とか……どうせ夢に見るのなら、そういうのを見られたら……いいかなぁ……って」
そそくさとブレンダの背に隠れるように後退し『非リア系魔法少女』黒水・奈々美(p3p009198)は、蚊の鳴くような声量で、そんな言葉を捲し立てる。
「オカルトって……あぁいうの?」
と、霧の中を指さしながら、奈々美に向けて希は静かにそう告げた。
●混ざり合う夢
奈々美はそれに覚えがあった。それは、以前にある依頼で遭遇した“くねくね”という名の怪異である。
ゆっくりと近づいて来たくねくねが霧の中から姿を現す。
遭遇すれば、ただそれだけで精神力が減少する。くねくねとはそんな性質の怪異であった。
「み、みんな……あれを見ちゃ駄目!」
くねくねの危うさを理解している奈々美が注意を喚起するが、しかし既に手遅れだった。
霧の中から現れたのは、白い身体をくねりくねりと左右に揺らす巨躯の線蟲。
「……いや、え? これ、アニ……」
くねくねに似た動きをしてはいるものの、それは巨大なアニサキス。
「ゆ、夢を汚す悪しきがいちゅ……って……あ、あっちいってぇ……!」
手にした護符に魔力が籠る。今にも大技を放たんとする奈々美を制し、ウィルドが前進。
どうせ大技を使うのなら、大勢の蟲を巻き込めるタイミングで行うべきだ。
「さて、と。では私がお相手しましょうか。ムシケラ諸君?」
スーツの襟を緩めつつ、胡散臭さの滲む笑顔でそう告げた。
直後、霧の中から飛び出した刃がウィルドを裂いた。
斬られた肩を抑えつつ、ウィルドは慌てて数歩横へと移動を開始。その後を追って霧中から姿を現したのは巨大なカマキリであった。
さらにウィルドを追うようにして、数体の巨大アリが現れる。ガチガチと顎を鳴らし、威嚇の咆哮。
跳びかかって来た1体を盾で受け止め、ウィルドは数歩踏鞴を踏んで後退る。
盾役兼囮役を務めるウィルドに蟲の攻撃が集中している。
茄子子による回復サポートは充実しているが、それでも敵の数が多い。じわじわと体力を削られていくウィルドを援護するべくジェイクは両手に銃を構えた。
ウィルドに信を置いてはいるが、だからといって目の前で傷つく仲間の窮地を見て見ぬふりなどできるものか。
ジャケットの裾を翻し、前に翳すは『狼牙』と『餓狼』の名を付けた愛銃。
轟音。火花が散って、大口径の鉛の弾丸が撃ち出される。
回転しつつ速度を上げる弾丸と、ジェイクの顔横を弾けていった空の薬莢。
霧を突き破り飛ぶ弾丸が、今まさにウィルドの背後から喰らい付こうとしていた巨大バッタの後肢を撃ち抜く。
直後、悲鳴を上げて倒れたバッタの真上を跳んで、何かがジェイクへと迫る。
薄い身体に目にも止まらぬ超加速。
黒光する体のそれは、キッチンの悪魔の異名で知られる害虫たちの王……ゴキブリであった。
後衛の位置で、世界は霧の中を睥睨。
確認できるだけで10近い蟲が蠢いているのが分かる。そのうち1体、脚の折れたバッタがブレンダの剣に斬り捨てられて動きを止めた。
「うん、さすがにデカい虫は気持ち悪いな」
1体を仕留めた程度では、まだまだ霧は薄れない。囮役を務めるウィルドに【イオニアスデイブレイク】を付与するべく、世界は数歩前に出た。
射程内にウィルドを捉えた、その直後……。
「うぉ!? こんなのもいるのか……!」
巨大昆虫たちの足元をすり抜けるように、巨大なムカデが世界へ襲いかかるのだった。
「こうも蟲が多いと霧も少し嬉しいかしら……だって見渡す限り虫だらけの街だなんて本当に夢に見てしまいそうだもの!」
銃声は1発。
ジェイクへ迫ったゴキブリの眉間を、アシェンの放った弾丸が射貫く。
額を穿たれ、大きく仰け反ったゴキブリの腹部へジェイクは連続して数発の弾を撃ち込んだ。腹部を穿たれ、体液が飛び散る。
「うぇぇ、なんか変な汁付いてない!? 気のせい? 気のせいじゃなくない!?」
茄子子が悲鳴を上げているが、彼女はとりあえず無傷のようだ。
なお、精神的なダメージについてはアシェンの知るところではない。
「せめてもう少し霧が晴れれば、皆さんも広がって戦えるようになってくると思うのに」
なかなか数が減らないわ、と。
そんなことを呟いて、アシェンはライフルのスコープを覗く。
次の獲物……世界を追い回すムカデに狙いを定めると、そっとトリガーを引き絞った。
ウィルドの足元を、カマキリの鎌が薙ぎ払う。
ウィルドはそれを跳躍で回避。さらに、空中から迫る蜂の針を盾で弾いた。
その直後、霧の中から伸びた鎌腕が、ウィルドの肩から胸部にかけてを挟み込む。鋭い棘が皮膚に食い込み、ウィルドの骨がミシと軋んだ。
2体目のカマキリに捉えられたウィルドの元に、無数の蟲が接近。回避も防御も間に合わないまま、その背をバッタの顎が抉る。
「おっと、しくじりましたね……」
口調は軽いものなれど、負ったダメージは膨大だ。
しかしカマキリに捕らわれた状態では退避もままならない。
そんな彼を救出すべく希が行動を開始した。
プリン。
それは魅惑の甘味。
スプーンで突けばふるんと震える黄色いボディ。とろりとかかったカラメルソースの香ばしい香りと苦みが、プリンの甘さをより一層に引き立てるのだ。
プリン。
それはまさに、神がこの世に遣わした幸福の食物。
例えば、黄金のリンゴ。
例えば、アムリタ。
例えば、ソーマ酒。
例えば、キュケオーン。
そして、至高の筋肉☆プリン。
そんなプリンがぎっしり詰まった樽を抱えて希は駆けた。何しろ樽一杯のプリンは重く、助走なしでは投擲できないのである。
「蟲が一ヶ所に集まってくれると楽なんだけど」
宙を舞う樽。
重力に引かれ落下していくそれに向け、希の影がしゅるりと伸びた。槍のように形を変えた希の影が、樽を砕いて中身のプリンをまき散らす。
地面に落ちた飴やアイスに蟻が群がる光景を、きっと見たことがあるだろう。
直後、希の目の前で起きた光景はまさにそれの再現だった。
プリンにあり付けなかった蟲たちが、その発生源たる希の元へ迫って来る。「ひっ……」と悲鳴をあげて希は1歩後退さった。
「うおー! こっちこないで気持ち悪いー!!」
迫る蟻の群れに向け、茄子子の放った風の刃が降り注ぐ。ウィルドを捉えたカマキリの腕が斬り落とされる。
「すいませんが、あとはお任せしますよ」
解放されたウィルドは急ぎその場を退避。
血を零しながら駆けるウィルドの背に向かい、1匹の蟻が跳びかかる。
「ちょっと、虫連れて来ないでよっ!」
悲鳴をあげる会長。庇うようにブレンダが前進。ウィルドの横を駆け抜けると同時に蟻の胴を剣で切り裂く。
後方に迫る蟻の群れのただ中へ、長剣2本を構えた彼女は駆けこんでいく。
氷の欠片と暴風を巻き上げ、剣を振るうブレンダ。
その様はまるで小さな台風か何かのようだ。
「どれだけ湧いて来るかは知らんが無限ということもあるまい。斬り続ければ終わりも見えるはずだ!」
斬られた脚が、噴き出す体液が飛び散る中、荒々しく暴れ回るブレンダを世界と茄子子は若干引いた顔で見つめていた。
蟻に腕を齧られながら、その身に体液を浴びながら、けれど彼女は暴れ続ける。
どんな人生を歩んだら、これほどの怖いもの知らずがこの世に誕生するのだろうか。
「ふ、ふひひ……! が、害虫は……ふ、ふきとんじゃえっ……⁉」
プリンに集る蟲の群れへと、護符を投げ入れる。
護符より溢れる膨大な砂。
巻きあがる暴風によって、現出するは砂塵であった。
霧も、蟲も、瓦礫も何もを巻き込んで……。
「うひっ、ひひひひ!!」
数を減らす蟲の群れを見る、奈々美の瞳はぐるぐるしていた。
●霧の中から
薄れていく霧の中、誰かの影がブレンダのもとへ歩み寄る。
「ん? あれは……」
その背丈や体躯、身に纏う雰囲気は数ヵ月前に知り合った1人の騎士に酷似していた。
姿さえはっきり視認できない中で、ブレンダは正しくその影が誰のものかを理解したのだ。
その影が、ブレンダに向けゆっくりと片手を持ち上げる。
親し気なその挨拶に応えるように、ブレンダは剣でその胸を貫いた。
「彼がこんなところに居るはずがないし、この程度の突きに対応できないはずが無いだろう……だがまぁ、この仕事が終わったら会いに行ってもいいな」
剣の切っ先に視線を向けて、ブレンダはそんなことを呟いた。
アシェンの放った弾丸が、巨大芋虫の額を穿つ。
大きく仰け反り、地面をのたうつ芋虫の横を白馬に乗ったテディベアが駆け抜けた。
「あら、おおきなぬいぐるみ。とっても可愛いのだわ」
「でも、横の芋虫は無理…………あれだけは絶対に無理だから」
芋虫の群れが霧の中から迫り来る。
次々にそれを撃ち抜くアシェンの隣で、希はくるりと踵を返して逃げ出した。
そんな彼女の視線の端に映る3人分の人影。
それは、遥か遠い過去に失った家族の姿のようにも見えて……。
「夢の中だけれど、一目会えて……」
“頑張って”
そんな言葉を聞いた気がして、希はくすりと微笑んだ。
甲虫のそれに似た外骨格に、鋭い棘を備えた4本の腕。妖しく光る昆虫の目。後ろに流れる黒い髪。夢と昆虫とが混ざり合ったその異形にはウィルドの面影が窺えた。
4本の腕より繰り出される殴打の嵐を浴びたウィルドが、血を吐き地面に膝を突く。
「絶対的な存在になることが私の夢とはいえ……バケモノになった自分に打たれて膝を突くとは、何とも皮肉な」
「うぉぉ! 負けないで! キミが負けたら、そいつが会長のところに来ちゃうじゃない!!」
「ほら、耐久力あげてやるから!」
血を吐き、よろめくウィルドの身体に淡い燐光が降り注いだ。
茄子子による回復と、世界によるサポートだ。
地面に膝を突いたまま、ウィルドは昆虫人間の顎へ拳を振るう。ガツン、と衝撃がウィルドの腕を痺れさせ……昆虫人間は、霧に溶けるようにして消えていった。
ジェックのばら撒く弾丸を、巨大な蜂は右に左にと回避する。
臀部の先の鋭い針を、ジェックの腕に突き刺して……。
「生憎と毒は効かないもんでね……さぁ、これで終わりだ!」
銃声。
ゼロ距離から額を射貫かれ、巨大蜂は息絶える。
「残りは僅かね……一気にく、駆除を目指すわ」
紫の髪が風に靡いた。
奈々美が腕を振るうと同時、解き放たれるは渇いた砂塵。
宙を舞う蝶や蜂を膨れた砂塵が飲み込んだ。
すっかり霧の晴れた中、浮かび上がるは練達の街並み……なのだが、立ち並ぶ建物はどれもクッキーやチョコレートといった菓子で出来ているようだ。
かと思えば、街の真ん中にぽっかりと草原が広がってさえいる。暖かな陽光が降り注ぐ長閑な光景。
世界と茄子子の思い描く「幸福」が混ざり合った結果生まれた光景だ。
「なんでもない日になんでもないような事をして過ごすって幸せだよね。会長そろそろ休みたいな」
陽光に誘われるように、ふらふらと茄子子が草原に向かう、その刹那。
ブツン、と。
全員の視界が黒に染まった。
「やぁ、お疲れ様。おかげでアニーちゃんのリセットが出来た。助かったよ」
目を覚ました8人にストレガはそう言葉を投げた。
咥えた煙草に火をつけて、ジェックは大きなため息を一つ。
「ひどい夢だったよ。妻が待つ我が家で気持ちよく眠りたいね」
「同意だな。今夜は悪夢を見そうだよ」
疲れた顔で、世界が呟く。
そんな世界とジェックへ向けて、ストレガはどんよりとした笑顔を向けて、こういった。
「それならアニーちゃんをプレゼントしよう。何、リセットはかけたからね。きっと良い夢が見れると思うよ」
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
皆さん、いい夢見れていますか?
無事にアニーちゃんのリセットが完了しました。
依頼は成功です。
皆さん、蟲は好きですか?
私は苦手です。
この度はご参加ありがとうございました。
また別の依頼でお会いできればうれしいですね。
GMコメント
●ミッション
巨大昆虫30体~の駆除
●ターゲット
・巨大昆虫×30~
霧の中で蠢く巨大昆虫。
カマキリ、ムカデ、蜘蛛、蜂、Gなどその種類は多岐にわたる。
昆虫を倒せば倒すほどに霧は薄くなっていく。
およそ30体ほど駆除すれば、すっかり霧も晴れ、悪夢を見ることも無くなるだろう……と、ストレガは予想している。
餌食:神至範に中ダメージ、流血、狂気or呪いor猛毒
昆虫たちによる捕食行動。
・ドクター・ストレガ
黒いドレスにウィッチハット。
顔色の悪い妙齢の女性科学者。
世のため人のため、をモットーに日々発明にいそしんでいる。
アニーちゃんの完成度をあげるため「幸せな夢」のサンプルを収集したいらしい。
・安眠導入装置“アニーちゃん”
体長数センチほど。
白い線蟲型をした小型の機械。
脳に干渉し、宿主に幸福な夢を見させるという機能を持つ。
また、全てのアニーちゃんは情報や記録を共有するという性質を持つ。
その性質を応用すれば、他人の夢と自分の夢をリンクさせることも可能となる。
※現在は予期せぬエラーに見舞われており、見ることの出来る夢は「霧に覆われた街と、そこで蠢く巨大昆虫」といったものだけ。
●フィールド
アニーちゃんの見せる夢の中。
霧に覆われた練達“首都セフィロト”の街。
濃い霧のせいで、しっかりと視認できるのは半径5メートル程度。
昆虫を討伐することで、霧は次第に薄くなっていく。
また、参加者の考える「幸福」が霧の中に現出することもあるだろう。
夢を見させるアニーちゃんがエラー状態であるため、それは少々歪に改変された「幸福」となるかもしれない。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります
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