PandoraPartyProject

シナリオ詳細

52ヘルツの鯨

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 その日、アクエリア周辺の治安視察のために訪れていたカヌレ・ジェラート・コンテュールは『予想外の人物』と出会った。
 コン=モスカの『総主祭司』であるサンブカス=コン=モスカその人である。
「ご機嫌よう。サンブカス……貴方がこんな所にいらっしゃるだなんて」
「ああ、これはこれは、カヌレ様。
 コン=モスカの聖域でもあるオパール・ネラに隣接した場所でしてね。そこで『不思議な音』が聞こえるというので調査に来たのですよ」
 カヌレは彼を見て少しばかり痩せただろうかと見遣った。その様な細事は二人の娘に任せていた記憶がある。器たる娘は竜の波濤のうたごえを響かせて姿を消し、祭司長の座についていた娘は『大嫌い』な特異運命座標になったと聞いた。
(そう言えば……。ああ、このようなことは、カタラァナ様達のお仕事だったのでしょうね。
 表舞台に戻られたとは聞いていたけれど。領内を見て回る程に前線に立っておられるとは予想外でした)
 表情は崩さずに『兄の教えの通りの貴族然とした微笑』を浮かべたカヌレは「そうなのですね」と頷いた。
「それで、事情はお分かりですか?」
「娘に声を掛けようかと。それと、彼女の友人(ローレット)にも手伝っていただきたいものですね」
「ローレットに?」
 サンブカスは頷いた。娘――クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)にカヌレはそれ程詳しいわけではない。だが、彼女とローレットが必要だというならばそれなりの大事なのだろうとカヌレは察知し「詳細をお聞きしてもよろしいでしょうか」と問いかけた。


 コン=モスカ島は海洋王国と静寂の青に境に存在している。嘗て『絶望の青』と呼ばれたその海域との境界線であるために、旅人たちが立ち寄り旅の無事を祈っての祈祷を受けることが多い事で知られていた。
 その聖域――イレギュラーズも『廃滅病』を撃退するべく、儀式の為の宝珠を集めた場所だ――オパール・ネラは『絶望』の入り口とも言われていた。今は静寂の海ではあるが、一応は『領地』であることでサンブカスは調査に赴いていたようだ。

「――という所まではご理解いただけましたか?」
 海洋王国のコンテュールの邸に呼び出されたイレギュラーズは微笑むカヌレに頷いた。
 相も変わらず貴族筆頭として名を馳せる兄、ソルベと瓜二つの夢見がちな彼女はイレギュラーズの事を好いているようだ。
「私(わたくし)もご一緒したかったのですけれど、お兄様に禁止されてしまいましたの。
 ですから、皆さんには私がサンブカスから聞いた情報を基に事件を解決し、その結果を私まで報告しに来てほしいのです」
 どうして――と問う者もいるだろうが。どうしてなのかは簡単だ。
『だって、冒険譚って素敵』である。カヌレはさてさて、とローレットの情報屋たちを真似る様に立ち上がった。
「これはオパール・ネラの周辺海域ですわ。
 ここで『狂王種』が突如観測されたようなのです。船は私共が準備しますからお気軽にお申し付けくださいませ。伊達に皆様と共に航海していませんわ! うちのもの達!」
 勿論、ご令嬢はお留守番係である。コンテュールの使用人たちはイレギュラーズと絶望の海を駆けたある意味で戦友だ。操船技術は信じてもいいだろう。
 さて、狂王種とはいうが、それは一匹だけなのだという。
 大きな鯨を思わせるそれは高い周波数で鳴き続け、仲間を探しているようだが――本来の鯨たちとはその声音が変質してしまった事で、仲間を呼ぶことも叶わぬのだという。
 狂王種と変化したそれが今迄何処を彷徨っていたかは分からないが、オパール・ネラに流れ込んできたのならば対処しなくては其の儘、近海域まで辿り着いても困る。
「ええ、コン=モスカを越えれば此処、リッツパークですもの。そこまで狂王種が入り込んだとなれば問題ですわ。
 私も国民が危機に晒されるのは防ぎたいですし……早期に調査を行ってくれたサンブカスには感謝せねばなりませんね」
 微笑んだカヌレは「サンブカスから詳しい資料を頂戴したのでご覧になって」と狂王種についてまとめたものをそっと差し出した。
「お兄様と私で皆様のお帰りを待っておりますからね。頑張ってきてくださいませ!」

GMコメント

夏あかねです。

●成功条件
 『狂王種』の撃破

●狂王種
 それは巨大な鯨です。ただ、泣き声が変質しておりとても孤独な存在です。
 群れに戻る事は出来ません。何故なら狂王種だから!
 体も変質しかけているようです。巨体です。とても固い頭を持ちます、体当たりを喰らえば船は一溜りもなさそうです……。
 とってもでかくて強い鯨さんだと思ってくださいね。

 何処か寂しそうであるそうです。まるで群れを探す様にオパール・ネラ島までやって来た……そう見えるとサンブカスの資料には記載されています。
 ですが、狂王種となってから長いのか群れは周囲には存在せず、一人ぼっちの儘、歌っているようです。可愛そうですが、此の儘生き残らせればコン=モスカ島、そしてリッツパークに到達する可能性もあります……。

●オパール・ネラ島
 コン=モスカ領の中にある聖域と呼ばれる場所。孤島オパール・ネラには古代遺跡などが存在するそうです。
 その周辺海域に狂王種が存在しています。狂王種の元へはコンテュール家の使用人たちが船を出してくれるそうです。もしも、船がない方は利用して見てはいかがでしょうか。
 船を足場にする戦闘、水中戦、空中戦、どの様な戦い方でも良いと思います。
 ただ、船は鯨の頭突きで撃沈するかもしれませんので注意してあげてくださいね。

●参考:サンブカス=コン=モスカ
 カタァラナ=コン=モスカ(p3p004390)さんのお父さん。
 双子であるクレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)さんの父上でもあります。
 コン=モスカの領主としてオパール・ネラの調査に赴いたようです。彼自身はコン=モスカ島に戻ったようですがイレギュラーズに任せれば良いというある意味で信頼の形かもしれませんね……?

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

其れでは行ってらっしゃい

  • 52ヘルツの鯨完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年12月31日 22時01分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
リリー・シャルラハ(p3p000955)
自在の名手
武器商人(p3p001107)
闇之雲
紅楼夢・紫月(p3p007611)
呪刀持ちの唄歌い
奏多 リーフェ 星宮(p3p008061)
お嬢様の恋人
薫・アイラ(p3p008443)
CAOL ILA
クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)
海淵の祭司
バーデス・L・ロンディ(p3p008981)
忘却の神獣

リプレイ


 只の一匹。その鳴き声は他の仲間とは違うらしい。最も孤独であった鯨。
 狂王種となり、その主としては変質し続けたが姿はまだ鯨であった一人きり。歌い続け、寂しげであるその鯨をイレギュラーズは討伐せねばならない。狂王種が人里に辿り着いたならばその被害は甚大であるからだ。
「ヒトリは、寂しいものね」と静かに告げたのは『闇之雲』武器商人(p3p001107)であった。長く揺らいだ銀の髪。嘗て絶望と呼ばれたその場所は静寂に満ち溢れ、暗澹たる雲に怯える事も無かった。美しき静寂の空、悠久を思わす海に白波が揺れている。
「海洋には初めて参りましたが、やはり海にはお仕事よりもリゾートに休暇で参りたいものですわね」
 此れだけ落ち着いた場所ならばバカンスにも訪れたいものだと『お嬢様』薫・アイラ(p3p008443)がため息を漏らす。
「まぁ、戦いのような危険な事は使用人に任せておりますので、わたくしは船の上から見ているだけではございますが」と高貴な少女は呟いた。長い髪を浚う風も、懼れの気配さえ感じない。其れだけ穏やかな場所だと感じれば『呪刀持ちの唄歌い』紅楼夢・紫月(p3p007611)は『あの絶望の海』で戦った狂王種を懐かしむように目を細める。
「狂王種と戦うんは半年ぶりぐらいかねぇ。群れから逸れた挙句に狂王種になってしまうんは悲しいねぇ」
 言葉は分からなくっても歌うだけなら良かったけどと囁く紫月に『お嬢様の恋人』奏多 リーフェ 星宮(p3p008061)は小さく頷いた。群れから逸れてその歌声が仲間に聞こえず独りぼっちになってから狂王種となって彷徨う鯨。
「……可哀想ではありますが、ローレットの依頼ですからね。
 せめて、あんまり苦しませすぎない様にだけ頑張りましょうか……ブルーノートディスペアーの知識が役に立てば良いのですが」
 狂王種に変化したという事が『忘却の神獣』バーデス・L・ロンディ(p3p008981)にとって自身と重なる気がして酷く心が痛んだ。思い出す事さえ難しく感じられる過去、自身は一人でも鯨は仲間がいた筈だ。その仲間が鯨を一人きりにしたのはあの絶望の荒波の中ではひょっとすれば事故か何かであったのかもしれない――
「かわいそうな鯨さん……でもここでなんとかしないと、皆が大変だから……ごめんね?」
 狂ってしまったそれが敵意を失えば、ひょっとすればその声を聞けるかもしれないと『リトルの皆は友達!』リトル・リリー(p3p000955)は僅かな期待を抱いた。
「歌の意味が……リリーに理解できれば、いいね。心優しい鯨さんなら、もしかしたら……?」
「ああ。鯨ってのは歌で呼び合う連中だったかね、確か」
 頭を掻いてから『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)はその鯨は『返事が無く彷徨いながら』海を越えて来たのだろうと予測した。ひょっとすれば、その声が『仲間に理解されなかった』から今まで生存していたのかも知れないが――
「生憎と俺には歌の良し悪しはわからんが……きっと、言葉じゃ言い表せねぇ感覚なんだろうな。……これだけ広い海で、返ってくる歌がひとつもねぇってのは」
 探していた。探していた。探し続けて――そして、何も得ることなく辿り着いた。
 其れは酷く寂しいことだ。誰もが鯨が不憫だと感じていた。誰もが鯨に同情し、その命を絶つ事を申し訳ないとさえ感じていたのだ。
「誰にも届かない歌……」
 そう、呟けば『海淵の祭司』クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)はまるで、と唇を震わせて僅かに眼を伏せた。まるで誰かのようではないか――そう思えども頭を振る。
「じゃがこれは我の。モスカの武僧の勤め。いあ くつるぅ うがふなぐる ふたぐん……許せとは言わぬ」
 ――けど、その歌を、聞いて見たかった。


 コンテュール家は海洋王国の貴族派では筆頭と呼ばれるほどの有力貴族である。今回、依頼を持ってきたカヌレ・ジェラート・コンテュールは当主の妹であり、「当家の船を出します」と微笑んだその言葉に甘えておくかと縁は船に乗り込んだ。
 穏やかな風を受けながら鯨の姿を探していたリリーは「寂しい、ね」と小さな声で呟いた。心の中に僅かなためらいが存在するのはその狂王種が孤独である事を知っているからだ。どうにかしてやりたいとそう思いながらも対処を怠る事はできない。
「……まあ、でも。……なんとかしなきゃ、リリー達も、みんなも、危ない、からねっ」
 相手も狂王種、危険な存在であるからだ。区域に到達した、と報告され礼を告げた奏多は水面が盛り上がり姿を見せた鯨をその瞳に映しこむ。

 ―――!

 鯨の声は、まるで歌っているかのようだった。友を探し、何かを伝えるかのような其れ。アイラは「これが、件の鯨ですか」と静かな声音で問いかけた。
「唄は鯨のコミュニケーション手段ですわ。わたくし達が言葉を交わすように、鯨は唄い、大海を踊る……。
 わたくし達特異運命座標は何方とでも言葉を交わす事が出来ますが、誰ともお話出来ないという事――世界で最も孤独であると言う事は、どういった心持なのでしょう……とは言え、その行き着く先を鑑みれば、放っておく訳にも行かないのでしょう」
 コンテュールの使用人に頷いて、アイラは「何とも救いの無い話ですわね」と困った顔をしてみせる。彼女は鯨の歌を解く事は出来ない。狂った鯨の敵愾心が周囲に広がっている事に気づきリリーも渋い顔をして見せた。
「変化スル前の記憶、アリますか?」
 静かに、そう問いかけたバーデスに「おおん、おおん」と歌声が響く。それは返答ではなかった。モンスターであるその生き物との疎通は叶わない。そもそも、それは狂った存在であった。通常の動物相応に返答する事はないのだろう。
 バーデスは哀しく泣く声に、寂しいと叫ぶ心に共感してしまいそうになると目を伏せた。寄り添う物が居ないというならば――せめてもの慈悲を願わずにはいられない。
 船を降りて待機する縁は鯨を逃さぬようにと気を配っていた。紫月は静かに仲間達が鯨へと語りかける声を聞いている。
『海の子にして、海は遠かれど白鯨の君の愛し子たるキミへ。
 キミがこの世を脅かすモノになってしまったために海へ還さざるを得なくなってしまったことと、その上でキミには抗う権利があることを伝えよう』
 その心に直接伝えるように。武器商人の言葉にも返すことなくその巨躯を揺らがせた鯨はおおん、おおんと歌うのみ。動物疎通では伝える事ができなかっただろうか。それでも、言葉を重ねるのは悪い事ではない。
 まるで探すように。狂王種は気にする素振り無く進む。縁とクレマァダは水中で頷きあった。
「――これを畏れて帰ってくれるのが一番じゃが……聞こえぬか。我を忘れておる」
 クレマァダは首を振った。深淵に眠り待つ神を言祝ぐ歌。人の心では決して理解してはならない、人ならざる精神を伝播する歌――其れは本来ならば彼女が歌うために存在していなかった。もしかすれば、この歌を鯨が理解してくれるのではないかとそう期待した。だが、引かぬかと目を伏せれば縁は引き付けるように鯨へと問いかける。
「お前は誰かと話したいのかい? それとも、『もう何をしたいのかさえ分からないのかい』?」
 縁の問いに、僅かに驚いた顔をしたクレマァダ。嗚呼、屹度そうだ。あの鯨は本来の在り方と変質してしまったのだろう。
 海の上へと姿を現した其れを見て「わあ」とリリーは瞬いた。船へとぶつからんとするその鯨の身体を引き止めるように縁は手を伸ばす。
「おっと、乱暴しねぇでやってくれや。お前さんの歌を聞いてやりてぇってやつらが乗ってるってのに」

 ――!

 縁の言葉に小さく頷いて、狼の刻印が入った小型銃を構えたリリーは超集中へと至る。リリーの世界での魔法を、その銃口から打ち出すように。『相手を殺す準備』として使用されるその魔術は鋭く狂王種の鰭へと叩きつけられる。
 集中を生かし、放たれた魔術を受け鯨が酷く苛立った様にその声を響かせた。
(頭は固いらしいから、せめて横から狙えれば……いや、もし頭しか狙えなくても……ぶち抜くよ)
 やる気を溢れさせたリリー。船と、そして『赤子』を護るために待機するバーデスは立った波にその身体を濡らす。
 夜を抱いた瀟洒な細剣を握り締め、奏多は最盛期の自分を思わせる能力を身に纏った。地を蹴ってその翼を広げたまま、鯨の許へと飛び込んで往く。二刀の刃に纏わせた魔力の一撃は鯨の身体を海へと叩き付けた。
「さて、……歌を聞きましょう。僕がその声を聞きながら苦しめぬ様に戦いますから」
 白波が立つ。顔を見せた鯨の叫び声が響いた。雄たけびの如く、広がったそれ。
 奏多は静かに刃を構えたまま空よりオパール・ネラの海域で揺れ動く鯨をまじまじと見下ろした。


「鯨よ、大いなるものよ。海から来たりし禍にして恵みたるものよ。畏み申す。安らかに眠り給え」
 静かな声でクレマァダは鯨へとそう言った。その瞳は祭司長たる色彩を乗せていた。
 ――敢えてその声を聴こうとする者も居るか。
 武器商人のようにその心へと語りつけるかの如き。それは『非情』なる祭司長にとっては理解が出来ない事のようで、クレマァダ=コン=モスカにとっては歩み寄る事で心が鈍る恐れがあるかのような気がして、ごくり、と音立て唾を飲み込む。
『知っているよ。ヒトリであることも寂しいし、孤独はもっと寂しい。
 だからウタを歌ってあげる。ヒトリになってしまったキミが寂しくないように、キミが孤独でないように。遥か昔に聴いた“キミたち”のウタを、』
 鯨たちの声を真似るように、歌うのは屹度。
 武器商人は笑った。人間とはか弱い存在だ。その肉体を砕き、心をすり潰して弄べばどうなるかを理解している。理解しながらもゆったりと笑うように――傲慢の如く語るのだ『ちゃあんと我(アタシ)を倒してくれるだろぅ? ニンゲンは、強いもの』と。
 コートの裏打ちで紅い狐を描いたそのままで、いのちの答えを伝えるように武器商人は鯨と向き合った。
 空を踊り、対話を待っていた紫月は宵闇に映る黄昏を模した古き銃と紅に染まった呪刀を手に鯨へと一気に舞い降りる。蒼空を背にしたままに、距離離れようとも鈍る事なき殺人剣を振り下ろす。
「逃がさへんよ」
 静かな声でそう告げる。鯨がぐわりと口を開けば其れを防ぐように奏多が不可視の悪意を放つ。その中でもリリーは唇をきゅ、と引き結んだ。
「だって、こんなの悲しいよ。ひとりぼっちになって、狂王種になっちゃって、それでリリー達に倒されて……。
 きっと、群れの中に戻りたかったのに、そもそもこんな事になりたくなかっただろうに。
 だから、その声を、覚えておくよ。一人で歌い続けて、苦しみ続けたその声を」
 こんな悲しいと声を震わせ、その
 (どうあれ殺すほかない相手の事情なぞ、知ったところで拳が鈍るだけじゃろうに。……お主ららしいとは思うがな)
 狂王種を受け止める縁はワダツミでその巨躯を受け止め続けた。言葉を重ね出来る限りのさいわいを与えんとする仲間達の思いを伝えるように。
 ――そういうのは、お母様を思い出す。
 クレマァダはそう考えていた。言葉にするわけではない。その優美な白鯨を眺めながら母の面影がちらついては仕方が無かったのだ。
 バーデスが船と、赤子を護り、アイラは「わたくしは運動は得意ではございませんので、海に落ちるのは御免被りますわ」と困った顔をする。微笑み優雅であろう『お嬢様』は武器に頼ることなく不可視の攻撃を放つ。まるで自身は何もしていない、とそういうように。
「まあ……大きくいらっしゃるのね」
 ぱちりと大きな瞳を瞬いたアイラ。バーデスは船と、そして赤子を護るために盾となり、その身体が甲板に叩き付けられる。
「一撃でトドメをなどと、傲慢なことは望むな。神よりの賜り物じゃ。鯨は」
 故に、クレマァダは己にそう言い聞かせた。コン=モスカの武僧として放つ崩しの一手。白浪の如く、波濤は石を穿ち、大地を侵蝕するように。
 ふと、耳に聞こえた歌は自身の知るコン=モスカの言祈ぐ歌にも似ている気がした。だが、同じものではない事を知っている。そも、海底の神へ捧ぎ竜神へ奉ずる自身らの歌を鯨が歌うはずが無いのだ。
 響く、その歌声に――奏多と紫月が空を舞いながら攻撃を重ね続けた。無数の晶槍が奏多の魔力で生み出される。穿つ、それが鯨のその側面を串刺すように貫いた。
「――このまま押し切りましょう」
「そうやねぇ。悪いけど……変質してしまったんやったら、もう」
 不憫やね、と紫月が囁く言葉に奏多は頷いた。血しぶきが飛ぶ斬撃と共に歌いながらも武器商人は鯨へと言葉を尽くす。

 ーーおかえり、おかえり 海はいつでも、あなたがかえるのを待っている。

 海は何時だって待っている。抗うことを許すように、世を蝕むその存在を討伐する『鯨にとっての邪魔者』はその心を酌み交わすように手を伸ばす。
 苦しまぬように。狂王種の特徴を考えて、奏多は攻撃を重ね続けた。苦しめる事は本位ではないから――せめて、その生に幸があればと願ってはやまない。リリーの側で威嚇する召喚された獣は鯨の『変質』を恐れる様に喉をぐるると鳴らし続けた。
 広い海だ。仲間がいれば、せめてそれを最後にとリリーは願ってはやまなかった。叶わぬか、側には何も見えやしない。縁は受け止め続けた鯨からの痛みに小さく呻いた。
 だが、母なる海の優しさは総てを包み込んでくれることを縁は知っていた。静寂は鯨の声を響き渡らせてくれた事だろう。その声を、聞き取れるものがいない事はその鯨にとっての不幸だが、こうしてその存在を認識できただけでも僥倖だ。


 起死回生の一撃と、そう呼ぶのは『か弱い』と嘯いた縁が見せる実力のひとかけら。それこそが鯨を送る唯一の、彼からの返答であるように。
「狂王種だろうが何だろうが、母なる海は平等だ。そのまま眠っちまいな、でっかいの」
 どぼん、と。耳を劈くような大きな声を上げてその巨躯は海の中へと沈んでいく。ブルータイラントと呼ばれた種にへと変質したそれを救うためには斃すしかなかった。
 其れを思えども、それ以上に何も出来ないことを知っているからこそ。アイラは「しかと聞きましたわ」と笑みを浮かべるだけだった。
「遺骸は、牽引できそうならオパールネラに引き上げ資源とするが無理なら海の底へ。
 鯨の骸は生き物の苗床となるからの……どちらでも良い。ただ、かの鯨が死の際に幸福であったならば」
 クレマァダは静かに――静かにそう言った。物言わぬ孤独。其れを少しでもイレギュラーズが溶かしてやれたのならば其れでよい。オパール・ネラ本島にその身体を引き上げる事は叶わぬだろうか。重たい身体が沈み行くのをまじまじと見つめている。その身体が寂しくないように生き物の苗床になるならばそれも、鯨にとっては幸福であるのかもしれない。
 静寂の海に鯨の姿は見えなかった。クレマァダはリリーに「父にも聞いてみよう」と静かに言った。この海を治める彼ならば一人、寂しく歌った白鯨の『家族』を知っているかもしれない、と。
 リリーは静かに頷いた。紫月は鎮魂歌を口遊む。せめて、せめて――一人ぼっちが和らぐように。
「おやすみ、おかえり、白鯨の君」
 武器商人の声音は、柔らかな海に浚われて静かに響いて消えた。一瞬、答えるように聞こえた52ヘルツは――……

 至り――
「お父様――届かぬ声は、本当に竜神へ奉ずるだけのものだったのでしょうか? お母様は本当に病で亡くなられたのでふか?」
 娘の疑問に父は答える事はない。器は消え去り、器に為り得ぬ『代替』の娘は父が久々に浮かべて見せた曖昧な、どこか困ったような笑みに息を呑んだ。只、それだけだった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

ご参加ありがとうございました。
海は、穏やかになりましたね。白鯨の歌声が届きますように。

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