シナリオ詳細
Keys of the kingdom
オープニング
●
――この世に生を受けし者が泣き叫ぶのは何故か。
――それはこの世の穢れを取り込んでしまっているからである。
――母の清き体内にて生まれた己の清純が世界に汚されているからである。
――穢れし者はやがて魂すら汚染され尽くす。
――その前に我らが救わねばならぬ。
「血を流せ」
壇上。言葉を降り注がせる一人の男の服装は――まるで法衣であった。
一見すれば聖職者の様にも見えるが、彼はいわゆる正式な教会に認められている様な者ではない。彼は教団『罪の御宿り』が一員……司教の位を持つ、一言でいうならば幹部の一人だ。
彼は語る。集まった教徒らの前で、大仰に。
「穢れた血を持つ自覚のない者よ、お前達は眠れる羊である。
穢れた血を持つ自覚のある者よ、貴様らは愚かな狼である。
双方ともに罪があり、故に今宵――浄化の儀式をせねばならん」
天を仰ぐように腕を広げる男。さすればその頭上に輝くは、魔法陣だ。
何か映像の様なモノが映し出されている――遠見の術か何かか――?
映っているのは多くの、まるで奴隷の様な服装を着込んだ者達。少年少女……いや、大人達もいるか。集められている者達に統一性は無いように見えるが、先程の言は教徒たちに語りながらも彼らの事を指し示していたのだろう。
『狼』と『羊』――さてその枠組みは一体何か……ともあれ彼らの場所は不明だがどこか通路の様な所にいるようだ。石造りの中で、薔薇が各所のヒビより這い出て咲いている。
まるで彼らを。奴隷たる彼らの顔を覗くかのように。
いずれにせよ映像から見える者達は誰もが困惑しているように見える。
ただ声だけは届いているのか、向こうも時折反応を見せていて。
「血を流せ。取り除け。穢れは失われねば身を蝕む毒である。
――羊は選択せよ。己が罪を受け入れ、自ら死を選ぶか。
罪ある狼を打ち倒し自らの血の清純さを天に示すか。
――狼は羊の血を啜り給え。自らの血と混ぜ合わせ、罪を薄めて天に許しを請うのだ」
さすれば外の世界への扉は再び開かれる。
つまり、こう言っているのだ。あの司教は――『殺し合え』と。
お前達で今すぐその場で。血で血を洗い、その身を清めよ――
これは救済である。
●
「教団『罪の御宿り』は近頃勢力を増している新興宗教です。
自らの教えに従えば人の背負いし罪は浄化され、天国へ往けると……
実態はただのトチ狂った狂人が運営している危険集団ですが」
数日前。幻想のとある騎士からローレットに依頼が舞い込んだ。
『罪の御宿り』なる集団がどこからか奴隷の子供達を取り寄せているらしい。
そして彼らに行わせるは『浄化』と言う名の『殺し合い』
「皆さんにお願いしたいのは……些か危険なのですが、この儀式に潜入してほしいのです」
「――潜入、ですか」
「はい。まずこの儀式ですが、仕入れた奴隷達を『羊』と『狼』に区別して殺し合いを行わせるモノです。我々の調査によると儀式は一定時間……と言うよりは人数が多く減るまで行われ、それまで出入口たる扉が解放される事はありません。かなり分厚いらしく、物質を透過する術でも難しいでしょう」
散々・未散 (p3p008200)が騎士の言葉を聞く。そして内部では『浄化』と称する殺し合いが行われるのだ――と。
狩られる側……『羊』には小さなナイフが持たされる。それは簡易な護身用、或いは『自害』用に渡されるモノであり、非常に刃が短い。武器として十全に扱えるかは疑問が付く代物だ……その上で足に鎖が施され、歩けはするが走れないように動きが制限される。
羊は『自らを自らで罰するか、悪たる狼に立ち向かう事により罪が許される』……などと教団はのたまっているらしい。
一方で狩る側――『狼』は無手であるが一切の身体的制限がない。
縦横無尽に迷宮を駆け巡る事が出来る訳だ。走れるという圧倒的アドバンテージで羊を追い詰め、狩る。狼は『羊の血肉を喰らう事によって、己が罪を薄める事が出来る』などという、これまた一段と訳の分からない理論を展開されるのだとか。
調査によるとこの枠組み……羊と狼はランダムで別けられるらしく、特に何か明確な基準による区別は無いらしい。教徒には『罪を自覚しながら贖おうとしない者が狼』『罪に気付いていない者が羊』などと説明をしているようだ。
イレギュラーズ達がこの場に紛れればどちらに配置されるかは分からない、が。
「奴らが懇意にしている奴隷商人の一人を発見し、先日確保しました。奴に扮して教団と取引――する振りをして皆さんを奴隷として送り込むことは可能です」
「……成程。それで、内部に潜入して何をすれば?」
「――イレギュラーズ以外の奴隷を全て抹殺してください」
即座に返答された言葉にヴィクトール=エルステッド=アラステア (p3p007791)は眉を一瞬、顰めた。
なぜ。教団へ攻撃する訳ではなく……奴隷を全て――?
「この儀式で生き残った者は『浄化』されたとして迷宮より解放されます――しかし、迷宮より出でた者達は一様に精神をおかしくし、その後保護された街などで凶行に及ぶ者が多発しているのです」
「密閉空間による殺し合いが精神の均衡を崩している、と言う事なのですか?」
「それもあると思いますが――恐らく――」
そもそも舞台である迷宮自体に何か魔術的要素か、或いは薬物か……を仕込まれている可能性が高い。
つまり常人では狂ってしまう様にしているのだ。運命に愛され、力量高きイレギュラーズであればその危険性は低いが……しかし奴隷の身に落ちている者達の精神力では抗えぬ様な何かがある。
……これまでの話と情報は辛うじて精神を保った唯一の生存者から聞いた話らしい。
尤も、その人物もやがて衰弱し死んでしまったが……なぜそんな事を教団はするのか――?
「理由などないのでしょう」
ただ見たかった。狂って殺し合う連中が。
街に放って起こる事件を新聞の片隅に見かければ、朝飲むコーヒーが美味しくなるから。
――ただそれだけ。
「死人が出なければ儀式は終わりません。儀式の終わりは奴らの主観ですから。ですので……イレギュラーズ以外は一度全滅させ、殺し合いを終了させ皆さんは脱出してください――精神を保ったまま」
「……そして?」
「そして、皆さんならば狂気には耐えられると踏んでいます。無事に脱出出来たら、その迷宮の正確な位置を我々に教えてください。その迷宮は間違いなく奴らの拠点でもあります……踏み込めば尻尾を掴むことができ、未来の討伐作戦に繋がるでしょう。以前の生存者からはそこまで聞く事が出来ませんでしたので」
その為に。
「全員殺せと」
「――我々の力の不足を申し上げる様でまことに恥だとは思っております。
しかし、次の儀式までに奴らの拠点を割り出すのは困難なのです」
手をこまねいていればただただ犠牲が増えるのみ。
ならば一度の犠牲をもって未来を断つ。
「……魂は散るのでしょうね。多くが、必要とされて、実に多くが……」
未散は言う。窓から外を眺めて、零す様に。
――見据えた空は青かった。
清々しい程に、何も知らぬ程に蒼穹は微笑んでいた。
- Keys of the kingdom完了
- GM名茶零四
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2020年12月28日 00時15分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費150RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
「狂気の中に紛れるにはどうすればいいか」
『黒鉄の愛』ヴィクトール=エルステッド=アラステア(p3p007791)は言うものだ。
この迷宮は誘いの袋小路。逃げる事の出来ぬ甘美に人はどう抗うか――そう。
答え、狂えばいい。
「都合がいいものがあるじゃあないですか」
見据える薔薇。数多き場所でこそ狂い甲斐があるというもの。
羊を狩る狼としての者に正気が必要か? 否である。
故に踊ろう。罪在りし場所で踊る者を――イレギュラーズと認識しないだろうから。
「ええ……生憎と、もう摘まれる側に回る気はないんだ」
そしてただ『役割』の上であろうとも『摘まれる』立場に甘んずるは耐えがたいと。
見据えるは『虚刃流直弟』ハンス・キングスレー(p3p008418)である。
以前にも受けた事がある。戦争の様な――依頼を。
『どちらが』だなんて比べる気はないけれど。
「本当に、いい趣味をしている事で」
目線は前へ。言葉は空へ。
薔薇に向けては言わねども。
――我が鳥籠は魂の揺籃。かつて遍く彼方を受け入れた、快楽の廃棄孔。
せめて逃がられぬ結末があるというのなら。
その最後を幸せにしてあげる。
往く。狼たちの歩みが着々と。
有無を言わさぬ状況と薔薇から漂う狂気が誰をも蝕むのだ。
「ま、こういう時はいつもやってる事と同じだと思って割り切るしかないのさ。
心は殺し屋にとって余計なお荷物でしかないからね」
『狼殺し』リコリス・ウォルハント・ローア(p3p009236)もまた行動を開始していた。彼女は狩られる側の立場として迷宮の中を駆け進む。
まずは出来得る限り狼の者らと接触しない事が肝要だ。目的は全滅であれど、最初から血気盛んに行動すれば介してこちらを監視している者らに『通常とは異なる』と疑念を抱かせる事にもなりかねない。
「そんなのきっと好みじゃあないんだろうしね」
小さく呟きリコリスは跳躍。
通路の角でこちらに近付いて来る者がいないか――怯え竦む様なフリをしながら気配を断つのだ……狼を恐れる羊の在り様を見るのが好みなのだろう?
「やれやれ、とんだ役回りだな。
だが……まぁ胸糞悪い話も、汚れ仕事も、よくある話だ」
同時。吐き捨てるように『銀河の旅人』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)が呟けば、恐怖に戸惑う羊達の中に立って。
「なぁこんな場所で死ぬつもりか? 違うだろう? ならよ、協力して生きて外へ出よう。なぁに入って来たんなら出る道もあるさ……! 朝焼けを見たくないか、白い雪を見たくないか……!」
皆を鼓舞するのだ。リーダーの様に。
……無論これが意味の無い言である事は彼も分かっている。それでも悲劇的な物語にはリーダーの死もまた必要で。故に年の功とアニキカゼを吹かせて羊達の心を掴むのだ。
迷宮内を巡り『うっかり』と薔薇の多い地点へと誘う為に。
悲劇の佳境へ至る為に。
「イレギュラーズとやらは、世界を守るために働いているって聞いたけれど『正義の味方』ではないんだね」
言うは『揺蕩う器』ハリエット(p3p009025)だ。イレギュラーズとは確かに世界を護るために召喚された者達である――しかし重要なのはイレギュラーズ達が『動く』事そのものであって、善性の出来事を成す事ではないのだ。今回の様に命を奪えと言う事も……時にはある。
「……これ以上の犠牲を生まぬ為に殺す、か。分かっている。
必要で、誰かがやらねばならないのなら――私がやる」
だが必要な事であればとユリウス=フォン=モルゲンレーテ(p3p009228)は決意するものだ。残虐なる目的で、場合によって甚振られて殺される可能性があるよりは。
自らの手によって――責務を果たそう。
「それが、慈悲であるのかもしれない」
足に纏わりつく鎖が邪魔ではあるが『問題』と言う程ではない。
彼は羊達と別れ単独となりて、同じく単独で動く狼の者を狙う。
「さてさて、えぇえぇ。参るとしましょうか。神のご加護がありますように、とね」
そして羊側に紛れ込んでいる『ひねくれ神官』カイロ・コールド(p3p008306)もまた迷宮の中を進んでいた。
天に祈りを捧げて助けを求める――様な、まるで天義の神官であるかの如く振舞って。
「――まぁ殺人なんて別に躊躇しませんけどね?」
手の中で弄ぶナイフ。彼にとってはお金の為であれば善も悪も関係ないのだ。
見えぬ神より手に持つことが出来る札束にこそ信念を捧げられる。
……各所に響く足音は儀式の進行の度合いでもある。
狼は探し羊は逃げて。
されど動けば動く程に薔薇の香りが心を高揚させるのだ。
人殺しと言うタガを外させるように。
そして――段々と心に澱みが降り積もる中、響く音があった。
それは羊の鎖音。『L'Oiseau bleu』散々・未散(p3p008200)からの魂の匂い。
金属の音が響く度にそれは歩を指し示し。
じゃらん、じゃらんと――鳴り響く。
惹かれるは一人の狼。狂わされた目に正気は無く。
踏み込んで往く。目前、足を引きずり地面に手をついて、進むのが漸と……
そんな手負いの少女を見つけた。
後は牙立て血を啜るのみ――
「ああ――ようやくですか」
瞬間。走る軌跡は何だったか。
それがナイフのモノであると気付いた時には、首筋より血が噴出していて。
「存外、時が掛かりましたね……
ん、ああ――此れはぼくが最初に仕留めた何処ぞの誰とも知らぬ羊です」
同時。未散の声が届くと共に再度見据えるや否や視界に飛び込んできたのは『鎖だけ』
それは足に繋がっていない。ただ音を響かせていただけのモノ。
虫寄せ……否、狼寄せとでも言おうか。
死人に鞭打つようでなんですが。
「――運ぶのに手頃だったものですから」
ほんの少し利用いたしました。
何。どうせ粗末なナイフを持っていただけの輩……
冥銭の代わりにもなりますまい。暫く『使って』も渡し守から文句も言われぬ。
「が、ふっ――ま、まさか、と言う事は、お前は……」
「ええ」
ぼく『狼』です。
さぁ次はどちらへ参りましょうか。この迷宮は広い故、もう暫く散策も出来ましょう。
歩く。大分襤褸びてしまったので今しがた手に入れた『次』を割り当て。
鎖の音が――まるで死の如く。
●
絶叫。悲鳴。或いは歓喜の声が迷宮を彩る。
正気たる者は段々と少なくなり、血に飢えし者だけが彷徨う様に。
「路地裏で生活していた時も、拘束されたことはなかったな」
いざの事態に備えてハリエットが己が身を確認するが、足の鎖が邪魔だった。
あの頃――路地裏で生活していた頃を思い返せば、ああ。
あの頃は生活や命の保証はなかったけれど、お腹は日々すいていたけれど。
少なくとも私はいつも自由だった。
魂にも身にも束縛なき世界を――歩んでいた。
ナイフを手に周囲を歩めば色々と思い返すものだ。
ある情報屋に偶然拾われて、ご飯を食べさせてもらった縁で……最近ご飯だけはちゃんと食べる事が出来ている。朝と昼と夜に口にマトモなモノを運ぶことが出来るなんて――
「はは、すごいね」
まるで普通の人みたいだ。
窓の外から覗いて見た、自分には縁のない世界だと思っていた中に――いる。
食べて寝て小さいけど部屋もあって……
――その時。察した気配に瞬時に移動を。
迷宮の影に潜んで周囲を伺う。現れたのは鎖のない――
「しらないかおだ」
イレギュラーズでもない狼側。
うん、なんだ。
じゃあ殺そうか。
――彼女の意識が殺意の大海の底へと。それは激しくはない、水面を荒立てぬ着水が如く。
人を殺す事に躊躇いは無い。だって、殺されかけた事があるから。
殺されるなら殺す。それは世界を跨ごうと――変わらないのだ。
ごめんね、とは思うけれど。
「大丈夫」
苦しくはないよ。
陰より出でるハリエットは狼の背後より。口を塞いで片方の手で喉の奥へと刃物で抉る。
「随分血生臭くなって来たねぇ。臭いだけじゃなくて気配そのものが、さ」
同時。リコリスは移動を繰り返し周囲を伺っていた。
狼にしろ羊にしろ狂気に満たされている者が増えている事を察した彼女は、常に動いて一定の場に留まらぬ様にしているのだ。
いやだ――狩られたくはない――
そんな生への執着にもがき、狩人に抵抗を試みる獲物の様に。
「おっと」
瞬間、遭遇したのは狼の一人だ。
目が血走っており、最早正気など彼方に吹き飛んでいる。
その手に捕まらぬ様に壁を蹴って縦横無尽。隙見たその時に喉笛に食らいついて。
さすれば狼の者が絶叫を響かせるが、瞬時に喉を潰して蛙が如き声へと変じさせる。それがほぼ致命傷であるが――更に足枷を利用し頭蓋へ一閃。砕けるまで打ち続ければ、ああ蹂躙するかの如く、だ。
――袈裟着て高みの見物してる悪趣味な坊主サン、どうせこういうのが好きなんでしょ。
血が流れ出でても止めぬ形。
こちらを見据える薔薇へと届かせるような姿を――見せつけてやっていた。
主に孤立している者を叩く事が各地で発生していた。
数と言うのはそれだけで力であれば少数を狙うのは理にかなっていて。
「おやめなさい! こんな事で救済されると本気で思っているのですかっ!? 罪を悔い改めたければ、必要なのは万物への慈悲です! このような所業、神の裁きが落ちますよっ!」
カイロは複数の者に追い詰められていた。
ナイフを落とし狼狽えて――いるような姿は誰しもの目に只人と映ろう。
正気を失っている者らに道理が通じる訳もなく袋叩きの様な形に合う……が。
密かに仕込んだ魔術があれば致命にはとても至らぬ。
「はぁ、はぁ、こいつ、どうなって……がっ!」
「――おや、転んでしまったんですか? 神を信じぬ罰が当たりましたかね?」
やがて疲弊の色を見せた者を狩っていく。
「これよりは神罰ですッ! 言葉を介さぬ獣よ――神の意志を知るがいい!!」
ここにても演技の意志を魅せて、最早救えぬから仕方なしとする態度を。
殴打する。
骨を砕く感触。肉を打つ感触。人の命を奪う感触――
ああ。
「そういえば、自らの手で殺すのって初ですね? 何気に」
でも。
「――意外と丈夫だと思いました、まる」
案外、なんでもないものだと。
自覚したカイロは馬乗りになった状態で拳を振り下ろす。
血花を地面に咲かせるように。
そしてその血花が最も咲き乱れていたのはヤツェクの所であろう。
羊達を導いていたヤツェクであったが『先の様子を見てくる』と言い残して――先の方で死体となって発見された。
そこからは阿鼻叫喚だ。彼らが置いていかれた場所が薔薇多き地であったのも災いし、やがて始まったのは疑心暗鬼。最早希望は無いのだとヤケになる者。轟く絶望の嵐が――吹き荒れて。
「やれやれ。とんだ黒い羊だな、俺は」
その様を見据えているのがヤツェクだ。
彼は死んだ? 否――それは偽装だ。
こうすれば監視しているお偉方は存分に喜ぶ事だろう。
その引き金を引いたのは己だ。自身で零した言葉にすら嫌になりそうで――と。
「あ、あれ。ヤツェクさん!?」
その時。偶々ヤツェクの潜んでいた場所に一人の羊が逃げ込んできた。
戸惑う一瞬、それを見逃さない。口元を抑え、もう片方の手で頭の後ろを掴み。
一気に捩じる。
『何か』が外れる音。小気味よい音が響いて、直後に人の身体が地に落ちる音もして。
「……悪いな。俺に出来るのは、せめて、お前達が確かにいたという事を覚えておく事。それだけだ……」
死んだ奴らの死を背負う、という言葉は綺麗だが。分かっている。
所詮これは殺戮の手伝いだ。
それでも……覚えておこう。
共に歩んだ時に交わした言葉の数々を。
名前。好きだった景色。思い出。外へ出たら何をするか。
「自己満足と言われようが、忘れねぇよ」
或いは、罪の意識を和らげるための作業に過ぎなくても。
そのことを覚えておく。
おれがやったことと一緒に、ずっと。ずっと。
――カリバーと名乗った少年の遺体を前に、ヤツェクは帽子を伏せ。
その思い出を――反芻していた。
「……地獄だな。まぁ、元より予想されていた事態ではあるが」
同時。ヤツェクらのグループの崩壊を見ていたのはユリウスだ。
単独行動している狼や羊が少なくなってきたが故に、ユリウスはヤツェクと合流し――彼の死の偽装を手助けしたのである。そして殺戮の現場から零れて来た者を見据える。
――逃さない。背より迫る彼が武器にしたのはナイフ、ではなく脚の鎖だ。
「恨め。存分に。その想いは、確かに受けよう」
死角から襲い掛かった彼は一瞬にして寝技の状態へと持ち込む。
そして――締め上げる。ロープではないが、イレギュラーズの膂力であれば鎖もまた凶器。
このやり方ならばうまくいけば体格に優れた者でも殺せる。
「己が罪を受け入れ、自ら死を選ぶか。罪ある狼を打ち倒し自らの血の清純さを天に示すか」
瞬間、彼は教団の言葉を呟いていた。
教団の言葉は――自らが清純である事を前提とした言葉だ。
我々は罪なき者である、と。こちらを見下した物言い……
……決して、決して清純であるものかよ。私も、貴様らも。
「――Carpe diem, quam minimum credula postero」
そしてハンスは詩を口ずさんでいた。
『その日を摘め』
別の言葉で言うならメメント・モリが近いだろうか。
彼は飛行種としての力を用いて……小部屋の天井へと息を潜める。
ここなら安心だと呼吸を整えようとした輩を待ち構えて、襲うのだ。
「う、うわぁ――!?」
瞬間。ハンスが襲った輩は少年であった。
自らよりも若い――まだ十代前半程度であろうか。
羊である証のナイフを足で弾いて。そのままのしかかり首を絞める。
――抵抗。
小鳥が暴れるかのようにハンスの腕の中でもがいている。声も出す事が出来ず、だから。
「……安らかにね」
そのまま完全に締め落とした。
一瞬で意識が闇の中へと潜っていく。しかし、終わらない。
そのまま完全に力尽きるまでその腕の中に少年を包むのだ。
力がなくなるまで、ずっと、ずっと。
命を感じて。
「――これで、終わらせるから」
故に、決意する。こんな催し物はこれで最後だと。
熱が失われし少年の身体を、部屋の隅に寄せて。
ハンスは往く。
狂いし狼共を焚き付けて、羊の方へ誘導するために。
己が羽を舞わせて――駆けるのだ。
血飛沫。
罪の血が流れ、罪なき血が流れ。
最早この地に正しき者などいるのか。
「ああ……アァア、アアア――ッ!」
その時。迷宮を駆け抜けているのは――ヴィクトールである。
一呼吸。だらりと力を抜き、長き髪を枝垂れの様にするそれは狂犬の有り様。
――狼たる姿が内に反映されるかのように彼は演出しているのだ。
そして、叫び声を挙げながら彼は一人一人扼殺を。
捕まえ、のしかかり、首を絞める。
少年は怯えた。少女は恐怖の金切り声をあげていた。
ごめんなさい。
でも、これが一番心地よい死に方の筈です。
「最初は苦しいかもしれませんが」
その後ふわふわと心地よくなる。これが一番天国へ近いはずです。
何故知っているのかって――ふふっ。何故だと思います?
『ええ、なぜでしょうね』
瞬間。ヴィクトールは気付いた。
己が背後にいる存在に。いつのまにやらの――未散に。
瞬時に振り向き同時に跳躍。飛び掛かかる様に未散を押し込め、ば。
その身は幾つか傷ついていた。
それは同族狩りではないとするモノ。自らの手足を少し削いで『見境を無くした狼が間違って襲って来た所を返り討ちにした』――とする筋書きの一つ。そして、まるで薔薇に精神を蝕まれたかのようにする虚ろ気な様子……
「おや、おや、ちる様」
一息。
「――本気で締めますけど、刺して抵抗してくださいね」
髪の毛の帳が全てを隠し。
ここは彼らだけの世界。小さな帳の中で通じあう邂逅。
ヴィクトールの五指に加減はなく、未散の喉が酸素を求めて渇き果てる――が。
何故だろうか。彼に、首を絞められるのは。
斯様な最中でも気持ちが良くて。
彼の微笑みが――愛おしくて。
「だから」
頸動脈を穿つ。
躰を捩って腹に膝を入れて、さすれば両者の身体に距離が出来る。
――呼吸。
喉奥へと届く空気と言う渇望の水が未散を満たして。
それでも終わらない。縺れ合う二人。
まるで次こそ心の臓へ届かせんとする刃と、柔らかなる極上の喉を締めんとする意思が交差し――
その時だった。どこかで拍手喝采が響いたのは。
それは終わりの合図。
教団の狂人達が満足した証。
扉が開く。風が迷宮内へと吹き込めば出口の方角が分かるものだ。
『邪魔が入ってしまいました』
「ええ……どうやら、これで終わりのようですね」
これ以上は無粋だ。助かったと思うべきか。
本当に殺す訳にはいかないが続いてれば『もしも』の事態があったかもしれないから。
これで終わりだ。終わりなのだ。
血の溜まりを歩き進んで。
外が見えれば。
『お風呂。入りたいです』
未散は小さく象った。血濡れた脣で隣にいるヴィクトールにだけ伝わる様に。
出る直前。薔薇を毟って花びら見据え、息を吹かせれば。
花弁が宙を舞う。
外は夜を迎えていた。
まるで血に濡れたかのような赤い月が――空に浮かんでいた。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
依頼、お疲れさまでしたイレギュラーズ。
企画した教団がどうなるかは――さて、それは未来の話として。
血の饗宴は終わりました。狼と羊の血が満たされて、扉は開いたのです。
ありがとうございました。
GMコメント
リクエスト、ありがとうございます。
これは殺さねばならぬ依頼です。
全滅させてください。
●依頼達成条件
『イレギュラーズ達』以外の『奴隷』の殺処分
また教団に『イレギュラーズであると悟られない』事
●フィールド
薔薇の咲き誇る迷宮です。
内部はまるで迷路の様になっています。所々小部屋の様な空間もあり、身を潜めやすい所もあるようです。が、外に繋がる出口は全て封鎖されています。内部は灯りが点々としており、視界に困る事はありません。意図的に灯りを潰した場合話は別ですが……
儀式が終了すると自動的に扉が解放され、外に出る事が出来ます。
――なお注意点としてこの『薔薇』は人を狂わせる様な成分を放出しており、薔薇が多い地点では好戦的になる傾向があります。イレギュラーズの皆さんであれば心を強く保てば凌げるでしょうが、精神的に不安の真っただ中にある奴隷達は時間の問題でしょう。
●ルール
プレイングに『狩る側(狼)』であるのか『狩られる側(羊)』のどちらの立場で参加するのかをご記入ください。OP中では『どちらに配属されるかは分からない』としていますがプレイングで指定は可能であるものとします。
全員どちらかである、と言った必要はありません。各々好きな方で大丈夫です。
最終的にイレギュラーズ以外を全滅させる事が出来れば大丈夫です。
儀式……もとい殺し合いは人数がある一定以下に減るまで続きます。
●奴隷達
正確な総数は不明ですが皆さんを除いて20名~程度はいます。
まだ幼い少年少女が中心ですが大人も混じっている様です。
いずれの人物も戦闘力に特化している訳ではありません。強いて言うと、子供達よりは大人の方が膂力に優れているでしょう。
●狼(狩る側)
教団曰く『愚かな狼』
どこからか買われた奴隷達で構成されており、教団の手配によってこの悪趣味な儀式の場に連れて来られました。後述の『羊』達よりも比較的年齢層が高い者達で構成されている傾向がありますが、少年少女も混じっています。
彼らは武器を持っていません(無手です)が、拘束が無い事も相まって羊達よりも動きやすく、その身体能力を不足なく発揮できることでしょう。
ただし無手であるという事は羊達から刃物を奪うか、もしくは素手で――その手に感触を感じながら羊達を始末する必要があります。
●羊(狩られる側)
教団曰く『眠れる羊』
こちらの者達も教団によって買われた奴隷達です。比較的年若い少年少女が多い傾向がありますが、大人も混じっています。また彼らは護身用の短めのナイフを持たされています。
一応刃物ではあるのですが、武器として十全に使えるような質や長さかは非常に疑問視される代物です。尤も『自害』する為に使うのならば――十分なのですが。
また、全員両足に鎖が付けられています。
特殊な拘束用の魔術が込められている様で破壊は困難です。鎖は両足を糸で結ぶ様に付けられており、歩くには問題ありませんが走る事が出来ない形になっています。あくまでも貴方達は『羊』――『狼』よりも俊敏には動けない存在だと示しているのかもしれません。
●その他備考
皆さんは本依頼では『無手』となります。(装備を外して頂く必要はありません、表現上装備していないものとして取り扱うだけです)『羊』の役割を選んだ場合は小さなナイフを手に持っています。
ここは迷宮ですが教団の魔術によりどこからか常に監視されている様です。
おや? 薔薇がずっと貴方達を見ているような気がしますね……?
――ともあれ殺し合いのゲームは常に観客達によって見守られています。
皆さん毎の想いはあるかもしれません。しかし、彼らに悟られる訳にもいきません。
殺しましょう。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
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