シナリオ詳細
<Raven Battlecry>亡き友に贈るバハル
オープニング
●いつか、そこへ帰るために
――咳が落ち着く頃合いで、アイツは言った。
日夜を措かず流れゆく水は、やがて海に入る。広くて深い海の一部となった後は、溶けあうのみだと。
――乾いた咳の合間に、アイツはこうも言った。
たとえ砂の底にいようと、切り立った岩山の奥を流れようと、水は海をただひたすらに目指すはずだと。
海、という耳に馴染みすぎた言葉だけを褐色肌の青年は呟いた。黄金色に輝く砂原をゆくのは、外套に包まれた人や荷物ばかり。一面の青で染め上げられたという海も、ここ――大陸中央部に広がる砂漠地帯には、ない。青年自身もまた青とは無縁の白布を纏い、ネフェルストを遠く望んでいた。
大鴉盗賊団を率いるコルボは語っていた。色宝の強奪に成功した暁には、山分けしてくれると。
集まれば願いを叶えてくれる色宝を、各々の願いに相応する分、くれると。
「……シリジ、いよいよ作戦開始だ。……もうすぐだぞ」
後背へかかった細い声の主は、物心ついた頃から一緒にいるハーラだ。黙っていれば良いところのお坊ちゃんにしか見えないハーラは、蜂蜜色の髪が砂にまみれるのも構わず、眉間にしわを寄せている。「もうすぐ」という言葉の意味をシリジはすぐに理解し、ああ、と頷いた。
作戦の始まりは勿論だが、無事に終われば色宝を貰ってやっと、やっと願いを叶えに行ける。
「遠いな、海」
仲間に聞こえないぐらいのあえかさで、ハーラが囁いた。
黒い瞳を細めたシリジは、不安げに瞳を揺らす彼へ笑みを傾ける。首から下げていた小さな袋を、ぎゅっと握り締めて。
「ああ、遠かった。まだちょっと遠いけどね」
けれど、もうすぐ。視線を重ねれば自然と首肯しあった。希望が見えた自分たちには、恐れるものなど無いと信じ込んで。
「だから僕らは、失敗するわけにいかないよ。アイツらのためにも」
シリジはそう言いながら、袋から手を離す。
次に彼の指先が触れるのは突き刺す陽光。そして先に見える、ネフェルストの一角を真っ直ぐに示して。
「いこう、ガナー隊。海へ」
彼らの眼差しが見つめる先、ネフェルストの一角では、青い織物や糸たちがそよいでいた。
これから起きる戦いの気配を、どこかで感じながら。
●情報屋
「おしごと」
イシコ=ロボウ(p3n000130)は淡泊な声で話し出す。
「大鴉盗賊団、どんどん動いてる。今回も大きく分けて二つ、狙いがあって動いてる」
過激化していた大鴉盗賊団の強襲は、情報を得る側にとっては『露出が多い獲物』となる。フィオナ・イル・パレストの情報網から彼らが逃れられるはずもなく、露見した企てはローレットにも伝えられた。
「……狙いのひとつ、ネフェルストの倉庫」
ぽつりとイシコが呟く。大鴉盗賊団は、これまでに集められた色宝が倉庫にあると判断し、行動に移った。倉庫から色宝を奪うのが手っ取り早いと考え、動きだしたことがローレットにも解っている。
そのため、届いた依頼のひとつは『首都ネフェルスト周辺での迎撃』で。
「もうひとつの狙い、警戒が手薄になった、ファルベライズ」
ネフェルストでの迎撃作戦にイレギュラーズや傭兵がかかりきりになっている間、遺跡の中核を攻略するつもりらしい。
「イレギュラーズも、二手に分かれて動く」
ネフェルストに入られないよう盗賊たちを迎撃する側と、遺跡を潜る盗賊へ奇襲する側。
「私からのお願い、ネフェルスト、守る方」
彼らの狙いが『倉庫』とはいえ、町が戦場になればそこに住む民の平穏は脅かされてしまう。
守らねば、人々が傷つく。守り抜かなければ、奪われる。
「死守して欲しいのは、織物工房の前」
晴れた日の海に似ている――そう評価される美しい青の織物を作っている工房が、町外れに建つ。町の外に限りなく近いため、此度の襲撃作戦で被害に遇いやすい場所だ。
「来るの、ガナー隊って呼ばれてる、元々は歌と踊りで生きてた男の人たち」
隊を率いるのはシリジと、そしてハーラという二人の男。隊員たちも含め、彼らは砂漠を拠点に活動していた平民や貧民の集まりだそうだ。しかし病により友を亡くして以降、行方知れずになっていたという。
理由や経緯は不明だが、その男たちが今、大鴉盗賊団の一味として姿を現したわけで。
「全員、撃退して。ネフェルストに入られないように」
総勢十名の小部隊だが得意とする歌が武器と化し、踊りで培った身軽さもあって、油断できる相手ではない。
ちなみに工房の周囲は開けていて、砂や石ころばかりだ。存分に戦える。
「それじゃ、お願いしたよ」
イシコは説明を終えると、靴音すら無くしたかのように、静かにイレギュラーズの前から去っていった。
- <Raven Battlecry>亡き友に贈るバハル完了
- GM名棟方ろか
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年12月21日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
炸裂する火花は人目を引き、竹を割ったような音は来訪者たちの耳朶を打つ。いずれも、軽槍を地に突き立てた『八百屋の息子』コラバポス 夏子(p3p000808)が発したものだ。手を叩くよりも確実に轟き、人々を驚かせる。
「ハイちゅーも~く」
衆目を集める際の声の張り方で、夏子は盗賊たちの目が集まるのを確かめた。彼らに驚いた素振りはない。恐らく、阻む者の可能性を予見していたのだろうと、『絶望を砕く者』ルアナ・テルフォード(p3p000291)も分かっていた。
「大人しく引き返してくれる?」
「さあてどうするご楽隊さん?」
ルアナと夏子が連ねるも、返る眼光は鋭いまま。だから二人して肩を竦めた。
「なら聞かせてよ、歌。魅せてくれよ、踊り」
夏子は挑発を真っ向から差し込む。一息に貫くのではなく突き刺して、ちくちくと相手の気を荒げる。
同時にルアナも口上を高らかに走らせる。
「わたしをどうにかしないと、目的達成できないよ?」
こうして隊員の歩調が乱れ出す中、二種の色調が砂上を駆ける。『二律背反』カナメ(p3p007960)はルアナへ聖なる躰を降ろし、戦場へ陽射しとは異なる眩しさを生んだ。一度振り向けば青なびく染織工房が佇み、押し迫る気配に息を潜めている。あの場まで到達させてはならないと、カナメは再び向き直った。
「すごい綺麗な織物だし、何としてでもカナたちで守らないとね!」
「うん、そうだね! 絶対荒らさせないよ」
カナメの言葉に、『緑の治癒士』フラン・ヴィラネル(p3p006816)が肯う。黄金の砂を踏んで生きるラサの民にとって、憧れの色があの青なのかもしれない。フランはそうも考る。だからきっと、ガナー隊も海が見たいのかもしれないと。
「海みたいな色に憧れてもね、盗賊はだめだと思うよ!」
言いながらフランは、神聖なる輝きでルアナに纏わりつく賊を懲らしめていく。
「ルアナ先輩! 押せ押せでいこうねっ!」
「全速前進でいくよ!」
邪気ひとつ淀まぬフランの声色に、隊員たちに追われながらルアナが笑顔で応える。
両名のやりとりを目撃した賊のひとりに、双眸が陰る者がいた。
「……海に憧れたのは俺じゃない。アイツらだよ」
褐色肌の男――シリジは独りごちる。靄が掛かったかのような心境を歌声に変え、彼は子守唄の旋律を響かせる。マサカが奏でる音色はイレギュラーズの歩みを鈍らせていく。
その間に、仮面越しには窺えぬ感情を宿して『元神父』オライオン(p3p009186)はオーラの縄を結い上げた。各々が敵陣を撹乱している隙に、オライオンが果たそうとした目的はシリジの動きを鈍らせること。突如として腕に巻き付いた縄は、シリジが引っ張ろうが切り捨てようが容易には消えない。
「……少しの間付き合ってもらうぞ」
「ぐっ、この、離れろ!」
もがくシリジをよそに、オライオンは戦況を見渡す。
(わかってはいたが、数が多いな)
こうしてそれぞれが気を惹き、惑わせて、付き合いが長い盗賊らの連携を散り散りにさせていく。
直後、あどけなさを纏った『雀の守護者』アイシャ(p3p008698)の術が、ハーラの口を塞ぐ。しい、と人差し指を唇へ押し当てたかのような優しさで、離れた所から彼から声を奪った。ハーラがどんなに綴ろうとしても、詞どころか音にすらならぬ呼気。歌えぬハーラが苦しむ様は、シリジを始めとする友人らに衝撃を与えた。
「ハーラに何をした!」
キッとアイシャをねめつけたのは、気の縄と奮闘しているシリジだ。
盗賊に似合わぬ、ただ友を気遣うだけの顔色を見て、アイシャがそっと睫毛を揺らす。
「歌は、優しさと温かさを伝え、心へ響かせるものです」
そう話す彼女の面差しは温かくもどこか、寂しげで。
「誰かを傷つける為の歌だなんて……あまりにも」
――悲しすぎる。
混じり気のないアイシャの一言で、反応は薄くもシリジたちの眉や目許がひくつく。
真白き翼は砂の色にも染まらず、ただ乾いた風だけを受けてさらさらと歌う。『氷翼』冰宮 椿(p3p009245)も双翼と同じように砂漠の風とにおいを感じつつ、彼らの旋律に胸が締め付けられ、睫毛を伏せる。あまりにも、あまりにも悲しい歌だ。どうしてと尋ねたいぐらいに。
けれど椿は問い掛けない。代わりに薄氷を纏った翼が、彼女の信念を物語る。
「さぁ、お仕事……始めます」
ゆるり瞼を押し上げたのち、椿は縫い付けるための体勢を取る。総身に流れる血のごとく、凍てつく情を帯びた彼女が見せる「待ち」の姿勢は、男らを動揺させた。
岩肌を削り、船も静寂も容赦なく呑みこむ黒くて冷たい海。荒れ狂う波濤がいかなるものを奪っていくのか、それを知る『Dramaturgy』月錆 牧(p3p008765)にとってガナー隊の思惑は解せなかった。
(あんなのに向かおうとするだなんて)
凍てつきたいのか、呑まれたいのか。はたまた憧れで描いた絵空事ゆえの衝動か。
いずれにせよ、緩くかぶりを振った牧が留まる理由にはならない。胸裡を掻き乱す痛みを切り払うかのように、牧は地を蹴った。砂塵がたなびこうとも、襲撃者たちの風貌は判る。側面にいた彼女の狙いは一点、黄金の砂に紛れる蜂蜜色。
まなこを定めて見よ、と己の裡から叫ぶ声がある。夢のお告げにも似た感覚を胸に、牧は相手を捉えた。
育ちの良さそうなかんばせを捉えれば、後は断ち切るための空波でハーラの腕を裂くだけで。
「ハーラ!?」
「大丈夫かハーラ! この……!」
ガナー隊から悲鳴に近い喚きがあがり、駆け寄ろうとした者もいる。邪魔されぬよう、彼らを制止するのはやはり夏子やルアナたちの口上だ。どうにか引き付けようとする間も、弱みを突かれたハーラは目を見開くしかなく。
「賊にならずともよかったはず」
動揺に苛まれた男たちへ牧が告げる。朱に染まった腕を押さえるハーラにも、彼の仲間にも。
「わからないのですか。此処に来た時点で、あなた方は失敗しているのです」
●
縄の痺れを破り捨てたシリジが、コウモリを紡ぐ。不快そのものの羽ばたき音が直線上をひた走れば――うた、が聴こえる。
ルアナは盗賊たちを眺めた。歌は確実にイレギュラーズを苦しめるべく紡がれているというのに、何故かその歌声は砂の向こうへ行きたがっていると感じて。なんでだろ、と呟いてみても答えは巡らずに。
「まだまだ、押しとどめるよ!」
何度でも名乗りをあげ、そのたびに蒼薔薇が馨る。
忘れられた塔の幻が歌われる下で、赤黒い一閃がカナメの手元から放たれ、隊員を裂く。盗賊団に踏み荒らされれば、あの工房も、色彩も、街の風景も様変わりしてしまう。そんな展開にはさえまいとカナメが走り回る。隊員たちの狭間さえ縫う動きは、敵陣の視覚を吸い寄せた。
「誰ひとり抜けさせないんだから!」
宣言したカナメへ降りかかる歌や刃がある一方、味方からも離れていた夏子は、盾で歌の波長を押し返し、槍の動きで敵を薙いでいた。吹き飛んだ賊は別の隊員と衝突し、倒れ込む。一部始終を目にした夏子は、口端を上げて。
「やあやあ、大した歌声だ。お返しをどうぞ」
彼の言う返礼により、欠くことを願わぬ色彩が曇り、隊員は息を吐く。もう終わりなのだと夏子の笑みに教えられた彼は、膝を折ることしかできなかった。
粘り強く立つ敵を前に、天使の歌も調和をもたらす癒しの力も、アイシャは耐えなく紡いできた。
「オライオンさん、回復の方をお願いいたします。私はこちらを……」
言い終えるやアイシャが解き放ったのは、正を取り戻す力の波動。仲間たちの心身を侵す死の魅惑は、彼女の祈りとも思える術により打ち払われる。続けて、傷ついた仲間へ届く位置までにじり寄ったオライオンが、癒しの光を砂風へと流す。砂が運ぶ治癒の光が、ルアナたちから痛みを拭う。
そしてアイシャのつま先は迷わずシリジたちの方を向く。シリジが大切そうに握りしめた袋を瞥見し、囁いたのは。
「貴方達の望みは……仲間の骨を《バハル》に還す事ですか?」
シリジの目つきに怪訝の色が乗った。単なる予測でしかなかったがアイシャは確信する。亡き友の生きた証が、骨が袋には入っているのだと。同時に覚えるのは、亡くした仲間のために歌を暴力へと転じさせた、彼らの理由について。
「海を目指すのならば……そのような手でなくとも方法は他にも……」
別の手段があると椿が続ける。周りの仲間たちもそう感じた。
いくら遠くとも大海原へ向かうだけなら、骨を撒く場へ赴くだけなら、賊に身をやつし、色宝を欲する必要はない。
「きっと、還すだけではないのでしょう」
アイシャはぽつりと繋げる。けれど答えは、何ひとつ返らない。
幾度目になるのか、忘れられた塔が物寂しく歌えば、フランが鮮烈な緑からの声援をルアナと夏子へ贈る。前向きな一言も乗った激励が、舞い散る新緑の葉と共に駆け巡ったその近く。牧に宿る憎悪がハーラへ牙を剥いた。
急ぎ事を成すためにも牧の芯は揺れない。懐へ入られたに等しいハーラの眼前で、牧はヌールを歌わせまいと斬神空波で襲いかかる。悲鳴を噛んだハーラは、反撃ではなく後退る道を選ぶ。友へ光明を招くために。
(仲間の回復に固執するのですね、いいでしょう)
そこばかりに意識を奪われているなら、牧にとっては好都合だ。
「何に向かい、何を思おうと……」
振り下ろした姿勢から見上げた牧の視線が、ハーラを射抜く。
「わたしには関係ないことです」
牧の後ろでは、数を減らすのを念頭に置く椿が、弱っていた隊員へ慈悲なる一撃を与える。大太刀に狙われた男に避けるすべもなく、切り伏せるまで瞬きほどの時間でしかなかった。ひと欠片、ほんの僅かな慈悲に撫でられなければ、命を落としていたであろう勢いだ。
「……止めてみせます。何に代えても」
次なる賊へ向き直る椿の様相には、躊躇も迷いも見当たらない。彼女は平和の礎となるべく心を凍らせ、力を揮う。
砂風が濡れた頬に代わる代わる口づけして、深い眠りへ誘う。
盗賊たちはイレギュラーズによって齎されるその誘いに、抗えなかった。
●
防御姿勢を取っていたカナメへと、男の唄うアインが、止めどない泉の匂いが襲いかかる。湧水はカナメを包み呼吸を奪うも。
(歌って、もっともっと刺激あるものだと思ってたけど)
物足りなさにカナメの全身が疼く。
「せっかくだからもっと痛いの欲しいな!」
ひっ、と息を呑む声がする。カナメのマイペースさは賊からすると恐ろしいのだろう。
一方、ブルジュとアイン、二種の歌で場を荒らす男らに対し、ふ~んと夏子が唸った。
「その歌と踊りはつまり、人を傷つける為に磨いたワケだ?」
「なっ……!?」
「ふざけるな!」
包み隠さぬ挑発に乗った男らが、夏子へ斬りかかる。
彼が気を引く地点より遥か後ろで、オライオンはハーラへ駆け寄ろうとしていた隊員へ、言を投げる。
「相応の覚悟は持っている。そう見て良いのだろう?」
願いの在り処も行き先もオライオンの知るところではない。ただひとつ、この場で彼が許さぬのは平穏を崩す行為。だから歌を刃に持ち替えた彼らへ問う。確認するような言葉運びに、盗賊がびくりと震えた。
事情があろうと仕事は仕事。やるべきことを終えるため、オライオンは皆の背を後押しし、両足を支える光を編む。柔らかな光の膜が皆を包めば、内から温かな治癒の力が湧いた。
同じ頃、活力溢れる大剣でルアナが男の腕を、破れかぶれにも似た前のめりな姿勢を掻き捌いていた。慈悲に憐れまれた男は、鮮血に塗れ膝を折る。身の痛みか、心の痛みか、どちらとも判らぬ苦痛に嗚咽を漏らして。
「どうしてそこまで……」
ルアナは身震いした。憤怒に囚われたとはいえ、捨て鉢としか思えぬ熾烈さは常軌を逸している。
だから彼女は、ねえ、と穏やかに問い掛けた。
「貴方達の望みは、色宝じゃないと叶えられないの?」
「ッがは、ぐ、っったり前だ!」
蹲ったままの男は、砂が咥内に張り付こうとも声を発する。
「そうでなきゃ意味ねぇンだよ! 俺も……シリジたちも!」
「えっ、どういう……」
瞬時にルアナの元へ歌が落ちる。アイン――こんこんと湧く泉が彼女を取り込み、続きを聞かせない。
入り乱れる歌が重なり、不協和音と化すのをアイシャは見かねた。だから彼女は歌う。
――愛《アトフ》は巡る。魂《ルーフ》は海《バハル》に還る。
砂漠の民が伝えてきたものの一つを口ずさみながら、皆の痛みに寄り添おうとする。
喉が熱砂に焼けて涸れようとも、仲間のために歌い続ける彼女の情は、いつしか盗賊たちの肌を震わせて。
「やめろっ! そんな、そんな歌を唄うな!」
空気を引き裂く絶叫が響いた。ハーラのものだ。
ハーラの奏でた大音声が天を翔ける。唄に呼び覚まされた雷光が落ちる先はアイシャ――ではなく後方の工房。
結界で守られた工房へ破壊の意が貫かんとするのを、保護結界を張った本人――フランが身を呈して守る。雷に打たれたフランから、淡い光を放っていた種がぱらぱらと色を失い転がりゆく。
彼女の行動に、仲間だけでなく術者ハーラも目を瞠った。
「だめ、だよ、ハーラさん……この青を汚したら」
フランが屈託なく微笑む。
「あたしも……深緑から出て、初めて海を見た時……ほんっとに、びっくりしたの」
きらりきらりと、海の果てで滲む光を思わせる瞳でフランが言う。
「あのね、ちゃんと悪いことしたの反省して、その後、行こ!」
「な、にを言って……」
「海! あたしも一緒に、ついて、く……」
困惑するハーラをよそに喋り続けたフランも、気力が尽きて倒れ込む。咄嗟に駆け寄ったオライオンが彼女を支え、顔から砂原に埋まらず済んだ。
直後、攻勢をやめずにいた牧がハーラを地面へ叩きつける。シリジたちの顔から色が引いた。
「あなた方に興味はありませんから」
手にした刀から人肌の温もりを払い落として、彼らへ恐れを植え付ける。
彼女が確実に死なせなければならないのは、魔種ただひとつ。だからハーラにも、盗賊団にも確実な死は不要で。
「祈るなよ」
体力を失った賊たちを捕らえながら、オライオンが話しかける。
「神が味方するなど、都合良く捉えるな。真に願うのならば手を動かせ」
「! クソッ……!」
悔しさに砂を噛んだ男たちへ、ルアナが語りかける。
「ねえ、強奪はよくないよ」
「色宝があれば……アレさえ手に入れば……」
真っ向から正心を説くも、彼らはそればかり繰り返す。
彼らもまた願い求める身なのだとルアナは痛感した。集めれば願いが叶うとされる色宝。そういう『たからもの』だからこそ、恐ろしい。何らかの奇跡めいた出来事が起きただけで瞬く間に人心は乱され、誰彼かまわず殺してでも手に入れようとする。考えるだけでルアナの瞳が揺らいだ。
シリジにより紡がれたシターで冬嵐が起ころうとも、夏子はためらいなく膝へ力を入れて、踏み込む。
「お前らの事なんて当然知らねぇけども……」
覆い尽くさんとする唄も刃も、そして踊りを思わせる彼らの身のこなしも、人に染み入り、時に人を弾くもの。そうと知るからこそ夏子は問うた。
「分かった上で続けんならソレは、取り返しつかねぇんじゃねぇか?」
重みが異なると示した彼に、シリジの眉間がより深い谷を生む。
指摘されて苛立ったというより、改めて認識させられた現実に感情が曇った――夏子にはそう思えた。
「取り返しがつかなくても構わないんだ」
「んん?」
「取り返すものなんて、無いからね」
返答に夏子は長い溜め息を吐いた。自分の想定より随分深い息だ。それだけ嫌気が含まれていたのだろう。歌謡に舞踊、どちらも夏子にとって豊かさの象徴と呼べる娯楽だ。言わば娯楽で食っていたと言われそうな彼らの、今日に至る経緯は不明でも――楽しませてきたはずの民衆に唾する行為は、やはり見過ごせない。
表面上は常のまま、前途洋々からは程遠い一打で、夏子がシリジを弾く。
そこへ赤が咲き、黒が散る。それはカナメが踊らせた紅時雨。己が一撃はとどめに非ず、機を繋ぐため振り向く。
「今ならいけるよ!」
カナメの合図を機に、戦々恐々とするシリジへ椿の刃が喰らい付く。絶叫も悲鳴もここにはない。漏らさない。ギシギシと軋む音の源は果たしてシリジの骨か、それとも心か。どちらともない鈍い音は、攻め立てた椿にも聞こえていて。
「あなた方がどのような希望を持っているかは、存じ上げません」
ですが、と一拍を挟む椿から桜の花弁が舞い散る――気がして、シリジは見知らぬ花の虜となる。彼女の装束が咲かせる花は、シリジから染みる悲嘆を振り払う。一抹の希望によって保たれていたシリジの嘆きを、あらわにさせる。
「希望(ゆめ)は、現実の前には儚く脆いのですよ」
慈悲深き一太刀に倒れたシリジが、誰かの名を呼ぶ。砂を食み、這いずってでも動こうとしながら。
そして顔をもたげて気づくのだ。掠れゆく視界の奥に、青が広がっていると。
「置い……いで、くれ……僕も……」
目にした青が海かどうかも分からぬほど、混ざり合った意識の中でシリジが呟き、瞼を閉ざした。
●
日常のままの青をよそに、ガナー隊は難しげな顔をしている。戦線を離脱したガナー隊の面々は、後方にいたオライオンが確実に拘束していた。おかげで誰も逃亡すら侭ならぬまま、くたびれた様子で座り込んでいて。
シリジは不意にアイシャを仰ぎ見る。
「……もしも大事な誰かを亡くしたとき、君は折れないのかい?」
アイシャは唇にほんのり笑みを刷く。
「折れたりしません。だって……」
私は、お姉ちゃんだから。
彼女の内に培われた責務を知らずとも、悟れたのだろう。シリジの眦に惑いが塗られる。
「皆さんも、色宝に縋りたくても、誇り《ファクル》を捨てないで」
ガナー隊へ、彼女は真っすぐに笑いかけた。戦意を喪失している彼らの心身に、きっと彼女の言葉は痛いほど滲みる。
そのときだ。歌が聞こえてきたのは。
ガナー隊も、そしてイレギュラーズも、覚えのある歌がする方を振り返る。口ずさんでいたのはフランだ。
「さっきの皆の歌、悲しいけどすごく好きだなぁって思ったんだ」
素直な所感に、盗賊たちが俯く。フランが歌えば、アイシャも同じ旋律を連ねて。
戦の音が去った砂の都で、漂う歌に砂も風も静かに耳を傾けていた。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。工房も街も守られ、盗賊たちの捕縛にも成功。
それだけでなく、彼らへ語りかけた皆様の想いはきっと、彼らのこれからを変えることでしょう。
ご参加いただき、誠にありがとうございました。
またご縁が繋がりましたら、よろしくお願いいたします。
GMコメント
砂漠を拠り所にした彼らの歌う海は、どんな存在なのでしょう。棟方ろかです。
●目標
・大鴉盗賊団ガナー隊の殲滅または撃退
・首都ネフェルストへ突入されないようにする
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。想定外の事態は絶対に起こりません。
●状況
織物工房の前に陣取って、現れたガナー隊へ攻撃を仕掛けます。
作戦内容によって、初期配置や攻撃を仕掛けるタイミングは変わるでしょう。
●敵
歌による魔法がメインで、S字型の剣と短剣をそれぞれ所持している。
・シリジ
ガナー隊を率いる20代前半の男。鉄騎種。
バット:通称コウモリ。中貫。不快な羽ばたき音と黒い刃で攻撃。識別。
マサカ:通称子守唄。中域。痛みと同時に動きを鈍らせる。足止、ブレイク、識別。
シター:通称冬嵐。自域。氷結の嵐で攻撃。氷結、識別。
・ハーラ
ガナー隊の副隊長。シリジとは幼なじみで、20代後半の男。人間種。
ラエド:亡友への歌で雷撃を招く。遠単。必殺。
ヌール:亡友への歌で光明を招く。仲間へ希望を宿す癒しの力。
・ガナー隊の隊員×8体
人間種4、鉄騎種4の構成。10~30代。いずれもシリジたちとは長い付き合い。
ブルジュ:忘れられた塔の歌。それは現実か幻か。中範。狂気、致命、識別。
アイン:湧き続ける泉の歌。溺れろ、溺れろ……何に? 至単。窒息、必殺。
それでは、ご武運を。
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