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シナリオ詳細

不平等取引、もしくは、インサイダーエリミネート

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●記憶と空想と現実
 回る風車の赤い列。笛と太鼓の祭り囃子に、あの男の軍服姿はひどく不似合いに思えた。
 TPOという言葉とその意味を知らぬ歳ではないが、少女にとってここ鳳圏で男が纏うべきは軍服をおいて他になし、と少女は思うのだ。
 そう、あれかしと。

「お兄ちゃん、鳳圏の軍人さんなの?」
 見上げて問いかけると、男は……今井 和彦は、帽子をとって頭をかいた。
 痩せ型で幸が薄そうな、しかし不思議と死にそうにない男だった。
 軍服のあちこちはすれて汚れ、彼がそれなりの修羅場を潜ってきたことがうかがえる。
「そうだよ。残念ながらね」
 そして少女と同じ目線へ屈むと、帽子を被り直してため息をついた。
 やらねばならぬ。そんな諦観が混じった苦笑を浮かべ……。
「いま、国を売った裏切り者を探してるんだ。身分を隠してここに潜入してるみたいでね。ローレットっていうギルドにいる人たちなんだけど、見てない?」

●戦争と戦火
 鳳圏という小部族の話をしよう。
 人口はそう多くはないが、鉄帝国にもノーザンキングス連合王国にも属さず独立国を名乗る彼らの振る舞いは、周辺部族にとって頭痛の種であった。
 鳳圏はその西側に隣接し必至の抵抗によって他部族からの侵略をはねのけ続ける小部族伎庸とノルダインの血筋をうけ略奪を主とする北側の小部族鬼楽の双方から圧力を受けることでやっとその土地におさまっていたようなものである。
 しかしある時を境に軍事力を増し、伎庸の端を徐々に占領。鬼楽とは互いの領地を奪い合うかたちで乱戦状態となっていたが、昨今投入された新型兵器の影響を受け鳳圏優性の状態が続いている。
 地図は徐々に赤く染み広がり、膨れ上がった鳳圏のゆくえに隣接部族のみならずその周辺部族までもが焦りを見せ始めるほどである。
 しかし、周辺部族は未だに分からないでいた。
「なぜ、鳳の奴らはあそこまで土地を広げたがる。民が爆発的に増えたでもなし、自国のプライドを高めるためにしてもあまりに性急だ」

 深い髭をたくわえた伎庸の長『及川 忠臣』は灰色になった髭を撫で、そして対照的にさっぱりとはげ上がった頭を額から後ろ首へと撫でた。困ったときにする仕草だと、そば付きの女性が小声で言う。
 誰に言うのかといえば、伎庸へ入ってきたばかりのローレット・イレギュラーズたちへである。
 伊佐波 コウ(p3p007521)、雑賀 才蔵(p3p009175)、加賀・栄龍(p3p007422)らローレット・イレギュラーズは鳳圏より亡命を望んだ老婆と少女を保護する名目で、鳳圏とはりあえる程度の軍事力をもった部族である伎庸へと入国。はじめは鳳圏の軍服を着たコウたちに殺気だった彼らだが、ローレット・イレギュラーズであることをうけて長への面会が叶った次第である。
 及川は髭へ手をやったまま話を続ける。
「我々伎庸は、先祖伝来の土地を守り民が平和に暮すことが望みだ。鳳圏の土地も人もいらぬ。
 我らの矛は敵を退け土地を守るため。我らの盾は凶弾を払い民を守るためのもの。過剰な争いを、我らは望まん。
 強いていうなら、占領された土地の奪還が叶えばよいが……それがさらなる戦争の激化に繋がるのは明らかだろう」
 そこまで話してから、及川はその場のイレギュラーズへと視線を巡らせた。
 コウは小首をかしげ、栄龍に至っては早くも眠そうにしていたので、才蔵は『仕方ないな』と脳内でつぶやいてから口を開いた。
「火の粉が飛ぶ先が『別』に欲しい、ということでしょうか」
「ふむ?」
 お前の提案を話してみろとでも言いたげなトーンで返す及川に、才蔵は続けた。
「例えば我々がその鳳圏占領地へと潜入し、彼らの内情を探ってくるというのはどうです。連中に気づかれたとしてもそれがローレット・イレギュラーズであれば直接あなた方に敵意が向くことはない。
 仮に俺が捕まったとしても、依頼人の情報は腹にネズミをねじ込まれようとも話しません」
「ふむ、ふむ。それはいい考えだ」
 髭を何度か撫でながら頷く及川。
 才蔵は『そう言わせたくせに』と脳内でつぶやいたが、当然口には出さないのである。
 それがサラリーマンという生き物だからだ。
 更にもう一押しとばかりにコウと栄龍の顔を見てから頷いてみせる。
「このように我々には鳳圏出身の者もいます。潜入にはうってつけかと」
「なるほどなるほど。そうしてくれると大変ありがたい。
 おい香川、例のお嬢さんとその、あー、おばあさんか。彼らに住む家と仕事を割り当ててあげなさい」
「それはありがたい。この中なら、そう簡単に手を出せはしないはずだ。仮に危なくなってもすぐにわかる」
 コウが『どうもご親切に』と言った様子で頭を下げ及川は髭をなでながら『ホッホ』と笑う。そうして、この場はお開きとなった。

●鳳圏占領地帯潜入任務
 伎庸と鳳圏が隣接する地域には鉄条網や柵がたれられ、防衛基地がたてられていた。
 それがある日いつになく強力な兵力が鳳圏側から投入され基地は陥落。
 連絡は途絶し伎庸の兵は残らず死んだとみられている。
「伎庸はハイエスタの血をひく保守的な部族だ。ノルダイン的な鬼楽や軍国主義の鳳圏とは仲がわるく、彼らからの侵略をつねにはねのけつづけてきた。
 しかしその他周辺諸国とは関係が良好で、伎庸があるおかげで侵略されずにすんでいる部族も少なくない。まあ、ヴィーザル東部の防衛ライン的存在だな」
 ここヴィーザル地方は鉄帝国より更に東北にある土地で数々の小部族が文化や血の独自性を保っている。しかし鉄帝国による侵略の歴史から反帝国主義的な連合を結成。略奪の戦闘民族ノルダイン・誇りの高地部族ハイエスタ・英知の獣人族シルヴァンスからなるノーザンキングス連合王国を結成。
 これに伴ってか小部族のいくつかが帝国に与するかノーザンキングスに加入するか、それとも自らもまた国を名乗って独立するかの選択を迫られた。
 鳳圏や伎庸は独立を選択した者たちということになる。
 才蔵はネクタイを締め直し、持参したサブマシンガンを操作。アタッシュケース型へと折りたたんだ。
「とはいえ急速に領土の拡大をはかり軍事力を増強した鳳圏に自給能力があるとは思えない。他部族からの輸入に頼っている物資も少なくないようだ」
 才蔵と同じようにビジネススーツに身を包むコウや栄龍。
「それで、自分らは輸入業者になりすまして占領地に潜入しようというわけか……危険な依頼だな」
「それでも、我が祖国に触れ現状を知るには良い機会。俺なりに、できる限りのことをさせてもらう」

 雪深い道をすすむ馬車の中。
 彼らは占領地の地図を広げ、基地のある場所へとマーカーをたてた。
 占領地は長細い菱形をしており、基地は鳳圏側(つまり東側)に位置している。
 栄龍たちが潜入するのはこの南側からであり、身分を他国の輸入業者と偽り多少の変装をして内部を移動。調査を行うことになる。
「前線の兵は物資が足りず、業者からの誘いをそうそう断れない筈。
 もちろん軽々と作戦や機密を喋るとは思えないから、調査の仕方には注意をはらいたいが……」
 問題はこちらの正体がなにかしらの理由でバレた時だ。
 そうなったらなりふり構わず逃げるほかない。
 それも、追っ手となる兵士と戦いながらだ。
「俺たちの目的は鳳圏内部事情の調査。充分に警戒して、そしていざとなったら全力で抵抗しながら逃げる。守るべきルールはそれだけだ」
 では検討を祈る。
 そう言って、才蔵は変装用の眼鏡をかざして見せた。

GMコメント

■オーダー:鳳圏の内部事情を調査すること
 目的は調査なので、各員が少しでも情報を持ち帰ることができれば成功となります。
 失敗条件があるとすれば誰か一人でも『帰れない』状態になることです。
 ですので、以下の三つを指針にしてプレイングや相談を行ってみてください。

・自分なりに鳳圏内の情報を取得する方法を考える
・背景になにかあるか、自分なりに予想してみる
・誰かが見つかったとき、当人が捕まってしまわないように協力する

■調査と潜入
 皆さんは複数の輸入業者になりすまし、2~3人程度のグループを作りそれぞれ占領地南部から侵入します。
 食料や嗜好品、毛布や衣服など前線基地では必要になるような物資を売り込むことになります。
 その過程で占領地内をちょっと歩き回ったり迷ったふりしてどこかへ入り込んだりといった動きが要求されてくるでしょう。

 占領地は縦に長い菱形をしており、西側に基地、南側にゲートがあります。
 西側にはどうやら居住区があるようで、北側の様子は不明です。航空偵察でも奇妙な暗雲がかかっていて観測できなかったとのこと。
 西側居住区には少数ながら子供も目撃されており、潜入当日は祭りの様相であったといいます。が、その理由もまた不明です。

■依頼の背景
 鳳圏に隣接する伎庸は長年鳳圏からの侵略をはねのけていましたが、此度の急速な軍事強化と侵略になにか裏を感じています。それを暴ければさらなる対策がとれるとして、スパイを送り込もうとしましたが、伎庸のスパイとバレれば状態を悪化させかねません。
 そのため世界的に中立なローレットへ依頼し、調査をさせることにしました。
 ローレット側としては以前亡命者である少女の保護を依頼するための交換条件という意味も含んでおり、また気になる鳳圏の内情を探る良い機会でもあるためあまり断りづらい状況でした。

・鳳圏
 ヴィーザル地方の東に位置する『国』。ノーザンキングスやアドラステイア同様国家を名乗っているが列強諸国からはそれを認められていない。
 ノーザンキングス同様支配するには痩せた土地であり制圧に要するコストの問題からかなり放置されているとみられている。
 軍国主義国家で普天斑鳩鳳王を主とした軍主導の政治が行われている……はずだが、つい最近になって中枢部への立ち入りが禁止されるようになり、鳳圏内部がどういった状態にあるかを鳳圏出身のイレギュラーズたちも把握できていない。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • 不平等取引、もしくは、インサイダーエリミネート完了
  • GM名黒筆墨汁
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年12月12日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

エッダ・フロールリジ(p3p006270)
フロイライン・ファウスト
マリア・レイシス(p3p006685)
雷光殲姫
雪下 薫子(p3p007259)
平穏
加賀・栄龍(p3p007422)
鳳の英雄
伊佐波 コウ(p3p007521)
不完不死
イスナーン(p3p008498)
不可視の
橋場・ステラ(p3p008617)
夜を裂く星
篠崎 升麻(p3p008630)
童心万華
溝隠 瑠璃(p3p009137)
ラド・バウD級闘士
雑賀 才蔵(p3p009175)
アサルトサラリーマン

リプレイ

●登る螺旋階段、もしくは、ハッピーハッピーライフ
 回る風車の赤い列。笛と太鼓の祭り囃子にスーツ姿はひどく不似合いに思えた。
 TPOという言葉とその意味を知らぬ『人生葉っぱ隊』加賀・栄龍(p3p007422)ではないが、栄龍にとってここ鳳圏で纏うべきは軍服をおいて他になしと、彼自身は思うのだ。思うのだが……。
「おじさん、見ない顔だね」
 後ろから声をかけられて、栄龍は『おじさん!?』と軽いショックをうけながらも振り返った。
 風車を手にして、赤いお面を斜めに被った幼い少女である。歳にして五つくらいだろうか。
 栄龍は咳払いをして、ひげの奥でもごもごとしてから喋り始めた。
「この辺りを回ってる商人の……ビータといいます。お困りの品はありませんか」
 栄龍は、何度も練習した営業スマイルを浮かべた。

 自称独立国家、鳳圏。
 ノーザンキングス連合王国が鉄帝に反旗を翻して移行、ヴィーザル地方にあるいくつもの小部族は連合へ加わるか遠ざかるかの選択を迫られ、そのうちいくつかが自分たちも独立を宣言することで統合を困難にするという手段をとった。
 そんな自称独立国の中でもひときわ異様なのが、この鳳圏である。
「古くは高祖斑鳩時代、名もなき荒野と穢れた沼地で猿のように暮らしていた父祖たちを統率し、その広大なる慈愛でもって御自ら荒れ地を開拓なさいました――」
 小学生、程度だろうか。
 散切り頭の少年が紐結いの教科書を両手に広げ、立ち上がってその内容を読んでいる。
 机がおよそ十五台ほど並ぶ教室の後ろには、栄龍と『フロイライン・ファウスト』エッダ・フロールリジ(p3p006270)。
 まるで授業参観のごとき立ち振る舞いだが、立っているのはこの二人だけである。
 二人は商人とそのメイドを装うことで、ここ鳳圏占領地への潜入を果たしていた。今は暮らしぶりを観察するためにと、仮設学校の見学をさせてもらっているところである。
 頭をそっとよせ、問いかけるエッダ。
「……これは?」
「普天斑鳩弥栄……鳳圏国民がみな暗誦できるように教育されてる歴史書の内容だ。要約してはいるけどな」
 この歴史書曰く、鳳圏は荒れ地を耕し蛮族達を併合し村を作った高祖斑鳩時代と、現王が生まれ村を独立させるまでに至った前普天斑鳩時代、そして軍国主義を推し進める現代の現普天斑鳩時代に分かれるとされている。
 王は沼地を清浄な泉にかえ野に花は咲き稲穂は実る奇跡のひととして書かれており、列強諸国の歴史学者はこれの審議について検証しておらず、一部では国民を扇動するための嘘であると主張するものもある。
 そこへくると栄龍は、頭から信じて祖国に忠誠を誓うクチだ。
 ゆえに。
(俺としては非常に不本意だぜ。祖国を疑う真似など……例え如何なる疑惑があっても、鳳圏軍人として……申し訳ありません、大佐、鳳王様!)
 このような具合に、栄龍は申し訳なさでいっぱいだった。
「おや、ご主人様、お顔色が優れませんね。お手洗いを借りましょう」
 付き添いの兵士に手をかざしてから、教室を出て一目につかぬ所へ入っていく二人。
 視線がきれたとわかるや否や、エッダは栄龍の襟首を掴んで壁に叩きつけた。
「今は耐える時だ。
 望む結果の為には、反吐を呑み込んで笑顔を浮かべろ。
 お前が軍人だと言うならそうするべきだ」
「……分かってる。やってるだろ」
「努力が足りないな。作り笑いが軋んでいるぞ。こうやるのです――」
 エッダは花が咲くようにうっとりと微笑み、優しくささやきかけた。
「ご主人様?」
「あ、ああ……」
 栄龍は両手で頬を叩くと、顔を引き締めてクールに笑い返した。

 授業が一通り終わったのだろうか、子供たちが教室を出ていく。
 様子をうかがっていると、子供たちは『食堂』と書かれた部屋へと入っていった。
「給食の様子を見て行かれますか?」
「!?」
 先ほど演技を整えたばかりではあるが、栄龍はその言葉にぎょっとした。
 彼の暮らす鳳圏にももちろん学校はあり、先ほどのように王の奇跡についてや読み書きそろばんなどの教育を受けるが、おせじにも食糧自給が整った国ではないので、各自持ち寄った握り飯を昼にもそもそ食べるのが普通であった。
 だというのに、食堂では暖かい白米や味噌汁、焼いた魚や緑の野菜、はては切った果物や牛乳までもが盆に並び、子供たちがニコニコとした顔でそれらに手をつけていた。
 確かめねばならぬ。
 栄龍は付き添いの兵士越しに、教師へと問いかけた。
「この土地では食糧自給はどうなっているのでしょうか。前線と聞いておりましたから、食料には困っているとばかり……」
「ああ、はっはっは!」
 そうでしょうとも、と教師は笑って手を叩いた。
「普通の国ならばそうなるでしょうが、鳳王様のお納めになられる我らが祖国! この通り食料は端から端へ行き渡っております。
 第一、ここは前線とはいいましてもほぼ居住区ですので、前線に配された兵達の家族が健やかに暮らせるだけの設備と物資が整っているのです。
 ですので、我々が買い付けたいのは遠い国から手に入る医療品ですとか、贅沢品でしょうか。リストを見せて頂きたいので、よければこちらの部屋へ」
 自慢げに語る教師に、エッダは微笑みを絶やさなかった。
(予想が外れた……と言うべきなのでしょうか。民はあまりにも豊かです。戦時中であるにも、関わらず……)
 そんな彼女と同じ事を思っているのかいないのか、栄龍は表面的には平静をたもったまま、教師に促されて会議室へと入っていった。
 そして。
 栄龍とエッダが部屋にはいった直後、教師だけが外へでて扉をぴしゃりとしめた。
「「!?」」
 不自然な動きに身構えた二人。
 そんな二人へ、声がかかる。
「よう加賀。生きてまた会えるとはな」

●色のついた悪意、もしくは、デッドストックコピー
 鳳圏ではお祭りが催されているようだった。
 あんずあめ(甘酸っぱい果実に水飴をからめたもの)を鳳圏兵士の男から差し出された『白虎護』マリア・レイシス(p3p006685)は、それを受け取って微笑んだ。
「随分景気がいいみたいだね。屋台がこんなに出てる」
 景気の定義にもよるが、マリアのみたところ金がより多く動く国は経済的に豊かだ。
 そういう意味で、祭り屋台はよいバロメーターになる。
 今井 和彦と名乗った鳳圏兵士は木の柵によりかかり、『そうなんですよ』と苦笑した。
 腰からぶら下げた拳銃に触れもせず、無防備に。
 マリアと『特異運命座標』篠崎 升麻(p3p008630)が商人と偽って潜入していることを差し引いても、彼は外の人間に対して無防備すぎるように見えた。
 升麻(技術部にはある程度知れている篠崎家の人間であると知られぬように『アオイ』と名乗っていた)は今井に対して気軽に煙草を差し出してやった。
「いやあ、もらえないよ」
「サービスだよサービス。兵隊さんに気に入られとくのは前線商売の基本だろ?」
「正直に言うんだね……ああ、まあ、じゃあ」
 控えめに煙草をひとはこだけ受け取ると、今井はそれを開きはせずにポケットへしまった。
 鳳圏の軍人にしてはやけに『マトモ』なやつだ。升麻とマリアはいぶかしみながらも、彼に話を聞いてみることにした。
「これは何のお祭りなんだい? ずいぶん賑やかだけど」
「ああ、冬を迎えるためのお祭りだよ。この辺は冬ごもりが難しいし、うっぷんが溜まるからね。その前にガス抜きするのさ」
「そうか……なら、保存食がよく売れそうだね。薪や炭はどうかな」
 流れるように問いかけるマリアに、今井は『あー』としばらく考えてから首をかしげた。
「食べ物に困ってる人はいない、かな。薪も余ってるって聞くし」
 資源が整いすぎている。
 本来、土地を武力で占領した場合物資不足から始まるものだし、突然領土が広がればそれだけ自給率が下がるものだ。占領地の人間を奴隷にするなどして労働力を確保するにしても、軌道に乗るまでは大変なはずだが……。
 マリアがちらりとアイコンタクトをとると、升麻が今井に質問を続けた。
「じゃあ、武器はどうだい。これだけ周りとドンパチしてれば弾もいるだろう」
「うーん……そうだね。弾薬は欲しいかも。近いうちにまた領土を広げるって計画があるらしいから、いくらあってもいいよね」
 そうかなるほど、と脳内にメモをとる。
 と、そんな彼女たちに近づいてくる一団があった。
 男とも女ともとれない、銀色の目と紫色の髪をした一団である。
 鳳圏の軍服を着ていたので、マリアは今井と同じ兵士がたまたま通りかかったのだなと考えたが……。
「――」
 升麻は、違った。
 ドクンと胸の奥が爆ぜるような、一瞬頭が真っ白に焼き付いてしまうような、本能的なショックがあった。
 彼らのひとり。軍服についた『鳳圏軍技術将校』のバッジ。そして彼らの纏う、なんともいえない『色鮮やかな気配』。
 同族に感じる、しかし同族ではありえない、気持ちの悪さが……。
「おい、おまえ」
 バッジをつけた将校が足を止め、升麻へ指をさす。
 次の瞬間。
 将校の指から。否、兵士達全員が突きつけた指から紅蓮の色彩が放たれた。

●羽根よりも軽い心臓、もしくは、スチールインハート
 鳳圏の土をふむ。
 伎庸にできた占領地であることを差し引いても、『暗香疎影』雪下 薫子(p3p007259)にとってこのことは大きな意味を持った。
(あのひとの……栄龍さんが生きた国……。そして私も……)
 多くの鳳圏出身イレギュラーズが軍人であるなか、薫子は厳格な家で育てられた箱入り娘である。
 徴兵制度があったとはいえあくまで志願制であり、プロパガンダの影響で栄龍のように軍人に憧憬をもつ者もおおく、実質的に男子はみな軍人になるべしといった風情ではあったものの……薫子にとってはやはり遠い話であった。
 そんな彼と今のような暮らしができているのは、お互いがイレギュラーズという例外的立場……それこそ『特異点』となったためであろうか。
 そんな二人が潜入という形とは言え、互いに鳳圏に帰っている。
 しかも、すぐ手の届く場所にない。
 このまま栄龍が帰らなかったら……などと(責任感の強い彼には決して)あり得ない想像をして胸がざわつくことだって、それはあって然るべきなのだろうか。
「薫子さん?」
 『ジョーンシトロンの一閃』橋場・ステラ(p3p008617)に声をかけられて、薫子はいつも通りの穏やかな笑顔で返した。
 心中いかなる状態であろうとも、忍耐強くあれるというのが彼女の才能(ギフト)だ。
 それを察してだろうか、ステラもまた穏やかに微笑み返して基地内を進む。
 占領地の東部にあった元伎庸前線基地は、古くさくあちこちに損傷の跡があるものの作りはしっかりしており、ガワをそのまま流用する形で鳳圏の前線部隊はこの場所を利用していた。
 が、こうなってくると気になることもある。
「今はここが占領地……つまりは鳳圏領土ですから、伎庸は反対の西側ってことになるんですよね。あそこは居住区のはずですが、大丈夫なのですか?」
「ああ商人さん、そのことですか」
 彼女たちを基地内へ案内した軍人が、穏やかな調子で振り返った。
 足を止め、ここが応接室ですよといって扉をあけて促す。
 部屋に入ってみると、調度品が中途半端に並べられそれらを一蹴するかのごとく鳳圏のエンブレムが部屋の奥へ飾られている。
 大理石テーブルの手前側のソファーへ腰掛けてみると、手すりのあたりに黒い染みのようなものがあるのがわかった。
 薫子はそれが何かわからなかったが、ステラにはそれが血痕だとわかった。
 脳裏に描く。大勢の鳳圏軍人がライフルを片手に基地内へ突入し、この場で茶でも飲んでいた誰かが慌てて立ち上がった所を無数の銃弾が襲うさま。よく見れば、部屋奥のエンブレムからちらちらと弾痕をパテで埋め固めたような跡がみえていた。
 基地を占領したというより、収奪したというほうが正しいのかもしれない。
「さて、さっきの話ですが……はは、なんと申しましょうかね。言ってもいいのかなあ」
 軍人の男は眼鏡をわざとらしく直すようなしぐさをして、薫子とステラの顔をそれぞれ見た。
 二人は顔を見合わせ、そして鞄からビスケットの箱をおもむろに出してはテーブルに置いた。
 そして、スッと軍人のほうへと寄せる。
 中身がビスケットだとするにはどうにも重量のある音だ。
 軍人は何かを察して、その箱をつかみ取って自らの膝に載せた。
「この先商売をするのですから、知っておいてお互いに損はしないでしょう」
「そうですよねえ。そちらも安心してものを売りたいでしょうし。はは、仕方ないなあ」
 それこそわざとらしく困った顔をする軍人に、ステラは内心で苦い言葉をはいた。
「たしか、武器弾薬を多くお求めだとか。そのことと……関係がおありで?」
 ステラの切り出しに軍人はええそうですともと笑顔で頷いて返す。
「この占領地は、前線にいる兵の家族を住まわせるための一時的なものにすぎません。そうですねえ……あと一週間もせずに、伎庸は落ちますよ」
 当然じゃないですか、とでも言わんばかりに。
 ステラは驚きを押し殺し、出された湯飲みを手に取る。
「伎庸全体を軍事制圧できてしまうのですか? 一週間で? それはすごいですね。確かに弾薬も多くいるはずです。医療品はどうですか。痛み止めなど多くご用意できますが」
「ああ、それは結構。武器だけで事足りますよ。無駄遣いは怒られるんでね榛名大佐に怒られるんでね」
 ――榛名大佐。
 という言葉に、薫子は鋭敏に反応した。
「『あの』榛名慶一大佐殿がこの作戦の指揮をとられているのですか。それなら、商売もしがいがありますね」
「でしょう!?」
 だから安心してくださいよ。
 軍人は何がおかしいのか大笑いをして、薫子たちと商談を進めた。
 必要とするのは多くの武器。
 しかし兵站に必要そうな物資はほとんど求めないという、かわった要求であった。

 時を同じくして、基地内。
 『真庭の諜報部員』イスナーン(p3p008498)は伎庸の人間から予め聞いていた基地の目立たない通路を用い、一目につかないように潜入を果たしていた。
(鳳圏は余り詳しくはありませんが話に聞くにかなりきな臭いようですね。黄泉軍計画等名前からして真っ当な計画には思えませんがこれは調べがいがありそうです)
 伎庸兵士ならば使い慣れた裏口もあろうが、無理矢理殺して奪ったとなれば鳳圏兵士たちが知らないのも無理からぬ。
 イスナーンは地元で培った注意深さや忍び足で丁寧に基地内を進み、やがて事務所のような場所へとたどり着いた。
(どうやらアタリを引いたようですね……)
 イスナーンが調べようとしていたのは『食糧等消耗品の使用状況の推移』『最近の作戦報告書』『黄泉軍計画にまつわる情報』のうちいずれかだったが、食料と黄泉軍計画についての情報はこの基地内で集めるのは難しいように見えた。
 一方で作戦報告は書面でまとめられていたらしく、当然というべきか基地にそれらがファイリングしてまとめられていた。
 持ち去るにはかさばりすぎる。要点だけを手帳にまとめてあとは記憶しておくことにした。
 概要は、こうである。

・伎庸および鬼楽を密かに通過し、周辺領地への内部工作を行う計画。
・伎庸の長、及川 忠臣の暗殺計画とその人員候補。
・ノーザンキングスの諸勢力。主にハイエスタとシルヴァンスに対する攻撃と技術者の拉致や収奪の計画。
・久慈峰弥彦中将の鳳王への背反行為の疑いと、その部下達への監視。
・行方不明扱いとなっている鳳圏軍人お呼び一部国民の調査。その殆どはローレット・イレギュラーズであることが判明し、彼らへの監視が提案されていること。そしてポータルでの移動ができる以上監視が困難であるとして見送られていること。

 最後に。
「えー、と……伎庸潜入中の工作員より報告。占領地0017への潜入計画あり。計画者は……及川 忠臣。ギルドローレットを利用し……」
 イスナーンはそこまでの内容をざっくりと読んでから。『うん』といって笑顔で天井を見上げた。
「バレてますね、私たち!」
 直後、天井の通気口やら壁からの透過やら背後のドアやらから次々と兵士が現れ、一斉にビーム照準器つきのライフルを向けてきた。
 体中赤い点だらけになったイスナーンはやれやれと言って肩を落とし、手帳を袖の中に素早く収納した。
「持っている資料を置け」
「武器はとるな」
「魔法も発動するな」
「動いたら殺す」
 それぞれの方向にいる兵士達が次々に命令するその中央で、イスナーンは『銀行強盗のパラドクスって知ってます?』とか言いながらにこやかに手を上げた。
「そう殺気立たないでくださいよ。私がここにいる兵士を全員なぎ倒せる益荒男かなにかに見えますか? 武器だって持っていないでしょう? 魔力計を持っている方は? 発動も感じられないはずですよ。
 いいですか? 私は抵抗しません。反撃しません。もちろん誰も殺しません」
 と、言いながら。
 片足でコンッと何かを蹴飛ばした。
 ドアのある側の兵士へ転がっていった楕円形の物体。
 イスナーンは『ああ』とつぶやいた。
「逃げはします」
 突如として破裂する物体。広がる不思議な粉末に兵士が目や喉をやられている間に、イスナーンは口元を布で覆いながら兵士達の間を駆け抜けた。
 隠し通路を知っていて逃げ足の速いイスナーンと、この基地を占領したばかりで侵入者の追跡計画を特に練っていない鳳圏兵士。
 もはや、逃走劇の結果は明らかであった。

●君死にたまふこと、もしくは、リユースボディアーミー
 商人として占領地北区へ潜入した『不完不死』伊佐波 コウ(p3p007521)と『アサルトサラリーマン』雑賀 才蔵(p3p009175)。
 彼らは途中で見つけた特殊な服装をした兵士を二人ほど気絶させ掃除用具入れへと押し込むと、彼らの服を奪った。
 というのも、北区の暗雲の深い空の下、奇妙な箱形施設が建設されていたためである。
 伎庸ではこんな施設があることは聞かされていない。むしろもっと、なんてことのない普通の場所であったはずだ。
「なんとまあ、いかにも怪しい施設を見つけてしまったものだな」
 やれやれと言いながら帽子を被り直す才蔵。
「しかし、だからこそ『アタリを引いた』のかもしれないな。例の兵器がいかにして生み出されたのかも、分かるかも知れない」
「ああ……」
 例の兵器。『黄泉軍計画・伊邪那岐型』。
 兵器を計画名で呼ぶのは、これが正式運用されていないせいなのか。実際鳳圏占領地内を歩いてみたが伊邪那岐型の姿を見ることはなかった。
 どの兵士もどこか平和そうで、余裕そうで、時折一般市民らしい女子供がふらふらと出歩いては兵士と穏やかに会話をしていた。
「祖国を疑うのは、心が痛むか?」
「それは……できるならこんな真似などしたくないさ。
 ただ、これ迄の事実を照らし合わせると、何者かが暗躍しているのは確かだ。
 それを確かめる為にもこの任務。例え裏切り者の誹りを受けようと完遂してみせる」
 それを聞いて、才蔵はフッと軽く笑った。
「大げさだ。案外、この行動が祖国を救うことになるかもしれないぞ」
 拳銃のセーフティーを解除し、いつでも撃てるようにしつつホルスターへ収める。
 コウも同じように拳銃を収めつつも、眉をしかめて『何故』の視線を送った。
 説明しようか、と歩きながら話し始める才蔵。
「ここまでの事件と、今日見た内容を照らし合わせるんだ。
 まず事実として、鳳圏の軍服を着たアンデッド兵士がいた。
 この兵士が特定の人間を襲撃するように運用されていた。
 次に、鳳圏では幼い少女ですら徴兵されるという主張があった」
 三つの指を立ててから、新たにもう一本の指を立てる。
「反論。しかしこの占領地の民は平和そうだ。
 反論その2。ここに至るまで黄泉軍計画の兵士を見ていない。
 反論その3。徴兵逃れで亡命者まで出たにしては、この土地の少女の言動が普通すぎる」
「…………まて。矛盾しないか」
 コウは手をかざし、小さく首を振った。
「あんな兵器が運用されてるのに、国民は平気だとでも言うのか?
 自分は『こんな』だから国内の知識がそう広いわけではないが、少なくともそこまで倫理観が狂っては居ないはずだ」
「うーん……そうだな。鳳圏国民全員が少女の死体で戦車を動かすのが平気なくらい頭が狂ったという説もないではないが、いくらなんでも不自然すぎる。
 むしろ、『国民は知らない』ととるべきじゃないか?」
 ごくり、とコウは息を呑んだ。
 アンデッド兵器が運用されている。
 国民はそれを知らない。
 このかけ算の先にある答えを、予測してしまったからである。
 はじめは国内ででた死者を兵器転用したのかと考えたが、偶発的に出る死者を兵器にするには供給が不安定すぎるし、統率をとらせたり一個中隊規模で運用するのは無理がある。
 とすれば、生きている人間を中隊規模で新たに『確保』して、一度にまとめて伊邪那岐型に改造するのが妥当だ。
 その確保手段として過剰な徴兵が行われていたと、当初は考えたが……。
 この土地の人々を見る限り、そのような徴兵が行われている様子はない。
 では、どこから確保したのか。
「止まれ。カードを見せろ」
 小銃を抱えた兵士が通路の途中でコウたちをとめるが、服と一緒に奪ったカードをかざしたことで通された。
 まるで化学工場のような防護服とガスマスクを着て、除染室を通り、分厚い扉を抜けた先には……。

「ようこそ、僕の『ひみつきち』へ」
 見目麗しい青年が、優しい微笑みでコウたち二人を出迎えた。
 いや、彼の顔と名前を知っている。
 『黄泉軍計画 技術顧問』無黒木 楓。
 いわば、コウを作り出した人間である。
 と同時に、左右から防護服をきた兵士たちに拳銃を突きつけられる。
 この場所に誘い込まれたのだと気づいた時には、二人の銃はとりあげられ、それぞれガスマスクを無理矢理外された。
 途端に、ムッとした腐臭がはなをつく。
「いかがです。黄泉軍計画のアンデッド兵。その伊邪那岐型を一度に複数生産可能なプラントです。壮観でしょう?」
 両手を腰の後ろで押さえられた状態で手すりまで歩かされる。
 そこから見えたのは、同じ防護服を着たスタッフたちが円柱型の水槽のようなものを点検して回る風景だった。
 淀んだ緑色をした水槽の中には年齢もバラバラな男女が直立状態で入っており、なかには幼い少女の姿もあった。
「これは……まさか……!? 貴様、『伎庸の人々』に何をした!」
 目を見開いて叫ぶコウ。
 楓は優しく彼女の頬に手を当てた。
「そう怒らないで、姉さん」
「――」
 言葉につまるコウ。
 一方の才蔵は黙ったまま、足下をじっと見つめている。
 才蔵は戦意を喪失したのだろうと考えたのか、楓はコウへと語りかけた。
「彼らはもう死んでる。薬を使って苦しまずに殺したよ。本当さ。
 鳳圏の奴隷になって一生苦しい思いをすることもないんだ。これからは幸せな、第二の人生が待ってる」
「怪物に作り替えられる人生か」
「ひどいな、蓮華姉さん。よく見て」
 楓が指をさすと、少女のはいった水槽から液体が抜かれ、スタッフの命令どおりに手術台のような場所へと歩いて行く。
 まるでお祭りの日にオモチャを買って貰ったかのように朗らかな笑顔で手術台へ寝ると、その笑顔をまるで絶やさないまま手足を切り落とされていった。
「あの子たちはもう苦しくないんだ。食事も睡眠もいらない。余計な夢も希望も持たない。命令に疑問をもたないし、悲しみに涙を流すことだってないんだ」
「外道が……」
 吐き捨てるように言うコウに、楓は笑いかける。
「ああ……可愛そうに。顔も声も姉さんそっくりに作り替えてあげたのに、素体の脳に邪魔されてるんだね。姉さんだったらきっとそんなこと言わなかった。僕を褒めたはずさ。そうだろう?
 大丈夫、この計画を完成させて、きっと姉さんを取り戻してみせるから」
 そこまで語ったところで、才蔵が突然ウワアと叫び始めた。
 拘束する兵士がつんのめるほど勢いよく膝を突くと、泣きわめきながら地面に額をくっつける。
「嫌だ! あんな化物になりたくない! 死にたくない! お願いします! こ、殺さっ、殺さないで! その女は差し上げます! だから俺だけは! 俺だけは助けてください!」
「何を言っているんです……」
 一転、楓の表情は冷ややかに変わった。
「なんでもします! 知ってることは全部話します! そ、そうだ! 仲間がいるんです! 仲間の名前も能力も全部話します!」
 わめきちらす才蔵に困ったのか、スタッフたちも顔をしかめて楓の顔を見はじめる。楓も首を振り、スタッフに彼を立ち上がらせるように命令した。
 無理矢理立たされた才蔵はうつむいたまま、ぐすぐすと鼻をすする音をたてている。
「今更なんですか。みっともないと思わないんですか。仮にも姉さんの付き添いだった男がこんなにあっさりと。なんでそんな態度がとれるんです」
「なんで、だって?」
 ス、と鼻を啜るおとがやんだ。
 まるで。
 全部演技だったみたいに。
「時間稼ぎのために決まってるだろうが」
 上げた才蔵の顔には涙などひとつもない。
 代わりに、不敵な笑み。
 と同時にコウが足に仕込んでいた爆竹を放り出して破裂させ、気を取られた兵士を肘で殴り倒し銃を奪った。
 クイ、と首をかしげた才蔵ごしに兵士の頭を打ち抜くコウ。
 才蔵も袖の間から愛用の銃を滑り出させ、楓とその周囲にいる兵士達めがけて乱射した。
「くっ……!」
 腕で銃弾を防ぐ楓。酷い損傷をうけたが、彼の肉体はすぐに再生を始めていた。
「ミス・伊佐波と同じ処置を自分にも施したか。そんなことだろうと思った」
「だったらどうします。どのみち二人だけで僕らを倒せなどしませんよ」
「だろうな」
 そして才蔵は製造施設へ銃を向けると、完成したばかりの乙式戦車へ発砲。彼が事前に仕込んでいたドローンが戦車への弾込めを終えていたらしく、戦車は反射的に才蔵たちのいるデッキめがけて発砲。
 激しい爆発に包まれる。

●幸福の代償、もしくは、ジャイアントトレード
 さて、ここまでの話をきくうち、こう考えた方はおられようか。
 『ラド・バウD級闘士』溝隠 瑠璃(p3p009137)が登場していない。
 その通りである。
 北区に潜入し巧みに情報を聞き出しコウの不死性を利用しつつ脱出を果たした才蔵たち戸は別に。
 東区で商人になりすまし賄賂や交渉術を用いて首尾良く領土拡大計画を聞き出した薫子やステラとは別に。
 同じく東区の基地に潜入し鳳圏が密かに一部の将やイレギュラーズを監視しようとしている計画を察知しつつ優れた逃走術で兵士から逃げ切ったイスナーンとは別に。
 瑠璃はたった一人、鳳圏占領地東の居住区に誰でもない誰かとなって溶け込み彼らの様子をつぶさに観察していた。
 伊達眼鏡の奥で目を細め、これまで得た情報を脳内にメモしていく。
 第一に、鳳圏の民は豊かで幸福であるということ。
 服装や食料の様子や、贅沢品の様子から見てもそれは明らかだ。
 鳳圏軍は伎庸の土地を占領したのち家屋等々を一度解体清掃し、新たに作った住宅地に兵士の家族を住まわせていた。
 彼らに戦時中ならではの貧しさやピリピリした空気はなく、そのくせ戦時中らしいプロパガンダ広告諸々はしっかり張り出されていた。
 兵士の家族が住んでいるだけあって子供や女性が殆どだったが、それが失踪したないしは徴兵されたという話は聞かず、『きな臭さ』を一切感じられなかった。
 だが、それこそが瑠璃の感じた最大の違和感である。
(今まさに敵地を占領した軍隊とその占領地が、ここまで平和そうにしてるなんてありえないゾ! こいつら……『自分で戦ってない』な!?)
 現実的な話として、殺人は人の心を摩耗させる。
 誇りでトリガーを軽くしたとて、やった事実が変わるわけではない。
 そのため実行そのものにワンクッション置かせるという試みがいくつかの軍でも検討されているという。それほど、戦いとの切り離しによる軍の維持は重要課題であった。
 鳳圏は、どうやら、『戦う担当』が兵士の他にあるらしい。
 そしてその結果として彼らは急速な軍備拡張や領土拡張にも関わらず資源の不足を起こさず、どころか民はどんどん裕福になっていくらしい。
(まるで魔法だな。けど、そんなウマい話があるわけないゾ……)
 瑠璃は潜入のなかで得た情報をたよりに、居住区の学校へと向かう。

 さて、ここで。
 栄龍とエッダに視点を戻そう。
 案内された部屋に入った途端、二人だけを残して扉を外から閉じられたことでエッダは高速で武装。身構えた。
 それも部屋の奥で椅子に腰掛け、机に脚をのっける青年に向けてである。
「よう加賀。生きてまた会えるとはな」
「――っ」
 拳銃に手を伸ばしかけていた栄龍が、びくりと止まる。
 エッダは構えたまま、小声で『お知り合いですか』問いかけた。
「……志村」
 一呼吸おいて。
「志村 亮介。訓練兵の頃、同期だった」
 潜入がバレていたのだろうか。
 栄龍は彼を、腐れ縁の友を撃つべきかどうか迷った。
「そゆこと。俺と加賀はダチだよ。おっと、武装を解いてくれないかな、そっちの可愛いメイドちゃん……名前は?」
「まだ名乗っていい相手かわかりません」
 油断なく答えるエッダ。もちろん、武装も解かない。
 亮介は参ったなといって両手を挙げて見せた。
「鳳圏憲兵隊陸軍准尉、志村 亮介。今井と同じで久慈峰中将直属の部下だ。あー、今井って知ってる? こう、ぱっとしない顔で女にもてなさそうな常識人なんだけど」
「知りませんし知ったことではないのです。誰ですかその久慈峰……」
 言いかけてエッダは『ああ』と頭上に豆電球をあげた。
「私たちローレットに、『最初に』あのアンデッド兵の討伐を依頼した鳳圏軍人でしたね」
 思い返してみれば、あの時点からおかしかったのだ。
 栄龍をはじめ元鳳圏民であったイレギュラーズたちは周辺部族との戦争状態ゆえに鳳圏に帰ることが出来ず、こうして身分を偽ってやっと潜入できたくらいだ。
 だというのに久慈峰弥彦中将(と久慈峰はづみ少佐)は鳳圏からずっと離れた場所で例の伊邪那岐型アンデッド兵と交戦しており、なおかつ鉄帝国内の飯屋で栄龍たちに接触してきたのだ。
 更に述べるなら……。
「アンデッドとはいえ鳳圏の兵隊を『壊せ』と命じるのは、鳳圏軍人として矛盾するのではありませんか」
 エッダはあくまで冷徹に、そう設計された兵器のごとく、まっすぐに突き出した鋼の右拳を志村准尉へと向けたまま、まっすぐに切りそろえた前髪の間から彼の目を見ていた。
「だ、な」
 対して志村准尉は両手を挙げ、しかし机にのっけた足をそのままに、歯を見せて『ハハッ』と笑った。
「なあ加賀。もしお前みたいな鳳圏軍人が『そんなこと』をするとしたら、どんな時だと思う」
「は……」
 問われて、しかし、栄龍は答えられなかった。
 生きた弾丸の如く教育され、鍛えられ、上官の指がさししめした先に自らを穿つことを人生としてきた栄龍にとって、『弾が射手へと飛んでいく』などという自体が想像できなかった。
「ま、お前はそういう奴だよ。だから中将は、お前を最初のトリガーにしたんだろうな」
 やっと机から脚をおろし、志村准尉は立ち上がった。
「聞け、加賀。いま俺たちの祖国は我欲と悪徳に蝕まれてる。
 祖先が、子孫が、冒涜されようとしてる。
 久慈峰中将はそれを察知したが、持ちうる兵力でこれを止めることはかなわないとも察した。
 ならばどうする。周辺敵国もアテにならない。ノーザンキングスはもっとアテにならないし、ゼシュテル鉄帝国はもっともっとアテにならない。だからとりうる手段は一つだけだ。
 加賀。
 いや、お前の後ろにある組織に火がつけば、自ずと祖国を食い破りに来る。
 それも、できるだけ人道的に」
 今になってやっと、護身用の拳銃にかけた手を離した栄龍。
 そんな彼の鼻先まで近づいて、志村准尉は目をしっかりと合わせた。
「お前がその弾頭だ。引金も引かれず撃鉄も下ろされず雷管も叩かれず火薬も爆ぜずただ自らの意思だけで飛ぶ弾頭だ。飛び方も飛ぶ先も自ら選ぶ弾頭だ。
 俺はお前のダチだが上官じゃない。だから命令もできない。お前が選べ」
「俺が……」
 志村准尉の圧力に飲まれつつある栄龍。しかしエッダはあえてそれを放置した。
 この先を、きっと彼は聞くべきだろうと考えたためだ。
 志村准尉もまた、背筋を伸ばし居住まいを正して、まるで上官からの伝言をそのまま述べるかのように栄龍へと問いかけた。
「加賀。お前にとって国ってなんだ。鳳圏ってなんだ。
 『王と権威』か? それとも『民と土地』か?
 どちらか決めろ。保留は許されない。決めたら、ここへ連絡しろ」
 三次元暗号コードがプリントされたカードを栄龍の胸ポケットに差し込むと、志村准尉は立ちすくんだままの彼を通り越し、部屋の扉に手をかけた。
「じゃあまたな。次逢ったときは連絡先交換しような、エッダちゃん」
 パチンとウィンクする志村に、エッダは肩をすくめて拳を下ろした。
「自分はまだ名乗っていませんが」
「そうだっけ?」

●夜明けの色、もしくは、ニューカーテンコール
 占領地南区。升麻へ向け不気味な兵達が力ある『色』を発したその瞬間。
 直感的に危機を察したマリアが彼女を庇うように飛び、そんなマリアへ殺到する紅の殺意を――。
「んぐっ……!?」
 両腕を大きく広げ立ちはだかった今井が代わりに受け止めた。
 そして小声でマリアたちに呼びかける。
「逃げて。奴らは僕が足止めする」
 何故と問う余裕はない。マリアは驚きと怒りで表情を乱した升麻の手を引いて、占領地の外へと走り出した。
 後では今井が『うわーごめんなさい民間人を撃ったと思って僕うわー』と素なのか演技なのかわからない取り乱しかたをして兵隊たちにしがみついている。
 それを聞き流し、とめてあった馬へと飛び乗るマリア。
 後ろに乗せた升麻は、歯を食いしばって唸った。
「奴ら。あの『クズ』ども……技術部に力を売り払いやがった……!」





 翌日になって、潜入作戦に従事した10名のイレギュラーズ全員が無事に合流。伎庸の助けを借りる形で鉄帝国へと逃げ延びた。
 獲得できた情報はあまりに大きく、そして重い。
 この先自分たちが取るべき行動も、また。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 獲得できた情報が多岐にわたるため、ここで一旦情報をまとめます。

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●鳳圏の民事情
・民はみな平和で裕福に暮らしている。
・徴兵制は従来と変わらず、強制的に連れ出される様子はない。

●鳳圏軍の侵攻計画
・伎庸へのさらなる進軍が決定しており、数日で伎庸を制圧しきれると考えている。
・ノーザンキングス連合王国への敵対も計画され、シルヴァンスとハイエスタが主な対象となる。
・イレギュラーズ化した鳳圏国民をある程度把握しており、警戒している。
・これらの指揮をとっているのは榛名大佐である。

●黄泉軍計画
・制圧した敵対部族の市民を改造し、アンデッド兵として運用している。このことを鳳圏国民は知らない。
・『黄泉軍計画 技術顧問』無黒木 楓の狙いは死んだ姉を取り戻すこと。伊佐波コウは別人を素体として作られた器である模様。
・鳳圏の『色使い』篠崎家の力が技術部に渡り、利用されている模様。

●久慈峰中将の狙い
・鳳圏内でおきた怪しい動きとその規模を察知し、鳳圏を破壊しすぎず対抗可能な勢力としてローレットを引き込むことを計画。志村准尉、および今井を使ってローレットを暗に手引きした。
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 以降の行動についてはアフタアークションをご利用ください。
 あなたの選択と行動を、お待ちしております。

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