シナリオ詳細
チョコレートは砕けて溶けた
オープニング
●汚い字の日記
〇月×日
雪の中であまいどろのかけらをみつけた。
おにいちゃんは物知りだから、それを”チョコレート”だって言ってた。
だけどこれは知らないことになった。
だれにも言わない約束をして、おにいちゃんと半分こした。
いちばんつらいときにたべることにしたけど、
すぐになくなっちゃった。
○月▲日
うまくおいのりができなかった。
ちょうばつぼうに入った。
マザーはきげんが悪かった。
3日ごはんをもらえなかった。
ぜんぶイレギュラーズのせい!
おにいちゃんがのこりのかけらをくれた。
ぜんぶたべていいよっていった。
●
天義(聖教国ネメシス)の首都フォン・ルーベルグより離れた海沿い。美しく円形の都市――名を、『アドラステイア』と呼ばれる都市がある。
美しい光景とは裏腹、その中で行われている行為は、「おぞましい」の一言に尽きる。
大人たちは身寄りをなくした子供を洗脳し、ぼろ雑巾のようにこき使う。自分たちは安全な位置に陣取って、血を流し、忠誠を競い合う子供達を見守っているのだった。
彼らが信じるのはファルマコン。いびつな神だ。
下層部。女のカンテラが、処刑場に救う巨大な蛇を照らしていた。蛇は甘えたように舌を出す。
彼女はマザー・カンタトール。蛇の方は彼女が聖獣、などと呼んでいるが、とんでもない。単なる魔物だった。機嫌が悪くなるたびに子供たち(生贄)を差し出し、言うことを聞かせているに過ぎない。
「マザー・カンタトール。何の御用でしょうか……」
少年……クリフはひざまずき、ずっと下を向き続けている。機嫌を損ねれば、ムチが飛んでくる。機嫌の良い時は干からびたパンを地面に放って恵んでくれることもある。いずれにせよ、地面を眺めている方がメリットがある。
「ねえ、かわいい私の子供達。あなたは何か、神に言えないようなことをしていないかしら」
マザーは悲しげな顔をして、少年の肩をつかんだ。
「……!」
(……ふうん、何か後ろ暗いことがあるのかしら、このガキ)
クリフはたしかに外の世界と通じ、脱走を企てていたが、カンタトールは別に彼の気持ちに勘づいているわけではなかった。
全員にこれをやっている。パンのかけらをくすねただとか、多かれ少なかれ悪事を働いているものだ。
まあ、どうだってよい。重要なのは聖獣がお腹を空かせているということ。でも、これで決まった。
「私がもっと心配なのは、あなたの弟のことなの。”あなたがいなくなってから、弟はどう思うかしら”」
「え」
食べていいわよ、と号令があった。
蛇はすぐそばにやってきていて、クリフを平らげていた。
祈りの鐘が鳴り響いていた。
●10:00PM
「わざと捕まる……というのはかなり危険な賭けだろうな。だが……マザー・カンタトールを殺せれば、十分に見返りがあると踏んでる」
『探偵』サントノーレ・パンデピス(p3n000100)は苦虫をかみつぶしたような表情をしていた。
今回の任務は危険なものだ。わざと捕まり、裁判において、マザー・カンタートルを殺害することだった。
通常、捕まったものは断罪の儀式が行われる。カンタトールは過去に失態をして功を焦っている。だから、裁判は独断において、捕まったその場ですぐ行われるだろう。
「俺が調べたところ、カンタトールのクソ野郎は自己本位の屑だ。カンタトールは自分の庭で事を片付けて、意気揚々と上に報告しようとするだろう」
マザー・カンタトール。
子供たちを聖獣の餌にしているという恐るべき害悪。
「俺はクリフという少年と、書簡を通じて連絡を取り合っていたが……ここ数日、連絡がない。クリフはあの都市ではまともな人間だったが、弟と一緒でなくては脱出できないと言って脱出していなかった。計画がばれたのかしくじったのか……まだ諦めてはいない、心づもりではあるが……おそらく彼の救出は難しい……と見ている。だが、諦めたくはない。せめて、兄の方だけでも……なんてな。カンタトールさえ片付けば、ちょっとはましな地獄にはなるだろうからな……」
●魔女裁判
「ご機嫌よう、不届きな闖入者のみなさま。ご安心なさって、ここでの裁判は慈悲深く、法に則って行われますわ」
アドラステイア外周、野外。
高い塀がたち塞がっている。
カンタトールは聖書をぱらりとめくっていた。
イレギュラーズの周りを、武器を持った子供たちが囲んでいた。
「罪状を読み上げて、サリー」
「国家動乱をせしめた罪! 神への冒涜!」
「そうね、致命者への罰は?」
「有罪」
「有罪!」
「有罪!」「有罪!」
裁判はあまりに一方的なもので、一つの結末に向かって進む。
「いかにして処遇するのが妥当でしょうか?」
「死罪、死罪、死罪、死罪、死罪!」
子どもたちがわっと叫ぶ。誰もが必死に。
『一人だけ声が小さかった?』
『回数が少なかったのでは?』
『楽しそうではありませんでしたね?』
カンタトールにこびるように、彼らは必死に叫ぶ。次に処断されるのは彼らであるかもしれないのだから。
叫ぶ彼らの中に、震える手で石を投げるその少年を見ることができるだろう。
「かえして! おにいちゃんをかえして!」
- チョコレートは砕けて溶けた完了
- GM名布川
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年12月08日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●乗合馬車
『愛娘』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)は、馬車から降りてきた一人の男とすれ違う。
吐き気がするようなネクタイの柄。……、しかし男は見せつけるように襟を直した。
フードの下、炎の様に揺れるマリアの髪。
「今、マリアは、怒って、いる。邪魔を、するなら、」
「いえ、とんでもない……。今回、子供たち(アドラステイア)とは無関係ですよ。
別件の仕事帰りでしてね。今度はくれぐれも……”チョコレートなどに釣られませんように”」
●アドラステイアの子供たち
「止まれ!」
イレギュラーズを迎えたのは、険しい顔をした子供たち。
まだあどけないが――彼らは兵士だ。
「うん……そっか。ついていくよ」
『砂漠に燈る智恵』ロゼット=テイ(p3p004150)は素直に武器を受け渡す。
その重みに腕が大きく沈む。……やはり、まだ子供なのだ。
「私はシスターです。武器などという物騒なものは持っていません」
花琳・アーティフ・ムンタキム(p3p009318)は両手をあげた。困惑し、指示を仰ぐように仲間を見る少女。
「確かめろ」
「でも……」
「お前、告発の成績は最下位だったよな。次に消えるのは誰なのかな? 楽しみだよ」
そうやって脅してみせる方の声ですら張り詰めている。
「大丈夫ですよ」
花琳は自ら武器を持っていないことを示して見せる。
少女の首筋から鞭打ちのあざが見えた。
ばき、と、足元で小石がはじけた。
「!」
「いえ、なんでもありませんわ」
ああ……本当にクソッタレな光景だ。
(神の名を騙り、大人が子供を虐げ支配する理不尽を強要する地獄……それがアドラステイア。
今も糞野郎が我が物顔で子供達を恐怖で縛って愉悦してやがる)
花琳は拳を握り締める。
(私達がぶち壊してやる……カンタトールをブッ潰してな!)
「ああ、かっこいいだろう? この手袋」
眼鏡の位置を直しながら、『壁を超えよ』杠・修也(p3p000378)はこともなげに言った。きらりと反射する眼鏡。……子供たちには、その真意は読めない。
さすがにその手袋を武器だとは思わなかったようだ。
(マザー・カンタトールね……)
子供たちの媚びるような感じから普段の調子もわかる。
(丁寧な言葉遣いでも控えめに言って性格悪いし、美醜はともかくクソババアって言われる種類になるんじゃねぇかな)
「皆様、素晴らしい成果ではありませんか。ネズミどもがこんなにも! さあ、お勉強ですよ。裁判で我々の正しさを証明しましょうね――」
『白獅子剛剣』リゲル=アークライト(p3p000442)は強く、強くその剣を握った。今はまだ姿を現す時ではない。
(幼い子供は、親の言うことが絶対なんだろうな……)
『優心の恩寵』ポテト=アークライト(p3p000294)は、子供たちを想う。……疑うことの無い環境であればなおさらの事。
(自我が育ち切らない子供を洗脳するのは容易い。戦災孤児という弱い立場を利用するなど余りに酷い)
この潜入の目標は、マザー・カンタトールの討伐。
けれど……間に合うのなら。
「リゲル」
「ああ、行こう。真っすぐに親を慕い、信じる彼らを道具としか見ていないアドラステイアのファザーやマザーたちを許せない。まだ、子供たちは罪を償って他の道を歩いていける」
「そうだな。手遅れになる前に助けだそう!」
できうる限りすべてを。
キールだけではない。
手が届くなら、全てを。
(許されてなるものか)
リゲルは怒りを闘志に変えて、一歩足を踏み入れる。
引き立てられて、なお。両手をふさがれ、拘束されても『虚刃流直弟』ハンス・キングスレー(p3p008418)は微笑んでいた。
(不安を煽り、恐怖を注ぐ。して結末は何処へやら。
ああ、神さまごっこはさぞ楽しかったでしょう?)
かつての偶像。
ハンスにとって、こんな光景は――、シンプルに、不快だ。
「ねえ、怪我も多いし、顔色だって悪そうだ。君たちは……大丈夫、じゃない?」
子供たちは、殴られることには慣れていても。罵られることは覚悟していても。
いたわられることには、無防備だった。
青の鳥籠。
側にいたくなる。すがりつきたくなる。
奇妙にもたらされる安心感に、思わず祈りたくもなる。
「やめろ! そいつらは人殺しだ!」
強い殺意を向ける男の子。
ああ、君がキールという少年なのか。見透かすように水色の目は細められる。いたわるように揺れる翼。
(きっと、そうだね)
お兄さんに似ているんだろうな、と思った。
●魔女裁判
(あれが聖獣、か)
天罰を下す聖なる獣、修也からしてみればそれはただの蛇。
聖なる獣など笑わせる。
単なる生き物。そういうもの、だ。蛇のありようにケチをつける気はなかった。
(聖獣でも魔物でもいいが人が餌ってんなら。そこに善悪はないと思える。害獣として排除しないとなとは思うが)
「これから、正義にのっとってかんいさいばんが行われます」
粛々と、裁判は進行するはずだった。
「うーん、この者たちはなにか悪いことをしたらしいねえ」
ロゼットの言葉。
反論が行われたのだ、と一瞬遅れて子供たちは気がつく。
どうしたらいいかわからなくなった。取り押さえるべきか。しかし、ロゼットは両手を肩の高さまで上げていた。
叫んでいればおそらくは止めることができただろう。口をふさぐことができただろう。
けれど、その言葉は淡々と紡がれる。
害意が無い、武器も持っていない。そんな相手に、どうすれば?
「まあ、それが君たちの正義であるなら罰を受けるのは、仕方がないのだけれど。
でもわからないんだ、この者たちなにかしただろうか」
小首を傾げ、子供達を見る。
「罪状、ファルマコンを信じぬ罪!」
「どうしてそれがいけないのかな?」
言葉に詰まる。
だってそれはここでは絶対的な”悪”だから。
「わからないから、教えてくれないかな。【それとも君たちもわからないのかな】」
「ロゼットさんの言うとおりです。私達の行いが罪だというのなら……まずはその教えを先に教えて頂かなければ「正当な裁判」と言えませんよ? それは貴方達の神の教えにも背くのでは?」
予想外の方向に、子供たちはざわめく。
「わからないのに裁判するなんて【正しくないよね】【賢い子供達】【ここの神様の教えを教えてくれないかな】」
ロゼットは圧をかける。
追い詰められているのは、縄を打たれたイレギュラーズではなかった。
(黙ったままだと、周りに不信を抱かれるんじゃない?)
口をつぐむことは許されない。それは糾弾の的になる。
けれど、口を利いて、もしも間違ったことを言ってしまえば――。
聖獣はシュウシュウと息を吐いている。
「沢山の子にいっぺんに教えられても、聞き取れないんだ、ごめんね。そこの君、教えてくれないかな」
「いけない、こと、だから」
なんとかひねり出した答えは稚拙なもので。それでも子供たちは合唱する。
「どうして?」
「まさかわからないとは言わせませんよ、敬虔なる神の子供達。さあ、私達にもわかるように教えてください」
これは危険であるとマザーは判断した。
「静粛に! 静粛に! 静粛に! ――」
「今日という日の花を摘め」
マザーのヒステリックな言葉を掻き消すように、青い鳥が羽ばたいた。
瞬間、具現角【空踏】が、空を切り裂く。
『存在しない』鉤爪を生ずる為の具足。あるはずがなかった。武器など……。ありえないものだ。
「武器をきちんと取り上げなかったのですか!」
「空想を奪う事なんて、できないよ」
神気閃光。
天秤は、善なるほうへと収束する。
ハンスから零れ落ちる光が、子供たちを傷つけずに寝かしつける。
「被告人を捕らえなさい!」
子供たちを顧みずに放たれるマザーの光は、ハンスと比べればあまりに弱い。動けず、怯える子供たちを、何か……真っ黒の腕が、別方向に引っ張った。
白の『同胞』黒黒が、一人、二人。そして、――素早く動いて、その手で一人をかばった。
「大丈夫か? 仲間を見捨てていいのか?!」
どうして、この人たちが助けてくれるのか。
「異教徒の言葉を聞いてはなりません!」
「武器を」
それまで黙っていたマリアが、髪で拘束を解き放ち、子供たちに促した。
「あの蛇。聖獣だと呼ばれてはいるが、アレはお前達も気にせず餌とする、ぞ?」
「……だ、だめ」
「信仰を捧げるのは自由だが、神も、アレも、勿論あのマザーも、それに報いることは、ない。
少なくとも、今日を無事に生き延びたければ、マリア達の武器を返して此処から離れること、だ」
「だめ。だめ、殺されちゃう!」
ぎゅうと荷物袋をかき抱く子供。
それでもその説得は、効いた。
抵抗する力は弱い。不意を突くなどたやすいことだ。
「マザーをお守りしろ!」
「……」
神気閃光。
マリアのその光は、慈雨となって、次々と子供たちに安全な眠りを与える。
「あなたたち……っ!」
(気を失っていれば、盾としては使い難いだろう?)
この女が、子供をただの盾としか見ていないことを見抜いていた。だからこそ――これには意味がある。
(油断、したな)
マザーは、己が常に優位にあると考えていた。
ここは自分のフィールドで、この場を支配していると。
だが、十分に時間を稼いだ。
捕虜が動いたことで子供たちの顔は青ざめる。シェイプシフトで、修也は縄を抜け出していた。だが、その目的は排除じゃない。
バシリスクの尾がしなる。
子供たちを飛び越した修也は、ショウ・ザ・インパクトを放った。間一髪、すれすれで子供たちは吹き飛ばされる。
その上を、蛇の尾がうなりを上げて通り過ぎてゆく。
あと一人が射線上に。
流星がきらりと通過し、拾い上げる。
バシリスクの一薙ぎががらがらと地面を崩した。
それは白銀の騎士と、騎士に寄り添う、惜しみなく与えられる優心の恩寵。
「よく頑張ったな」
その一瞬だけ、厳しい雪が解けたかに思えた。
ポテトの癒しは、子供の傷を癒やした。
「親とは、子を守り、慈しみ、時に厳しくしながらも子が道を違えぬように導くものだ。
だがお前達アドラステイアのファザー、マザーは子供達を良いように利用しているだけだ。
そんなお前達を許しはしない!」
リゲルが剣を構える。
「一人でも捕まえなさい!」
はっとしてロゼットにつかみかかる子供。でもそれは、ロゼットが意図したものだった。
「この者達の正義は乱暴かも、ごめんね」
神気閃光。まばゆいばかりの光が、子供を包み込んだ。
マザーは子供の後ろに隠れようとした。
「はっ、逃がすかよ!」
ロゼットの光の奥から、花琳のシルエットが浮かび上がる。
「よぉく、わかったよ。テメェ等の神が如何にクソッタレかがよ。子供達にこんな理不尽強いて何が神だ! こんな邪教こっちから願い下げだ! 一片死んで悔い改めな!」
きらりと、何かが光った。いや……。
つんざくような光が収縮した。
「ぎゃあああ!」
カリンのまなざしが、エネルギーを帯びていた。
まるでそれは冗談みたいな光景、そして、威力。
カリン★ビームが、カンタトールを貫いた。
●神様、どうか弟を助けてください
走れ、走れ、取り戻すために。
「ハンス君、どの子がキール君か教えて?」
と、ロゼット。乱戦のさなか。同じような格好の子供たち。だが、迷うことなくハンスはすうと一人の少年を指した。
ハンスは、武器を構える少年の前に降り立つ。
「やあ、君がキールくんだね。どうして名前を知ってるのかって?」
「やっぱり、やっぱりイレギュラーズがお兄ちゃんを」
「そう、殺したのよっ!」
マザーが吹き込んだ偽りの物語。
ハンスの刃流皆伝【空踏】は彼をかすめることすらなく。子供たちの誰一人として傷つけることはなくまっすぐに飛んでいく。
その空想が成し得るは時間跳躍、あらゆる障壁を蹴り破る虚光の槍。羽ばたけば、結果だけがそこに残る。
自分に射かけられた矢、そちらを振り返る。
「君は、仲間をかばったね。友達を気にしたんだね――置いていけなかったんだね」
ちゃんと、見ていたよ。
青き翼は絆を束ね、業を連れ――それ故、脚は【空を踏む】。
誓いは此処に。光の速度を超えて。何度だって、必ず彼は辿り着いた。
蛇が遅れて突進してくる。
「ああ、こっちに来るなら手間が省ける」
修也のフルメタルボム。黒蓮之祓から放たれるいくつもの爆発が蛇に襲い掛かる。蛇はまだ恍惚のうちに閉じ込められていた。
「おまけだ」
より一層強い爆発が起きた。
「子供は大人に守られるべき存在だ。
盾にされる等ありえない。
この世界は異常だ!」
リゲルの剣が、道を切り開く。
ポテトのソリッド・シナジーが、柔らかな風となってそれを追いかける。クエーサーアナライズが、凍てつくような冷気を振り払った。
「マザーの守護聖獣を気取っているのか?
カンタールが悪魔崇拝者ならば、お前は悪魔の化身だ!
正義を掲げ、ここに断罪する!」
リゲルの剣がきらめいた。
黒星。
それは、静かなる断罪の刃。自ら迷い、自らが決めた意思の力。子供たちには、そして、アドラステイアにはない断罪の光。
それは蛇にさく裂し、蛇の毒は蛇自身を蝕んだ。
「逃げろ」
マリアは武器を素早く奪取すると、そのまま柔らかく突き飛ばし、武器を構える子供たちへと、庇うように背を向ける。
マリアの娃染暁神狩銀はそばにあった。
満ちぬ伽藍瞳。自在に変化する髪に気をとられてそれを見ていなかった――マザーは、目を合わせるべきではなかった。
アウイナイト。
色に飲まれるがごとく息をのんだがもう、遅い。
マザーが身をかばおうとも、それはほとんど、意味をなさない。
「同胞はもう十分いるだろ?」
白はその手を差し出し、子供たちを庇う。庇い続ける。その手を伸ばしてつかみ取る。
どうして、と瞳は語る。振るわれるままに受け止める。武器を持つ子供たちに背を向けて立ちふさがる。
(痛いんだろ? そうしないと生きていけないんだろ? さあて、狙いはあのババアだ)
手を振り上げる花琳。
盾を構えていた子供たちにわずかにおびえが走る。
(大丈夫だよ。怖がらせてごめんね)
神を信じぬシスターの、ダークムーンが暗く照らすは、そう。
あの卑怯な女と蛇だけだ。
耐えかねて。
蛇が吐き出したのはキラリと輝く銀紙だった。ただのゴミと誰もが気にとめなかった、それは。キールにとっては……。
(どうして……)
「大丈夫」
ロゼットが手を伸ばす。
「俺達は敵じゃない。君を救いに来たんだ!
クリフは……君のお兄さんは、君と一緒に脱出しようと頑張っていた!
お兄さんの為にも、ここから脱出してまともな世界へ逃げのびて欲しいんだ!」
微かな兄の記憶。
(背中をうたれたの。ひどいことするね。大丈夫。もうすぐ助けが来るからね)
「おにいちゃ、」
「立って、とさ。もう背中は痛まないか?」
花琳の声は兄のものとは違うけれど――でも、背中のけがを知ってる。花琳の声に目を見開いた。
「兄の分まで君は生きるべきだ、キール」
降り注ぐ癒やしの力は、ロゼットのものだ。
「君に話したい事があるんだ。この者達は君とお兄さんを迎えに来たんだよね」
震える手で、ナイフを握る。騙されるな。殺さなくちゃ。
(マザーか、なにか言ってる)
でも、ハンスの声はそれ以上に心地よいものだった。
「何も考えられない? そうだよね」
ハンスの言葉は子守歌のように、柔らかで。
「大丈夫、このまま目を閉じて。おいで」
身体の力が抜けていった。
「飛ばせねぇよ」
怒り、翼をはためかせる蛇が浮き上がろうとする。
だが、その翼に修也の魔砲が炸裂した。
修也は立ち続ける。力を魔力に変え傷を覆っていく。
ポテトの天使の歌が、包み込むように流れていた。
「ああ、ああ、なんたること! もう一度教えてあげなくてはならないようね! 帰ったら、皆さん分かっていますわね? 取り戻しなさい! 命がけでも!」
(そして、自分は逃げる心算ってか)
どおんと、ハンスのアシカールパンツァーが鳴り響いた。
もう、マザーを守る盾は近くにない。リゲルは思い切り立ち塞がる。黒星の一撃。
「人相には人生が宿るという。
貴女の顔の醜い皺は、不正義なる行いの現れだ! 悔い改めろ!」
「逃げられると思ったか?」
花琳の一撃が大地を揺らす。
「や、やめ……」
「へっ、トドメだ。悔い改めろや!」
ヘビーサーブルズ。
へこんだ大地に、蛇がずるずると落ちていく。
「や、やめなさい! やめなさい! 私は、私はっ」
(蛇に喰われる恐怖を味合わいなよ?)
もがくマザーに、白はピューピルシールを放った。
●片割れ
蛇は倒れる。
巻き込まれて、カンタトールは悲鳴を上げる。
似合いの末路だろう。
「マザー、マザー!」
統率を失った子供たちは呆然としている。
「俺達は、キールも……皆も救いたいと思っている!
本当は傷つけあうのは嫌なんだろう?
俺達と共に逃げよう! 俺達が、君達を守るから!」
リゲルの剣が、いっそう輝いた。
(言葉が届かない子供達が多いことは知っている。だが諦めたくはない)
だって彼らは、”助けて”と言っているから。
「まって! まって! どうし、」
聖獣からぽろりと落ちた欠片。それを見た少女が突然走り出す……何かに手を伸ばした。革の破片を必死に取り戻す。顔色を変えて泣きじゃくる。
ポテトが察して、蛇の身体に手を伸ばした。受け止めた。
「! ポテト!」
リゲルは、手を差し伸べる代わりに剣での一撃を放った。最後の一撃を放てず、蛇の頭は底へ落ちていく。
「どうし、聖銃士になったって、上に行ったって、おねえちゃ……!」
白は、マザーからキシェフを拾い上げていた。
「へーこれがキシェフか……欲しい?」
「……ください」
「!」
「それがないと、妹がミルクをもらえない!」
「やめろ! 俺たちに妹なんていない! 子供たちは全員がアドラステイアの」
「ちょうだい! 私はどんなことをしてでもキシェフがほしい!」
「ま、て、俺も! 俺も欲しい!」
一人言えば誰もが叫び出す。
ああ、この部隊は引き離された兄弟の片割れなのだ。引き離されて人質に取られている。
彼らは――今は、戻れない。
●残されたものは革の切れ端と、銀紙一つ
先ほど、聖獣にすがりついた少女。呆然として、白の差し出すグラオ・コローネを囓った。
「……甘い」
と、小さくつぶやいた。キールは眠っているが、その手はポテトが渡した銀紙を強く握りしめている。あれは姉の姿だとわかったのだろう。
「二人……」
あの地獄から助け出した。
聖獣とマザーを討伐したことで、彼らの寿命は間違いなく延びた。
「もしキールの行き場が無ければうちの孤児院で預かる。この子も」
「それがいいよ」
白が言った。
「寒いのってつらいもんな」
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
もしも全員を助けようとする意思がなければ、一人は蛇に巻き添えになってたことと思われます。というよりか、半数くらいは助けられないかな、と思っていました。
ひとまずは、もぎ取った可能性に乾杯を!
GMコメント
●目標
マザー・カンタトールの討伐。
(オプション)クリフの弟、キールの保護
●登場
マザー・カンタトール
皺を刻んだ中年ごろの女性。
聖獣を使役し、けしかける。
遠距離の神秘攻撃。本人はそれほど強くはないが、子供たちを盾にして戦う。
聖獣<バシリスク>
巨大な羽の生えた蛇のような姿をしている。
敵味方無差別の範囲攻撃を行う。通常、マザー・カンタトールにだけは当てないようにしている。深く傷ついたときはその限りではない。
裁判時、カンタトールの隣に控えている。
子供たち×10
深く神を信仰する、いや「させられている」子供たち。
戦うことに抵抗はないが、新米であり、動きはかなり戦い慣れていない。
その一人、キール
兄の敵と思い込み、イレギュラーズたちを憎んでいる。
蛇を倒せば蛇がチョコレートの銀紙を吐き、何かを悟ったように呆然とする。多少は暴れるだろうが、連れ出すことが可能になる。
●状況
アドラステイア外周にて、裁判に引っ立てられています。
武器は取り上げられていますが、大分甘いです。ちょっと工夫したり欺いたりすれば持ち込めるでしょうし、すぐそばで子供たちが抱えているような状況にあります。
数名手分けして捕まらずに追跡としても構いません。
探偵曰く、任務が成功さえすれば、上は「外周で裁判を独断で行おうとしたことは全てカンタトールの責任にするだろう」との読みです。子供たちはまあ、とりあえずは大丈夫だろうと(大丈夫なのかどうかはさておき)。
●裁判
一方的に進んでいきます。何かこの間に引き延ばして、仕掛けても構いません。
有罪となれば子供たちによる処刑です。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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