バトル・オブ・ランウェイ

オープニング

●これまでのあらすじ
　古来よりファッションに顕れる魔力によって発展してきた世界「ライブラ・コレクション」であったが、その歴史は悪のモデルと正義のモデルの争いの歴史であった。
　この時代も正義のモデル「西神　猛土（さいしん　もうど）」と悪のデザイナー集団「ワル・サシヨーヤン」の熱き戦いが繰り広げられていたが、今まさに正義が敗北しようとしていた……。

「ごめんね猛土……。私がワル・サシヨーヤンに捕まったばかりに」
　病院のベッドで眠る猛土の傍で、幼馴染にして猛土を支え続けてきたデザイナー「糸撚　布織（いとより　ふわり）」の涙がこぼれる。
　猛土はワル・サシヨーヤンのモデルを次々に打ち破り、何者も立ちはだかる事は出来ないかに思われていた。
　しかし、猛土とて人間。卑劣な罠で幼馴染を盾に取られ、服を脱がされてしまえばもはや最強のモデルではいられない。命こそ取られなかったが――それは取る必要がなかったから、なのだろう。
「ワル・サシヨーヤンとのコーデバトルはもう明日だよ。
　猛土が居たらあんな奴ら敵じゃないのに……でも、私、モデルを集められなくて」
　布織の手が震える。
　モデルの居ないコーデバトルなど成立しない。戦わぬままに悪の勝利が確定してしてしまうのは目前に思えた。
「服なら今からだって間に合わせるのに……！
　どうしよう猛土、どうしたらいいか全然分からないよ」
　布織の嗚咽が響く。
　貴方がその病室のドアに手を掛けたのはまさにその時だった。

●コーデバトルしようぜ！
「みんな、ファッションに興味ある？」
　イレギュラーズを集めたポルックスはそう切り出した。
「実はね、服のコーディネートでいろんな魔力を引き出す世界があるの。
　その世界では、悪のファッションリーダーと善のファッションリーダーが争ってるんだけど、善のファッションリーダーが負けそうになっちゃってるの！」
　幼馴染の女の子を盾にして、服を脱がせてボコボコにしたんだって、とポルックスは頬を膨らます。
「でね、皆には悪のファッションリーダーであるワル・サシヨーヤンとの戦いの助太刀をしてほしいの。
　この世界での戦いはコーデバトル……ファッションショーみたいな形式で行われるから、戦いに自信がなくても素敵なコーディネートでランウェイを歩いて、ビシッとポーズを決めれば大丈夫！」
　きっと勢いでなんとかなるなるとポルックスはにっこり笑って。
「だから、きっと何とかしてきてね！いってらっしゃい！」

参加者 : 4 人

冒険が終了しました！　リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧（4人）

リプレイ

●舞台裏にて
「ふうん、コーデバトル……いつものようにお馬鹿さんたちをぶっ飛ばすお仕事じゃないわけね」
　『対価の魔女』カロン＝エスキベル（p3p007972）が薄暗い舞台裏で満足げに唇を持ち上げた。
「あのぉ、言われた通り作りましたけど本当にその服でコーデバトルするんですか？」
　後ろからおずおずと布織が声をかけるが、カロンは自信ありげにウフフと笑うばかりだ。
　今はガウンに包まれているが、その下に一対何を着こんでいるのか……。
「僕たちに任せたまえ！
　奴らはこの美しき流浪の吟遊詩人≪アイドル≫がコーデバトルでお相手しよう！」
　眉を下げた布織を励ます様に背を叩くのは『魅惑する男』テルクシエペイア（p3p009058）だ。
　暗闇の中でも艶めく緑色のベルベットのフロックコートは金糸が縫い込まれて豪奢なデザインだが、豊かな金髪と緑色の瞳は服の色合いと調和して、そしてなにより自信満々な立ち振る舞いが吟遊詩人と言うよりも王子様然としてしていた。
　当初は服に合わせてカツラも用意されていたが、「いやだァ！　頭にちくわ乗せた変な髪型になんかになりたくないッ！」と拒絶したためにコートと同じベルベットのリボンで一本結びにしている。
「コーデバトル……。武力に劣る者が武器を作ったように、魅力に劣る者が服を作った。
　ブキと、フク……これらは同じ語源を持つ言葉だというのは見ての通りよ（コーデバトル入門（服明書房）より抜粋）」
「なんと、その様な謂れがあるのですね」
　本を片手にチュチュ・あなたのねこ（p3p009231）がしたり顔で語ると、『刑天（シンティエン）』雨紅（p3p008287）は見た目に似合わず少女のように素直にうなずいた。
「だからこそ、武芸百般の猛者が武器を自在に操るように魅力に溢れる者こそが、最も服を上手く着こなせる……」
（猛土。貴方がやられたのは確かに罠のせいかもしれない。
　けれど。貴方自身を磨くことを怠ったのも、その大怪我の要因ではなくて？）
　入門書に書かれた言葉を諳んじながらチュチュはスポットライトに照らされたステージを見つめる。
　まもなくワル・サシヨーヤンとのコーデバトルが始まろうとしていた。

●古風なる貴公子
　テルクシエペイアは自信満々な足取りでランウェイを歩き始めた。
　脳内ではさっそくこの世界でも魅了してしまったファン達が「テル様ー！」と声援を上げるのが聞こえる。
　もちろんそんな事はないのだが、無根拠なものと言えどモデルにとって自信とは最も重要なものの一つだ。
　どれほど美しいモデルであっても自信がなければ会場に飲まれるし、動きにキレがなくなる。
　その点、テルクシエペイアは100点だった。
　なにしろ一兆四千万のファンを脳内で飼っているのだ。会場にいる観客から向けられる視線など彼にとってはそよ風のようなものだ。
　その余裕が、ゆったりとした歩調に紳士然とした余裕を与える。
（見たまえ、この美しく整えられたレースのジャボ……糸撚君のデザインの腕には舌を巻くね！）
　ドレスシャツの胸元を飾るジャボは精緻なレースで縁取られている。
　レースもジャボも同じ色合いで一見してただの布を折りたたんだだけのジャボに見えるが「紳士とはこういうところにも気を抜かないものです」という布織（デザイナー）の美学のようなものが窺い知れてテルクシエペイアは胸を熱くさせた。
　胸を張り、観客に見せつけるようにランウェイの端まで歩ききると、テルクシエペイアは大げさなほど大胆に一回転する。
　それはコートの裏地まで見せつける為だ。
　裏地とは着ていたら見えない部分である。しかし、布織の作った緑色のフロックコートは裏地まで表面のベルベットと調和するデザインだった。
　見えたのは一瞬に過ぎない。だが、コーデバトルに慣れた観客たちはしっかりとそのこだわりを目に焼き付けていた。
（君達にも感じられただろう？糸撚君の情熱と善なる魂によって彩られた仕事ぶりが――）

●祝日のお出かけ着
「争いはあまり好まない質なのですが……。私が力になれるのならば、喜んで」
　そう言ってコーデバトルに参加する事を決めた雨紅だったが、内心は様々なお洒落を間近で見られる事を楽しみにしていた。
　相手方も悪ではあるが、お洒落とは人を笑顔にするもの。それは雨紅の学ぶ芸事にも通じるものだ。
　決闘に場違いな胸の高鳴りを隠しながら雨紅はランウェイへ足を踏み出した。

　観衆は静かに、しかし漣の様に息を漏らす。
　雨紅の紅色のコスチュームは照明の元で一層艶やかにきらめいていた。
　体にぴったりと沿うように作られた赤い上衣に絶妙なバランスで添えられた黒は派手さを上品さに変換している。更に袖や裾に施された金の刺繍は上品さをそのままに華やかな『特別』感を齎していた。
　そして、観客が釘付けとなったのは素晴らしい体幹により歩いているのにむしろ静的な印象のモデルとその後を追うように流れる布だ。
　雨紅の後を追いかける肩布は華麗さも相まって高貴な生き物の尾びれのように見える。
「色っぽいものや、小さくて可愛らしいようなものは、私には難しそうなので」
　ステージに出る前にそうこぼしていた雨紅であったが、確かにこの姿はそのどれにも当てはまらない。
　祝祭の日に人の前に現れた紅い瑞獣。観客たちはそれを歩く姿に見た。
　やがて雨紅はランウェイの終点に辿り着くと携えた棒を一回転。更にそれを床に突き立て足を絡ませてポールダンスの様に回って見せる。
　真っすぐに雨紅を追いかけていた肩布はその形を柔軟に変え、雨紅の衣服の印象を書き換えていく。
（踊りなどの類であれば、自信がありますよ。楽しんでいただければ幸いです）
　ポーズを取りながら、自分を見つめる観客たちに雨紅は微笑んだ。

●えっちぃやつ
「私のないすばでーでせくしーなプロポーションでうふんあはんな結果にしてあげるわよ、ふふっ」
　カロンは先行して衣装を披露しているワル・サシヨーヤンのモデルを覗き見ていた。
　まだ幼さの残る体つきをした少女モデルは、自身の可愛さを重点に置いた小悪魔的なロリータパンクを披露している。
（相手は何でもいいけど貧乳相手なら負ける気はしないわ）
　遠目に見てもぺったんこな相手の胸部を見ながらにんまりと笑みを深めた。

　カロンがステージに立った瞬間、観客はどよめいた。
　ステージの上に立つ豊満な美女は――実際豊満であったからだ。
　何を言っているのか分からないと思うので描写していこう。服には体型を隠す役割だとか急所を守る役割だとかがある。しかし、カロンの着る服にそういうものは無かった。
　手足は、ふかふかの毛皮がついた長手袋だとかエナメルのピンヒールだとか、まともなアイテムを纏っているようだが……。上半身はほぼほぼ網である。
　柔い女の肉が食い込んで六角形の陰影がまるで模様の様に肌を覆っている。ごくりと会場にいる男が生唾を飲み込む音が聞こえる様だ。
　それでも、右側は見事な黒薔薇の刺繍で覆い隠されているものの左側は想像の余地もないほど際まで露出している。何故か胸の下の部分だけ穴が開いていて窮屈そうな谷間が見えるのもいけない。
　下半身は私はスカートです。としれっとした顔で主張しながらも、その実ただのパンチラ生成機関にしかならないような丈の布にガーターベルトと妙にテカテカしたストッキング。
　煽情的というレベルではない。これで大通りを歩いたらポリスのお世話になる可能性もあるやつであった。
（コーデバトルだとこういう格好をしても「前衛的」で済むのは調べてるわ）
　そう、ファッションはこの世界の根幹である。ファッションの歩みを止めるという事は衰退に他ならない。
　故に最低限の倫理さえ守れば、ステージの上でモデルとデザイナーが何をしようと自由という不文律があるのだ。
（きひひひ、いくらワル・サシヨーヤンでもこれ以上脱がすとこのお話そのものが成立しなくなるわ？
　あとはウォーキングもねっとりポージングもすけべすけべで男性票をかっぱらうだけね）
　鼻の下を伸ばした男性客にカロンはうっふん、と胸を寄せるポーズを取った。

●あなたのねこ
　チュチュの姿はまるで黒猫だ。
　大きな柘榴色をしたとんがり帽子にふわふわの短い毛皮のコート。そして細く白い足。
　靴は最大のお洒落だというのに彼女は裸足だったが、それに顔を顰めるものは居なかった。
　歩く度にぺたぺたと音がして、分厚い毛皮のコートの中で体が蠢く。
　何もかもがアンバランスで冒涜的だった。
　見方を変えれば母親のコートを着た幼子のようにだって見えるはずなのに、だれもそのように見てはいなかった。
　誰もがコートの下の薄い体を想像したがっているのに、そうするのを躊躇っている様に見えた。
　チュチュだけが本物の黒猫のように素知らぬ顔でランウェイを歩いている。
　最前列でその様子を見ていた男は頭の奥に甘い疼きを感じたが、努めてそれを追い出そうとしていた。先ほどの肉感的な女性に求めるのであれば問題ないがこんな相手に求めるなんて馬鹿げている――。
　そう思っていたのに。
　いつの間にかランウェイの終点までたどり着いたチュチュはコートの襟をはだけさせる。
　むっと甘い香りが立ち込めたような気がした。
　そして、チュッチュッと濡れたように瑞々しい唇が求めるように吸い合わされる。
　些細な音だというのに耳朶を直接叩かれたように響き――痺れる。
　その様子をチュチュは猫の様にゆっくりと瞬きをしながら見ていた。

●
　舞台袖に下がったチュチュは歩いてくる男を見つけて目を細めた。
　コーデバトルはイレギュラーズの勝利に終わるだろう、だが――。
「ワル・サシヨーヤンにトドメを刺すのは……貴方よ」
　チュチュの声を背に西神・猛土はステージへと飛び込んでいった。

成否

成功

状態異常

なし