PandoraPartyProject

シナリオ詳細

花籠に神様は居ない

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ――どうして。

 彼女は何時だって、そうやって口にする。

 ――どうして、裏切ってしまったのですか……?

 独立都市アドラステイア。小高い塀にぐるりと囲まれた円形のその都市は外界を『穢らわしい偽りの神』を信仰する国家を拒絶していた。
 冠位魔種ベアトリーチェ・ラーテが天義に残した大きな傷跡は『信仰』という人間の柱を揺らがせるものであった。今まで信じ続けた神が呆気もなく紛い物であるとでも言うように災いを齎したのだ。
 故に、彼女たちは自身らの信ずる存在を崇拝し、お祈りの鐘に合わせて祈りを捧ぐ。
 その祈りを害する存在を彼女は――ティーチャー・カンパニュラは是としない。

「ティーチャー。鼠の駆除は完了しました」
 白い鎧に、身の丈ほどの大剣を背負った少年は背筋をぴんと伸ばしてそう言った。
「そう、ですか……」
「はい。ティーチャーの仰る通りでした。『奉仕活動』は如何なさいますか?」
「あなた方で滞りなくお願いします。統治都市を滞りなく運営するためには濾す事も必要です。あなた方の慈愛の心にわたくしは感動しております」
 紫の髪を揺らし、目を細めて祈りを捧げるティーチャーに少年は「有難うございます」と頭を垂れた。
「ユミス。褒美を差し上げましょう。キシェフだけではありません。
 貴方も、それからデークラも……随分と欲しがっていたでしょう? ――『イコル』」
 イコルの言葉に少年は蕩けるような笑みを浮かべた。有難うございますと擦り寄るようにティーチャーへと跪き「行って参ります」と誓いを述べる。
「ユミス。ライマとマーラを連れていらっしゃい。イコルを差し上げると共に次の『お願い』があるのです」
「お願い、ですか?」
「ええ。……フォン・ルーベルグの聖職者殺しの指名手配犯が『我らが聖域(アドラステイア)』に入り込んだと『蜜蜂』から連絡がありました」
「……忌まわしき聖騎士団が此処へ訪れる可能性が?」
「……さあ、どうでしょう。指名手配犯の少年を見つけたならば彼にも『イコル』を飲ませて差し上げたいのです。それこそ――慈愛でしょう?」
 微笑んだティーチャー・カンパニュラに「その通りです!」と少年は手を叩いて喜んだ。


 聖都フォン・ルーベルグ――聖職者が複数名死傷する事件が起ったと『正義の騎士』リンツァトルテ・コンフィズリー(p3n000104)は苦しげに告げた。
「指名手配をされているのはこの聖堂で聖職者見習いをしていた少年、であってるか?」
「ああ。『セト』と名付けられた孤児らしい。聖職者のジジイ――ミヒャエルが孫のように可愛がって居たと周囲では持ちきりだよ」
 紫煙を揺らがせる『探偵』サントノーレ・パンデピス(p3n000100)にリンツァトルテは「その様な少年がどうして」と呟いた。
「まあ、何か思う所があったんだろ。ミヒャエルがこれでもかって程にセトを可愛がって居た事が災いしたんだろうな。
 死傷した聖職者は皆、セトを虐めてたって噂だ。まあ、クソヤロウには在り来たりな末路だが――殺しちまったってのはどうしようもならねぇ」
 サントノーレは言う。天義は以前ほどに簡単に断罪を行わないがそれなりに確りとした統治を行っている。罪を犯したなら償うべきであると言う考えは当然の事である。
 現場で『勝手』に調査を行っていたサントノーレを咎めることなく情報収集に有効活用するリンツァトルテは聖騎士としてこの場に急行していた――が、肝心のセトの姿は何処にもなかった。
「……セトは逃走したのか?」
「ああ。三人ほど殺しちまった後に、ナイフを振り回しながら自暴自棄になって逃げたらしい。
 それで――……ああ、それで、此処からが最悪の話だ。胸くそ悪ィ事な上に『お前が動くわけには行かない』」
 その言葉に、リンツァトルテはサントノーレが苛立っている理由に気付き溜息を吐いた。

「――アドラステイア、か」

 アドラステイア。それは天義国内に突如として小高い塀で外界を遮断した独立都市だ。特異な宗教観を持ち、その兵士は全てが子供であるという。子供だらけの都市内には教師や母、父と呼ばれる大人達もいるが――特筆すべきは『魔女裁判』だ。
 彼等は自身らと親交を違えた者、些細な悪戯、なんでも『裁判で罪を架し』処刑する。それを行うのが皆、子供だというのが異質だ。
 サントノーレが保護をし、現在はともに行動している少女ラヴィネイルもアドラステイアので『魔女』であるとされた一人だ。運良く『渓へ落ちた』時に特異運命座標になって助かったものの一度は死んだと言えるだろう。
「ラヴィちゃんに案内を頼もうと思ったが、相手が相手だってんだ。
 あの子をあんまり危険な目に遭わせたくはない。そもそも『一度殺してきた』相手のところにそう何度も向かわせられないだろ?」
「……ああ。ローレットに助力を願おう。それで、『相手』というのは?」
「『ティーチャー・カンパニュラ』
 贄花と呼ばれる先生だよ。天義のある地方の『厄災を払うまじない』の人柱だったが、こっちも運良く反転して村一つ壊滅させてアドラステイアの上層に済んでるって話だ。
 まあ、下層の子供を統率して二つの舞台を引き連れて『諜報活動』と『スパイの炙り出し』の両方を行ってるって話だ」
 高い諜報能力を持つカンパニュラの部隊『蜜蜂』と、実働部隊である『毒蠍』がアドラステイアに逃げ込んだセトを探しているというのだ。目的は不明だが――毒蠍の少年が「イコルが貰える」と心を弾ませていたと言う話もある。
 イコル――それが何であるかは定かではないが……セトが『アドラステイアに滞在する』事で『罪人はアドラステイアに逃げれば救われる』という印象が浸透するのは不味い。
「サントノーレ。どうする?」
「ローレットに潜入捜査して貰うしかない。俺もツラが割れてるが……脱出経路の確保くらいならラヴィちゃんと協力して出来るだろう」


 アドラステイア――下層へと繋がる地下通路は、下水道と呼ぶのが相応しかった。
 ぼたりぼたりと水の音がするその空間でサントノーレはイレギュラーズを振り返る。
「いいか? 目的は『セト』って少年だ。
 特徴を教える。茶髪、青い瞳、それから額に十字架の痣がある。
 それ以外は分からないが――『蜜蜂』と『毒蠍』より早くセトを見つけて確保してくれ。
 脱出経路はラヴィちゃんと俺が確保する。探索が苦手ってんなら、俺達を護ってくれるのもアリだとおもうぜ?」
 にい、と笑ったサントノーレの傍らでラヴィネイルが頭を下げる。
「……ティーチャーの『子飼い』はみんな、『石けん』がするはず、です。
 だから、それ以外は見分けられるはず。それから……『子供達は巻き込まれたくないから』おうちから出てこない。外を何も知らずに歩き回っている『血塗れ』の子供が居たら……」
 それが屹度、セトだと。そう告げて。頑張って下さいと少女は震える声で告げた。

GMコメント

 アドラステイア潜入。夏あかねです。

●成功条件
 アドラステイア下層より『セト』を連れて出ること。

●アドラステイア下層
 抜け道はサントノーレとラヴィネイルが3つ程確保しています。下水道です。
 アドラステイアは円形。真ん中に丘のように登って往き、其れ其れの階層には高い壁があり、隔たれています。下層は所謂『一般民』の居住区域です。
 スラム街よりは多少はマシ程度の子供達の住処のようです。子供達はラヴィネイルの言うとおり『事情を知っている子供』は巻き込まれたくないので家から出ません。何も知らない子供達とセトがうろうろとしているでしょう。
 それなりに広く、煩雑な場所です。隠すならうってつけの場所ですが、セトは人を殺したばかり血の臭いがこびり付いているでしょう。

 非戦闘スキルを使用することで効率よく探索を行うことが出来ます。
 また、『アノニマス』や『インスタントキャリア』は高度なスキルなので危険無く動き回れます。普通に動き回る上で気をつけることは『アドラステイアには大人が余り居ない』事です。新米のティーチャーやマザー、ファザーの振りをするなど工夫をしてください。
 下層でよく用いられるローブを着用して顔諸々を隠してこっそりと紛れ込む事である程度は『相手は子供達』なので自由に動き回ることが出来ます。
 また、下層の下水道付近の子供達は『そこから出入りがある』事があるのでアドラステイアの子供にしては融通が聞き話を聞くことが出来ます。但し、それを行ったことが『上』にバレると彼等も殺されてしまうため、注意をしてあげて下さい。

●セト
 聖職者殺しの罪に問われる少年。特徴は茶髪、青い瞳、それから額に十字架の痣。血の臭い。
 彼を野放しにすることで天義では「アドラステイアは罪人が逃げれば保護して貰える場所」と認識されることを怖れています。
 虐められたことを苦にして三人殺し、二人に怪我を負わせたその身の儘、血塗れの儘アドラステイアへと飛び込みました。
『蜜蜂』と『毒蠍』にも狙われています。身を隠し怯えているようです。「どうしてこんな所に来てしまったのか」「助けて」と泣いているようです。

●『蜜蜂』『毒蠍』
 ティーチャー・カンパニュラの子飼いの部隊です。諜報隊の蜜蜂と、実働の毒蠍。
 其れ其れが子供の得意分野の通りに割り与えられ、非常に統率が取れています。
 彼等は中層に住居が与えられ、特別に『イコル』と呼ばれる錠剤を提供されているようです。
 この『イコル』は下層、そして『外』へと流出しているようで……聖騎士団ではどのようなものであるか実態を掴む為に躍起になっているようです。
 毒蠍は非常に連携の取れた強力な部隊であり、アドラステイアは彼等にとっては庭です。潜入がばれた場合は、戦闘は必須です。
 また、蜜蜂の諜報能力で退路を確保するサントノーレとラヴィネイルにも危険が及ぶ可能性もあります。彼等の護衛や別の退路の確保などを行うのも良いかもしれませんね。

●サントノーレ&ラヴィネイル
 天義の探偵&元『アドラステイアの魔女』。
 二人でイレギュラーズのサポートに回っています。戦闘はまあまあ可能です。サントノーレは幼いラヴィネイルを護るように立ち回るでしょう。
 退路の確保を基本的に行います。また、何か『お願い』しておけばその通りに動いてくれるでしょう。

●外
 アドラステイアの外ではリンツァトルテをはじめとする聖騎士が潜伏しています。脱出したイレギュラーズを直ぐに確保し、フォン・ルーベルグ及び安全地帯へと運ぶ手筈です。
 外に出れば一先ず安心できる、と言うことですね。

●キシェフ
 独立都市アドラステイアで使用されるコインです。下層住民の憧れ。

●イコル
 どうやらとっても良いものらしいですが……?
 ラヴィネイルはその臭いを嗅ぐと「いや」と涙を流します。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はDです。
 多くの情報は断片的であるか、あてにならないものです。
 様々な情報を疑い、不測の事態に備えて下さい。

●Danger!
 当シナリオには『無茶をしすぎた場合』は行方不明判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

  • 花籠に神様は居ない完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年12月02日 22時10分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

アルペストゥス(p3p000029)
煌雷竜
クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)
安寧を願う者
ポテト=アークライト(p3p000294)
優心の恩寵
アリシス・シーアルジア(p3p000397)
黒のミスティリオン
シュバルツ=リッケンハルト(p3p000837)
死を齎す黒刃
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
しにゃこ(p3p008456)
可愛いもの好き
バスティス・ナイア(p3p008666)
猫神様の気まぐれ
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華

リプレイ


「さ、此処だ」
 男が纏う煙草の香りは彼と外界を繋ぐ一縷の糸のようだった。
 トレンチコートに包まれる様に身を寄せて、警戒心を露わにする白髪の娘は白髪交じりの男の顔をまじまじと見遣る。その様子だけを見れば、まるで男が小さな娘を拐かしたかのようであった。
「厄介な仕事を持ち込んで悪いと思ってるが、リンツァトルテやら見習いお嬢ちゃんに頼むわけにも行かない。俺達がせめてもの誠意だと思ってくれよ」
「そういうことか……。サントノーレとラヴィネイルが一緒なのは珍しいと思ったよ」
 地下水路の溝の香りに眉を顰めた『優心の恩寵』ポテト=アークライト(p3p000294)は潜入作戦では退路を確保する人手は多い方が良いと彼等の好意を受入れる。「足手纏いだろ? 特に、怯えるラヴィちゃん」と自身に張り付いた娘を指さしたサントノーレ・パンデピスに「そんなことはないさ」とポテトは首を振った。
「万が一を考えることは悪くはない。勿論、それに足下を掬われちゃお終いだけど」
「有り難いさ。護衛に三人も残ってくれるってんだろ? なら、俺達も持てる知識を使うだけだ。な? ラヴィちゃん。そろそろ俺のコートから出てきてくれよ。この様子じゃ、俺が幼女趣味のサイテー男になっちまう」
 軽口を叩くサントノーレの傍からひょこりと顔を出したラヴィネイル・アルビーアルビーは「……護衛、をしてくれるの?」と問い掛けた。
「……? ?」
 その問い掛けに応えるか、それとも周囲が気になるのかの判別も付かないが『煌雷竜』アルペストゥス(p3p000029)はきょろりと周囲を見回してからラヴィネイルに挨拶するように頭を垂れた。
「……あの、こんにちは……」
 いざとなればその背に乗せて走って逃げ果せることも出来るとアピールするように喉をぐるぐると鳴らしたアルペストゥスにラヴィネイルはふう、と小さく息を吐いた。
「それにしても……アドラステイアに侵入するのは何度目か。そして、子供を救出するのも此れで何度目か――そう思えば、複雑な気持ちになりますね」
 救出『された』側であるラヴィネイルは『罪のアントニウム』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)の言葉に「……うん」と小さく返事を漏らす。子供だらけの街、武器を持ち統治をするのも子供であるかのような。そんな下層区域の歪な光景――それを『中層以上』で管理するマザーを始めとした『管理者(せんせい)』達の存在がアドラステイアというディストピアを印象付ける。
「私の知る限り、この国には子供を養育すべき親がいない。
 勿論、先の出来事で親を失った子供もいるでしょうが、ここまで肉親の気配がないのおかしな所。
 ……下層よりも上にあがれば、この謎は解けるのでしょうか?」
「まあ、肉親が居たとしたら俺ァ、こんな国に可愛い我が子を置いておきたくはねえな」
 呟いたサントノーレにクラリーチェは頷いた。渦巻く闇は天義の『大災』よりも尚、人間の陰謀という意味では深くも感じられる。
「一先ずは此処から乗り込めば良いって事か……」
『死を齎す黒刃』シュバルツ=リッケンハルト(p3p000837)は瞬き一つでどんな人間をも演じることが出来た。なりすましは極限まで存在感を殺し、凡庸な人物であるかのように錯覚させる。
 乗り込み、調査を行う分には仕事だと割り切れるがアドラステイアの『凡庸なる信者』として振る舞わなくてはいけないと考えれば虫唾が走る。
「ええ。それにしても……アドラステイアの人間に『なりきる』というのは違和感を感じますね」
 ローブに身を包み、『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)も同じように凡庸たる人間になりきった。『マザー・ミスティリオン』と揶揄い呼んだ『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)にアリシスは小さく頷く。
「罪人の逃げ込み先として広まってしまえば、アドラステイアの兵力が増す事になるのは大いにあり得る。そこに逃げても必ず捕らえると示す必要がある、という事でしょう?」
「ああ。その通り。物わかりが良くて助かるよ。マザー・ミスティリオン」
「……」
 淡い笑みがアリシスのかんばせに乗せられるがサントノーレも微笑みを崩さないままだった。傍に立っていたしにゃこが「ひんっ」と小さく声を漏らしてマルク・シリング(p3p001309)を盾にするように隠れる。
「……本当に救われる筈も無いのですから、そういう意味でも看過する訳には行かない所ですね」
「……そうだね。此処で見過して、何か危険なことが起こるというのも恐ろしい。
 それに、僕たちはこの都市(くに)を認めるわけには行かないんだ。罪無き人を、身勝手に裁くこの場所を」
 その場限りの経歴をでっち上げて。どのような場所でも溶け込むようにマルクは敬虔なる神の徒を思わす衣服に身を包んだ。新任のティーチャーとして振る舞う彼の背後で隠れていたしにゃこは「しにゃの事無視です?」とぱちりと瞬く。
「罪に更なる罪を重ねる事を良しとしてはいけないよね。
 この街に渦巻く業に魂が焼かれてしまわないよう……それに『かみさま』としても噂のアドラステイアの事が知りたいからね」
 ローブを身に包んで、演じる事は得意であるかのように『猫神様の気まぐれ』バスティス・ナイア(p3p008666)は――『かみさま』は神の意志を語る教師として振る舞った。
「理由があろうと罪は罪。それを看過する事は出来ない。
 だとしても、アドラステイアにいれば間違いなく何らかに利用されるだけ! 必ず救い出そう」
 アドラステイア。その国が存在する理由が天義(くに)の所為だというならば貴族(くにのはしら)が責務を担うのが当たり前である。『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)は――ロウライトの孫娘は決意を胸に言葉を重ね、指先より小鳥を羽ばたかせ『人為遂行』笹木 花丸(p3p008689)は大きく頷いた。
「例え罪を犯したとしても、泣いてる誰かを放ってはおけないから。
 花丸ちゃんは、危険だとしても行くよ。それがセトを救って新しい未来を切り拓く可能性になるなら。それに、『イコル』の事も気になるし、ね?」
「イコル……確かに気になりますよね。ってしにゃのこと無視ですか?」
 未だに微笑み合うアリシスとサントノーレに挟まれて背筋に冷たい気配を感じていたしにゃこに花丸は「その元気でイコルダッシュだね! 負けないぞ!」とにんまりと微笑んだ。
 閉じられた地下水路の出入り口は人一人分の通路を蓋で閉じた乱雑なものだった。かつん、と靴音鳴らす仲間達の背中へと、クラリーチェは静かに声を掛けた。
「では皆さま、くれぐれもお気をつけて」


 周囲に目を配らせながら、シュバルツはアリシス、バスティス、しにゃこと共に聞き込みに向かう。
 従者として付き従うしにゃこは『ファザー』たるシュバルツの教えを守るかの様にローブを纏いしずしずと歩いていた。先程まで元気いっぱい明るい少女であったしにゃこも今では完璧なる従者である。
 ローブに身を包んだティーチャーを演じるバスティスは別動隊とは別方向に進み出す。下層に存在する子供達は皆、此の地に住んでいるのだろう。其れ等に対して臆する事は無い。毅然とした態度で街を進もうと四人は『視察に訪れた新米の大人達』を演じてみせる。
「こんにちは、ファザー」
「こんにちは、ティーチャー」
 頭を垂れて挨拶をする子供達に「こんにちは」とバスティスは微笑んだ。ローブより流れて見えた鴉の濡れ羽の髪を撫で付ける仕草を見せて、一礼をし何事もなかったように歩を進めていく。
「こんにちは。子供達。私はマザー・ミスティリオンの従者です。
 茶色の髪に青い瞳、額に十字架の痣のある少年を見ませんでしたか?」
 問い掛けるしにゃこに対して子供達は「それって、ティーチャー・カンパニュラが探している子と一緒かなあ」と泥に濡れ、決して清潔とは言えない衣服に身を包んだ子供達が話し合う。
「ああ。ティーチャー・カンパニュラの探している少年が『心配』だからな……」
 ローブでくい、と顔を隠したシュバルツは『あからさまに悲しんでいる』様子を見せた。泣かないで、と囁くバスティス。そうしていれば『少年の安否を心配する心優しき先生』の完成だ。
(さて……子供達は心優しい大人に感動してくれているようですが……。
 こうした子供までもが『カンパニュラの指令』を知っているという事は――余程うまく隠れることが出来た、と言うことでしょう)
 穏やかな笑みを崩さずに、アリシスは子供達がたどたどしくも紡ぐ言葉を聞いていた。聞き込みと、しにゃこのハイエナとしての嗅覚を頼りに『血の臭い』を辿るだけだ。
「その子って、どうしてティーチャーが探しているの? 僕たちはね、きっと、その子がキシェフを貰うのを断ったんだろうなっていってたんだ」
「……どういう意味?」
 キシェフ――それは子供達にとっての憧れであり、ティーチャー達の『お願い』に応えることが出来た優秀なる子供達に配られるというコインだ。それを断ったというのはどういう意味であろうとバスティスとアリシスは顔を見合わせた。
「だって、ティーチャー達が一生懸命探すって事は、大切なことだとおもうから。
 その子がキシェフを受け取らないで、下層に居たいって言ったんだったら『考え直して』って言いたいもん」
「ええ、そうですね……」
 呟いて、アリシスは「伝えておきましょう」と微笑んで子供達に礼を言った。余り一つの場所に長居するのも問題だ。急ぎ足で警戒を緩めずに進む。
 煩雑な街だ。スラム街と紙一重と言っても良いその場所は中層の壁から離れれば離れるほどに塵が積み上がっている。そんな中に、自身らと同じく何らかの目的を抱き統制の取れた動きを見せる者が居たならば――それは『競争相手』だ。
「右に」
 呟いたシュバルツにしにゃこは頷いた。先程の子供にシュバルツは「あまりその子の話をするなよ」と囁いた。水路近くに住まう『何も知らない子供達』は不思議そうに目を丸くしていたが「其れだけの御尋ね人だ。下手に話して隠してるって言われて断罪されるのも困るだろう」と平坦に説明をしてやれば直ぐに頷き、塒に戻ると彼等は帰っていった。
「血の臭いを確かに感じるんですが、ちょっと怪しそうな人が居ますよねえ……。
 少しだけ、此処でやり過ごしましょうか。多分、向こうは『血の臭い』のことに気付いてないと思います」
 しにゃこにバスティスは「だろうねえ」と呟いた。足下に擦り寄った猫はバスティスに情報を与えてくれる。
『血塗れの子供を見なかった?』と問い掛ければ『見た気がする』と気紛れに。『私達以外で見慣れない人物がこの辺りを探して回っていなかったか』と問い掛ければ『居たよ』と合図を送ってくれる。
『ねこのかみさま』たるバスティスはそうして情報を得ることが叶っていた。『見慣れない人物』達が闇雲に煩雑な待ちを歩き回っているという事から導き出された『血の臭いを追っていない』という答えを胸に、ひとまずの接敵をやり過ごしながら。


 新米のティーチャーとして。視察に訪れるマルクとサクラの従者として歩む花丸はローブに身を包み五感を研ぎ澄ませる。神威六神通は『神足・天耳・他心・宿命・天眼・漏尽』の六つの通力を宿し、万物へと通ずるが為の力を与えると言われて居る。聞き耳立て、そして、周囲を見回して。
 すんと鼻を鳴らした花丸は人気のない方を探るように周辺警戒を続けている。ローブを着て顔を不自然にならない程度に隠したサクラは天義の民であった子供達には自身の顔が知られている可能性を鑑みてより慎重に動くことにしていた。
(……話し声が凄く多い、けど……煩雑としている中にも規則正しい足音が聞こえる)
 サクラは「ティーチャー」と小さな声音で呼んだ。疑われることも無く情報収集を行っているマルクは出来る限りティーチャー・カンパニュラの私兵達とは敵対したくはないと動きを察知していた。
「はい。ああ、それでは……今日も良き祈りを」
 別の場所に視察に向かわねばならないと。頭を下げたマルクは花丸とサクラと共に物陰で息を潜める。下層に住まう子供達と違い整った身形に、蜜蜂を描いた鎧を着用した子供達が周囲を捜索している様子が映り込んだ。
「あれが、ティーチャー・カンパニュラの私兵……『蜜蜂』」
 彼方はどうやら花丸達には気付いていない。息を潜めて、緊張した面差しで見詰める花丸にマルクは小さく頷いた。どうやらこの周囲には彼等の探す『目的』は存在して居なかったようだ。
「あれは……?」と『何も知らない振りを為て』不思議そうな顔を為たマルクに下層の子供達は「『蜜蜂』です、ティーチャー」と優しく教えてくれる。新米の『教師(せんせい)』が訪れた事を心から喜ぶこどもの姿を見てサクラは唇を噛んだ。
(こんな場所じゃなくて、もっと素敵な所で……彼等なら生きていけるのに……)
 一寸先は闇。こうして笑みを見せてくれる子供達とてふとした弾みで断罪されてしまうのだ。
「ティーチャー?」
「ああ、いえ。彼等が聖銃士隊なのですね。その働きを讃えねば。今日は良くいらっしゃるのですか?」
「そういえば、よく見ます。今日は何かをお探しだと聞きました」
 何か、とサクラは少年をまじまじと見た。泥だらけ、清潔感のない少年の笑顔は晴れ晴れとしている。碌な食事を取っていないのだろう、痩せ細った姿を見ると心が痛んで仕方が無い。
「はい。男の子……って」
「成程。そういえば、あちらでも聞きました、ねえ?」
 マルクが振り返ればサクラは「ええ」と頷いた。『茶髪、青い瞳、それから額に十字架の痣』――そうして地道な聞き込みをしているのは何方も同じなのだろう。
 少年達はマルクやサクラ、花丸には好感を覚えているようだった。いや、寧ろ初対面の人物に対してこれ程までに笑みを絶やすことなく接することが出来るだろうか。
(違う……これ、花丸ちゃん達に好感を覚えてるんじゃなくて、取り入ろうとしてるんだ……)
 気に入られればキシェフのコインを貰える。だから、新任として到着したばかりのティーチャー達にできるだけ気に入られたい――その下心は生きるために必要な事なのだろう。カンパニュラの私兵達とてそうだ。『彼女に気に入られているから』こそ、あれだけ整った身形と衣食住を保証されているのだろう――寧ろ、彼女の私兵は『失敗』を行えば一気に下層の少年等と同じ暮らしに転落するのだから『セト』探しを血眼になって行っていることが察せられた。
「ティーチャーはキシェフのコインはどのような方針でお配りになられますか?」
「勿論、『良い子』ですよ」
「それではイコルは? 中層に住まう人々が愛用し、下層や『外』にも流れて居るみたいなんです。
 僕はまだ手にしたことなくって……良いなあって思ってるんですけど……ティーチャーはイコルをお配りになる予定ですか?」
 此の地では『キシェフ』も『イコル』も大切なものだと信じられている。下層の子供達には関係ないのだろうかとそう感じながら、マルクは「さあ、どうだろう」と笑みを絶やさぬまま応えた。


「グルル……」
 身を縮こまらせて、アルペストゥスは『秘密の隠れ家』で息を潜めていた。味方を匿うことを目的としながら、イコルやキシェフが見つかるだろうかと首を傾いだ。
「ファミリアーは今のところ何の反応もないですが……サントノーレさん、この脱出口は『有名』なのですか?」
「まあ、そうだな。スタンダードな出入り口だ。凱旋する為に門を開ける、なんてのより薄暗い考えの奴等は多いからな」
 成程、と小さく呟いたクラリーチェは周囲の霊魂達を頼りに他のルートも確保しておこうと耳を澄ませていた。
 アルペストゥスにそっと寄り添いながらもラヴィネイルはその様子を眺めていた。ポテトは「ラヴィ、アルペストゥスと遊んでいても大丈夫だぞ」と優しく声を掛ける。
「私は精霊達にもセトを探すのをお願いしたんだが……この近くだと矢張り、ないだろうか。
 此処が『ある程度知られた経路』なら、ここから入ったにせよ、此処に潜伏はしないだろうか……」
「……ん。けど、それが逆に良いのかもって……」
 ね、とサントノーレを見上げたラヴィネイル。その意味が理解できるというようにポテトは頷いた。
 つまり、此処がそれなりに知られた脱出経路であるならば、此処を辿り入った可能性の或るセトを最初に探索するのはこの場所だろう。潜入後時間が経っていることを思えばある意味でノーマークの場所になりやすいのだ。故に、最初の侵入経路に此処を選んだのだと推測される。
「万が一を考えておいた方が良いと思ったんだが、サントノーレ、用意している脱出経路はどこからだ? 出来ればもう一つ二つ、用意しておきたい」
「ああ。一つは別の場所の水路だ。この下水道を辿れば付く。そこは門の近くに位置するから、まあ、これまた『オーソドックス』な場所だな。
 次は……ちょっと危険かも知れないが、使われてない水路を辿って下層の中腹辺りに出てくることが出来る場所だ。その場合は『中には深く潜り込めるが、出る際にお出迎えされる』可能性があるが……まぁ、あのクソヤロウなら絶対に出迎えてくるだろうからな」
「ええ。ならば、できるだけ早く合流し、セトさんを護りながら撤退できる経路を確保しておいた方が良いかもしれません。疑われず、事を荒立てずに進むことが一番ですが……」
 一先ずはセトの発見からだ。保護が完了すれば直ぐにでも待機している退路を確保して撤退の準備を行わなくてはならない。
「アルペストゥス、ラヴィの事は頼んだ」
「グルルルル……」
「うん、此処を切り拓くため、皆で頑張ろうな」
 微笑んだポテトに「俺は? アークライト夫人」と茶化す様にサントノーレが擦り寄った。
「サントノーレは自力で頑張ってくれ」
「マジ?」
「サントノーレさんなら大丈夫ですよ」
「キッツイこと言うじゃん?」
 ポテトとクラリーチェは顔を見合わせて小さく笑った。まだ、静まりかえったその空間に誰ぞの声も聞こえないことに僅かな安堵を覚えながら。


 血の臭いがする方へ。近づくしにゃこを追うバスティスは周囲の子供達の中にちらほらと統率の取れたこどもの姿が混ざり始めたことに気付いていた。
 アリシスと共に或るファミリアーは『同じ場所』を目指していることを伝えてくる。血の臭いという目印を知っている分、潜入している自分たちの方が有利なのだ――だが、彼方は人海戦術と土地勘を駆使して居る。そろそろ、セトの居場所の絞り込みが始まったに違いない。
「急ぎましょう」
 走るアリシスに続き、シュバルツは周囲を見回した。「あの辺りです」としにゃこが送る合図に肯けば、乱雑に積み重なった木々の間に茶色の頭が見える。
 セト、と呼び掛けるバスティスに顔を上げた少年は怯えたように「誰」と鋭い声を漏らした。
「ローレットより貴方を助けに。大丈夫、正しく償う道はまだあります」
 囁き、ファミリアーで周知するアリシスはセトへとローブを羽織らせた。新米ティーチャーの振りをする別働隊は『合流』を目指しながら退路の確保を行う班の許へと向かず手筈になっている。
 ――急がねば、そう心は僅かに急いた。
「……もし」
 歩き出したアリシス達の背中に、少年が声を掛けた。
「こんにちは。聖銃士のデークラです。実は捜し物をして今して……丁度、ティーチャーの隣に居る男の子なんですが」
 にんまりと微笑んだ少年が地を蹴った。彼の纏う鎧には蜜蜂が踊っている。手にしたハンドガンは護身用でしかないのだろう。諜報部隊・蜜蜂。単独行動で『情報を収集し』ていた相手と鉢合わせしたのかとシュバルツは『有り得るはずだった』可能性をその身に纏う。黒刃を二刀、夜色に閃き、夜を切り裂くが如くさえ渡る。
「おい、お前に危害を加えるつもりはねぇよ、此処に一人で隠れ潜むよりマシだろ? 護ってやる」
「っ……けど」
 自分は大罪人だと不安げに呟いたセトにシュバルツは「気にするな」と囁いた。今、この場所を抜け出すことだけを目的にしろと、地を蹴り影より漆黒の弾丸を生み出した。デークラが慌てたように後退した刹那に物陰より「こっち!」と声を掛けたしにゃこがセトの腕を引く。
「大丈夫です! 助けに来ました! しにゃ達は貴方の味方です!
 お腹いっぱいになったら落ち着きません? おにぎりを食べてしにゃ達の話を聞いて下さい!」
 囁くようにそう告げて。しにゃこが差し出す塩むすびはほろりと解け、どこか落ち着く味を感じさせる。
 前線で引き付けるシュバルツを支援すべく生命の息吹に、そして概念を詳らかにし、自身に宿す『かみさま』は調和の力を穏やかなる賦活と化した。
「セトくん、でいい?」
「……は、はい」
「助けに来たよ。大丈夫、やり直せない道はないからね」
 その言葉に、全て知っている人なのだとセトは唇を噛んだ。怯え、怖れるようにイレギュラーズを見ていた眸が僅かに潤む。アリシスとシュバルツが撃退に成功したデークラを物陰へと押し遣ってから四人は走り出す。
「こっちだよ!」
 手招いた花丸に気付いてしにゃこは大きく頷いた。だが、先程の喧噪に気付いたように『毒蠍』が幾人も追ってきたか。
「仕方ないなあ。セト、『皆の言うこと』ちゃんと聞いてね」
 その掌に力を込めてから花丸は飛び込むように引き付けた。シュバルツとしにゃこの弾丸降注ぐ中で、願うように花丸の拳が暗雲を貫く如く。
「遣らせるわけには行かないよ!」
 地を蹴って、空を希う。花丸が引き付ける中で、その様子に怯えたセトが思わず流した涙に気付きサクラはそっと彼を抱き締めた。
「私はサクラ。君を助けに来たんだ。もう大丈夫だよ。
 ……怖いよね。けれど、大丈夫。外へと連れて行ってあげる。そこから明日の話をしよう」
 君の未来のために、と。サクラは囁いた。罪は消えず、罪は罪でしかない。
 それでも、此の地では彼の未来が潰えてしまうのだから。セトを連れ、指定された退路へと飛び込むようにじりじりと撤退していく。
「君には情状の余地がある。ここで殺されるより、一緒に戻ろう?」
「……はい」
 よし、と頷いてサクラはしにゃこと共に立ち上がる。アリシスは「もう少し先です」と行くべき道を指し示すように振り返った。
 その様子を見詰めていた小さな子供の目に、マルクはふ、と笑みを浮かべてサクラとセトを隠すように『ティーチャー』を演じた。
「彼には聞かなければならない事があるので。通していただけますか?」
「はい。先生」
「はい。先生、いつも有難うございます」
 微笑んだ、その顔に何処まで訓練されているのだろうかとマルクは唇を噛む。
 毒蠍は騎士を振る舞うように攻撃の手を緩めることはない。7にんのイレギュラーズが向かう先には探偵と少女、そして3人のイレギュラーズが待機しているはずだ。
 しにゃこへと襲い掛かる三人の聖騎士。デークラに何を為たの、と騒ぐ少女に「べーだ!」としにゃこは舌を見せた。
「へっ、三人くらいなんだってんですか! しにゃなんて我儘でもっとぶち転がしてますよ!
 やるならしにゃからにして貰いますよ! まぁガキンチョ共にやられる程甘ちゃんじゃないですけどね!」
 ふふん、と胸を張って挑発するしにゃこの前に無数の幻影が生み出された。それがシュバルツによる錯乱の術。「何!?」と騒がしく周囲を見回す聖銃士のポケットから『小瓶』を盗んでからシュバルツは「OK」と小さく囁いた。
 地下通路へと飛び込めば、「待っていました」と言わんばかりに微笑んだ三人の聖銃士と相対する面々と目が合う。
「……後は此処を押し切るだけだ。……『蜜蜂』は有能みたいだな?」
 ポテトの言葉に「お褒めの言葉を有難うございます」と頭を下げた少年は身の丈ほどの大剣を構えていた。
「それでは、渡して頂けますか? 『聖職者殺しの指名手配犯』を。
 『我らが聖域(アドラステイア)』へと折角お越し頂いたのですから……ティーチャーは彼にもイコルをお渡ししたいと」
「イコルってのは……これか?」
 シュバルツが差し出した小瓶に少年は「なっ」と小さく息を飲んだ。
「ユミス、どうしよう、あいつイコル持ってる!」
「……上の誰かから奪ったのでしょう。先程倒れたデークラが見つかったとも聞きましたからね……」
 ユミスと呼ばれた少年は此の儘イコルを持たして逃すわけには行かないとイレギュラーズへと襲い掛かる。
 伝達が間に合っていない。それだけ用意周到にイレギュラーズが入り込んだという事だ。
「Omnia aeque……Quid sit――!」
 退路を切り拓くために。竜の言葉はきらりと光を帯びる。救援の如く走った光に戸惑うように『毒蠍』が散り散りになる。
「ライマ! マーラ! 怯むな!」
「ユミス! あいつら、『十字架の男の子』を連れてる!」
 少年少女の話し声。それから逃れるようにアルペストゥスはその背にセトを背負った。捕まっていて、と囁くポテトは癒し手としての救援に回る。
「ラヴィ! セトと一緒に外へ!」
「……ッ!?」
 ぱくり、とアルペストゥスがラヴィネイルを咥えた。食べられるとでも思ったのか驚いたように目を丸くしたラヴィネイルは声なき声で助け呼ぶように脚をぶらりぶらりと揺らしている。
「今は我慢です。ラヴィネイルさん。此処は私達とサントノーレさんで護ります!」
 大きな騒ぎにならないように。たったの三人ならば合流の澄んだイレギュラーズでも対処が出来る。此の地へと向かってくる子供達に『伝達』が走る前に撃退しなくてはならない。
 永訣の音を響かせて、狭苦しい地下水路で土葬を行うように土壁を迫らせる。静謐なり祈りと共に、クラリーチェは「逃しません」と囁いた。
「ライマ!」
「マーラ、どいつからやる!?」
「ヒーラーからってティーチャーが言ってた!」
 ライフルを構えた少年の背後で杖に魔力を溜め込む少女が頷く。その視線の先にはポテト。
「クラリーチェ、ヒーラーからと丁寧に標的を教えてくれている。此処は私が引き付けるから」
「ええ。撃退します。サントノーレさんもご協力を」
 煙草を水路に投げ捨てて、サントノーレは走る。その手には小型銃が握られていた。実戦経験の多いイレギュラーズと比べれば、聖騎士をドロップアウトした自身では厳しいものがあるとサントノーレは呻く。
「なら、後ろで見ておけよ」
 小さく囁くシュバルツに「あれー? しにゃのほうが強いんですかー?」としにゃこはサントノーレを見て笑う。
「退こう! 此の儘、逃げれば追手が来る前に抜け出せる!」
 マルクにサクラは大きく頷き地を蹴った。引き付ける花丸を支援するバスティスが「撤退だよー」と穏やかに声掛ける。無数の弾丸と、攻撃の雨の中で怯む少年の意識が眩むその刹那――竜は小さく啼いた。

 ――きみたちも、外に出る? それならこんど、連れてってあげるね――

 心優しき竜の気遣いに返す言葉も無く。子供達の『こんど』が何処に存在するかも知らぬまま。


 イコルと呼ばれていたのは小さな小瓶の薬のようにも見えた。小瓶の中に込められていたのは紅色の金平糖だ。ラヴィネイルが顔を背けたように、そこから感じられるのはどこか『嫌な気配』と言うほかにはない。
「これが……イコルですか……?」
 瓶を拾い上げたクラリーチェにポテトは「砂糖菓子のようだな」と悩ましげに呟いた。セトと共に脱出し、後方の追手を撒いて暫く走り抜ける。アドラステイアの『外』までは追っては来ない聖銃士達に『外出』にもそれなりの手筈が必要なのだろうとマルクは予測した。
 ドリームシアターでの攪乱で子供達は焦り、慌てふためいた。ティーチャー・カンパニュラの私兵と言えども、所詮は子供達だ。魔女裁判と少しの実戦経験だけで成り上がった彼等ならば『殺す』のなら易い位だとシュバルツは感じていた。
「……恐らくは魔種絡みでしょうね」
 呟き、拾い上げた『イコル』を眺めるアリシスにラヴィネイルは「嫌」と首を振って涙を流す。
 心配為たように擦り寄ったアルペストゥスに「止めて」と症状は何度も嘆願し続ける。
「グルル……」
「え、しにゃにくれるんですか? わーい……」
 アルペストゥスがイコルをしにゃこにプレゼントしたいと考えていた。
「複数得たなら一個くらい食べても……食への探究心が……」
「ダメ!」
「……ダメ? まあ、ラヴィちゃんがそんなにダメっていうなら食べないですけども!」
 小瓶を一つ摘まみ上げてまじまじと眺めるしにゃこへとラヴィネイルは鋭く非難の声を上げた。
 止めて、とダメ、を繰り返す。噛み付くかの様な勢いで声を荒げたラヴィネイルに「ラヴィ」と気遣いポテトが背を撫でる。
「どうしてダメか、って説明できる?
 解析を今からして貰おうと思ってるけど、それさえも危険だとすれば……あたしたちはラヴィちゃんが知っていることを知らない可能性があるから」
 バスティスにラヴィネイルはぐ、と息を飲んだ。花丸は「言葉にしたくない?」とそっと顔を覗き込む。
「……怖い……」
「ラヴィちゃん」
 サントノーレが背を押した。「大丈夫だ、此処のヤツらは虐めやしない。何なら俺みたいなクソより優しいぜ」と。背を撫でた無骨な掌にラヴィネイルは息を吐く。
「……分からない、事ばっかり……けど……それは『ゴッドマザー』が……」
「ゴッドマザー? ……それって、『アドラステイア』の『ファルマコン』とは違う存在?」
「……ん」
 ファルマコン――それが、この独立都市の『神』の名前なのだという。神託の少女などとも関係ない彼らだけで作った架空の『新たな神』。その名からアリシスは推測していた。
『Pharmakon』。それは毒であり、薬。魔たるアストリア枢機卿や國の在り方に疑問を覚えた者達が新たに依存した『薬』であり『毒』。その名が存在そのものを表して居るのならば、それの伝承者が何処かに存在するはずだ。
「ファルマコンを伝え、そして、教え導くのが『ゴッドマザー』……どうでしょうか?」
「……はい……」
「その『ゴッドマザー』が、これを?」
 こくり、と小さく頷いたラヴィネイル。花丸は「どうする?」と小さく問い掛けた。
「ゴッドマザーが何者か分からない。それで、ラヴィちゃんがこれだけ嫌がってるなら分析をするかどうか……」
「嫌な気配、嫌な臭いって石鹸で擦ってどうにか出来るもんでもないしね。
 ……試してみて、わかるなら、って賭けにでるしかないんじゃないかな?」
 バスティスにアリシスは肯いた。試すならば『タダ』である。幸いにして、天義では名の通るロウライト家とアークライト家が共に存在し、黒狼隊という自身らの所属部員も多数に存在して居る。
「倒れた場合、介抱しますよ!」
「……グルル……」
 運ぶよ、と心優しく語りかけたアルペストゥスに頷いて、イコルを見通すように眺めるが――そこに渦巻く『奇妙な感覚』を拭えない。
「……血、であるのは確かです。ですが、それを固めた錠剤に何の役割があるかまでは……」
「イコル……まさか、人を聖獣に変える薬、とか?」
 マルクの呟きに、周囲の空気がしん、と静まりかえる。
 サクラは小瓶の中から落ちたひとかけらを眺めながら、ごくり、と息を飲んだ。
「嫌な――嫌な予感がする。洗脳剤の類いなら未だ良い……。
 聖獣様、そう呼ばれてアドラステイアの子供達が連れてくる『あの獣』何か、ずっと疑問だったんだ」
 あの清き天使を思わせる美しき獣。獣を象りそして人をも貪る奇妙な――
 魔種ではなく、通常モンスターと言うには余りにも人に慣されている。アドラステイアの為に誂えられたかのような、そんな存在を『そう言うものだ』と受入れることは出来なくて。
「……もしも――」
 もしも、マルクの言うとおり『聖獣』が『人間を変質させたものだとしたら』――?

 今まで倒してきた『聖獣』は――

成否

成功

MVP

シュバルツ=リッケンハルト(p3p000837)
死を齎す黒刃

状態異常

なし

あとがき

 ご参加有難う御座いました。
 独立都市アドラステイア、この国のベースを考えたときに「最高のディストピアを作ろうぜ!」という案でした。
『イコル』が此れからの皆さんにどのような影響を及ぼすのか、とっても楽しみです。

 それでは、また。この閉じた籠の中でお会いしましょう。

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