シナリオ詳細
密かな野望のチクリ。或いは、暴食氾濫の毒蠍…。
オープニング
●アルケニオンの森
場所はレガド・イルシオン王国。
首都メフ・メフィート郊外にある“アルケニオンの森”。
昼間でさえも薄暗いほどに鬱蒼と木々が生い茂る中、ドサリと重たい音を鳴らして樹上から何かが落ちてきた。
それは黒い蜘蛛の下半身に、白い人の上半身を持つ魔物であった。
その魔物の名は“アルケニー”。
この森の実質的な支配種族であるはずなのだが、そういうわけか今し方落ちてきた個体は泡を吹いて絶命していた。
よくよく見れば、その白い肌の所々には赤黒い痣が浮かんでいる。落下の衝撃によって出来た痣……にしては、その範囲も位置もばらけすぎているようだ。
加えて、首筋から流れる一筋の鮮血。
首筋に付いた傷跡から、針か刃物を突き刺されたことが窺えた。
目立つ外傷はそれ1つ。さほど深い傷にも見えない。
だとするならば、アルケニーの死因は毒によるものだろうか。
アルケニーが地面に落ちて、何分ほどが経過しただろうか。
樹上から、地面の中から、岩の影から、木の洞から。
ぞろぞろと姿を現したのは、膨大な数の蠍であった。
蠍たちはアルケニーに群がると、一斉にその肉を喰らい始める。
皮膚が裂け、血が散った。
骨の砕ける音がした。
眼窩から零れた眼球を、数匹の蠍が鋏で突き刺し潰して囓った。
下半身の蜘蛛部分を含めれば、アルケニーの体長は2メートルほどあっただろう。
それが、ものの数分で食い尽くされたその結果、その場に残るは地面に染みた血の痕跡だけ。
アルケニーを平らげた蠍たちは、同じ方向へ向け進んでいく。
蠍たちの進む先には、1人の女性が立っている。
「はぁい、お帰り我が子たち。美味しかった? お腹はいっぱいになったかしら?」
ノイズが混じったようなハスキーヴォイス。
女性……否、それはどうやら魔物のようだ。
獣皮で作ったロングコート。蔦を編んで作ったピケハット。青みがかった肌に浮かぶ無数の線は血管だろうか。
そして何より特徴的なのは、その下半身。
6本の虫脚と、後方に長く伸びた尾。
どうやら彼女は蠍の魔物であるようだ。
蠍の魔物は、這い寄ってきた蠍たちを眺めて笑う。
「人間の街からも近いし、餌も豊富。ふふ……もう少し大きくなったら、巣を人の街に移そうかしら」
あぁ、でも。
なんて、言って。
魔物は樹上へ視線を向けた。
「森の生き物全部を食い尽くした後で、の方が良いかしら?」
瞳を細め、蠍の魔物はにぃと笑む。
視線の先には、樹上から様子を伺っていたアルケニーが1匹。
危険を感じ、アルケニーは即座に逃走を開始する。
けれど、しかし……。
「残念。この私、チクリ様の毒針は何者をも逃しはしないの」
さくり、と。
アルケニーの胸部を穿つは、青紫色のナイフであった。
蠍の魔物……チクリの放ったそれは、どうやら毒液を固めて形成したものらしい。
「あ……が」
数度身体を震わせて、アルケニーは息絶える。
その肌には、無数の痣が浮いていた。
●魔物の住む森
「“パピルサグ”という名の魔物だな。個体名としてチクリを名乗っているようだ」
そう言って『黒猫の』ショウ(p3n000005)は頭を掻いた。
ショウ曰く、チクリの子どもたちは“まだ”魔物に成ってはいないとのことである。
子蠍たちが、多くの魔物を食い成長することで新たな“パピルサグ”となる。
そうして仲間を増やして、近くの街を……今回の場合はメフ・メフィートを襲うという性質を持つ。
「つまり我々にチクリの討伐を依頼したい……と。子蠍の方はどうしますか? かなりの数がいるようですが」
そう問うたのはバルガル・ミフィスト(p3p007978)。
眼鏡の奥の瞳を細め、窺うようにショウを見る。
「あぁ、子蠍は無視しても構わない。数は多いがただの蠍だからな。チクリの庇護がなければ、いずれアルケニーに狩り尽くされるだろう」
アルケニー。
それは、この森に元々住まう魔物の名だ。
蜘蛛の下半身に人の上半身を持つ怪物であり、粘着性の強い糸や【毒】液を武器として用いる。
「アルケニーたちとチクリは敵対しているが、そうは言っても相手は魔物だ。敵の敵は味方……なんて単純な話ではない」
アルケニーたちにとっては、チクリもイレギュラーズも等しく外敵なのである。
魔物と人が相容ることは難しい。
アルケニーに襲われる可能性も当然考慮するべきだ。
「協力を得ることは出来ずとも、せめて利用ぐらいはしてやりたいが……まぁ、その辺りは任せるさ」
と、そう言ってショウは手元に用意した資料へ視線を落とした。
「子蠍たちは【毒】を持っている上に数が多い。針によるダメージは無いに等しいがな……問題はチクリの方だ」
人の言葉を覚えるほどに長く生きた個体である。
厳しい生存競争を勝ち抜いてきただけの実力は備えているだろうことが予想された。
チクリは弱肉強食の自然界において、捕食者の側に立つ存在だ。
「チクリは自身の毒液を固めて武器とする。ナイフや鋏の形状であることが多いようだな。付与される状態異常は【猛毒】や【ショック】だ。それとおおよその予想は付いているだろうが……尾の【致死毒】と【ブレイク】には気を付けてくれよ」
蠍の武器と言えば、真っ先に挙げられるのは尾の先端の毒針だろう。
チクリの毒針も、威力と命中に優れている。
「戦場は森の中だ。チクリの居場所は不明だが、歩いていれば向こうから襲ってくるだろう」
つまり、チクリを探索する必要はない。
イレギュラーズが森に滞在していれば、チクリの方から勝手に姿を現すようだ。
「囮というか餌というか……まぁ、楽で良いんだが」
襲ってくるのがチクリだけとは限らない。
一箇所に留まり続けるのか、それとも移動を続けるのか。
その辺りは面子や装備、スキルとの相談となるだろうか。
「木と木の間は間隔も広い。身を隠す程度は出来るが、障害物にはなり得ないだろう」
ましてや戦場となる森の中は、チクリやアルケニーたちにとって庭のようなもの。
地の利というのなら、魔物たちにこそそれはある。
「相手は魔物だ。不意打ち、だまし討ち、奇襲、なんでもしてくると思ってくれ」
- 密かな野望のチクリ。或いは、暴食氾濫の毒蠍…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年11月23日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●蜘蛛と蠍の森
レガド・イルシオン王国。
首都メフ・メフィート郊外にある“アルケニオンの森”。
その森の生態系の頂点に君臨しているのは“アルケニー”という半蟲半人の魔物である。
クイーンと呼ばれる強個体をトップとし、その娘たちが森全体を縄張りとして獲物を狩る。
けれど、つい最近になって森の生態系に変化が起きた。
どこからか森にやって来た蠍たち……“パピルサグ”という魔物によって、アルケニーたちが次々と捕食されているのだ。
「ぐ……い、た。うぁ、やめろ!!」
無数の蠍に纏わりつかれ、悲鳴を上げるアルケニーが1体。蜘蛛の脚は既に2本が食いつくされて、さらには左腕の皮膚も蠍に覆いつくされていた。
人間でいえば17、8の少女のような外見。アルケニーとしても若い個体だ。
「やめっ、やだ! 死にたくない! 生きたまま、食べられるなんて……」
涙を零し、アルケニーは悲鳴を上げた。
しかし、救いの手が差し伸べられることはない。
樹上に控えた他のアルケニーたちが伸ばした糸も、すぐに蠍に食いちぎられて届かないのだ。
「あ……あぁ」
伸ばした手も、力なく体の横へと落ちた。
見開かれた瞳から、一滴の涙が零れる。
アルケニーが生きることを諦めた、その直後……。
「グルルル……ギャウッ!!」
木々を揺らし飛来したのは1頭の竜。『煌雷竜』アルペストゥス(p3p000029)が紫電を纏い地に舞い降りた。
アルペストゥスの紫電に焼かれ、蠍たちが炭と化す。
どうやら蠍はアルペストゥスを脅威と認識したようだ。アルケニーの補色を止めて、一斉に彼へと群がっていく。
翼を広げ蠍を威嚇するアルペストゥス。
その背後から射出された魔力の弾が、蠍たちの進軍を止めた。
「おぉ、多いな……まぁ、虫ってやつは増える時はあっという間だ。多分魔物も一緒だよな」周囲を……とくに樹上を警戒しながら現れたのはシラス(p3p004421)であった。
魔力の残滓を散らしながら、シラスはアルペストゥスの隣に並ぶ。
「なんかキナ臭い感じの森だけど……みんな仲良くとは言わなくても、静かに暮らせるといいよね。まずは明らかにヤバいのは排除しようか」
「ふむふむ。何でしたっけ、呉越同舟?」
シラスに続いて、茂みを掻き分け現れたのは『初日吊り候補』セリア=ファンベル(p3p004040)と『(((´・ω・`)))』ヨハン=レーム(p3p001117)だ。
セリアが地面へ向けて放った閃光が、蠍の群れを吹き飛ばす。
「暁と黄昏の境界線よ。おお、刹那の栄光よ」
ヨハンの紡ぐ詩歌に合わせ、きらきらとした光が舞った。
降り注ぐ光は仲間たちの身を覆う。
子蠍のうち1体が、鋭い針でアルペストゥスの前肢を突くが、それは光に遮られほんのわずかな傷を刻むだけに終わった。
「な……なんだ? 助けてくれたのか?」
食われた腕や脚に糸を巻き付け手当をしながら、アルケニーはそう問うた。
彼女の問いに答えを返すはスーツを纏った偉丈夫『豪華客船の警備隊』バルガル・ミフィスト(p3p007978)である。
「以前は狩る側でしたが、今回は味方と言ってもいいでしょうね。まぁ、正しく言うならターゲットでないというだけの話ですが……自分も今回は面倒事を避けたいのです」
槍を手にしてバルガルは告げる。
口元に笑みこそ浮かべているが、アルケニーの目にはそれが友好的なものには映らなかった。事実、アルケニーと相対するバルガルは警戒の姿勢を解いていない。アルケニーが敵対の意思を見せれば、即座に槍をその喉元へと突き立てるだろう。
樹上に控えたアルケニーたちも、糸を手繰りバルガルへと視線を向ける。
張り詰めた緊張感は、ほんの些細ないきっかけによりブツンと千切れてしまうだろう。
その緊張を断ち切ったのは『白虎護』マリア・レイシス(p3p006685)の大きく明るい声だった。
「わー、待って待って! 交渉は私がするよ! あ、あのねアルケニーの皆、お願いだ! 協力してくれとまで言わない! せめて敵対をしないで欲しいんだ!」
バルガルとアルケニーの間に割り込み、大仰な手ぶりで交戦の意思はないと訴える。
その間もシラスやアルペストゥス、セリアは子蠍たちの討伐を続けていた。
困惑するアルケニー。それもそのはず。彼女たちにとって、人間は敵だ。これまで何度も人を喰ったし、人に討たれた姉妹たちも多くいる。
そんなアルケニーを説得すべく『緑の治癒士』フラン・ヴィラネル(p3p006816)は空へと舞った。
「あのね、今からチクリ達をやっつけるしアルケニーさん達には手出ししないよ」
両手を広げた姿勢のままで、彼女は声を張り上げる。
「あたしは森で育ってきたから、色んな生き物の住み分けって事を知ってる。だから、あなた達が森の中で生きる内はやっつけるとかなしにするってローレットにも話すし、絶対にこっちから手出しはしない……ね、お願い!」
ついでとばかりに行使された回復術が、傷ついたアルケニーを癒す。
その様子を見て、樹上のアルケニーたちは1体、2体と無言のままにその場から姿を消していく。
「……人間は信用できないけど、いいだろう。一旦、様子を見ててやるよ」
と、そう言って怪我をしたアルケニーも糸を伸ばして樹上へと昇って行った。
その姿を見送って『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)は深くため息を零す。
「よかった……依頼と関係の無い驚異との遭遇は避けたいトコロでしたからね」
ドラマは【自然会話】によって、宣言通りにアルケニーたちが遠ざかったのを確認したのだ。
こうして、一時的なものではあるがイレギュラーズとアルケニーの間に不戦の協定が結ばれた。
●野望のチクリ
森のどこか。
木の根の間に身を潜ませて、青い肌の女が笑う。獣の皮のコートを纏ったその女……蠍の下半身を持つ魔物であり、名をチクリといった。
地面に寝そべった姿勢のまま、顎に手を当てくっくと笑う。
「人間? 人間が来たのね? そう……アルケニーもそろそろ食べ飽きたことだし、餌の方から出向いてくれるだなんて、人間ってばなんて愚かで親切な生き物なのかしら」
なんて、言って。
チクリはゆっくりを起き上がる。
そんな彼女の後を追い、周囲の茂みや木の間から無数の蠍が湧きだした。
ざわりざわりと木の葉が揺れた。
羽音に耳を傾けながら、ドラマは森の奥を指さす。
「あっちの方向に大量の蠍がいるようです」
と、そう告げて視線を樹上へと向けた。
そこには、数体のアルケニー。イレギュラーズの動向を観察しているのだろう。
ふぅ、と小さな溜め息を零しドラマは森の奥へ向けて歩き始める。
「もう少し離れていないと危ないかもしれませんよ」
吹き荒れた暴風がドラマの身体を包み込む。
風にあおられ、白い髪が激しく靡いた。
翼を広げ、アルペストゥスが翼を広げる。
「……グルルル」
前方から、側面から、背後から。
無数の蠍が現れて、イレギュラーズを取り囲む。どうやら周囲はパピルサグたちの縄張りと化しているらしい。
誘き寄せられた……或いは、待ち伏せされたのか。どちらにせよ、自分の役目は変わらない、とアルペストゥスは翼で空気を叩きつけ、その巨体を宙へ浮かせた。
その瞬間、木々の間を縫うようにして数本のナイフが飛来した。
紫色をしたそれは、どうやら毒によって形成された武器らしい。
「っ……お生憎様ですが、毒に対する準備は万全です!」
ナイフをその身に受けながら、ドラマは告げる。
ドラマの背後でアルペストゥスは高度を上げた。
「お出ましですね! 気を引き締めていきましょう!」
燐光を纏う指揮杖を手にヨハンは叫ぶ。ゆっくりと泳ぐ指揮杖が、光の軌跡を虚空に描く。
振りまかれた燐光が味方に降り注ぎ、防御技術と特殊抵抗を強化した。戦闘の準備は万全だ。次いで、回復スキルの行使準備に移ったヨハン。彼がいる限り、容易なことではイレギュラーズの戦闘態勢は崩れない。
チクリや蠍たちもそれを理解したのだろう。
毒のナイフと蠍たちがヨハン目掛けて疾駆する。
しかし……。
「グラァアアウッ!!」
アルペストゥスの吐きだした、黒き魔弾がナイフと蠍を纏めて撃ち抜き消し飛ばす。
戦闘開始から暫く、初めに異変を察知したのはシラスであった。
「うぉっと……背後にもこんなにいるのかよ!」
地面に積もった木の葉の下や、茂みに隠れ接近していた子蠍たちが彼の脚に纏わりついた。構えた両手に魔光を纏い、蠍たちを薙ぎ払うがいかんせん数が多すぎる。
体中を毒針に刺され、シラスは小さな呻き声をあげた。【毒無効】の耐性を有してはいるものの、外傷ダメージまでは無くせない。
微々たるダメージであれ、蓄積すれば無視はできないものとなる。
「体勢を整えて! 私が子蠍をふっとばすよ」
セリアが告げて、両の手を体の横へと広げた。
周囲に飛び散る燐光は、身体の横に浮く書物“寓喩偽典ヤルダバオト”より発せられているようだ。
「道を切り開くから、誰かチクリを討ってきてね! 私は離れた位置から援護するよ!」
空間を切り裂くようにセリアは腕を一閃させた。
輝く閃光が視界を白に染め上げて、気を失った子蠍たちを弾き飛ばす。
セリアの放った神気閃光に照らされて、暗がりに潜むチクリの姿があらわになった。
瞬間、駆けだした影は2つ。
「チクリを見つけた……逃さないよ!」
「こちらも必死なのは同じでね……! 真っ向勝負といかせてもらう!」
魔力の軌跡を引きながら駆けるシラスと、紫電を散らすマリアであった。
そんな2人に向け、ヨハンは【クェーサーアナライズ】を行使。ここまでに受けたダメージを回復させる。
「早いわね。嫌になっちゃう」
上体を前に傾けて、チクリが暗がりの奥へと下がった。
それを追ってマリアが駆ける。木々の間に彼女が跳び込む、その刹那……。
「ちっ!!」
チクリの放った毒尾の刺突が、マリアの胸部に突き刺さる。
「ぐっぅ……生憎だが私に毒の類は一切効かないよ」
毒針を掴みマリアは告げた。
尾を支点として、逆上がりの要領で彼女はチクリの顔面目掛けて蹴撃を放つ。
紫電を纏ったその蹴りが、チクリの顎から頬にかけてを打ち据えた。砕けたチクリの牙が跳び、マリアの頬を唾液が濡らす。
「んっ⁉」
さらに追撃、とばかりに踵落としを叩き込んだマリアだが、脚に走った痛みに顔をしかめて後退。見ればマリアの足首に、毒のナイフが突き刺さっていた。
「なかなか狙いは正確みたいだ」
マリアの横を通り抜けたシラスの視線はまっすぐチクリに向いている。自己暗示による極限の集中状態にある彼の瞳は、腹部に目掛けて放たれた尾による刺突を捉えていた。
魔力を纏った手刀によって尾を弾き、シラスはチクリへと肉薄。
その胸部に向け、手刀を強くたたき込む。
セリアの放った魔力弾が、チクリの脚を1本抉った。姿勢を崩したチクリに向けてバルガルは槍による刺突を放った。
槍の纏った禍々しきオーラを視認し、チクリは頬を歪めて下がる。体の前に両の腕を交差させ、致命傷を裂ける構えだ。
「当たれば上等、天運か何かで交わされるも良し……」
バルガルの槍が腕を貫く。
肉が裂け、血が散った。頬に付着した血もそのままに、バルガルは酷薄な笑みを浮かべて手首を捻る。
傷口を無理やりに広げられる痛みは、人も魔物も共通だ。
悲鳴を上げてよろめくチクリの顔面に、マリアの蹴りが叩き込まれた。
滅多やたらにバラまかれた毒のナイフが、前衛たちの身体に次々突き刺さる。
さらに彼らの動きを阻害するべく子蠍たちが群がっていく。その様子を見て、フランは胸の前で手を組んだ。
ふわり、と花の咲くように。
フランの周囲に展開された魔力の渦。魔力によって形成された赤い花弁が降り注ぎ、子蠍たちの注意を引いた。
「元々移動はしないからね、動きにくくなっても平気だもん。みんな今の内に攻撃しちゃって!」
子蠍たちの攻撃を、その身に浴びつつフランは告げる。
大量の蠍に囲まれながらも、彼女は余裕の表情を崩さない。
「あたしがいれば、みんな息切れ無しで戦えるんだから!」
【森の激励】そして【森の祝福】といったスキルによるサポート。体力の消耗も、気力の減少も、フランがいれば回避できる。
ましてや、此度の戦いにおいて回復薬はもう1人。
ヨハンとフランの2人によって支えられた戦線は、まるで強固な砦のようだ。
●飢えた蠍
アルケニーたちを喰いつくし、いずれは人の街を餌場にしよう。
そんな風に考えて、着実に子供を増やし、力を付けていたはずなのに。
気が付けば、子蠍たちの大部分は人間たちに蹴散らされていた。
子蠍が多ければ、アルケニーたちを喰らいつくすことも不可能ではない。
だが、それはもう叶わない。
「お前たちが、邪魔をしたせいでっ!」
額に血管を浮き上がらせてチクリは叫ぶ。
弾丸のような速度でもって放たれた、毒尾の一撃がバルガルの腹部を貫いた。
バルガルに向け回復術を行使されることが無いよう、残る子蠍たちをヨハンとフランへ集中させるなど、対策を講じた上での攻撃であった。
「うっ……やばっ、引きつけ過ぎた!? ヨハンさん!!」
子蠍たちに群がられながら、フランはヨハンの名を呼んだ。
けれど、ヨハンもまた同じように子蠍たちに追い回されている最中だ。
「こっちも手一杯ですよ! せめてアルケニーや味方への損害を減らします!」
【天使の歌】を奏でつつ、ヨハンは子蠍から逃げ惑う。縦横に駆け回る子蠍へ向け、セリアは神気閃光を放つ。
ヨハンかフラン、せめてどちらかをフリーにすれば戦線の維持は容易となるが……。
チクリとてそれは理解しているのだろう。子蠍たちは執拗に回復役の妨害を試みているようだ。
「割と頭がいいみたいだね」
脚に纏わる子蠍を蹴って払って、セリアはそう呟いた。
腹部を貫かれ、血を吐きながらもバルガルは槍を振り上げた。
チクリの顔面目掛けて放たれたそれを、彼女は首を傾け躱す。
「自分のを、躱しましたね? ならば他の方の攻撃が待っている。絶対に逃しやしませんよ」
槍を手放したバルガルは、チクリの尾を掴んで笑う。
重症を負いながらも、その瞳に宿る戦意と殺気に微塵の衰えも見られない。
この場でチクリと討伐できるのであれば、多少の損害など問題ないという意思の表れであっただろうか。
毒尾を封じられたチクリは、両の手に毒の鎌を展開。
左右から迫るマリアとシラスへ向けそれを一閃させた。
マリアの蹴撃が毒の鎌を蹴り砕く。
【ドリームシアター】により顕現せしめた幻影によるフェイントを交えた猛攻に、チクリは思わず目を見開いて動きを止める。
一撃、二撃、三撃と連続して放たれる蹴りがチクリの腕をへし折った。
飛び散る紫電がチクリの腕を痺れさせ、その身を数歩後ろへ下げた。
鎌を回避したシラスもまた、チクリの懐へと潜り込む。チクリの喉元へ向けて放たれた手刀は、しかし文字通りに食い止められた。
シラスの手に牙を突き立て、チクリは顎に力を込めた。
「ぐ……ってぇ」
食いちぎられた肉片を吐き出し、チクリは鎌でシラスの背を深く抉る。
木と木の間に位置取っていることもあり、マリアやシラスは速度を活かした縦横な戦法を取れないことも問題だった。
けれど、しかし……。
「アルペストゥスさん。右の木を折っちゃってください!」
戦況を変えたのは、ヨハンの放った一言だった。
彼の意図するところは不明。けれど、アルペストゥスは即座に行動を開始した。
「グゥゥルルル……ギャァウ!!」
吐き出された黒き魔弾が、木の幹に衝突。木っ端を散らし、木がへし折れた。
へし折られた木の向こう側……暴風を纏うドラマの姿がそこにはあった。
「其は荒れ狂う暴風 其は駆け抜ける雷鳴 其は吹き荒ぶ滂沱の化身 其の名は『嵐の王』!」
詠唱と共に解き放たれた疾風の刃が、地面を抉りチクリに迫る。
回避は間に合わない。
防御の為に腕を掲げようとしたが、それはマリアとシラスによって阻まれる。
毒の尾はバルガルの腹部に刺さったまま。
「なっ……や、やめ」
がら空きになった胴体を、風の刃が深く抉った。
血だまりの中、伏したチクリの腹部から血と臓物が零れ落ちる。
辛うじて意識はあるようだが、もはや息絶えるまでにかかる時間はそう長くない。
母を失い子蠍たちは逃げだした。それを追って、数体のアルケニーが移動を開始したようだ。
「た、たす……助け」
死に直面したチクリを一瞥。シラスは踵を返して、森へと向かう。
「面倒だけど子蠍も念入りに駆除しておくよ」
もはやチクリは討伐対象から外れているのだ。
そんなチクリの手足に向けて、樹上から糸が伸ばされた。
糸に巻かれ、チクリの身体が樹上へと引き上げられていく。そこに居たのは数体のアルケニーたちだ。
「あ……や、やめ、やめて!!」
悲鳴を上げるチクリであったが、その懇願が聞き届けられるはずもなく。
数秒の後、絶叫と共に大量の血と肉片が辺りに降り注ぐのだった。
「アルケニーには手出ししない……約束したもんね、うん」
チクリを喰らうアルケニーたちを一瞥し、フランはそう言葉を零す。
傷を負ったバルガルに肩を貸しながら、一行は森から立ち去った。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでした。
チクリは無事に討伐され、アルケニーによって捕食されました。
弱肉強食と言うやつです。負ければ食われるのが自然の掟。
チクリ及びパピルサグの脅威は去りました。
依頼は成功となります。
この度はご参加ありがとうございました。
縁があればまた別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
こちらは「同族喰らいのアルケニー。或いは、女王アラーニュの要請…。」のアフターアクションシナリオとなります。
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/4001
●ミッション
魔物“チクリ”の討伐
●ターゲット
・チクリ×1
“パピルサグ”という種類の半人半蟲の魔物。
獣皮で作ったロングコート。蔦を編んで作ったピケハット。青みがかった肌。
下半身は蠍となっている。形状と巨体故、木登りなどは不得意のようだ。
現在“アルケニオン”の森で絶賛子育て中。
子蠍たちが成長したら、人の街へ餌場を移そうと考えている。
毒液による武装:物中範に中ダメージ、猛毒、ショック
毒液で形成したナイフや鋏などの武器によう攻撃。複数作ってばらまくといった使い方を主とする。
致命的なひと刺し:物近単に大ダメージ、致死毒、ブレイク
尾の毒針による攻撃。非常に速く命中に優れる。
・子蠍×?
大量の子蠍。
1匹1匹は大したことがないが、膨大な量が存在している。
何度も刺されると【毒】の状態異常を受けることもある。
また、大量に纏わり付かれると機動が下がる。
・アルケニー×?
人間に似た上半身と、蜘蛛の下半身を持つ。
多少の言語は理解するようだ。
チクリや蠍とは敵対しており、主に樹上からその動向を観察している。
毒液:物至単に極小ダメージ、毒
手のひらに滲ませた毒を対象に塗布する攻撃。
蜘蛛糸:神遠単に小ダメージ、呪縛
蜘蛛糸による捕縛。
●フィールド
幻想。首都メフ・メフィート郊外。
“アルケニオンの森”
背の高い木々が立ち並ぶ森。
高い位置で枝葉を伸ばす樹木が多く、外から見るよりは木と木の間は開いている。
葉に遮られ光はあまり差し込まないが、視界に問題があるほどではない。
地上であれば移動や攻撃の際に苦労することはないだろう。
森のあちこちにアルケニーや蠍が生息している。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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