シナリオ詳細
ヴァンデッタ管弦楽団。或いは、嵐の夜に奏でる音色…。
オープニング
●嵐の夜の音楽隊
ガレオン船の甲板で、1人の女性が歌を奏でる。
夜色のドレスに白い毛皮の襟巻き。
夜会巻きにした濃い青の髪。
肌の色は青白く、瞳は白く濁っている。
嵐の夜に、彼女は突如現れた。
暴風と豪雨の吹き荒れる中、沖に見えた船影には明かりの1つも灯っていない。
聴こえてくるのはどこかざらついたピアノと弦楽器の音ばかり。
嵐の夜にも関わらず、その音色は港に住まう住人たちすべての耳に響いたという。
ゆっくりと、船は港に迫る。
ボロボロの船だ。
船体に空いた大きな穴。破れた帆。割れた窓に、朽ちた大砲。
そして、甲板に立つ女性が1人。
女性の背後で楽器を奏でる都合10名の音楽隊は、どうやら全員死んでいる。
皮膚は腐敗し、所々に骨の覗くその異様。
彼女たちはどうやらアンデッドのようだ。
『迎えに来たわ。迎えに来たのよ。遙か遠い過去から、暗い海を越え、長い長い旅の果て……嵐の夜の音楽会を始めるわ。さぁ、さぁ、どなたもお越しになって。あぁ、金銭など必要ないの』
荘厳なるオーケストラの調べに混じり、女の声が脳裏に響く。
きれいな、澄んだ声だった。
『金銭など必要ないの。ただ、1つ。もう1度、もう1度、陽だまりの中で音楽会をしたいのよ。心臓が激しく跳ねる拍手喝采と歓声を、もう1度』
彼女たちの心臓が、再び鼓動を刻むことなどあるはずもなく。
『迎えに来たわ。迎えに来たのよ。遙か遠い過去から、暗い海を越え、長い長い旅の果て……嵐の夜の音楽会を始めるわ。さぁ、さぁ、どなたもお越しになって。あぁ、金銭など必要ないの』
彼女はひたすらに、同じ言葉を繰り返す。
そこにはきっと、意思などないのだ。
生前の想いを、死した後も繰り返し繰り返し、ただ口にしているだけなのだ。
●ヴァンデッタ管弦楽団
「暗い暗い海の歌……長らく海を彷徨った哀れな死者に、どうぞ引導を渡してあげてほしいわね」
そう言って『色彩の魔女』プルー・ビビットカラー(p3n000004)は視線を空へと向ける。
それから、極めて小さな溜め息をひとつ零すと、プル―は手元に1枚の写真を取り出した。
色褪せた古い写真だ。
およそ数十年ほど前に撮影されたものだろうか。
「彼女たちは“ヴァンデッタ管弦楽団”。船で世界を渡り歩き、各地で演奏会をしていた楽団なのだけれど、ある時を境に消息を絶ってしまったとのことよ」
そうして海を彷徨うこと数十年。
この度、アンデッドとなって海洋の地へと辿り着いたというわけだ。
「本来は数十名からなる楽団だったはずだけれど……姿を確認できるのは歌姫“ヴァンデッタ”のほか、10名の楽団員たちだけね」
残りの団員や、船員たちは朽ちてしまったのだろうか。
その遺体はおろか、白骨さえも甲板上には確認出来ない。
「ヴァンデッタの歌声は港町中に響き渡っているわ。そして、その歌声を聞いた者を【魅了】し【恍惚】とさせるのよ」
イレギュラーズであれば、ヴァンデッタから30m以内の位置にいなければ影響を受けることはないだろう。
けれど、戦う力を持たない一般人たちは違った。
ヴァンデッタの歌声を聞いているうちに【魅了】の状態異常を受けることになる。
「ヴァンデッタたちとは港で接触することになるわ」
嵐の中、魅了された一般人たちが港へ集まって来るはずだ。
中にはイレギュラーズを攻撃して来る者もいるだろう。
「ヴァンデッタ以外の楽団は、ピアノ1体、ヴァイオリン4体、フルート4体、ティンパニ1体となっているわ」
ピアノには、仲間たちの防御力と攻撃力を上昇させる効果。
ヴァイオリンには【呪縛】
フルートには【暗闇】
ティンパニには【呪殺】
各パートごとに、上記の状態異常がそれぞれ付与されることになる。
「基本的に彼らが甲板上から降りることはないはずよ」
あくまで、彼らが行っているのは演奏会。
彼らの濁った瞳に映る者は、皆すべからく演奏会に足を運んだ観客だ。
「まずはヴァンデッタたちの討伐。それと同時に、住人たちが海へ近づきすぎないよう牽制も必要ね」
嵐の夜に港へ足を運ぶなど、命知らずにもほどがある。
場合によっては、高波に攫われ海へ落ちるということもあり得る。
「単なる轟音で掻き消せるほどヴァンデッタ管弦楽団の演奏会は甘くないけれど……歌声には歌声、演奏には演奏。心に沁み込む音楽であれば、その影響を弱めることができるかもしれないわ」
と、そう言って。
プル―はわざとらしく鼻歌なんて奏でてみせる。
- ヴァンデッタ管弦楽団。或いは、嵐の夜に奏でる音色…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年11月15日 22時20分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●ヴァンデッタの誘い
ガレオン船の甲板で、1人の女性が歌を奏でる。
歌う彼女の名は“ヴァンデッタ”。
遠き昔に海へと消えた“ヴァンデッタ管弦楽団”の歌姫である。そんな彼女の背後にて演奏を続ける楽団たちも含め、都合11体のアンデッドとして再び陸へとやって来た。
歌を、演奏を人々に届けるために。
その思いだけが、死した後も彼女たちを突き動かす。
「生憎と、俺は音楽の良し悪しってのはわからねぇが……いつかの“絶望の青”に挑んだ連中を癒す、最高の音色だったんだろうな」
「死してなお、自分たちの音を届けたいと思う気持ち自体は本物、か。出来れば生前に彼らの音楽を聴いてみたかった」
港に近づくガレオン船。
左舷から接近する小型船の甲板で『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)と『壁を超えよ』杠・修也(p3p000378)が言葉を交わす。
小型船を操るはその顔に深い傷を刻んだ男であった。名を『灰色の残火』グリジオ・V・ヴェール(p3p009240)という獣種の元傭兵である。
「悲しい歌声だな……俺には音楽の知識も才能もないが、それは分かる」
そう呟いたグリジオは舵輪を握る手に力を込めた。
ガレオン船と波止場の間に、小型船が割り込んだ。
直後、小型船から『 』伽藍ノ 虚(p3p009208)が波止場に飛び降りる。
「自分は住人たちの対応をするよ。死者を出さないために……確実に止める」
そう告げた虚の視線の先には、嵐の中、港に集まる無数の人影。
どこか恍惚の表情を浮かべた、港町に住む住人たちの姿であった。
ヴァンデッタの歌声に呼ばれ、彼ら彼女らはここにやって来たのだ。死者たちの奏でるコンサート、その観客として。
虚に続いて『玩具の輪舞』アシェン・ディチェット(p3p008621)が港に降りた。住人達と相対する虚と違って、アシェンの視線はガレオン船に向いている。
傍らに置いた楽器ケースを開いたアシェンは、その中からライフル銃を取り出した。
「ただ奏でたかった、伝えたかった。命の枠を超えてまで、その想いに心が揺さぶられるだなんて、とても素敵」
トリガーロックを解除し、スコープを調整。
波止場に膝を突いた彼女は、狙いをまっすぐガレオン船の甲板へ向けた。
「そして、残酷だわ」
嵐の夜に響く銃声。
放たれた弾丸は、狙い違わずピアノを奏でるアンデッドを撃ち抜いた。
ジェットパックが火を噴いた。
『元神父』オライオン(p3p009186)は、ガレオン船を睥睨すると頭上へ向けて杖を掲げる。
撃ちだされるは威力を抑えた【聖光】であった。
瞬く光が、暗い暗い甲板を照らす。
その様子はまるでスポットライト。
光を浴びたアンデッドたちは、静かな静かな表情で厳かに曲を奏で始めた。
「なるほど、良い歌だ……」
オライオンは、胸を抑えてそう呟いた。
音を浴びたことによるダメージが、彼の身体から急速に力を奪い取る。
「っと、相手はアンデッドだ。容赦するなよ。船乗りにとっては、生きてる仲間が大事だからな!」
広げた翼で風を打ち『風読禽』カイト・シャルラハ(p3p000684)が空を舞う。よろめいたオライオンの手を掴み、まっすぐにガレオン船の甲板へと着地。
朽ちかけた甲板が着地の衝撃でミシと軋んだ。
カイトは慌てて【保護結界】を展開。それ以上の破損を防ぐ。
兎にも似た長い耳。
紫を基調とした鋼の身体。
手にするマイクに、広がるスカート。
装甲兵器【ルナ・ヴァイオレット】に騎乗した『ささぐうた』九重 縁(p3p008706)がガレオン船の甲板に立つ。
「”歌姫”ヴァンデッタ。事前情報で聞いてはいましたが、なんとも美しい声」
響くヴァンデッタの歌声に耳を傾け、九重縁はポツリと囁く。
「……聞いてみたかったな、こうなってしまう前に」
嵐の中に零した想いが、楽団たちの耳に届くことは無い。
●コンサート、開幕
虚の手には眩い光。
眼前に迫る人の群れへ向け、彼はそれを解き放つ。
夜闇を切り裂く閃光が、先頭を歩く住人の身を焼いた。【聖光】により焼かれた住人が意識を失いその場に転倒。
倒れたのは1人の男性だった。
歌声に魅了された住人たちは、倒れた男を踏み越えながら前へと進む。
虚ろな瞳。口元には笑み。
彼らの思考を埋め尽くすのは、ヴァンデッタの歌をより近くで聴きたいと言う想いのみ。
「くっ……止まれ。止まってください……!」
【威嚇術】を行使しながら虚は駆ける。
倒れた男を庇うようにして、人混みを掻き分け進む虚の全身に、殴打の雨が降り注いだ。
「……戦いが終わり、陽が昇ったら……改めて謝罪しますので」
唇の端から血を零しつつ、虚は近くの住人へ手を向けた。
弾ける閃光がその胸を打ち、新たに1人の意識を奪う。
戦いが終わり、朝になり、正気を取り戻した住人たちはきっと彼を責めるだろう。怪我をした住 人は「どうしてもっと早くに助けなかったのか」「どう責任を取ってくれるのか」と虚を罵倒するだろう。
彼に与えられたギフト“この世すべての悪”は、すべての悪を、あまねく罪を彼のものと定義する。
救われた者さえ、揃って彼に悪感情を抱くのだ。
慣れたものだ。罵られる程度で誰かの命が救えるのなら安いものだ。
そう割り切っているからこそ……虚は迷わず住人たちの意識を奪う。
住人たちがこれ以上危険な目に合わないように……。
罵られ、石を投げつけられることを前提として、人命救助に尽力するのだ。
不協和音の旋律が、楽団たちを強化する。
跳ねる音色に自身の奏でる音を乗せる喜びは、きっと彼らにしか理解できないものだろう。
鳴り響く音色が脳を揺さぶる。
【暗闇】を受け、黒に染まった視界の中、オライオンは歌声を頼りにヴァンデッタへと杖先を向けた。
「この世に留まり続ける理由はなんだ?」
杖の先に灯る光が、オライオンの言葉を合図に解き放たれる。
「……なんにせよ依頼とあれば仕事を為すまでだ」
宙を駆けた光弾が、ヴァンデッタの腹部を穿つ。
一瞬、ヴァンデッタの歌声が止まる。
けれど直後、彼女は再び歌い始めた。
彼女にとって、甲板上のオライオンなど眼中にないのだろう。彼女の腐った瞳には、港に集まる住人たちしか見えてはいない。
しかし、ヴァンデッタはともかくとして楽器体はオライオンの行動に怒りを感じているようだ。
フルート隊がオライオンへと視線を向ける。鳴り響く笛の音が、オライオンの脳を揺さぶった。
「ぐ……」
痛みに頭を押さえ、オライオンが身をよじる。
急降下するカイトの狙いはティンパニだ。
船乗りの歌を口ずさみ、努めて陽気にカイトは飛翔。嵐の中とて、彼の翼は悠々と風を切り駆け抜ける。
「ドンドンドンってな、雷様よりぬるいなじゃねーの? もっと激しく行こうじゃねーか!」
手にした三叉の槍を一閃。
音波の波を切り裂いて、カイトはティンパニへと肉薄。
伸ばした指先で、その腕に何かの印を刻んだ。
ティンパニの注意を引き付けながら、カイトは再度上空へ。
次の獲物はピアノであった。構えた槍の先端を、甲板上のピアノへと向け、翼を広げ加速する。
そんなカイトの様子を横目に見ながら、グリジオは甲板を駆け抜けた。
フルートやヴァイオリンの音色に苛まれつつ、辿り着いた先に居たのは歌姫だ。
「よぉ、おっさんで申し訳ねぇが……最期の観客として眩い世界に送ってやるよ」
掲げた拳をオーラが覆う。
歌姫の意識がグリジオに向いた、その瞬間。
彼はそれを、力いっぱい歌姫の頭部へと振り下ろす。
甲板が揺れるほどの衝撃。
ちぎれた肉が飛び散って、歌姫の身体から骨の砕ける音がした。
しかし彼女は歌うことを止めはしない。
空気を震わすソプラノヴォイスが、グリジオの身体を貫いた。
カイトの槍が、ピアノの胸を貫いた。
不協和音の旋律が、それを最後にピタリと止まる。
ピアノによる強化を失った楽団たちの動きが、目に見えて悪くなる最中、ガレオン船は帆に風を浴び、港へ迫る。
グリジオの小型船が、ガレオン船に押しやられ大きく傾いだ。
「うお、っと」
甲板上に居た修也は、慌てて港へと飛び降りる。
瞬間、地面が激しく揺れた。ガレオン船が波止場に衝突したのだろう。嵐の海の波にのまれて、グリジオの船が沖へと次第に流されていく。
「あら? あなたもこっちに?」
「……こんな嵐の中、飛行はしたくないんでな。それにしても」
アシェンの問いに言葉を返し、修也は拳を握りしめる。
低く腰を下ろした彼の拳には、魔力の明かりが集約していた。
「良い演奏だ……こんな嵐の夜でも響き渡るとはな」
「えぇ、本当に。私も歌や演奏は好きだけど、本当に人を魅了できる調べの前には霞んでしまうのだわ」
スコープを除くアシェンの脳裏を計算式が埋め尽くす。
吹きすさぶ風雨に、揺れる甲板。
歌姫や、その周囲を囲む楽団たち。
それらすべての要素を式に当て嵌めて、導き出される最適解。
「楽団、最後の演奏を耳にできた私達はとても幸運ね」
ゆっくり、静かに。
ほんの少しだけ、アシェンはトリガーを引いた。
降り注ぐ銃弾の雨。
タララララ、と小気味の良い音を奏でるそれがヴァイオリン隊の身を撃ち抜いた。
次いで、夜空を白に染めるは修也の放つ魔力の砲だ。
甲板の一部を砕き、それはまっすぐヴァイオリン隊1名と、背後に控えたティンパニの胸を穿った。
蓄積したダメージによるものか、アンデッド2体が甲板に倒れ動きを止めた。
死してなお、演奏を続けた彼らにとって……コンサートの終幕まで見届けられなかったという事実は、ひどく無念なものだろう。
その様子を一瞥し、九重縁は目を閉じた。
瞳の端から頬を伝う雫は果たして、雨か、それとも涙だろうか。
「ひびけ うたよ そらへ うみへ あらしをこえて ゆめのなか――」
すぅ、と息を吸い込んで九重縁は歌を奏でる。
神子饗宴。己の身を犠牲に、仲間を強化する鼓舞の歌声。
ステージ状に展開された【ルナ・ヴァイオレット】の上に立ち、九重縁はそこを己の舞台と決めた。
甲板の端、背後には海。
正面には声の限りに歌を歌うヴァンデッタ。
「まよいごよ ねむれ ねむれ しずかに──♪」
響き渡る九重縁の歌声が、ヴァンデッタの声に混ざり、交差し……。
螺旋を描くかのように絡み合い、高く、遠くへと響く。
九重縁の歌声が、住人たちの動きを止めた。
視線は虚ろ。けれど、その恍惚とした表情に、時折苦悶と恐怖が覗く。
ヴァンデッタの洗脳が解除されかけているのだろう。
「……できることなら、奴さん方が生きている頃に聞いてみたかったモンだ」
ちらと波止場を一瞥し、十夜縁は刀を構えた。
よろり、と僅かに身体が揺れる。
鳴り響く音色と歌声が、彼の身体をその内側から蝕んだ。
黒く染まる視界。
時折、身体の動きも止まる。
しかし、彼は1歩1歩とフルート隊へと歩みより、うち1体を斬り捨てた。
「……あぁ、悪いな。俺にはお前さん方の演奏より――あの日から俺を苛み続けるこの“声”の方が、魅力的に聞こえるのさ」
そう呟いた十夜縁の脳裏響く声。
『許さない』
『寂しいわ、一人にしないで』
『ねえ、どうして私を――』
嵐の夜は、彼女の声が良く響く。
あぁ、ならば。
ならばこそ、十夜縁は立ち止まれない。
「分かってるさ……リーデル」
そう囁いた十夜縁を包み込むようにして、紅き無数の火炎の玉が嵐の夜に燃え盛る。
●終曲
フルート3人、ヴァイオリン1人、そして歌姫。
四重奏の響く中、ヴァンデッタの歌声はより高く、遠くへと伸びる。
その歌声は、九重縁の心を激しく揺さぶった。
メロディに合わせ詩を奏でるだけが“歌”ではないのだ。そこに想いが乗るからこそ、歌は人々の心に届く。
(陽だまりの中ではもう歌えない貴方の声、私達はしっかり聞いています)
ならばこそ、九重縁の紡ぐ歌は、ヴァンデッタへの返礼だ。
ヴァンデッタの歌声が、人々を【魅了】するのなら、より強い想いを声に乗せて歌い返すことで、それに抵抗してみせよう。
たとえその結果として喉が裂け、血を吐こうとも……
(ちからは失いましたが、声だけは衰えていませんよ。どちらがより、観客の心に届くか。歌くらべと行きましょう)
死してなお歌を紡ぐヴァンデッタ。
彼女に抗おうと言うなら、その程度の代償、安いものだろう。
九重縁の歌声が、住人たちを鈍らせる。
けれど、ヴァンデッタの歌声に未だ【魅了】されたまま……。
波止場に並んだ住人たちの眼前に、身を投げ出した虚の全身には殴打の跡が残っていた。
(……縁さんの想いを否定はしない。けれど自分は、信じて伸ばした手は振り払われ続けたから)
九重縁の歌声が人々を止められるのならそれで良し。
そうでなかった場合のことを考えて、虚は身体を【威嚇術】の行使を続けた。錯乱した住人たち数十名によって暴行を受けた虚の身体は傷だらけ。
潰れた鼻からはとめどなく血が零れていた。
管弦楽団の演奏により負ったダメージも蓄積していた。意識が途切れる寸前といった有様だが、彼はしかし自身の身よりも住人たちの安全こそを優先している。
(ここから先へは、行かせない……)
ギリ、と食いしばった唇から血の雫が滴った。
1歩。
踏み出した足が甲板を砕く。
大上段より振り下ろされた十夜縁の斬撃が、フルートの胸を深く切り裂く。
ドサリ、と甲板に伏したフルートはそれでも笛を吹くの止めない。
フルートの音が止まってしまえば、ヴァンデッタや仲間たちが困るから。
リズムを乱すことだけは、管弦楽団の一員としてできない。
そんな想いを、白濁とした瞳から感じ……。
「……いい演奏だったぜ。後はあの世で、大号令で散ったやつらにも聞かせてやってくれや」
最大限の敬意をこめて。
その額に、十夜縁は刀を刺す。
三重奏。
ヴァンデッタの声を浴びたグリジオは、己の胸を拳で打った。
血を吐き、よろけたグリジオは【パンドラ】を消費し意識を繋ぐ。
振り抜かれた彼の拳が、ヴァンデッタの胸に叩きつけられる。
「……数十年は難しくても、せめて20年前だったらエスコートくらい申し込んでたぜ」
ギリ、と歯を食いしばるグリジオを、ヴァンデッタの視線が捉える。
歌が止まったのはほんの一瞬。
再度紡がれた歌声が、グリジオの身体を背後へと押す。
「なあ、歌姫さん。アンタたちの最期の演奏会だ。仕事で来てる身とはいえ、心行くまで堪能させてくれるんだろう?」
グリジオが甲板を踏み外し、グリジオの身体が海へと落ちる。
甲板の縁に手をかけ、グリジオはそう言葉を紡いだ。ずるり、と濡れた甲板を長くつかみ続けることは出来ないだろう。
海に落ちれば、きっと彼女の歌声は耳に届かない。
そのことを残念に思いつつ、グリジオの身体は海に落ち……。
「……ったく、嵐の日に出歩くんもんじゃねーな」
暴風の中、急降下したカイトの腕がグリジオの手を掴み取る。
グリジオを救助したカイトが港に降りた。
2人を庇うように前に出たのは、アシェンと修也だ。
「……純粋に音楽を届けたかっただけなんだろうな」
修也の放った魔力の砲が、風雨を切り裂き甲板へ。
その一撃がヴァイオリンへと命中。
弓が折れ、弦が切れ、ヴァイオリンが砕け散る。
楽器を失い力尽きたヴァイオリンの演奏が止み、これで二重奏。
「俺には死んでまで届けたい思いってほど、真摯に打ち込んだものはないからな」
そう呟いた修也の隣、カイトが宙へと舞い上がる。
宙を疾駆するカイトの手には三叉の槍。
翼に風を受け、加速したカイトはまっすぐにその槍を甲板上の歌姫へと向けた。
しかし、槍がヴァンデッタに届く寸前、間に割り込んだフルートが代わりにその一撃を受け息絶える。
独奏。
「懺悔せよとは言わん、怨み、哀しみ、怒り、悔いながら天へ還ってくれ」
血を吐き、駆けるオライオンがカイトの横を通り過ぎる。
その手の中には1本の杖。
向けられた先には、最後に残ったフルートが1体。
オライオンの背負ったジェットパックが火を噴いた。
黒に染まった視界の中、音を頼りに【ナッシングネス】を発動させる。放たれた魔弾に込められた虚無のオーラに覆われて、フルートは糸の切れた人形みたいに崩れ落ちた。
独唱。
震える声は、悲しく、そしてどこか陰鬱。
鎮魂歌。
ヴァンデッタの白濁とした瞳の端から、雫が1粒零れて落ちる。
死した仲間たちを想ってか、或いは自身の命が尽きることを悟ってか。
「安らかな幕が下せるように……悲しい運命におやすみなさいの想いを込めて」
幕を下ろすはアシェンの放った銃弾であった。
世になお残す多くの音楽家たちの中には、凶弾によってその命を終わらせた者も多い。
歌姫、ヴァンデッタもまたその例に漏れず……。
鉛の弾に額を穿たれ、甲板に倒れ伏したのだ。
『迎えに来たわ。迎えに来たのよ。遙か遠い過去から、暗い海を越え、長い長い旅の果て……嵐の夜の音楽会を始めるわ。さぁ、さぁ、どなた、も……お越しに、なって……』
最後にそう呟いて。
ヴァンデッタ管弦楽団、最後の音楽会は幕を下ろした。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでした。
ヴァンデッタ管弦楽団は壊滅し、死者なく嵐の夜は明けました。
ガレオン船や管弦楽団の遺体は港の住人たちが埋葬してくれた模様です。
依頼は成功となります。
この度はご参加ありがとうございました。
また縁があれば、別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
ヴァンデッタ管弦楽団の殲滅
●ターゲット
・“歌姫”ヴァンデッタ(アンデッド)×1
夜色のドレスに白い毛皮の襟巻き。
夜会巻きにした濃い青の髪。
嵐の夜でもよく通る透き通った歌声が特徴的。
歌を奏でる時以外は、常に同じ言葉を繰り返しているが……
歌姫の奏:神遠扇に中ダメージ、魅了、恍惚
・ヴァンデッタ管弦楽団(アンデッド)×10
ピアノ1体
ヴァイオリン4体
フルート4体
ティンパニ1体
ピアノの演奏により仲間たちの防御力と攻撃力を上昇させる。
死者の演奏:神遠扇に小ダメージ。
ヴァイオリンには【呪縛】
フルートには【暗闇】
ティンパニには【呪殺】
・街の住人×?
ヴァンデッタの歌に魅了された住人たち。
ヴァンデッタの歌声に引き寄せられるようにして、嵐の海へ続々と向かって来ている。
●フィールド
時刻は夜。
嵐の港。
強風や豪雨によって視界が遮られたり、遠距離攻撃の軌道が逸れることもある。
港に停泊したガレオン船の甲板にヴァンデッタ管弦楽団は立っている。
戦場には常に演奏や歌声が響き続ける。
また、時折操られた街の住人が港にやって来ることもあるだろう。
甲板の板は腐食しており、強く踏み込むと破砕する可能性もある。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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