シナリオ詳細
ただ私を愛してくれたなら。
オープニング
最低最低最低。
嫌い嫌い嫌い。
殺しあうはずだったのに憎みあうはずだったのに死ぬはずだったのに。
なぜどうしてこんなことに。
●この海原を越えて
知らなかったことがたくさんあったと、知った。
悲しみに溺れて塞ぎこんで、知ろうともしていなかったのだと、知った。
目を開いて彼を見る。
耳を澄ませてその声を聴く。
そこには自分の知らない『父』の姿があった。
主君に仕える気高い鬼人種の姿があった。
本当は、分かっていたのだ。
早くに母を喪ったトウミにとって、唯一の肉親だった父の死の原因は東行にない。むしろ父を助けようとむやみに躍起にならず、かつ腰を抜かすことなく、トウミの手を引いて逃げてくれた東行の判断は正しい。
彼はトウミの命を、アサミの意思を尊重してくれた。
父が東行を庇って命を落としたからと言って、恨むなど筋違いも甚だしい。
――ということを説明してくれてもよかったのに。聞く耳を持ったかどうかは別として、言ってくれればよかったのに。
死ぬ覚悟、殺しあう覚悟なんかを決めてしまったから、こじれたのだ――など、トウミの言えたことではないが。
「海に行こう」
神使(イレギュラーズ、というらしい)が東行の別邸で蛇退治を行ってから、一週間近くが過ぎたころ。
休日の朝早くに東行はぽつりと言った。
体力づくりのための鍛錬に行こうとしていたトウミは、半端な姿勢で動きをとめる。
「海ですか?」
「土の下などつまらないだろう。それに、海の果てにも国があるのだ。そちらの方が奴は楽しむだろうよ」
父のことを言っていると、トウミはすぐに察した。
現状、蔑視されている鬼人種の亡骸に情けをかける八百万など限られている。
種族間問題について中立の立場を保つ東行は、友でもあったアサミの遺体を決して乱雑には扱わなかった。密かに荼毘に付し、この本邸の私室で丁重に遺骨を保管していたのだ。
トウミはなにも知らなかった。東行も自分のためにアサミは死んだという罪悪感を抱いていたため、言えなかったらしい。
話し合いが足りなかったのだ。本当に。まったく。
「そうですね。父は海が好きでしたから」
「好奇心も強い男だった」
懐かしそうに、誇らしそうに東行は目を細める。そんな彼が、トウミは嫌いじゃない。そう思える自分に気づいている。
気づけたのだ。神使らのおかげで。
「船があれば乗ってもいい」
「……え?」
「お前は好きなところで、好きなように生きなさい」
茶を飲み干して東行は立ち上がる。
すたすたと足早に去っていく彼の背を、トウミはやはり不自然な態勢のまま見送ってしまった。
頭が痛い。とても痛い。声が聞こえる。甘い声が聞こえる。
呪わせたのに失敗した。あの人が遠くに行ってしまう。連れていかれてしまう。
あの子どもに。たかが獄人に。
許さない。あの人は私のもの。あの人は私の愛する人。私を愛すべき人。生まれたときからそう決まっていたのに。
許さない。
声が聞こえる。声が――。
●もう一度、その手を握って
潮の匂いが鼻先をくすぐる。
牛車は途中で預けてしまった。ゆっくり歩いて行こうと東行が言ったからだ。
とれたての海の幸を軽く調理したものを売る店が点在している。ちらちらと東行に見られているのを感じながら、トウミはすました顔で主君の斜め後ろを歩いていた。
食べたい、と子どもらしくねだられるのを、東行は待っているのだろう。
不器用なりに甘やかしたいと思われているのだと、トウミはもう知っている。ただ自分は愛らしい子どもではなく彼の従者、かつ武装している側近なので、その手の期待はやめて欲しいのだが。
「持ちましょうか」
「いや、いい」
東行が大切そうに持つのは、本邸から持ってきたアサミの骨の一部だ。残りはおいてきた。
海にも、その果てにも行けるように。
たまにはこの地に戻ってこられるように。
そんな思いで、骨を分けると二人で決めたのだ。
停泊している漁船が遠くに見え始めたころ、不意にあたりが暗くなった。
太陽が翳ったのかとトウミは何気なく視線を上げ、
「な」
「うわああぁぁぁぁ!」
息をのむと同時、方々から悲鳴が上がった。
鳥の群れだ。
海鳥に似た姿で、しかしあまりに大きく、挙句に女人の顔を持つ鳥が次々と地上に襲来する。静かだった漁村がたちまち恐慌状態に陥った。
「下がってください!」
刀を抜いたトウミは東行を近くの小屋まで追いやる。壁に背をつけさせ、自分は前に出た。
「トウミ!」
「一体なにが……!」
人の体から血が吹き出し、肉片が宙に舞う。
成人男性並みの大きさの怪鳥は鋭い爪が生えた足で人を捕らえ、頬まで裂ける口でその血肉を喰らっていた。
「くっ」
トウミの方にも一体くる。
どうにか刀で押さえたものの、自身より大きな異形の尋常ではない力に圧倒された。掴まれた刀がみしみしと嫌な音を立てている。
にぃ、と女の顔が笑う。短剣のような牙が覗いた。目蓋のない目は深淵で作ったように黒く深く、恐ろしい。
「と、東行、様、にげ……っ」
もうだめだ。
せめて彼だけは。
そう考えた、刹那。
「おお、ここに居ったか」
場違いなほど緩い声がしたかと思うと、トウミの眼前から女人の顔が消えた。
左側に吹き飛ばされたのだと認識すると同時、灰色の髪が視界の端で揺れる。
「瑞鬼、様?」
「うむ。元気かえ?」
「なぜここに」
呆然とした東行の問いに、巨大な鉄扇を軽々と閉じながら瑞鬼(p3p008720)が笑う。
「なに、その後どうしておるかと思うて、本邸まで様子見に行ったのじゃが、海に行ったと言われてのう。散歩がてら追いかけてみたのじゃ。他の者たちもおるぞ」
して、と瑞鬼は顎を上げる。
「わしにはあれが親玉に見えるが、知りあいかのう?」
傾きつつある太陽を背に飛ぶ、ひときわ大きな怪鳥。
鳥の足と翼を持ちながら、上体と顔は女のそれ。
「いぃぃがないでぇぇえどうぎょぉぉざばぁぁぁぁああああ!」
それなりの距離があるというのに、叫びひとつでトウミは耐えられなくなった。
頭の中をかき混ぜられるような不快感に体が限界を訴える。膝を突いて胃の中のものを吐き出した。東行も口に手をあて、必死にこらえている。
瑞鬼は切れ長の目を細めた。
「知りあいのようじゃのう」
「あの、顔、に、声」
「……彼女はただの八百万、かつ聞いているだけで吐き気を催す声ではなかった、はずだが」
許嫁だと、東行は言う。
「奈緒、という」
「ほう」
それはまた。瑞鬼は声に出さず、口の端をゆがめた。
荒い呼吸を繰り返していたトウミが、弾かれたように青ざめた顔を上げる。
「思い出した。あの蛇をくれたのは、奈緒様だ」
- ただ私を愛してくれたなら。完了
- GM名あいきとうか
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2020年11月08日 22時15分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
疾走の勢いを殺さないまま、無造作に振られた『幽世歩き』瑞鬼(p3p008720)の巨大な鉄扇が異形を吹き飛ばす。
はっと我に返った『玩具の輪舞』アシェン・ディチェット(p3p008621)は楽器ケースから得物をとり出して駆けた。
「どなたか、東行様たちをお願いするのだわ……!」
物見遊山のつもりだったのに。
こんなことになるなんて、アシェンは思ってもみなかった。それはきっとほかの仲間たちも同じなのだろう。
「魔種……!」
たとえば、想定外のタイミングで魔種との初めての戦いを迎えた『貴族騎士』シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)は。
吐き気を催す魔種の絶叫に耐えながら純白の二丁拳銃を手にとる。
「ひとまずアレをここから遠ざけるべきかのう」
「そうですね。接近してこられると厄介です」
ぱき、と片手の指を鳴らした瑞鬼に『群鱗』只野・黒子(p3p008597)が眼鏡を上げながら応じた。
その双眸は散開した会した仲間たちの様子と、奈緒と東行が呼んだ空中の魔種、そしてそれを囲むように羽ばたく迦陵らに向けられている。
「声が汚い……!」
カラオケで徹夜した後の壊れた喉だってもうちょいマシだと、『解放者』三國・誠司(p3p008563)は奥歯を噛み締めた。奈緒の声は、東行の名を一心に呼ぶ絶叫は、それほどにひどい。
挙句に『呼び声』としても機能しているのだから始末に負えなかった。
「愛は人を狂わせる」
どこかで聞いた言葉を『勇往邁進』リディア・T・レオンハート(p3p008325)は臨戦態勢で唇に乗せる。まだそうなるほどに人を愛したことのないリディアであっても、奈緒の心中を慮ると胸がちくりと痛んだ。
「そうであっても。本当に狂うのは――愛しい相手の命まで奪うほどになるのは、間違いだ」
硬い声で『優心の恩寵』ポテト=アークライト(p3p000294)は断じた。誰よりも愛している人がいるからこそ、ポテトは奈緒にも東行にも思うところがある。
なにかに引き寄せられるように、ふらりと一歩を踏み出しかけたトウミの前に細身の男が現れた。
「下がっているでござる。……二人とも、拙者から離れるでないぞ」
「あ……」
「死地に赴くばかりが護衛ではなかろう。ただ、目を離すな」
座りこんでいる東行と体を震わせているトウミを『咲々宮一刀流』咲々宮 幻介(p3p001387)は肩越しに一瞥し、敵へと視線を戻す。
「現実から……目を逸らすな!」
父を喪ったと道中に聞いた子どもと、二度も戦闘の原因となった男が息を詰まらせたのが気配で分かった。
「とぉぉぉぎょぉぉおざまぁぁあ!」
それ以外の言葉を忘れたかのように魔種が哭き、迦陵の奇声が追随する。
不味いものを口に入れられたような顔で、誠司は奈緒を狙う。
「ったく、ずいぶんな散歩になっちゃって!」
「なに、神使たるもの、この程度は朝飯前じゃろうて」
「言ってくれるねぇ」
かかと笑って真っ直ぐ奈緒に向かう瑞鬼の背に苦い声で呟いて、誠司は奈緒の肺を撃ち抜きにかかる。
魔種は翼となっている片腕で弾を防いだ。
「げ」
「いえ、ダメージは入っています。それに狙いとしてもよろしいでしょう」
「……確かに」
目まぐるしく動く戦況を冷静に観察し分析する黒子の言葉に、なるほどと誠司が頷く。翼を砕いて撃ち落としてしまえば、その分だけこちらが優位になるだろう。
「アァァア!」
「奈緒嬢を攻撃するとこうなるようですね」
「そうか。ならばこちらは僕が引き受けよう」
誠司に殺到しかけていた迦陵に鋼の驟雨が襲いかかる。流れ弾は奈緒の腹部を掠めた。
吐き出す息に体内の全ての緊張を宿す。貴族騎士は怯懦せず、視線の先の蒼穹を埋め尽くすほどの手勢を見た。
「妖ども! こっちにこい!」
奈緒を相手取る瑞鬼のフォローを誠司と黒子に任せるため、シューヴェルトは迦陵を引きつけ後退する。
一切の迦陵を、とまではいかなくとも、現状の大多数の意識がこちらに向けば、魔種討伐の難易度は下がるだろう。それは被害の度合いにもかかわってくる。
憎悪に満ちた眼差しで地上を睥睨した奈緒が高度を上げようと両腕を動かした。空から最短距離で東行の元まで行こうとしていると黒子が判断すると同時、奈緒の右翼に弾丸が命中する。
悲鳴を上げながら奈緒が高度をやや下げた。
「瑞鬼お姉さん!」
東行とは真反対にあたる位置からの、アシェンの狙撃だった。麻酔弾を改造した特殊弾は魔種でさえ痺れさせることができる。
「かっかっか、愉快愉快」
疾駆していた瑞鬼が急停止、好機とばかりに奈緒の周囲に残っていた数体の迦陵が迫った。
「愚策かと」
怜悧な声で黒子が言った直後、眩い光が迦陵と奈緒を包む。神聖な光が収束するのを待たず、瑞鬼が巨大な鉄扇を開いた。
「己で動かぬ愚か者が、この期に及んで想い人を命ごと狙うとはのう。己の愚かさを責任転嫁するでないわ」
「とぉぉぎょぉぉ……!」
「喧しい」
絶叫を遮って瑞鬼が魔種を吹き飛ばす。唇を引き結んだアシェンが再び引鉄に添えた指に力をこめた。
淡い蒼光を湛えた宝剣を手に、小柄な少女が走る。跳ねた血だまりと充満する死のにおいに、深紅へと変じた双眸は怒りを宿した。
「これ以上、誰も傷つけさせません!」
切っ先は天――シューヴェルトに殺到する迦陵へ。宝剣が翠の闘気を帯びる。
「てぇぁぁああ!」
渾身の雄たけびとともに全霊の力で振り抜く。空刃を受けた迦陵が耳障りな悲鳴を上げた。
「助かる!」
鋭い爪に掴まれ地面から随分離れたところに連れていかれていたシューヴェルトが落下、着地すると同時に立て続けに弾幕攻撃を浴びせる。
「数の多さが厄介ですね!」
「ああ。それに少なくとも、この数はこちらで引き受けなくてはならない」
「ごもっともで――余所見は禁物ですよ!」
対魔種の戦線を維持するためにも、護衛対象を守りきるためにも。
数えるのも億劫な迦陵を打ち倒し、かつその数が増えるようならやはり自分の元に誘引しなくてはと、シューヴェルトは決意する。
口の端を引いてリディアが小さく笑った。
「大丈夫です。私たちなら、絶対!」
襲いくる爪を剣で弾く。鋼のような爪先が白い頬を掠めて朱線を引いた。わずかな痛みをリディアは堪え、終幕の見えない戦場でなお明るい表情を浮かべて見せる。
至近距離で迦陵の顎を撃ち抜いたシューヴェルトも、強く掴まれたせいで痺れるように痛む左手を振って凛然と顔を上げた。
「もちろんだ。僕たちは負けない。この戦いに勝って生き延びて見せる。貴族騎士の名にかけて!」
「ええ、終わらせましょう。この剣にかけて!」
鳥と呼ぶには大きすぎる体が空から降ってくる。
体重を乗せた踏みつけを紙一重で回避、相手の体に軽く片手を突いて跳ぶ。ただそれだけの動作で、常人以上の跳躍を見せた。
「見目に反して硬い羽毛で御座るな」
呟きつつ虚空で身をひねり、自身を見上げる迦陵の額に御神刀を突き刺す。暴れられる前に妖の肩を蹴って引き抜き、地に爪先がつくと同時に再度跳ねる。
青黒い血をまき散らしながら突進してきていた迦陵の歯が、先ほどまで幻介の頭があったあたりを噛んだ。
「いやはや全く!」
虚空を蹴って飛燕の急降下、迦陵の首を断った。
「多勢な上にしぶといとは。厄介で御座るなぁ」
幻介が護衛につくと同時に上空から襲ってきた妖の亡骸を見下ろす。間違いなく、戦闘の混乱に乗じて東行を奪い、奈緒の元に連れてくる役目を持っていた個体だ。
「幻介」
「否、拙者のことは気にせず。死にかけておったら助けてくだされ」
治療にあたろうとしたポテトに幻介は緩い笑みを浮かべて片手を上げる。
「拙者、多少追いこまれた方がやる気になる性質なので御座る」
「そうか」
分かった、とポテトが頷くのを横目に、幻介は刀を振るった。
「そうくると思っていたで御座る」
東行強奪のための第二陣が迫る。
舞うように応戦する幻介が無理をしすぎないように、かつ戦場の誰もが倒れないように、ポテトは慎重に仲間たちを観察する。
「……東行」
言おうと思ったのは、東行が真っ直ぐに奈緒を見ていたからだ。
変わり果てた姿を記憶に焼きつけようとしているかのように、男は唇を引き結んで魔種に目を向けていた。
「魔種の肩を持つ気はないが、奈緒があんなにも狂って東行に執着しているのは、東行への愛ゆえだと思う」
シューヴェルトとリディアの傷を癒しつつ、ポテトは東行が耳を傾けているのを感じる。
主君を守る最後の盾となろうとしているトウミもまた、聞いていた。
「奈緒はお前の婚約者とのことだが、奈緒に対してきちんと想いを告げていたのか? 奈緒はお前を愛しているようだが、お前はどうなんだ?」
「……私は」
掠れた声をこぼしたきり、東行は黙する。
「この前もだが、お前は言葉が足りないと思う」
「その通りです」
即座に同意したトウミが、しまったという風に顔をしかめた。
瑞鬼や黒子と同じく、前回の騒動の渦中にいたポテトは小さく苦笑する。
「愛しているならその想いを、そうでなくても彼女に対する想いを、きちんと言葉にして伝えてやれ」
魔に堕ちたその耳に、もはや言葉は届かないかもしれない。
しかし想いは、欠片でも伝わるのだろう。――そう、ポテトは信じる。
「それが奈緒へのせめてもの餞で、謝罪だ」
花嫁になるよう望まれ、叶わなかった『八百万の娘』の懊悩を樹精は想う。
鳥の体となった奈緒の胸が大きく膨らむ。短刀の鋭さを誇る両足の爪の先がすりあわせられた。
「瑞鬼さん気をつけて!」
援護しつつも奈緒に注意を払い続けていた誠司だからこそ分かる。あれは悍ましい声を放つ際の予備動作ではなく、迦陵を呼ぶ際の癖だ。
二度目であたりをつけて、三度目になる今、確信した。
「後方にもご注意を」
誠司とあわせて奈緒の妨害を行おうとしていたアシェンが黒子の忠告に振り返る。いつの間にか迦陵が真後ろに迫っていた。
すさまじい速度で低空飛行してきた迦陵が愉悦の笑みで口を開く。
「この……っ!」
銃弾で迎撃しようとしたアシェンの眼前で迦陵の羽が散った。
「アァァァ!」
横から攻撃を受け、迦陵が身をよじる。苦痛と激怒の声を上げ、それはリディアとシューヴェルトが引き受ける一団に混じった。
「まだまだ余裕ですよ!」
リディアの名をこぼしかけていた唇に歯を立てて、アシェンは大きく首を縦に振る。
「どんなに辛くても、そちらに行ってしまったらだめなのだわ……!」
誠司が無防備に膨らんだ胸を打ち抜く。黒子が瑞鬼を癒し、アシェンは奈緒の爪の先を砕く。
陽の光をきらきらと反射しながら降ってきた爪を見て、ふと考えてしまった。
「あなたは、もしかして」
そこから先を言語の形にするのは憚られ、アシェンは眉根を悲しく寄せる。
未だにぞっとするものの、潰れ始めた声は最初ほど恐ろしくない。少なくとも聞いているだけで吐き気はしなくなってきたし、頭痛もはるかにましだ。
「よし!」
予想通り迦陵の援軍も今回はなかった。妨害に成功した誠司は心の中でこぶしを握る。現実の両手を武器から離すわけにはいかない。
新手がこなかったというだけで迦陵はまだいるし、奈緒もまるで戦意を喪っていないのだ。
「面倒この上ないのう!」
「本当にね! 村の人たち大丈夫かなこれ!」
「戦闘区域内にはいませんので、避難されたのでしょう。村の立て直しが可能かどうかについては後ほど」
口の中の血を吐き捨てて瑞鬼は閉じた鉄扇を横に薙ぐ。奈緒が暗闇に包まれるもののすぐに脱した。距離を詰める瑞鬼は口の端を上げて残忍な三日月を描く。
「なに、わしの攻撃は掠ればいい」
自らの損傷を回復しようとした奈緒が、それが叶わないと悟り男の名を叫ぶ。鉄扇と爪ぶつかり、轟音が大気を震わせた。
「この位置に奈緒嬢を縛りつけている限り、そう簡単には東行様の元にたどり着けません」
魔種と護衛対象の距離、仲間たちの位置関係を黒子は鑑みる。
万が一、この三人が同時に破れても、魔種が護衛対象にたどり着く前に他の誰かが間に割って入り、接近を阻止できると結論づけた。
「地元の新鮮な海の幸、楽しみにしてたんだけどなぁ!」
とれたてぴちぴちはずいぶん遠いところにあると、誠司は嘆く。
迦陵の数が減り始めた。
「ここから先は僕が請け負う。リディア」
「はい!」
シューヴェルトの意思を汲みとり、リディアは奈緒の元に向かう。
「彼を愛するあなたの気持ちは真だったのかもしれません。――ですが!」
宝剣が、蒼炎が如き闘気を纏う。
「そのようになり果ててしまっては! 無念でしょうが、ここで終わりにしましょう!」
リディアの攻撃を受けた奈緒がすぐさま反撃に出ようとする。
振りかざされた魔種の右手の爪は、しかし半ばで断ち切られた。
「素晴らしい戦術眼で御座る。いや感服感服」
凄まじい速度で奈緒に近づき飛燕の一刀で悲鳴を上げさせた幻介が地に下りる。
再召喚が手際よく封じられ続けたことで迦陵の数が減り、奈緒も東行強奪に手を回せなくなったのだ。
徐々に追いつめられていたことに気づき、奈緒が絶叫する。
それは痛みだ。それは苦しみだ。愛していると、側にいて欲しいという訴えだ。
「……でも」
もう『終わっている』存在に、慰めや同情が届くものか。
言葉を胸にとどめるため、アシェンは口を閉じる。
最初から最後まで彼女の声をただの騒音としか捉えていない瑞鬼が、血濡れの姿で、しかし涼しい顔で鉄扇を開いた。
「なにも考えぬ阿呆が、色恋にもこの戦いにも勝てるわけがなかろう。女というものは常に頭を使わねばいかんのじゃ」
「女人であったか」
「さてな」
年齢性別共に不明の鬼人種は幻介の冗談めかした声に片目をつむる。
武器を持ち直した誠司が苦笑した。
「余裕だねぇ」
手負いだった迦陵を粗方倒したシューヴェルトも合流する。ポテトの治癒の光がまだ消え切っていなかったが、気にせず二丁の銃口の先を魔種に向けた。
「厄災の魔種よ! この弾幕でとどめだ!」
毅然とした声が戦場に響いた。
「ここまでくれば戦力を分散するより奈緒嬢を倒した方がいいでしょう」
策が機能していることを確認しつつ、黒子は奈緒の周囲に集まった迦陵の損耗具合を推し量る。
護衛対象を背にするポテトは、振り返らないまま宣言した。
「東行。私たちは奈緒を倒す」
人であった頃の意識などないだろう。歪んだ想いだけを抱えているのだろう。
それでも魔種は、かつて『奈緒』として生きたひとりの娘だった。
「……頼む」
低く静かで短い返答には、痛みが含まれている。トウミが悲痛な響きで主君を呼んだ。
「分かった」
努めて淡泊に返して、ポテトは全力で仲間たちの傷を癒していく。
●
イレギュラーズの一斉攻撃がついに奈緒を地に落とす。魔種は愛した相手の名を呼んで再び活力をとり戻そうとするが、幻介の一閃がそれを防いだ。
「もうよい」
これ以上憐れな姿をさらしてくれるなと、浪人は目を伏せた。
弄んでいた鉄扇を瑞鬼は下げる。
「お前は好いた相手の為になにかすればよかったのだ。婚約者という立場に溺れずにの」
奈緒の、白く繊細だったころの面影などない鳥の手の先が、地をさまよう。瑞鬼は小さく息をついた。
「今となっては遅すぎる助言じゃがな……」
くるりと瑞鬼は身を翻す。ポテトに庇われるように立つ東行とすれ違う際、しばしその足をとめ「言わなくても分かるというのは甘えじゃからな」と告げた。
子に会いに行くかの。獄人のそんな呟きは、静かな空気にかき消える。
「私……」
動かなくなった奈緒を見下ろして、アシェンは手のひらに爪を立てた。
「私、愛し方を間違えただけだと、そんな風に思ったのだわ」
ただそれは、彼女をそこまで追い詰めてしまったと、責めている気もして。
「なにも知らないのに……。ごめんなさい……」
ひどい感情だと、肩を震わせる。リディアが首を小さく振って、彼女に寄り添った。
「世の中、ままならぬものよな」
「全くです」
天を仰ぐ幻介に黒子が首肯する。
求める望みの通りになることの方が少ない世の中だ。愛する者をただ側に置きたくて、それすら叶わず絶望し、魔に堕ちて直しようがなくなる娘もいる。
だが、諦めればそこで終いなのもまた、事実だ。
「志を貫くならば、心を強く持て。呑まれるな、抗え。それだけが……希望を叶える道に御座るよ」
その言葉は、奈緒だけに向けたものでなく。
東行と、トウミに投げられたものでもあった。
「おやすみ、奈緒」
汚れることを厭わず、膝を突いたポテトが奈緒の目を手のひらで優しく閉じさせる。東行もまた奈緒の頭の側に屈み、頬にそっと触れた。
「俺、村の人たちのところ行ってくる。説明とかしてあげた方がいいだろうし」
「僕も行こう。少しでも復興の手助けをしたい」
口の端にこびりついた血を指で拭った誠司が反転し、迦陵の返り血を気にしつつシューヴェルトも続く。
「私もお手伝いします!」
元気よく片手を上げたリディアは、落ちこむアシェンを引きずるようにして二人を追った。
護衛として残った黒子と幻介、ポテトは視線を交錯させ、数歩引いた。
鬼人種の少年が黙祷を捧げるように主君の傍らで目を閉じる。
奈緒、と男は今まで通りに彼女を呼んだ。
続く言葉は、柔く吹いた潮風に掻き消された。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
お疲れさまでした、イレギュラーズ。
ご参加ありがとうございました!
GMコメント
初めまして、あるいはお久しぶりです。あいきとうかと申します。
一歩を踏み出した二人の『その後のお話(アフターアクション)』でございます。
●目標
・東行、トウミの生存
・『魔種』奈緒の討伐
●情報確度
このシナリオの情報精度はBです。
情報は全て信用できますが、不測の事態も起こる可能性があります。
●ロケーション
高天原より離れた漁村。
迦陵が暴れ回ったためすでに半壊状態、住民(鬼人種)たちは七割以上が死亡した状態です。
粗末な小屋のような家が立ち並ぶ、穏やかな漁村でした。
●敵
・『魔種』奈緒
色欲の魔種。
鳥の翼と足、人間だった時の顔と声を持つ。
東行を奪うことを第一に行動する。その過程で迦陵・トウミ・東行自身が死のうと意に介さない。
愛する人を手に入れるために、愛する人さえ殺せるようになってしまった魔種。正気はない。
当然、邪魔をする者は全て敵として認識する。
防御と回避に特に優れる。
・いとしいひと(P):東行が生存しているとき、EXAとEXFに若干の補正を得る
・悍ましい声(神・中・域):【無】【体勢不利】【苦鳴】【狂気】【呪い】
他、 神秘攻撃主体、中距離の広範囲攻撃や自身を回復する術を有する。
・『迦陵』×?
海鳥の姿に女の顔を持つ巨大な鳥の妖。
奈緒が生きている限り毎Rに数体ずつ追加されていく。無限というわけではないが、数はとても多い。
物理攻撃力とHP高め。奈緒を攻撃する者を集中的に攻撃する習性がある。
・にくいきらい(P):トウミが生存しているとき、EXAと特殊抵抗に若干の補正を得る
他、近・中距離の物理攻撃主体
●NPC
・『奈緒』
嫉妬深い性格で八百万至上主義。政略結婚のため、産まれたときから東行の婚約者として育てられた。
鬼人種に心を許し、側に置き大切に扱う東行に対して不満があり、どうにかして彼の主義を変えられないかと画策。
アサミの死亡を利用しトウミを東行にけしかけた張本人。トウミには死んでもらう予定だったがイレギュラーズにより計画をゆがめられた。
口惜しく思っていたところに飛びこんできた、『二人が海に向かった』という報せ。
東行が海の外に興味を持っていたことを知る奈緒は『二人で国を出るつもりなのでは』と危惧、結果として呼び声に耐えられなくなり、魔種に堕ちた。
・『東行』
言葉が足りないことを自覚しつつある八百万の青年。絶大な信頼を寄せていた男の忘れ形見を甘やかしたいが、上手くできないのが最近の悩み。
種族間の隔たりについては中立を貫く気でいる。ただし身内に甘い。
奈緒のことは妹のようにかわいがっているが、親同士が決めた結婚より自分が好きな相手と結ばれた方が奈緒も幸せだろう、という思いから幼少期とほとんど変わらない『オトモダチ』な接し方をしていた。
結果、こうなった。
・『トウミ』
東行に対するわだかまりがもうほとんどなくなっている少年。父の跡を継ぎ、東行の側近という役目をしっかりこなす気でいる。
子ども扱いされたくないお年頃。剣術と体術の鍛錬を欠かさず、いざというときに東行を守れるよう励んできた。
奈緒が鬼人種を心底嫌っていることは知っているが、嫉妬の対象になっていることには気づいていない。
●他
依頼『<巫蠱の劫>朱夕の蛇』のアフターアクションとなりますが、そちらの内容は特に知らなくても大丈夫です。
魔種退治、頑張ってください!
皆様のご参加お待ちしております。
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