シナリオ詳細
<無貌の海原>新たなる門出
オープニング
青色の装丁に金色の題字を刻まれた本は、ひとりでにぱらぱらと捲られた。どういう訳か真っ黒に塗り潰された頁には――しかし、まるで闇夜に射す夜明けの光のように、一部だけ黒が拭い去られた場所がある。
「皆には、感謝を申し上げる」
本の傍に腰掛ける女性――表紙と同じ色の鱗の尾と、題字と同じ色の宝槍を携えた人魚の境界案内人の口許は、最初にこの図書館で見かけた時とは違ってほんの少しだけ柔らかに微笑んでいた。芳しい潮の香を漂わせ、寂しげながらも威厳を感じさせる海の女王は、この闇に閉ざされた本の世界を救うため、いまひとたび力を貸してほしいと君たちに請うのだ。
それを記す本の頁がそうであるように、全てが闇に覆われた世界、『無貌の海原』。
その暗がりは輝く『星の砂』の力により打ち払われて、頁には文字を、世界には輝きをもたらすだろう。
その『星の砂』を『無貌の海原』に持ち込めるのは、特異運命座標たちだけなのだ。世界に広がるべき光景を空想し、かくあるべしと願ったならば、闇は晴れ、世界はあたかも最初からそうであったかのように振る舞いはじめるだろう……はじまりの島には寂れた港町が“あった”ことになり、磯沿いの細道の先には魚鱗人たちの小さな漁村が生まれ、バンガロー立ち並ぶビーチリゾートまでもが姿を現した。海中には半人半魚の神々の姿が刻まれた、古代帝国の神殿遺跡が眠りさえもする……その中に何があるのかは、今はまだ『星の砂』で照らされてはいないけれど。
この海は広く、照らされたものは未だほんの一握りに過ぎない。海洋世界を闇で包んだ存在の正体を明らかにして、『無貌の海原』を救うためには、まだまだ多くのことを知らねばならないだろう。
……が、『星の砂』の力があれば、少しずつそれらに迫ることができる。もしも近付く者を阻む場所があったとしても、特異運命座標の想像力ひとつで、海の彼方まで旅できる船が現れることだろう。あるいは特異運命座標自身に、海の中で自在に呼吸する力を与えることだろう。それがこの塗り潰された本の世界、『無貌の海原』の法則だ。
とはいえ、より広いもの、より複雑なもの、より大きな影響を及ぼすものをこの世界に創造するには、それに相応しいだけの強さの想像力が必要となるものだ。『無貌の海原』を覆う闇の正体を暴いて世界全てを取り戻すとなれば、尚更だろう……だが、安心してほしい。
「何も、独りで、一度で全てを想像してくれとは申しておらぬのよ」
境界案内人の人魚の女王は、どこか遠くに思いを馳せつつ語る。
「誰かの想像に、また新たな想像を重ねたならば……きっと、その未来に届くのだろうから」
- <無貌の海原>新たなる門出完了
- NM名椎野 宗一郎
- 種別ライブノベル
- 難易度-
- 冒険終了日時2020年11月08日 22時15分
- 参加人数4/4人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 4 人
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参加者一覧(4人)
リプレイ
●西の海にて
キングマンズポートより西へと続く海原の中、『パウダー・アクアの拳』黎 冰星(p3p008546)は波に揺られる船の上から思いを馳せていた。
自分が望むべき世界とは何か? 西の水平線の下から見えてきた島のさらに向こうに広がる闇の中には、はたして何が広がっているのだろうか?
その気になれば何でも産み出せるのだろうと解ってはいても、その権利を闇雲に行使するつもりは冰星にはない。潮風は爽やかにここが海であることをありありと物語ってくれてはいるというのに、あの島からすぐ向こう側の世界は、まるで空が曇って闇に溶けているかのように、不気味に姿を覆い隠されている。それを目の当たりにした時の胸のざわめきは冰星に、この世界を救うためにはどうすればいいのかと考えさせるのだ。
きっと今から自分勝手に何かを想像するよりも、先人たちがこの世界に僅かに溶け込ませた潜在意識を探し出し、その上に新たな想像をするのがいいのだろう。
他人様のことをとやかく言わない。その上で、正しいと思ったことを為す。
今なお心に刻む亡母の教えをこの世界で形に変えるには、まずは今ある世界を知るべきだと冰星は確信していた。
そして波止場に辿り着いた船の上から、人々の声が海風に乗ってやって来る、活気のいい港町へと足を踏み入れた。
●交易都市
様式のばらばらな大型船。混ざり合う髪と肌の色。この港町で『蛇霊暴乱』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)が目にしたものは、言葉も文化も違う人々が、同じ場所で一堂に会するさまだった。
試しに酒樽の看板の出る木戸を潜ってみれば、そこには大方の予想に違わず、杯を交わして互いの共通語とする人々の姿。よく見れば床には酒の水溜まりができていて、その周囲には料理の破片が落ちている……その近くで最も仲良さそうに飲み交わす海の男たちの全身には真新しい痣や切り傷ができており、彼らがほんの少し前にもう一つの共通語――拳を通じて意気投合したらしい様子が見て取れた。
各国の商会が立ち並ぶ表通りは乱雑でこそあるものの、猥雑だとは思わなかったのに。船から下ろした荷が入り、積み込む荷が出てゆく倉庫に近い側では、船乗り、荷役人足、造船工員といった荒くれ者が多いせいだろう、一転して猥雑さが目立つようになる。
だが……どちらも賑やかで、活力に満ちていることだけは変わらない。
もしも世界を覆う闇の中に輝く太陽が、街の背に聳える山の裏へと隠れた後は、繁華街には囁きと嬌声と酔っ払いが溢れるのだろう。街の高くには灯台の力強い光が、低くには窓々から洩れるとりどりの灯りが、海原を往くものの標になるのかもしれないとアーマデルは空想を巡らせる。それらの輝きには水中種族たちも招き寄せられて、魔法で鰭を足に変え、何食わぬ顔で人に混じっているのだろう……逆に人々が、足を鰭に変えて海底を訪れることもあるに違いない。
不意に故郷を思い返せば、巨大な陸亀が人と荷を乗せて、砂礫に半ば埋もれた世界を行き来していた。ならば、この世界では海亀が、陸と海底とを結ぶのだろうかと彼は思いを馳せて……突然、どうして気付かなかったんだという表情になった。
「海に亀がいるなら蛇もいるよな……きっとこの世界の蛇も、皆に幸運を授けてくれるいいヤツなんだ。蛇のアクセサリーをお守りにする旅人がいるかもしれないな」
だとすれば『絶海武闘』ジョージ・キングマン(p3p007332)もどこかで誰かに、蛇のアクセサリーを勧められたことがあったかもしれなかった。
港町を訪れたジョージが真っ先に選んだ行き先は市場だ。あちこちで商人たちが声を張り上げて競りをする。並ぶ異国の品々を前に品定めする人々や、彼らが手に取った品にまつわる物語を語る店主たち。
ここには、人の営みがある。そして、それこそが闇の中に世界を形作るに違いない――それはジョージのみならず、冰星もアーマデルも望んだこの世界の在り方だ……ゆえに、実際に世界はそのような姿を“取り戻した”。これまでは黒く塗り潰されたまま何も見えなかった海図に、幾つもの光点が現れている。
うち一つの光点が、自身が先日訪れた海の只中にあることをジョージは見て取った。
あの場所だ。巨大な巻貝を加工して作られた、海の底に佇む人魚たちの街だ。
●人魚の街
再びあの場所に船を留めたジョージは、深く、深く沈んでいった。
想像した通りの世界が広がってゆく。その不思議な感覚は水の冷たさと混じり合い、彼の骨の髄まで沁み透っるかの如く。
「失礼。ここは異邦人が訪れても構わないだろうか?」
「是非とも。息さえ差し支えないのであれば」
巻貝に設えられた出入り穴の近くで声を掛けたなら、漁から戻る途中の人魚の海女は、快く歓迎してくれた。陸からの来訪客も多いのかと訊けば、滅多に来てくれないから嬉しいと彼女。それから憧れの地上からの旅人の訪れを歌声にも似た音色で告げたなら、純粋な好奇心に彩られた瞳が集まってくる。
闇に閉ざされた世界にあっても、笑顔溢れる輝いた都市。真珠色に輝く貝の内壁に沿って石や貝殻や珊瑚でできた建物が貼り付いており、人々はまるで家々のチューブの中を行き交っているようだ。
「地上の街とはまるで違うな」
思わずジョージが洩らしたならば、珊瑚細工の日用品を売るジュゴン人の老婆が、そりゃあそうだと笑ってみせた。
「だからアタシらのものが陸に売れる。陸のものをアタシらが買える。それは海の彼方の女王陛下もお喜びのことさ――」
●古代文明のささめき
この海を統べる女王はきっと偉大な人物に違いなかれども、この世界の歴史を紐解けば、より偉大な国があっただろうことは間違いないだろう。
何故なら――『群鱗』只野・黒子(p3p008597)は今まさにその中に踏み入れんとしていた――この世界には遥か太古の神殿が残り、付着する固着甲殻類や貝類を除けば、今も往時の威容を湛え続けているのだから。
辺りを『星の砂』が照らすに任せれば、黒子の目に映るのは中央の大祭壇。これにも屋根を支える柱と同様に、半人半魚の神々が刻まれている。
(いえ……違うところもありますね)
しかし黒子は同時に見て取った。この祭壇に刻まれるのは、神々のみならず巨大な魚も。鯨、あるいは竜とさえ呼べるようなそれは神々に囲まれて苦痛の表情を浮かべる。であればきっとこの神殿は、大魚と戦った神々に感謝し祀るためのものなのだろう。
そして祭壇の麓には、まるで黒子を招くかのようにぽっかりと穴が開いていた。
(この中に、何か危険なものがなければいいのですが)
慎重に中を照らしてみるが、幸いにもそこには何もない。意を決して中へと進んでみるが……そこには長い年月の間に勝手に住み着いた、恐ろしいが臆病な大ウツボがいたっきり。あとは溜まっていた砂を住処とする蝦や蟹などがいるだけだ。
(これなら勝手に逃げていった大ウツボが戻ってくるまでは調査を進められそうです)
水中筆記具を記録板の上に走らせて、黒子は巨大魚と神々の戦いの神話を写していった。それがこの世界の異変と関わるのかは、黒子自身にも定かではない。ただ……一切の関連がないと考えて無視をするには、これまで無数の資料収集と情報整理をしてきた男の勘が邪魔をする。
別の面からの情報も手に入ればもう少し確かなことが言えるのでしょうが――そう黒子は思案した。だとすれば一度街へ戻って、情報集積に精を出すことにしよう。
魚、果物、野菜、パン――屋台のように店々ひしめき合う通りを抜けて、さらにその先の瀟洒な住宅街さえ越えて。冰星はその先の山の麓に、こちらも古代神殿らしき建物がひっそりと佇んでいることに気が付いた。
「闇の正体と何か関係があるのでしょうか?」
首を傾げて近寄り調べてみれば、気になるのは山頂の方角を向いた礼拝施設。玄武岩質の溶岩に半ば埋もれた建物の中で、それだけが比較的新しく――それでも今となっては遥か昔だが――設えられていた。
果たして……これが意味するものは?
ここから真実を探るには、もう少し世界を知ってみる必要があるだろう。
●探検報告
本世界には多種多様な言語と文化を持つ種族・民族たちが暮らしている。海図によれば彼らの街は海の至るところに散らばっているが、それらが具体的にどのようなものであるのかまでは不明。西の島の港町のように多種族が集まる陸上の街もあれば、はじまりの島の魚鱗人の集落のように小さなものや、人魚の巻貝の町のように海底深くにあるものも多いだろう。中には向かう途中に危険が待ち受けているものや、既に滅んでしまったものもあるかもしれない。
しかし、人々は見た限りでは平和的に交流し、繁栄を謳歌しているようである。海の彼方には海を統べる女王がいるとされるが、統治範囲は現時点では不明。恐らく、この女王とは本世界の境界案内人、あるいは彼女のモデルとなった人物のことであろう。
海底神殿遺跡には、巨大魚ないし大海竜と神々の戦いを描いた神話のレリーフが遺されていた。また、西の島の港町の付近にも、古代人が火山に向けて礼拝を捧げていた痕跡が見て取れる。
神々の戦いと火山との間にどのような関係があるのかは未解明であるが、両者の関係を明らかにできれば、世界を覆う闇の正体に近付ける可能性もある。特異運命座標の推理と今後の探検に期待される。
成否
成功
状態異常
なし
NMコメント
本来の名も忘れられてしまった世界、『無貌の海原』へようこそ。椎野です。
本ライブノベルシリーズの最終的な目標は「世界を閉ざす闇を払うこと」ですが、今すぐにそこまで辿り着く必要はありません。
序章に当たる物語『<無貌の海原>呑み込まれし世界』では、この世界に“ある”とされるものが幾らか明らかになりました。今回はそれらをより深く調査してゆくのでも構いませんし、全く別のものを求めて新たな冒険を始めるのでも構いません。
何にせよ、今回の皆様の目的は、プレイングにて『この世界にあると期待しているもの』や『この世界でやりたいこと』を示すことです……そして、世界を望んだ姿に変えてゆくことです。それを繰り返してゆけば、皆様はこの世界の“あるべき姿”を積み重ね、必ずや最終目標へと到達できるでしょう。
今回の物語では、以下のポイントが判明しています。皆様が冒険を行なえば、皆様が『星の砂』で照らした範囲だけが“新しい姿”となって、世界に刻み込まれます……その様子はまるで、オープンワールドのゲーム内を冒険した際に、見えた範囲が次々とマップに書き込まれてゆく様子にも似ているかもしれません。
・はじまりの島
豊かな南国のサンゴ礁の島です。島の大半は広葉樹林に覆われており、手足に鱗の生えた魚鱗人たちが幾つかの小さな集落を作って素朴な漁業と採集の生活をしているようです。北部の砂浜にはバンガローの並ぶビーチリゾートが作られています。
・港町キングマンズポート
はじまりの島の南部に位置する、小さな港町です。古い石造りの家々が並び、使い古された船が幾つか泊まっています……そのうちの幾つかは皆様のものかもしれません。
・古代帝国の海底神殿
はじまりの島の北東の岬の先の海中に、柱に半人半魚の神々のレリーフが刻まれた海底神殿遺跡の存在が確認されています。大昔に滅んだ帝国の遺跡とされているようですが、現時点では詳細は不明です。
・人魚の街
島の南方沖の海深くに、巨大な巻貝の殻に穴を開けて作った人魚の街の存在が確認されていますが、現時点では詳細は不明です。
・西の島
はじまりの島から西に海を進んだ場所に、大きな交易港を擁する港町の明かりが見えました。
皆様は、これらのポイントを詳細に調査することもできますが、新しい何かを探しにゆくことも可能です。必ずしも過去のシナリオや同行する仲間と足並みを揃える必要はありません……『無貌の海原』はあまりにも広く、異なる場所では全く違う世界になっていてもおかしくないのです。
まずは「この世界をどのような世界、どのような物語にしたいのか?」をお考え下さい。冒険の準備をしてゆけば冒険と呼ぶに相応しい試練が待ち構え、世界を覆う闇の謎を求めれば、謎を解くための手がかりが目の前に現れるかもしれないのがこの世界のルールです。
……が、もしも既にある物事をベースに新しい物事を生み出せたなら、全く新たに同じ物事を生み出すよりも、少しくらいは効果的になることでしょう。
その際、『以前の参加者は何を思ってこの場所を想像したのか』は、さほど気にしなくても構いません。土台の上に何が建つべきだったのかよりも、今何が建っているのかの方がずっと重要なのですから。
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