シナリオ詳細
悲劇の子らに、子守唄を
オープニング
●過去
軽く咳き込むだけで、灰が混じった痰が零れた。
呼吸は荒い。視界は真っ赤に埋め尽くされて、焼け落ちるだけのセカイだけが映る。
出口は無い。空気も。恐らく、こうして生きていられる時間も、あと僅か。
それでも。
「……たい……」
呟いたのは、私ではない。
狭く、質素な家の中。傍らで頽れている幾名の『家族』のうちの一人が、そう言った。
虚空を見上げ、呼吸を荒げながらも、幼い彼は必死に意思を口にする。
「生き……たい……!」
──それは、誰しもが抱く思いだ。
捨てられた浮浪児たちの集まり。乏しい日銭を、それでも必死に集めて建てた、とても小さな一軒家。
残飯を漁る生活を、這い蹲って物乞いをする生活を抜け出そうと藻掻いて、漸く手に入れた細やかな幸福を、しかし。
「掃きだめの犬が、人並みに生きようなどと烏滸がましい」と裕福な女性は言って。
「家を建てる程の金を寄こさなかった、これは天罰だ」と、やつれた物乞いの男は嗤った。
気づかなかった。或いは、目を逸らし続けてしまっていた。
人がどれほど真っ当に生きようとも、それを蔑む者は、妬む者は、躊躇なく大切なものを奪い、打ち捨てるのだと。
暴力を振るわれ、金銭を奪われ。外から閉じ込められた我が家を覆う火は、最早消したところで間に合わない。
熱と煙で視界が眩む。意識を奪われるのが先か、或いは炎で焼け死ぬのが先か、あとはただそれだけの話。
それでも、私たちは叫んだ。
「死にたく、無いよ……!」
叶うはずもないと、諦めた方が楽なことを知りながら。
それでも、或いはという、砂粒にも満たぬ可能性を胸に抱きしめて。
●未来
「……その子供たちを、『斃せ』と?」
「ああ。否定はしない」
『砂食む想い』エルス・ティーネ(p3p007325)の言葉に、『黒猫の』ショウ(p3n000005)は何時もと同じく、シニカルな笑みでそれに応えた。
「曰く、大昔にその放火によって殺された子供たちは三日月の夜にだけ、ラサ郊外にあるとされる遺跡に亡霊となって現れ、訪れた者を悉く殺戮している……と、言う噂だ」
「噂?」
また不明瞭な表現を、と訝しむエルスに、両手を上げて降参のポーズを取ったショウは、その理由を解説する。
「仕方のないことさ。その遺跡は関連性こそ浅いとされているものの、『FarbeReise』の一部であるとラサ傭兵紹介連合がお触れを出している。
そして現状、公式の探索隊は未だ其処に中ってはいない。ここまで言えば解るだろう?」
「……ああ、成程」
要は、被害に逢ったと予想されるものは秘宝目当ての盗掘屋だということだ。
如何に命に係わる被害を受けようが、本来ネフェルストに管理を一任されている遺跡で勝手を働く方に非が在るに決まっている。公に被害を報告すればそのまま御用にもなり得るだろう。
故にこそ、被害者たちは「誰かが対処すること」を願って、噂と言う形で市井に情報を流しているという事で――逆説。
「では、『噂』の信憑性はあなたから見ても高いものだと?」
「少なくとも、探れる限りの情報を探ったところでは、ね」
言って、情報屋が差し出した手書きの資料を受け取ったエルスは……その中身を見て、先ず眉を顰めた。
同程度の難易度の依頼に対し、幾らか精度が落ちている。その理由を問おうとした矢先、資料の最後の頁に書かれた情報を確認し――エルスの表情が、凍った。
「……ショウさん」
「何かな?」
「あなたは最初に言いましたね。子供たちの亡霊を倒すことが目的かと問うて、『否定はしない』と」
忌々しげな表情を浮かべたエルスに、ショウは疲れたような笑みを浮かべながら、言った。
「……先の放火事件に於いて、焼死した子供は9名。その家に住んでいた子供は合計で10名居た。
生き残った『彼女』はな。死ぬ間際、奇跡を呼び起こしちまったんだ――決して、起こしてはいけなかった、奇跡を」
エルスが開いていた資料の頁は、以下のような文章から始まっていた。
――尚、本依頼は憤怒の魔種が亡霊側に組しているため、彼らの十全な情報を用意することが出来ず――
●現在
――三日月の下、彼女は亡霊と戯れていた。
「××××、絵本読んでよ。優しい泥棒とお姫様の!」
「えー、今日はお歌の約束をしてたじゃない」
「はいはい、言い合いっこは無しよ。どっちも聞いてあげるから」
『原罪の呼び声』に惹かれ、憤怒の魔種と転じた彼女は、けれどその時ばかりは少女のような外見相応の振る舞いで、亡霊たちに微笑みかけている。
絵本を読んだ。遊具で遊んだ。一緒に歌を歌いもした。
合わせて10人。ただ一月に一度の機会を少しでも長くと願う彼女に、最早亡霊となった子供たちもまた、満面の笑みでそれに応える。
贅を尽くしたものでもなければ、我が儘と言うほど行き過ぎた遊びでもない。
些細な幸せだ。ありふれた、幸福だ。
取り戻せないものと思っていたそれを一身に味わいながら、最早ヒトを已めた彼女は一瞬、泣きそうな顔になる。
どうして、こんな小さな願いさえ、あの頃の私たちは叶えられなかったのだろうと。
こんな形ではなかった。皆が生きていれば私たちのこうした幸せは幼い間だけのことで、だからこそ年経て成長すれば、そうした幸福を糧に素晴らしい未来を作り上げられるだろうと信じても居た。
けれど、そうした未来は失われてしまったのだ。ヒトが抱いた、理不尽な悪意の為に。
「……ああ? 餓鬼がひいふう……10人か。
ちょっとばかり『透けてる』奴らも居るが……ハハ、生き汚え奴らだな」
完結したセカイの中に、見知らぬ声が響き渡る。
野卑た視線を送る盗賊らしき男は、手にした魔術媒体をくるくると弄びつつ、彼女たちを嘲笑う。
「邪魔だよ、餓鬼ども。此処は俺が仕事をする場所なんだ。
みんな仲良く成仏させてやるから、早々と其処に並びな」
「………………」
彼女は、疾うに理解していた。
ヒトは悪意のあるものも、善意に満ち溢れた者も居る。
ただ、彼女たちの周囲に居た者は、須らく前者であっただけの話で、ヒトはきっと、その総てを憎むような存在ではないのだろうと。
けれど。
「……消えろ」
そう考え直すには。
彼女は、余りにも汚い人間ばかりを見過ぎてしまっていた。
「何を言って――――――!!?」
盗賊の言葉は、軈て苦悶に変わる。それを睨む魔種の少女は、自身の腕から出だした炎をすうと霧散させる。
盗賊は、片腕の肩から先が溶けていた。
悲鳴を上げながら逃げ出す盗賊に、『原罪の呼び声』は殺せと何度も訴えかけたが。
「ごめんね。怖がらせちゃって」
「……大丈夫?」
振り返れば、彼女へ差し伸べられた手。
透き通ったそれを握るような動作で、少女は苦笑交じりに言葉を返す。
「……まだ、遊ぼう?
夜が明けるには、もうちょっとだけ時間があるから」
そう言う彼女に、残る皆は笑いながらうなずいてくれて。
きっと、夜が明けるまでは、あと少し。
それが少しでも遅れることを願いながら、彼女は嘗ての家族たちの輪に戻っていった。
- 悲劇の子らに、子守唄を完了
- GM名田辺正彦
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2020年11月08日 22時15分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
金色のお月様 きらり
乾いた風に 揺られて
夢見の夜に近づく闇で
見守っていた三日月
360度 広がる砂漠の街で
あなたが安らげるように歌おう……
さぁ眠りましょう
暗い砂漠の夜 夜明けの光を出迎える為に
さぁ眠りましょう
寒い砂漠の夜 温かな朝まで そう安らかに
●
撃ち込まれた拳が、青年の胴に並々ならぬ衝撃を与えた。
「――っ」
青年は……マルク・シリング(p3p001309)は、それに対して苦悶を堪え、膝をつくこともせず、相対する魔種の少女をただ、静かに見つめる。
「……気分が、悪い」
対し、魔種の側は拳を下ろしてマルクを……彼を含めた、八名の特異運命座標に対してそう言った。
……時間は、さして遡る必要も無い。
三日月が良く見える夜のこと。その日も嘗ての『家族』であった子供たちと彼女の前に、特異運命座標達は姿を見せた後、開口一番こう言ったのだ。
――戦闘の意志は無い。貴方達と、会話がしたいと。
返答と共に放たれた拳に、特異運命座標達は焦燥を覚えるものの、魔種の側はそれ以上手を出すつもりは無いらしい。
恐らくは、その真意を確かめるための挙動だったのだろう。反撃に至らない冒険者たちの対応に、魔種も一先ず追撃は避けたようだった。
軽く咳き込むマルクを気遣いながら、魔種に視線を送る『虚刃流直弟』ハンス・キングスレー(p3p008418)に、浮かぶ感情は憐憫だけ。
(……信頼を勝ち取ってみせる)
当初より、魔種から信頼を勝ち得ることは難しいだろうというのは、凡そ特異運命座標達全員の意見だった。
同時に、それでも構わない、とも。
大切なのは、此度の『任務対象』である亡霊――憤怒の魔種と共に居る霊体の子供たちに自分たちを認めて貰う事。
同時に、その行いを魔種に許容してもらう事だ。その為なら、パンドラさえも惜しくない、とさえハンスは思っている。
だって、僕たちには彼らの為に、そうすることしかできないのだから、と。
「遊びに来た……なんて言って信じてもらえますか」
「その遊びの定義が私の想定通りなら唾棄すべき甘さだけれど、そうでなければ歓迎よ。殺す口実が増える」
苦笑交じりの『私の航海誌』ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)は、愛馬から降りて以降、抱えていたファミリア……ダンシェットと言う名の猫を子供たちの側に送り出した。
(目の前のものを救うために、このナイフを振るってきましたが……)
それが適わぬこともあるのかと、ウィズィは瞳を眇めた。
何時もは得物をしまっている箇所の軽さにどうにも違和感を覚える彼女の視線は、先ほどファミリアを向かわせた子供たちへと。
「お姉さん? そうなの?」
「『エルスちゃん』の方が可愛いよー」
「そ、そうかしら。お姉さんに見えない……?」
魔種への挨拶もそこそこに、子供たちに真っ先に話しかけた『砂食む想い』エルス・ティーネ(p3p007325)は、微妙に困った表情で子供たちに応答していた。
自身の華奢で小躯な容姿は成程、確かに子供たちの警戒を解くのに幾らか貢献してくれたが、同時に若干誤った認識も与えてしまった気がしてならない。
『ちょっとだけ歳が離れた子』と見られているエルスに屈託ない笑みを向ける様を見て、当の本人は返す微笑みに少しだけ、小さな棘が刺さったような感覚を覚えた。
――凄惨な悲劇がそこに在った。
握りあう手の感覚は鈍い。物質をある程度透過する彼らとは十全な触れ合いを行えないからだ。
そのような姿になってしまった背景は、エルスの胸に秘めた課題の一つなのだと、改めて思い知らされる。
「お姉さん、それ何?」
「ああ。君たちの為に用意したものだ」
そんな、エルスと同様に。
子供たちに自己紹介をしたのち、「プレゼントだ」と言って持ってきた包みを慎重に開ける『金獅子』ベルフラウ・ヴァン・ローゼンイスタフ(p3p007867)の首筋に、刹那、火の粉が肌を焼く感覚が。
魔種の牽制に対して、ベルフラウが返すのは視線だけ。
怪しいものではないと意図を込めたそれに、魔種は視線をそらさず、じっと見つめている。
果たして、包みから取り出されたのは色とりどりのデコレーションが施されたケーキだった。わあ、と感嘆の声を上げる彼らに、ベルフラウは微笑みながら言葉を続ける。
「好きな物を選んでくれ。そうしたらそれはもう、君達一人一人の物だから」
「良いの? 私達、食べられないよ」
「構わないさ」と返すベルフラウ。応じてケーキを選ぶ子供たちの姿。
それを――薔薇道化の少女は。
『白き寓話』ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)は、つと、透明な感情で見続けている。
それは想い、見やるのとは別。エネミースキャンを介した子供たちの分析はしかし、やはり事前に情報屋が与えてくれた情報以上の成果を見せてくれなかった。
(……こんなに幼い子たちが、手にかけられ、天にも召されずにさまよっているなんて)
『偵察』を終えたヴァイスは、そうして、哀しみを湛えた瞳で子供たちを見遣った。
武器は向けないと決めた。その上で彼らを滅ぼすというのなら、すべきことは言葉を、想いを重ねることだけなのだと。
「みんな、私はヴァイスって言うのよ! よろしくお願いするわね!」
そう考える彼女も、よしと意気込んでは子供たちと冒険者たちの輪に自ら入り込んでいく。
「……少なくとも、彼らは私たちに心を開いてくれたようだな」
「で? その後に、貴方達は何を考えているの」
自己紹介の後、教えられた九名の子供たちの名前を何度か諳んじる『愛娘』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)に、対する魔種は胡乱げな表情で声を返した。
対し、「そうだな」と言葉を置いたエクスマリアは、そうして魔種の瞳をじっと見返す。
彼女の感情を示す髪の毛は、今この場に於いて湖面のごとく静かだ。
それが――これから先、どのように感情を湛えた姿に変わっていくのかは。
「……本題に入ろう。
彼の子供たちの『成仏』について」
すべて、これから始まる説得に、かかっているのだ。
●
「なごはラサの旅芸人にゃ。ほら、ジャグリングー」
「すげー! オレもやってみたい!」
「物も掴めないのに、出来るわけないじゃん」
「出来るよ! ねーちゃん、そのボール貸して貸して!」
『なぁごなぁご』ティエル(p3p004975)と子供たちが戯れるさまを望む憤怒の魔種に、先ず言葉をかけたのはウィズィ。
「このままあなた達の幸せが永遠に続くなら、私達だって何も言う気は無いんです。
でも……、……原罪の呼び声は、いつか必ず、あなたのこの美しい愛情をも蝕む」
「見てきたように、物を言うのね」
「ええ。私たちは、特異運命座標ですから」
後目で彼女を追う魔種の瞳に、未だ感情は見えない。
「……私たちがここに来たのは、お察しの通り、ギルド・ローレットからあなたの話を聞きまして。
ただ、経緯を知った上で相談をしたところ、彼らを力づくで倒そうと考えるものは居ませんでした。一人も」
「『懸命ね』」
「『それだけですか?』」
その結論を出した、自身を含む冒険者たちのココロは、貴女にとって価値はないのかと、言外に彼女は問う。
「……先ほど、エクスマリアさんが言った通り。
私たちは、あの子たちをただ消滅させたいんじゃない。成仏、させてあげたいの」
――だって、彼らの望むことを、望むまま与え続けることは、きっと限界が来るでしょう、と。
言葉を継いだヴァイスに、はあと溜息をついた魔種は、軽く髪をかき上げながらヴァイスに言い返した。
「それを、私に言う必要はあるの?
私はあの子たちの決断を否定する力はあっても、意思は持たない。消滅の是非をまず問うなら、あの子たちに言うのが先じゃないの?」
特異運命座標たちにとって、唯一の計算違いが『其処』であった。
此度の手段……説得を用いるのにあたって、実は、魔種に対する難易度はさして高くないということ。
何故といって、憤怒の魔種は基本的に亡霊の子供たちを前にしたとき、彼らのことを中心にものを考え、行動している。既に堕した身でありながら『原罪の呼び声』に抗ってしまえるほどには。
で、あれば。魔種の側に消滅の是非を聞いたとて、その選択は彼らに任せると。そう答えるであろうことは自明の理だ。
同時に、この手法に於いて、最も翻意しがたい相手は、即ち――
「僕たちは」
鬱陶しげな表情の魔種に、しかし言葉を被せたマルクは、何処までも真摯に彼女の眼を見て言う。
「『子供たち』に、納得ずくでこの世界を去ってほしい。それは、君も一緒だ」
「………………」
言葉を返さない少女。マルクはそれに対し、深々と頭を下げてこう言った。
「君達が酷いことをされた時、助けられなくて、ごめん」
「……やめろ」
ちり、と言う音と共に、少女の繊手を火の粉が舞う。
忌々しげな表情で、今までに見たことがない感情を面立ちに浮かべて、
「私は、お前が嫌いだ。ほかの連中より」
『魔種』は、マルクに対してそう言った。
「……そう、か」
歯を食いしばるようにして言った少女の言葉に、少なからず傷んだ様子のマルクは一歩、後ろに下がる。
「大切なものを失う辛さは、既に痛い程に、味わったことだろう」
それと入れ替わるように、エクスマリアが前に出て、言葉をかける。
「だが、今度はそれを己の手で、引き起こすかもしれない。
そしてそうなった時、お前は今のままのお前として、悔やむことも、悲しむことさえも、その『声』に、奪われる」
だからどうか、どうか――許容してほしい。
ふわ、と髪が揺らぐ。哀切を込めた願いに対して、魔種は答えず、問う。
「……あの子たちの、答えを」
「……。分かった」
その言葉を皮切りに、特異運命座標たちはその場を離れ、亡霊の子供たちへと向かっていく。
一人、残り。外縁から子供たちと、冒険者たちで出来た輪を見守る魔種に、誰が教えたのか、歌い声が聞こえてきた。
――シャボン玉飛んだ 屋根より高く ふーわりふわり――
●
「よし、では私ともチャンバラをしよう!」
「やだー。ぼうりょくはよくないんだよ?」
「わたしもー。エルスちゃんとハンスお兄ちゃんのお歌、もっと聞きたいな」
「そ、そうか……」
一刀両断されたベルフラウは若干ダメージを受けるが、
「……それにね。
僕たちをやっつけようとする人を追い出す『あの子』の顔、いっつも辛そうなんだもん」
だから、暴力は嫌いだと、子供たちは言う。
『あの子』が誰なのかを問うまでもない。ベルフラウは一瞬だけ痛ましい表情になった後――努めて明るい表情を浮かべながら、子供たちに問うた。
「……『あの子』は、君たちにとって、どんな存在だ」
「家族だよ。生きてた頃も、僕たちのお姉ちゃんだったの!」
ベルフラウは、きらきらと目を光らせる言葉をかける。
「これからも、ずっとずっと。『あの子』と、一緒に居たい?」
「どうして?」
「……『あの子』の存在は、君たちの在り方を、歪めてしまうかもしれないものだから、かな」
団らんの中で、刹那、沈黙が降りる。
その後、子供は訥々としゃべり始めた。
「ねえ、僕たちはね。居なくなること、怖くないよ」
「……っ」
「でも、『あの子』はね。僕たちとまた会ったとき、すごくすごく、嬉しそうだったの。
その日のお日様が出るとき、僕らが初めてのお別れするとき、それと同じくらい、悲しそうだったんだ」
「………………」
「僕たちがいつか『あの子』に変えられちゃうとしたら。それも、僕たちはきっと、怖くないけれど
僕たちは、僕たちが居なくなることであの子を悲しませたほうがいいの? 僕たちが変わっちゃうことで、あの子を悲しませたほうがいいの?」
……特異運命座標たちに、言葉はない。
悲しみは、魔種の側だけではなかった。否、正確には『再び遺された者』の痛みを、何方にしろ押し付けてしまうことになる亡霊の子供たちにこそ。
「……それでも、私たちはね。
あなたたちに、眠ってほしいと思う。『新しい朝』を、迎えてほしいと思う」
「それは、そういう依頼、だから?」
「いいえ」
言葉を返すエルスは、誰よりも辛そうな顔で、それでも笑顔のまま。
「未だ、ヒトとして在る『あの子』を、あなたたちに、自由にしてほしいから」
それは、此度の依頼を終えた後、エルスが考えていたことだ。
子供たちが消えた後、魔種の選択を叶えてあげたいと。
言い換えればそれは――『子供たちという枷』が無くなった、彼女個人の願いを、在り方を尊重したいという意味でもある。
そのために、あなたたちはその手を放してあげてほしいのだ。そう言ったエルスに、子供たちは、「そっかあ」と言った。
続く言葉はない。それはつまり、子どもたちの間に何らかの結論が出たことを意味していて。
「……さあ、夜明けまでは時間があるから。
お歌の練習を続ける? それとも、僕が空まで運んで行ってあげようか」
依頼が始まってから、『子供たちのため』に常に行動し続けていたハンスは、そう言って再び、彼らに笑いかける。
「本当? お空に昇れるの?」
「大丈夫、危なくなったらすぐ降ろすからね」
物質の透過は完全ではない。状態を常に確かめながら慎重に行えば、空まで運ぶことも不可能ではないだろうと判断して、ハンスは子供たちを一人一人、空に運んで行った。
飛翔できる時間はわずか。それでも、きゃらきゃらと笑う子供たちは、口々にこういった。
「お兄ちゃん、ありがとう」と。
「……どう、いたしまして」
返せた言葉は、それだけ。
彼らに、眠りを齎すと誓った。それを救いにするとも、ハンスは。
その決意が――ただの笑顔で、こうも揺らぐことが、彼にとっては、辛く、重苦しかった。
……白む空。同時に、地上から聞こえる歌。
エルスが教えた子守歌の声は、きっとそれが終わるとともに、最後の結論を子供たちに問うのだろう。
それが、叶わくば、ずっとずっと続いてほしいと、ハンスは。
特異運命座標たちは、願ったのだ。
●
「痛いこと、苦しいこと」
「楽しかったこと、笑ったこと」
「僕たちがいなくなっても、僕たちと一緒にそうした思い出は、ずっとずっと、残ってるよね」
「だからね――××××」
「僕たちは、××××の思い出の中で、ずっとずっと、一緒にいるから」
「もう、生きてない私たちのために、ここに、縛られないで」
「自由になって。そのあと、良いことをしても、悪いことをしても」
「××××が死んじゃったら、迎えにくるから」
「また、一緒になって、たくさん遊んで、たくさんおしゃべりしようね」
特異運命座標たちに聞かれても、絶対に答えなかった名前。
小さな実り。秋の豊穣を意味する名前の少女は、そうして、消滅する子供たちを見送った。
「……君に、勝手な思いを託している自覚はあるよ」
朝焼けに照らされた遺跡。
残された一人に、マルクが声をかける。
「それでも、あの子たちには、幸せな記憶のまま、安らかに眠ってほしい。そう思ったんだ」
「……今更、私を慮る必要はないわ」
そう言った魔種は、特異運命座標たちに背を向けたままで。
「この後、あなたはどうするの?」
「あの子たちが居なくなったんだもの。人としての私は、今度こそ終わりよ。
後は――お前たちを殺すだけ」
エルスの質問にそう言った魔種に、けれど、ティエルは堂々と言葉を返す。
「やり合うなら日を改めて……今日はそういう気分じゃない」
「でしょうね。私も今、お前たちを殺す気はないわ」
「……ねえ。命は生きて、進むものよ。あの子たちはラサの風に魂を導かれた。けれど」
あなたは、果たして進んでいるのか。
そう問うたティエルに、しかし魔種は応えず、どこかへと歩き去っていく。
「……此処に墓を建てる。依頼人にも汚すなと伝える。
それを――お前は、許してくれるか?」
去り際、エクスマリアが最後にそう聞いた。
魔種は、一度だけ彼女の方を振り向いたのち――再び、歩き出す。
「……良いん、でしょうか」
困惑した表情のヴァイスに、しかし。
「構わないさ。若し嫌だったとしても、私は墓づくりを手伝う」
地面に落ちたケーキの一つ。最後まで子供たちが手放さなかったプレゼントを見て、ベルフラウはちらと笑った。
憐れみでも、施しでもいい。
彼らの、彼女らの喜ぶ顔を見たくて、その為に、自分なりに考えたことを行い続けるだけだと、そう言いながら。
「歪な関係で、それでも……少なくとも」
――幸せには、終われましたよね?
再び、自身のファミリアを抱え上げるウィズィに、ハンスは小さく頷く。
「今日という日の花を――」
掴めないのが、あの子たちだった。そう、彼は思っていた。
そして、それは正しくて、同時に間違いでもあった。
掴んだものは今日ではなかった。明日だ。
死しても、何時か来る明日を信じて待つために、彼らはひとたびの眠りについたのだと。
だから、あとは一人だけ。
家を失い、家族を失い、理不尽と暴力にさらされ続けた『彼女』へと。
何時か、対峙のときが訪れたなら――その時は。
●
テントウムシ、テントウムシ
うちに おかえり
うちが もえてる
こどもたちは みないない
ひとりだけ のこってる
ちいさい××だけ のこってる
ふたつきなべの あんかの したに
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
唯一、「魔種」でなく「少女」と会話をし得たマルク・シリング(p3p001309)様に称号「たくされたひと」を。
説得の成否を担ったエルス・ティーネ(p3p007325)様にMVPを付与致します。
ご参加、有難う御座いました。
GMコメント
GMの田辺です。
この度はリクエストをいただき、誠にありがとうございます。
以下、シナリオ詳細。
●成功条件
・『亡霊』全個体の消滅
●場所
ラサの郊外、都市部を離れた場所に置く小さな遺跡です。
遺跡とは言いますが、精々100年の歳月を超えるか否かの歴史しか持たず、一般的な「遺跡」としての価値は薄いです。
が、下記『亡霊』が発生した要因の一つに「FarbeReise」の秘宝の可能性が考慮されているため、ラサ傭兵紹介連合はこれを遺跡と認定した上で不用意に立ち入る者が出ないように制限しました。
時間帯は三日月を臨む夜。シナリオ開始時、下記『亡霊』『魔種』との距離は20mです。
●対象
『亡霊』
戦場となる遺跡にて、三日月の夜にだけ現れる亡霊です。数は9体。
外見年齢は10歳前後で、性別はまちまち。元は浮浪者の集まりでした。真面目に働いて手に入れた稼ぎと家を、悪意ある者たちによって奪われた挙句殺された過去を持ちます。
現在になって何故亡霊として現れたかは不明。理由の一つとして「FarbeReise」の秘宝が考えられています。
戦闘におけるスペックは総じて「低くはない」程度。また、物質をある程度透過するため物理攻撃に対する耐性が僅かにあります。
彼らを「討伐」するか、若しくは他の手段を取るかは、参加者の皆さんに委ねられています。
●敵
『魔種』
元人間種の魔種です。数は1体。外見年齢10代始めの女性。
上記『亡霊』達と同様の境遇を辿り、彼らの後を追って死にかけたところを「原罪の呼び声」で変化し、生き延びた経歴を持ちます。
その生い立ちもあって、彼女は基本的に純種全てに対して激しい憤怒を抱いています。自身か『亡霊』達に一度でも敵対行動を取った場合、彼女は一切の躊躇なく戦闘に移ると共に、参加者の皆様が全員逃亡するまでそれを止めることはありません。
ですが、彼女は自身の家族であった『亡霊』と共に居る状態ではその影響が幾らか抑えられています。これを活かすか、或いは間隙を突くかは皆さん次第。
戦闘能力については、その一切が不明となっております。
●その他
『魔種との戦闘について』
本依頼に於いて、上記『魔種』を討伐しようとした場合、結果は自動的に失敗となります。
足止めや時間稼ぎを目的とした戦闘、または戦闘以外の方法を以て『魔種』にあたる場合はこの限りではありません。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
敵対対象である『魔種』、またそうなり得る『亡霊』の能力や攻撃方法等の手段は明らかになっておりません。
それでは、リクエストいただきました方々、そうでない方々も、参加をお待ちしております。
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