シナリオ詳細
それを呪いと貴方は嗤い、それを祝福と私は笑う
オープニング
●絶望の淵にあるものは果たして救いと呼べるものなのか
ラサへと向かう道の途中。荷馬車に揺られながら、女は絶望の顔を浮かべていた。十代後半とおぼしき女の他にも少女が数人居る。彼女達の目にも光は見えない。彼女達が逃げないように見張りの傭兵が五名ほど乗っている。
ギラギラした飢えた狼の目をする彼らの視線から隠れようと、女達は身を縮こませていた。手を出されないのはこの荷馬車の主と契約をしているからで、それだけは道中の救いだった。
女は自分の過去を振り返る。
幼い頃に父は男を作って家を出た。肉感のある年頃になった時には新しい父親によって花を手折られ、その後、それを知った母によって娼館へと売られた。
そして、娼館で数年過ごした後、商品の入れ替えと称してまた売りに出されている。
この荷馬車が向かう先は闇オークションを開催している場所だという。
まともな商売をしているとは思えぬ商人達の会話を盗み聞きすると、闇オークションに集まる紳士達は加虐趣味があったり、少女趣味があったりと、変態性が高い者達だそうだ。中には研究の素材を求めて来る者も居るという。
クソみたいな自分の人生の行き着く先はどこなのか。このまま誰にも何にも救われずに生を終えるのだろうか。
絶望しかない人生を振り返って思うのは、神など居ないという事だった。
最早溜息すら出ず、女は膝を抱える。
突然、驚いたような短い悲鳴が聞こえた。荷馬車を操縦する商人達のものとわかるまで、数秒の時を要した。
「だ、誰だあんた達は! 商売の邪魔だ、道をどけろ!」
物言いからして、盗賊の類いと遭遇しているようではなさそうだ。しかし、顔を出して覗き見るほど興味は無い。
「どかないなら力ずくだ! おい、出番だ!」
「へいへい」
商人に呼ばれ、傭兵達は、荷台に一人を残して全員が外に出た。
チンピラとしか思えない三下並の台詞を吐くのが聞こえる。
この道を通る旅人とかの類いだろうと思っていた女だが、傭兵の悲鳴に顔を上げた。その悲鳴が断末魔のように聞こえたのだ。
悲鳴の主とは別の傭兵の、叫ぶ声がする。
「なんだよ、こいつ……ぎゃっ!」
「ひ、ひぃぃ……来るな……!」
血の匂いが届く。悲鳴からして、傭兵のものだろうか。
馬のいななきがする。荷馬車が激しく揺れだし、誰もがバランスを崩して倒れ込む。
もう一度悲鳴が上がる。今度は御者台からしたと分かったと同時に、濃い血の匂いがすぐ女の鼻に届いた。
それから、ほぼ時間を置いていないのか、馬も襲われたようだ。荷台の揺れが止まった事から察する。
「い、いやだ……! たすけ、助けてくれぇ……ぎゃあああ!」
傭兵達が情けない悲鳴を上げて逃げ惑うのが聞こえる。
それを聞いて、残っていた傭兵も外に出た。もっとも、彼は戦いに行ったのでは無く逃げたのだが。
彼を追いかける影が見えた。後ろから襲い、倒れ込んだ傭兵の首元に牙を突き立てる様子が見える。ライオンに近い体躯に、羽が生えたようなデザインだった。他の違う点と言えば、体毛を含めたすべてが白いという点だろうか。
荷台へと顔を覗かせた者が居た。商人でも傭兵でもない、白ローブに身を包んだ者だった。身長は高いが、顔はフードを目深に被っていた事と逆光のせいでよく見えない。
「ああ、可哀想に……。もう大丈夫ですよ」
中性的な声。慈しみを持った声色が女達へかけられる。
「もうあなた達には不幸は訪れません。私達と一緒に来ましょう」
優しく笑うのだけが見える。
自分達の末路を阻止してくれたのだと、救われたのだと知った時、女の手は白ローブの手を取っていた。
助けてくれた者へ恩義から、その者が信仰する対象に自分達も縋るようになるまで、さほど時間はかからず。
女もまた盲目的に信仰し、そして白ローブが提供する物を喜んで受け入れた。
その体躯が人ならざる物へと変貌する事を、望んだ。
――――たとえそれが、人から見れば呪いの類いだとしても、女にとっては祝福に等しかったのだ。
●そして祝福もどきは人を蝕み、他者を血に染める呪いと化す
「早速だけど、急行して欲しい場所があるんだ。場所はラサに向かう街道の途中。
最近、その道を通ろうとすると襲撃に遭うという報告があってね。
どうも、何の武器も無く敵意も無い旅行者とかは問題なく通してもらえるみたいだけど、好戦的な者や敵意を向けた者に対しては容赦なく命を奪うそうだよ」
盗賊に襲われるなどの類いかと思えば、そうではないと、目の前の情報屋は溜息を零しながら説明を続ける。
「以前は人が先導していたらしいけど、今はどうも違うらしい。人が先導しているといえばそうなんだけど、容姿としては人のようで人で無い、と。羽が生えている様子から天使のようだった、という話だよ。
で、その人らしき者が引き連れている獣が居る。数は目撃情報によって異なるけど、最低でも三頭は居ると考えて良い。
ただ、こいつらもまた、ただの獣とは呼べないようでね。白い体躯をした大型犬以上の大きさの獣だそうだよ。おまけに羽も生えているときた」
めんどくさい、と零したのは情報屋の本心だろう。
「そんな訳で、これ以上の被害を食い止める為にも是非向かっていってほしい」
イレギュラーズに困惑が走る。
「情報はそれだけ?」
その質問に、情報屋は困ったような顔を浮かべた。
「依頼人も詳しく調べようとしたが、戦闘を仕掛けて生き残った者が居ないから情報も少ない、と。
ただ、雇った護衛が勝手に戦闘しただけで、雇用主が嘆願して生き残った事例が一件あってね。彼が覚えている限りでは、人ならざる者が低音の声を発した後、雇った者達の動きが鈍くなった、と。それから、そこまで高くない音の後、護衛達が獣につけたはずの傷も治っていったように見えた、と。現在分かるのはここまでだね。
動きを阻害するのなら、獣達の動きを活性化させるものもあるかもしれないと考える必要があるかもしれない。ま、推測でしかないけど。
道中までは馬車が出る。それに乗って向かっていってほしい。頼んだよ」
にこやかに笑う情報屋へ了解の意思を告げて、イレギュラーズは踵を返す。
向かう先に居るのは天使か悪魔か。
どちらにしても、討伐するべきものに変わりは無い。
それが何から生まれているのか分からないままだとしても。
- それを呪いと貴方は嗤い、それを祝福と私は笑う完了
- GM名古里兎 握
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年10月24日 22時20分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●そこに至る道すがら
速くも遅くもないスピードで馬車は道を進んでいく。馬車というよりは、リヤカーのような荷馬車が正しいかもしれない。敵に自分達の姿を見せる意味ではこの方が望ましいのだから。
このまま何事も無く進んでいけば、依頼のあった場所に到着する。途中まではこの荷馬車に乗るようにという指示だから、途中からは歩きになるのだろう。
あの依頼内容から考えるに、敵の天使と獣達は、自分達の格好ですぐに敵と認識するだろうという確信があった。
荷馬車に揺られながら向かう途中で、『『幻狼』灰色狼』ジェイク・夜乃(p3p001103)はトンテキ弁当を食べていた。腹が減ってはなんとやら、だ。
同じく、『(((´・ω・`)))』ヨハン=レーム(p3p001117)も食べ物を口にしていた。『くるみ亭』のパンである。口当たりの良い食感に、思わず彼の口の端が持ち上がる。
『never miss you』ゼファー(p3p007625)が、そんな二人を見て、「これから戦うのに、よく食べられるわね」と感心したような溜息を零す。
ジェイクは口に入っていた分を飲み込むと、ゼファーに視線を向けた。
「傭兵稼業もしてた経験から言わせてもらえば、この依頼はいつも通りに殺してお金を貰うだけさ。そんなに気構えるものじゃない。だから戦う前に食べる。それだけだ」
ヨハンも同意とばかりに首肯するのだが、それ以上のツッコミは誰からも来る事は無かった。
「まあまあ」とゼファーを窘めたのは『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)。彼はあぐらをかいた足の間にボールを入れてリラックスしていた。黄色の流星マークが特徴的な銀色のボールは彼の武器だ。
寡黙を貫く『ナンセンス』オーカー・C・ウォーカー(p3p000125)は、彼らのやりとりを一瞥したのみ。あとは周囲に対する注意を払っている。
『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)は、今回の依頼内容を思い返す。
敵は天使一体と、獣が最低でも三体。つまりは三体以上に遭遇する可能性もあるという事だ。
その中で気になっているのは天使の存在だった。
「魔種ってワケじゃなさそうだけれど天使なんてどこからやって来たんだろうね?」
彼の呟きに反応したのか、『特異運命座標』ルリ・メイフィールド(p3p007928)が少々憤慨した様子でこう語る。
「天使のように可愛いボクを差し置いて天使を名乗るのは流石に放っておけないですね!」
「あ、うん……」
反応の仕方に困る中、『劫掠のバアル・ペオル』岩倉・鈴音(p3p006119)は持っていたポーションを喉に流し込んだ。
彼女が持っていたのは士気高揚のポーション。何かの一助になるだろうか。
「そろそろ目的地だ」
オーカーの一言の後、馬の歩みが止まった。
荷台から降りれば、後は開けた視界に移る平らな道のみ。
イレギュラーズは警戒を強めつつ、歩を進めていくのだった。
件の場所に辿り着いた時、どこからか羽音が聞こえた。
それは前方から聞こえており、よく見える空の中、こちらに向かって飛んできている。
視力が良い者はすぐに叫ぶだろう。
「敵の数は六体です!」
天使が一体、獣が五体。
今回の敵は難敵になりそうな予感がした。
●この歌を邪魔しないで。この子達へ祝福を、あなた達には災いを。ただそれだけの為の歌だから
自分達との距離をある程度空けて、天使と獣達は空中にて停止する。
ライオンが三体、体毛が豊かな大型犬が二体。動物という括りで見るなら、そういった様だった。
イレギュラーズ達から立ち上る殺気に対し、獣達は低く唸る。
獣達の後ろに控える天使だけが微笑みを絶やさず、それがこの場では逆に怖く映った。
身を包むコートは白く、腕も足もその中に隠れている。被ったフードも白色。フードから覗く長い髪も白銀をしている。肌の色が普通の人間の血色なので、白い中に浮かび上がる普通の色の血色が、何故か不気味に見えた。
顔立ちは、見える範囲から見るに、女性だろうか。成人を超えたばかりの女性のようにも見えるが、見た目はこれでも中身はいくつ、などという事例を経験した事のある者ならば、その容姿にも油断は出来ないと気を引き締める事だろう。現に、イレギュラーズ達の誰にも油断の色は見えない。
視線を逸らす事無く後退する者、その場に留まる者、前に進み出る者など、誰もがすぐに戦えるように構えを取る。
戦う前に一つ尋ねたいと、口を開いたのはジェイクだった。
「これからてめえは死ぬんだ。思い残す事がないように言いたい事を言っておけ。いろいろあんだろ? ここで旅人を襲う理由とか」
その質問に対し、天使の表情は全く変わらない。
眉を顰(ひそ)める彼だが、それ以上問いかける事は無い。これ以上は時間の無駄と判断したのだ。
と、その時、天使の口が開いた。
何か回答するのかと構える地上の者達。だが、その唇から零したのは震えるような高音。コーラスでよく聞くような声。
その音が大声量で発されたのだ。到底並の人間で出せるものではない。
思わず耳を塞ぐイレギュラーズ。
たっぷり十秒以上は放たれたその音が歌だとすぐに分かった。
イグナートが耳を塞いでいた、濡れた布を耳から離す。苦虫を噛み潰したような顔をしているのは、歌声の高さがあまりにも予想以上だった事への不快感か。
「戦意があれば襲われるなんていかにもワケアリって感じがするね。気になるところだけれど……戦いながらヨケイなことを考えてられる相手じゃなさそうだ」
目の前で獣達が咆哮する。
彼らの大合唱は、まるで歓喜の声のようにも聞こえた。
鈴音には、それが「会話をしている」ように思えた。どうしてそう思ったのかは分からないが、なんとなく、そう感じたのだ。
「先手を打たれたのです」と、ルリが悔しそうに呟く。
逆に勝ち気な表情を浮かべる者も居る。ゼファーだ。
彼女から見た今の天使の印象は、「戦る気のある奴が好き」というもの。だからこそ、構える武器に力がこもる。
「……尤も。こっちだってやられてやる気はありませんけどね?」
それに同意するように葵が首肯した。彼はボールを地面に置くと、それを足で止め、自分の思いを口にする。
「野放しにしてもロクなことが起きる気がしねぇし、さっさと終わらせるっスよ」
似たような距離を取っていたヨハンも、気合い十分の体で腹の底から声を出す。
「貴様の目論見など知った事か! 今ここで悪を断つ! 戦闘準備!」
その掛け声は号令だ。
人を英雄にする為の。
それを知るオーカーもまた、無言で迎え撃つ準備をするのだった。
襲ってくる獣達。
一体のライオンが狙ってきたのは葵だった。ボール以外は防具を身につけており、武器らしい武器を持っていない。あるとすればガントレットぐらいだ。そんな彼を狙う理由としては十分だろう。
低空飛行になり、速度を上げて向かってくる獣。
後衛として位置する彼を守る為、オーカーが獣の行く手を阻んだ。彼は仲間達が居る場所までは辿り着かせまいと、指揮棒と毒苦無をクロスするように構えていた。
体に走る衝撃。体当たりとはいえ重く、彼の体力を削るには十分すぎる程。
「ぐっ……!」
しかし、ここで押し通されるわけにはいかない。何事もはじめが肝心なのだ。
「おおおおおっ!」
雄叫びを上げながら、武器を持つ手に、地面をえぐる足に力を込める。そして彼は見事その意思を貫き通した。
押し負けた獣はバランスを崩し、衝撃で後ろへと回転していく。数度の回転をかけて止まった獣は、倒れ込んだ姿勢から体を持ち直した。その体躯に傷はあれど、攻撃が効いた様子は感じられない。
「物理攻撃が効かないのかよ」
こっちは体力削られているというのだから、毒づきたくもなるというもの。
効かないという事は先程の歌の効果なのだろうか。
ならば、仲間達の出番という事だ。
真っ先に飛び込んできたのは鈴音である。彼女は熱砂の嵐を解き放ち、目的の獣を含む周囲を囲む。回避し損ねた別の獣が渦の中に引き込まれていった。
「これで二体確保!」
鈴音の上ずった声に対し、「ありがとう」と葵から声がかかる。それに対し、親指を立てる鈴音。
二人の勇姿を見て、気を引き締め直した葵は足下のボールに意識を向ける。後ろへと振りかぶる足。狙いは一つ。
熱砂の嵐が消えていった後に残った獣だ。どちらが先程自分を狙った奴なのかはわからないけれど、今はどちらでも良い。
振り下ろされた足の甲がボールの面を打つ。地面から飛んだ球体は真っ直ぐに、勢いよく獣へと向かう。
獣の腹部に命中するボール。ぐらつく様子が見て取れて、獣が与えられた祝福とやらが切れた事を教えてくれた。
機を逃すまいと獣への攻撃を行なっていく。
巻き込まれ、力なく地に落ちた獣へと攻撃の手を見せてきたのはイグナートである。彼はその右腕に力を込め、ライオンの顔面を殴りつけた。
吹っ飛ぶように転がっていく獣。それへの警戒を怠る事無く、イグナートは近づいていく。
その間にも、オーカーは別の獣から他の仲間を助けていた。彼はただ一言、「攻撃するぞ!」と叫ぶ。それだけで何を意味するのか伝わるように予め言ってあった。
獣が腕に噛みつく。痛みは走るが、運が良いのはそれが毒苦無を持った腕ではないという事だ。振り上げた苦無で力の限り獣の目を刺した。
いくら化け物に見えても急所は堪らないのだろう。痛みを訴える叫び声が轟き、獣が突き立てた牙を放して後方へと下がっていく。
好機と見たルリが、連なる雷撃を放つ。それは今なお混乱する獣へと命中した。
「この調子で削っていきます! その前にオーカーさんの回復をしないとです……!」
「任せてください!」
意気揚々と告げるヨハン。彼が唄えば、たちまち傷や怪我が治癒していくのだ。
「ありがとうな」
短く礼を述べると、改めて彼は獣と向き直った。
鈴音の放つ攻撃が他の獣達にも向けられる。
その攻撃が止むのに合わせて、ゼファーも駆け出していく。
先程の獣達と同じようにふらつくその獣へ彼女は少し古びた槍を自在に操り、振るう。
瞬間、三度の突き。その攻撃の代償はあるけれど、彼女はそれで手応えを感じ取った。
急所を突かれた事で目の前でのたうち回る獣達。反動で後ろに下がりながらも、彼女は獣から目を逸らさない。
地上を這う動物の筈なのに羽が生えているその獣を見て、彼女は呟く。
「……少なくとも、元からこんな生き物はいないわよねぇ」
作られたものか、あるいは成ったのか。
嫌な考えを振り払いたくて、彼女は再び槍を振るいに向かう。
今はただ、天使に攻撃を集中する為に、獣を一つずつ減らしていくのだ。
天使は地上を見下ろしていた。
微笑みは絶やさない。従えていた獣達が一体ずつその命を散らす様を見ていても、その表情が歪む事は少しも無かった。
けれど、まだ息のある獣の方が多い。ならば自分がすべき役割は何かを、その天使には分かっていた。
口を開く。唄う為に。
祝福しようか、或いは彼らに罰を与えようか。
迷うも、今は少しでも獣達が彼らに反撃できるようにするのが優先だと思い直す。
体の中から湧き上がる何か。それを声に乗せようと息を吸う。
「させるかよ」
届いた声は向こうのものだった。
鋭利な目と鋭い牙を持った男――――さながら狼のような雰囲気を纏った男が、天使に何かを向けている。
一発の銃声。放たれた弾は天使の腕に当たった。
無駄な事を、と思った天使の思いは覆される。
体に痺れが走ったのだ。体を思うように動かせない。
唇は開いたままなのに、喉からの声を絞り出せない。
混乱する事は無い故に、冷静に自分の体の異変を客観的に見つめようとするが、回復する手立ての無い現状でどうすれば良いのか判断がつかなかった。
そうこうする内に、最期の力を振り絞った獣が人間へと牙を突き立てた。
だがその足掻きも他の者達からの攻撃によって失われる。
こんなはずではない、と天使の中の声がする。
そう、こんなはずではなかったのだ。
天使の思いとは裏腹に、表情の微笑みは崩れない。
狼のような雰囲気を纏った男――――ジェイクは、天使の様子に訝しんだ。果たして先程の銃弾が効いているのか、判断に迷った。
だが、口を開いただけで歌が唄われる様子は無い。つまりは、そういう事なのだろう。
残るはあの天使の一体だけだ。
彼はもう一度、戦いの前の問いかけを再度しようとして、止めた。
なんとなく、あの天使は何も答えないだろうと思ったから。
代わりに発破をかける事にした。
「テンバツでも、マルバツでも持ってこい! 勝負してやっから!」
麻痺によるものか、飛行を維持できなくなった天使が地面に落ちていく。かろうじて足から着地した天使に対して、イレギュラーズが囲むのも道理である。既に天使を守る者は無いのだから。
そして、削られていく天使としての力。
もう息も絶え絶えになるだろう頃。それでも彼らの手は緩まないし、可哀想だから見逃そうという思いも無い。
見逃せば、また同じ事の繰り返しとなるのだ。
ジェイクが銃口を向ける。大型リボルバー拳銃の銃口が小さな火花を散らし、音を発する。
打ち込まれた銃弾は、天使の胸をしっかりと貫いたのだった。
●其れを倒しても零れる思いは
近くに新手が居ないか注意を払いつつ、各自、思い思いに行動を起こす。
彼らの思いは様々で、それは行動に表れる。
ジェイクは周りから土を持ってきて小山を作ると、ぎゅっと固めた。すぐには崩れないだろう小山の上に、石を一つ積んだ。墓となるかはわからないが、せめて代わりにはなるだろう。どれだけの犠牲者が出たのか不明なので、纏めて一つにしてしまったのが申し訳ないけれど。
石だけではどこか寂しい。だから、近くで摘んできた花を添えた。彼と同じようにしてくれた者が居た。オーカーだ。その表情は硬く、墓に対して真摯に思いを向けてくれるのが伝わる。
名も刻まれぬ、墓とも呼べぬ墓へ、二人は並んでただ黙祷する。
イグナートは屠った敵を一つ一つ調べていた。天使一体と獣達五体。彼らが本当のところ何者なのか、そしてどこから来たのか。
それらに関する手がかりになりそうな物を少しでもいいから見つけられたらと考えたのだ。
何かを手伝えたらと思い、イグナートの隣で一緒に手がかりになりそうな物を探す鈴音。
彼ら以外に、葵もまた敵の一体である天使を探っていたが、首を傾げるしかなかった。
「魔種っぽい感じもねぇし……マジでなんだコイツ?」
彼の隣で上から覗き込んで来たヨハンは、「人間だったのかもね」と口にする。
振り向き、根拠を問う。
「わかるのか?」
「さあ? でも、人を襲うって事は、人間だったのかもしれないね。恨みがある程に人を憎んでいたのかも。
けど、恨みがあっても、殺しちゃダメなんですよ。
恐らくキミは可哀想な人間だったのだろうね」
後半は天使――――いや、天使だったものに向けてのもの。
もし、彼の言うように、天使や獣がもし人間だったのだとしたら、彼らは一体何をされてこのように変貌したのだろう。
そして、もしかしたら自分達が相手していたのは第一波で、今度は第二波、第三波と続く可能性が無いとも言い切れない。
葵は空を仰ぎ見る。
「何事もねえといいんだけどな……」
残念ながら、それはフラグと呼ぶに等しい一言でしかなく。
墓の近くで、リュートを持ったゼファーが鎮魂曲を奏でる音が響いた。
念の為に獣の一体と天使を持ち帰る。
その結果として何があったのかはまだ情報屋からの情報が無い。
つまりはそう、未だに謎のまま。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。
皆様の獣達と天使への対策がバッチリすぎて、舌を巻きました。
こちらも負けていられないと思いましたので、次回があればもう少し敵を考えてみようと思います。ええ(笑顔)
GMコメント
お久しぶりです。全体依頼以外では、もしかしたら初のシリアス系戦闘なのでは……と思います。
今回はとある道中にて出現した天使らしき者とその獣達を討伐する依頼となります。
情報精度を含め、以下の点をご参照ください。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●達成条件
遭遇した敵すべてを討伐する事
●戦闘予定場所
ラサに向かう途中の道。屋外で、周辺には木々も少なく、見晴らしの良い場所。
足場も問題なく、戦闘しやすい場所となる。
●エネミーデータ
・天使らしき者×一体
羽の生えた人の姿をしており、慈愛の笑みを浮かべたまま浮遊している。
後方に存在する支援的立ち位置。
味方に対しては、【再生】【物無】【BS無効】のいずれかを付与する歌を使用する模様。
敵に対しては、【停滞】【不運】【呪縛】のいずれかのBSを付与する歌を使用する模様。
(いずれも「神超単」扱い)
なお、歌は合唱におけるコーラスのような間延びした音との事。
【精神無効】を所持。
・獣×三~五体
目撃情報により揺らぎがあるが、五体以上は現れないと思われる。
イレギュラーズ到着時に何体出現するかは不明。
天使らしき者を守ろうとする動きも見られる。
容貌はライオンや犬といった姿が多い。すべてに羽根がついており、飛行する様子も目撃されている。
基本的に噛みつく事が多いが、噛みつかれれば【流血】の他、【毒】【麻痺】のBSが付与される。
HPは基本的に高め。
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