シナリオ詳細
再現性東京2010:冬に枯れるサクラを覚えていますか
オープニング
●冬に枯れるサクラ
校庭のサクラの木の幹に、少女がそっと手のひらを当てている。
……もう枯れてしまった桜だ。
一時期は世話をして持ち直したが、結局は、季節の変わり目だったからか、冷え込んだ風がサクラを枯らしてしまった。
「ねえ、先生、桜、だめだったね」
「そうだな。桜庭も世話してたのにな」
制服の少女が先生……霧島 戒斗を見上げる。
「もう、この桜には会えないのかな」
寂しそうに言う少女。
「桜庭、知ってるか? ソメイヨシノは、大体が同一個体なんだ」
「え?」
「あー、ここで同じかは、分からねぇが……ソメイヨシノって接ぎ木で増えてくだろ。だから、あっちの桜も、こっちの桜も、たぶん、遺伝子……としては、同じものなんだぜ、きっと」
戒斗は、一瞬。苦虫を噛み潰したような顔をしたが……。
「先生?」
「なんでもねぇ……」
「でも、私、この桜にはもう会えないんだなあって思うなあ」
「ほーん、植物なら何でも好きってわけじゃないのか?」
「この桜はトクベツ!」
「近頃のJKは変わってんな……」
●違和感
霧島 戒斗は、その女生徒……桜庭加代と特別に親密であったわけではない。
霧島 戒斗は特定の生徒を特別扱いはしない、よき教師であった。ほかにも友人はいたのであるし、生徒としての桜庭については担任の方が詳しいだろう。
ただ、”気が付いてしまう”。
「困ったもんですよ、霧島先生」
最近、桜庭加代は忘れ物が多いらしい。
ほかにも、居眠りをしたり、素行が多少良くないという。見解は「思春期にはよくあることでねえ」というのであった。
心配になって見に行ったのだが、クラスメイトとも普通に話している。
杞憂だったか。去ろうとしたとき「霧島せーんせ」と、耳慣れた声が響いた。
「何か悲しいこと、あったの?」
「いや。桜庭、あの桜、残念だったな」
「え、桜、……なんでしたっけ?」
違和感が決定的になった。
霧島 戒斗はよき教師であった。
方々手を尽くし、なんとかならないかと手を探っていた。
あの桜庭加代は、ホンモノではない。
たとえ、自分のことを同じように呼んだとしても、あれは、桜庭ではない確信があった。
ならば桜庭加代はどこにいる?
夜妖に憑りつかれているのか?
おとなしく物静かで、植物を愛する生徒だ。
(くそっ、どうしてこうなるんだ?)
特に事を荒立てたいとは思っていないのに、いつの間にか巻き込まれている。そして不幸にも、その力は「ある」。
『祓い屋』へのつてを探して、どうにかそれを手に入れた。理科室で、奇妙に捻じ曲げられた実験器具を操った。
それは、練達の学者曰く、”遺伝子”のようなものを再現するものであるらしい。
「なんだ、これ……」
『桜庭加代は人ではない』
実験結果がそれを示している。
何かの間違いだろう。
何かの間違いだろう……。
桜の木を見ていた。
そこにあったのは、かすかな血だまりだった。
「ねぇ、先生、もう、この桜には会えないのかな」
少女の声がリフレインする。
- 再現性東京2010:冬に枯れるサクラを覚えていますか完了
- GM名布川
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2020年10月17日 22時02分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費150RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●雨に濡れる殺意
雨が降っていた。
張り詰めた表情で、霧島 戒斗は薬局で買った睡眠薬を手にしていた。ジャケットの下には、凶器を隠し持っている。
また明日、また明日と先延ばしにして、数日が経つ。
これは、半ば逃げ込むようにして箱庭にいることへの罰だろうか。
水溜りに自分自身が映っている。いや。
「――こんな形で会いたくは無かっただろうよ、オリジナル」
それは自分とそっくり同じ姿をした『雨夜の惨劇』カイト(p3p007128)だった。
「だが、てめぇが俺を救おうと足掻いたことを、きっと桜庭にもするんだろ。……付き合ってやるよ」
脱走した自分の代わりに作られたサイボーグ。
似て非なるもう一人がいることが、不思議と今は救いだった。
●問題提起
「お邪魔するね」
やってきた『ラド・バウD級闘士』溝隠 瑠璃(p3p009137)を、『ひたひた』アエク(p3p008220)は迎え入れた。
不自然に静かな足音。たとえ安全な場所であっても、死角を警戒する身のこなし。息遣いひとつ。
文字ではなくても、心地よい情報に溢れている。
ここはアエクの隠れ家。アエクの手によって分類された本や、緻密にファイリングされた書類が余すことなく書棚に収まり、アエクの内に紛れている。
「さて……どうしたものか」
『流麗花月』仙狸厄狩 汰磨羈は顎を手の上にのせ、しばし押し黙った。思考の放棄ではなく、どう動けばいいかを考えている時の仕草だ。
「……悪辣な性質の夜妖と……。……スワンプマン問題か……参ったね」
『精霊教師』ロト(p3p008480)の口は重々しく口を開く。
「うーん、今回の依頼はただ戦って勝ち! って言えない事が辛いかな?」
瑠璃はあっけからんとしたものだ。仕事に対する合理的な判断は、特にこんな依頼であれば、必要なものだろう。
「……依頼成功させる為にも、色々裏工作しなくちゃ……ね」
(我は考える)
自己とは何か、自我とは何か。連続性のある自分自身という存在を自身と認識していれば、其れは自分ではないのだろうか。
ならば、たとえこれが沼に落ちた雷でなく夜の妖であろうとも。
ああ、そうだ。答えは単純だ。
『完全な模倣ではないのだから、きみはちがう』。
ああ。テセウスの船だろうがそこに瑕疵があるのならば――同一性が保持されていないならば――別物なのだ。
(残念だ。もし完全に同一性が保持されていたのならば、君はきっと『きみ』だった。可哀想に)
「痛かった……でしょうか」
『木偶の奴隷』アビゲイル・ティティアナ(p3p007988)はぽつりと漏らした。
少女は痛かっただろうか。怖かっただろうか。その痛みをきっとアビゲイルは知っている。今でもきっと、夢にうなされることがある。
『痛みを背負って』ボディ・ダクレ(p3p008384)は、アエクの書物を眺めて、一瞬だけ立ち止まった。知らないタイトル。けれど、”知っている気がする”。
(死んだ者と、今動いている者は同じではない。そんなはずがない。『男』と私がそうであるように)
アエクが、読むか、と視線だけで尋ねたが、ボディは首を横に振った。これは、自分のものではない。ボディはきつく拳を握りしめた。匣が明滅を繰り返す。
(また誰かを殺し、成り代わるのならば、ソレは止めねばいけない事。誰かの死体の上に成り立つ物、その同族として私は、モーファを殺す)
「僕は……心を尊重するよ」
絞り出すようにロトが言った。
●”日常”
『荊棘』花榮・しきみ(p3p008719)は、枯れた桜の木をただ見あげていた。
「あれ? あの和服の人、すごい美人。知り合いの人?」
「「ねぇ、先生」ですか」
しきみは 他者の感情に聡い。
だからどうしても聞こえてしまう。
決定的には気が付いていなくても、彼女が何かを恐れていること。
それを言い聞かせるように、日常を送っていること。
(自覚があるのですね、心の奥底で)
「ええ、もう二度とは咲かないのでしょう、貴女が出会うこともきっと……」
憂い気に立ち上がり、祈るように瞑目する。
「おはよー!」
「ああ、おはよう」
いつも通りの登下校。汰磨羈の傍に寄り添う猫。一匹は実態を持ったファミリアーであり、もう一匹は……影に潜む猫だ。光は加代の両親の元へ。影は、そっと汰磨羈に付き従い見守っている。
1人でうつむいて登校する加代。
「おはよう!」
瑠璃の声に、不意に立ち止まる。
「加代ちゃん! 僕達友達だったでしょ?」
そうだった、だろうか。
記憶が曖昧で、それを許してはくれない。おぼろげに結んだ作り笑いを救ったのは、瑠璃の快活な一言だった。
「忘れちゃってたら仕方ないですね。じゃあ、また友達になろうよ!」
「あっ」
図書室の本の返し方を知らなくっても、怪訝そうな顔をされても。
「あっごめん、私が借りて忘れちゃってた! 今から一緒に行こう、ね?」
瑠璃がいれば不思議と、日常が上手く回っていく。
(仲違いの原因は、誕生日の買い物の約束を忘れたこと、か)
授業の最中、汰磨羈は生徒たちのおしゃべりを聞いていた。本来の姿を隠していても、良く聞こえる。
「せんせー?」
「んむ、問題はない」
返答がてら、自身にも言い聞かせるように言の葉を紡いだ。
怒ってはいるが、どうにかしたいという意思の表れだろう。
図書室で姿を見かけて声をかけられずに、無視を決め込む加代の友人。
どかりと席に座ると、色の白い、美しい存在……どこか浮世離れしたアエクがそこにいることに気がついた。
こんな人がいるだなんて、知らなかった。
「喧嘩をしているのか」
アエクはそちらを見ることはせず、ページを追っている。
淡々としたその語り口にほっとする。責めるものではなかった。
「あの子、ひどいよね。約束忘れちゃったの。私の誕生日だったのに。……新しい友達もできたみたいだし、もう、好きにしろって感じ」
「……話してみると良い」
「え?」
「情報の不足は判断の誤りを招く。怒るにしろ、そのままにするにしろ……知ることだ」
人気のない廊下。
校舎の窓から、カイトと戒斗は、その様子を眺めている。
「『今』の桜庭を人として見続けてやれる刻限はどのくらいだ」
「3日……いや、2日、ってところか」
言い直された刻限に、カイトは頷く。そちらのほうがより正確であると思う。
エネミースキャンは僅かにではあるが、確かに反応している。楽観視はできない。
「……普通の人のナリしてんのにな」
短い時の間、モーファになるまでは極力『人間』として扱うことに決めた。
(そう、遅らせることは、できない。希望的観測に頼れば、あと数週間は、持つのかも知れない。でも、犠牲者は増やせない。待てるのは数日だ)
ボディは決意を固めていた。すでに、この手を血に汚してきた。いざとなれば動く心づもりだった。
けれど、その間は、やり残したことを。
「霧島様、御親友に事情を……いえ、約束を忘れているということを、お伝え願えませんか?」
きっと正解なんてない。
「たとえモーファでも御親友にとってはまだ「桜庭様」です」
けれど、仲直りも無しに消えてしまったら、悔いという物が残る。
「……わかった」
「私が何で怒ってるか分かる?」
「……」
瑠璃が傍にいて、背中を押す。
「誕生日! 一緒に服買いに行こうって言ったじゃん! 行きたくなかったんなら言えば良いじゃん!?」
「違うの!」
自分でも大きな声が出たのに驚いた。
「ちょっと、具合が悪くて、ぼーっとしててホントに忘れちゃってただけなの……ごめん、本当にごめんなさい」
「仲直り、できた? じゃあ、今から行こう」
「「今から!?」」
「うん。善は急げって言うでしょ。急ご!」
駆けだしていく瑠璃。あっけにとられたように2人は顔を見合わせて、笑った。
●思い出
(僕も彼女とは面識が無かった訳じゃない。大事な生徒の1人さ、思う所もあるけど……)
彼女は、もう、桜庭ではないのだ。
(僕より悔しがり、哀しむ教師が居る。それなら僕はもう1人の生徒。"桜庭加代だった者"の事を考えよう)
ロトは学級日誌の通信欄を眺める。
少女らしい文字がそこにあった。かつて言葉を交わした。
「ねえ、先生、これってどうやって解くのかな」
「どうだろう、考えてごらん。どこがわからないだろう?」
ロトは答えを与えることはしなかった。十分に理解しているようだったから、これ以上のヒントはいらないと思った。
必要なのは、待つ時間だ。
教えるのは答えじゃない、解き方だ。けち、と言った桜庭は、真剣な表情で問題を解き、できたよ、と。少し遅くまで残っていたロトに告げに来た。
「ねえ先生、分かったよ。けちなんて言ってごめんなさい。私、次はひとりでこの問題が解けるね」
卒業しても、大人になっても、公式を忘れてしまっても……きっとまた自分でたどり着けるだろう。
「ロト先生」
広がった世界に、少しだけ。自分を誇らしいと思えた。
「何のために、生まれたんだろうな」
戒斗は、カイトに無防備に背中を向けている。
その気になれば、いつでも突き落とせるだろう。
「そう、何の為に生まれたんだろうな。きっと『人を知りたかった』からじゃねえかな。
お前は、お前のなった『桜庭』から何を知った?」
「……」
情けない、結論が出ない。自分1人では決断をすることもできずに……。
「苦しいことだけじゃないだろ? 苦しい為に生まれたんじゃないだろ。覚えるには時間がなさすぎたけも知れないさ。けどさ――お前は『見て貰えた』だろ、桜庭として。その時に思った事が、辛いだけじゃあ、ないだろ」
「……」
そう。そうだ。だからこそ……。窓枠に深く沈み込み、息を吐き出しながらカイトは下校する少女を見ている。
「だが……」
「俺がそれを背負う」
戒斗は信じられないような表情で、目の前の相手を見ている。
「……昔の俺じゃ考えられねェだろうが。お前が捻じ曲げて、時間が俺を変えやがったんだ」
今、また、逃げたかった。この場所から全てを捨てて逃げ出したかった。
もしも本懐を遂げたら、教師としてはいられない……。そう思って、また、逃げる気でいた。
過去が復讐をしに来るなら、受け入れようと思っていた。
「――だから、目は背けるな。逃げるな。お前が、俺達が起こす行動で、確かに『変わる』んだから」
ふ、と、息をつく。
「正直に言うと、初めて再開したとき、俺はあんたをたたき割りたくなった。捨ててきた過去が復讐しに来たような気がした。でも同時に救われたような気もした……不思議だな」
「……俺も、お前をもう、殺さない。
だから、戒斗(おれ)。この結末に何があっても、前を見てくれ」
現し身が、離れていく。
まぶしくて、自分自身ではないもの。
「逃げない」
●帰宅
「お母さん、あのね!」
うきうきと帰ってきた娘を、母親は驚いたように迎える。
「友達と仲直りできたの! 一緒にお洋服買ってきた」
「喧嘩してたの? なんだ、それで、最近ご飯食べなかったのね」
「えへへ。あ、そこに猫ちゃんいたよ」
「猫?」
「おい、どこだ?」
家族3人が庭を見つめる。
「なんだか不思議だよね。見守っていてくれる気がするの」
きっと本気を出せば、するりと完璧に姿を隠せそうな猫なのだけれど。
帰る家は分かっても、自信はなくて。心細くなるたび、姿を現していた。導くように。
●日常の終わり
「ここ、どこ……?」
二重のらせんの終わり。
もし、科学という理屈を”東京”に倣うのなら、46本の染色体。
約60億のDNA。
めまいのような、情報の渦。
「こうした存在を討伐するのが私達、此処はお任せを。貴方は教え子である桜庭様だけを覚えていて下さい」
しきみが言った。
「……覚悟を決めた、俺は逃げねぇ。手は出さねえ、だが……見届けさせてくれ」
「刻が来たのですね」
しきみの声は鋭く、冷たい。否。違う。すっぱりと切れる刃物のように、それは痛みを残さない。
余計な希望を与えず、苦しませないもの。
ぎこちなくぎこちなく歯車が、時計の針が、ずれていく。
「桜庭加代、だったもの。桜庭加代ではない紛い物。それでも周囲にとっては桜庭加代様ですものね」
ここなら、誰の邪魔も入らない。崩れていく加代がまだその姿を保っている。
(お別れは必要ないです、貴女は紛い物ですから)
けれど、言葉があるのなら。幾らでも聞いたげましょう――。
「ねえ、どうして?」
ボディのブルーコメット・TSが、桜庭を大きく打ち据える。
(何のために生まれたという問いには答えない、答えられない。
私自身も、生まれた理由は分からないから。だから、この拳は止めない)
どうして、と思った桜庭……いや、モーファは信じられない顔で自分を見ていた。
どうして、私の体は耐えたの。どうして、受け止められるの。
スニーク&ヘル。瑠璃は完全に気配を消していた。
背後から喉を掻き切られる。それでもまだ、生きている。呼吸をしようと息を吸う。背中を叩かれ呼吸を阻まれた。
「ねぇ、友達じゃないの?」
「君の事は勿論友達だと思ってるよ」
嘘みたいだ。この子は、友達と思ってるのはホントだ。演技じゃない。
「けど討伐依頼だからね、ごめんね、死んで」
「せん、せい?」
太極律道・斬交連鎖『刋楼剣』。修復の前に何度も剣が飛ぶ。
(ああ、先生、そんなにかっこよかったんだ)
本当にこの世界は、理不尽で知らないことばかり。
カイトは引き金を引いた。
氷戒凍葬『冷たき墓標』が、胸を撃ち抜いた。
きらきらと舞う結晶が、死を彩る。苦しい。
(もしも)
アエクの、魔曲・四重奏が響き渡り、葬送曲となる。
(もしも完璧な模倣であれば。害を及ぼさないものであれば、スワンプマン問題は論じるに値した)
「ねえ先生、私は何のために生まれたの」
しきみは攻撃の手を緩めることはない。
「さあ……? 人間とは生きるために理由が必要なのでしょうか。その疑問は桜庭様? それとも夜妖として?」
「ヨ、ル?」
「私は、誰かを愛するために生まれました――私、人を殺すのに躊躇いはないのです」
しきみはまっすぐダークムーンを差し向ける。指先でマルガレーテの色が揺らめいた。
「貴女が仲間を増やし私の大切な人を害するならば、迷うこと無く殺してしまう。けれど、愛することを止めたくは無い」
「貴女はこの桜を愛していたのでせう? なら、ソレを生きる理由にすれば良い
人は迷い進む生き物でせう」
知らないはずの桜が浮かぶ。
「理由なんて、必要は無いのですよ」
「a」
ただ模倣した母音が漏れた。
桜庭だったものが、まだ、ヒトであったのは。ヒトの姿を保っていたのは、向き合う言葉があったから。
反響するように自分を保っていた。
それは痛み。わかりました、殺してくださいなんてことは到底受け入れられないものだけれど、それでも、彼女はヒトでいられた。嘆き、泣きじゃくる精神があった。
人でいられた。
「僕は、君を桜庭さんだとは思わないよ。でも、1人の、生徒だと思っている」
彼女が隠し持っていたカッターを、ロトは驚くほど冷静に受け止める。抱きしめる。泣きじゃくる彼女の頭を撫でる。
話を、聞こう。言葉を交わそう。
(〈だった者〉である彼女は信じたくない真実に錯乱、絶望してるだけだと思うんだ
だから、僕は教師として泣き止むまで、落ち着くまで話を聞いてあげたい)
ロトは教師として受け止める、彼女の痛みを。
「コレは君に限らない話だけど。たとえ、その命が誰かの命の上に成り立っていようと!
たとえ、その宿業が人に仇成すモノだろうと! 『生きてて良いから生まれた』に決まっている!」
桜庭、いや、”少女”は驚いたように目を見張る。
「私を化け物だと言わないの」
「もちろんだよ。だから……君の命を奪うのは僕らの罪だ。大多数の命の為に、少数である君の命を奪うのは僕らのエゴだ。恨んでよい、憎んでよい……ごめんね」
「先生」
どうか、安らかに。アビゲイルは震える手で、ツルハシを握りしめている。ボディのブルーコメット・TSが、ヨルを討ち滅ぼす。
「終わりました」
匣からかすれた声が漏れた。
●全て、正しい位置に
桜庭だったものが崩れ落ちる。
モーファは、最後まで人を保っていた。
「あの問いは、モーファのものだったのか。それとも、模した加代のものだったのか」
汰磨羈は太刀をしまい、黙祷を捧げる。
「変化とは、時として自我を失う諸刃の剣だ。その面からみると、モーファは自身の能力の被害者と言えるかもしれんな……」
しきみはそっと、溶けた場所を撫でる。
「……桜は私が接木でもして育てませう。あの人がそう望むならば」
しきみの手で手折られ、残った枝は、季節外れにもかからわず、驚くほど立派に枝を伸ばしていた。けれど、同じではないのだろう。
そこにいたことを誰も知らない。
行方不明にするか、それとも区切りをつけるか相談して、望みを引きずるよりは、と、死を伝えることになった。
遺骨は、そっと処理され、両親の元へと。数週間後れの葬儀は滞りなく行われた。
彼女の両親が、親友が、彼女ではなかったことを気がつくことはない。
ロトが桜の枝を見下ろしている。たまに、手入れをしているらしい。
アエクは吐き出すように綴る。公になることはないだろう、この一幕を。残したものを。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
あがこうともあがこうとも、結果は変わらないような、大分しんどい、救いのない依頼だったと思います。
もし中途半端に情けをかけようものなら、きっと被害が拡大したりしたと思われますが、慎重で良い対応だったと思います。
しかしながら、皆様の行動によって過程はずいぶんと変わったように思います。最大限後味の良い形になったことでしょう。
みなさまの行動や考えることの一端を見ることができまして、ほんとうにそれぞれの考え方が大好きです。
お疲れ様でした!
ご縁がありましたらまた冒険いたしましょう。
GMコメント
布川です。
ご指名ありがとうございます!
実はちょっとだけ、ちょっとだけ! FLいただいてから、用意していたので、素敵な機会に恵まれて感無量です。
しんどい系のシナリオですが、大丈夫そうで、ご縁がありましたら宜しくお願い致します。
●目標
桜庭加代ではないものの始末
●登場
桜庭加代「だったもの」<モーファ>
その夜妖は捕食した相手の記憶を食らい、「ほとんど完璧に」再現する。
はじめのころ、動きはぎこちなく、記憶のところどころに不整合があり、周囲には違和感もあるが、優れた模倣と学習能力がそれを補っていく。
そして何より厄介なことに、「自分を夜妖だと思っていない」。
「先生、何か用?」
※教師や生徒として活動するPCは面識があって構いません。
おとなしく、植物が好きで自己主張が薄めの少女でした。
自分が夜妖だと思い出したならば。あるいは、攻撃を受けたのならば、信じられない顔をして、でろでろと黒いスライム状の生物になるだろう。
攻撃は苛烈で、モーファの本能に従い、”仲間”を増やそうとはたらく。
「ねえ先生、私は何のために生まれたの」
霧島 戒斗
「俺だって信じたくねぇよ、こんなの」
この再現性東京で教師をしている男。
まだ望みがあるのではないかと頭の片隅で思っている。
ただ、倒さねばならないことはわかっており、イレギュラーズたちがしないのであれば自ら手を下すだろう。
●<モーファ>
霧島 戒斗がつかんだところによると、このモーファの厄介な性質は、「一定時間が経つと仲間を増やす」というところにある。つまり、放っておくと犠牲者が増えてしまうのだ。
最も、生まれるのは「ちょっと不自然なくらいで」記憶を持った限りなく似たような個人であり、それを是とするなら問題はない、のかもしれない……。
●周辺の人物
さいきん、全然上手にふるまえない。友達がみんな離れていく。
でも、自分が悪いのはわかってる。
大事なことも思い出せない。本当に病気なのかもしれない。
もっとちゃんとやるから、見捨てないで。
桜庭加代は、今のところ、「服が裏返しであったり」「わすれっぽかったり」「慣れていないかのように転んだり」、不自然な点はあるものの、未だ人である。人でありたいと思っている。
サクラの木の下には、かすかに血だまりがある。
桜庭加代だったものが成り代わったのがその場所だ。掘り返せば骨片も見つかるだろう。
桜庭加代は間違いなく夜妖に襲われて、死んでいる。
両親は娘の変貌に驚いているが、「死んだ」とは思っていない。
親友の一人は彼女に腹を立てて避けている。「一生友達でいようね」という、大切な約束を忘れてしまったので。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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