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シナリオ詳細

<傾月の京>せめて、死を感じ得ぬうちに

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 傷だらけの私たちに、その人は突然現れた。
 ゆるりと腕を振るえば、一人の男が真二つに分かれて死んだ。それを呆然と眺める私たちに、「彼」は小さく呟いたのだ。
「おまえたちも、こうなりたいか」
「……いいえ」
「ならば、われらとおなじものになるか」
 ――自由の効かぬ身で、傍らの弟を見る。
 既に気を失っていた彼の、苦しげな、けれど、確かに生きている姿を見て、私は「彼」に平伏した。
「どうか、私たちを、連れて行ってください」
 震えて、涙を零し、笑いながら。
「貴方様が、これからの私たちの、全てです」

 それが、始まり。
 暗闇に堕ちた私たちが、ただ一つの希望を見出した日のことでした。


「魔種が動きを見せた」
 開口一番、情報屋の少女は集まった特異運命座標たちにそう告げた。
「場所は高天京に存在する御所。巫女姫が座す宮中の内裏。
 つづり――『けがれの巫女』殿は、そこで強力な呪詛の気配を感知したらしい」
 必然、それを止めることが此度の彼らの目的でもある。
「……俺たちの役目は?」
「宮中に向かう者の選定は済んでいる。此度、お前たちに向かってもらうのは呪詛の顕現に伴い各所で発生する被害への対応……端的に言えば、肉腫の討伐だ」
 生気のない面立ちを、自らが集めた依頼の資料に向けつつ、少女は説明を続ける。
「敵は二人の複製肉腫と、それに追随する肉腫の欠片のような存在が多数。
 複製肉腫の両者はそれぞれ、あらゆる存在から『苦痛』と『傷病』を背負う能力を有している」
 無論、敵であるお前たちからも。そう聞いた特異運命座標たちは、流石に怪訝な顔を浮かべる。
 それは、字面だけを受け取れば単なる益としか思えなかったからだ。
 意図を察したのだろう。少女はちらと笑った後、疑問に対する答えを述べた。
「背負う、とは言ったがな。
 その性質は何方かと言うと『貯蔵』と同義だ。自然、担い手が死亡した場合、貯め込んでいた傷と痛みは周囲に返還される」
「――――――それは」
 依頼内容は、肉腫の討伐。
 当然、その為には対象となる肉腫にダメージを与える必要がある。となれば、放置したとて迎える結末は変わらないのではないか。
「……安心しろ、と言うほどの情報でもないが。
 返還されるダメージは、それを与えた対象が近距離に居る場合は明確に区別される。要はお前たちが与えた傷のみで肉腫が倒れた場合、返ってくるダメージはお前たちにしか影響しない」
 逆を言えば、それ以外によるダメージは周辺の一般人に与えられるということだ。
 迅速な解決が求められることを理解した特異運命座標達は、相談の為にその場を去る――前に、一つだけ。
「……そいつらは、純正か。それとも複製か?」
 救える可能性が在るのか。そう問うた彼らに、情報屋の少女は暫し、瞑目した後に言った。
「……無駄を背負うな」
 それが何方でも、彼らを殺さねばならないという依頼内容に、変わりはないのだと。


 此岸の辺に於いて、確かに鬼人種たちは八百万に蔑視されていた。
 それでも――身寄りも無く、食い扶持を探している鬼人種の小さな姉弟に対して、働き口を与えないほど、彼らは狭量でもなかった。
 本来ならば。

 ――目玉を一つ、指を二本。
 ひいひいと悲鳴が聞こえる。
 窪んでいない瞳から涙を零し、泣き叫ぶ少女の声が響く。

 ――爪を三枚、歯を四本。
 手先と口腔から血を流す彼女は、恐怖と殺気を綯い交ぜにした表情を、眼前の八百万に向けている。

 ――やれ、良い玩具が手に入った。
 ――身寄りも無いのならば、主らが死んだとて周囲には知らされまい。存分に壊してやろうぞ。

 セカイには、それがどこであろうと必ず屑が居るのだと、彼女は初めて知ったのだ。
 例えば、種族の違う彼らを穢れと断じ、だから如何様に弄んでも良いのだと傲慢に考える、地位ある八百万の息子など。
「ねえちゃん、ねえちゃん」
 叫ぶ声が、少女とは別に、もう一つ。
 荒縄できつく縛られた少年が泣きながら呼ぶさまに、八百万は舌打ちをして其方に身体を向ける。

 ――躾のならぬ野良犬を、先に「撫でて」やろうか。

 巫山戯るな、と声を上げた。
 それが無駄であることは、弟同様縛られている少女にもわかっていた。
 声帯に剃刀、爪の間に針、指を一つずつ万力に。
 いっそ、痛みの余り死ねれば楽だったろうに、そうならなかったのは、少年もまた、姉の痛みを引き受けたかったから。
「こんなの、全然、痛くない」と。
 叫ぶ彼に、少女は泣いた。傷を増やし、醜くなる弟を見て、殺してやると何度も言った。



 結局。
 その願いが叶えられることは、終ぞ訪れなかったけれど。それでも。
 与えられたものはあった。最後の最後で、失わずに済んだものがあった。
 だから、それがふたりの戦う理由。
 与えてくれたひとへ、失くしたものを拾い上げてくれたひとへ、せめてもの恩を返すこと――それこそが。 

GMコメント

 GMの田辺です。
 以下、シナリオ詳細。

●成功条件
『カキケシ』『オシツケ』の討伐

●失敗条件
『八百万』『鬼人種』に一定数以上の死者を発生させないこと

●場所
 高天京の中でも高天御所に近い位置にある市街地です。時間帯は夜。
 住人は八百万が殆どですが、下働きの鬼人種などもそこそこの数が存在します。場所に於ける人口密度は高めで、避難を呼びかけたとしても、戦闘終了時までに一般人が全員逃げおおせることは不可能です。
 シナリオ開始時の時点では下記『肉腫』たちが現れたこと自体に気づいていないため、このまま静観すれば『肉腫』によって多くの人命が失われるでしょう。
 シナリオ開始時、『肉腫』との距離は30mです。

●敵
『カキケシ』
 もとは宮中で八百万に飼われていた鬼人種です。外見年齢は十代前半の少年。
 敵味方を問わず、他者の「苦痛」を五感から消失させる能力を有しています。そのため本シナリオ中、PC、NPCの皆さんのHPと被ダメージ値は一切確認することができません。
 攻撃方法は変質し、伸縮自在となった四肢を介する遠近対応の範囲型物理攻撃です。上記スキルを活かし、自身の肉体に負荷をかけての強力な攻撃も必要であれば使えます。

『オシツケ』
 もとは宮中で八百万に飼われていた鬼人種です。外見年齢は十代半ばの少女。
 自他の痛みを区別して背負い、自身の死亡時にそれらを相応しい対象へと押し付ける能力を有しています。
 その為本シナリオ中、『オシツケ』を除いたPC、NPCの皆さんが行動する際、その対象のHPは最大値まで回復するとともに、その回復値分のHPが『オシツケ』から「失われます(=非ダメージ)」。
 また『オシツケ』の体力が0になった際、上記能力によって消失したHP分の数値が戦場内に存在する全『八百万』『鬼人種』のHPから失われます。
 同時に、上記能力以外によって減損したHP分の数値(PCが与えたダメージ等)は、『オシツケ』にダメージを与えた回数(比例、反比例は不明)に応じて、一定倍率を乗算したのちに全PCから失われます。
 攻撃方法は無し。P系スキルとして自身の最大体力を向上させるものがあり、A系スキルに自身を対象とする強力な回復能力を持ちます。

『肉腫(欠片)』
 上記『カキケシ』『オシツケ』に追随する未熟な肉腫です。数は10体。
 体力と防御技術に優れる反面、他の能力に関しては劣りがち。『オシツケ』の自壊を早めるための起爆装置としての役割を担います。
 攻撃行動を殆ど取らない反面、マークやブロック、かばうや防御集中等の行動に専従し、更に行動順にもバラつきを生じさせて他者のカバーリングに移りやすい態勢を取っております。

●その他
『八百万』
『鬼人種』
 戦場となる市街地に住んでいる一般人です。数は多め。
 時間帯ゆえに寝入ってるものなどが殆ど。起こすには僅かながら時間が必要となります。
 何れの種族もあくまで一般人に過ぎないので、体力についてはお察しください。あまり過度のダメージを負うと即座に死亡します。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

●Danger! 捕虜判定について
 このシナリオでは、結果によって敵味方が捕虜になることがあります。
 PCが捕虜になる場合は『巫女姫一派に拉致』される形で【不明】状態となり、味方NPCが捕虜になる場合は同様の状態となります。
 敵側を捕虜にとった場合は『中務省預かり』として処理されます。



 それでは、参加をお待ちしております。

  • <傾月の京>せめて、死を感じ得ぬうちに完了
  • GM名田辺正彦
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年10月05日 22時50分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

錫蘭 ルフナ(p3p004350)
澱の森の仔
クラウジア=ジュエリア=ペトロヴァー(p3p006508)
宝石の魔女
ルリ・メイフィールド(p3p007928)
特異運命座標
散々・未散(p3p008200)
魔女の騎士
箕島 つつじ(p3p008266)
砂原で咲う花
ユン(p3p008676)
四季遊み
禍津日 那美(p3p008759)
禍津日
朔・ニーティア(p3p008867)
言の葉に乗せて

リプレイ


 深夜。誰もが寝静まったはずの街中に、がらん、がらん、と音が響く。
 音の主は『宝石の魔女』クラウジア=ジュエリア=ペトロヴァー(p3p006508)だった。近くの民家から許可を得て拝借した鍋を半鐘の代わりに鳴らしながら、スピーカーボムを介して戦場付近の住民へ避難を呼びかける。
「避難警報、避難警報! 市街地に肉腫が出現! 即避難されよ! これは訓練ではない!」
 何だなんだと顔だけを出す者、泡を食って逃げ出す者、様々な反応を見せる住人達を急かすように、『砂原で咲う花』箕島 つつじ(p3p008266)もまた、家々の間を走り回っては声をかけていく。
「おいアンタ、化け物が出たってのは本当かい? 俺たちは無事に逃げられるのか?」
「……安心しい、町人はちゃんとウチらが守ったる。その為に自分らもちゃんと避難するんやで」
 アニキカゼを吹かせて、莞爾と笑いながら言ったつつじは、その町人が去った後で胸を抑える。狡い台詞だ、と自己を責めながら。
 本依頼――高天原に発生した肉腫の討伐に際し、発生するとされる被害から住人すべてを守り切ることは不可能だと、事前に情報屋は特異運命座標らに通告していた。
 だから、つつじが語った言葉――「町人は自分たちが守る」という言葉には、全員、というワードだけが抜けていた。
 それを欺瞞だと、何より当の本人が理解していながらも、其処に慙愧の念を抱く暇は無い。少なくとも、今だけは。
「待ってくれよ、家財全部と言わないまでも、財布一つくらいは……!」
「何かあっても補填は必ずする。今は命のほうが大事よ、だから早く避難を!」
『ロリ愛づる姫』朔・ニーティア(p3p008867)が反駁する男を言い聞かせつつ、押し出すように避難方向へ誘導していく。
 自身のギフトにこそ未だ反応はないものの、周囲が少しずつ騒がしくなっていく様を確認する彼女は、その最中、一瞬だけ『戦闘班』の面々が居るであろう方向に視線を遣る。
(死にそうな子の、叫び声……今は聞こえないかもしれない。けど)
 それが聞こえ始めるまで、時間は然程かからないだろう、とは彼女自身がわかっていた。
 其処に、忸怩たる念を抱くのは彼女だけではない。平時とは大きく違った様相で仲間たちと同様に避難誘導する『四季遊み』ユン(p3p008676)もまた、その脳裏に討伐対象である二人の肉腫の事を忘れられずにいる。
(……そなた達は、どれほど傷ついたのだろう)
 答えは無い。当然だ、此処は彼らが居る戦場ではない。
 それでも――ユンがそれを問わずにいられないのは、きっと。
「っ……、どうか今は僕達を信じて逃げて欲しい。もしできそうであれば、この事を他の者にも伝えてくれ!」
 声が響く。
 それはきっと万人に届いてはくれないだろうけど、だからこそ、せめて一人でも多くの人にと願いながら。

 ……そして、その喧騒が始まる、少し前の事。
「……私は悲しいです……この様な事態を招いた何もかもが」 
 語る『禍津日』禍津日 那美(p3p008759)を始めとした四人の特異運命座標達に相対するのは、此度の元凶たる肉腫たち。
 二人と十数匹。数的不利を、しかし意にも解さぬ様子で、『L'Oiseau bleu』散々・未散(p3p008200)が眼前の肉腫に声をかける。
「同情はしません。そんなもの、求めていないでしょうから」
「………………」
「同調もしません。判った様な気になるな、と。ぼくが同じ立場だったらそう思うでしょう」
 けれど。そう言った彼女が手にした指揮棒を胸元に沿わせれば、ぷつりと小さな血の雫が浮かぶ。
「ぼくの痛みは、ぼくだけのものだ」
 小さな傷。それでもそこには存在するはずの痛みが、今は無い。
 それが誰による仕業かをわかっている彼女は、だから言うのだ。返してもらうと。
 ……その相手は、二人の肉腫は、言葉を返すこともなく特異運命座標達を睨むだけ。
「どの道、君らだって絶対やめる気ないんでしょ。なら後は根比べだ」
 何処か疲れたような口調で呟いたのは『森の善き友』錫蘭 ルフナ(p3p004350)だった。
 感傷も悔悟も、戦う前の今に於いては蛇足なだけ。それを理解している彼の言葉に、それでもと、『特異運命座標』ルリ・メイフィールド(p3p007928)が言葉を被せる。
「……縋るものを変えたとて、あなた達の痛みは減りません。別のものに変わっただけ」
 生来のカリスマから、溺れる者たちの藁にされ続けたルリの言葉は重い。
 奪われ続けた痛苦が、奪う側の苦痛になったところで、その摩耗は避けられまいと。
「それでも、あなた達は退かないのですね?」
 分水嶺を提示したルリに、肉腫たちは。
「……それでも、私たちは救われたんだ」
 せめて、その恩義を返すまではと、構える。
 その一度の奉公が、決して取り返しのつかないものだと知りながらも。

 双方の言葉は、其処で途絶えた。
 そして、後は刃が交わるだけ。


「……早々に言うのは憚られるんだけどさ、ちょっと今、気分が悪い」
「それは我慢していただくしか」
 挙動を取り始めて刹那、避難誘導班の方角から聞こえた大声と鐘の音のような音に、知覚が敏感なルフナが気鬱した表情で言う。
 言葉を返した未散とは一定の距離をキープしている。一先ずの待機を選択した彼に、姉弟の肉腫は一瞬、怪訝そうな顔を浮かべた。
 次いで未散。彼我の情報から行動を能率化していくソリッド・シナジーを自らに行使したのちに。

「――力を得てまで姉に守られ続ける気分は、どうです?」

 肉腫……カキケシと呼ばれる少年の役割を、嘲弄する。
 名乗り口上に対してかっと頬を熱くさせる彼は、しかしそれだけ。
 この時点において、既に肉腫の断片たちに因るカバーリングは成っていた。庇っている一体が我を忘れると共に、別の一体が二人の元に集っては役割をスイッチできる態勢を整えている。
(……難しい)
 胸中で呟くルリの一言に込められた意味を、理解しきれるものはそう多くないだろう。
 戦場に立つメンバーの半数が戦闘開始直後の現状、避難誘導に回っている以上、この序盤で敵に「仕掛ける」のはあまりにも早計だ。
 それを特異運命座標らも理解しているがゆえに、避難誘導班が帰ってくるまでは持久戦に努める。
 未散の行動は、言うならば「それに加えて」と言う意図が大きい。仲間が集まると同時に、この戦場のキーパーソンであるオシツケとカキケシを一気に叩くため、カバーリング役である肉腫の断片とカキケシを可能な限りオシツケから切り離すように、那美ともども怒りの状態異常を付与しようとしている。
 ルリが言う「難しい」とは、この点に在った。
 先ず、敵の絶対数が多い。耐久性以外の能力に劣ると言え、一、二度の行使程度で現存する十体全てを状態異常にかけるのは難しい。
 そして、もう一つ。肉腫の断片のカバーリング対象は『他者』である――つまり、オシツケに限らないという事だ。
 ひゅる、という呼気。撃ち込まれた腕の一撃に那美が苦悶の表情を見せるが、彼女はそれ以上の反応を見せることは無い。
「……どうして」
「っ?」
 引き延ばされた腕を、撫でる。
「どうして貴方達は、この様な業を背負わなければいけなかったのか」 
「……黙、れ!」
 それは那美にとって当然の憐憫で、肉腫たちには許容しがたい侮蔑であった。
 あの時、出来ることも無かったお前たちが、何を訳知り顔でと。
 特異運命座標らの消極的な攻勢を理解してか、オシツケの攻撃も容赦がない。
 自傷を恐れず高威力の範囲攻撃を何度も叩きつけられる未散と那美を継続して癒し続けるルフナ。
 高い充填能力もあって、僅か四人のパーティは秀でた継戦能力を如何なく発揮している――が。
「……。拙い」
 その、ルフナ当人が、訥と呟いた。
 確かに特異運命座標達は戦闘開始直後から然したる消耗を見せてはいないが、その逆に、この耐久戦内における目的――オシツケとカキケシの孤立化もまた、思うようには働いていなかった。
 これは未散と那美が名乗り口上による誘導を行うにあたり、失念していた部分。「どの程度の数を」怒りの状態異常によって巻き込むかの明確化がされてなかったことに起因する。
 彼女たちはこの基準に成るべく多くと考えていたが、それは逆を言えば全ての個体がかかる必要は無いということでもある。
 加え、複数体に掛けた状態異常が切れれば掛け直し、と言う基準も難しい。一体でも途切れればその必要が生じるのか、或いはすべて、若しくは何体かの基準が存在するのか。
 前者であれば消耗の小さな名乗り口上と言えど、気力の消費は馬鹿にならず、後者ならば敵方の態勢を崩すには弱気過ぎる。
 ――せめて、肉腫の断片の庇護対象がオシツケのみであれば。それを問うたとて、後の話。
 ほら、それを悔いている間に、最早。
「可能な限りは逃がしてきた――状況は!?」
「……これは、もう一苦労って奴やな?」
 転機が、訪れてきてしまった。


 特異運命座標らが一堂に会した時点で、カキケシとオシツケの分断自体は成っていた。
 だが、肉腫の断片。これらに関しては、未だだ。
 確かにこれまでの持久戦で未散たちの活躍もあり、肉腫の断片の大半は狂乱状態となっているが、それは全てでない。
 それはつまり――カバーリング役が存在すること。ひいてはそれによって一斉攻撃による早期討伐が不可能であることを意味する。
 それでも……それでもだ。
 それでも彼らは、最早留まることも、退くこともできはしない。
「出来ると信じて、やるしかない。そうでしょ?」
 嘗ては救世の巫女を名乗ったニーティアが、一筋の汗を垂らして、それでも笑いながら言った。
『陰陽操術【四大八方陣】』が唸りを上げる。形成された簡易的な陣が先ずカキケシを狙い、その身を業炎が包んだ。
 そして、つつじ。自己の速度をそのまま威力に転じ、『風鷹剣『刹那』』が火だるまの影を幾重にも切り裂いた。
「……ここで、一段落か」
 言葉の意味はすぐに分かった。剥がれる肉腫の断片。火傷と刀傷、加えてこれまで未散たちに与えられた負傷で力尽きた庇い手を尻目に、カキケシが構えを取る。
「どうしようもない話ってのはあるもんや。けど沢山の人を巻き込むのはアカン」
「……それを、僕たちが聞く必要はない」
「せやな。同じように、君らがウチらの行動を止める権利も無い――ユン」
 声に応え、現れたのは一条の銀線。
 カキケシが気付くには一瞬が遅かった。吹き出す血液。忌々しげな表情を浮かべる彼に、悲しげな表情をする嘗ての森の主は、ぽつりと。
「……僕は誰かを傷つけない為にそなた達を傷つける。
 可笑しい話だと思うけど、それでしか僕は守れないから」
「好きに――」
 しろ。興味も無い。
 言いかけた少年の喉元を、魔力の弾が貫いた。クェーサーアナライズ。暴力を取った悪意の具現。
 魔力媒体となった自身の指輪を撫でつつ、未散はただ、一言だけ。
「……返してください」
 それが、何を指すか。原因である少年は、痛いほど理解している。
 理解して――けれど、それにうなずくつもりはない。
 だから。
「外野が何を言う、と思うかもしれんがの。もう……眠るのじゃ。解放されてもよいじゃろう」
「……そうね。その定めだけは、変わらない」
 クラウジアの言葉を、オシツケは否定しなかった。
 神気閃光。戦場を等しく灼いた光に返される言葉はない。
 一挙動の間に打ち込んだリソースは伊達ではない。しかし、少年は、肉腫の断片は、未だ倒れずに居る。
 故に、此処が勝敗の分かれ目。
 彼が倒れるか、生き残るか。
「傲慢だと言われようが……私は、貴方達を助けたかった」
「………………」
「されど無辜の民を救うためには、貴方達を誅滅せねばならない」
 揺らいだ瘴気が一直線に少年を狙った。
 数秒の内に得た傷は著しく、彼自身、次の攻撃で倒れうることを理解している。
 だから、少年は――複製肉腫のオシツケは、泣いた。
「姉ちゃん、ごめん」
 瘴気が触れるより早く、その矮躯は挙動する。
 その瞬間、既に全ての傷は癒えていて。
「大丈夫だよ、あんたのおかげで、痛くないから」
 ――その傷全てを請け負った姉は、死に瀕した身で、笑いながら言った。
 一拍を遅らせたハニーコムガトリング、次いで、ルリのチェインライトニング。
「……しくじった、のです」
 此処に加え、二度の範囲攻撃は彼我の勝敗に明確な線引きをした。
 カキケシの周囲に居る肉腫の断片が、次いで動く。その時、彼らの傷もまた癒える。
 それまでの持久戦で蓄積し、移し替えられたダメージは断片たちも同様だ。一気に転換された負傷がオシツケの命を急速に削り、
「じゃあ、先に、ね」
 微笑んだ少女が、地に伏したと同時。
 貯めこまれた呪いは、戦場を基点に拡散した。



 深夜。戦場は戦いが始まる前と同様、不気味な静けさを見せている。
 それが今と明確に違うのは、町から逃げ遅れた生者の喧騒を根こそぎ攫った、死の静寂であるという事。
「……一つだけ、聞きたいんだけどさ」
 最初に口を開いたのは、ルフナ。
 残されたカキケシに対して、彼は幾許かの無力感を隠せぬまま、それでも複製肉腫に問いかける。
「僕たちに、『救われる』気は?」
 それは、叶うなら戦いの前、二人の姉弟が揃っているうちに言いたかったことだ。
 けれど、それが叶わないことを、彼は実際に対面した時に気づいてしまった。
 もし、その言葉が通じるのなら、それは彼らの勝利の可能性をすべて奪ったときか、
 彼らが目的を達成し終えた、その後であろうことも。
「………………」 
 カキケシは、ただ首を横に振る。
 全てを喪った。ただ一つ残っていた肉親は、使命と共に消えるものと理解していて、だからそれが果たされたのなら、最早がらんどうになった自分に生きる意味は無いのだと。
「貴方達は、これで満足?」
 自身のギフトに誰も反応しない。その意味を理解しているニーティアの問いに、少年は応えない。
「どれほどの痛みを受ければ、そのような力を手に他人を傷つけてしまうのか。僕には分からない」
 失われた命と、その元凶に対する思いを複雑に絡ませたユンの言葉に、少年は応えない。
「僕たちは負けた。貴方たちは勝った。……そういう単純な結果には、お互い、思えないんでしょうけど」
 失われ続けた痛みを取り戻すため、感情の無い瞳の未散の独白に、少年は応えない。
「……難儀なもんやな。失った命の価値を、奪った側が理解してくれへんのは」
 最後に残った責任を、それがどれほど些細でも取らせるべく言ったつつじの皮肉に、少年は答えない。
「なら、ボクは願うのですよ。もし来世が在るのなら、其処では他人と自分を思える境遇に生まれてほしいと」
 人殺しに対して、それでもとルリが見せた一抹の慈悲に、少年は答えない。
「……元よりおぬしらに向ける言葉はもう、無い。今までは不幸な子供として、今は敵として、じゃ」
 仲間たちの言葉を締めくくるように、依頼に臨む冒険者としてのクラウジアの先刻に、少年は答えない。
「……せめて、これが彼女らの救いになると信じて」
 そして、最後。
『一足先』に死んだ姉を含めての想いを告げた那美の祈りに、少年は。

 ――今行くよ、ねえちゃん。

 少年は、『応え』なかった。
 特異運命座標らが武器を向ける。
 音も、光も、全ては一瞬。
 互いを残すのみだった姉弟は、そうして、終ぞ全てを喪った。

成否

失敗

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

ご参加、有難うございました。

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