PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<幻想蜂起>狂奔を止める偽悪

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「……お婆さん」
 質素な作りの小さい屋敷にて、青年の声が静かに響く。
 屋敷の一室。戸口に立つ青年は、部屋の中央で椅子に座り、編み物をする老婆の応答を待たず言葉を続ける。
「例の件、やはり止めることは難しそうです。
 既に領民達の不満は根も葉もない噂で限界まで膨れあがり、明日にでも此処を襲うかも知れないくらいで……」
「あらあら。元気な人達ですこと。
 あの人達の親の世代でしたら、そのやる気をお仕事に費やしてくれたのだけどねえ」
「お婆さん、そんな暢気なことを言ってる場合ですか!」
 自身を襲う危機を目の前にしても態度を変えない老婆に、青年が痺れを切らしたように語気を 荒げる。
 ──件の幻想楽団、『シルク・ド・マントゥール』の公演以降、各所で発生する猟奇事件から、国民の心境は徐々に無軌道な不満、怒りへと加速していった。
 やがてそれは、今現在も頻発する事件に対して、何の手だても講じられない幻想貴族に対する不満へとすり替わっていったのだ。
 それは正当な不満でもあるし、同時に全く見当違いの怒りとも言える。この期に及んで自らの利益を優先する領主もいれば、これに関して原因や対策を考え、しかし何の成果も得られない領主も居たのだ。
 尤も、現状を変えられないと言う結果に限定すれば、民衆の不満はどちらの領主であろうとも向けられる。少なくとも今回の件に関しては後者側の対応をとり続けていた領主の老婆は、ため息を吐 くと共に編み物をする手を漸く止める。
「私一人の命で済めば、それは構わないのだけれど。
 唯一の肉親が貴方だけじゃあねえ。他のお貴族さんに容易に手玉に取られそうだしねえ」
「……其処は嘘でも僕自身の命が大切だと言ってくれませんか」
 一向にペースの変わらない老婆に、終ぞ青年が肩を落とした。
 それに──老婆はちらっと笑い、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
「仕方ないわよねえ。ローレットの方々をお呼びするしかないかしら」
「……頼むのは、説得ですか? それとも……」
 鎮圧、或いは殲滅。
 言いかけたその言葉を飲み込み、身体を震わせる青年に、老婆は微笑みを共に言った。
「まあ、物騒ね。貴方も貴族なら、これくらいは覚えておきなさい」

 ──執れる手段なんて、視点を変えれば幾らでもあるものよ?


「この件、大抵の貴族は私兵、或いは傭兵を使って鎮圧することを是とするだろう。
 けれど、それは好ましくない。この国にとってもそうだし、何よりもウチにとって、だ」
『黒猫の』ショウ(p3n000005)の言葉に、集まった特異運命座標達は然りと頷いた。
 今回の件は『魔種』、『原罪の呼び声』が関わっている可能性がひどく高いとされている。このまま状況を流れに任せて、彼らの力を高める結果になれば目も当てられない。
 そこで、とローレット側が直接的な手段を取る貴族と、領民の間に立つ形で割り込んだ。
 貴族からすれば無駄な出兵にかける費用が抑えられ、民衆からすれば失敗が解りきっている ──今の彼らには怒りでそれすら解っていないだろうが──蜂起の被害者が最低限となる。
 両者からすれば、メリットこそ無くとも結果的なデメリットは大幅に抑えられる。……特異運命座標達が失敗しなければ、だが。
「さて、今更では在るが、今回の依頼もそれに属するものだ。
 目的は、ある幻想貴族が支配する領地、其処に住む領民達の蜂起を未然に防ぐこと」
 依頼元となった領地は小さな範囲で、自然と其処に住む領民達も数は少ない。
 尤も、それとて100人は下らない村だ。彼らはここ最近の猟奇事件に怯える一方、その原因が一向に解明できない領主を訝しみ、或いは領主こそが首謀者なのではと飛躍した考えに至ったのだという。
 流石に数名だけでクリアするには難しすぎる課題だ。特異運命座標達は難しい顔をしていたが……ショウに視線を向けて、問う。
「……方法は在るんだよな?」
「勿論。お前達にはその村を襲撃して貰う。タチの悪い盗賊としてな」
 ……は?
 口を開いたままの特異運命座標達に、ショウはくつくつと笑って言葉を続ける。
「言ったとおりだ。お前達はローレットの名を伏せて、ただの盗賊としてあの村で強盗を働くんだよ。
 一頻りお前達が暴れ回ったところで、領主様が私兵を連れてご到着、盗賊から領民を助ける救いの神さまになるってことだ」
 ……要は村一つを使った壮大なマッチポンプと言うことだ。
 実際、他に比べれば領民も少ない場所では比例して犯罪も起きにくい、準じて、其れに対する手だても少ない。
 自然、彼らは向かってくる脅威に対しては領主に頼らざるを得ず、それの対処が叶えば領主に対する信頼も大きく深まるだろう──が。
「……そもそも勝ち目のない蜂起に目が眩んでる奴らに、そんなお芝居が通じるのか?」
「ああ。もっともこれは今、そしてこの領地だからこそ出来る方法だな。
 暴動は初期状態に留まってて、なおかつ此処の領主は領民に対して猟奇事件の調査に於ける経過報告を真摯に行っていた。要は他より領民の不満は小さいんだ」
 其処に、目先の大きな危機を救ったと言う功績が乗れば彼らは領主に対する反乱を躊躇い、少なくとも即時の反乱は防がれる、という目算だ。
「言っておくが、だからといってお前達の仕事は楽に成らないぜ?
 特に依頼主は今回、面倒な 成功条件まで付けてくれたんだからな」
 付け加えたショウに、特異運命座標達は「いつものことさ」と苦笑した。
 実際、彼らの言うとおりなのだろう。他がやりたがらない難題を押しつけられ、それを当然のようにこなすのが彼らの役目だ。
 今回は、そう──それがほんの少しだけ、彼らにとって重要な仕事だという、それだけのこと。

GMコメント

 GMの田辺です。
 以下、シナリオ詳細。
 
●成功条件
 幻想貴族が治める領地に盗賊として襲撃後、幻想貴族の私兵に敗北し、撤退すること。
 領民側の死者を出さないこと(重傷までなら看過)

●場所
 とある幻想貴族が治める領地。人口120人ほどが住む小さな村です。
 周囲は大半が平原、一部が森に接しており、 このうち森に接した村の外縁部に領主の館があります。
 時間帯は蜂起が始まる(と推定される)前日。襲撃するタイミングを昼夜のどちらにするかは参加者の皆さんが自由に決められます。

●対象
『領民』
 上記の領地に住まう領民達です。数はほぼ村の総員。
 元々は争う術に乏しい人ばかりですが、今回の騒動に感化された事もあり、反乱を決意しました。
 その心境は怒りや不満と言うより、若干の恐慌からなる混乱状態と言えます。
 そこに『明確な脅威(参加者)』と、『それらを排除できる存在(領主側)』が領民に理解されれば、少なくとも今回の反乱は抑えられるでしょう。
 逆を言えば、それに失敗すれば深まった混乱はより苛烈な反乱を引き起こしかねません。

●その他
『領主』
 上記の領地を治める領主です。孫と共に館に暮らしており、普段はお茶と裁縫を嗜む只の老女。
 本依頼では下記『私兵』達を束ねて村を救う役割を演じます。取って欲しい行動や、用意して欲しい道具などが在れば事前に通達することは可能です。

『私兵』
 上記『領主』が雇っている私兵です。数は10名。
 基本的には村に接する森からの獣を対処する役割が主であるため、その出で立ちは騎士、兵士と言うより猟師の其れに近いものとなっております。
 レベルは平均が1、また2の者が極数名ほど。本依頼では村の襲撃後、若干の時間を置いて参加者の皆さんを追い払う役目として登場します。
 戦闘による負傷は勿論問題在りませんが、あまり彼らから負傷者を出しすぎれば、それはそれで『領民』達が頼りなさを覚えてしまうかも知れません。



それでは、参加をお待ちしております。

  • <幻想蜂起>狂奔を止める偽悪完了
  • GM名田辺正彦
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2018年05月10日 21時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ハイド・レイファール(p3p000089)
紫陽花の逢香
アガル・カルタ(p3p000203)
特異運命座標
蜜姫(p3p000353)
甘露
ジェームズ・バーンド・ワイズマン(p3p000523)
F●●kin'Hot!!!!!
グドルフ・ボイデル(p3p000694)
ルネ・リエーヴル(p3p000726)
らびっとびーあんびしゃす
狩金・玖累(p3p001743)
PSIcho
レーゲン・グリュック・フルフトバー(p3p001744)
希うアザラシ

リプレイ


 恐れていただけなのだ。
 明日は我が身なのかと、或いは愛しき隣人なのかと。
 その先行きが、領主によって一向に照らされぬ事を。
 不平は募る、不満は溜まる。
 けれど、自分達には何をすることも出来ない。当然だ。自分達は只の農夫に過ぎないのだから。
 だから、そう──せめて。
 この心に積もり積もった澱だけでも、『誰かのせい』にして晴らすことが出来ればと、そう思って。
 ……思うに、それこそが。
 今日、こうして自分達を襲った惨事という、天罰の遠因なのだろう。


 口上よりも先に、暴力が村人を襲った。
 振り抜かれた足の遥か先に、農作業中の男性が吹っ飛ばされる。
 安酒を煽りつつ、野卑た笑みを浮かべた『山賊教官』グドルフ・ボイデル(p3p000694)は、蹲る男性を見下しつつも声を上げる。
「『砂蠍』参上! 首領キング・スコルピオの為だ、悪く思うなよ!」
 唐突な襲撃に、言葉の意味を理解できた者がどれほど居ようか。
「アンタら、何を……」
「─────」
 小さく、黙れ、と呟いたのか。
 グドルフ、そして村の襲撃に訪れた他の仲間達と同様、フードのついた黒いローブを羽織る『特異運命座標』アガル・カルタ(p3p000203)が、止めに入った別の村人に威嚇術を見舞う。
 術具も必要とせず、指を弾いただけで千々に切り傷を作った村人がぐらりと倒れ込めば、女性の金切り声で終ぞ状況が理解される。
(悪役なんて楽しそう、と思ってたけどねえ……)
 桃色の髪と愛嬌のある面持ちから、発言と露出を控えている彼は、恐慌状態に陥った村に少しばかりの罪悪感を覚える。
 尤も、今、この状況こそが後の更なる悲劇を食い止める要素となるならば、今更躊躇う愚を犯すこともないのだが。
「オラオラァ! 俺たちゃ『砂蠍』だぞ!! 食い物を寄越しな、金目の物もだ!」
 声色を作り、甲高い声の男を演出する『らびっとびーあんびしゃす』ルネ・リエーヴル(p3p000726) の要求に、村人達が恐怖と怒りを綯い交ぜにする。
 元より、反乱を企てていた彼らである。曇った思考は手にする農具を武器として使うことを命じようとして──
「おや、闘るおつもりですか?」
「え──」
 その身体が、綺麗に半回転する。
『紫陽花の逢香』ハイド・レイファール(p3p000089)。たっぷりとしたローブを着ながらも、綺麗な身のこなしで村人の足を捌いたそれは、地面に叩きつけられた村人の腕にナイフを突き立てる。
 絶叫。谺する其れをローブ越しに感情の無い瞳で見つめ、漸くそれが収まった辺りで訥と語りかけた。
「抵抗は控えた方が懸命かと。次は首を狙い討つかもしれませんから、……ねぇ?」
 同様に、響く轟音と広がる炎。
『甘露』蜜姫(p3p000353)の重火器が、その威容を村人に知らしめ、『ガスライト』ジェームズ・バーンド・ワイズマン(p3p000523)が自らの術技を以て周囲に炎を撒き散らした。
『ヒャハハ! 燃えろ燃えろ──!!』
「………………」
 炎に狂った偏執狂を演じるジェームズに対し、蜜姫の方は唯無言を以て底知れない恐怖を抱かせる。
「何を……アンタら何なんだ。
 この村には何もない! あるのはほんの少しの作物だけだ、取るなら取って、さっさと帰ってくれ!」
「あ、その言葉気に入らないな。自分達が対等にいるつもり?」
 言葉に反し、屈託のない笑顔で返した『膿より不快な混沌』狩金・玖累(p3p001743)が、衣服の下に仕込んだ有刺鉄線を村人に巻き付けた。
 そして、『軽く撫でる』。魂消る悲鳴は幾度目か。それをただ微笑んで見つめる彼に、継げる声。
「……此方の方々のように成りたくなければ、速やかな服従を望みます」
『森アザラシと魂無き犬獣人』レーゲン・グリュック・フルフトバー(p3p001744)。獣人のグリュックが小さいアザラシを抱えながらも淡々と呟いて、遠巻きに此方を見つめる無事な村人に得物を向けた。
「無論、抵抗も構いません。私達からすれば、既に結果は見えているので」
 返答は来ない。否、来る暇を待たない。
 当然のように放ったグリュックの威嚇術が、村を包む悲鳴をまた一つ、生み出した。


 血が流れる。骨が折れる。
 当事者は痛みに悶え、其れを見る者は悲鳴を上げていた。
 彼らは誰も殺さない。その代わり、やることは陰惨の一言に尽きた。
 女子供の爪を剥ぎ笑う黒髪の男。相反して力自慢の若者に誇示するように殴打を繰り返すローブ姿の何某か。或いはただ家屋に火を付けて笑う気狂いなど。
 ……恐怖を、煽りたいのだろうか。
 若しくは今後も搾取を続けるつもりで、貴重な労働力を潰さないのだろうか。何れにせよ、誰も死んでいないというのは奇跡だった。
 だからこそ、自分達は手を出せない。
 手を出したら、薄氷のような盗賊達の機嫌を僅かにでも傷つけたら、今度こそ、誰かが死んでしまうかも知れないと、解っていたから。
 だから、嗚呼──どうか。
 この苦境を覆せる誰かに乞う。
『誰でも良いから』、彼らの所行を、止めてはくれないか──────!


 特異運命座標らが村を襲撃してから、それほどの時間は経っていない。
 それ故にか、恐怖の感情が僅かでも拭われぬうちに、彼らは略奪を開始する。
「──────、」
 徐に重火器を傾け、適当な家のドアを撃ち破る蜜姫が、その中にいた子ども達に視線を遣る。
 怯える子供には目もくれず、最低限の食料しか無い事を確認した彼女は、舌打ちと共に家を後にした。
「やれやれ、この程度の規模でも俺達だけじゃ漁るのに時間が掛かるか」
 同様に、グドルフも近くの家屋から身を乗り出す。
 蜜姫とは違い、得物を持っていない方の片手には幾つも殴打痕をつけた男を引きずっている。それが只の憂さ晴らしが理由であろう事は、誰の目にも明らかだった。
「なら、向こうから持ってきて貰おうよ。俺たちが汗水垂らして働くなんて馬鹿らしいじゃない?」
 言ったのはアガルだった。ローブの下から微かに覗く口元は笑みを湛えたまま、適当な村人の女性に杖を差し向けながら問う。
「そういうわけで、さ。ご飯が欲しいなぁ。
 ねぇ、食糧庫ってどこ? 君たちの食糧頂戴。他の人達も自分の家にある分、持ってきてね」
「……それ、は」
 少しだけ、躊躇いを見せる。
 食料など早々と渡して帰って欲しいと思う村人が居る反面、子供や家族を養うために渡すことを拒否する者もいる。
「こっちもお仕事で来てるんだよ。だから、邪魔をされたくないんだよね」
 玖累が嘆息混じりで、家々の間から此方を見る子供をひっつかんだ。
「え………………」
「そういうわけで、人質に取らせてもらいました。
 あ、でもでも大丈夫、安心して! ちゃんと返してあげるからさ」
 そう言った彼は、子供の手に指を添わせ、その真新しい爪を一枚、無造作に剥がして捨てた。
「あ、うあああぁ!」
「とりあえず、先から時計廻しに返していくから、失くさない様に拾ってあげてね」
 言外に、それは『纏めて返して欲しければ、どうして欲しいか解るだろう』と言う意味でもある。
 その行いを見た村人の一人が、遂に農具を手に彼らへ襲いかかった。
 否、襲いかかろうとした。
「……命を捨てる行為は感心しませんよ。未だ、私達の手駒として働けるのに」
 総じて幾度目の威嚇術か。それに殺傷能力がないことは、戦いの経験がない村人達には解らない。
 気まぐれで生かされた。或いは偶然、奇跡的に生き残った。グリュックの魔術に吹き飛ばされた村人の身体を足で丹念に踏みつけた後、くつくつと笑いながら言葉を零す。
「それとも、貴方達も『ああ』なりたいんです?」
 村人のすぐ傍では、威嚇術の影響で破壊された農具が無惨に散らばっている。
 抵抗も無意味、躊躇は新たな痛みを生むだけ。それを理解させられた彼らの心は、此処にいたって遂に折れた。
「解りました! 皆様に従います、だから子供だけは……!」
『遅いんだよぉ、こっちは早いところ燃やしたくて燃やしたくて堪らないんだ!』
 恫喝じみた声で吼えたのはジェームズ。それを困った様子で宥めるハイドが、近くの空き家を指差して言った。
「食糧が最優先ではありますが、家々から取れる物は金品も含めて未だあります。
 一先ずは空き家から燃やすだけで我慢してください」
『あぁ、クソ。異物は混ざってないだろうな!?
 異物はゴメンだ。悲鳴も、燃えた時の匂いも、我が崇高なる炎に歪みが生じるんだッ!』
「人は居ませんでしたよ。ご安心を」
 呆れ半分に返したハイドが言うが早いか、ジェームズの炎が誰も居ない家屋をゆっくりと包み込んでいく。
『ヒヒヒ、この小屋は綺麗に燃えそうだなぁ……!』
 それは、絶望の象徴のように。
 慟哭を、村人の誰もが表情に浮かべた。巻き上がった風が灰を散らし、彼らに雨の如く火の粉を交えて降らせてくる。
「燃えろ燃えろー! ……?」
 下っ端を演じるルネも、彼に追従するように声を上げる……が、その声がぴたりと止まった。
 次いで、焦りを交えて。彼女が叫ぶ。
「おい、あっちを見ろ!?」
「あぁ……?」
 誰がそれに応えたか。村人も、盗賊を演じる特異運命座標達も、或いはその両方かも知れない。
 村の外縁、森に接した領主の館の方面から、幾頭かの馬と、それに乗る男達の姿。
 ……領主の私兵達が、武器を携えて現れたのだ。


 都合の良いものだと、我ながら思ったものだ。
 疑っていた。憤っていた。其れを晴らすために、理不尽な暴力を浴びせようとしていたんだ。
 そんな自分達を──助けようとする彼らを前にした時、そんな感情は総て吹き飛んだ。
 自分達が『理不尽な暴力』を味わったからこその感情だった。今に対する感謝も、これからしようとしていたことに対する罪悪感も。
「怪我はありませんか」。当然のように問われれば、自分達は涙を流し、崇めるように頭を垂れる。
 領主に、自分達の、救いの主に。
 

 警告も無く放たれた私兵の一矢が、グドルフの眉間を綺麗に狙う。
 間一髪で振り抜いた山賊刀がそれを防いだ。面にぶち当たり、弾けた鏃を見る間もなく、特異運命座標達は即座に戦闘準備を整えた。
「どうなってやがるッ! こいつら、強ェぞッ!」
「……幻想の貴族が村を救いに赴くとは。少々彼等を侮り過ぎていた様、ですねぇ」
 語るハイドの言葉は普通の貴族に於いて言う言葉としてはあまりにも理解不能なものである反面、この『幻想の貴族』という一面に対しては見事に正鵠を射ている。
 自らの利益を優先し、他者は二の次。基本そう在る幻想の貴族が損得勘定よりも早く、真っ先に領民を救いに来るというのは、盗賊の考えの埒外と言えるだろう。
 防がれたクロスボウを私兵は気にも留めず、幾つかの小石を巻き付けた鎖を特異運命座標達に放る。
『なん……!?』
 ジェームズが返す間もなく、小石に刻まれた術式が反応して──起爆。
 一種の爆導策のようなものであろう。傷口から血液ではなく炎を噴き出す彼が苦悶を上げる間にも、接敵した私兵達は瞬時に馬から飛び降り、特異運命座標達に肉迫する。
 元々森での活動を主としていたと言うだけあって、取り回しの悪い長物をもっていない私兵達は、装備した短剣と小盾、或いは小型のクロスボウやスリングで間断無い攻撃を浴びせかける。
「なんだ、コイツら!?」
 平静を欠いた体を装い、ルネがでたらめに射撃を行う。
 無論、外すことを念頭に置いた攻撃だ。しかし私兵の側は容赦なく攻撃を撃ち込み、あっという間に特異運命座標達は負傷を顕わにしていく。
「これは痛いなぁ。どうにも俺達の方に分が悪いみたいだ」
(……と言うかこれ、もしかしなくても)
 頬に一筋、汗を垂らしたアガルの想像は当たっている。
 私兵の側は本気で特異運命座標達を狙いに来ている。それが彼らの『演技』を知った上か、そうでないかは兎も角として。
 彼らは知る由もないが、当然コレには理由がある。特異運命座標達は、村の襲撃に対して消極的な印象が強かったのだ。
 成功条件にある村人の不殺、と言う行動はそれほど多くのウェイトを占める。村を支配するならまだしも、刹那的に略奪に来た場所で略奪先の人間を心配するなど先ずあり得ない。
 尤も、殺さない『だけ』ならまだしも、その後の彼らの行動も少しばかり優しすぎた。
 威嚇術や蹴撃は魅せる技として有効に働いたが、それ以外の攻撃手段は重傷を控えたもの、家屋等の財産を破壊する際も影響が出すぎないよう、周囲から離れた場所の物を一つ二つ燃やす、破壊する程度のものだ。
 それが慣れない盗賊ならまだしも、此処で彼らが名乗った名前が効いてくる。
 簡潔に言ってしまえば、特異運命座標達の行いは、悪名の高い『砂蠍』にしては被害が少なすぎる、ということ。
 ともすれば、領主側と関係性を疑われかねないからこそ、私兵達の行動に容赦はない。
 彼らとは内通していない。それを明確な殺意と態度を以て領民達に知らしめているというわけだ。
 どうあれ、その容赦のない攻勢を理解した特異運命座標達の動きは速かった。
「うぇぇー、強いなぁ。もうヤダ、面倒くさい。帰る!」
「……ですね。流石にこんな木っ端程度の略奪で、命を捨てる気にはなれません」
 玖累が叫び、グリュックがそれに倣う。
 食糧庫の略奪は全体の二、三割に満たないが、それだけでも抱えて彼らは逃走を始めた。
 こと単純な戦闘面に関して言えば、この依頼の参加者は多数が後衛を占めている。
 事前に入念な作戦を立てているなら兎も角、芝居を前提としたこの依頼ではそれほど布陣に重きを置いては居ない。
『ひいっ! 勘弁してくれ──!』
「うわーだめだー!」
 ジェームズも、ルネも、他の仲間達と同様にその場を離れていく。
 逃走の判断は早く、それ故に私兵達も特異運命座標達を倒しそびれた。
 盗賊に扮した彼らが逃げおおせた後、領主とその息子が簡易な幌馬車に乗って現れる。
「怪我をした人を馬車に。多少なら処置が出来ます。
 奪われた食糧を調べて此方に報告して下さいな。共同の食糧庫、個人宅の食糧も含めてです」
「兵は燃やされた建物を遠距離から破壊して延焼を防いでください!
 他にも領民の方々は破損した物品の報告を!」
 現れてから状況を即座に判断し、口々に対応する二人に、領民達が縋り付くように殺到する。
 そして、感謝の言葉も共に。領主の老女はそれを聞いて、にこやかに答えた。
「礼は要りません。この事態は私達が招いてしまったことですから」
 無論、その言葉を額面通りに受け取る領民は、この中には現れなかった。


 違和感はあったかもしれない。けどそれは、今こうして助けられたという事実に比べればどうでも良いことだった。
 破壊された家屋や食糧の損失に関しては、領主『様』が資産を投じて補填してくれた。
 負傷したみんなも、領主様が個人で雇ったローレットの……蜜姫、とかいう子がほぼ全員を治療してくれた。
 ……俺達は愚かだった。こうして救いに来てくれた人達を、この手で害そうとしていたんだから。
 それを告白し、懺悔する度胸もない卑怯な俺達は、だからこそ、次は領主様に恩を報いようと思ったんだ。
 変わらず、微笑みを湛えたままのあの人の本心が何処にあろうとも。
 きっと、あの人は常に、自分達のためを思って行動してくれているに違いないのだから。


「やれやれ、一芝居打つと疲れるねえ」
 村から遠く離れた森の中、グドルフがローブを脱ぎ捨てて苦笑混じりに呟いた。
 他の面々も同様に。実はほっかむりにどろぼう髭を付けていたレーゲンもそれを捨てて、痕跡が残らぬようにジェームズによって焼却される。
 蜜姫は既に逃走したときと違う経路で村に向かっていた。村人の治療に一役買いたいと言った彼女を送り出した後、残った仲間達は略奪したものを見下ろす。
「……取り分とか、どうします?」
『ふむ。依頼報酬以外の分け前は別に要らないかな』
「私もです。やー、演技とはいえ無理矢理奪うのは何となくいい気分じゃないというか……」
「……と、言ってもね」

 ──略奪した物は皆さんで分け合ってください。捨てたり返したりするのはいけませんよ?

 事前準備のために領主に相談した特異運命座標達に、依頼人の領主はそう告げた。
 当然と言えばそうだ。どんな形であれ略奪品の痕跡を残す行為は、見つかったときのリスクも高い。
 ……領主からすれば、汚れ役を買わせた事に対する追加報酬のようなものでもあろうが。
「一応言っておきますが、流石に私やグドルフさんだけで消化できる量ではありませんよ。これらは」
 小さくとも村一つの食糧庫から三割分である。一人ならまだしも、二人、三人と遠慮すれば、即座に個人の取り分がパンクしてしまうだろう。
 そして、その『一人分』は、既に蜜姫が離脱していることで埋められてしまっている。
 先にも言った領主の厚意に甘える形で、結局彼らは略奪した食糧を等分する形で話が付いたのだが、ここでアガルがぽつりと。
「……私兵の人達が来たタイミングって、略奪品がこの量に成るのを見計らってたんじゃ」
「やっぱり、幻想貴族は手強いなぁ」
 個人宅から奪った焼き菓子を、羨ましそうに見つめるグリュックに投げて寄越しつつ、玖累が苦笑混じりに言った。
「終始、御婆さんの掌の上で滑稽なダンスを披露していた感じだぜ」

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

ご参加、ありがとうございました。

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