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シナリオ詳細

<巫蠱の劫>常夜ひもろぎ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●曰く、
 肉腫。ガイアキャンサー。『大地の癌』
 滅びによってその存在が生み出された存在。
 ――それは、特異運命座標による可能性でその存在を確固たるものとした精霊種が如く。
 魔種達の暗躍により密やかに存在した罪の存在。
 彼らは仲間を増やす。『可能性』を持ちし者には決して毒にもならぬ気配で。未知の疫病と称されるのは強ち間違いではない。何故ならば、その身を蝕み『豹変させる』不可視の存在を病以外に称する言葉はただの一つ、『呪詛』しか無かったのだから。

「呪詛?」

 呪詛――高天京にて流行するそれらをの手順は残忍そのものだ。
 先ず、媒介とすべき妖を切り刻む。この時、妖と言う存在は人間と大きく懸け離れている点に着目しよう。人と大きく違うというのは寧ろこの点では好都合だ。そうする事への倫理的な忌避感は薄れ、常人とは懸け離れた能力をその身に有しているのだ。
 それ故に、切り刻む。無残にも。残酷にも。自身の恨みと嫉みと怒りを相手に移し替えるように。
 夜更けにするのは魔が差す時間と考えた方が良いだろう。誰にも見つからぬ事での緊迫感は何とも言えない。そして、その呪詛を放つ。動物を野に返すように己の中に沸き立った不快感を『教育』するのだ。

「教育?」

 嗚呼、そうだ。教育は大事だ。しかしね、呪詛は人為的に誰でも出来るが肉腫はそうではない。選ばれし悪意が、媒介など必要とせずに人を呪うのだからね。例えば、君のことだってそうしようと思えば直ぐに出来る。

「――と、云う事だ」
 淡々とそう言った男の傍らにちょこりと座っていた少女は「成程」と首を傾いだ。
「それを拙に堂々と話してどうするつもりで?」
「気が乗っただけかな」
 畝傍・鮮花は「ふうん」と小さく返した。彼女の所属するのはナナオウギ、刑部省の――


 カムイカグラには罪人を捕らえる文化が存在している。極悪人は京を離れ、離島へと『流される』が――その流刑になる前の罪人達の確認に訪れていたと言う畝傍家の役人より連絡が入った。
「捕らえた罪人が脱獄したそうじゃ。行方は知れぬが……『複製肉腫』であったと言う。
 ふむ、『複製』を作ることを目的とした肉腫なんじゃろうか……」
『放火犯』アカツキ・アマギ(p3p008034)は首を傾いだ。そうした複製を増やすことに特化した肉腫が存在するかも知れないとは思っていたが、目の当たりにするとその存在は忌むべきものだとありありと感じられる。
「ああ、その肉腫を容易に捕らえてられたのはその能力の大半が『複製肉腫を増やすこと』であった事に起因しているだろう。
 畝傍家とは俺も親交があった故、確認をしたがその肉腫の対応に当たっていた刑吏の娘が姿を消したらしい」
 畝傍・鮮花(うねび・あざはな)。鬼人種の娘は忽然と姿を消し、そして捕らえていたはずの肉腫の逃走を確認したと『中務卿』建葉・晴明は悔しげに呟く。
「ならば、その肉腫と鮮花を探せばよいのかの?」
「肉腫及び鮮花の足取りはつかめていない――が、複製肉腫の出現が確認された地点がある」
「……そこにおるのでは」
 アカツキの言葉に「居たら良かったが居なかった」とがっくりと肩を落とす中務卿。ならば此度に求められるオーダーは『複製肉腫』の撃破だ。
「それではその複製肉腫について聞いても?」
「ああ。確認された複製肉腫は数体存在している。一家全員が、と言った方が良いだろうか」
「い、一家諸共……」
 何と惨い、とアカツキはそう言った。鬼人種のある一家が複製肉腫となっているらしい。そして、鬼人種達はこの夜分に『呪詛』を行おうというのだ。曰く、報復だ――甘い蜜を啜り鬼を迫害する八百万への苛立ちは霞帝が『隠れて』から肥大化した。その気持ちを否定することは出来ないが、呪詛に手を染められることも複製肉腫であることも許せない。
「まだ呪詛の儀には取り組んでいないはずだ。呪詛の儀に取り組む前に複製肉腫達への対処を願いたい」
「ふむ。分かった。一先ずはちゃっちゃと倒して逃げた大元を探すことが出来れば良いが……」
 そこまでは難しいか、とアカツキは小さく呟いた。鬼人種の一家の平穏を取り戻すためにも『病払い』をしてやらねばならない。

GMコメント

 アフターアクション有難うございます。ナイスな推測です。
 夏あかねです。

●成功条件
 『複製肉腫』の撃破

●鬼人種の一家(複製肉腫)
 複製肉腫となった鬼人種の一家です。父、母、子2人の4人家族。
 どうやら『畝傍家が逃した純正肉腫の仕業』で有ろうとのことです。彼らは姿を見たかもしれませんね……。
 今は狂気がその身を苛むのか通常の判断や対話は出来ません。『不殺』等での攻撃で元に戻すことが出来ます。(家族の生死に関しては成功条件には含みません)
 全員が『鬼人種迫害』による苛立ちと一家への非道な行い(迫害によるもので八百万からしたら正当な対応です)をした八百万への呪詛の為に準備をしていたようです。

 ・父
 パワータイプ。巨躯を利用しての攻撃を行ってきます。
 子が傷つけられた場合、攻撃力を増します。

 ・母
 キャスタータイプ。遠距離攻撃を得意とします。BS豊富。
 子が傷つけられた場合、命中精度が増します。

 ・子(姉)
 ヒーラータイプ。基本は回復及び支援を行います。
 非常に堅牢。又、回復能力が突出して高いためある意味脅威です。

 ・子(弟)
 スピードファイター。小さな体ですばしっこく動き回ります。
 耐久性はそれ程ありません。

●場所
 高天京に程近い場所。荒ら屋の傍にある朽ちた神社の境内です。
 眠っている妖が奥に存在しており、それを呪詛の媒介に使用しようとしたようです。
 妖に関しては晴明達が対処に向かうために、余り気にする必要はありません。

●畝傍・鮮花(参考)
 うねび・あざはな。代々刑部省の刑吏を務める畝傍家の娘。鬼人種。青色の角が特徴的。小さな背丈に巨大な棍棒を振り回します。流刑となる罪人や死刑になる罪人の対処に当たる為に非常に強力なユニットですが……『純正肉腫』と姿を消しました。痕跡はありません。

●『純正肉腫』(参考)
 刑部省により捕縛されていた罪人。純正肉腫ですがそれ程の力を有しなかったために容易に捕縛できたようです。どうやら複製肉腫を作り出すことに特化した存在ですが……足取りはつかめません。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

 其れでは、宜しくお願いします。

  • <巫蠱の劫>常夜ひもろぎ完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年09月16日 21時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

マルク・シリング(p3p001309)
軍師
寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
黒撃
ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)
奈落の虹
アカツキ・アマギ(p3p008034)
焔雀護
しにゃこ(p3p008456)
可愛いもの好き
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)
神殺し
柊 沙夜(p3p009052)
特異運命座標

リプレイ


 人を呪わば穴二つ。そうと云えども、脈々と続く歴史の一端でしかない獄人家族の迫害は神威神楽であれば良くあることと流されてしまうのだろうか。
「一家全員で呪詛しよるんも怖いけど、皆……ええと、肉腫? にされてしまうんも怖いなあ」
 小さく首を傾ぐ。『特異運命座標』柊 沙夜(p3p009052)が口にする肉腫とは――大地の癌。ガイアキャンサーと称される滅びより発生した存在である。魔種が集めた滅びによって生み出された新たな『滅び』。新たに生み出される純正肉腫と、其れ等から『伝染』する複製肉腫。その二種が存在していることを思えば此度は最悪を回避できているのだとマルク・シリング(p3p001309)は息を吐いた。
「惨い」と感じる。一家全員で呪詛を行う怨み節――それが連鎖し新たな命が奪われる可能性も恐ろしい。何より複製肉腫と化した者達が新たな事件を起こさぬとは限らないのだ。
「こんな事件で奪われる命なんて、あるべきじゃない。この呪詛の連鎖、誰も死なせずに終わらせる!」
「ああ、そうだね。帰ってこれる可能性があるんだ。それなら戻してあげたいよね。
 呪詛のことは兎も角、一家にしてみれば肉腫になったことはとばっちりも良いところだし」
『浮草』秋宮・史之(p3p002233)はそう言った。助けられる命が目の前にあればマルクも史之も諦めたくは無いのだ。そう願うのは強欲であろうか――否、強者とは強欲でなければならない。
「でも、まあ……呪詛の用意はちょっとやり過ぎだね。罰でも当たったのかな? 嫌すぎる罰だけどさ」
「罰。まだ未遂なのじゃ。呪詛が行われる前に情報をつかめていて良かったのじゃ。今ならまだ止められる」
 ほっと安堵したのは『放火犯』アカツキ・アマギ(p3p008034)であった。彼女自身、複製肉腫を作成することに特化した者が居るのでは無いかという事は懸念していた。それがこの事件の尾を掴む切っ掛けになったというのであれば、それは十分な功績と言えるだろう。
「複製かぁ。呪いってのはコワイもんだね。一家四人全員が肉腫にされるなんてさ」
 しかも――『畝傍家』という刑吏の一族が絡んでいるともなれば恐怖も一入であろう。『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)の言葉に『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)はこくりと頷いた。
「……複製肉腫になった鬼の家族達って何か悪いことをしたのかな……。
 うらんで、こんな姿になってまで『呪詛』だなんて……」
 不安をその前面に押し出して唇を震わせたリュコスへと『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)は「んー」と唸った。
「まあー人を呪わば穴二つって諺もあるにはありますからねー。
 それでもいいですねぇ、家族愛! 例え肉腫となろうともー! って感じで、うちの母にも言って聞かせたいです!!」
 鬼と言えば『しにゃこの母の方が鬼』だと告げるキュートな彼女に「どんな母上なのじゃ……」とアカツキが目を丸くする。
「――なんてね!! まあ、助け合い、大事ですよね……うちの思想を押し付ける母とは大違い……」
 溜息混じらせ気を取り直して徒彼女は前を向く。『魔風の主』ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)は「行こうか」と仲間達を振り向いた。
 肉腫。大地の癌。未知の疫病――それより救うことが出来るというならば――どれ程までに喜ばしいことであろうか。
「まだ、元に戻せるんだ。家族全員……皆を救ってやれるように頑張ろう」


 夜半。荒ら屋と朽ちた神社が存在している。しにゃこに言わせれば「ヤバめの心霊スポット」の有様であるその場所に静かに踏み入ったマルクは「しい」と指先に唇を当てた。
「誰かがいる……」
 特異運命座標の前に姿を現したのはゆらりゆらりと揺れ動く鬼人種達であった。その手には調理用具が握りしめられている――が、楽しい飯盒炊さんを行いに来たわけではないのだろう。
「あれが肉腫一家か……うん、これから呪詛を行うんだね」
「OK」
 脚に力を籠める。イグナートはひゅうと息を飲み、仲間達とタイミング合わせて眠る妖に刃突き立てようとする鬼人種達の前へと滑り込んだ。
「このまま死なせるのも気のドクだからね。一丁カラダを張って行こう!」
「なっ――」
 驚愕したように父親が声を上げる。突如として現れた特異運命座標に驚愕し、警戒心を露わにした父親は咄嗟に刃を振り上げる。
「っと……家族の絆は健在だね。安心しなよ、助けに来たんだ!」
 史之が堂々と声を上げる。父親を引き付けるようにポケットから取り出した指輪に魔力を籠めた。打刀『忠節』を引き抜いて父親の刃を受け止める。
 家族を護る為にと、前線で刃振るう父親を受け止める史之のその傍らを抜けて特異運命座標を攻撃戦とする小さな息子。彼の行く手を防ぐようにイグナートは「行かせないよ!」と二位、と唇を吊り上げた。
「俺の家族に手を出すな!」
 酷く狼狽した様子の父親の声にしにゃこは「良い家族ですねー!」とにんまり微笑んだ。
「ってな訳で、こんな家族を引き裂くのはさすがに寝覚めが悪いですからねー。
 やさーしく転がしてあげましょう! アカツキさん、今回は弱火でお願いしますよ!! さぁ、お仕事スタートです!」
 しにゃこによる『火加減』のオーダーにアカツキは小さく笑う。子より先に親を倒しきることで、父親の苛立ちを最小限に留め家族を救うための手筈を整えるのが今回の作戦だ。
(……家族と縁が切れておる妾だからこそ、仲の良い家族は助けたいものじゃ)
 母親との確執に、家族の縁を喪った者。様々な境遇の者が居る中で、こうして子の為と身を張る父親は素晴らしい者だと感じられる。
 初めてのお仕事だと思えばどきり、と胸は高鳴った。まだ助けてあげられる――命とは何よりも大切な宝物であると沙夜は魔的な力を純粋な破壊力とする。
『新米いれぎゅらぁず』でも戦い対応できることがあるはずだと癒やし手の娘が父親を回復するのをその眸へと映す。
 前線の父親を視線で追いかけて、魔術をその身に宿す母親に対抗するはウィリアムの魔術。天地自然に満ち溢れる魔力で放つのは神威太刀。双子の妹――片割れの剣技を魔術に落とし込み放つ必殺の斬撃は鋭くも母のその身を切り裂いた。
 ウィリアムは「辛くても人の儘なら、いつか良い未来があるかもしれないんだ」と懇願するようにそう言った。
 凶暴性を増す肉腫、その『性質の変化』がここまで親子を追い詰め呪詛にまで掻き立てたと言うならば――
「……肉腫から解放しよう」
 低く、マルクはそう言った。手にした神秘の杖は開けぬ未来(さき)を開くための鍵、その先導。自身を起点に広がった聖域が強烈なる支援を伴い仲間達を鼓舞し続ける。
「うん……肉腫(こわいもの)なんて……だめ、だと思う。
 ひどいめにあった時の気持ちはわかる、けど……それをくりかえしちゃ……だめ」
 駄目なことが沢山折り重なって。泣き出しそうな程に辛い気持ちになるから。リュコスは傷つけたくないと願いながら――それでも、喪いたくはないとチェーンソーの音鳴らす。神さえ殺してみせると執拗に追い詰めるための攻撃を繰り返して。


「なあ、呪詛なんて怖いもんやめよ? 人殺しても救われない。ただの罪人になるだけ」
 癒やし手たる娘に負けないほどに畳み掛けるために。魔力が母親のその身に畳み掛けられる。
 沙夜の言葉に「けれど、この子達が生きる未来が昏いだなんて」と母親は泣いた。その涙につきり、と胸が痛んだ気がしてリュコスが地面を蹴った。
「まだ助かる命なら殺さずに終わらせたい…ぼくはそう思う」
「モチロン」
 抑え役のイグナートはリュコスの言葉に大きく頷いた.その為に戦っているのだと、地面を蹴りその『魔術』を妹の剣戟の様に放ったウィリアムに続いて『火加減』をしたアカツキが威嚇術を用いて母親の意識を奪う。
「お母さん!」 叫ぶ声がする。通り抜け様とする息子の行く手を防いだイグナートが「おっと」と手を差し伸べた。
「オカアサンは大丈夫だよ。けど――あっちに行くとキミも危ないから」
 その動きは息子にとっては不思議であった。自身らを害するように現れた『神使』は自分が傷つくことを厭うのだ。味方の攻撃からも、そして両親からの流れ弾にさえ警戒し、護るように立ち回る目の前の青年に「お兄ちゃんは、ボクを護っているの」と少年は小さく呟く。
「騙されないで! そいつは母さんを!」
 叫ぶ姉の声に少年の方がびくりと跳ねる。「騙しては無いけどさ」と史乃は肩を竦めた。
「だからさ、もう一度言おうか。安心しなよ、助けに来たんだから、さ!
 あと、俺って結構欲張りだから一石二鳥も狙ってみるタイプなんだけど、ソレは許してね?」
 小さく笑った史之の言の通り、娘は幾重も幾重も『喧嘩を売られていた』。それは史之が少女の回復を害する目的に他ならない。父親を受け止める史之の支えるマルクは母親の無事を確認して「大丈夫だ」と安堵を抱く。
「絶対に死なせない……絶対に!」
「勿論……死なせないよ。だから、信じて欲しいんだ……!」
 子供達を護る為、そして、怪我を少なくするために出来る限り穏便に終わらせたいと、マルクもウィリアムもその何方もが思って居た。
「余り柄ではないが、妾の炎は人助けにも使えるのじゃ。
 仲の良い家族を蝕むその狂気、燃やし尽くしてやろうぞ」
 ふふん、と、胸を張ったアカツキにしにゃこは頷く。父親の前へとその身を挺して飛び込んできた娘に気付いて「もー!」とクレームめいて声発っし衝撃と共に少女のその身を吹き飛ばす。
「美しき家族愛ですが今はちょっとどいてください! 事故らないように気をつけてるんですから!」
 事故――命を奪うことは控えるために沙夜は願うように攻撃を重ねていた。
「ねんねんころり。良い夢見るんよ」
 少しでも戦わないと。体を張って戦う仲間が居るのだと沙夜の重ねる遠距離術式。魔術を追いかけるようにチェーンソーが弾けるように音鳴らす。
「……これ以上……あばれないで。だいじな家族を、死なせてしまう前に……」
 娘の回復を遙かに凌駕するように、『殺さず』を徹底して父親の意識を奪っていく。リュコスの視線が向けられたのは苦悩する少年であった。イグナートと対峙して、子供乍らにこの現状を不思議に思う彼は両親に「絶対に護る」と囁かれていたのだろう。
 ならば――この国の現状を余りに理解しないままに進んできた彼はこの現状が『何方が悪であるか』さえ分からないのでは無いか。
 リュコスのチェーンソーが向けられる。ひらり、とその身を躱す少年を受け止めたのはイグナートの拳。
「コッチだ!」
 両親が健在でない今、姉弟共に巻き込むことに都合が悪いわけがない。父親の憤怒を触らぬようにと徹底した立ち回りを越える様にウィリアムの聖なる光が落ちていく。その輝きにマルクの光が重なれば堅牢なる姉が悔しがるように歯噛みした。
「家族に――よくも!」
「ダイジョウブ。病気を払ってるダケだよ」
 イグナートがぐ、と拳を固め距離を詰める。ウィリアムはその言葉に静かに頷いた。肉腫と言う病を払うために実力行使しかないのは苦しいが――それでも、これで救えるのだから。
「行きますよ! アカツキさんの炎!?」
「妾、使役されてないんじゃが?」
 しにゃこがびしりと指し示せば、それに小さく笑いながらも蝕む凶器を払うように威嚇が放たれる。
 娘の体が地に伏せられて、遠く眠っていた妖があくびを漏らして寝返りを一つ。しん、と静まりかえった社の中に奇妙な『悪意』の気配は最早存在しては居なかった。


「やあやあ、大丈夫ですか!? すみませんね、痛い目に遭わせちゃって!!
 あっ、大丈夫ですよ。いきなりフランクに話しかけられても怖いですよね! 大丈夫です、しにゃは敵じゃないですよ!」
 にんまりと微笑んだしにゃこに「怪しいのう」と揶揄うようにアカツキが笑みを零す。
「まあ、兎も角。これ以上傷ついた姿を見ているのも忍びない。
 良ければ、この薬を飲むと良いぞ。一口飲めばあら不思議というやつじゃな」
 幾星霜を照らした清き月光を一瓶に詰め込んだという霊薬にしにゃこが「あやしー」と重ねるように揶揄った。
「そうだね。ここに居る神使は皆、救う為に来たんだ。
 ……理解しているかは分からないけれど、家族全員で『流行病』に罹患していたんだよ」
 優しく微笑んだウィリアムに子を庇う用ように抱き締めていた母親はそう、とその手を緩める。
 彼女たちの様子を眺めながら周囲を索敵していたイグナートはそれらしき影が無いことにほっと安心したように胸を撫で下ろした。
(ハンニンは現場に帰ってくるって言うからね。ここで乱入されたらコマるし……)
 家族の無事を保証できたことは安心ではあるが――それ以上に『この家族を肉腫に変えた純正(オリジン)』の居場所が気になってくる。
「呪詛を、掛けようとしたんですね」
 遠く眠る妖の姿を双眸に映してからマルクは静かにそう言った。息を飲んだ父親は「だとしたら、なんだ」と確かめるように彼を見遣る。
「いいえ。……けど、お気持ちは分かります。
 でも、力に力でやり返しても、憎しみが連鎖するだけで、誰も幸せにならない。別の解決策が必要なんです」
 その呪詛が新たな怨みの連鎖を生んでしまう可能性がある。そう口にしてからマルクは漠然としていますか、と苦く笑いを浮かべた。より良き明日を目指すことを諦めたくはないから――
「そうじゃ、ここに至った経緯まで、夜通しでも聞いてみせるぞ。
 溜まった怒りや悲しみは他者に吐き出した方が楽になる、そう思うからのう」
 にんまりと微笑んだアカツキにぽろり、と子供達が涙を落とす。マルクは「大丈夫ですよ」と子らの背を撫でた。
「この国を良い方向に持って行くと約束するよ。それから、……よかったら聞かせて。あなたたちが何を見たか」
 史之の言葉にマルクは大きく頷いた。気に掛かるは畝傍・鮮花と純正肉腫だ。リュコスは不安げにその様子を眺め「……何か、見ましたか」と緊張したように問いかけた。
「刑吏のお嬢さんと、普通の青年ってナリでしたよ。けど、お嬢さんはぼんやりしてたかな。
 道を聞かれて……自凝島へ隠れていけるルートを探しているって――それから目の前が昏くなったんだ」
 血地のその言葉に「自凝島」とリュコスは呟いた。沙夜は「それって、神威神楽にあるん?」と首を傾ぐ。余り公にはされていないようだが、罪人を流刑にするための島の通称名であるそうだ。
「ふうん、刑吏が一緒なのにミチを尋ねるんだ……ソレって、キク事で『伝染して』るとか?」
 イグナートに「その可能性は十分に」とウィリアムは頷いた。それ以上の情報はまだ、存在していないか、ふと呪詛を諦めた家族を気遣う仲間達を見て沙夜は考える。
(本当はここ――カムイグラの外に行けるんならその方が楽やろうけれど、難しいんかなあ。難しいかもしれんなあ。
 ずぅっと鎖た場所やったもんなあ……前から目に余るもんはあったけれど、こういう風潮はなかなか正しづらいんが問題ね)
 しにゃこははっと顔を上げて胸を張る。
「お辛いですよね! でも大丈夫、無敵のイレギュラーズがいずれなんとかします!! たぶんおそらくめいびー……」
 語尾が小さくなったと笑う史之に釣られてリュコスはぱちり、ぱちりと瞬いた。
 傷の手当てを、そして介抱を行いながら、ふと、沙夜は夜色にとぷりと染まった空を眺める。
(屹度、辺りに犯人はおらんのやろうなあ……早う、捕まるとええんやけれど……)

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 ご参加有難うございました。
 肉腫、とっても怖いですねえ……。

『畝傍家』――刑吏である少女は何処に行ってしまったのでしょう……。

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