シナリオ詳細
同族喰らいのアルケニー。或いは、女王アラーニュの要請…。
オープニング
●蜘蛛の女王
妖艶な美女の上半身に、おぞましい蜘蛛の下半身。
褐色の肌に灰の髪色。胸部を隠すは糸で編まれた衣のみ。
森の奥に作られた糸と枝葉の寝床に伏して、彼女は小さなあくびを零す。
その足下には、散らばる無数の子どもの骸。血を吐き、臓物を散らし、息絶えたそれらの死体もまた美女と同じく蜘蛛の半身を持つ者ばかり。
場所はレガド・イルシオン王国。
首都メフ・メフィート郊外にある“アルケニオンの森”という。
彼女たちは、その森に住まう“アルケニー”という種族の知恵ある魔物であった。
「増えたのぉ……」
しなやかな手を頭上へ伸ばしアルケニーの女王“アラーニュ”はくいと糸を引っ張った。糸に手繰られ彼女の眼前に降りてきたのは、半死半生といった様のアルケニーの幼体である。
虚ろな瞳に溜まった涙が頬を伝う。叫ぶ元気も残ってはいないのだろうが、その瞳には絶望と恐怖の色が濃く滲む。
アラーニュは無造作にその首へ手をかけ、パキリ、とまるで枝でも折るかのような気安さで、同種の幼体を殺めてしまう。
息絶えた幼体を糸から外し、アラーニュはその腹部にそっと顔を近づけた。
鋭い牙の並んだ口を大きく開けて、柔い肉を食い千切る。
「…………飽きたのぉ」
数度、肉を咀嚼してアラーニュはそう呟いた。
幼体の体を地面に放り、その上へ噛み千切った柔肉を吐き捨てる。
「増えすぎだのぉ……鬱陶しいのぉ。これは……新たに“女王”と成ったモノがどこかにおるのだろうのぉ」
●アラクノフォビア
「うん。よくぞ参った。楽にしてよいぞ。あぁ、腹は減っておらぬかな?」
なんて言って、アラーニュは片手に提げたアルケニーの幼体を弄ぶように揺らして見せる。
手足は折られ、口は糸で封じられ、両の眼を潰されてなお、その幼体は生きていた。
「いらんか? まぁ、いらんか。我もいらんしの」
軽い動作で幼体を捨て、アラーニュは「さて」と灰の髪を掻き上げ続ける。
「お主らにはな、この森にいる女王を狩ってもらいたいのよ。女王は2匹もいらんのでな。我だけで良い」
アラーニュが言うには、つい最近、この森に生息していたアルケニーが新たに女王と成ったらしい。
アルケニーは女王と成ると、単体での生殖が可能となる性質を持つそうだ。
そして、女王の繁殖力は通常のアルケニーのそれを遙かに凌駕するという。
つまりは、めちゃくちゃに増殖するのだそうだ。
「我は静かな森が好みでのぉ。あまり児を生んではおらんかったが、新たな女王は違うらしいのぉ」
足下に転がる幼体の骸を、手慰みに引き裂きながらあくび混じりにそう言った。
それに、と眠たそうに瞼をこすり、アラーニュはさらに話を続ける。
「お主らにも利がないわけではない。増えすぎたアルケニーは、大人になれば新たな住処を求めて森を出て行くじゃろう。近くの街や村、旅人などを襲うこともあるやもしれんのぉ」
そうなる前に早めに駆除してしまいましょう、と。
アラーニュは言外にそう告げているのだ。
「我らは【毒】を持っておる。成体……女王ともなれば【猛毒】を有しておるじゃろう。それと糸による【足止め】もな。ほれ、こんな風に……」
伸ばした指先から、ポトリと1滴黒い毒液が零れた。
アラーニュの足下に転がっていた幼体の顔にそれは降りかかり、その皮膚にじわりと黒い痣を浮かばせる。
直後、幼体は声にならぬ悲鳴をあげて身をよじらせ、のたうちはじめた。
その様子をつまらなそうに見下ろして、アラーニュは「やかましいのぅ」と囁くようにそう言った。
「まぁ、1匹1匹は大して強くもないでな。楽に仕留めきれるじゃろう……そうじゃな。女王を狩るか。幼体を20~30ほど間引いておくれ。幼体は5匹前後で纏まって行動しておるからの。見つけて狩って、それを数回やるだけじゃ」
女王を討伐することで、その幼体は身の危険を察し姿を隠すか逃げ出すという。
そうなれば、イレギュラーズたちでは見つけ出すのも容易ではなくなってしまうだろう。
「適当に狩っておれば、女王の方から出てくるだろうよ。あぁ、どこかにある巣を見つけても良いな」
指先から伸ばした糸を編みながら、アラーニュは視線を頭上へ向けた。
そこには白い糸で編まれた半円型の天井がある。それが女王の巣の特徴だ。
「幼体はしゃべるし泣くし、喚くし怒るし、喜びもする。じゃが、お主らなら何ら問題ないじゃろう?」
にぃ、とアラーニュは頬を歪めて笑みを浮かべた。
その口元からは、鋭い牙が覗いている。
「お主ら、魔物と見れば見境無く斬る悪鬼の集団なのであろう? 我の兄弟姉妹も、多く主らに斬られたよ。まぁ、我も魔物……人に害なす存在ゆえな」
- 同族喰らいのアルケニー。或いは、女王アラーニュの要請…。完了
- GM名病み月
- 種別通常(悪)
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年09月05日 22時00分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●ほの暗い森の奥から
妖艶な美女の上半身に、おぞましい蜘蛛の下半身。
森の奥に作られた糸と枝葉の寝床に伏して、彼女は小さなあくびを零す。
「うむ。出立か? では、幼体どもの間引き、よろしく頼むぞ。まぁ、言うまでもなく主らであれば、魔物と見れば見境なしに切り捨ててくれるのだろうがな」
にやにやとした笑みを浮かべて、半人半蟲の魔物アルケニーの女王“アラーニュ”は告げる。イレギュラーズたちを送り出すように、ひらひらと手を振っていた。
そんな彼女の方を振り向いて『躾のなってないワガママ娘』メリー・フローラ・アベル(p3p007440)は言い返す。
「わたしは魔物と見れば見境無く斬るってわけじゃないわよ。ちゃんと戦って勝てそうな相手か、せめて負けても死にはしない相手を選んで戦ってるわ」
「……ほぅ?」
メリーの手元。細い指に嵌められた、指輪がキラリと光を放った。
「だって敵が強いより弱い方がいいに決まってるでしょ? 弱い奴なら魔物でも獣でも人間でも殺してあげるわよ」
「そうか。では、精々頑張っておくれ。ここは我の森……唯一の法は弱肉強食。小娘よ、主にはぴったりであろう?」
返り討ちに合わぬようにな、と揶揄う口調でアラーニュは言う。
アラーニュとメリーの視線が交差した。2人の間に飛び交う殺意を断ち切ったのは『旅人自称者』ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)の発した一言である。
「えぇ、それが依頼と言うならば……」
「そうね。首都郊外で魔物の大量発生というのも見過ごせない問題だものね」
メリーとアラーニュの間に割って入ったヘイゼル、そして『レジーナ・カームバンクル』善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665)は一種即発といった空気を霧散させ、メリーの背を押し森の中へと移動を開始。
「それにしても、いつもとは違う趣で、実に興味深いですね。では、ゆるりと参りませうか」
ちら、と一瞬ヘイゼルの視線がアラーニュを向いた。
彼女の視線に気づいたのか、アラーニュは相変わらずのにやにや笑いで手を振って、イレギュラーズを見送った。
木々の間を縫うように歩む一行。
先頭を進んでいた『猫派』錫蘭 ルフナ(p3p004350)が立ち止まる。傍らの樹に手を押し当てて、彼は眉間に皺を寄せた。
「同胞たる樹たちが言っているよ。そこかしこに幼体たちが潜んでいるって……あぁ、騒がしいんだね。森は静かに調和を保つべきだ、って僕ももちろんそう思うよ」
褐色の肌に尖った耳。ハーモニアである彼はこのようにして、森の木々とある程度だが心を通じ合わせることが出来るのだ。
「ほえーん、煩くてのんびりできんのはわしも嫌いじゃなぁ。静かにのんびりしたい気持ちはよう解るわい」
どこか間延びした声で、言葉を返す『浮雲』モルン(p3p007112)は視線を頭上へと向けた。その動作に合わせて、ふわりと白い髭が揺らぐ。
モルンの視線が左右に泳いだ。
直後、掲げたモルンの両手の間に、ドス黒い色をした不気味な雲がもくもくと溢れ出したではないか。
「もくもくじゃよ」
ふよん、と風に流されて毒雲がゆっくりと高度をあげていく。
やがて、それは枝葉の位置に差し掛かり……。
「いぃぃいい!?」
甲高く、そして悲痛な絶叫が暗い森に木霊した。
苦しみ悶え、アルケニーの幼体は、真っ逆さまに落ちていく。
「あぁっ! たいへん!」
「助けなきゃ!」
落ちていく兄弟を助けるために、枝から身を乗り出す幼体たち。その手から伸びた細く白い糸へ向け、メリーは魔弾を撃ち出した。
ぶつん、と糸は途中で焼き切れ……。
毒を受けた幼体が、地面に落下しぐしゃりと潰れる。一命こそは取り留めているが、けれど手足は奇妙な方向へと曲がり、柔い身体から血が零れていた。
「厄介な仕事ね……まぁいいわ。後の災いになるのなら、女王も幼体もまとめて葬ってあげる」
キャプテンコートを翻し『キャプテン・マヤ』マヤ ハグロ(p3p008008)は落ちた幼体へと近づいていく。
腰から抜いたリボルバーの撃鉄をあげ、その銃口を幼体へ向ける。片目の潰れた幼体は、助けを求めるようにマヤへ向けて手を伸ばす。
「た、たすけて……痛い、いたいよぉ。死んじゃうよぉ」
震える唇が、掠れた声を零すけれど……。
「さよなら」
銃声が1発。
柘榴のように頭部が爆ぜて、薄桃色の脳漿が散った。
レジーナの手には書籍が1冊。
じわり、と彼女の周囲から滲んだオーラが腕へと変じ、樹上の幼体を掴んで落とす。
槍を構えた『砂風の使い手』バルガル・ミフィスト(p3p007978)は、落下して来る幼体へと駆け寄った。
眼鏡の奥の淀んだ瞳。薄ら笑いを浮かべたバルガルへと向けて、幼体は毒の液を吐きつける。毒液を浴びたバルガルの頬から首にかけてが焼けた。
けれどその身を毒が侵すことはない。毒を無効とするエメラルドの加護によるものだろう。
「そんなぁっ!?」
「毒液? ははっ、宝石を取り寄せておいてよかったです」
頬から滴る血を舐めとって、バルガルは槍を一閃。
悲鳴を上げる暇もなく、幼体の首は胴から離れ地面を転がる。
逃走へと転じた幼体たちの背後から、静かな声がかけられる。
「逃がしませんよ」
瞬間、幼体たちは自身の胸のうちから黒い感情……それは“怒り”の感情だ……が湧き出すのを感じる。
「赤い色……それに、青」
幼体たちが抱くのは“怒り”と、そして〝恐怖”の感情である。『自分にはない色』グリーフ・ロス(p3p008615)の赤い瞳には、幼体たちの抱く想いが色として見えていた。
自身に向けて駆け寄ってくる幼体たちへ手を翳し、グリーフは唇を噛みしめる。
グリーフに怒りを向けた幼体たちは、背後に迫るマヤのカトラスに気付いていない。
●蠢く何かの音がする
頭上を、そして背後を駆ける影。揺れる草木の音が鳴る。
幼体たちの襲撃であった。
一斉に吹き付けられる毒液を浴び、マヤは顔を押さえて呻く。視線が逸れたその瞬間、3体の幼体がマヤへ向けて跳び付いた。
けれど、しかし……。
「……この程度の攻撃、私に効くとでも思ってるのかしら?」
音を頼りに、マヤは素早く腕を振って何かを放った。
「あうっ!?」
それは幼体の頭部に当たり砕け散る。飛び散る琥珀の液体と強い酒精の香りから、それがラム酒であることが分かる。
顔から離したマヤの手には、べっとりと血が付いていた。顏の皮膚も、一部が焼けて爛れている。片目を閉じた状態で、マヤはピストルの引き金を引いた。
射出された弾丸がアルコールに着火する。
「うぅぅああああああああああああああああ‼」
「あついあついあついよぉっ!!」
「あついよぉっ! 消してよぉ!」
「……外見が外見だから、やりにくさはあるけれども」
悲鳴をあげてのたうつ幼体の様子を見やるレジーナの隻眼に、ほんの一瞬、浮かんだそれは憐憫だ。
それでも相手は危険な魔物。書物を開いたレジーナは、けれどそこで動きを止めた。
レジーナの視線の先、幼体の背後にたったバルガルは薄ら笑いを浮かべたままに槍を突き出す。
1体目の幼体の胸を貫く。
2体目の幼体は首を突かれて息絶えた。
3体目の幼体はバルガルの槍が刺さる前に、既に炎で焼け死んでいた。
「これでおしまいですかね?」
と、バルガルは問いかける。
「罪悪感とかないのかしら?」
「罪悪感? ははっ、もう慣れました」
なんて槍に付いた血を払い、バルガルはそう言葉を返す。飛び散った血が、レジーナの白い頬を赤に濡らした。
その異変に、まずはメリーが気が付いた。
彼女が飛ばしていた小鳥が、何かに襲われ消えたのだ。
直後、メリーはそれの接近を察知する。それ……或いは〝それら〟と言うべきか。
「っ!? 10……いえ、もっと? 皆、上から来るわ! 気をつけて!」
そう叫んでメリーは片手を、顔の高さへと翳す。
細い指の中ほどで、指輪がぼんやりと光を放つ。直後、展開される不可視の“何か”。彼女の【慈術】による領域は、立ち入った者からスタミナのみを奪い取る。
けれど、しかし……。
「え、きゃっ!!」
果たしてそれは、いつの間にそこに伸びていたのか。
メリーの細い足首に、視認できぬほどに細く丈夫な糸が巻き付いているではないか。
きゅい、と糸の軋む音。
メリーの身体が宙へと浮いた。遥か頭上、大樹の頂上付近に居たソレが、彼女の身体を引き上げたのだ。
「なんだかひどく気怠いわ。誰のせい? 貴女よね? 小賢しい真似をするのはお嬢さん?」
地上から数メートルほどメリーの身体が浮いたところで、ソレは糸を断ち切った。メリーの身体は重力に引かれ落下して、強かに地面へと衝突。
うつ伏せに倒れたメリーへ向けて、周囲の木々から幼体が跳ぶ。
5匹ほど、だろうか。
「ほえーん。新女王が出て来たみたいじゃのう」
メリーの前に移動したのはモルンであった。ふよりふよりと重力を感じさせない足取り。
翳した両の腕の間に、黒い雲が現れる。
「毒は苦しいし面倒なんじゃ。そら、しっかり避けるんじゃぞい」
なんて、言って。
毒の雲を、ひょいっと放ったモルンだが……。
「兄弟をいじめるなぁっ!」
「喰ってやるからな、おまえぇ!」
キィキィと甲高い雄叫びを上げ、幼体たちは毒の雲へと突っ込んでくる。初めに雲に触れた2体が、毒に侵され白目を剥いた。
そんな2体の身体を盾に、残る3体が毒雲を突破。
「んなぁっ」
「こいつら……弱いなりに、考えた……わね」
突破した幼体に纏わりつかれたメリーとモルンは身を悶えさす。幼体の吐いた毒液が2人の身体を焼いたのだ。
しゅるり、と糸が降ってくる。
それを放ったアルケニーの新・女王は眉間に皺を寄せて唸った。
白い髪に白い肌。薄く閉じた瞳に映る、黒い髪の女性が1人。
「糸を使うとは奇遇ですね。暫しダンスの御相手を御願い致しませうか」
女王の糸を防いだそれは、ヘイゼルの展開した魔糸の結界であった。
糸を伝って地上に降りた女王の周囲を、魔糸は瞬時に覆い尽くした。苛立ったような表情で、女王はヘイゼルへと問うた。
「随分とうちの児をいじめてくれたみたいね。ねぇ、こんなに可愛い児を殺すだなんて、私の聞いた“人”とは幾分、違っているようなのだけれど?」
しゅるり、と女王の周囲に数体の幼体が下りてくる。そのうち1匹の頭を撫でて、女王は首を傾げて笑う。
「はぁ……命を奪うことには特に感慨はありませんね。例え産まれたての赤子であろうと死は自分自身のみの責任です」
平然と、ヘイゼルはそう口にする。
命を奪うのは、とてもいけないことですね。
他人を害する行いは、とてもいけないことですね。
見ず知らずの誰かでも、死んだら悲しいものですね。
なんて、口で何を言おうも、そんなの全部戯言だ。
「あぁ、そう。そうなのね。人って本当……残酷ね」
なんて、言って。
女王の腕が振るわれる。その手に滲む毒液が散って地面を焼き溶かす。
女王に追従するように、幼体たちもヘイゼルへ向け襲い掛かった。
戦場を駆けるレジーナは、囁くように詩を紡いだ。
「剣鋭き事、魔性が如く」
レジーナの頭上を蝙蝠が飛んだ。彼女を追って、幼体が駆ける。
「真偽無缺。隔離世現シ世之理双び撃つ」
幼体の攻撃をするりと躱し、レジーナはモルンとメリーの元へたどり着く。
「―――即ち、剣魔双撃!」
一閃された彼女の手刀が、幼体を1匹真っ二つに引き裂いた。
幼体たちの注意がレジーナへ向いた、瞬間……メリーはにぃと頬を歪めて笑って見せた。
「敵を目の前にして油断だなんて」
放たれた魔弾が、さらに1匹、幼体を撃って命を奪う。
「そのまま警戒をお願いするよ」
レジーナの背後でルフナが告げる。彼の周囲で深緑の魔素が渦を巻いた。
淡い燐光が周囲に散って、それはメリーとモルンを癒す。
じわりじわりと、毒に焼かれた肌が再生していく様は、ともするとひどく不気味に映る。
変化を嫌う森の魔力による回復は、2人の傷を元の状態まで癒すのだろう。
「……分をわきまえないと摘まれるんだよ。なんだっけ、雉も鳴かずば撃たれまい?」
チラリとルフナが視線を落とす。
そこには斬られた幼体の遺体。
光の絶えた虚ろな視線と、ルフナのそれが交差した。
バルガルに刺され、マヤに斬られて、けれどそれは生きていた。
脚を失い、腕を千切られ、血の痕を引きながらよろりよろりと逃げ惑う。
「うぅ……いた“い、いた”い”よぉ」
「これも後々、人の平和のため。ごめんなさい」
そう言って、幼体の首をグリーフが掴む。
「すべての生き物が手を取り合うというのは、あくまで物語の中の理想」
もしもそれが叶うなら、きっとそれは何より素敵なことだろう。
だが、しかし“理想”はあくまで理想に過ぎず、実現することはあり得ない。
すべての人が幸福に暮らせる世界のように。
あまねく子供が誰からも愛され大人に育つ世界のように。
すべての生き物が手と手を取り合うことなんて、きっと実現することはない。
目の色が、肌の色が違うという程度のことで人と人でさえ殺し合うのだ。
ましてや此度の相手は魔物。
「い“や”ぁぁぁっ!!」
泣き叫び、悲鳴を上げる幼体をグリーフは高く持ち上げて。
「っ……」
グリーフの瞳に映る感情の色。恐怖と憎悪のないまぜになったその色を見て、グリーフはピタリと手を止めた。
その直後……。
「かえせぇぇっ!!」
「てをはなせぇぇ!!」
樹上から跳び下りた幼体たちが、グリーフの身に纏わりついた。
●女王の懇願
振るわれた女王の拳が、ヘイゼルの胸を強打する。じわり、と皮膚に滲む毒液はけれど寸前で掻き消えた。
「人が怪物と戦うなら対策は基本なのですよ」
後退するヘイゼルは、けれどそこで動きを止めた。見れば彼女の背後には糸が張り巡らされている。
「自分の領地で叩くのなら罠を張るのは基本なのよ」
なんて言ってさらに1撃、女王の拳がヘイゼルの喉を打ち抜いた。
幼体たちの攻撃を受け止めながら、グリーフは仲間たちへと告げる。
「皆さんは女王のもとへ向かってください」
その白い肌も髪も血に濡れて赤に染まっていた。自身に幼体の攻撃を引き付け続けた結果である。特に腹部の傷は重症だった。集った幼体に齧られたのだ。皮膚は失われ、筋繊維が覗いて見える。
「そっちの方が弱そうね」
と、そう言ってグリーフの援護にメリーが向かった。メリーの接近に従い、幼体たちの動きが目に見えて鈍くなる。
女王へ向けて駆けるモルン、バルガルの全身に、無数の糸が絡みつく。
「ふえーん。引っ付くんじゃよぉ」
「ははっ、鬱陶しいですね」
2人は絡んだ糸を引くが、思うように千切れない。伸縮性と頑丈さに富んだ良い糸だが、ことこの場においては厄介なことこのうえない。
バルガルとモルンを追い越してマヤとレジーナが駆けて行く。2人を阻むべく移動を開始した幼体は、モルンの放った毒雲によって阻まれる。
女王の1撃を受け、意識を失うヘイゼルは、けれど【パンドラ】を消費しギリギリのところで持ちこたえた。
一瞬が妙に長くなったかのような感覚。引き延ばされた時間の中でルフナの思考は加速する。この場で行うべき最適解は……導き出された回答はその場に立ち止まることだった。
手を翳し、ヘイゼルへ向けて【神奈備】を行使する。
傷の癒えたヘイゼルは、展開した魔糸の結界で女王の身体を斬り付けた。女王から向けられる怒りの感情。ヘイゼルはそれを涼しい笑みを受け流す。
振り上げられた女王の拳。じわりと全体に毒液が滲んだ。
けれどその拳が女王の身体を打つことはなかった。
「一撃で……落とすっ!」
魔力を纏った手を振り上げて、レジーナが跳んだ。
一閃。振り上げられた女王の腕が、肩の位置で斬り落とされる。零れた血が地面に血溜まりを作る。切断された白い腕がそこに落ちて朱に染まる。
「ぐ……うぅぅぅっ!!」
悲鳴を上げる女王の喉に、駆け付けたマヤがカトラスの切っ先を突きつけた。
「今更命乞いしても許さないわよ……地獄で我が子達と仲良くね」
「ま、まって! 待ちなさい! わ、私はこの森の女王よ! そうだ。今後は人と手を取り合うことも考えたって……」
腕の切断面を押さえ、女王はじりじりと背後へ下がる。
「そう、それがいいわ! 協力関係を築ければ……」
と、そこで女王の言葉が止まった。見ればその首には糸が幾重にも巻き付いている。
その糸の繋がる先を視線で追ったヘイゼルは、木々の間に佇む巨大な蜘蛛を見た。
「無理じゃろ。我らと人が手を取り合うなぞ、夢のまた夢」
そこにいたのはアラーニュだった。
「おや、討伐完了したら報告に向かわなければと思っていましたが、手間が省けましたね」
そう呟いたバルガルへ、アラーニュは薄い笑みを返して……。
ブツン、と糸で女王の首を引き千切る。
首を失い、女王の巨体は地面に倒れた。落ちた首を拾いあげ、アラーニュはその頬に舌を這わせる。
「ご苦労だったの。これで仕事はお終いゆえ、早々に森を立ち去るがいい」
なんて、言って。
糸で縛った女王の身体を引き摺りながら、アラーニュは巣へと帰って行った。
きっと彼女は、それを喰らうつもりなのだろう。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。
新・女王は討伐され、幼体たちも逃げ出しました。
アラーニュからの依頼は成功となります。
この度はご参加ありがとうございました。
皆さんの悪名も無事に上がりました。おめでとうございます。
また機会があれば、別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
時には“悪”を綴りましょう。
●注意事項
この依頼は『悪属性依頼』です。
成功した場合、『幻想』における名声がマイナスされます。
又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。
●ミッション
アルケニー幼体×20匹以上の討伐、または“女王”の討伐。
●ターゲット
・アルケニーの新・女王×1
森のどこかに巣食う、最近成ったアルケニーの女王。
次々と児を生み増やしている模様。
幼体とは一部感覚を共有しているようだ。
幼体が多く狩られれば姿を現すし、新・女王が殺められれば幼体は慌てて逃げ出すだろう。
アラクノフォビア:神近単に中ダメージ、毒、猛毒
“女王”が有する強力な毒です。肌から染みこみ、激痛を与えます。
糸紡ぎ:物遠範に足止め
“女王”が紡ぐ細く丈夫できれいな糸です。
・アルケニー幼体×20~
新・女王の生んだアルケニーの幼体。
幼い子どもの上半身と、蜘蛛の下半身を持つ。
幼いゆえに純粋で感情豊か。森の恵みをよく食べて、いずれは立派なアルケニーに育つだろう。
弱いため5匹前後で纏まって行動している。
毒液:物至単に極小ダメージ、毒
手のひらに滲ませた毒を対象に塗布する攻撃です。
・アルケニーの女王・アラーニュ
褐色肌に灰の髪。美女の上半身と蜘蛛の下半身を持つアルケニーの女王。
増えすぎた幼体を鬱陶しく思い、偶然森近くに居合わせたイレギュラーズに間引きを依頼した。
彼女は怠惰で、そしてひどく残酷である。
●フィールド
幻想。首都メフ・メフィート郊外。
“アルケニオンの森”
背の高い木々が立ち並ぶ森。
高い位置で枝葉を伸ばす樹木が多く、外から見るよりは木と木の間は開いている。
葉に遮られ光はあまり差し込まないが、視界に問題があるほどではない。
地上であれば移動や攻撃の際に苦労することはないだろう。
森のあちこちにアルケニーの幼体が生息している。
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