シナリオ詳細
<巫蠱の劫>或いは、感染する牛鬼の怪…。
オープニング
●牛角の像
時刻は早朝。
人気の絶えた貧民街。
漂うは濃い血と臓物の臭い。
散らばる肉片と地面に染みた赤黒は、おそらく人のそれなのだろう。
異常を聞きつけ現場に駆けつけた3人の武者は、その惨状に立ち尽くす。
そんな彼らの眼前に、よたりよたりと歩み出るは1人の少年。
口元を抑えた右の手は血液で朱に濡れていた。
「そこな小僧。怪我をしておるのか? しゃべれるか? ここで何があったというのだ」
矢継ぎ早の問いかけに、少年は震える声で言葉を紡ぐ。
瞳の焦点はあっておらず、彼がひどく散乱していることは誰の目にも明らかだった。
「あ……せ、石像。石像を、ひろったんだ。いや、骨? 角? で、出来た像か?」
「小僧。何を……?」
訝しげな武士の言葉に耳も貸さず、少年はさらに話を続ける。
何かに急かされるように、もつれる舌を必死に動かすその姿は武士たちの目には異様に映った。
「立派な角の付いた男の姿でさぁ、強そうで、お守りになるかと思って。でも、違ったんだ。あ、あれはお守りなんかじゃなかったんだ」
何か恐ろしい目にあったのだろう。
少年は体を激しく震わせる。
「そ、それでよ。朝起きたら、父さまも母さまも、ぐちゃぐちゃでよ……い、妹は、まだ生きてたけど、腕がなくてよ」
知らず、武士たちは息を呑む。
まだ幼い少年が見た凄惨な光景を、思わず想像してしまったのだ。
武士の1人が少年の肩に優しく手を触れ、問いかけた。
「儂らがその者、たたっ切ってくれよう。教えてくれ。そいつはどんな姿をしていて、どこへ行った?」
「あ……俺、見てねぇんだ。見てねぇ、何も…………いや、だって」
震える手を、少年はその口元から退けた。
空いた口から血と一緒に何かが零れる。
赤く濡れたそれは、小さな指だ。
「だって、父さまも母さまも、俺が喰ってよぅ……妹も、俺が、喰っててよぉ」
血に濡れた少年の口もとからは、鋭い牙が覗いていた。
白目を剝いて、体を震わせ、うなり声を上げる少年。その背が裂けたのは、膨張した筋肉のせいだろう。
少年の側頭部からは角が伸び、ぼとりと眼が地に落ちた。
「妖に取り憑かれたか……許せよ、小僧!」
武者の1人が刀を抜く。
けれど……。
「待て! 辺りを見てみろ!」
「何? これは……どういうことだ? 1体では、ないのか?」
果たして、それらはいつからそこにいたのだろうか。
民家の影から、茂みの奥から、現れたのは3体の妖。筋骨逞しい体に牛にも鬼にも似た頭部。額の横からは太い角が生えている。
そして、目の前の少年……否、もと少年を含めてどれも、眼が落ちてその眼窩は虚ろであった。
「どうする? 一戦交えるか?」
「否だ。あそこに蔵がある。一旦、そこへ逃げ込もう」
眼がないからか妖たちは武者の正確な場所を捉え切れていないようだ。
足音を殺し、悔しさを噛みしめ、3人の武者はそっと蔵へと逃げ込んだ。
●感染する怪異
「現れたのは牛鬼であろうな。眼を喪っていたというのは、あれか? 近頃噂の呪獣というものか?」
と、唸るように武者は言う。
呪獣。それは呪詛の媒介として切り刻まれた妖を指す言葉であった。
呪獣と化した妖は凶暴化するという特徴も一致しているため、武士は此度の事態を呪獣によるものと断定したのだ。
「もともとは少年の拾った像に取り憑いておったのだろう。その後、牛鬼は少年に……そして少年が喰らった貧民街の住人たちに憑依したというところか」
つまるところ、この牛鬼という妖は“増える”のだ。
死体を食い尽くされないことが条件にはなるだろうが……。
或いは、その能力は呪獣と化したことで得たものかもしれない。
どちらにせよ、このまま放置しておくわけにもいかず、また蔵に籠もった3名の武者も救助する必要がある。
彼らが牛鬼に襲われてしまえば、さらに呪獣の数が増えてしまうだろうから。
「目的は4体の牛鬼の討伐と、3名の武者の救出となる。元凶となった像もおそらく牛鬼のどいつかが持っているだろう」
貧民街は狭く端から端まで走って移動するのにかかる時間は1分ほど。
家屋こそ多いが、現在そのほとんどは牛鬼によって破壊されてしまっている。
「蔵の位置は貧民街の中央付近だな。牛鬼は、中央に1体。残りは貧民街の各所に散っている」
人に感染るという性質上、牛鬼を貧民街から逃がすわけにはいかない。
こちらと相手の配置には気を配る必要があるだろう。
「牛鬼はその体躯を利用した力任せの攻撃を得意とする。【崩れ】や【不運】を付与される場合もあるようだな」
幸いなことに牛鬼には眼がなく、それゆえか10メートル内に近づくまで接近に気づかれることはない。
武器やスキルによっては、先制攻撃をかけることも可能だろう。
もっとも、その場合は離れていても物音で居場所が気づかれてしまうことになる。
「牛鬼と化してしまった以上、貧民街の者たちは諦めるしかないが……せめて、仲間だけでも救って欲しい」
と、そう言って。
彼はイレギュラーズたちを送り出す。
- <巫蠱の劫>或いは、感染する牛鬼の怪…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年09月01日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●血河の牛鬼
時刻は昼前。
人気の絶えた貧民街。
漂うは濃い血と臓物の臭い。
崩れた家屋の合間合間に、人の部品とぶちまけられた血と臓物が散らばっている。
「……うへ~なかなかの凄惨っぷりだね~感染能力で数も増えるらしいし……ちょ~っと急がないと武者さん達が危ないかな此れは」
建物の影からその光景を覗き見て『流離の旅人』ラムダ・アイリス(p3p008609)は蛇腹の剣を音も立てずに引き抜いた。
濃い血の香りに、ほんの一瞬、顏をしかめる。
そんなラムダの目の前を、1羽の鳥が飛んでいく。
それは『魔法仕掛けの旅行者』レスト・リゾート(p3p003959)の使役する鳥だ。
周辺の様子を空から観察したとりは、得た情報を主へ伝えた。
「落し物を拾っただけで、こんな事になっちゃうなんて~。何とかしないといけないけれど……」
どことなく暗い表情でレストは周囲へ視線を巡らした。鳥の得た情報を吟味し、仲間へ向けて合図を送る。
レストの視線の先には1体、隆々たる体躯に牛に似た頭部を持つ1匹の妖が立っていた。
「んじゃ、やるかぁ」
そう呟いて『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)は巨体を揺らしながら前進を開始。無造作に放る爆弾が1つ。
彼の足音に気付いたのか、蔵の前にいた牛鬼がゴリョウの方へと顔を向けた。その眼下に眼球はなく、涙のようにドス黒い血が零れている。
直後、放った爆弾が爆ぜた。ズドドドドパパパパ、と小気味の良い爆発音とカラフルな光を撒き散らす。
「ゥゥゥぶぉぉっ!!」
音に引かれた牛鬼が雄叫びを上げ、地面を蹴った。爆音を頼りに牛鬼は、瓦礫を撒き散らしながら疾走を開始。
「ぶはははッ! 俺はここだぜ! 成仏させてやるからかかってきなぁッ!」
身体の前に盾を構えて、ゴリョウはそれを迎え討つ。
ゴリョウの盾と牛鬼の角がぶつかった。衝撃で地面が揺れて、木っ端が飛び散る。
飛来する木の枝を鋭い手刀で叩き落して『章姫と一緒』黒影 鬼灯(p3p007949)は、胸に抱えた章姫の艶やかな髪を指で優しく整えた。
傾いた家屋の屋根のうえ、鬼灯は貧民街の四方を見渡す。
音に誘われたのだろう。2体の牛鬼が、建物の影からのそりと姿を現した。
「ふむ……感染能力まで持っているなど、いやはや恐ろしい。一匹残らず駆除をせねばな」
「生き残ってる人がいたとしても、このままじゃ出てこれないのだわ!」
鬼灯の腕の中から身を乗り出して、章姫はそう告げたのだった。
一閃。
『スモーキングエルフ』シガー・アッシュグレイ(p3p008560)の刀が瓦礫を打った。
ガランゴロンと木材や瓦の砕ける音が鳴り響く。
「ただでさえ厄介な呪獣だが、今回は増殖までするときた。貧民街だからこそ、四体で止まったんだろうが……」
咥えた煙草の先端からは、ゆらりと空へ紫煙が燻る。
シガーの鳴らした物音は、その場で何度も鳴り響く。発生させた音を鳴らし続けるスキル【リピートサウンド】によるものだ。
ゴリョウの奏でる戦闘音と、シガーの鳴らした瓦礫を打つ音。
牛鬼たちは顔を左右へ揺らして戸惑う。目の無い牛鬼たちは、音でしか獲物の居場所を判断できない。
そんな牛鬼たちの様子を一瞥し、シガーは小さな吐息を零す。「惨いな」と、誰にも聞こえないように、彼はそっと囁いた。
「牛鬼のう……前も似たような相手と戦ったが鬼ならばもうちょっとどうにかならのか。まぁよい、やるべきことをやるだけじゃ。奴らが元は何だったかなどわしは知らん。ただ害を成すなら倒すだけよ」
迫る牛鬼の眼前に、ゆらりと流れる足取りで『幽世歩き』瑞鬼(p3p008720)が歩み出る。しなやかな動作で掲げられた瑞鬼の腕に巻き付いた茨のような刺青が、ぼんやりと妖しい光を帯びる。
瑞鬼の声に反応し、1体の牛鬼が駆け出した。突き出された鋭い角が、瑞鬼を貫く、その直前……空気を裂いて突き出された銀槍が、角に深く突き刺さる。
「えぇ! ええ! 必ず絶やさねばいけませんね!」
ミシ、と軋んだ音が鳴り牛鬼の角は砕けて散った。それを成した『鏖ヶ塚流槍術』鏖ヶ塚 孤屠(p3p008743)は、衝撃に押されふらりとよろける。
「ゲフッ……!?」
ダメージを受けたわけでもないのに、彼女は吐血し白目を剥いた。ぎょっ、とした様子で瑞鬼は慌てて孤屠の背中へ手を伸ばす。
「……あ、あぁ。助かります」
「いや……何をしておるんじゃ、おぬしは?」
足音を殺しレストはゆっくり蔵へ向けて歩を進める。
そんなレストの後ろ姿を『玩具の輪舞』アシェン・ディチェット(p3p008621)は見守っていた。
瓦礫の影にしゃがみ込み、構えたライフルのスコープを覗く彼女の瞳はどこか寂し気。
「退治したら皆戻ってくる……なんてお話なら良かったのだわ」
なんて、呟く声には憐憫が滲む。
無意識のうちにか、トリガーにかかる指先に、ほんの僅かだけ力が籠った。
血の臭いを孕んだ風が吹き抜けて、銀の髪を躍らせる。
●黒い眼の怒れる妖
牛鬼の拳がゴリョウの頬を打ち抜いた。
鼻血を零し、揺らいだ巨体。その手に握った盾が地面に転がって、ガランと大きな音を鳴らした。追撃とばかりに放たれた頭突きは、正確にゴリョウの胸元へとヒット。長く伸びた牛の角が、その胸板を貫いた。
「ぐぅ……ま……だまだぁ! 軽すぎんぜぇ!」
カウンター気味に放たれたトンファーによる一撃が、牛鬼の横面を打つ。
ほんの僅かに後退した牛鬼。ゴリョウとの距離はおよそ2メートルといったところか。
ズドン、と地面を踏みしめてゴリョウは腰を低く沈める。
「さぁ、来なぁっ! 俺がぜんぶ受け止めてやんぜ!」
地に落ちた盾を拾って掲げた、その直後。
牛鬼のタックルがゴリョウの盾を震わせる。衝撃に腕が痺れるが、彼はしかしほんの1歩も下がりはしない。
まるでその場に根でも張ったかのように、血塗れの顔で不適な笑みを浮かべてみせる。
高く高く、掲げた太い両の腕。
握りしめた拳を組み合わせ、牛鬼はそれを強く地面へ叩きつける。
轟音と共に木っ端が散った。衝撃波が地面を揺らす。
「む……」
「……えふっ!」
瑞鬼と孤屠の全身を衝撃と木っ端が強く打つ。防御が間に合った瑞鬼はともかく、攻撃のために前進していた孤屠はそれの直撃を受けた。
孤屠の口から血が零れ、着物の胸元を真っ赤に濡らす。
「おぬし、まだいけるか?」
「えぇ。もちろん! 体が大きいようですし、私は膝関節を重点的に壊していきます!」
「うむ。まずは一体片付けねばな」
血を吐いたとは思えぬほどに威勢のよい孤屠の返答。
それを聞き、瑞鬼は牛鬼へ向けて手のひらを翳す。右腕に走る紋様は、生きているかのようにその掌へと伸びていく。
ぼんやりと紋様が光を帯びた。それはまるで血のような赤。
直後、妖光が牛鬼の身体を飲み込んだ。
地の底で何かが吠えていた。否、それは牛鬼の周囲で蠢く亡霊たちの怨嗟の声だ。
苦し気に身を悶えさす牛鬼の眼前、距離を詰めた孤屠が槍を突き出した。
ただ1点。
牛鬼の膝を穿つためだけに、彼女は意識を研ぎ澄ます。
「疾っ!!」
全身のバネを使った鋭い突きが、牛鬼の膝の皿を打ち砕き、その片足を斬り落とす。溢れた鮮血が地面を朱に染め上げた。
悲鳴を上げた牛鬼がその場にがくりと膝を突き……。
「ぅぅぶぉぉっ!」
血の泡を吹きながら、落ちていた木材を頭上へと振り抜く。
「ぅ……がっ!?」
不意打ち気味に放たれた木材による一撃が、孤屠の顎を打ち据えた。白目を剥いて、血を吐いて、意識を失い倒れる孤屠の背中を瑞鬼はそっと抱き留める。
牛鬼が地面を叩く。
吹き荒れる衝撃波に乗って、ふわりと空を舞う影が1つ。
広げた傘で風を受け止め、ゆっくりと滑空する小柄な女性。油断なく戦場に視線を配りながらも、その表情はどこかゆるりと弛緩している。
トス、と微かな音を鳴らしてレストは地面に着地して、そっと蔵へと近づいた。
「もしもし? 皆、無事かしら?」
囁くようなレストの問い。扉越しに「何者か」という誰何が返る。
「貴方たちを助けに来たのよ~。暑くて大変だと思うけど、牛鬼を全て倒すまでもう少し篭っていてね~」
「そうか。それはかたじけない。が……大事ないのか? 先ほどから激しい揺れや戦の音が響いておるが」
「問題ないわ~」
と、答えを返してレストは僅かに扉を開けるように指示する。訝しみつつも扉を開いた武士たちの鼻腔を、ふわりとくすぐる紅茶の香り。
レストはそっと蔵の中へとティーポットを差し入れる。
針の穴を通すがごとく、飛び散る木っ端の間を縫って1発の弾丸は疾駆する。
まるでそれは、初めから“そうあるべき”と定められていたかのように。
ストン、と軽い音を立て牛鬼の胸を撃ち抜いた。
硬い筋肉と骨の間を貫通し、その背中からも血が散った。
痛みに吠える牛鬼を見て、アシェンは固く唇を噛む。
「この程度では死ねないのね……こういうお話しは、いつも悲劇ばかりで好きではないわ」
苦しむ妖の1匹さえも容易に楽にしてやれない。そんな事実がアシェンの胸を締め付ける。
ならば、けれど……少しでも苦しむ時間を短く、そして終わりをもたらすために。
彼女は次の弾丸を籠める。
振り抜かれた太い拳が、ラムダの腹部を軽く打つ。たったそれだけで、内臓を押しつぶされるかのような衝撃がラムダを襲った。
蹈鞴を踏んで後退したラムダは、追撃のために迫る牛鬼へと向けて手首を捻って剣を振るった。地面を抉り、蛇のようにうねる蛇腹の剣により牛鬼の顔に深い裂傷を刻み込む。
「怖い怖い、目が見えない割には勘が鋭いじゃない」
口の端から零れる鮮血。ラムダはそれを手の甲で拭い、視線を牛鬼の背後へ向けた。
「……でもまぁ音に反応しているのならやりようはあるけどね?」
ラムダの視線を受けたシガーは1つ頷くと、踵を返し駆け出した。
倒壊せぬまま残っていた家屋へ近づくと、その柱へ向け刀を一閃。
シガーが斬ったそれはおそらく、大黒柱というものだ。
音を立て、土埃を巻き上げながら粗末な家屋は倒壊する。鳴り響く轟音に引き寄せられるかのように、牛鬼たちの注意がそこへと向いた、その一瞬。
「やはり、音だけでも良いフェイントになるようだ」
身を低くしてシガーは駆けて、牛鬼の懐へと潜り込む。
先ほどアシェンの撃ち抜いた、胸の弾痕へと向けて刀の切っ先を突き入れる。
よろけ、背後へ下がる牛鬼。後退しつつも、牽制の殴打をシガーへ放つ。
シガーはそれをバックステップで回避。ふわりと紫煙がたなびいた。
直後、揺蕩う紫煙を掻き消しながら黒い影が疾駆した。
黒い影……ラムダは、伸ばされた牛鬼の腕の真下を抜けて、その懐に潜り込む。
「悪いね。もう1撃、入れさせてもらうよ」
がら空きになった胸元へ、蛇腹剣を突き刺した。
ラムダとシガーに翻弄された牛鬼が、よろけるようにゴリョウの前へと躍り出る。
2体の牛鬼を真正面に捉えた彼は、顏を濡らす血を拭いしかと盾を構え直した。
ゴリョウの視線がほんの一瞬、少し離れた家屋の上へと向けられる。無言で頷きを返し、鬼灯は屋根を蹴って跳ぶ。
黒い覆面から覗く目元に浮く紋様。血で描かれた茨にも似たそれは【インフィニティバーン】が発動していることの証だ。
「貴殿らの技にも不運が付与されているようだが……」
「牛さん達だけじゃないのよ、私たちだってお月さまにお願いして貴方達に同じことができるのよ!」
「然り。貴殿らの暴虐、不吉の月が見ているぞ!」
持ち上げた手に渦巻くオーラの色は黒。朧に燃える火炎にも似たそれは、まるで不吉な月のよう。
音もなく着地を決めた鬼灯の背後、ミシと家屋が軋んだ音を鳴り響かせる。
「っ!? 後ろ!」
そう叫んだのはアシェンであった。
家屋を破壊し、駆ける巨大な影が1つ。
透視を用いた視界に映るそれは最後の牛鬼だった。
「なっ……しまっ!」
咄嗟に章姫を抱きしめた鬼灯。砕けた家屋の破片が彼の痩身を激しく何度も打ちのめす。
地面に倒れた鬼灯の前にのそりと現れたそれは、赤黒い“何か”を手に持っていた。ぼとりと地面に零れたそれは、どうやら血と肉片のようである。
「こいつ……それは、まさか」
振り上げられた“何か”は、きっと元は“人”だった。武器として振り回され、打ち付けられて原型さえも留めぬ誰かの哀れな遺体を咆哮と共に振り上げて……。
章姫を庇う鬼灯へ向け、何度も何度も強く、激しく打ち付ける。
●哀れ者に捧げる哀歌
衝撃波に打ちのめされて、鬼灯は意識を失った。手にした遺体を投げ捨てて、牛鬼は彼へと歩み寄る。
血に濡れた手が伸ばされる。その手が鬼灯に届く寸前、両手を広げた章姫が牛鬼の前に身を晒した。
鬼灯の血に濡れた金髪。震える手足。吹けば飛ぶような小さな身体。けれど瞳に灯る意志は強く、目が口ほどに物を言うなら「決して1歩も退くものか」と、そんな声が聞こえてきそうだ。
「鬼灯くんには指一本さえ触れさせないのだわ!」
己の身を盾とするその献身を、人は“愛”と呼ぶのだろう。
果たして、その声は鬼灯の耳に、或いは心に届いただろうか。
牛鬼の指が章姫の頭部に触れる寸前……。
「……情けないな」
なんて、囁くような声が章姫の耳朶を震わす。
「章殿を命がけで守ると誓ったはずなのに……この体たらく。まったく情けなくてならない」
「鬼灯くん……!」
しゅるり、と牛鬼の指に巻き付く魔糸は鬼灯の手元に繋がっている。
きゅい、と糸の鳴る音。
斬り落とされた牛鬼の指が、ぼとりぼとりと地面に落ちた。痛みに喘ぐ牛鬼の虚ろな眼窩をしかと見据えて鬼灯は跳ぶ。
「残念だったな、道化にとって不吉は友とするものなのだよ」
その手に纏わる不吉な月が暗い輝きを放つ。
アシェンの放った弾丸が、牛鬼の眉間を撃ち抜いた。鬼灯によって弱らされていた牛鬼は、その一撃で地に伏した。
一方そのころ、瑞鬼は墨のごとき黒い軌跡を宙に描いて舞っていた。
優雅に。流れるように、紋様の浮いた右の腕が振るわれる。
腕を、脚を、太い胴を撫でる度、送り込まれた呪詛の波動が牛鬼の身を内から侵した。
「ォォオオオオオ!!」
暗い眼窩や鼻や口から血を零し、雄叫びを上げ振り回された剛腕が、瑞鬼の腹部を強打する。血を 吐き、瑞鬼は地面に倒れた。痛む腹部を押さえながら、ようよう身を起こした瑞鬼の眼前に迫る巨体はすっかり血に濡れている。
怒りに狂う禍々しきその容貌を見て、瑞鬼はふんと鼻を鳴らし……薄い笑みさえ浮かべてみせる。
直後、牛鬼の胸から銀槍が生えた。
「呪詛なんてダメですよまったく。私だって生まれた時から呪詛受けてこんな体になってるんですか……ぁフっ!?」
よろり、と細い身体が揺れる。倒れた牛鬼の背後。血を吐く孤屠の姿があった。
「恨むなら精々わしを恨むがいい。それで気が晴れるなら……な」
倒れた牛鬼に手を伸ばし、瑞鬼は何かを掬い上げる。
それは黒い石の付いた首飾り。牛鬼と化した、誰かの遺品を強く握った。
脇腹を抉る鋭い角に、首筋を打つ太い腕。
それぞれの首と肘に腕を回して、ゴリョウは牛鬼2体をその場に縫い留める。
「ぬぅぅぅぅおぉぉお!!」
牛鬼の猛進に押されたゴリョウの巨体が揺らぐ。足首までを地面に埋めて、その場に留まるゴリョウであったが、きっと長くは持たないだろう。
「うしさんこちら~、手の鳴る方へ~……だったかしら?」
ゴリョウの頭上に影が落ちる。
パン、と手を打ち鳴らす音。
間延びした声の主はレストであった。日傘を手放し、彼女は地面に着地する。その手元に浮く魔法陣から、淡い燐光が飛び散った。
それはゴリョウの身体を包み、負った傷をじわりと癒す。
取り戻した活力は僅か。
けれど、しかし……。
「子供が犠牲になるってのは何時何処でも居たたまれねぇなぁ……墓ぐれぇ作ってやるからよぉ」
せめて安らかに眠ってくれ、と。
傷口から血が噴き出すのも構わずに、ゴリョウは2体を力任せに地面に倒す。
砕けた瓦礫と、舞う土埃、そして牛鬼の石像。
それを切り裂き飛来するはうねる銀刃と煙草の煙。
「ゴリョウさん、この国の宗教的なものはボクにはわからないからさ、犠牲者さん達はしっかり供養してあげてね?」
一閃。
ラムダとシガーの振るった刃が、牛鬼の首を斬り落とす。
地面に転がる首は2つ。
視線をあげたシガーの視界。燻る紫煙の向こう側、血に濡れた石像が……此度の悲劇の元凶があった。
上がった幕はいずれ必ず降りるもの。
空気の爆ぜる音がして、直後像は砕けて散った。
アシェンの放った弾丸により、悲劇はその幕を下ろす。
これは、カーテンコールの向こう側。
「終わって”良かった”だなんてとても言えないお話なのだわ」
家族を喰らい、鬼と化した少年がいた。
瞳を奪われ、怒りに狂った妖がいた。
それらの命を容赦なく散らした者たちがいた。
人差し指で引き金を引けば、ただそれだけで誰かの命を奪ってしまえる。撃ち出される弾丸は、善悪の区別なく命を散らしてしまう。
理解も納得もしているけれど、悲しさだけにはきっと慣れはしないのだろう、とアシェンは思う。
「……苦いな」
そんな彼女のすぐ近く、紫煙を吐き出しシガーは一言、そう呟いた。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
牛鬼たちは討伐され、武者は救出されました。
依頼は成功となります。
この度はご参加ありがとうございました。
此度の物語、お楽しみいただけましたでしょうか。
そうであれば幸いです。
縁があれば、また、いずれ。
別の物語でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
蔵に閉じこもった武者たちの救出&牛鬼の討伐
●ターゲット
・牛鬼(呪獣)×4
2メートルを超える体躯と牛頭を持つ妖。
その目は“呪詛”の媒介とするためにえぐられている。
正確は極めて凶暴。眼がないため、音と気配でターゲットの位置を判断する。およそ10メートル内に近づくか、攻撃をしかけると位置がばれる。
牛角の像として休眠状態にあったところを少年に拾われ取り憑いた模様。
取り憑かれた者が人を喰らう。
喰らわれた者が運良く生きながらえたなら、その者もまた牛鬼と化す。
うち1体は蔵の側に。残る3体は貧民街の各所に散らばっている。
憤怒怨震:物近範に中ダメージ、崩れ、不運
地面を殴りつけ衝撃派を散らす攻撃。
赫怒剛毅:物近単に大ダメージ
豪腕による全力攻撃。時には木材や人の体を武器として振るうこともある。
・武者×3
貧民街の異変を調べに来た武者たち。
牛鬼を発見し蔵の中に避難している。
季節柄、長く蔵に籠もり続けるのは辛いだろう。
●フィールド
貧民街。乾いた土地と倒壊した家屋、夥しい量の血液や肉片が散らばっている。
広さは運動場程度。また、倒壊していない家屋も幾らか残っている。
視界、足場に問題はないが、家屋の破片を踏んで移動しなければならないため通常よりも大きな音が鳴りやすい。
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