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シナリオ詳細

<夏の夢の終わりに>奈落の底のコキュートス

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●ニグレドとアルベドを分かつもの
 アヴァル=ケインの実験塔は、城の深い深い場所にある。
 もともとは妖精女王を幽閉するために作られた場所だった。
 奈落の井戸のような塔に、ぐるりと華奢な手すりとらせん階段がくっついている。
 敷かれた絨毯、美しい彫刻細工など、贅を極めた美しい場所である。それとは裏腹、生き物を閉じ込めるための作りであった。
 一歩足を踏み外せば奈落の底。
 今、底にたまっているのは、おびただしいニグレドたちだった。
「ア、ア、ア……」
 その生き物に、”声帯”と呼べるものがあるのかどうか。
 アルベドになれなかったものたち。
 妄執とも呼べる感情で、魔種タータリクスが生み出した失敗作たち。
「ふん……」
 仲間に誘うように手を伸ばすニグレドを、アルベド・カイトは空に逃れてかわした。

●誇り高き騎士
 階下には『ニグレド』たちがひしめいている。
 ああはなりたくないとアルベドは思った。
 彼らと自分を分けたのは、ふたつ。
 「主君の力になりたい」と思ったことだった。
 そしてもう一つ、「空を飛べる」こと。
(自分が何者かもわからないけれど、胸の内にある何かが、それを教えてくれた)
 それを意識した瞬間、不定形のニグレドは人の形をとることができた。
「ああ、成功か」
 その主君は、アルベドにとってはタータリクスだった……。

 先の戦いで、アルベド・カイトはエウィンをイレギュラーズに明け渡さざるを得なかった。女王の姿も、すでに奪還されて、城内にはない。
 焦るタータリクスの力となるため、アルベドは、強さを求め、『キトリニタス(黄化)』になることを望んだ。
 だが。
 カイトのアルベドに妖精は定着しなかった。
 何度試みても、何度試みても!
(また会うと約束したの)
 キトリニタスには、なれない。
 アルベドは焦っていた。
 終わりが近づいているのを、気が付いていた。
(あなたも、一緒に、空を飛ぶの)

 城には冬が来ていた。
 動きは、どうしようもなく鈍る。
 飛べなくなる。元よりもこの翼は自分のモノではなかった。
『魔種を主人としたか、もう一人の俺。それも良い、それが君の正義ならば。護るべきもののためにこの剣を取ったのなら』
 自身と相対するカイトは言った。
 揺るがぬ心で。
 その姿はまっすぐで。何よりも誇り高くて。
 イレギュラーズたちの戦いを見て、わずかによぎった思考がある。

 ああなりたいと思った。
 鏡写しのように飛び、そっくりであった。タータリクスの力を借りて、一度は確かに上回ったのに!
 ああ、どうしてああなれぬのか。どうして、あんなにもカイトの剣はまっすぐなのか。
 階下から、強い冷気が吹き込んでいる。
 かすかによぎる思考が、ゆっくりと凍り付いてゆく。
「永遠の停滞を」
「永遠の停滞を」
 階段にすがりつくニグレドが、凍てつく冷気でぼろぼろと崩れ落ちる。
「さあ、思考を凍てつかせて」
 塔の底から、魔種の声。
「何も考えるな」
 そう、何も考えるなと声が言う。
 井戸の底から、魔種が笑う。
 もうじき、ここにイレギュラーズたちがやってくる。
「この場を守れ」と、タータリクスが命じた。
 ならば、最後に、空を飛ぼう。

GMコメント

●目標
 アルベドの討伐、および、妖精の救出
(魔種の能力による時間制限があります。後述)

●状況
 妖精城アヴァル=ケイン城内。
 元幽閉棟、現在は実験棟のらせん階段です。
 階下にはおびただしい数のニグレドがひしめいています。その奥には、徐々に迫りくる雪崩のような冬の魔種、魔種”コキュートス”がおります。
 この場所は、ターン経過ごとに命の危険を感じるほど寒くなっていきます。

●登場
カイト・C・ロストレイン(アルベド)
 魔種タータリクスにゆがんだ忠誠心を持ち、彼のすることを盲目的にすべて肯定していた。今はわずかに疑念を抱いているが、思考を止めた。
 空中を得意とする騎士を模して、6枚の羽のうち2枚はもう動かない。
 自分の終わりが近いのに気がついている。
 最後の力を振り絞って、アルベドは空を飛ぶ。
「すべては、魔種タータリクス様のために」
 終わりが近いのなら、最後まで、魔種タータリクスのために動くのがアルベドの望み。
 かすかに鈴の音がする。妖精がそこにいる。

失敗作(ニグレド)×???
 実験に使用されたニグレドたち。アルベドになれなかった有象無象の失敗作。おぼろげに人型の、黒いドロドロ。
 這いずるように塔の底にたまり、時折魔力の残滓を一直線に飛ばす。
 下記のコキュートスにより飲み込まれ、時間制限後に生命活動を停止させるので、全て倒しきる必要はない。

魔種”コキュートス”
「永遠の停滞を」
「永遠の停滞を」
「思考を凍てつかせ」
「何も考えるなと云う」
 塔の底にたまった、白き怪物。
 塔の底からニグレドを飲み込む雪崩。徐々にニグレドと階段が侵食されてゆきます。

 塔は、コキュートスの息吹により徐々に凍り付いてゆきます。コキュートスにダメージを与えるにつれ、時間制限は伸びるでしょう。
 動きは非常に緩慢で、移動さえ忘れなければそうそう飲み込まれることはないかと思いますが、至近距離で攻撃した場合は反撃の可能性があります。飲み込まれないように注意。

●救出と脱出
 アルベドを討伐することができれば、妖精を救出することができるでしょう。
 その場が完全に凍り付けば、アルベドは妖精とともに奈落の底へ落ちてしまいます。

 救出を終え、もしくは撤退を選択する場合は、塔の途中を破壊して脱出するなどで、比較的容易に塔を突破できます(戦闘で容易に崩れたりはしませんが、演出です)。
 壁を壊す、階段を壊すなどの行動も可能です。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <夏の夢の終わりに>奈落の底のコキュートスLv:10以上完了
  • GM名布川
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2020年09月01日 22時30分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

アラン・アークライト(p3p000365)
太陽の勇者
ヨハン=レーム(p3p001117)
おチビの理解者
ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)
優穏の聲
ミルヴィ=カーソン(p3p005047)
剣閃飛鳥
カイト(p3p007128)
雨夜の映し身
カイト・C・ロストレイン(p3p007200)
天空の騎士
ハルア・フィーン(p3p007983)
おもひで
ミヅハ・ソレイユ(p3p008648)
天下無双の狩人

リプレイ

●氷牢
 根元から吹き荒ぶ冷気がすべてを凍てつかせていくようだった。
『天空の騎士』カイト・C・ロストレイン(p3p007200)とともに、『勇者の使命』アラン・アークライト(p3p000365)は文字通り「飛ぶように」塔を登った。
 そして、アルベドと同じ地平に立ったとき。
「なあ、アラン。どうか、妹のメルトを宜しく頼む」
 カイトは言い残すように、地を蹴り、飛び立った。
(……あぁ、わかってる。わかってたさ。お前が『見捨てられない』のは……)
 カイトの表情を見て、何をしようとしているかは否応なく分かってしまう。
 救う気だ。どちらも。
 手を広げ、そこにある全てを。
 もしもこの戦闘を最速で終わらせるというのなら――間違いなく、アルベドを撃破するのが最速解。
(まぁ、お仕事的には感情を殺した方が良いのでしょうけど)
『特異運命座標』ヨハン=レーム(p3p001117)の頭脳は、無論、それを導き出してはいたが。
(でもまあ、士気にも関わりますからねぇ、ロストレインのお兄さんに悔いが残らないよう手伝ってあげるのが大局的にはプラスでしょう)
 それは、感情に任せ、策を捨てる無謀な投身ではなかった。
 特異運命座標が特異運命座標たる所以。
 不確定の変数すらも織り込んだ”策”。
(ならば、奇跡すらも戦略に組み込んでみせよう!)
 ヨハンはぱちんと指を鳴らした。
 呼応するように青白い電撃が散る。
 それを合図にするかのように、『Remenber you』ハルア・フィーン(p3p007983)が地を離れ、続けて、『天穹を翔ける銀狼』ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)が飛び立つ。
 天穹と呼ぶには狭い空の下で、なお、それを目指すかのように。
「前方に敵が数体! アタシが切り込むから準備お願い!」
『Ende-r-Kindheit』ミルヴィ=カーソン(p3p005047)は、強大な気配に向かって立ち塞がった。
 魔種、コキュートス。
 サファイアを思わせる美しい瞳が、標的を見据えて真っ赤に染まる。
 呼応して、ファル・カマルが茜色に輝く。
(力を、貸して。イシュラーク)
「アルベド、俺にはアイツらが本当の敵とは思えないんだ……俺だって助けられるなら助けたい」
『弓使い』ミヅハ・ソレイユ(p3p008648)が、塔の底に向かって弓を構える。
 これが、魔種。
(何か、俺にも何か出来ることがあれば……)

●融雪
「正直なとこ……アルベドの連中は恵まれてる、としか言いようがねェだろ。
自分自身を自覚するに相応しい節介な連中に行き合っちまって」
『雨夜の惨劇』カイト(p3p007128)の不可視の弾が、アルベドを撃ち抜く。
 凝縮された悪意と破滅は、今は生き急ぐようなアルベドを死から遠ざける。
「けど――それでもだ、『何も考えない』ってのは許さねぇ」
「……っ!」
 造られただって?
 それを言い訳にはさせることは、カイトにはできない。
 オリジナルを追い、この世界にやってきたカイト。……明確な目標がいて、その相手にホンキで相手をされている、など。
「まるで呪いの概念……何なのこいつは!」
 ミルヴィは迫り来るニグレドを蹴り払い、魔種と相対した。
 魔種。
 凍り付きそうなその冬の前で、ミルヴィは細い手足に、力を籠める。
 何も感じないほど心を凍り付かせて、全て忘れたいなんて思わない。
 幾多の悲劇を乗り越えて、初めて知ったものがあった。
 明星の黎明イシュラーク。使用する刃は、殺人鬼ミリー。
 力は、切り拓くために。
 誰も泣かない世界のために、強くなりたいと願って磨いた力。
 呪いはまだかすかに残るが。今の自分なら、選べる!
 力を。
 脈動する命が、鼓動に乗ってリズムを刻む。
「加減できるほど甘い相手ではない! 全力を以て戦いましょう!」
 ヨハンのオールハンデッドの号令が、びりびりと塔へと響き渡った。
 ぴしり、ぴしり、氷にひびが入る。いまここで。魔種は、相手が語られ得ぬものであることを嗅ぎ取ったらしい。
 ヨハンに迫る冷気が、バリアシステムに阻まれてかき消えた。
「そちらのおとぎ話にはありませんでしたかね、こういうものは」
 発光してばちばちと髪が逆立つ。
 ここでのヨハンの役割は、大容量の、魔力電池といってもいい。
「さあ、どうぞ! 存分に」
「ありがとう!」
 ミヅハが矢を引き抜く。
 月の果てまで届く狩人の一矢、エネルギーを帯びた矢は煌々と輝いている。
 いつも以上に、体が軽い。
 ヨハンが、そこにいてくれるから。
「好機ですね。ニグレドが密集しています」
 軌道が見える。
 ミヅハのオリオンの矢は、思い描いたとおりに飛んでいった。
 邪魔なニグレドをなぎ倒しながら、強大なコキュートスに吸い込まれた矢。
 血の一つこそ、悲鳴の一つこそありはしないが。
 つかの間、冷気がかききえた。
「上出来ですよ」
「道連れにされちゃたまらないからな。これくらいは出来るさ」
 ヨハンは、魔神黙示録の一頁を開く。
 破壊を、停滞の打破を肯定する。
「防衛なんて生ぬるい! 倒す勢いでいいですよ。そうすればきっと!」
 道は、拓かれるはずだ。

 思いは同じだ。
 空を飛ぶハルアが、壁際に追い詰められていったかに見える。
 アルベドはそれに合わせて、捕らえるために速度を緩めたが。
 ハルアは、止まらない。
 壁に激突する寸前、壁を蹴り、くるりと宙返りして、そのままの速度で空を駆けてゆく。
「なんだと!?」
 美しい髪が揺れて、まるで蝶が舞うような舞う動き。
 あの小さな体にどれほどまでに力が詰まっているのか、と思うほど。
 ひらり、と放たれる一撃は重く、鋭い。
(妖精たちは……生き物というものは……どうして、こうも! 面白い!)
「まだ、冬は先だ」
 ゲオルグはゆっくりと魔法陣を描いた。
 大天使の祝福が、陽光のごとくに降り注ぐ。

 カイト・C・ロストレイン(p3p007200)は、まるで教えるように。アルベドの先の空を飛ぶ。
 手加減ではない、けれど実力を誇示するものではない。
 こうすればもっと飛べると教えるかのようだ。
「久しぶり、小さな羽音の僕の友人。あの日出来なかった約束を今果たそう」
 姿のよく似た二人から交わされる音速の攻撃は、間違いなく本気のものだが。その態度は、まるで、穏やかな挨拶のようだ。
 たとえるなら、ピアノの連弾だろうか。
 交互に奏でる音は音速で少し遅れて。
「よく頑張ったな。アルベドが君に酷いことするなら僕も怒ったが、君はアルベドにそこまで怒ってないのだろう?」
 そうね、と、どこかに風に紛れるような鈴の音が、笑う。
「僕もなんだ、だから今、助ける。どちらも、な!」
「ああ、全力を尽くした俺を、その手で、止めてくれるなら! それならきっと悔いはない……!」
「そうだったら、もうちょっと楽だったかもしれないが」
 カイトの言うそれは、「全て」。
 アランは、自身の中にある炎の残滓を呼び出した。
 赤黒い鎖が、アルベドの大ぶりな動きを止める。
 怒り。正しい重りはバランスをとらせるように、まっすぐな力になる。

●重力を振り切って
「負けない」
 ハルアは、迫るニグレドを、H・ブランディッシュで切り裂いた。
(手加減も慢心もなく真剣勝負だけど)
 底に吸い込まれるようなひとりぼっちの終わり方は、きっと違う。
「お前も騎士なら、手加減されて侮辱されるより全力で挑まれる方が誉だろ?」
 アランの左手が、月輪の残影を描いた。
 太陽の聖剣《ヘリオス》、月輪の聖剣《セレネ》。
 今この瞬間、太陽と月がここにあった。
「ああ、上等だ! 来い!」
 アルベドは、騎士と呼ばれたことが嬉しい。
 認めてもらえることが。
「命を与えられたのなら考えろ! 足掻け! 道を探せ! 生きろ!
じゃなきゃ、死人と変わらねェだろうが!」
 生きている?
(そうだ、俺は生きてる!)
 生きている。
 核がどくんと鼓動する。
 生きた証を刻むように、斬撃を繰り出すアルベド。
「今、忠義はあるのか?」
「分からない。分からなくなった……」
「それでもいい、考え続けることだ」
 そんな時間は残されてない、そう言いたげのアルベドに、カイトは力強く刃を振るった。
「作るさ。君の心は、君の意思はどこにある」
 まるで弟を教え諭すように。
 カイトは、アルベドの攻撃を受け止め続ける。

 底が凍り付く。
 冬の欠片がやってくる。
 ゲオルグの描き出す魔方陣は、素早く正確で、傷を癒やす。
「的がデカくて助かるけど、ホントにこれ通じてんのかな……止まる気配がまるでねぇな。
これが魔種ってやつか、厄介だなまったく!」
 ミヅハの矢はいくつものニグレドを巻き込んで、底へとたたき込む。
「倒せとは言ったものの、拮抗を保てるだけでも大したものですよほんとに。むしろ、うまくいきすぎるくらいです。来ますね。……いったんの退避を!」
「わかった」
 ゲオルグと、続けてミルヴィがゆっくりと上昇する。
「大丈夫か?」
「ええ、まだ戦える。そうでしょう?」
「……」
 手を貸してくれる、仲間がいるから。
「まだやれる」とミルヴィは言ったのだ。
 ゲオルグのサンクチュアリが広がった。

 それは、あり得ぬはずの時間だった。
(飛ぼう、ふき上げるような風に乗って)
 受け止める風の凪を作り、溜めてまた噴き上がる風。
 飛ぶことは……楽しいことだ。
「さあ、まだだ」
 アルベドが高度を落とし、ニグレドが追いすがる。
「チッ!」
 アルベドは完全に背を向けていたが、カイトはニグレドの対処を選んだ。
 カイトの氷戒凍葬『冷たき墓標』が、ねじ曲がった軌道を描き、一体のニグレドを底に落とした。
 これは舞台。
 演技は、続く。
 掌で踊ってなどやるものか、と、シナリオは、コキュートスの思い描いていた筋書きを大きく逸れてゆく。
 制限時間は、この絶対零度。
 強引に幕を引く、「めでたし、めでたし」のデウス・エクス・マキナ。
 拒否するように、ページをめくるように、コキュートスへの苛烈な攻撃によって、あるはずのない無数の「次」が生まれている。
 それが、アルベドがまだ生きている理由でもある。
「なぜだ?」
 アルベドが吐く息は白い。
「只管倹約に努めてるのは誰のためかと問われれば、俺の為でもあるし、『俺』の為でもあるし。そしてな――」
「思考放棄して現状忠誠と言えるかも分からねぇお前に、腹立ってンだ。一発ぶちかます為だよ」
 アルベドの巻き込むような衝撃波は、ニグレドを狙った。
 背を合わせ、敵同士であり、刃を交えて、互いに立場を違えながらも……。
 その瞬間だけは、たしかに。
 奇妙な共闘がそこにあった。
「そう。貴方をただの敵なんて思ってない、貴方には心がある!」
 ミルヴィがの周りで、花びらの雪が散る。
 時間が、必要だった。
 ロザ・ムーナ、柔らかい花吹雪。
「貴方の為じゃない、ただこの決闘を見届ける」
(打算混じりで嫌になる)
 けれど、それで誰かの救いになるなら、ミルヴィは舞い続けるだろう。

●兄弟喧嘩
 生死をかけたこの戦いは、カイト・C・ロストレインにとって、盛大な兄弟喧嘩であって、互いを分かり合うための過程であった。
 喧嘩のあとには、仲直り。
(そうだろう?)
 白い雪に黒い姿を映し、アランの黒いコートが舞った。爆風が冷気を吹き飛ばす。爆ぜる剣技が、オーラが一瞬道を作る。
 吹き荒れる剣と嵐の幻影。
 ミルヴィの心象風景。
 黄昏のアーセファ。
 飲み込まれるような停滞に、それでも。
(アル兄さん……、真っ暗な暗闇で前も見る事を止めてしまった人に光を見せたいの!)
――あの時貴方がアタシにしてくれたみたいに。
 思い起こすのは『先生』の姿。
 黎明剣に全身を預けたときの感触を、今でもまだ覚えている。
 最期の、少しだけ嬉しそうな表情を、覚えている。
 覚えている。
 ……覚えている。
 決して、忘れるものか。
「全力で戦って! 貴方のは今生まれたの!
 すぐ死ぬかも知れなくとも、何も考えたくないほど辛くてもその暗闇に立ち向かうの!」
 ミルヴィの唇が歌を紡ぐ。消して途切れることのない歌。
「どんなに苦しい時も勇気と誇りを忘れないで!」
 終わりが近かった。
 いや、とうの昔に、終わっていないのがおかしい。
 アルベドの、羽の一つが動きを止める。
 生命としての終わりが近い。

 ミヅハはただ、オリオンの矢でコキュートスを狙う。
 背を押すために。
 暖かな光でココロを癒す■■の加護。自覚していない。その加護の名前を知るはずもない。
 太陽(ソレイユ)の加護。
 アランの太陽の聖剣と相まって。
 熱風。
 急激に温められた空気は、上昇気流となって、アルベドを受け止めてふわりと浮き上がる。

●終幕
 途切れる、終わりなんて。
「そんなの、絶対させないっ!」
 ハルアは声に力を籠める。
「あなたは強く飛ぼうとしてる。悩みだって心の大切な自由それ自体が翼なの」
「そうか、悩んでいるのか。まるで人みたいに?」
 それを思い出せば残った翼が動くようだ。
「あなたが思うよりあなたは強い。誰でも強くなりたい理想になれないって、どこまでも焦って苦しい」
「どこへ行けばいいのだろう。何をすればいいのだろう?」
「ボク達の望む強さはその先。心の路まっすぐあなたも辿ってる」
 遥かあこがれて空を見る。
 カイトが、飛んでいる。
 ついていきたい。
「止めても心ってあふれるよ。あなたは妖精さんと心で飛べる。飛ぶんだ」
 上へ弾き飛ばされるように。
 吹き荒れる上昇気流が。
「あなたがしたこと忘れないけど。妖精さんもあなたも大切な心だ」
(そう、飛べるの)
 飛んでいた。
 破れかぶれではあったけれど、それは確かにアルベドの飛行。
 再び、カイトと、同じ目線に立った。
「アルベドだから討伐しないといけないのだろう?」
「そうだ!」
 妖精と、核と、助かるのはどちらか一方。
 そして、アルベドの身体は……永くはもたない。
 白銀の騎士が、手を差し伸べる。
 最後の力を振り絞って、アルベドは羽ばたく。
(俺に残せるものがあるのなら、この。核を、妖精を……!)
 今ならば。
 二度目のチャンスだ。そしてこれは、前とは違う。
 妖精を救える、間違いなく!
 差し出されるように核が見えている。今度は少し諦めた表情で、そして、満足げな表情で、アルベドは顎をしゃくってみせた。
 だが、カイトは首を横に振る。
「妖精を助けたくないのか!」
「思考をやめたか、暫く見ないうちに陰気になったもんだ『僕の弟は』。
借り物の翼? 借り物の顔? 嘘つけ! ばーか! そう思ってんのは君だけさ」
 砕けた口調に、初めて、アルベドはカイトを見たのかも知れない。
「なん……だって?」
「アルベド、君は君だ。生きていて、考えることができる。君は自由だし高く飛べる」
「馬鹿いえ、最期の力でようやくここまで」
「でも、まだ、君は飛んでいる」
 思ったのは、ただ飛びたいということだった。誰かを傷つけたいとか、守りたいとか、すべて忘れて。
「僕は叛逆の一族の叛逆の騎士だから。ハイルールには従うが、運命には叛逆してやる」
 ぐらりと落ちた高度を、カイトが支える。
「僕からは一つだけ。生きてもらうぞ」
 崩れる羽は、あと2枚。片方はボロボロに溶けだしている翼。
「お前の命、この俺が拾った!
君の翼が飛ばぬのなら俺が抱えて飛んでやる。
君の核は妖精の代わりに僕の命が担う!」
「そんな馬鹿な……そんなの、”あり得ない”!」
 妖精のフェアリーシード。
 でもまだ動いている。不思議な力で!
「さあここから出よう、飛ぶんだ。
お前にやりたいことが見つかるまで、一族再興の刃となれ!」
「どうして」
「ボクがまっすぐ見えるなら、見えるだけ。他のアルベドの心傷つけて泣いたばっかり」
 ハルアが言う。忘れない。
(怒った瞳の確かなあの子を、忘れない)
 忘れてたまるものか。
 咲いてしまった花の思い出。
 ハルアは、今度はしっかり心に抱き、彼を見つめる。
「まっすぐでもぐちゃぐちゃでも。しんどくてあったかいほうを選ぶ。妖精さんとあなたの名前」
「な、まえ?」
「ないなら作りだそう。二人とも教えて友達になって。アルト」
 アルト。アルト。アルト!
 言葉の響きを得て、輪郭は確かになる。落ちる意識が、はっきりと浮かび上がる。
「アルベドのカイトから『アルト』」
「アルト……」
「アルト。アルト」
”名前”を呼ばれて、アルベドに生まれたことが、初めて愛おしかった。
「体なくても心は妖精さんと一緒にいる」
「……!」
 カイトが、ゆっくりと落下していく。
 アルベドは、いや、アルトは、愕然とした表情を浮かべた。
 カイトはただ、微笑むだけだ。
(僕の血で出来た彼がどうして他人と思えよう。勝手に生み出され、使えないと世界に不相応と殺されるのか。そんなの許せるものか)
「カイト!」
 自分の名前を貰ったから。
 だから、呼べる。自分じゃない、別の人間で。確かにそこにいる人間で。
「知って欲しいんだ。
この世界の広さ、美しさを」
「飛ぶんだろう!」
(先の天義の大戦で、父の胸を剣で刺し殺し妹の亡骸を埋め、国に反抗した一族の後始末をしている俺だからこそ)
「俺の代わりに沢山世界を見てきて欲しい」

●おしまい
 限界だ。
 塔が凍てついてゆく、だが……決着は、確かに、成ったようだ。
「先に行く」
 ミヅハは壁を通り抜ける。
「いやーこれ便利だな。前の世界でこれがあれば……いやなんでもないなんでもない」
「こっちだ!」
 アランが壁をぶちぬいた。
「よし、行くか。逃げ出す思考すら止められたら本当に『氷獄』行きだもんな!!」

 重力。
 瓦礫が落下する。
 崩れ落ちる塔の外へと飛び出して、さあ、と背を押す。
「はは、神様に祈るのは聖女たる妹の役目なんだがな。こうするんだったかな」
 祈り手で願うは弟の未来。
 真っ逆さまに落ちながら。
「俺はそれに命をかけるよ」
「待て! 待てよ! そんなの……!」
「あとは頼んだぞ、アラン、みんな」
「……!」
 飛び出し、その瞬間崩れ落ちる塔。
「無理しやがって。だけど、それこそお前らしい。
お前は正しかった。正しかったんだよ」
 ここだけは、今この瞬間は。あの氷牢と比べれば場違いにぽかぽかと暖かいような、外。
 小さな奇跡だ。
 カイトが彼を庇ったように、アルベドもまた彼を庇った。二人は互いを庇うように堕ちていた。無事だったのは、天穹を翔け、彼らを支えたゲオルグがいて、そして受け止めたアランあればこそ。
 フェアリーシードを手に、アルベドは……溶け出している。
 せめて痛みの少ないように、ゲオルグは祈る。
「作り物の命、ロストレインが奇跡を起こそうがこればかりは……」
 アルトは、頷く。ヨハンが歩み寄る。
「妖精を返してくれるというのならせめて人間らしく、ヒトとしてキミを送ろう。
本物の命を持って、また生まれておいで」
 守るように持っていた、フェアリーシードを手から離す。
(カイトならこうしたと思った)
 誰かからもらった意味じゃなくて。
 溶けだしていくアルベドの体をわずかな時間補ったのは、カイトの意志。
 空に向かって手を伸ばし、ほほ笑んだアルトは。
「そ、らを、を見せて、くれて、ありがとう……”兄さん”」
 言い残し、淡く崩れ落ちていった。
 残った羽。
 一枚の羽を、ヨハンが拾い上げる。ふわり、どこからか吹いてきた風に乗せて、見送る。
「誇り高き騎士、良き旅路を」

 不思議なことがもう一つ。
 フェアリーシードに閉じ込められていた妖精は、上手には飛べないはずの妖精は。
 元気になってから、じょうずに空を飛ぶのである。
 りんとした鈴の音。
「また会えて嬉しいわ、お友達のみなさん。あなたは……ジークちゃん? ふふ……」
 そうね、と妖精は立ち止まる。
 決まった名前は持たず、洋服を着せ替えるように名前を変えている気まぐれ妖精。
「私は、アル」
 きっとたくさんを見るだろう。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)[重傷]
優穏の聲
カイト・C・ロストレイン(p3p007200)[重傷]
天空の騎士

あとがき

「アルト」はアルベドなので、どうしても、助かりませんでしたが、それでも、塔の外に出て最後に空を見れたのはもぎ取った奇跡だと思います。
本来なら崩れ落ちる塔に巻き込まれ、せいぜいが自分の意志でフェアリーシードを差し出すくらいだったでしょう。
想定していた中での”最良”はそれでした。
お疲れ様でした!
今はお休みなされますよう。ゆっくりと羽を伸ばして……。
気が向いたら、またきっと空の下で。

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