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シナリオ詳細

幻想の日常にて

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 幻想(レガド・イルシオン)。
 無辜なる混沌の中で最たる伝統を受け継ぐこの国は、流通の要所として栄え、今日に於いてもその繁栄が止むことはない。
 
 ――さあさ皆様、どうぞご覧下さい。彼の鉄帝から持ち込まれた輝く剣! 触れるものをみな灼き尽くす古代兵器を、今日だけ特別な価格でご紹介します!

 ――安いよ、安いよ。海洋から今朝届いた天然物の大魚だ! 海賊から流れた紛い物とは訳が違う! 一口食べれば寿命も延びようってものさ!

 売る側も買う側も。張り上げた声はそこかしこから上がり続け、人々は笑顔で日常を送り続ける。
「誰か……誰か!」
 例え、その人混みの最中で。
「お願いです、誰か! 誰か助けてください!」
 助けを求める青年が、追っ手から必死に逃げているとしても。
 年の頃は20にもなるかならないかだろう。本来はきちんと整えられていた長い髪を振り乱しながら、彼は道行く人に声を掛けては手を伸ばし――その全てに、逃げられる。
 混み合うほどの雑踏も、青年と追っ手の男達の周囲だけは綺麗な円状の隙間が出来ていた。
 人々は一瞬だけ両者に視線を向けるが、直ぐにそれを逸らしては傍らの人と語り合い、或いは商人へと声を掛け、青年達が居なかったかのように振る舞う。
 それも、この国に於いては自然なこと。
「×××様……ご同行願います」
「ひ……!」
「主人が、お待ちです」
「貴方を、お待ちです」
『さる貴族の徽章を胸につけた男達』は、息も絶え絶えな青年の腕を漸く掴むと、喧噪を抜けて裏路地を進んでいく。
「いやだ……いやだ!
 僕は何も悪くない! 僕は商人として当然のことをしただけだ!」
「それは、主人が判断することです」
「貴方の態度次第では、命程度なら助かるかも知れません」
 声は、遂に雑踏から届かぬ場所まで遠ざかり――それを理解した人々は、誰しもが安堵の表情を浮かべた。
 これこそが、幻想の日常。
 貴族が半ば支配し、抗えぬ民衆は日々、彼らの利己的な行いから目を背け続けている。
 ……他者の犠牲も、自らの未来の不安も。張りぼての賑わいの下に覆い隠しながら。


「孫がねえ。もうすぐ19歳になるのよ」
「え、えーっと……はい。喜ばしいことなのです」
「そうねえ。なのにねえ。お隣さんの犬に吠えられたらびっくりして逃げ出しちゃうのよ。もっと男らしく成って欲しいのだけれどねえ……」
「そ、そうです……ね……って皆さーん!? み、見てたなら助けて欲しいのです!」
 ギルド『ローレット』は、今日も多くの依頼者と、それを請け負う者達……特異運命座標(イレギュラーズ)の声が飛び交っている。
 その一角。こぢんまりとしたテーブルにて、ユリーカ・ユリカ(p3n00002)が何やら老女に捕まっていた。
 実際の所はお茶を片手に話をしていただけだったのだが、割と人の良い彼女は老女の終わらない話から逃げる事は出来なかったらしい。それはともかく。
「えっと、お婆さん! この人達が依頼を引き受けてくれる方々なのです!」
「あらあ……頼りがいのありそうな方々ねえ。主人の若い頃も、貴方達みたいな眼をしていてねえ……」
「い、依頼の説明をはじめますね!」
 必死に話題の方向修正を図るユリーカに、イレギュラーズは一つ頷いた。
 ――今回の依頼は、ある青年の救出とのことである。
 事の発端は数ヶ月前。影響力は乏しいながらも幻想貴族である彼女には一人の孫が居た。彼は自らの商才に自信を持っており、祖母に内緒で交易業を始めたらしい。
 青年の腕は実際、確かなものだった。始めは国内の細々とした流通だった彼の仕事は、得られた収益を惜しげもなく事業の資本金にすることで、やがては国外の得意先ができるほどに成長していったのだ。
「……とまあ、聞くだけならありふれたサクセスストーリーなのですよ」
「……そうだな」
 ――『此処が幻想でなければ』、という枕詞は、恐らくその場にいた全員の胸中に浮かんだことだろう。
 商才だけでのし上がることが出来るほど、この国は綺麗な実態をしていない。
 青年は気づきもしなかっただろうが、彼が事業を成長させていった裏では、取り扱う商品や、取引先をほんの僅かだけ奪われた幻想貴族が幾つか存在したのである。
 ……そして、幻想貴族はどれほど小さくとも、自らの利益を害するものを決して許さない。
「お孫さんは現在、ある幻想貴族の私兵に捕まって連行されている最中なのです。
 このまま放っておけば、貴族の元に送られて……良くて絶対服従、悪ければ命を奪われる……は、まだ軽い方かも知れないのです」
 それがまかり通るお国柄とは言え、聞いてしまったからには見過ごすのもバツが悪い。
「皆さんには、そのお孫さんを貴族の私兵達から救出して欲しいのですよ。
 私兵は人間種が五人。うち一人がリーダー格で他より若干強いですが、こちらが先手を打てる分、作戦を立てればそう苦戦はしないと思うのです」
 何せ私兵達は、目に付きやすい箇所に貴族の徽章を付けている。
 幻想貴族の命令下で動く自分達に反抗する者が居るはずも無いと考えている分、連行中の警戒はひどく緩まっているはずだ。
「……其処までは解ったが、肝心の救出後はどうするんだ?」
 一人の特異運命座標が手を挙げて、ユリーカに問うた。
 実際、ギルド条約によってローレットは各勢力に融通が利くが、真っ向から対立しておいて「ここは譲ってくれ」などと言っても許されるはずがない……の、だが。
「お隣さんもねえ。飼い犬が吼えたらきちんと躾けてくれなくちゃあねえ……」
 それまで黙っていた老女は、手にした紅茶を一口啜って静かに呟いた。
「お陰で私が躾けなくちゃいけないじゃないの。今度、『きちんと言って聞かせて』おかないと」
 ――ユリーカ曰く、『影響力の乏しい幻想貴族』である老女は、貼り付かせたような笑顔で特異運命座標たちに微笑みかける。
 後の心配が無用だと解った彼らは、即座にその卓から離れて相談を開始するのだった。

GMコメント

 皆様、初めまして。GMの田辺と申します。
 以下、シナリオ詳細。

●成功条件
 下記『青年』の保護、並びに下記『私兵』を全員戦闘不能にすること。

●場所
 人気のない裏路地です。時間帯は昼。
 広さは十分。障害物等もなく、時間帯も相まって明るさにも問題はありません。

●敵
『私兵』
 とある幻想貴族の私兵です。数は五人。
 全てが人間種であり、個々の強さはPCの皆さんにどうにか押し勝つ程度。
 リーダー格が一人居り、その能力も他より飛び抜けて高いですが、単純に強いだけで指揮能力等は在りません。
 シナリオ開始時点では下記『青年』を囲むように移動しており、警戒心が殆ど無いため、プレイングによっては奇襲をかけることも可能です。

●その他
『青年』
 ある幻想貴族の孫に当たる青年です。年齢18歳。
 商才が在りますが幻想貴族らしい狡猾さ(と、それを見抜く洞察力)に欠け、結果として向こう見ずに事業を広げ、他の幻想貴族の不興を買いました。
 現在は上記『私兵』に連行されて彼らの雇い主の下へ向かっている最中。PCの皆さんであろうとなんであろうと、助けてくれる存在には藁をも掴む思いで縋るでしょう。(=基本的にPCの皆さんの指示には従います)



 それでは、参加をお待ちしております。

  • 幻想の日常にて完了
  • GM名田辺正彦
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2018年01月22日 21時40分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

シェンシー・ディファイス(p3p000556)
反骨の刃
ナハイベル・バーンスタイン(p3p000654)
クー=リトルリトル(p3p000927)
ルージュ・アルダンの勇気
ジル・チタニイット(p3p000943)
薬の魔女の後継者
トート・T・セクト(p3p001270)
幻獣の魔物
オヴィス=ミストフォロス(p3p002225)
天眼
コゼット(p3p002755)
ひだまりうさぎ
ミスティ=セイレム(p3p004280)
磔刑の片割れ

リプレイ


 幻想の裏通りを往く者は、多かれ少なかれ何らかの事情を抱える者が多い。
 人目を避ける犯罪者、表では取り扱えない盗品などを売る商人、時としては他国の内通者など。その何れもが繁栄を極める幻想の側面を如実に表している。
 ――最も。その日、道を歩く者達は其の様相を大きく異にしていたが。
 陽の僅かに翳った道を堂々と歩く佇まい、身分を示す徽章を隠しもせず、簡素ながらもしっかりした作りの鎧と武器。
 何より、人の顔色を伺う此処の住人と比べ、唇を引き結んで前方を睨むその姿は、誰が『怪しい人間』と思おうものか。
 尤も、それはこの薄暗い道にはまるで似つかわしい存在ではない、と言う意味でもある。
「……おかげさまで、此方としては目星がつきやすくて助かるが」
 にこりともせずに『天眼』オヴィス=ミストフォロス(p3p002225) は呟いた。
 彼のギフト『鷹の目』により、遠距離からでも対象の動向を掴めたのは予期せぬ幸いと言ったところか。敵である貴族の私兵達の移動する道と時間を計算することで、特異運命座標達は事前準備に十分な時間を掛けることが出来た。
「……幻想の常識言うんは、えらい冷え冷えしたもんなんやねぇ」
 ついと八つ足に指を添わせ、瞬く間に人の白肌に変える『特異運命座標』クー=リトルリトル(p3p000927)が、少しばかり呆れ気味に呟く。
 瞑目する者、肩を竦める者、不快感を顔に示す者。表現は様々だが、否定の意をこめたものは一つとして存在しなかった。
 ――新進気鋭の商人を、商売敵である幻想貴族の私兵から救出すること。それが今回彼らに任された依頼内容だった。
 商人である青年自体に落ち度はない。真っ当な商売を続けていただけであり……それこそがこの幻想という国に於ける間違いだとも言える。
 多少、悪に染まらなければ、この国では喰われるだけだ、などと。
「……本当、この世は掃きだめみたいなところ」
 憐憫も、嘲笑も、嫌悪もない。
『磔刑の片割れ』ミスティ=セイレム(p3p004280) が淡々とした口調で言葉を零した。
「けれど、どこの世でも優秀な人は、厄介ごとに巻き込まれるのだね」
「逆だろ。優秀だからこそ、使いでの良い駒にしようと厄介ごとが近づいてくるんだ」
 鼻を鳴らした『反骨の刃』シェンシー・ディファイス(p3p000556)が、ミスティの言葉に唯一人反応した。
「そうして有能なやつは腐った輩に先んじて潰される……どこも同じか」
 反吐が出る。そう言った彼女は、恐らくこの中に於いて最も感情を顕わにしていた。
 ――なら、きちんとお仕事をしませんとね?
 心境を示す仲間達へと、ナハイベル・バーンスタイン(p3p000654) が微笑みながら言葉を囁く。
 些細な会話を行うだけでも、私兵達との距離は大きく狭まっていた。
 店先で商品を入れるような買い物袋にスペルブックを隠し、買い物帰りの通行人を装う彼女は、聞き取られる可能性を鑑みてそれ以上の声を出さなかった。
 襤褸を纏う者、演技を取る者、或いは隠れる者。
 誰もが一つの目的のために、自らがすべき行動を取る。
 そうして――彼らは、やってきた。


 最初、私兵達は少しだけ――違和感を感じた。
 冒険者、浮浪者、商人に通行人。
 種々様々と言えど、人気のない裏通りにしてはこの一角だけ、あまりにも人が集中している。
 訝しげな表情を浮かべたものの、それだけ。
 彼らが自ら誇る貴族の私兵というステータスは、それほど警戒心というものを大きく削いでしまっていた。
「元気な切り花を作るときは、切るときの道具も良いのを使って。
 質の悪い刃物じゃ、水を吸う枝や茎の断面が潰れちゃうっすからね」
「へぇ、そうなんや……今の季節はどんな花がお勧めなん? 折角やから試してみよ思うわ」
 何気なく話す花売りの青年と客の少女に、商人の青年が悲痛な表情で彼らを伺うも、その視線も周囲の私兵達を見て直ぐに逸らされてしまう。
 救う者は居ない。もう、誰も。
 青年が視線を落とし、蹌踉とした足取りで冒険者とすれ違った時――それが、間違いだと気付かされた。
「……その諦めた顔、やめろ。苛々する」
「……え?」
 疑問の声は、次いだ音にかき消された。
 銃弾、魔弾、攻撃術式に毒性を孕んだポーションの雨。
 それまで音や声も大して無かった裏通りに、突如として響く爆音。けれどそれより、私兵達が驚いたのは。
「き、さまら……!?」
「悪いな。これも仕事だ」
 それら総ての攻撃対象が、自分達だったと言うこと。
 言うが早いか、オヴィスが次の銃弾を私兵へと撃ち込む。
 行動を攻撃に限定させた狙撃手の精撃は脅威と呼んで余りある。鎧が受け止めることもなく銃弾が貫通すれば、その痛みで私兵の一人は堪らず膝を着いた。
 衝撃と術によって大きく態勢を狂わされた敵を見て、花売りの演技をしていた『他造玉石』ジル・チタニイット(p3p000943) が大きく息を吐く。
「いやあ、気付かれなくて良かったっす。コゼットさん!」
「……ん」
 同様に、それまで傷だらけのマントを被って道の端に座っていた『孤兎』コゼット(p3p002755)が、混乱している私兵達の間から手を差し伸べる。
「逃げて、早く、走って」
「え、いや、君たちは一体……」
「っ!! させるか!」
 状況に混乱していたのは青年も同じだ。そして、仮にも武功で身を立てた以上、立ち直るのは私兵達の方が早い。
 運良く行動が間に合った私兵の一人が青年を自分達の側に引き寄せる。コゼットが保護の失敗を危ぶんだが――
「誰が許すか、っての……!」
 ――『衝撃』は、一度で終わらなかった。
『幻獣の魔物』トート・T・セクト(p3p001270)。他の面々とは違い、周辺の建物の屋上から飛び降りた彼は私兵達の直中、青年の直ぐ横に着地して、其の腕を強引に引っ張った。
 離される私兵の手。両腕をコゼットとトートにそれぞれ捕まれた状態で敵から距離を取った青年は、鈍いと言うべきか、未だに混乱の渦から逃げ出せて居なかった。
「君たちは……何者なんだ!? 誰の命令で、目的は……いや、それよりぼくをどうしようと……」
「良いから、黙って、聞け」
 早口でまくし立てる青年の胸ぐらを掴んで、シェンシーが言葉をしっかり句切って言い放つ。
「こんな終わり方が嫌なら戦え。
 武器じゃない、なんでもいいから生き延びる姿勢を見せろ。全力で逃げるなら、おれたちであんたを逃がしてやる」
「……、あ」
『気迫の蛇眼』。強者には重圧を、弱者には威圧する形で精神を鼓舞する彼女のギフト。
 青年はもれなく後者の側に当てはまった。こくりと一つ頷いて――しかしその直後にぼろぼろと泣き始めたのは、シェンシーにとっても予想外だった。
 元々一般人のようなものだった青年には、それほどこの状況は信じられないものだったのだ。逆らえないはずの幻想貴族に楯突き、あまつさえ逃走の手助けを買ってくれる存在がいたなどと。
 思わず額を押さえた彼女が青年を自身の後ろへと押し、それを後衛陣が受け止める。
「お兄さん、あっちの人たちのところへ行って! 走って速く!」
 青年が私兵達の攻撃範囲から離れるまでの戦闘は、特に苛烈なものとなった。
 ドレス姿の貴婦人を装っていたミスティが叫べば、取り出だした武器を起点に蒼色が『彼女』を包み――一瞬の後、其処には追い立てる私兵の武器を受け止めた『彼』が居た。
「貴様、退――」
「退きはしない。望むのならば、力づくで来い」
 表情を歪めた私兵達が、激昂して次々とその武器を向ける。それよりも早く。
「さて、多少遅れちまったが、イッツショータイムだぜ!」
 言葉を差し込み、空間を振るわせたのはトートの呪歌。
 勇壮のマーチ。リュートの旋律と情熱的な歌声は、その声の響く限り、彼が望む対象にのみ賦活の効果を与える。
 虚を取られたのは一瞬。ただそれだけで反応速度を急激に上げたコゼットがミスティと私兵の間に飛び込み、そのナイフを緩慢に振るう。
 挙動は一つ。刻まれた傷は幾重にも。
 奇襲自体にも驚きはしたが――その能力が自分達のそれと遜色ないと漸く理解した私兵達は、持ちうる全力を以て彼女らに攻撃を仕掛け――
「それじゃ、初仕事。精々気張るとしよか」
「手加減は出来ませんよ、死んでも恨まないで下さいね~」
 ――そうして、前衛の対処に追われた私兵達は、後方からの詠唱に気付かない。
 軌道を経て食らい付く魔道と、突如その場に現れ身を灼く魔道。
 種類の異なる痛み、傷、私兵達の表情は思わず歪むが……
「……捕らえろ」
 恐らくはリーダー格の男が、いっそ低い声音で命じれば、他の私兵達が恐怖を表情に浮かべた。
「逃がすな! 此奴らも全員殺せ!
 俺達が此処でしくじれば……処分されるのは俺達の方だぞ!?」
 その言葉で、私兵達の殺気が密度を増した。
 特異運命座標の誰かが、それを見て――脅威よりも先に、哀れみを覚える。
 誰かを虐げる力を持ちながらも、自分達の上に更なる強者が居る限り、その餌になる可能性からは逃れられない。
 それがこの幻想の、常なのだ。


 奇襲からの戦闘が開始してから、それほどの時間は経っていない。
 にもかかわらず、両者が負う傷の度合いは激戦のそれと遜色なかった。
 原因は、彼らの後方、後衛陣より更に後ろに位置する青年に起因する。
 特異運命座標達が意図してのことでは無かろうが――目の前に取り返せる、言い換えれば『失態を挽回できる餌』が未だ逃げずに居る以上、敵である私兵達はそれを取り戻すことに躍起になる。
 回避も守勢も捨て、攻手に全精力を注ぎ込む私兵達の攻撃は、彼らが受ける傷よりも多くのダメージを特異運命座標らに与えていた。
 殊に、マークによる足止めも兼任する前衛陣はその度合いが大きい。
「――――――、」
 聞こえぬほどの単音で自己強化をかけ直すコゼットが、幾度目か、敵勢へ格闘を仕掛ける。
 身にしたマントを翻して小柄な身体を隠し、次いで閃く銀閃は私兵の足下から鮮血を滴らせる。
「――餓鬼が!」
 返す刀、鉄甲を嵌めた足が少女の肩を踏み砕き、その痛みにコゼットの意識が明滅する。
 回復手と連携、その差で言うなら長期戦になって有利なのは特異運命座標達であろう。現在同様、全員が健在なら。
 自然、それに気付けば見逃しはしないのが私兵達だ。
「くたばれ……!」
 斬撃、或いは刺突、そして殴打。
 リーダー格のマークを担当し、尚かつそれを放置したまま他を攻撃し続けたシェンシーの体力は、既に倒れる寸前に等しい。
「ぶつけて痛かったらごめんっすよ!」
 叫び、回復薬をシェンシーの元へ投げるジルにしても、その頬からは幾らかの汗が伝っていた。
 一つ一つの消耗は小さく、かつ潤沢な魔力を持つジルからすればポーションを生成することに因る疲労はほぼ無いが――それでも、唯一人の回復役としての視点から見れば、常に分析と判断を求めてくる状況には厳しいものがある。
 敵方の統率力が無い故に集中攻撃が成らず、前後衛を問わぬ各所に分散した攻撃は戦闘の長期化への一助となったが、それが却って単体回復しか持たないジルにとって、何処へ支援すべきかを悩ませていたのだ。
 判断の末、生み出された回復薬がシェンシーの真上を舞う。対する彼女もそれを自身のレイピアで割り、中身を一身に浴びて傷の回復を図った。
「……解らん」
 未だマークを続けるリーダー格の私兵が、苦悩に満ちた声で呟く。
「後ろ盾を持たぬ男だ。謀も企てぬ矮小な男だ。
 確たる報復が待ち受けている我々に仇為し、その男を守る理由は何だ!?」
「……他は知らないけど、少なくともおれはアイツを助ける気なんて更々無い」
 ただ。そう言って彼女は蒼白な顔で手にしたレイピアを単手に収めた。
「おれはお前達みたいな輩が気に食わない。だからここで殺すだけだ」
「……狂人の類か……!」
 言葉は不要。終ぞそれを悟った私兵がシェンシーに刃を振るう。
 構えた盾。軌道はそれによって若干逸らされたものの、完全に避けるには僅か、浅い。
 剣が肉を貫く。一瞬の間を置いて――舌打ちと共にシェンシーが倒れた。
 未だ経験の浅い彼女では、そこまでが抗しうる限界であり、
「……足止め、感謝する」
 それを補うために、彼女には仲間がいる。
 回転する利き目のレンズ。所作は淀みなく、自身を含めてただ一個の障害を撃ち倒す機構となったオヴィスが、すんでのところで立ち続ける敵の急所を躊躇無く狙う。
 ロングバレルが咆哮し、私兵の一人が今度こそ地に伏した。
 起きあがる様子はなく、しかし死亡しても居ない敵にオヴィスが僅かに顔をしかめるが、その暇はないと別の敵に銃口を向ける。
 事実、戦闘はいよいよ佳境に入ろうとしていた。
 一名こそ倒れたものの、未だ残るリーダー格を含めた四名の私兵の攻撃はコゼットとミスティが倒れる寸前まで、その体力を削っていた。
「一旦下がれ! こっちも多少は前衛を張れる!」
 ここで仲間の支援と青年の護衛を担当していたトートが飛び出す。
 勇壮のマーチ、そして静寂のバラード、現段階で自身が掛けられる限りの支援を施した彼は、自身の行動に迷いがない。
 接近、それと同時に衝術。伸ばした繊手が指を弾けば、ただそれだけで私兵の身体が中空を舞う。
『壁』の減った青年の側に私兵が武器を向けるが、それにしても同じ事。
「お仕事に対する情熱か、お仕置きが怖いのか、私にはわかりませんけど……」
 開く魔道書、ナハイベルが囁きながらその手に纏わせた色は――『青』。
「目標に邁進するその態度は素晴らしいと思います。
 ですので……もう立ち上がれないほど、心を折って差し上げますね」
 彼我の間に展開された色相が歪めば、次に放たれたのは身を叩く衝撃だ。
 マークから逃れた私兵の手を容赦なく弾き飛ばしたナハイベルを、追うようにクーが叫んだ。
「いい加減休んで欲しいんやけどね……!」
 自己の魔力をマテリアルから精錬。高密度に編んだ魔力を加工もせずに相手へ叩きつける。
 続けざまの攻撃に、またも私兵の一人が倒れ――此処まで来ると、趨勢はほぼ決した。
 攻撃対象を絞らなかったが為に私兵達が受けたダメージはそれぞれ小さくなく、対する特異運命座標の側は一人が倒れたものの、残る面々はひとまず立っており、尚かつ回復役も健在だ。
 双方、共にその状況を理解している。
 理解していながら――しかし、私兵達は武器を捨てない。
 狂乱じみた雄叫びと共に、青年へと突進してくる。
 故に。
「……敵、殲滅」
「そうさな。害虫駆除も、少しは必要か」
 誰とも無いコゼットの呟きに、オヴィスが然りと頷く。
 ……決着までには、一分の時間すら要さなかった。


 戦闘後に於ける私兵達の扱いには若干の議論を要した。
 シェンシーは敵の追撃を危惧して全員の殺害を提案したが、対するクーは可能な限り死者を出したくないと意見を返す。
 他の面々は生死についての判断はあまり頓着していなかったが、ここで依頼人が出した成功条件が結論を定めた。
 私兵達の『殺害』ではなく『戦闘不能』。
 依頼人の老女が何を思ってこれを成功条件に掲げたかは謎だが、特異運命座標らに否やが出せようはずもない。
「あの、有難う御座いました、本当に……!」
 斯くして戦闘後、商人の青年は自分を助けてくれた者達に深々とお辞儀をしていた。
「ま、今後はもっと上手くやりな? 善人じゃ、この世生き残れないぜ。まぁ、真っ直ぐなのは良い事だけどよ」
「ここでやってける狡猾さをきっちり学んだら、さっきの人ら傭うとる人らより、あんたはんはきっと良い商売人にならはる言うことやな」
 苦笑を交えてトートが言い、クーは非道な目にあった青年への励ましも含めて言葉を返す。
「……行くぞ。あまり衆目に晒したい場所でもないだろう」
 私兵達の拘束と、簡単な隠蔽を終えたオヴィスが言って、青年を誘導するように路地裏の出口へと向かっていく。
 縄や衣服で縛られ、掛けられた襤褸から覗く私兵達の懇願の瞳に、ジルは僅かばかり頬を掻いた。
「まあ、なんというか……ドンマイっすよ」
 強者に阿っていた以上、その機嫌を損ねれば処されることもまた必然だ。
 せめてこの後、彼らへ下される罰が少しでも軽いことを祈るしかなかった。
「……そう言えば、一つだけ聞きたかったんですけど」
「?」
 帰り際、演技用に調達した紙袋の中からリンゴを取り出しつつ、ナハイベルが呟く。
 依頼が終わった後のおやつにでも。事前にそう考えていた彼女がそれを配れば、受け取ったコゼットはもくもくとそれを口に運ぶ。
「あの青年を助ける気は無かったって台詞、本心ですか?」
 言葉は、シェンシーに向けられたものだった。
 傷だらけの少女は一瞬だけ視線をナハイベルに向け、歎息の後に呟く。
「……人助けなんかに興味はない。
 だけど、強くなれるやつがこんな終わり方をするのは気に食わない」
 自らの地位を、財を、その手一つで築き上げた青年は、その言葉に気付くこともなく、怯えながらも特異運命座標達の後をしっかりついてくる。
「異界の者に、この世界の道理なんて知ったことじゃないんだ。気に入らないなら、遠慮なく歯向かうだけさ」
「それは、私達イレギュラーズも、ね」
 薄暗い通りを出れば、また陽光に包まれた喧噪が彼らを出迎える。
 幻想という変わらない体制の中で、しかし、確かに変えられた運命が、今日、此処に生まれた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

ご参加、ありがとうございました。

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