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シナリオ詳細

<TWURSE>異形災厄アポステリオリ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●代替的ファクター
 その年、村では皆が苛立っていた。
 例年では見られなかったような災害が続き、畑の殆どが駄目になってしまったからだ。
 外を見れば、今も昼夜問わず雨が続いており、気分を憂鬱にさせてくれる。
 これだけ天災が続けば、国自体が危ういのではないかと思われたが、どうにも局地的なものであるようで、山ふたつ向こうの隣村ですら被害にあってはいないらしい。
 かと言って、余裕があるわけでもなく、村ひとつ丸ごとを支えてくれる余裕などどこにもなかった。
 どうにもならない不運。ただ浴びせられる理不尽。今年の作物は収穫の殆どが見込めない。その事実に、迫りくる飢えという現実に、待ち受ける死という未来に、誰もがやるせなさとやり場のない怒りを抱えていた。
 そんな折に、誰かがこんなことを言い出した。
「これは、忌み児のせいではないのか」
 忌み児というのは、この村独自の風習である。女性の一卵性双生児、つまり双子の姉妹というものを、不吉の象徴として毛嫌いしているのだ。
 双子が生まれればすぐさま幽閉し、隔離された上で育てられる。親の顔を知らされることもない。親に至っても、双子を生んだという不運を嫌うばかりで、我が児に向ける意思など持たなかった。
 無論、双子が問題視される根拠などない。他村でも見受けられる風習ではなく、山を隔てた、半閉鎖的なコミュニティに見られる、悪習に過ぎない。
「そうだ、そういえば七つになったのではないか。神々の目を離れたのだろう」
 その言葉に、関連付けられる根拠があるわけではない。そもそも、村の誰もが双子への関心を持っていないのだ。当然、彼女らの年齢すら定かではない。ただ、この理不尽さに、持て余した感情に、矛先をつけてしまいたいだけだった。
 だが、一度火の点き出した感情は止まらない。
「ああ、そうに違いない。きっと忌み児のせいだ」
 双子を迫害したとして、村の誰もがそれを咎めることはない。なにせ、彼らにとって忌み児というものは生まれただけで悪であるのだから。
 弱い悪は感情の餌食である。
「忌み児を殺せば、この雨も止むのではないか」
 それは最後の一線だ。村がいくら双子を毛嫌いしようと、迫害の的にしていようと、命まで獲らずにいたのは、どこかで良心か、罪悪感か、何らかの感情が残っていたのだろうに。
「それは……そうだな、このままじゃどのみち、皆死ぬんだ」
 湧き上がったそれは止まらない。いつしか、忌み児を殺せば皆が助かるのだと、流行病のように皆で共有された認識となっていた。
「殺そう。忌み児を殺そう」
「そうだ、殺そう。あいつらが悪いに違いない。殺してしまえば、皆が助かるんだ」
 時刻は夜。雨はまだ降り続いている。各々が灯りをともし、双子が幽閉された土牢へと向かう。
 皆が口々に殺そうと言った。それはいつしか音が大きくなり、叫ぶように殺せと言った。村中に響き渡るように、殺してしまえと喚いていた。
「殺せ、殺せ、忌み児を殺せ!!」
「あいつらのせいだ。全部全部あいつらのせぶれっ」
 叫んでいた男のひとりが、頭の上半分を失って沈黙した。
 その光景があまりにも非現実的で、皆が思わず黙りこくってしまう。
 見上げれば自分たちの倍はあろうかという身の丈の怪物。
 人の形をしてはいるが、肉が膨れ上がり、左右非対称で、そこかしこにイボがあり、見るだけで鳥肌が立つような醜さだ。
「なんだ、これ……?」
 疑問を持った男も胴から上が消えていた。

●不確定ランバート
「イヅハ、怖いよう……」
 狭い土牢の中で、イルハは姉のイヅハにしがみついた。
 外では男達の怒号が響いており、彼らは口々に自分を殺すよう叫んでいる。
 それは徐々に近づいて来ており、彼らがここを目指しているのは明白であった。
「大丈夫、大丈夫だから……」
 そう言って妹の背をさするものの、イヅハとて、このままでは殺されるだろうと理解していた。
 生まれてこの方、彼らから好意的な感情をもらったことはない。何かのおりに殴られることなどよくあるもので、何度も死ぬのではないかという目にあってきた。
 彼らに殺す意志があったかは不明だが、今日まで生きてこられたのは偶然でしか無いだろう。
 イヅハは袖に隠していた、桃色の、炒り豆のようなものを二粒取り出した。
「イヅハ、これはなあに?」
「これを飲めば、助かるの」
 そう言うと、イルハは目を輝かせた。
「すごい、すごい! どうしてこんなものを持っているの?」
「それは……」
 どうだったか。いまいち思い出すことが出来ない。どうして自分は、これを持っていて、これを飲めばいいと知っているのだろう。
「殺せ、殺せ!!」
 声がひときわ大きくなって、びくりと身体を震わせた。
 考えている時間はない。ふたりは互いの目を見合って頷くと、せぇのの掛け声で、その炒り豆のようなものを同時に飲み込んだ。
 それが本当に、忌むべき者になる禁呪とも知らずに。

GMコメント

皆様如何お過ごしでしょう、yakigoteです。

カムイグラにある村に、肉腫が現れました。
これを討伐してください。

【エネミーデータ】
■サブスプ・アラクネー
・成人男性の3~4倍の大きさをした怪物。
・攻撃を受けるごとにステータスが向上します。また、HPの値が50%を切ると1ターンに2回、30%を切ると1ターンに3回の行動を取るようになります。これは再度HPが該当%を上回ることがあっても、シナリオ終了まで継続します。
・おそらく女性であると思われます。
・以下のスキルを持ちます。

◇膂力のままに振り回すだけの爪(やがては血肉を貪る行為)
・長い腕を振り回して攻撃します。近・単・必殺・弱点。
・サブスプ・アラクネーが2回行動を行える状態である時、効果範囲は範に変化します。
・サブスプ・アラクネーが3回行動を行える状態である時、HP吸収(与えたダメージの20%)を持ちます。

◇助けてほしいと泣いている様に聞こえる咆哮(やがては飢えた獣のそれ)
・不快感を与える咆哮です。戦場全域・全体攻撃・乱れ・苦鳴
・サブスプ・アラクネーから距離を取るほど被ダメージ値にマイナス補正が付きます。
・サブスプ・アラクネーが2回行動を行える状態である時、麻痺を持ちます。
・サブスプ・アラクネーが3回行動を行える状態である時、ダメージ値を2倍として計算します。

【シチュエーションデータ】
■ウバタメ村
・一般的な農村です。
・夜間であり、生き残っている村人は怪物を恐れて灯りを点けようとはしません。
・雨が降っています。

【注意事項】
シナリオ『<TWURSE>兇夢伝染アプリオリ』との同時参加はできません。

  • <TWURSE>異形災厄アポステリオリ完了
  • GM名yakigote
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年08月27日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

武器商人(p3p001107)
闇之雲
寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)
氷雪の歌姫
Luxuria ちゃん(p3p006468)
おっぱいは凶器
鹿ノ子(p3p007279)
琥珀のとなり
ミヅハ・ソレイユ(p3p008648)
竜の狩人
Binah(p3p008677)
守護双璧
月錆 牧(p3p008765)
Dramaturgy

リプレイ

●消極的アルケー
 生まれてからずっと、空というものを見たことがない。頭上にあるものはいつだって、薄暗い木製の天井だ。雨漏りがするので、年に何度か、それで辛い思いをする。そういう時はだいたい、妹と抱き合って難を逃れたものだった。違うか。難が過ぎるのを、じっと待っていたものだった。いつだってそうだ。

 村に足を踏み入れた途端、不快な、嘔吐感を誘う匂いが鼻についた。肉の腐ったそれ、血の流れたそれである。雨の匂いがそれらのほとんどを掻き消してくれてはいるが、逆に言えば、その中にいてさえ、ここまで匂いが漂ってくるのだから、その量は相当なものだろう。
 陰惨に過ぎる。しかし村の実情を知っている身からすれば、同情もまた、雨で流てしまいそうだった。
「かわいそうだけど、こうなってしまっては生きていても苦しいだけだから……」
 充満するその臭いに、『浮草』秋宮・史之(p3p002233)は眉間に皺を寄せた。
 生まれ、特徴、思想。なんであれ、ヒトというものの、同種を貶めることのなんと上手であることか。理由があればいいのだ。それで、それは正義に貶められるのだから。
「なんだか昔の俺を思い出すよ。だけど最後の一線を踏み越えてしまったんだね、この村は」
「肉腫……ですわね、典型的なー」
 事前情報と痕跡から、『氷雪の歌姫』ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)はそれが何であるかを確認する。
「とはいえ純正なのか、そうでないのか。判別できないのは本当に厄介ですわー」
 果たしてまだ間に合うのか、とうに手遅れであるのか。しかし、雨音にかき消されながらもわずかに聞こえてくる、その猛りは。
「何だか……悲鳴か何かのようにも聞こえます、わねー」
「ひやぁあでっかい肉腫ね」
『己喰い』Luxuria ちゃん(p3p006468)にとってすれば、それが成った経緯などどうでも良い。何にせよ、外れてしまったのはその怪物であるのだから。
「こんな不気味なの、ぱぱっと退治しておーわり! ってしちゃいましょ」
 生きている限り、生まれてきた限り、生い立ちの全てがそうであるというように。
「なんか助けを求めてる声が聞こえないでもないけど、しーらない♪ 自己責任自己責任♡」
「この肉腫は……泣いているように、聞こえるッス」
 純正、複製。そのどちらの肉腫とも戦ったことのある『黒犬短刃』鹿ノ子(p3p007279)は、この怪物がどちらであるのか、わかるような気がした。
 泣いているように聞こえるのだ。助けてほしいと、縋っているように聞こえるのだ。ことこうなってしまえば、手を差し伸べられる者は限られている。しかし、自分がそこに立っているというのなら。
「殺さずに人間に元に戻してあげたいッス!」
「うーん……詳しい説明がなかったんだけど、本当にアレを討伐してもいいのか?」
『弓使い』ミヅハ・ソレイユ(p3p008648)は迷っていた。
 怪物が現れた経緯を辿れば、村が行ってきた所業を考えれば、それが押し込められていた子供である可能性は高いように思われる。
「情報がどこまで信じられるか分からないし……村で何か話が聞ければいいんだけど」
 しかし家々は息を潜めて静まり返っており、出来たとして、彼らが何を口にするやら。
「また迫害をする様な村の救出、か……」
『守護双璧』Binah(p3p008677)はため息を吐いた。迷信。正義。そんなものは風土と時代によって変わるもので、全体で見れば有り得る話ではある。
「気乗りはしないけど、これ以上の被害が出る前に抑えないとだね。多分事前情報が確かならあの相手は……」
 そこまで口にしてから、首を横に振った。余裕があれば、一考する価値もあるのだろうが。
「いいや、余計な雑念は捨てよう、命取りになる」
「ご依頼は肉腫の討伐のみ。では彼ら村人は放っておきましょう」
『新たな可能性』月錆 牧(p3p008765)は村の連中のことを、被害者とはいえ、庇護の対象とは見ていなかった。
 忌み児。そのような悪習を盲信していた彼らを、救うべきであるとは思えないのだ。たとえそれが、小さい頃から刷り込まれた結果であったとしても、誰かを貶めなければならないということへの不合理さに気づけなかったというのなら。
「当然の報いでしょう」
「さア、来たよ。ヒヒ……」
『闇之雲』武器商人(p3p001107)の声が、雨音の中でも耳に確かに残ったのと、怪物がこちらを振り向いたのは同時であるように思えた。
 節くれだった怪物。かろうじて人のような形をしてはいるが、それだけの怪物。
 果たしてその瞳に、こちらはどう写っているのだろうか。

●腐食ライアット
 逃げ出したいと考えたことは何度もあるが、助けてほしいと願ったことは一度もない。妹以外に誰一人として、自分たちを殴らない者はいなかったからだ。つまり、妹にとって私は助ける者である必要があるが、私を誰かが助けるものではないのだ。その是非を考えたことはない。

 振り向いて、数秒か、数分か。その怪物は何も行動を起こさなかった。
 まるで見知った顔であるのかを推し量るように、こちらを見て、じっと、じっと、見つめて。
 それが何を思ったのかはわからない。だが怪物は、間違いなく敵意を持って、雄叫びをあげた。
 泣いているようにも聞こえる、その雄叫びをあげたのだ。

●攻勢ヴィクティム
 逃げ出せる算段がついた。しかし、どうしてそれがついたのかは思い出すことが出来ない。さあ、妹を立たせて、この狭い世界から逃げ出そう。ここにいては、もう生きることもできやしない。これは一体誰がくれたのだろう。嗚呼もしかしたら、本当にもしかしたら、誰かが私を助けてくれるのかも知れない。

「ヒヒ、こっちへおいでよ……」
 武器商人は自らの身体をより晒すように、怪物に向けて腕を広げてみせた。
 まるでハグでも待つかのようなその姿勢に、しかしサブスプ・アラクネーは明確な敵意をさらに大きくさせる。
 振り下ろされた大きな爪。動物的とも言えるその単調で、しかし膂力の込められた攻撃はしかし、武器商人の皮一枚手前で遮られた。
「…………!?」
「残念、通らなかったねえ。どうしてだろう?」
 二度、三度。癇癪を起こしたように大腕は振り下ろされるが、その全てが武器商人には触れられない。武器商人の張った結界が、怪物の攻撃を遮っているのだ。
 しばらくは――戦闘での『しばらく』とは1分にも満たぬやもしれないが――問題がない。
 この怪物が、危険な存在となるのは、もう少しあとのことだ。
 無駄だと気づいただろうに、それをやめない怪物。武器商人に魅入られたのもあるのだろうが、しかし。
「あゝ確かに……これはまるで子供のようだね」

 その叫び声のような大きな音に、牧は思わず自分の耳を両手で覆っていた。
 それが止んだあとも、不快感と、揺れるような錯覚が残っている。
 しかしそれ以上に、嗚呼、どうしてこんなにも、この声は助けを求める幼児のようであるのだろう。
「助けてほしいと訴えられても、我らは未だ治す手立てを知らず」
 可能ならば、こうなる前に出会いたかった。そうであれば、差し伸べたのは武器ではなく、手のひらであったろうに。
「こんな場所で双子として産まれてきたなら当然の……いえ、生まれは決められない。ではなぜ当然の仕打ちと思ったのでしょう?」
 ぐわありと揺れる頭を支えながら、得物を握る手にいつも以上の力を込める。
 怪物は目前。自分の腕には白刃。思い悩むのはあとに残して良く、この場を生き残らねばならない。同時に、この場で葬ってやらねばならない。
「少なくとも、こうなっては生かしてはおけぬのです。ならばせめて……」

 攻撃を受けるほどに膂力を増す相手。
 その実感は、正面から相対するビナーは感じ取っていたが、その立ち位置故に、決定的な変化をその目にしたのもまた、誰よりも早かった。
 怪物の肌に縦一線、罅が入ったのである。
 決定的なダメージを与えたと言うにはまだ遠く、その姿に訝しんでいると、怪物の体が罅から左右にぱっくりと割れ、まるで脱皮をするように、衣服を脱ぎ去ってしまうかのように、ずるりとその中から、それが現れたのだ。
「…………!!?」
 イボだらけで左右非対称だったはずの怪物が、流線型で整ったフォルムを持ち、しかしその体格は先程までよりもさらに大きくなっている。
「なるほど、こうなるんだね……」
 振り下ろされる大爪。受け止めた拍子にその威力の幾ばくかを相手に押し返してやる。
 受け止めた衝撃が体に響く。大きく息を吐くことはしない。敵の真正面だ。神経は研ぎ澄ませたままでいろ。
 もう一撃。次が来る。

「…………ここ、だ!!」
 怪物の変化を見てとったミヅハは、これまで温存していた大火力の攻撃に切り替えた。
 全身の力が魔力に変換され、威力に吸い込まれていくのを感じる。だがその代償に生み出された一撃は大きく、怪物の生命力を削ぎ落としていた。
 間髪入れず、次の攻撃に入る。以降、消耗は考慮の外である。追い詰められるほど強大になる怪物を相手にして、緩急をつける余裕などないのだ。
「強くなった──ってよりは、どー見ても暴走だよな」
 サブスプ・アラクネーの行動はより苛烈さを増している。さっきまでの不揃いな見た目よりも、視覚的な意味での不快さは失われたが、人間らしさはより失われていると、ミヅハは感じていた。
「もし元に戻れるなら可能性があるなら……」
 その生命を、奪いたくないと思う。
「だけど、もう手遅れだというなら──」
 怪物が咆哮をする。獣のようにしか聞こえなくなっていたことが、何故だか胸に強く残った。

 皮がもう一枚、剥がれて落ちた。
 中から現れたのは先までよりも小さく、はじめの姿の、半分ほどだろうか。
 長く伸びた腕。横に大きく裂けてむき出しの、臼歯だらけの口。
 途端に空気が冷えたと、ルクスリアは感じ取っていた。今まで感じていたような、荒々しいそれはない。だが、ここにきて人間味というのはまるで失われたように思えた。
 終わりが近い。それを感じたルクスリアは喜々として攻撃を切り替えた。
「バケモノになって大暴れして、私達に依頼が回ってきた時点でもう手遅れよね」
 怪物に肉薄する。小さくなったことは幸いだ。おかげで、なんと首の狙いやすいことか。
 これを断つか、心臓を潰すか。どちらにせよ、生物であればそれで息の根を止める。
「自己責任♪」
 突き立てた一撃。それでは足らぬかともう一撃振り上げた時、怪物の口が開いた。
「あ、やば……余裕なかったかも」
 肉を抉り、心を削ぐような轟音。
 ルクスリアが目を閉じる前に見たものは、顔全体を包もうとする掌であった。

「けほっ……」
 咳き込んだそれを受け止めた自分の掌が赤いことで、史之は苦く顔をしかめてみせた。
 脇腹を少し、えぐり取られただけ。衝撃で内蔵系統にダメージが入ったのだろうが、肺に穴が空いたわけでは無いはずだ。怪物の持つプレッシャーは感じているが、呼吸自体に問題はない。
 だがそれよりも、顔を歪めるべき光景は怪物そのものにあった。
 爪についた赤いそれ。きっと今しがたえぐり取られたばかりの自分の肉だろう。怪物はそれを愛おしそうに、しかし躊躇なく口へと運んだ。
 運んだ、運んでしまった。食った、食ってしまった。人間を食ってしまった。
 それが悲しかった。だが悲嘆にくれるつもりはない。まだ人間かも知れないのだ。彼女はまだ、人間かも知れないのだ。
「戻ってこれると、いいんだけど」
 弱音にように言ってしまった自分の頬を叩き、柄を握りしめた。
 その中にきっと、今も泣いている少女がいると信じながら。

 戦いを続けながら、鹿ノ子は泣きそうな思いを必死でせき止めていた。
 聞こえるのだ。助けてほしいと、怪物の心の内側で何かが叫び続けているのが。
 妹の名前を呼び続けているのが、聞こえてしまっているのだ。
 確かにサブスプ・アラクネーそのものに垣間見られた人間性は、二度の変体を経て、ほぼ失われてしまっている。
 しかし心の内を感じ取れる鹿ノ子には、より強く泣き叫んでいるのが、そしてそれが、サブスプ・アラクネーというものに溶け込み、怯えているのがわかっていた。
「絶対に、助けてあげるッス!!」
 その言葉が彼女に届くのかはわからない。だけど言わずにはいられなかった。生まれてきて、一度も助けられることのなかった少女に、手を差し伸べずにはいられなかった。
 肉を抉られては、逆にその形を削ぎ落としてやる。怪物に食われたって構わない。その少女の心が失われる前に、しがみついてでもこの怪物を倒すのだ。
「絶対に、絶対に助けるッス!!!」

 サブスプ・アラクネーの攻撃が苛烈さを極めてからというもの、ユゥリアリアには自分も含め、仲間の傷を癒やす余裕はなくなっていた。
 攻撃の頻度は接敵時とは比べ物にならなくなっており、その威力も大きい。加えて、人食により自身を癒す術を身に着けたと合っては、安全性を重視した戦線の長期化など、図れるはずもなかった。
 怪物に突き立てられる氷の剣。それは痛覚を震わせず、戦う力だけを貫く優しい攻撃だ。傷をつけておきながら、痛み伴わず、その上で命を奪うことを良しとしないのだから。
 だが。だが、だ。
「威力が、足りないですわねー……」
 怪物も無傷ではない。変体を行うたびに姿は変わっているが、ダメージは確実に蓄積されている。息も荒く、しかしそれは、互いに同じであった。
 怪物が哭く。二度、三度。精神をも食い荒らすようなそれに、ユゥリアリアは折れること無く、もう一度氷の剣を生み出してみせた。
 まだだ、まだきっと、やり直せるのだから。

●プライマリィ
 鉄錆の匂いが不快で、頭痛にずっと苛まれている。遥か手が届きそうにない空は薄暗く、私が見たかったものは、本当にこれだったのだろうか。

「…………退こう」
 誰かが言った。誰が言ったのかはわからなかった。誰が倒れていて、誰がまだ立っているのか確認するだけの余裕もなかったからだ。
 だからその提案に否はない。
 誰かが倒れた仲間を担ぎ、誰かが殿として剣を構える。
 意外にも、退却する自分たちを怪物が追うことはなかった。
 だが自分たちに向けて伸ばされたその腕を見て、どうしてだか、とても寂しいものに感じられた。

 了。

成否

失敗

MVP

なし

状態異常

寒櫻院・史之(p3p002233)[重傷]
冬結
ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)[重傷]
氷雪の歌姫
Luxuria ちゃん(p3p006468)[重傷]
おっぱいは凶器
Binah(p3p008677)[重傷]
守護双璧

あとがき

雨音。

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